Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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後日談の1 : 『蒼穹作戦後』、『樹とまりもと』

●蒼穹作戦成功後の帰投~武が蘇生するところ

 

 

走る。走る。走る。純夏は自分の限界を振り切って基地の廊下を走っていた。耳に残っているのは、基地に帰投した自分を迎えた大歓声ではなく、たった一言の状況を示す言葉だった。

 

よくやってくれたと、興奮の声で叫ぶ基地の人たち。涙を流して居ない者の方が少なかった。史上に残る偉業を称える声は、基地の地面を揺らす程に大きく。その中で突入した部隊の者たちだけが、喜びの感情とは別の不安を胸に抱いていた。

 

(嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だよ………っ!)

 

帰還の途中、凄乃皇・四型の中で告げられたこと―――心臓が止まってからの時間を聞いた純夏は、それは嘘だと断じた。信じたくないから、信じられないのだと。

 

この目で見るまでは、何も。純夏は走り抜けた先で、走る速度を落とした。個室の前で項垂れている、先に基地に帰還した仲間達の姿を発見したからだった。

 

純夏は肩で息をしながら、皆に近づいていったが、大きな息を吸うなり呼吸が止まった。項垂れた様子を、床に落ちていく涙を見てしまったからだ。

 

だが、だけど、と純夏は歩み寄りながら目的の人物を探した。だが、その彼女は―――サーシャの顔を見ることはできなかった。何かから身を護るように必死に、椅子の上で膝を丸め、頭を抱えながらカタカタと震えていたからだ。

 

「あ………」

 

絶句した純夏は遂に立ち止まり、膝から崩れ落ちた。間もなくして、残りの隊員達も病室前にやって来るが、何かを察して言葉を失った。泣いている者がいた。表情を失っている者や、背中を向けて顔を見せない者達も。

 

樹やまりもは、黙り込んでいた。嘆いている者たちに慰めの言葉を言うべきなのは分かっていたが、言葉が出てこなかったからだった。

 

―――救命率は心停止から1分が経過するごとに、10%が低下するという。軍人である全員が、座学で教えられていた知識だ。5分が経過すれば、半分は死ぬ。10分が経過すれば、0%にはならないものの、生存は絶望的だ。

 

武はと言えば、心停止してから蘇生に至るまでどんなに少なめに見積もっても一時間以上。奇跡的に蘇生には成功したが、未だに予断を許さない状況だった。

 

(そして、問題は心臓だけじゃない……)

 

樹は噂だが、30分の心停止の後に蘇生した人間も居ることは聞いていた。だが、息を吹き返したからといって心臓が停止している間の、酸欠状態が原因での脳細胞の破壊という問題が解決した訳ではなかった。

 

“壊れて”しまった者を、樹は大陸や日本で何度も目にしたことがあった。まるで脳や心が、人間として動くことを拒否してしまったかのような。もしも、目覚めた武が彼ら彼女達と同じような状態になっていたら。樹はそう考えている途中で、思考を放棄した。想像する行為でさえ、耐えきれない苦痛が己の内を襲ったからだった。

 

出来ることはなにもない。あるとすれば、居もしない神に祈ることだけ。現実世界に奇跡を及ぼしてくれない、怠慢な八百万の気紛れに頼る他に手はなかった。

 

人の肉体に、例外はない。万が一、否、億が一の奇跡に縋るより他は無く。樹は、その想像の先に見える必然の未来による恐怖に怯えるサーシャの肩に手を置くと、歯を食いしばりながらじっと、病室の扉から目を逸らすことができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とても白くて赤い場所だ。武は眼の前の光景を見ながら、朧げに残った意識でそんな感想を抱いていた。どうしようもなく黄昏なのに、どこか果てしなく潔白で、どこまでも()()ような。

 

武は思った。なんだここは、俺はと。しばらく黙り込んだ後、途方に暮れた。ここからどこに向かえばいいのか、分からなかったからだ。

 

眼の前に広がっているものはただただ、果てしない草原だけ。目的地もなにもない中で、武は光景を眺める他にできることはなく。分かることは、自分は走るべきだったという感触だけだった。

 

仕方なく武は、向いていた方そのままに歩みを進めた。何か冷たいものが、自分の背中から襲ってくるように感じたからだった。地面を踏んでいる感覚がないからだろう、足音もなく足跡もない。導かれるままに武は歩き続け、気がつけば足は止まらなくなっていた。

 

罠か、罠だな。そう思った武だが、足を止めようとは考えていなかった。そのまま、ちょうど100歩。進んだ先で、武は立ち止まった。

 

懐かしい顔ぶれが揃っていたからだ。今はもう、言葉を交わし合うことさえできなくなってしまった人たち。武は破顔し、更に一歩を踏み出そうとした所で止まった。先に居る者たち全員が、顔と視線でこちらには来るなと語っていたからだった。

 

どうして、と武が眼で訴える。行く先には、安らかな空間が広がっているように感じたからだ。底冷えして凍えるような場所よりも、あの向こうへとたどり着くことができるのならば。そう考えた武だが、対する者たちは首を横に振り、武ではなく武の背後へと視線を移した。

 

何か、忘れてはいないか。こちらに、一線を越えれば戻ることはできないが、来てしまっていいのか―――そこにあるのは、本当に冷たいものばかりだったのか。

 

武は、口を開けたまま固まり、しばらくして口を閉じながら俯いた。

 

温かい何かが、自分の中に。灯火のようで、途方もなく熱がこめられたものを見つけたからだった。

 

どうしてか恥ずかしさを覚えた武は顔を上げ、そして見た。苦笑をしながらも、笑顔を浮かべた人たちの姿を。

 

『―――俺は』

 

ようやく出せた声は、その一言だけ。それだけで笑顔の者たちは頷き、誰もが片手を上げて掌や拳を見せた。

 

快活な笑顔で親指を立てる者、下に降ろすもからかいを含めた表情をする者、中指と人差し指の間から親指を出す者、色々な形だったが、方向性は一貫していた。

 

―――今度は悔いもなく笑って来れるように、健やかな生を。

 

そんな声を背中に、武は来た道を戻り始めた。

 

地面に落ちた涙で足を取られないように、全力で走りながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ここ、は」

 

その一言を発した武は、全身を襲う苦痛に邪魔をされて言葉を発せなくなった。武は無言で悶絶しながらも視線を感じ、亀のようにゆっくりとした動作だが、その方向に視線を返した。

 

驚愕に不安、悲嘆の中に見え隠れする期待のようなもの。表情を歪めて居ない者は居なく、眼の端に涙を浮かべていない者もいなかった。

 

特に一番近くに居るサーシャと純夏は酷かった。涙で顔がぐしゃぐしゃになっているどころか、純夏は鼻水まで垂れていた。可笑しくて頬が緩む気持ちと、どうしてか涙が出そうになる嬉しさがない混ぜになり。だが、すぐに直視するのが気恥ずかしくなった武は、誤魔化すように口を開いた。

 

「ひでえ顔だな、二人とも」

 

ごくり、と唾を飲む音。その様子を見た武は、二人を訝しげな眼で見ながら尋ねた。

 

「おかしい、文句が返ってこない………ひょっとして偽物か?」

 

「え………あ」

 

そこで声に詰まるあたり、偽物の可能性が更に高まったと武はひとりごちた。サーシャなら笑顔で毒舌がすぐに、純夏は口を尖らせながら反論を飛ばしてくるはずだと。

 

「つーか。マジでなんでだ? そんなに雁首揃えて……」

 

「……白銀。あんた、今どこに居て自分がどうなってるのか分かってる?」

 

「夕呼先生? あー……えーっと、ですね」

 

武は夕呼の言葉を聞いて、頭を働かせた。そして、すぐに現状を把握すると起き上がろうとして失敗した。つま先から頭のてっぺんまで雷に貫かれたかのような激痛が走ったからだ。武は涙目で悶絶しながらもたった一言、声を絞り出した。

 

―――全員、無事に横浜へ帰投できたのかと。

 

その言葉を聞いた全員が、硬直し。夕呼は盛大にため息を吐いた後、小さく頷いた。武はそれを見て脇目も振らず両手を上げたくなったが、再臨した激痛を前に為す術もなくベッドへ倒れ込んだ。

 

そして、不安になっているサーシャ達の顔を思い出すと、そういう事かとようやく現状を把握した。

 

「えっと、あれだ……作戦が終わってから、何日経った?」

 

「……一週間」

 

「え―――マジで?」

 

「嘘、二日だけ」

 

「へ? ……って冗談かよ、きついぜサーシャ……でも、あれだな。正月から三が日は休暇を取って温泉にでも行こうと思ってたのにな」

 

「うん………でも、違う」

 

「サーシャちゃんの言う通りだよ」

 

私達が言いたいことは、聞きたいのはそんな言葉じゃなくて。部屋に居る全員が同調し、無言で訴えてくる空気を読んだ武は、全面的に降伏するように答えた。

 

「―――ただいま、みんな。ちょっと遅くなっちまったけど」

 

言い訳をするように、語尾の方をごにょごにょと誤魔化した武に、サーシャが涙を浮かべた笑顔で答えた。

 

 

「ううん―――とっても、はやかったよ」

 

 

10年や20年を覚悟していたから、とサーシャは呟き。武はその熱情の深さに、嬉しさと実感を覚えると、笑いながらも涙を浮かべていた。

 

そして、締めとなる言葉を―――おかえりなさいと、サーシャの言葉がかけられた。それが切っ掛けになり、全員が安堵のため息を零すと、まるで魔法が解けたかのように全員の表情から険しいものが取っ払われた。

 

そのまま、地上の―――日本に広がる各所と同じく、勝利の喜びという名前の熱気に浸りながらそれぞれの笑顔を浮かべ始めた。

 

 

 

―――その、10分後。帝都の中央にある建物の一室で、報せを受けた直後に、子供のように喜びの感情で泣きじゃくる女性の姿と。

 

同じように涙を浮かべながらも彼女を支えた傍役二人の姿があったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●樹とまりもと

 

 

元・白銀宅の前にある宴会場の隅のスペース。号泣と叫びを共にした乾杯の合図で更に盛り上がった場から少し離れた場所で、樹はにまにまと笑顔を浮かべる者達―――輩達と呼んだ方が適している一団に絡まれていた。

 

「で、実際どうなんよ―――あの巨乳美人とは」

 

ずずいと詰め寄りながら聞いたのは、アルフレードだ。樹はその胸ポケットからメモ帳が見え隠れしていたことから、ため息と共にグラスを自分の口へと傾けた。答えないという意志を示すように、自分の体ごと視線を外へと逸らした。

 

今までなら、それで話は終わっただろう。だが、アルフレードは最強の助っ人を用意していた。その人物は―――白衣の女性は「へえ」と一言告げながら、いつの間にか樹の近くに用意されていた椅子に座った。

 

「私が聞いた話とは、ずいぶんと違うわね?」

 

「な、香月副司令………!」

 

「ふふ、そんな熱い視線を向けられても、ねえ」

 

夕呼は度数が高い酒を飲みながら、樹に視線を向けた。すかさず、横に居たフランツが空になっていた樹のグラスに酒を注いだ。

 

(っ、いつの間にかアーサーにリーサどころか、インファンまでも……逃げ道を完全に塞がれたか!)

 

アルフレードを陽動役に、数秒で完成した包囲を前に樹は自分の失策と、相手の絶妙さを痛感させられた。嫌になるほど巧妙で隙の無い連携だと。

 

「それで、繰り返すようになるけど……まりもとは、どこまでいったの?」

 

「……何のことか分かりません。良き同僚で、代えがたい戦友だとは思っていますが」

 

「カマトトぶってんじゃないの。こっちは真面目に話しているんだから」

 

嘘だ、と樹は反射的に答えたくなった。横浜に来る前、仙台で出会った頃から夕呼にからかわれた回数は両手両足では収まらなかったからだ。それは逃げることが出来なかったという経験を物語るものでもあった。

 

それどころか、こちらの癖を知り尽くしている戦友(難敵)に包囲されている現状、打てる手は一つしかなかった。樹は諦めるように深い溜息を吐いた後、やけくそに酒を飲み干した後、覚悟を決めた。何が聞きたいのか、と開き直って視線で問いかける樹に、夕呼は笑みを―――夕呼の笑顔の種類に関しては一家言ある武が居れば「アカン」と零したであろう―――浮かべると共に質問を始めた。

 

「まりもは生真面目過ぎるでしょう? 休憩時間にも仕事の話しかしないらしいじゃない。この前だって、部下の話ばかりだったみたいだし」

 

「それだけ、教え子の事を気にかけている証拠です」

 

樹は即答した。国連軍を離れた隊員達のことについて、相談を受けていた事を説明しながら、真面目という問題ではないと樹は断言した。教育という二文字について、誰にも譲るつもりはない理念と自負を持とうと日夜努力している。死地に向かわせてしまった罪、そこから目を逸らさず、かといって腐らず、それでいて柔らかさを失わずに最善を目指す姿は憧れすら覚えることがあると。

 

「それでも、色々と口論になったことは確かでしょ? ……男って従順な女が好みだ、ってよく耳にするけど」

 

「自分を持っている証拠ですから、むしろ好ましいです。引けない部分を―――信念を持っている女性は、それだけで美しいと思っていますので」

 

樹は酒を飲みながら、何を馬鹿なことを、という表情で答えた。感情が顔に出やすいのは、樹の悪癖であり、最近になって隠す術は覚えたがアルコールが脳に回った今は少し昔の様子に戻っていた。

 

フラッシュバックするのは、待つだけだった母と、その姿に苛立ちを覚えていた自分。最近になって父も父で拗らせていたのだと気づくことが出来たのだが、それは頭の話でのことだった。

 

迎合するだけの女性を美徳と捉えるかどうか。それは個人の趣向により左右されるが、自分としては芯を持って誰かを思える人は性別に関係なく接したい存在であると―――美しいと思っていると、樹は何の気負いもなく語った。その表情を見た夕呼は、疲れた顔のまま、ため息混じりに尋ねた。

 

「そう遠くない内に始まる、リヨン・ハイヴ攻略戦―――あんたが参加することを引き止めるような、束縛が強い女でも?」

 

「……強硬手段に出ないあたり、理性的でしょう。それに、立場を越えて行動に移してくれた―――自分の命を想ってくれているということが実感できましたので」

 

即答した樹は、注がれた酒を飲みながら頷いた。そうだ、あれは心配してくれた証なのだと、話の流れの内に自分で気づくことが出来ていた。この後、謝らなければと酔いがかなり回った赤い顔で、小さく頷きながら。

 

「……あー、なんだったかしら。そう、酒癖が悪い女性でも良いと?」

 

「可愛い弱点でしょう。そもそもの原因は、ストレスを感じさせるどこぞの副司令のせいだと愚考している次第ですが」

 

「いやそれは無実の罪だから、って聞いてもアンタは信じなさそうね」

 

本当に違うんだけど、と夕呼は呟きながら、最後にと前置いて尋ねた。

 

「それだけ想っておいて答えないのは―――違うわね。ひょっとして、リヨン・ハイヴの攻略に参加することを志願した理由に繋がってくるのかしら」

 

何気ない、一言。それは樹の図星を突いた言葉であり、今までとは違う仕草をした姿に、聞き入っていた周囲の“6”人はずずいと身を乗り出した。樹は、熱で火照った自分の顔を隠すように、掌で覆った後に小さな声で語り始めた。

 

「……当たらずといえども遠からず、です」

 

「へえ。で、そのこころは?」

 

「格好をつけなければ、にっちもさっちも行かないからですよ」

 

樹は語った。

 

―――政威大将軍となった悠陽との繋がり。

 

―――国連軍を離れる自分と、新たにパイプ役として欲する斯衛内の動き。

 

―――跳ね除けられる背景だけではない、“紫藤樹”個人としての存在を示すことを。

 

「ある程度、評価はされているのでしょう。それでも彼らが強引な手段に出ないのは、クラッカー中隊に所属していた事と、副司令と白銀武の威名を借りたから、という要因が大きい」

 

くだらない拘りだと言われようとも、これだけは譲れないと、樹は告げた。

 

「誰の力も、名前も背景もコネも借りないまま。ただの“紫藤樹”として、愛している女性に近づく不幸の全てを跳ね除けられる男になりたいんだ」

 

人類として、BETAに対しようとする気概はある。欧州の民間人を、戦友の故郷を取り戻すための戦いに参加する事に否やはない。その上で、神宮司まりもという女性を、不器用な部分という以上に、果がないように思える優しさを持っている美しい女性を泣かせないような。父と同じ轍を踏むのは御免だと、自分の力だけで様々な困難から。煌武院の臣下だけではない、内外から来る謂れなき中傷の全てを防ぎ、一緒に生きているそれだけで幸せにできるようになりたいと。

 

一切の虚飾が含まれていない言葉を、夕呼は真正面から受け止め。その強い視線を見返すと、小さく頷いた。

 

その直後、夕呼は目線を樹の両目からその背後へと移しながら、嬉しそうな声色で視線の先へと投げかけた。

 

 

「あばたもえくぼ、というより欠点を含めて全部好きで愛してるって所かしら―――良かったわね、ま・り・も?」

 

 

瞬間、樹の時間が止まった。ひゅっ、と息を吸ったまま硬直したのは、樹だけだった。間もなくして振り返ろうとしたが、それより前に浴びせられたのは、数里にまで及ぼうかという野次馬による大歓声だった。

 

「ブラボー、おおブラボー!」

 

「あいつは女顔だけどやる時はヤル奴だって思ってたんですよ」

 

「あーあー、熱っっついな。誰か団扇持ってねえもしくは扇風機?」

 

「“うるせえ俺が俺の力であの人を幸せにするからアンタは黙ってろ!”ですか。ええ格好しいを越えて、男前にも程が」

 

「つーか全て肯定するあたり、惚れた欲目というか。完全に堕ちてるよコレ」

 

「……そうですか、神宮司教官も裏切り者になるのですかなるんですね」

 

「ちょっ、誰か伊隅少佐を止め―――っ!?」

 

喧々にして囂々。色々な言葉が飛び交う中、樹は自分が嵌められたことをようやく自覚した。そして、ゆっくりと、ぎぎぎぎという擬音が出そうな速度で後ろを振り返った。

 

そこには、拡声器を持った武と、赤を越えて真紅の色に顔を染まらせた、噂の想い人の姿があった。

 

「な、な、な、な………!」

 

「それでは、勝利者のインタビューです。神宮司中佐、いえ二階級特進になりそうな神宮司――いえ、“紫藤”少将はご感想を」

 

言葉の途中で手刀を頭頂に叩き込まれた武は悶絶したまま転げ回った。樹は地面に転がる武を何度も踏みつけた後に、まりもの辿々しい声を聞いた。

 

「……あの。その、紫藤中佐。先程の言葉は、間違いでなければ、いえ……」

 

嘘か、冗談の類か。その質問が出るより先に、樹ははっきりと答えた。

 

「嵌められた感が拭えませんが―――本心だ。嘘や、偽りを1mmたりとも含ませたつもりはない」

 

耳まで真っ赤に染めながら樹が答え、その告白染みた言葉を聞いていた者たちの口笛が辺りに響き渡った。樹はその下手人を手刀で沈めたが、人数が多すぎたせいか、酔いが回りすぎたせいか―――気恥ずかしさが限界にまで達したせいか、肩で息をするようになった。

 

その背中を労るように、そっと掌が添えられ。

 

途端、全身が鋼のように硬直した樹に、まりもは呟くように語りかけた。

 

「えっと、でも………私は、クズネツォワ大尉とは似ても似つかないけど」

 

「違う。次に同じことを言ったら本気で怒るぞ」

 

樹は、その言葉を考えるより前に発した。

 

―――色々な感情を。ずっと胸に抱いていた葛藤を、ビルヴァールを筆頭とした、様々な想いを混ぜ合わせながら、やはりここでこういう言葉が出てくる人だからこそ好きなのだという思いを自覚したが故に。

 

 

意を決したかのように、樹は振り返り。

 

その様子と表情に、まりもは見惚れ。

 

 

その両手を握りながら発せられた言葉は、もはや語るまでもなく。

 

ただ、周囲の建物が割れんばかりの大きな歓声と、二度目となる乾杯の音頭が、全員の頭上へと広がっている青空へ響き渡っていった。

 

 

 

 

 

 

 


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