Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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8話 : 宣戦布告

地球に存在する人類全てが注目する、史上最大の作戦だった。万が一にも失敗しないよう、念には念を入れてと精鋭が集められたのが、オリジナル・ハイヴのアトリエを目指して突入した、自分たちの部隊である。

 

F-22Aを駆るレイモンド・パウエルは、成功する自分たちの未来を疑っていなかった。日本人達の部隊が「あ号標的」を仕留められなくても、自分たちが呼称「い号標的」を、BETA由来のG元素(ゴルフセット)を持ち帰ることができると確信していた。

 

誰もがインフィニティーズ(教導する部隊を教導する精鋭)に引けを取らない、世界各地で対BETA戦を経験した、ベテランの中のベテラン揃いだった。米軍という巨大な組織の中でもトップエリートであるF-22A(ラプター)乗りの中でも、腕利きばかりが集まっていたのだ。ハイヴ内という過酷極まる環境の中でさえ、道中で軽口を叩けるぐらい余裕がある者まで居た。

 

―――ほんの、5分前までは。

 

『あ………ぁ』

 

呻く。

 

地面に転がっている仲間たちの機体“だった”もの。

 

死骸に群がる中型種は数え切れない。

 

あちこちに刻まれている破壊の痕。

 

その中央に、人形をした“それ”は居た。

 

『う、ぁ………』

 

額から流れ出る血が、目に入る。レイモンドは真っ赤になった世界の中で、絞り出すように言った。

 

 

『この―――悪魔、が………!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――隔壁閉鎖用の薬液注入が始まった、急げ!』

 

『了―――解!』

 

門級の隔壁がる向こう側でまりもが叫ぶ。殿に居た武達と電磁投射砲を回収する班が、閉まりつつある隔壁へ全速で移動を開始した。

 

跳躍ユニットのバーナーが火を吹き、追いすがるBETA達を置き去りにしていく。避難が完了したのは30秒後だった、そして。

 

『―――3、2、1、今!』

 

『各員、衝撃に備えろ!』

 

二人の中隊長から、万が一に備えて注意の言葉が飛び―――間もなくして、閉じた隔壁の向こうで時限式で設置されたS-11が爆発した。短時間の連発で、最早慣れ親みつつあった震動が衛士達に迫った。

 

通路の壁床に天井が大きく細かく揺れ動き、遠雷のような轟音が戦術機の装甲を舐めるように打ち付けた。

 

静かになった後、まりもは落ち着いた声で状況を把握し始めた。

 

『……ダメージレポート、は………必要無いようだな』

 

『―――ええ。各機、問題ありません。凄乃皇も』

 

遙の通信を受けたA-01の全員が、最後の通路の中央を堂々と進む巨体を見上げた。まるで暗がりの中の炎の如く、寄る辺にしている存在を確かめるように。

 

『―――遂にここまで来たか。凄乃皇の主砲という切り札を温存したままで、負担も少なく……』

 

まりもの声は震えていた。地球の命運を左右するという作戦の部隊長を任されている重責もあるが、それ以上に興奮していた。苦渋の初陣から10年も経過していない。だというのに、地球のBETAに王手をかけようとしている存在に、まさか自分たちが成るとは思ってもいなかったからだ。

 

いける、やれる、これならば、という内なる声が心拍数を上げていく。周囲の者達も同様に、興奮を隠せない様子で、呼吸を繰り返していた。地獄のような洞穴の中で、生死の境を何度も無我夢中で乗り越えた挙げ句に、敵の手が及ばないエリアに辿り着いたからこその反動だった。

 

タリサや亦菲だけではなく、ユーリンや樹、武までもが例外ではなかった。異様な雰囲気が、通路に満ちていく中、唯一の例外である一人の少女が声を上げた。

 

『―――まだ、なにも……終わっては、いません』

 

震えるような声で、霞は。一度黙り込んだ後、恐る恐るとした様子になりながらも、強い決意と共に言葉を続けた。

 

『ここに、香月博士が居たら言っていたと思います………“油断するのは任務を達成してからにしなさい”と』

 

『……そう、だな』

 

霞の、少女の声に最初に応えたのは武だった。小さく頷きながら、霞に笑顔を返した。

 

『ごめんな、確かに……最後の大仕事が残ってる』

 

『そうね……夕呼が居たら、嫌味と皮肉を浴びせられてる、きっと』

 

『だな。あ号標的を攻略して初めて、作戦は成功と言える』

 

いち早く立ち直ったベテランが、フォローの言葉を紡いだ。最後の最後に負けるような大間抜けになる所だったと、自分をも戒めるように。

 

『―――そういう事だ。各員、機体状況と残弾の最終確認を。ここまではデータ通りだが、相手はBETAの親玉だ。何をしてくるかは分からないが、その全てに対処できる態勢を整えておけ』

 

札が出揃っていない現状、勝率の計算も不可能だとまりもが言う。28名全員が了解の声を返し、それぞれに準備を進めていった。一人、二人に三人。次々と報告が上がり、それを受けたまりもと樹と武は、互いに意見を交換をしていた。

 

『―――残弾は十分。しかし、無事な機体が十束だけという状態は……』

 

『―――致命的な損傷が無い方を喜びましょう。残りは1体、フォローしあえば時間は稼げます』

 

通路の向こうに居るのは、あ号標的のみ。攻撃方法として先端に硬いドリルのようなものを付けた触手を複数飛ばしてくるが、側面に散開しながら先端ではなく、紐にあたる部分を攻撃すれば撃ち落とすことは可能となる。

 

佐渡島での戦場と同じく、直掩部隊の役割は凄乃皇が主砲を発射できる距離に達するまで守り抜くこと。広い戦場で、多くのBETAを相手取る必要もないため、難易度で言えば佐渡島よりも下の筈だった。

 

それでも、ここで敗死など笑い話にもならない。念には念を入れてと、弾薬には余裕があるため、23機全てが中途半端に残ったカートリッジは捨てて、万全の状態を整えていった。

 

武達は補給を受けながら、懸念事項について話し合っていた。

 

『―――どうにも、母艦級が出てこなかったのが気になる。ここに来て温存する意味も無いだろうに』

 

一体何を考えているのか、と武が困惑した声を上げた。(ゲート)級を攻略途中に、側面から壁を突き破って母艦級が不意打ちを仕掛けてくる可能性は考えられていたのだ。その襲来に備えて設置したのが、先程回収した電磁投射砲だった。それも全て杞憂に終わってしまったが、肩透かしとは別の不穏なものを武は感じていた。

 

結果だけを見れば良いことには変わらないのだが、言い様のない不気味さを感じていたのだ。武の意見に、まりもと樹の二人は渋面を浮かべながら頷きを返した。

 

相手の意図を考えた上で作戦を練るのが指揮官の仕事だ。そして想像と結果が違いすぎると、自分たちの認識か推測に致命的な齟齬があるのではないか、と考えてしまうのも臆病で優秀な指揮官の宿命だった。

 

『……読めない、ってのがちょっとな。ひょっとして誘き寄せた所をパクリ、とか』

 

『宝を求めてやってきた盗掘者を、罠にかけるようにか? ……それなら、アトリエに行った米軍の戦術機部隊の方にこそ仕掛けると思うが』

 

『……あちらもどうなっているのか。途中で、一言も交わさずに別れたけれど……』

 

A-01は秘密部隊という形を取っているため、声や口調から身元を割り出されないように対策をしていた。向こうも同様の方針のようで、まりも達は戦闘前に最低限だけ、情報の交換をしただけで、分岐路に差し掛かった際には、言葉を掛け合うことなくその道を違えていた。

 

『―――いや、考えていても仕方がない』

 

断ち切るように、樹が言った。

 

『既に賽は投げられている。ここがルビコン川ではなく賽の河原であっても、やることは決まっているだろう?』

 

『―――いつも通りに。“やれるだけやってどうにかする”ってか?』

 

『……いえ。でも……確かに、それしかないわ』

 

武達は笑いあった。今までもそうだったのだ。可能か不可能か、安全か危険かという要素は進まない理由にはならないのだ。

 

例えどんなことがあっても。何が待ち構えているのか分からない状況であっても。自分の命(賭け金)より大切なものを、掴み取るために。あらん限りの気力を振り絞って手持ちの札と共にコールを仕掛け、勝利をもぎ取る以外の行動を取る自分を許せないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………そう、だね。いつもそうだった」

 

凄乃皇のコックピットの中、サーシャは霞の頭を撫でながら今までを思い返していた。足りないものばかりで、戦況は悪く、勝ち目さえも見えない日々ばかりで、それでも逃げることは許されなかった。頼られる部隊として、誰よりも勇猛果敢であることを望まれた。弱音を吐いていいのは、仲間の内だけ。

 

サーシャは武を想う。大陸に残り、日本に帰り、平行世界に渡り、戻ってきても強がり続けた愛しい人の苦難を思う。立ち続けることができた、理由も。

 

強くあろうと、在り続けた。それは今、自分の掌に伝わる熱が。成長したことが感慨深く、照れくさそうに頬を赤くしている。その姿を見るだけで、力が湧いてくるのだ。

 

「……あの。そろそろ、その………」

 

「私達には私達に出来ることを、だね」

 

「了解。機体の再チェックと、全員のバイタルデータの確認を」

 

そして必要はないかもしれないと考えていたが、万が一のための保険の準備を。サーシャの言葉に、全員が動き始めた。

 

モニターに、隊員達のバイタルデータが次々に映っていく。誰もが緊張状態にあるが、先程とは違い許容範囲内に収まっていた。

 

純夏は映し出される情報を目で追いながら次々に確認していく中で、凄乃皇のコアとも言える疑似00ユニットまで心を配っていた。

 

実情を知っているのは、A-04では遙以外の全員。A-01ではほんの一部であり、ほとんどの隊員がこの突入部隊の人数を29名と認識していることだろう。その中で、純夏は「本当は30人なんだよ」と大声に出して言いたかった。

 

(だって……誰にも言ってないけど、甲21号の時に演算能力が上がった理由は、きっと………)

 

確証はないが、純夏はこう思えて仕方がなかった。恐らくは自分だけが一端を理解できる、BETAに弄ばれる苦痛を共感した上で頑張ろうと心の中で声をかけたこと。二度と、誰かをあんな目に合わせないためにという強い思いがあったから。

 

その理由だけを考えれば、00ユニットになった彼女はこの場に居る全員となんら変わりはない、勇気ある人間だ。

 

そう思って、純夏は横に居るサーシャと霞を見て、驚いた。

 

「……相変わらず何を考えているのか、顔に出やすいね」

 

「でも、それが純夏さんの良いところです」

 

二人は、笑顔で答えた。続くように、クリスカが言った。

 

「私達は私達一つで、A-04だ。それぞれに抱える夢は違えども、同じ目的を共にしているチームだ」

 

焦がれる程に何かを望むことを知らなかった少女は、自身の中にある確かな熱を言葉に変換しながら、顔を上げた。

 

「……彼女が何を望んでいたのかは、知らない。だが、あの時にスミカの声に応えてくれたのであれば、きっと」

 

「クリスカのいうとおり! ……勝手なおもいこみだけど、わたしはきっとそうだといいなって」

 

ラザフォード場の制御、しくじれば米国の研究チームと同じようになってしまう。そんな場において色々なやり取りをしていたクリスカとイーニァは、同乗者全てに親近感を抱くようになっていた。奥底に感じられる、00ユニットの彼女の息吹までを含めて。

 

機密があるため抽象的な物言いになったが、サーシャと霞、純夏は理解していた。準備作業に集中していた遙は何を言いたいのか分からなかったが、どうしてか緩む口元を押さえきれずに、柔らかい表情で手を動かしていた。

 

外では、他の者達がそれぞれに言葉を交わし合っていた。緊張した面持ちだが、軽口さえも含まれた言葉のやり取り。相手の存在を確かめながら、自分の存在を確かめるように。

 

(……他の誰かが居る。見てくれているから、自分はここに居ることが、分かる)

 

おどおどとしていた自分を見つけてくれた、愛しい人、親友。互いの関係に付いた名前の根底には、言葉では言い表せない、強い糸のようなものがある。

 

(それは―――それだけは、誰にも奪えない)

 

遠い異国の地の、化物のような異星起源種の本拠地、その地下深くであろうが一切関係ないのだ。例え死んだとしても、自分たちが共に戦っているという事実は、生命を奪われた後であろうとも消えない。誰よりも隊員どうしの情報のやり取りを認識している遙は、誰よりも深くその強さを認識していた。

 

やがて、レーダーがあ号標的が居るブロックの全てを探知範囲内に捉えた。遙は緊張の声で、各員に結果の報告を始めた。

 

『―――あ号標的ブロック内に、BETA群の存在は認められません』

 

『―――了解した。A-04は主砲発射準備態勢を取れ』

 

まりもの声に、全員の雰囲気が一転した。

 

通路の中、揃った23機の戦術機がそれぞれに音を立てた。

 

『凄乃皇、前進準備を―――前衛組、準備はいいな?』

 

『―――問題ありません』

 

『―――こちらも、大丈夫です』

 

突撃前衛長である武と水月が、緊張した声を返した。

 

まりもは頷き、覚悟を決めながら口を開いた。

 

『何が出るか、その全てを予想することなどできない―――つまりは、いつも通りだ』

 

確かに、という苦笑が通信の中で木霊する。少しの間を置いて、まりもは優しく語りかけた。

 

『敵が何を企んでいるのかは不明だ。だが、鬼が出ようが蛇が出ようが諸々一切、意に介すな。なぜなら今も地上で戦っている者達の希望を、想いを託された者として、この場で成すべきは一つだけだからだ』

 

一抹の不安は残るが、臆病ばかりでは多くの屍の先に居る者として不甲斐なさすぎる。奮い立たせるように、あらん限りの大声でまりもは叫んだ。

 

『何が来ようが関係ない―――ここで、全ての決着をつけるぞ!』

 

どんな存在が来ようとも真正面から食い破ってやれ、と。

 

まりもの意気がこめられた声に、全員が大声で了解と叫び―――

 

 

『―――A-01、突入せよ!』

 

 

―――号令と共に十束を先頭とした10機の前衛が矢のような速さで、あ号標的が居るブロックに突っ込んでいった。

 

ともすれば罠による損傷さえ覚悟しながら、狭い通路を抜けて大きく開けたブロックに入り込んでいく。

 

そうして、武達は広大な空間の中央に居る存在と対峙した。

 

『―――あ号標的の存在を確認! 12時方向、距離5400!』

 

『あれが―――全ての元凶か』

 

地球を害するBETAの、旗頭とも言える存在。その外見を見たタリサが、鼻で笑った。

 

『見ろよ、あれ―――こんな寂しい所で、一人無様におっ立ててやがる』

 

見たことがない大きな広場の真ん中にそびえ立っているオブジェは、まるで男性器のようだった。その頂上に居るあ号標的の外見も、卑猥に見えた。

 

大きな身体に、6つの巨大な眼球のようなもの。その左右に、手足のような触手があちこちから飛び出ていた。

 

『―――卑猥すぎんだろ。ここに来てセクハラとか、タケルかよ』

 

『それでも白銀のものよりは小さいかなってクズネツォワ中尉が』

 

『……? どうして、ここでタケルと中尉が出てくるのだ?』

 

『……ごめん、アタシちょっと斯衛舐めてたわ』

 

『やめろバカども、殿下の機体だぞ。どう報告すれば良いのか分からない通信記録を残すな』

 

『それもこれも、全て白銀武っていう女泣かせが悪いという噂が』

 

『どこから出たデマだよ!? ―――って、ふざけてる場合じゃねえな』

 

武の声に、全員が獰猛な笑みと共に頷いた。

 

『ええ―――来るわよ!』

 

亦菲の声と共に、前衛のチーム全員が動いていた。拡大した望遠レンズに映る影を見ていたからだ。その胴体にあたる部分から、いくつもの触手が動き始めた様子を。

 

『各機、左右に展開しろ! 衝角の先端ではなく、触手の部分を狙え!』

 

『了解!』

 

武の声に迅速に反応したクサナギ、ヴァルキリーズ両中隊の前衛が移動しながら迎撃の射撃を開始した。マズルフラッシュが幾重にも輝き、36mmの砲弾が唸りを上げて飛んでいく。

 

5つ放たれた衝角は複雑な軌道を描いて飛んでいたが、正確に張られた弾幕を掻い潜ることは叶わず、触手を砲弾に引きちぎられ、体液を撒き散らしながら地面に落ちていった。

 

同時に、両中隊の中衛と後衛に守られながら凄乃皇が広大なブロックの中に姿を現した。

 

『―――目標を確認! ……前方に、データにはなかった障害物が複数!』

 

『っ!? アレ、か………!』

 

まりもはあ号標的の下にある、半円形の構造物を発見した。事前のデータにはない、最近に作られたものらしきオブジェは、あ号標的の前方に建設されていた。

 

『威力が減衰されることを前提にして、完全撃破に必要な距離を計算しろ!』

 

『了解! 今、算出します………出ました! 目標地点まで、距離220!』

 

『分かった―――全機、散開しろ! 凄乃皇を援護、敵の衝角を撃ち落せ! ラザフォード場の次元境界面に接触させるな!』

 

命令に応えた機体達が左右に広がっていく。直後にあ号標的から次々と触手が飛び出て、砲弾のような速度で前方に放たれていく。

 

A-01は、それを只管に迎撃し続けた。マウントされた突撃砲をあわせて、23機の合計で50を超える砲門が飛来する衝角の触手部分を撃ち貫いては、地面に落としていった。

 

『距離、150………140………』

 

『各機、演習通りに! 弾倉交換のタイミングを重ならせるなよ!』

 

途絶えることなく撃ち続けろ、という樹の命令に応えるように。数が揃えられた砲口は途切れることなく猛り続けた。

 

中には凄乃皇との距離の半ばまで詰めた触手もあったが、壬姫が狙いすまして放った一撃に貫かれると、無念と言わんばかりに地面に落ちていった。

 

『距離………80………70………!』

 

カウントダウンのように、数字を数えていくクリスカは緊張のままその時を待った。ここで発射しても、あ号標的を消滅させられる可能性は高かった。だが、100%確実に仕留められる距離まで近づくというのが隊における方針だった。

 

発射直後の無防備な瞬間を狙われる事を恐れたからだ。閉鎖空間のため、周囲に視界を塞ぐ煙が立ち上る危険性も考えられた。

 

『60………50………!』

 

慎重に、方向転換をして回避できる速度で距離を詰めていく。サーシャは戦術機に乗っていた頃とは明らかに異なる、もどかしい感覚を前に拳を握りしめていた。

 

早く、早く、でも焦るなと。

 

そうして、永遠かと思われた1分が経過した。

 

『20―――イーニァ!』

 

『うん!』

 

応答と共に、発射の最終準備に入った凄乃皇の胸元が開いていく。出力が高まっていく音が広場に反響し、電磁石で加速された水素原子が徐々にプラズマになろうと形を変えてゆき――

 

『良し!』

 

『これで―――!』

 

落ちてく触手を見た武と水月が、大声を上げた。今から触手が放たれたとして、辿り着く前に荷電粒子砲で貫かれるだけになる。

 

(―――勝った。少し不安はあったが、これで………っ!?)

 

判明していない事態があろうが仕留められれば、と。考えていた武だけではない、周囲に展開しながら凄乃皇を見守っていた全員が気づき―――察知した時には、何もかもが遅かった。

 

『じ、次元境界面に敵接触!?』

 

『しゅ、出力低下―――どうして!?』

 

『一体、何が起きて………これ、は!』

 

目標の距離まで辿り着き、宙に浮かんでいた凄乃皇の巨体、その下に異変の原因はあった。掘り返された地面、そこから飛び出た衝角。視認した誰もが悲鳴のような声を上げた。

 

『地中を、掘り進んでだと?!』

 

『―――くそっ、正面の衝角は囮か!』

 

『ら、ラザフォード場が消失―――制御を………ダメです、コントロールが!』

 

遙の叫び声も虚しく、凄乃皇はその浮力を喪失すると、ゆっくりと地面に落ちていった。発射途中になっていた膨大なエネルギーも、万が一の事態に備えて自然消失するようになっていたが、安全弁を越えて逆流した結果、機体の数箇所が爆発した。

 

揺れる機体の中で、A-04の悲鳴が通信に乗ってクサナギに、ヴァルキリーに届いた。

 

『畜生が―――いや、まだ!』

 

『ああ、今ならまだ間に合う!』

 

武が叫び、ユウヤが応えた。遅れて他の者達も、地面を貫き凄乃皇に取り付いていた触手に気づいた。あ号標的を仕留める方法を考える、それよりも先にあの触手をどうにかすればまだ挽回は可能だということに。

 

幸いにして、触手が出た元の部分は機体から少し離れた場所にあった。これならばと、まりもが命令を飛ばした。

 

『全機、高度を取りつつ触手を! 前衛と中衛はそのまま前面の触手を、後衛は上から角度を取って地面の触手を攻撃しろ!』

 

他にも潜んでいる可能性を考え、対処できるように地面から離れつつも対処を。迅速かつ的確な命令に、全員が理解を示した。

 

『りょ、了解!』

 

『っと、あぶねえ!』

 

『気をつけろ、どこに潜んでるか分からねえぞ!』

 

まりもの読み通りに、奇襲の根を残していたのだろう、地面から複数の触手が戦術機を次々に襲っていく。だが、速度自体は大したことがなく、攻撃の予兆を察知できることができたため、次々に攻撃が撃ち落とされていった。

 

だが、根本的な問題解決には繋がらない。何よりもまず凄乃皇を、と壬姫と晴子が地面の触手に砲口を向けた。

 

―――その中で誰よりも早く的確に周囲の状況を察知していた武は、見た。

 

あ号標的の前方にあった、小さな丘のようなものが左右に割れている様を、そして。

 

『―――な』

 

中から現れた者を見て、武は呟いた。ゾクリ、と武は背筋につららが突き込まれる感触を、焦燥と。

 

(せん、じゅつ、き?)

 

武はシルエットと、その手に構えられている“見慣れたもの”を―――36㎜突撃機関砲を認識した。

 

そして、向けられた砲口の先に居るものを、何が起きるのかを認識した途端に、戦慄と共に叫んだ。

 

 

『―――たま、柏木、避けろぉっ!!』

 

 

声が届くのと、36mmの劣化ウラン弾が発射されたのはほぼ同時だった。まるで、その言葉が引き金になったかのように放たれた複数の砲弾は高度を取っていた2機の足を貫き、その機能を制止させた。

 

『きゃああっっっ?!』

 

『な―――に、が……!?』

 

『態勢を立て直せぇ!』

 

悲鳴と共に、壬姫と晴子が失速して地面に落ちていくが、まりもと武、樹の叫びを聞いた二人は反射的に行動した。姿勢制御のスラスターが吹き上げ、地面に激突する寸前で態勢を整えることに成功するも、バランスを取れずに地面に倒れ込んだ。

 

混乱の中、声にならない悲鳴が場を支配して―――染まりきる直前に、一発の120mmが放たれた。

 

下からの奇襲と新手に対する警戒、触手への迎撃、その合間に見出した1秒の機会を逃さずに放たれた狙撃は、動き始めていた“新手”の頭部に命中した。

 

『―――BETAの、体液の色!』

 

『―――新種か』

 

ユーリンの声に、樹が回答をした。そしてまりもが倒すべき敵だと告げると、全員が自失から立ち直り、小さな声で了解の言葉を返した。混乱から立ち直ったことで、ようやく新手への全容をその眼で認識したからでもあった。

 

『―――クソが。ふざ、けるな、なんだってんだ……!』

 

ユウヤが歯を軋ませながら、絞り出すような怒りの声を上げた。

 

新種のBETAらしき物体、その背後に見える突起部は誰がどう見ても跳躍ユニットそのものだった。補助腕を模しているのも同じで、先には戦車級の腕に似た掌が付いている。足の先にも戦車級のものとも、人間のものとも似た指がついていた。そして頭部には、目と思われる赤い球状のものがいくつも張り付いていた。

 

各所の細部は明らかに異なるし、見た目もBETAらしい異形に過ぎる―――だが、現れたその新種のBETAは、明らかに戦術機を模して作られたものであるとしか考えられなかった。

 

(―――なにが起きた。いや、どういうつもりだよ………っ!)

 

武は壬姫と晴子が撃ち落とされた様を思い出し、煮えたぎろうとする内心を全力で押さえつつ、事態の把握に努めた。何よりも、不可解な点が多すぎたからだった。

 

BETAは的確に、こちらの狙いを外してくる。まるでそんな機能があるかのように。その習性が原因で不利になった結果、何度も敗北を自分の身に刻まれてきた。だから、と武は叶えた。あ号標的を頭脳としたカシュガルの思惑、行動の意図について必死で考察を重ねた。

 

―――どうして、道中でこの新種をけしかけてこなかったのか。

 

―――どうして、00ユニットによる情報流失も無いのに、凄乃皇に、自分たちに対して効果的過ぎる手を打てたのか。

 

―――どうして、目の前の新種はすぐに襲いかかってこないのか。

 

―――どうして、地面に倒れている壬姫と晴子の機体にトドメを刺してこないのか。

 

状況を把握すればする程に疑問が積み重なっていく。武はそれでもと全神経を張り詰めながら、臨戦態勢の維持と打開策の練り上げに努めた。

 

(考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ………! このままじゃ全滅だ、ここまで来てみんなを……っ!)

 

武は強く操縦桿を握りしめながら、全身の血が沸騰してでも、と思考を加速させた。まりもや樹達も、全員が動けなかった。想定外過ぎる事態というのもあるが、迂闊に動けば取り返しがつかなくなると、全員が気づいていたからだった。

 

誰もが黙り込み、奇妙な沈黙が広間を支配していく。

 

その静寂を打ち破ったのは、小さな霞の声だった。

 

『……存在、認識、持っている、照合、情報、転送………』

 

『―――社少尉?! 無事だったか、他の者もどうなって―――』

 

『霞! いや、まさか……!』

 

『―――存在、形式、社、霞、否定』

 

『……BETA。いや、上位存在………か?』

 

『―――肯定。仮称“オレ”の反応を確認』

 

『なっ………!?』

 

武は新たに出てきた情報に混乱し、戦慄した。平行世界のあ号標的とは異なる、会話形式の情報伝達手段の習得の速さ。そして、一言も言っていない、白銀武を“オレ”と認識して呼んでいる事態を前にして。

 

『存在の証明を認識した、記録も適合。不明な情報との照合……相違点、認識』

 

『相違点、だと………まさか』

 

違う最初にまずは、と。冷静になった武は、霞の口を借りている相手が誰であるかを周知させるために問いかけた。

 

『お前は、何者だ?』

 

『………固有の上位存在であり……個ではない』

 

『つまり、お前は俺達の目の前に居る……さっき撃ち落とした種類とは違うし、遠い位置に居るものか』

 

『………肯定する。お前、認識』

 

返ってきた応えに、全員が絶句した。武はひとつひとつ、確認するように話しかけた。

 

何故侵略するのか、この惑星を襲うのか、人類と戦うのか。認識の相違点があり、迂遠なやり取りの果てに、得られた情報は平行世界と同じ内容だった。

 

『ひ、被創造物であり、再利用する資源………?』

 

『に、人間を、生命体と認識していない………だって?』

 

『……許せない。あんなに………一体どれだけの人が死んだと思って―――!』

 

『戦っているって、認識さえ………じゃあ、アンタ達はなんなのよ、何をしにここまで来たっていうのよ!!』

 

怒りの声があちこちから上がっていく。生命を賭けての戦場、散っていった仲間達の死骸。脳裏に浮かんでは心を騒がせる様々な全てが、上位存在なるものが発する言葉を許容するなと訴えかけてくるからだ。

 

事前の知識として与えられていた。だが、事を成した張本人から伝えられるのとは、受け取った時の内心の荒れ狂う様が全く異なっていた。

 

まるで塵を掃除するかのように。BETAが今まで人類に、地球にやってきた事は侵略行為という域にも達しない。ただ淡々と、人の生命を奪っていった様々なことが“作業”であることを許容できる者など、この場には居なかった。

 

武も、例外ではなかった。だが今は、と必死で耐えながら情報を引き出すべくあ号標的との答弁を続けた。

 

『存在が俺達で、お前は上位存在か。そして俺達の戦いは重大災害と認識………』

 

上位存在の目的は、資源の回収。そして、生命体と認識する存在が居る惑星に送ること。武はそれを聞き出した後、BETAが生命体と認識する存在について問いただした。あ号標的は、回答合わせをするかのように、霞の口で語った。

 

『珪素を基質として、自己形成・自己増殖する散逸構造……それが、創造主』

 

『……炭素を基質とした生命体の存在は?』

 

『安易に化合し変化する炭素から、知的生命体が生まれることは有り得ない』

 

『……質問を変える。創造主から宇宙に派遣された、お前……上位存在はどれだけ居る?』

 

『計算上では、10の37乗』

 

『―――つまりは、今も増殖中ってことか』

 

宇宙は広い。BETAが重大災害と認識している存在と接触していない場合か、それを含めてのことか。計算上は、ということは他の星系に居るBETAとの情報のやり取りはなく、創造主である珪素生命体ともリアルタイムで情報をやり取りできるような繋がりはないのだろう。

 

敵の数を改めて認識して絶句する者が多い中で、武は色々と情報をやり取りする中で、もう一つの認識を得ていた。

 

(BETAを作ることが出来るような、高度な文明を持つ珪素生命体が居るとして………そんな奴らが、炭素から変化した生命体が居ないと断定するとか、おかしくないか?)

 

人類の進化や構造といった方面の知識をあまり持っていない武であっても、あ号標的の物言いには違和感を覚えていた。

 

(そもそも、何を持って生命体とするのか……解釈の違いか? あるいは、知った上で炭素生命体を敵としているのか)

 

そして、敵を排除するために設計されているのか。分からないことばかりだが、一つの手がかりにはなるとして、武は何より聞きたかったことを問いかけた。

 

『お前は……お前は、俺達がここに来るのを知っていたな。それは、どうしてだ?』

 

『……情報提供があった。存在が甲21号と呼ぶ存在から、入手経路不明の、有益な情報の転送が確認された』

 

『な、に……?』

 

『不可解な情報が多く、検証が必要と判断した。中でも時系列に不明瞭な点がある情報から得た、重大災害への対処方法の検証も』

 

『不可解、情報?それは、異なる世界か、いや……もしかしてだが、未来の?』

 

『根拠が不明瞭のため、肯定できるかどうかは検証の結果次第となる』

 

『………お前は、人類を再利用可能な資源と言ったな』

 

『肯定する』

 

武はあ号標的の回答を聞いて、甲21号で見た光景を思い出しながら、地を這うように低い声で問いかけた。

 

『……二人の生命を奪わないのは。ここに誘い込んだのは、新種の、俺達の戦術機に似たものを送り込んできたのは……っ』

 

『重大災害の調査中に判明した。存在は破壊された後、時間が経過すればする程、入手できる情報が少なくなる』

 

『―――それで、“手加減”ができるあいつらで捕らえようっていうのか! 俺達の全部、全てをあのくそったれの戦術機に似た化物の教材にするために!』

 

『肯定する。別の存在は別種の存在によって回収は不可能となった。実証情報の入手と検証のため、重大災害への対処と、資料の回収を開始する。そして、改めて個体・オレを排除すべき敵として認識する』

 

『……俺限定で、か』

 

『許すことはできない、認められることはできない。正さねばならないという認識を持った、言葉の通りに』

 

『それは―――ひょっとして』

 

『脅威度の高い災害を活用してでも、我は使命を果たさねばならない』

 

あ号標的の返答、宣言が成されると、誰よりも前に出ていた武へと戦術機に似たBETAが襲いかかった。

 

『―――どこから奪った突撃砲かは知らねえけどよ』

 

抜き打ちのように、素早く構えて斉射した4撃が新種の突撃砲に命中した。ダメージを受けた新種はそれで怯むこともなく、前進を始めた。跳躍ユニットを模した背後の部位から火に似たものが吹き出し、更に加速を。純粋な速度で言えば十束をも上回るほどに速く、空を駆けた悪魔は両腕部を構えると爪を武器として正面から十束に襲いかかり―――

 

『―――欠伸が出るぜ』

 

構えて、間合いを測りきった上での一歩。前に進んだ十束から交差気味に振り抜かれた中刀は、異形の胴体から背中にするりと抜けていった。慣性のまま前に飛んでいったBETAの“上”と“下”が体液を吹き散らしながら、地面を引きずるようにして転がり、凄乃皇の前でようやく止まった。

 

直後、凄乃皇を拘束していた触手が36mmの砲弾に貫かれて、体液をそこら中に撒き散らしながら倒れていった。

 

『―――間抜けにも大人しく待機していたと、そう思ったか?』

 

『お生憎様―――時間稼ぎをしていたのは、貴方達だけじゃないのよ』

 

樹とまりもが不敵に笑った。凄乃皇の前方に居る中衛と後衛の中で、後方への射線が開いていた者達は胸中で荒れ狂う感情に振り回されることなく、武と敵の会話中、静かに後方にマウントした突撃砲で照準を合わせていたのだ。その4名―――まりもとユーリン、みちると沙雪によって後方に放たれた砲弾は凄乃皇を傷つけることなく、その戒めを根から断ち切った。

 

『――――っ!』

 

『霞、無事か!?』

 

『―――あ………っ、た、たけるさん……わたし、は……なにを……』

 

『説明は後だ。社少尉、大至急システムチェックを』

 

『………っ』

 

まりもの声に、やる事を認識した霞が動き出し、サーシャの声が応えた。

 

『―――了解。作業に問題はない』

 

『サーシャ?!』

 

『大丈夫だよ、全員無事。機会を伺ってただけだから……霞には負担をかけたけど』

 

『うん―――まだ、凄乃皇を含めA-04は死んでいません!』

 

『は、遙……っ!』

 

『孝之君、今は自分の仕事をしよう? ……機体の状況を確認、エネルギーは―――うん、これなら余力を注ぎ込めばまだ!』

 

『再充填を開始する、時間は―――っ、前方に増援を確認!』

 

純夏が叫ぶのと同時、あ号標的の周辺にあった半円状のものが左右に開いていった。その中から、先程武が切り落とした戦術機に似たBETAが次々と現れていった。

 

『15、20………いや、まだ増えそうだがどうする、タケル』

 

『決まってるさ―――白銀から、各機へ。敵呼称を飛行級と仮称する』

 

武は誰の意見も聞かずに、宣言した。戦術機という名前の一文字でも使ってやるものかという怒りと共に、全て(はた)き落としてやるという決意を燃やしながら。

 

『そうだな……速度は俺達の誰よりも早い。だけど、それだけが能なだけの蝿だって思い知らせてやる』

 

そして、と樹は告げた。

 

『鬼のような外見だが、所詮は蝿退治の延長だ―――慣れたものだろう?』

 

『ええ―――アレよりは弱いですね、確実に』

 

蝿の魔王よりは、億倍は容易い相手だと。冗談を交えながらも殺気が含まれた声を聞いた全員が、何を言うまでもなく頷いた。

 

どれだけ手強い存在であろうが、最早関係がなかった。問答さえも無用となっていた。

 

自らを上位存在とのたまったモノの言葉全てが許容できなかった。あまつさえは、人類と地球に対する認識だ。今までに見た記憶が、今も地上で戦っている人達の想いが、自らの眼で見てきた血肉と臓物の色が訴えかけてくるのだ。

 

地球に住まう全ての者達の敵を倒せ、と。

 

『―――ヴァルキリー1からA-04へ。凄乃皇は射線が確保できる限界まで高度を取れ』

 

『―――了解』

 

下からの奇襲を受けないように、と最低限のエネルギーでまずは避難を。

 

『ヴァルキリー、クサナギの前衛10名と伊隅、碓氷の12名は飛行級の対処を。一体たりともこちらにやるな』

 

『―――任せてください』

 

機動力と技量、反応速度の競い合いになる擬似的な対戦術機戦闘に相応しい人選を。

 

『残りの9名は、私と一緒に凄乃皇の護衛に回れ。正面、下方から凄乃皇に向かう触手の迎撃に専念せよ』

 

『了解!』

 

戦況を左右するのは凄乃皇による砲撃だと、主目的を見失わずに。戦術を選択したまりもは、誰が死んだとしても、という覚悟の上で告げた。

 

『凄乃皇は状況に応じて兵装の使用を許可する。優先順位は衝角の迎撃、エネルギー充填、味方への援護だ―――やれるな、クズネツォワ中尉』

 

『やれます―――信じていますから』

 

例え誰が死んだとしても、凄乃皇の機能の保全を優先しろ、と。覚悟を求める言葉に、サーシャは笑顔と共に頷いた。

 

まりもは、惚気るなとため息をつき。同時に、集まりきった30もの飛行級が戦闘態勢らしき構えを取った。

 

脅威である、強敵である。恐らくはF-22の一団をまとめて叩き潰した、最大の敵である。だからどうした、とまりもは叫んだ。

 

『蛇が出た、鬼が出た! だが龍は出ていないし神も出ていない、予定通りの化物が出ただけだ、戦うに何も問題はないだろう? ―――返事はどうした!?』

 

『―――了解!』

 

『いい声だ―――敵の、BETAの親玉の腐れた宣戦布告も受け取った。ならば、我々が成すべき事は一つだけ!』

 

人だけではない、地球を塵扱いする舐め腐った塵へ答えを返すに、相応しい手段は。人を人とも思わず、一方的に機体ごと蒸発させてくる悪鬼羅刹に返す答えは、なにか。

 

まりもの問いかけに、衛士達全員が何を言うでもなく、突撃砲に長刀に短刀、中刀という自分に残った武器を構えることで応えた。

 

これが自分たちの答えであると、生命を誇る自分たちの想いそのままに。生きたままBETAに弄ばれる恐怖よりも、根源から来る怒りの方が勝っていたが故に。

 

『―――蹴散らすぞ』

 

『『『了解!!』』』

 

突入前に誓った通り、真正面から打ち破れと。まりもが言い終えたと同時に、前衛が飛行級の数体と接敵した。

 

誰かが放った36mmが火を吹き、すり抜けて壁に当たる。それが深度4000mの底で勃発した最終局面における戦闘の、開戦の号砲となった。

 

激化していく戦闘、その中央で武は高速で接近してくる脅威を前に、ある事を決意していた。

 

(俺を最大の敵とした理由は―――集中して狙ってきたのは、回収すればこいつらの発展に役に立つと、そう考えられているからか)

 

なら尚の事、負けて餌になる訳にはいかない。万が一にも回収されてはならないことを悟った武は、最後の覚悟を決めた。

 

そして飛行級なるβブリットを思わせる不穏すぎる存在が未来の発展した技術で作り上げられたかもしれない強敵であるということ、もしかしたら人類が関与していたかもしれないということ、その全てを負け犬の言い訳だと断じ、些細も極まりないくだらない情報だと称してゴミ箱に放り捨てた。

 

どのような背景があったとしても関係がない、この新種が人類にとって有用であることを万が一にも察知されないように、世界中のハイヴに広められないように、徹底して砕く必要があったがために。

 

 

(余さずに、この場で打倒する―――俺の全てを賭けてでも)

 

 

出来なければ人類だけではない、地球で生きる全てが滅ぼされることを意味する。

 

ならば例え、自分の生命を含めたあらん限りの全てを投げ売ってでも。

 

武は目の前の全てを乗り越え、人類を含むこの星の命の未来を勝ち取ることを愛する人達に誓いながら、未知なる脅威である敵の群れの奥深くへ躍り出ていった。

 

 

 




あとがき

仮称・飛行級(戦術機級?)BETAの補足。

2017年にage様が出した設定本『exogularity01』のP23で出てきた、
ある存在を元にしています。

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