Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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後日談
後日談の劇場版 : 『The infinite atmosphere』


 

 

宇宙線を含んだ砂埃が舞い上がる地上を見下ろしながら、俺はくだらないことを考えていた。

 

この星の色についてのこと。四半世紀の昔まで、この星の色は赤と誤認されていたらしい。一体何故なのか。その理由について、俺は降り立った後に理解した。

 

戦いの神の名前でも呼ばれていたこの星は―――火星の赤は、未来を予知したものだったのかもしれないと。

 

 

『第5連隊、応答しろ! 応答を―――んの、クソッたれめ!』

 

 

味方の安否を確認する暇もない。超音速の弾丸らしきものが、周囲の大地を次々に穿っていく。緩和されている筈のGが重く感じるほど、俺は機体を全速でぶん回し続けた。

 

やられるばかりでは勝てない、最新鋭の突撃砲で迎撃するが、数が多すぎる。1機、また1機と味方機が落とされていく。地上は火と煙と、同胞の血ばかりだ。

 

誤算ばかりが重なっていく。ハイヴ攻略戦はまだ序盤も序盤だってのに。

 

『くそっ、くそっ、何が事前調査に抜かりは無いだ! 担当官は死に腐れ!』

 

『だから嫌な予感はしてたって言って……アブねっ!』

 

『これは完璧な作戦とか、前振りが過ぎんだよあの無能指揮官が!』

 

耳に入る通信の声は、作戦を決めた上層部への罵倒で一杯になっていた。

 

俺も同感だが、口よりも手を動かさねば生き残れない。

 

俺は各所に簡単な指示を出しつつ、危うい味方機の援護に専念した。これ以上数で圧倒され続ければ、全滅も十分に有り得るからだ。

 

上層部も混乱しているらしい、CP将校から聞こえる声は悲鳴混じりのものばかり。

 

いや、それよりも先にだよクソが、一刻も早く態勢の立て直しを―――

 

『また来やがった! クズネツォワ大尉(クレード1)、2時の方向に増援を確認!』

 

『―――ちきしょう、また飛行級だ!』

 

『か、数にして―――阿呆が、ちったぁ手加減しろよ化物どもが!』

 

レーダーを、投影された映像を見て俺は顔をひきつらせた。誇張ではなく、雲霞の如く迫る新手が悪夢ではなく現実のものだと思い知らされたからだ。

 

軌道上の艦隊から援護の砲撃が来るが、対応しきれていない。バカでかい光線級に先制攻撃を受けたのが拙かった。

 

飛行級の何割かを削れてはいるが、砲撃の密度が足りていない。奴らも学習をしているのだろう、まとめて砕かれない位置取りと回避機動を駆使していた。

 

『クレード1より、HQ! 敵の数が多すぎる、至急対応を―――!』

 

怒鳴り立てるが、反応は芳しくない。

 

全てが後手に回っている。

 

元々の作戦の肝は、軌道上からの徹底した爆撃だ。相手の射程距離外から一方的に叩き続け、然る後に突入部隊で一気に反応炉を制圧するのがメインプランだった。

 

それをまるで読んでいたように、爆撃開始の直前で相手の迎撃の光線が桜のように狂い咲いた。超光線級のレーザー程度であれば、艦のラザフォード場で防ぐことは出来る、その筈だった。

 

だが、悪夢は現実のものになった。

 

閃光が収まった後、艦隊の3割が宇宙の藻屑と消えた。

 

相打ちの形になったのか、超光線級もほとんどが潰れ。

 

だが、追い打ちをかけるように馬鹿げた数の飛行級が艦隊に襲いかかった。散開して四方八方から攻撃を仕掛けてくる敵に対処するためには、戦術機甲連隊を出すしかなかった。

 

その判断は間違っていない。実際、対処できる動きだったのだ。出撃前に見せられた映像を見た俺は、損害が出るレベルではないと判断した。かつてはどうだか知らないが、それだけ戦術機の性能が上がっているのだと、叔母の偉業に打ち震えていた。

 

だが、どうしたことか敵は目に見えて動きを変えて来た。

 

嫌らしいにも程がある、奇抜な動作でこちらを翻弄してきた。

 

どこか見たことがある、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を用いながら。

 

―――考えるな。考えるな、思い出すなあの男のことを。今は作戦中だ、指揮官がくだらない私情など。

 

分かっている。反抗することしか出来なかったガキの頃とは違う、俺はもう25だ。あいつにはあいつの事情があったのは聞かされた、知っているんだ。だから、もう恨んではいない。母さんからも言われた。だが、許すつもりはない。

 

『っ、隊長!』

 

『ぐっ?! ―――こんの、やりやがったな蝿もどきがぁっっ!!』

 

恥じる。こんな修羅場で、俺は何を考えているのか。

 

それでも、傷は浅くなかった。大半のスラスターはまだ残っているが、今まで通りの機動は無理になった。それだけじゃない、更に増援が来たようだ。

 

こちらの方も、徐々に疲れが蓄積しつつある。消耗戦では圧倒的に不利だ。合成種が多い第4連隊はまだ元気だが、生身が多い他の連隊は損耗率が増えつつある。

 

かと言って、何が出来るのか。上層部は何をしている。

 

通信で訴えかけるが、状況は変わらない。かといって、別案や打開策など即座に思い浮かぶものではない。代わりに俺の脳裏に浮かんだのは国内での、引退した軍人が告げたという批判の言葉だった。

 

『かつては日常的だった絶望的な戦況を経験した者が少なくなっている今、宇宙という不確定要素が多すぎる戦場で度々起こる摩擦を無事に乗り切ることは不可能だ』と、その元ベテランだという爺は言い捨てた。

 

俺は、その言葉を鼻で笑ってやった。昔とは、システムが違う。戦術機だけではない、高度な兵器群を十全に活用するには、事前準備こそが全て。戦場で必ず発生するという想定との差異―――通称“摩擦”を見込んだ上で作戦を組むのが常道であり、勝利の鍵となる。

 

だけど、今は。

 

前提から崩されたのなら。

 

それよりも前に、相手がこちらの手を全て読んだ上で、誘い込まれたというのなら。

 

 

『クレード1、無事か!』

 

『なっ!? ど、うしてねえさ―――いえ』

 

我を失いかけるも、状況を思い出した俺は無事と答える。そのまま合流した、姉の―――アーシャ・クズネツォワ中佐の部隊と共闘しながら、互いに情報の交換をした。

 

だが、分かったのは撤退さえ絶望的だという、どうしようもない状況だった。

 

……生きて帰ると、約束したんだが。

 

怜央の入学祝いに人類の決定的勝利を贈るという約束も、果たせなくなりそうだ。

 

姉さんだってそうだろう。本人は知られたくないようだが、俺は知っている。俺とは違い、従兄弟達とはかなりの交流を持っている事を。

 

『……だけど、このまま無様に死ぬのだけはゴメンだ』

 

『っ、アカシャ?! 貴方、まさか……!』

 

『犬死にだけはしねえ。何より、虎の子の突入部隊には友奈のバカが控えてんだ』

 

それだけではない、従姉妹がもう一人。

 

諸共に全滅するよりは、合理的で賢い選択だろう。

 

……姉さんも、口には出さねえけど、このまま死んじまうなんて考えたくもねえ。

 

隊長機だけに搭載することが許された、最新鋭の自決用特攻爆弾(カグツチ)を敵中深くで発動できれば、反撃の糸口にはなる。

 

そう考えていたのだが―――甘かった。

 

俺と同じ考えを持っていたのだろう、包囲を突破して自爆しようとした衛士が、罵倒と共に断末魔に沈んでいった。なぜ起爆できない、と繰り返しながらコックピットを執拗に潰されながら。

 

―――万策尽きたか。

 

聞こえた訳じゃないが、戦場に諦めの声が、空気が流れていくのを俺は感じ取っていた。

黒い空の下で、味方の爆炎とBETAの肉片が入り乱れて混じり合う。俺は無力感に苛まれたまま、俺は最後まで諦めないと守るべき艦隊の方を網膜に映し―――そこに、見た。

 

 

黒い宇宙空間を斬り裂いて飛んでくる、一筋の光を。

 

『ま、さか―――!?』

 

俺より勘が鋭い姉が、何かに気づいたようにその“発生源”へ振り返った。

 

直後、大きな球体の構造物が“歪んだ”空間から飛び出てきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軌道異相空間転移ゲート(フォーマルハウト)………!?』

 

『み、未確認の飛行体を確認………これは……!』

 

 

HQ(ヘッドクォーター)付きの通信兵は、信じられないとばかりに呟くような声を零した。

 

その何もかもを置き去りに、球体は敵中深くで散らばった。

 

外殻らしいものを捨て、中から現れたのは銀色の機体と、輝く山吹色の機体で。

 

『電波信号―――メッセージを受信!』

 

『っ、読み上げろ!』

 

状況は進む。

 

 

艦隊の提督達は見た。あり得ない空間転移を果たすどころか、外殻による散弾を眼下の敵に浴びせた様を。

 

CP将校達は見た。反応弾のような高エネルギーを纏っている戦術機を。

 

篁友奈は見た。闇を切り裂き現れた、威風堂々な佇まいを見せる2機を。

 

葉雪梅は見た。敵陣深く、たった2機で背中を合わせながら武装を展開するその様を。

 

 

『読み上げます―――柊町義勇軍所属のクサナギ中隊、戦闘に参加する。繰り返す、戦闘に参加する―――』

 

 

伝えられた言葉に多くの者が絶句した。誰もが知っている。

 

絶望の時代を切り裂く一手を担った、その部隊の名前を。

 

 

『香月博士の………鬼札?』

 

 

誰かが呟いた言葉に呼応したように、数えきれないぐらいの飛行級に包囲された2機は動き出した。

 

 

『付き合ってもらって悪いな―――ユウヤ、クリスカ、イーニァ』

 

 

『甥に姪のためだ。誠意とは言葉じゃなくて美味い酒だぜ、タケル』

 

 

『違えねえ』

 

 

 

そうして、無造作に動き始めた2機から雷撃のようなものが走り、周囲の飛行級数百が引き裂かれて堕ちていった。

 

だが、残る数は比べ物にならないぐらいに多く。

 

中央に陣取った2機は、その状況を懐かしむように堪能し、やがて動き始めた。

 

 

『―――平和な明日を届けるために』

 

 

『ロートルだろうが、役目がある。子供たちの未来のために』

 

 

そして、と白銀武は半世紀ずっと戦ってきた相手を見据えながら、告げた。

 

 

『いい悪夢(ゆめ)を見せに来たぜ―――宿敵』

 

 

 

そうして動き始めた2機―――変則型・第7世代戦術機、『叢雲』と『暁』を駆った2機は、年甲斐もなく敵陣深くへ踊り込んでいった。

 

 

その背後では、呆然と。

 

悔しそうに、俯き。

 

だけれども肩を震わせながら静かに泣く、アカシャ・クズネツォワの姿があった。

 

 

『―――ズルいんだよ、あんたは………いつも、いつも……!』

 

 

でも、二度と同じ後悔はさせないように、来て欲しい時には必ず来てくれる。そんなアカシャの口には出せない声に、アーシャは優しく、包み込むような慈しむ微笑みを向けた。

 

 

その二人の前方で、BETAの肉による汚い花火の大会の規模は、次第に加速していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、始まった。

 

火星を舞台にした、後世まで語り継がれる太陽圏最後の激戦が。

 

地球の各所で勃発し、やがては人類統合体の結成に繋がっていく、第三次世界大戦が―――地球上で行われる、最後の聖戦が。

 

 

 

 

 

―――これは、少年から男になった誰かが、一人の男を殺すまでの物語。

 

 

 

 

 

 

近い未来、珪素生命体に贈られる手紙。

 

 

 

その最初の一文が今、紡がれ始める―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  Muv-Luv Alternative ~take back the sky~  劇場版

 

 

 

    ― The infinite atmosphere ―

 

 

    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     *      *

  *     +  うそです

     n ∧_∧ n

 + (ヨ(* ´∀`)E)

      Y     Y    *

 

 

 

 

 

 

 

 




久しぶりのエイプリルフール。


武とユウヤ達の登場シーンのBGMはもちろん、青の空の巨人のエクソダスの、
9話のアレで!

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