Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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遅れましたが、明けましておめでとうございます。

後日談投票4位のお話です。


後日談の3 : 『冥夜と武と』

何か欲しいものとかないか、と武から尋ねられた冥夜は答えられずに黙り込んだ。

 

12月16日、雪の降る寒い夜のことだった。オリジナル・ハイヴを元旦に攻略してからというもの、忙殺というにも生ぬるい、忙殺戮と称してもまだ足りないぐらいに眼の回る日々を越えての、立役者である煌武院悠陽の誕生日であり、双子の妹である冥夜の誕生日であり、裏の中心人物だった白銀武の誕生日だ。

 

本館の方では、政威大将軍である悠陽の誕生日を祝うために何週間も前から準備された宴会が催されていた。斯衛の一部からは些かならず贅沢というものだろうという批難の声が上がったが、ため息とともに国民の声をよく知る人物が告げたのだ。民こそが「やらねえと許さねえぞ」という圧力を醸し出していることを。

 

―――人類初の偉業から帝都防衛、そして地球史に燦然と輝くであろう悲願が達成されたから、ということもあったが、とにかく明るい話題が欲しかったという事情もあるのだろう。反対派も時流を読めない者ばかりではなく、中途半端に自粛して各所に不都合を起こすよりはと、開催が決定された。斯衛の中核達はもちろんのこと、世界中の各政財界の大物が集まった大広間では誕生を祝う催しとなった。

 

冥夜はそれに参加せず、武と二人で部屋に居た。共に祝われる事よりも優先すべきことがあったからだ。

 

―――盛大な宴には陽たる姉を、妹は別室で宴に参加させずに影を強いる。そう周知させることによって、“冥夜が姉に不満を覚えるのではないか”と、ある勢力に思わせることが狙いの、軽い謀略を仕掛けるためだった。

 

再び我慢を強いることになりますが、と本当に申し訳が立たないという姉・悠陽の顔を見た冥夜は、逆にこちらこそ、と頭を下げ返した。そのような顔をされる方が、冥夜にとっては耐え難きものだった。

 

一方で、誰にも言えないが―――役目ではない所での喜びを冥夜は感じていた。

 

不穏分子に対する策の内であろうが、想い人と二人きりになれるのは、冥夜をして何よりも代え難い貴重な時間だったからだ。

 

そうして、雑談をすること数分。話をしていればいいというだけで、話題は特に指定されていなかった二人が、ふと思い出したように話しだしたのは互いの誕生日に関することだった。何か欲しいものとか、とふと問われた言葉に、冥夜は今更ながらに考え込んでいた。武は苦笑しながら、当日に何だけどな、と言い訳をするように口を開いた。

 

「忙しくて……マジで忙し過ぎて忘れてたけど、誕生日って〆切とかそういうのじゃなくて、誰かから祝われるものだったよな……」

 

工作のことで頭がいっぱいになって忘れてた、と武が呟いた言葉に、冥夜は無言で頷いた。ふと笑いあった二人の、目の下にうっすらと浮かべられた隈が、誕生日というもののアイデンティティをクライシスする根拠となっていた。

 

「私も忘れていた。それどころか、休暇という二文字の漢字を忘れそうになっていたことに今気づいたぞ」

 

「ああ、分かる……休み、かあ。次は何時だったっけか?」

 

「来月の半ばだ。私達の成人式があるだろう」

 

殿下からの提案により、成人を迎える者は問答無用で休日とされていた。その休日に関する調整をするために休日でも動かなければならない、という矛盾も出ていたのだが、反対する者は居なかった。BETAに脅かされる時代は終わった、ということを国内に認知してもらうためにという目的を聞かされたからだった。

 

武と冥夜は、別の意味で反対しなかった。最近は会えなかった戦友であり、親友達と再会できる場だからだ。特に武は何でも無い個人として参加できると、誰よりも待ち望んでいた。

 

「そういえば、斯衛からも何人か出るんだっけ?」

 

「そのようだ。ところで、出処が不明な着物が成人式を迎える女性の家に届けられるという怪奇現象が発生していると聞いたが」

 

「……へえ。それはまた、ふしぎだよなあ」

 

冥夜は棒読みをする武にため息をつくと、話題を誕生日のものに戻した。

 

「そういえば、武はどうだったのだ? 幼少時は父君と、純夏の家族から祝われていたようだが」

 

「あー………それは、まあな。親父はほぼ家に居なかったし、年末のこの時期は納期がーとか年始がーとか何だかでバタバタしてたから」

 

帰っても軽い挨拶をして寝るぐらいの日々。酷い時はお年玉と誕生日プレゼントを一緒に渡された、と武は苦笑していた。過去とは違い、今になって恨む気持ちが薄れたのは、自分が忙しい立場になって分かるものがあったからだった。

 

「そうか……それでは、大陸で戦っていた頃も?」

 

「いや、逆にあっちに居た頃の方が盛大に祝われてたぞ。どっちかって言うと、あいつらが酒を飲める大義名分に使ってただけのような」

 

それだけじゃないけど、とは武は苦笑していた。何でも無い日だけど飲もうぜ、というぐらいには呑兵衛が多かったクラッカー中隊の不良軍人達。物資が乏しい時や、それなりに親しくなった戦友が亡くなった時には軍内部で自粛をしようという論調が活発したこともあったが、その全てを跳ね除けた。

 

「生まれた事は不名誉じゃないし、戦い抜いて死んだ友人の事は盛大に誇るべきだ、ってな。口が回る奴の言葉だったけど、その時ばかりは心底同意した」

 

「……名誉の戦死であればこそ、か。そうだな、泣いて落ち込まれるよりは、安らかに眠ることができると思う。だからこそ騒ぐに足る理由を………いや、許されたのは過酷な戦場だったが故なのか」

 

最前線における死因は、実にバリエーションが豊かだった。いつ誰がどこで死んでもおかしくなかった。だからこそ、何時何処で終わっても悔いが残らないように、死ぬその時まで全力で戦えるようにと振る舞うのは、冥夜にとっても分かる理屈だった。

 

武はと言えば、当時のことを思い出していた。戦っては負けて、移動を。別の基地にたどり着くなり、機体をチェックしたこと。それを終えた者から、現地で騒げる場所を探したり、酒を調達してた日々のことを。

 

「……うん、濃い日々だったなー良くも悪くも。で、冥夜はどうだったんだ? 誕生日となると特別だろ。月詠さんとか、御剣家の人に祝われてたとか」

 

「……ああ、その通りだ」

 

冥夜は言葉に詰まったものの、小さく頷いた。私の立場が立場であったが故に、とは口には出さなかった。

 

秘密というものはどうしたって漏れるものだと、冥夜は肌身で感じ取っていた。公園での一件の後に学んだことだ。譜代であるという家の当主の数人から、じろじろと見られたことも影響していた。

 

双子の妹である自分に個人的に親しくするような行為が煌武院の譜代に知られれば、起きなくても良い派閥争いが生じる可能性がある。御剣家の者からそう教えられた冥夜は迷わず、祝いの言葉を辞する方を選んだ。

 

姉のような存在であり、剣の師でもあった真那には逆に厳しい稽古を付けてくれることを望んだ。自らの剣の腕が上がり、余計な誤解も産まれなくなる。一石二鳥だと当時の冥夜は我ながらに名案だと頷いていた。

 

(だが……今になって思うが、月詠のあの顔は……)

 

今までの12月16日の稽古の時、真那はいつもよりも厳しい顔だった―――あれは苦しみ、何よりも怒っていたのではないだろうか。冥夜は、そう思うようになっていた。

 

月詠真那は従者として、軍人として、斯衛として煌武院に忠を尽くしている。その佇まいに揺らぎはなく、憧れるほどに真っ直ぐだった。悲しみに表情を崩したことなど、見たことがなかった。唯一、耐え難い怒りを覚えた時以外には。

 

(それだけ、私のことを思ってくれている……ふふ、その意味では何者にも代え難い贈り物と言う訳か)

 

冥夜の口が、真那の想いを知ったことによる嬉しさで緩まった。武はその仕草を見ると、驚いたように目を瞬かせた。

 

「冥夜って、思ったより感情が表情に出るよな。嬉しい時とか特に」

 

「そうか? ……いや、そうかもしれぬな」

 

昔はどうだっただろうか。冥夜は思い出すことが出来なかったが、207に入った後のことは自覚出来ていた。苦しくとも鮮やかで、共に肩を並べて辛いこと、嬉しいことを分かち合える戦友が出来た自分は、何かが変わったのだろう。

 

(それでも、自分を律しているつもりなのだが……この男は)

 

戦友もそうだが、何よりも自分の心を乱し感情や表情を崩す其方(そなた)が元凶であると。冥夜は視線で訴えるも気づかず、のほほんとしている張本人の顔を見るなり、衝動的にその鼻を突付きたくなった。何も考えられないぐらいに悲しさに暮れて、人目を憚らずに泣かされたのは今年の元旦の其方のせいなのだぞ、と言葉を添えたままで。

 

だが、墓前に花と愚痴と泣き言を添えるよりかは、ずっと良かった。冥夜は黙り込んだ後に小さく息を吐いた。武はそういえば、と話題を元に戻した。

 

今、欲しいものがあるかどうかという問いかけだ。冥夜はそれを聞いて、最初に不足しているものを考えたが、思いつかなかった。

 

本当に欲しいものは今、全て持ち合わせていると実感していたからだった。

 

煌武院の一員として、裏ではあるも役割を任されている。何より、姉との距離が昔とは比べ物にならないぐらいに近くなった。互いに忙しく、落ち着いて語り合うような暇はないが、それでも人目を気にすることなく言葉を交わすことができるのだ。影武者としてではなく、姉妹として共に。

 

横浜に来る前の自分では、考えられないことだった。昔の自分に教えた所で信じないだろう。

 

「贈り物、か。そういう意味では……やや日が遅れてではあるが、去年の其方のあの提案こそが、最高の贈り物だった」

 

冥夜は口元を緩めながら、本心を語った。

 

「――煌武院冥夜様、と。其方に呼びかけられてからの一連の出来事を、私は生涯忘れることはない……其方に、感謝を」

 

予想外すぎる声でも、全身に電気のようなものが走ったことを冥夜は覚えていた。自分の中にあった、1つの嘘に気づくことが出来た契機でもあったからだ。初めて、知ることができた。自分の中に、悠陽の妹としてあることを望んでいる一面があったことを。もう一方で未だに言葉に出来ない、寂しさのようなものを冥夜は感じていたのだが。

 

「あー、いや。そういう贈り物じゃなくて。怖い月詠さんとかにマジで怒られるようなあれこれじゃなくて」

 

「……確かに。本気で怒った月詠は何よりも恐ろしいからな。鬼も裸足で逃げ出すという表現は、過剰ではないように思う」

 

だが、あの後のあれは良き方向での怒りではあったと、冥夜は言う。悪い方向で真那が怒りを覚えると、憤るのではなく逆に冷静になることを知っていたからだ。如何に迅速に目の前の“障害”を排除するか、それだけを考える一本の刃になることを。

 

話題が再び逸れたが、冥夜は致し方ないと考えていた。既に多くのものを貰っている現状、明確に声にしてまで欲しいものが思いつかなかったからだ。

 

それから、取り留めのない話を。だが、贈り物に関する話題について武は納得しないのか、再び話をぶり返した。冥夜は「嘘は言っていないのだが」と呟き、悩み抜いた挙げ句に言葉を零した。

 

「そう、だな……強いて言うのであれば、今のこの時間だ」

 

「……えっと、どういう意味だ?」

 

「余人を交えず、二人きり。其方と偽り無く言葉を交わすことができる今こそが、宝物だと思っている」

 

あっけらかんと、冥夜が言う。寄り道の多い会話だけど、何よりもそれが楽しいと。武は、その言葉の意味を最初は理解できなかった。どうして自分なんかと話せて嬉しいのか、本気で不思議がっていた。

 

冥夜は、その反応を見るなり盛大にため息をついた。やはり遠回しに告げても意味がないと、姉と戦友や親友からの忠告は正しかったことを痛感した。

 

それでも、今の言葉に嘘はなかった。冥夜は苦しそうな表情で語った。

 

「……再会出来た時は、嬉しかった。だが、私は其方をずっと遠くに感じていた」

 

「それは……距離的なものじゃないよな」

 

「その通りだ。理由あっての事とはいえ、私はずっと日本の本土に、安全な場所に居た。……だが、其方は大陸から本土までずっと戦い続けていた、その意味を痛感させられていた」

 

生まれという立場には責任が強いられる。だというのに、強いられるまでもなく、誰より早く世界の危機に挑んだのだ。白銀武は誰に言われた訳でもないのに自分で自分の責務を定め、命を賭けての勝負を繰り返した。敗北も必死な苦難を越えたからだろう、その力と心は図抜けていて、その背中に追いすがるだけで精一杯だった。

 

遠く、手を伸ばしても掴むことが出来ないほどに遠く。

 

衛士として強くなり、煌武院としての立場で周囲の視線に晒され、政治というものを、人を指揮することを学ぶ度に、その強さを知った。歯がゆかった、と冥夜は少し弱い声で呟いた。

 

「……助けがあったからこそだ。一人の力じゃないし、冥夜が気に病む理由なんてどこにもないだろ」

 

冥夜はその言葉に頷きながらも、心の中だけでそうではないと呟いていた。思ってしまうことは、止められないのだと。

 

(私には……姉上のような、多くのものを背負った上で揺るがぬ決断ができるような強さはない。クズネツォワ教官のように、タケルと背中を預けあいながら多くの死線を越えた経験も持ち合わせていない)

 

冥夜は無いものねだりを自覚しながらも、改める気にはなれなかった。もしも何か、出会い方か何かが違えば、と別の可能性を考えてしまうからだ。

 

自分は武に頼るだけではなく、頼られる存在になりたかったと。本音を自覚した冥夜は、首を横に振った後、武に言葉を向けた。

 

「つまらない話だったな……忘れてくれ。詮無いことだと鼻で笑ってくれても良い」

 

「できる訳ないだろ……ったくよ、真っ直ぐで真面目な所だけは、どんな世界でも変わらないんだな」

 

武は、小さなため息をひとつ落とすと、冥夜の目を見ながら言った。

 

「別に……戦闘とか、死線とか。数をこなしたから偉い、って訳でもないと思うんだよ。軍に入った、厳しい訓練を越えた、実戦に立った、生き残った、繰り返した。その回数が多いから正しい、強いとかそういうもんじゃないんだと思う」

 

「それは……何故だ?」

 

多くを乗り越えてきたベテラン、歴戦の勇、英雄と呼ばれる存在は讃えられるべきだろう。冥夜の言葉に、武はそうかもしれないけど違う、とはっきり否定した。

 

「だからって、初陣で死んだ戦友が偉くないのか、って考えれば……違うだろ。命を賭けて戦って、運悪く死んだからって、別に劣ってるとか、弱いとか」

 

違う、と武は繰り返した。想うべきは、見るべきはその人間が必死で生きていたということ。戦うことを選択したということ。銃を取り、戦場に出たから強いというのとはまた異なる。ただ、何かから逃げず、目を逸らさないまま役割を果たそうと足掻いたという点で言えば、誰もが同列だと武は考えていた。

 

恐怖に負けず、オリジナルハイヴの中心までたどり着き、生還した冥夜も同じだ。むしろ実戦経験が少ないのに甲21号やオリジナルハイヴ攻略戦を戦い抜いた冥夜の心の強さと技量は、尊敬されて然るべきだと、武は言った。

 

「だから、そんな風に距離あるとか、勝手に引け目を感じて距離を取られるとな。なんていうか、その、かなりしょんぼりする」

 

「なっ!? あ、いや、そういうつもりではないのだが……その」

 

「分かってるって、冗談だ」

 

「……其方は、私を騙したのか?」

 

「なんでだよ、違うって。ちょっとだけしょんぼりしてるのは事実だし」

 

武は苦笑した後、無言でむくれている冥夜を見るなり吹き出した。冥夜はそれを見て、どういった意味での怒りだと半眼になったが、武は更に笑みを深めた。

 

「……俺は、頑張ってる人が好きだ。目標に向かって、直走っている人とか特に応援したくなる」

 

苦境を愛せずに、背を向けた人。責めるつもりはないが、武は最低限のことさえせず逃げ回るような人物が苦手だった。好みの問題とは別に、逃げたがっていた自分を思い出すからという酷く個人的な理由であったが、どうしても好きになれないのだ。

 

「いや、過大評価だろう。むしろ、其方のような者こそが称賛されるべきだ」

 

「そこまでじゃないって。俺も人に頼ってばっかりだったし」

 

武は否定するが、冥夜は納得するような素振りさえ見せなかった。

 

武は頭をがしがしと掻きながら言葉を探した。

 

―――冗談が通じないという点では、唯依と似ているだろうか。その上で冥夜だけを見て言うのであれば、と武は考えた所で相応しい言葉を見つけた。

 

「冥夜は、冥夜の強さを持ってる……御剣、っていう名前みたいにな」

 

武はラーマの論調を真似ながら告げた。鍛えられ、不純物がなく、強靭で、芯から真っ直ぐだという冥夜の人柄を一言で表した。

 

玉鋼で作られた日本刀(御剣)の如く、粘り強く折れず。見る者の気を引き締めさせると、綺麗なものを誇るように。

 

「刀匠に鍛えられた御剣のように、か……だが、真っ直ぐで多くの困難を切り開いたと言えば其方こそ相応しいと」

 

「いや、その点については頷けないって。結果論だって。俺はなんていうか迷いに迷ったし、一時期はめちゃくちゃ折れてたから」

 

銀って鉄よりも柔らかいし、と武は言い訳をするように告げた。

 

冥夜は、それでも頷かなかった。過去の自分は、影武者として―――道具としてあるべきだと考えていた部分があったからだった。その持ち主である姉に、相応しい存在でなければならないと。

 

御剣冥夜という名前も、よく出来た名前だと思っていた。表に出るのは一度切りの、最後の懐剣、日の終りになってからようやく使われる、陽を脅かす者達に滅亡という夜を呼ぶための切り札が自分だったと。

 

冥夜は遠回しにそのような考えを述べたが、今度は武の方が頷かなかった。

 

「殿下は―――悠陽はそんな事を考えちゃいなかった。五摂家の、煌武院の当主としての立場があるから姉として妹を、って言葉を口には出来なかったけど」

 

妹を犠牲にして、という後悔をいつまでも胸に秘めていた、と武は言う。過去に悠陽から語られたこともあった。

 

「どんな時でも、忘れられなかった……覚えてたんだ。皆琉神威とは違う、振り返れば“そこ”に居てくれる佩刀、のように思ってたんじゃないか? この刀に恥じない自分でありたいって、冥夜がそう想わせてくれる存在だっていうのは俺も分かる所があるから」

 

真っ直ぐで曲がることなく、使命と役割に直向きな冥夜が居るからこそ、自分も気を引き締めよう、引き締めなければならないと思わされる。あの姿に負けない、恥じない自分にならなければと考えさせられるような、代え難い存在なのだと。

 

冥夜は武の話を聞くと、呆然とした表情になり、掠れる声で答えた。

 

「私、が? 何かの、間違いではなく……そのような」

 

「嘘じゃないって。聞くけど、冥夜は御剣家で怠けた事とかあるか?」

 

「それは―――いや、それだけは否と答える。鍛錬が足りていたか、と問われれば到底頷けないが……」

 

冥夜は即答した。自己評価であり、演習で一度届かなかったことを考えれば甘い採点だろうが、怠けていたという言葉には反感を覚えた。身につけたものに見当違いの謙遜を覚えるな、という師の教えの通りに素直な本心を語った。

 

「少なくとも、その時の私に考えられる限りの鍛錬を重ねていた……そう、だな。取るに足らないものかもしれないが、当時の私にとっての数少ない自負であった」

 

冥夜は自分の掌を見下ろしながら、小さく頷いた。子供っぽいだろう、それでも厳しい鍛錬の日々こそが、軍に持っていくことが出来た大切な荷物だったと、入隊時のことを思い返していた。

 

そして―――気づいた。煌武院冥夜と呼ばれた時の寂しさ。それは、御剣冥夜であった頃の自分から離れていくことを、どこかで予感していたからだったのだと。

 

「……そして。怠けぬ限り、この手の豆が消えることは無いのだな」

 

確かめるように、冥夜は手の豆を包むように掌を閉じた。御剣から煌武院になった所で、この一点が変質した訳ではない。修練の日々もそうだ、今までの道が無駄になった訳でもない。それを実感した冥夜は、武の言葉を聞いて泣きそうになっていた。

 

(―――私は。私は、どこかでその言葉を望んでいたような気がする)

 

無意識の考えだろう。だが、冥夜は間違ってはいないと思った。御剣冥夜としての自分を、誰かに認められたかったのだ。極寒の深夜に、御剣の道場で一人。白い吐息と共に黙々と竹刀を振っていた自分は、これも煌武院のため、姉上のためだと言いながらも心の隅では望んでいた。

 

そして、冥夜は今になって知った。自分が望んでいた通りに、大切にされていたのだということを。姉だけではない、想い人にも認められていたということを。

 

冥夜は理解した途端、胸の中に例えようのない温かいものが満ちる感触を前に、黙り込む以外の行動を取ることができなくなった。この状況下で泣くのも、嗚咽を零すのも、仕掛けの意味では相応しくないと判断したからだった。

 

何とか誤魔化そうと、武の顔を見た冥夜は、当たり前のような顔を崩さないその表情を見てため息をついた。

 

(変わらないな。いつでも其方は欲しい時に欲しい言葉を贈ってくれる……いや、それだけではない)

 

自分の予想を越えた所から、芯にまで響く言葉ばかりだ。白銀武という男を評すれば世界でも有数の極悪人だと誰かが言っていたが、冥夜は今この時だけは同意したくなった。宝石のような言葉の数々に対して感じる気持ちは“嬉しさ”が一番だが、見えていない範囲でどこかの誰かにどれだけの言葉を贈呈してきたのだろうと考えると、胸がざわめくからだった。

 

冥夜は複雑な感情を胸に、武へと視線で訴えかけるが、(元凶)はとぼけた様子で気づく素振りさえ見せなかった。

 

冥夜は暖簾に腕押し糠に釘どころか底なし沼に戦術機だろうな、と再度深い息を吐いた後に「再びの感謝を」と前置いて、武の話し方について尋ねた。武はラーマの事を教え、初陣の前に言われたと懐かしそうに語った。名前が変わることの意味についても。

 

「そういえば……其方も多くの別名を持っていると聞いた。経験者故に語れるものがある、ということか」

 

「その通りだ。なんせ、7つの名前を持つ男だしな! ―――まあ、色々とあったけど……マジで色々あったけど、それも懐かしい記憶、っていうのは年寄り臭いか」

 

何気ないようで、武は揺るぎなく語った。冥夜はその様子から、名乗ってきた偽りの名前全てに何らかの自負があるように見えていた。

 

白銀武から鉄大和、風守武を経て再び白銀武へ。その他の名前の数々も、必要に駆られてのことだったと聞いてはいたが、武の性格からして、偽りの名前であっても、その時誰かと過ごした事を忘れるつもりは無いと言いたいのだろう。

 

「―――そして、全ては()()()()始まっていくのだな」

 

「ああ。生きている限り苦難は続くらしいから」

 

今はまだ始まったばかりで、何も終わっていない。冥夜は呟きながら、そうか、と嬉しそうに笑った。

 

(そう、だな……煌武院冥夜として、私は道を歩き始めたばかりなのだ)

 

この国と同じだ。未だ世に平穏が訪れるのは遠く、背中さえも見えない状況だ。切り開いていく必要があり、平坦な道は皆無だろう。

 

だが、“冥夜”は止まるつもりはなかった。数奇な運命を共に、戦友たちとの出会い、苛烈なる戦場を越えた御剣冥夜が、既に正しい歩き方を身につけていたが故に。

 

そして、冥夜は真正面から改めて、武を見据えた。

 

武は見つめられたことに首を傾げ、顔に何かついているのか、と不思議そうにしていたが、冥夜は目を逸らすことはなかった。

 

(人は、目標があれば努力できる。闇の中であっても、輝く(しるべ)があればどのような夜であれ、迷うことはない)

 

混迷のこの時代で、今までの自分は誰かの背を追いかけているだけだった。だが、煌武院冥夜になった自分はどう在ればいいのか―――否、どう在るべきであり、どう在りたいのか。冥夜は、悩まなかった。

 

欲しいものが何か、と問われて答えに迷った自分の中に真実はあった。

 

欲しいものは、ここに在る。だからこそ冥夜は何かを贈られるよりも、何かを贈ることのできる人間になりたかった。

 

佩刀という役割を怠る訳に甘んじる訳ではなく、輝ける姉を支えられる自分に、危なっかしい想い人の背中を支えられる自分に。

 

(この世の中に、絶対の正義は存在しない―――故に上に立つ者は、必要性に駆られながら心を痛める判断を下さなければならない)

 

だからこそ、二人が疲れ果ててしまわないように。人々の心を、魂を、志を想い守ることができるこの二人だからこそ、重んじるものが同じ同志であるからこそ。

 

月という名前を持つこの上ない臣下と共に、力にならなければならない。風除けのない頂上に立ち、人々にとっての導として輝かなければならない二人にとっての、安らげる夜のような存在になりたい。冥夜の心の中で、朧気になっていたなりたいもの(目標)が、確かな像となった瞬間だった。

 

「……えっと。冥夜、なんで笑ってんだ?」

 

「そうだな……この世の中に割のあう役目など存在しない、と聞いていたが違うこともあるのだと知ったからだ」

 

「それ、月詠さんの言葉だったよな」

 

「ああ。そして笑っている理由だが、教わったからだ。人間、笑いたい時には笑えば良いのだと、どこかの誰かが言っていた」

 

「……殿下もそうだけど、凄い記憶力してるよな。でも知ってるか、冥夜。世の中には笑い泣きって言葉もって、ちょっ!?」

 

武は、冥夜の顔を見るなり言葉を止めた。その綺麗な両目から、一筋だけ涙が零れ落ちたからだ。武はそれを見て慌て、冥夜を気遣った言葉をかけた後に、入り口がある方向を見た。そして「鬼婆が出れば今度こそただでは済まねえ」と呟き、その言葉を聞いた冥夜から鈴のような笑い声と、もう一欠片の涙が零れた。

 

(―――月詠。其方の言う通りだった。世の中には、割に合わない―――報われすぎる役目もあるのだな)

 

心の底からやりたい事と、課せられた使命が一致するようなことも時にはあるのだと。冥夜は心の中で呟き、晴れ晴れしくも輝かしい、子供のような笑顔を浮かべた。

 

武はその表情から悪い涙ではなかったことを知り、負けじと笑顔を返しながら呟いた。

 

双子で顔はすげえ似てるけど、笑い方は違うんだな、と良いものを見られたという風な、満足そうな顔だった。

 

冥夜はその意味を理解した途端に、耳まで赤く染めた。その後はぶつぶつと「ばかもの」「やっぱり極悪人」「でも手遅れか」と最後は諦めたように呟いた。

 

それから二人は、話題が絶えないとばかりに夜通し言葉を交わし続けた。

 

まだ健在だった横浜の、どこにでもある公園の中で出会った時と同じ。屈託も遠慮も知らない、どこにでも居る楽しそうな子供のように声を弾ませながら。

 

 

 

―――部屋の外の廊下では、赤い斯衛の服を着た一人の女性が俯き、前髪で目元を隠していた。

 

目元からは、耐えきれずに溢れ出した涙を。

 

口元には、抑えきれなかった歓喜から来る笑みを浮かべながら。

 

 

背後にある庭では、二人を祝福するような白い雪が、静かに積り続けていた。

 

 

 

 

 

 




あとがき

後日談リスト的には「4位:御剣冥夜として最後のラヴアタック(告白)&煌武院冥夜として最初のラヴ アタック(夜這い) 」になります。

御剣冥夜も煌武院冥夜も、冥夜は冥夜なんだよ!という方向でまとめました。

夜会話なので夜這いですこれは間違いない(言い訳

ですが、ラブアタックというのはこの世界の冥夜らしくないなあと思いまして。

この会話がきっかけで、これからも二人はこういう夜の語らいが増え、
幾度も続き、ついには………というのが冥夜らしいと考え、このような話に
なりました。
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