Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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6話 : A New Battlefield _

 

天災は忘れられるべきものではない。

 

 

天も災も、死ぬことはないのだから。

 

 

 

 

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――――空はどこで見ても青い。なのに場所時々に違って見えるのは、人間の主観の問題である。南国ならば陽気で快活な。北国であれば身を締め付けるような。そんな感想を抱くのは人間だけで、動物にはそんなものはない。人間だけが気温や気持ち、先入観といった要素に左右され、その目に映っている空の色を変える。写真であればレンズの違いもあろうが、肉眼で見える空の色に大差はない。違って見えるのは視覚ではなく、心の問題であるのだ。

 

そして、白銀武は空を見上げる。今現在、自分の上に広がっている空を見てひとことだけ呟いた。

 

(………戦場の色、かな)

 

どうと問われても、上手く説明できない。だが、白銀武の眼には、その空はインドで見たそれを思い出させるものだった。なにかが燃えた煙が広がっている時は、まるで濁っているような。それが消えれば、また残酷なまでに青い色に戻るのだろう。まるで何もかもを飲み込んでしまうような。逢魔が時には、血に見える。

 

そう見させるのは、鉄火場特有の大気――――軍人曰く火薬が詰まった戦場の空気か、はたまた自分の身が危地にあるが故か。どちらにせよ、戦場から長らく遠ざかっていた者にとっては、"帰ってきた"ことをこの上なく実感させてくれるものだ。

砲撃に揺れる地面。火薬に硝煙といった、破壊に使われるもの特有の臭い。そして、頭の固い上官。例えば、今の中隊の目の前にいる人物がそれに適合していた。

 

「クラッカー中隊の着任を歓迎する」

 

見事な敬礼でもって返したのは、前線部隊の一角を指揮している人物だ。だけど敬礼だけで、声には歓迎の気持ちなどはこめられていない。黒い髪に、少し黒めの肌をもつ女性。服には、大隊指揮官の証である少佐の階級襟章が見て取れる。そんな彼女の様相は、一言で表せれば強烈だった。子供の武の眼をもってしても、一目見てきつい部分を感じ取ることができる。そんな彼女は、見た目通りに辛辣な言葉を吐いた。

                                             「しかし………補充を要請して、来たのがたった一中隊とはな。しかも骨董品である改修前のF-5(フリーダムファイター)が主力の! なんだ、ひょっとしてこれは何かの嫌がらせなのか!? あるいは自分たちが自由の闘士であるとか、そっち方面のアレか!」

 

睨みと怒声が中隊に叩きつけられる。対するラーマは、無言のままである。それもそのはず、元より彼には何の権限もない。要請を受けたのは上官であり、それに応えたのも上官。どちらにせよ佐官以上の階級を持つ、はるか上の階級である人物のことで、自分が判断したことではないのだから。

だが、目の前にいる人物も上官である。ラーマは自らの経験、そして目の前の上官の、その見た目からして口答えをすればただに済みそうにないと判断し、沈黙することを選んだ。

 

というか、逆の立場であれば、自分だって怒るだろうと。最前線で、戦力が足りないと言って――――やってきたのが、"ど"がつく第一世代機である、F-5を主力とする部隊。しかも、平均年齢が比較的若い、というか完全に子供な衛士が二人もいる部隊である。なんの前情報もなければ、怒るのは当然だった。それを目の前の者たちにぶつけるという一点だけが、おかしいと言えることなのだが。

かといって、それを指摘したり、アンダマン島の基地は基地で別の役割があると説明しても聞いてくれないだろう。

 

(やはり、ここは黙るべきだろうな)

 

アンダマン島に駐留している部隊は、このバングラデシュ方面の防衛線が破られた際の備えである。破られた勢いで、そのまま東南アジアまで一気に侵略されないように。そういった保険としての部隊は、アンダマン島やミャンマーあたりにそれなりの数が配置されている。ターラーなどはその辺りの事情を詳しく、分かりやすく、説得力のある内容で説明できるのだが――――

 

(無理、だな。こういったタイプは頭が固い。それに、"ならばそもそも破られないように、この最前線に部隊を融通すべきではないかと返されることを考えてはな)

 

そこをつかれると、反論もできないだろう。保険として温存する理由からして、どこかの政府か国連の高官の高度に政治的な判断であるに違いなく。それを告げた所で、何の解決にもならないことは、ターラーにも分かっていたから、黙らざるをえないのだ。

 

そうして、彼女に愚痴のような怒声を叩きつけられ、中隊が解放されたのは10分後だった。

 

着任の挨拶は終わり、中隊はハンガーへと移動を始める。アンダマンから運搬された、自分たちの機体の調子を見るために。

 

「ようやく解放されたか………」

 

「っつーかよ。仮にも大隊指揮官だっつーのに、補充で来た部隊に対して、いきなりテンション下がること言ってくるか普通」

 

道中、誰からともなく呟き、それに反応したのはアーサーだった。士気が落ちるような事を言うな、と。そんなまるで他人ごとのような言葉、それに対して答えたのはアルフレードだ。

 

「ムリムリ。あの女少佐、見るからに堅物だって。それも典型的な。戦術もガチガチなタイプだと見たぜ?」

 

「あたしも同感だよ。あの少佐の指揮の下で動くのは………いや、まだ判断するのは早いか。でも、柔軟な判断ができるような人物ではないだろうね。普通なら………いや、ここはBETAを迎え撃つって戦場だからねえ」

 

リーサが、どちらか分からないと首を横に振る。いざとなった時にどんな上官に変わるのかも、と。それに苦笑しながら答えたのは、ラーマだった。

 

「その通りだ。それに、ここのように防衛戦を主目的としている戦場では、堅実な作戦を遂行できる人物が重宝される。そう考えれば………悪くもないといえなくもない」

 

煮え切らない言葉でお茶を濁そうとするラーマ、当然のごとくターラーがツッコンだ。

 

「どっちですか、はっきりして下さい大尉」

 

「そうです。例えばターラー中尉殿に怒られた時のように。明確にはっきりと対応の方針を示すべきかと」

 

フランツが真剣な眼で告げた。そこに横から、サーシャの声が入り込む。

 

「方針………白旗降参、って態度のように?」

 

「ちょ、ずっぱり言い過ぎだってサーシャ!? ほんとに間違ってねーけど!」

 

「お前ら………どうやら頭が惜しくないようだな?」

 

ターラーの怒気に、サーシャと武が一歩退いた。しかし通路であるからと、マハディオとラムナーヤが止める。どちらも、この中隊の最後の良心と呼ばれる者で――――

 

「お、落ち着いて下さい中尉殿! ここではその、かなり目立つかと!」

 

「そ、そうです! ここはブリーフィングルームできっちりと!」

 

そんな彼らからしての良心がこれだから、中隊の荒れっぷりが分かるものだろう。ちなみに残る一人、ビルヴァールはこの光景を菩薩のような眼で眺めていた。生真面目すぎる彼にとっては、この中隊は刺激が強すぎたのである。特にターラーとラーマ、そして欧州組プラス武とサーシャとターラーの間に交わされる会話は、どう考えても軍人のそれではない。それでも、隊の技量が格段に上がっていて、その手助けとなっているのがレポートと今の忌憚ない会話で。伸びる力と相反する風紀、両方をきっちり見届けたが故に混乱してしまって、その果てに彼は"こういう隊もあるんだ"と悟ったのだ。諦めたともいう。

 

「………そういえば、聞きたいことがあったんですターラー中尉。さっきあの少佐殿が言っていたことなんですけど、えっと………」

 

「なんだ? 言いたいことがあるなら、はっきり言え」

 

「は、はい。じゃあ、隊のみんなからはあまり聞いたことがないんですが………F-5っていうのはそんなに骨董品と呼ばれるほどのものなんですか?」

 

不思議そうにたずねる武。それに対して、ターラーは少し考えた後に、答えた。

 

「…………まあ、今となってはな。改修機であるF-5E/Fが主流なのは間違いない。だからと言って、F-5で戦っている衛士が居ないとも限らないが」

 

それでも使われていない方が多い、とはターラーも言わない。彼女は元より、自分たちに配備される機体を悪くいう趣味はない。ボロくても高価なもの。加えて言えば、自分たちの武器であり、守ってくれる鎧なのだ。よその戦術機と比べてどうこう言うのも、ターラーの気性からすれば遠くにある概念であった。そんな薫陶を受けている武にしてもそうだ。

新しい戦術機の話があっても、それに乗りたいという気持ちがあっても、それがこの隊になんで配備されないのか。そういった類の文句や不平不満をいうことは無かった。

その他の隊の面々も同様だ。とはいっても、彼らが不満を言わない理由は、武とは少し異なるものだが。

 

「とはいっても、いい加減に耐用年数も迫ってきてますしね。来年ごろには本格的に考えなければならないかも」

 

リーサがフォローをして、それにアルフレードが乗っかった。

 

「新しい戦術機か………俺ァ、出来ればF-15C(イーグル)とか乗りてえなぁ」

 

「俺はF-5E/G(トーネード)かな。第2世代機とは言わねーけど、せめて1.5世代機あたりは欲しい」

 

「イギリス陸軍の機体が、アジアの此処に回ってくるわきゃねーだろ。ちなみに俺はF-14(トムキャット)とか良いと思う」

 

「ドラ猫か、ってそれはアメリカ海軍の機体だろ! もっとねーよ!」

 

「アタシは噂の94式を。うん、“不知火”とやらに乗って戦場を燃やす一陣の炎に――――」

 

「ってそれ今年の2月に配備されたばっかりの、正真正銘最新鋭の第三世代機だろ! 来たら自分の視力と隊長の正気を疑うわ!」

 

「いや、いっそ第一世代機でもいい。でも、改修前のやつはもうほんと勘弁な………」

 

がやがやと言いながら移動する中隊。武はその会話に混ざり、やがてそれまでに抱いていた疑問を忘れた。そのまま、歩いて少し後、隊の皆はやがてハンガーへとたどり着いた。ハンガーは、基地の中でも最も巨大な施設だ。一目見れば、そこがそうであると分かるぐらいに。あとは、音を聞けば分かる。整備に換気に出撃に。多種多様な音が鳴り響いており、その音量は例外なく大きい。

 

皆はその巨大な音が鳴り響く巨大な施設の扉をくぐり、入っていく。そのまま警備兵の案内で進んでいく。目的地は、自分たちの機体がある場所だ。そうして、近くに来てまず最初に見えたのは、アンダマンでも見慣れた顔だった。

 

その人物は中隊の機体の整備を担当する整備班の、その班長である白銀影行だ。隊の先頭に居たラーマは、その影行の姿を見つけると、いい加減に黙れと皆に告げ、すぐに影行へと近づいた。対する影行は、中隊の姿を見るなりチェックする項目が書かれている紙から目を上げた。近づいてくるラーマに向き直り、整備班長である“白銀曹長”として敬礼をする。ラーマも、敬礼で返した。

 

「ご苦労。機体の搬入は?」

 

「さきほど完了しました。周囲の視線が少し痛かったですが」

 

「それは………まあ、無理もないか」

 

「贅沢というのは分かっているんですがね。ただ、どこを見ても、改修されたF-5E/FのタイガーⅡか、F-4E。珍しい所では統一中華戦線の殲撃(ジャンジ)8型………」

 

どれも改修された機体で、第1.5世代相当の性能を持っている。ともすれば第2世代の性能を持っている機体もある。

 

「ああ、MIG-23は少ないですがね………あとは、日本帝国の撃震か、陽炎といった所ですか」

 

「ゲキシンにカゲロウ………ライセンス生産か、F-4と、F-15Cの」

 

「そうですね。米国のコンセプトから外れて、近接格闘長刀の運用を重視した形に、OSその他がカスタマイズされていますが………まあ、良い機体ですよ」

 

「その感想は、贔屓目なしにか?」

 

「純粋な技術者視点での言葉ですよ。それに、日本の技術力が優れているのも事実ですから」

 

TYPE-94を見てもらえれば分かるかと。影行はそう告げながら、それでも苦笑をした。

 

「形だけ仕上げたわけではないと? ………実績もまだ出まわっておらんというのに、自信満々だな。およそ日本人らしくない」

 

「ええ、遺憾ながら。謙虚であるべきだと、亡くなった親父からは教えられていたんですがね。それでも、部下をもつものとしては

 

――気弱な発言は、自分に自信がないものと取られる可能性がありまして」

 

そうなると、色々と支障が出る。部下をもったことがない影行にとっては、慣れないことだった。その様子を見たラーマは、分かると言いながら頷いた。

 

「俺も同じだったよ。出来る幼なじみが居たから余計にな」

 

「自分も、妻と――――いえ、なんでもありません」

 

笑って、影行は言い直した。武だけがそれにツッコもうとしたが、ターラーに視線だけで制される。

 

「はは、ガネーシャ軍曹さまさまですよ。彼女のフォローがなかったらと考えると、ぞっとします。班員の指示に関しても随分と助かっていますし」

 

「はは、俺も頼れる副官がいなかったらと考えるとぞっとするよ」

 

「仲も睦まじいお二人で」

 

苦笑する影行の横で、整備班長補佐であるガネーシャ軍曹が視線を逸らしていた。照れているのだ。ターラーも同じく照れていたが、意地でも顔に出さないとしている。

 

しかし――――

 

(照れてるな)

 

(ああ、照れてる)

 

(間違いないな)

 

(ほんと、処女だよなあ)

 

(分かりやすい)

 

(桃色感情………)

 

ばればれであった。しかし、誰もが貝のように口を閉ざした。言ってしまったが最後、その後の結末は目に見えている。

 

唯一例外は、武だけだったが――――

 

「あのターラー中尉、なんか耳の後ろが赤く――――ぐあっ!?」

 

――――口に出してしまった直後、いつものとおりに拳骨に沈んだ。

皆は目を閉じて哀れみの念を抱く。口に出さなければ殴られなかったのに、と。

 

「さて、と。女房自慢はここまでにしておこう。それで、機体の方はどういった具合だ?」

 

後ろの光景を完全にスルーして、ラーマがたずねる。対する影行も、頭から煙のようなものを出して昏倒する息子の姿を無視した。いつもの通りである。

 

「特に問題はありません、明日からでも出撃は可能かと。ただ、ターラー中尉の機体は要調整です。あとは白銀少尉の機体ですが――――」

 

と、影行は上官に向ける言葉で話す。それを聞いていた武が、わずかに顔をゆがめて、その顔を見ていたリーサが頭をこつんと叩く。

 

「同じく、要調整です。もともとが古いものでしたから」

 

「そうか………"もたせられ"そうか?」

 

「全力を尽くします。ただ、より早くの事態の移行を望みますが」

 

影行は頭をかきながら、答えた。その言葉を聞いた中隊のうちの10人が、頭の中に疑問符を浮かべたが、それも残りの二人は無視をして告げた。

 

「と、いうことだ。各自は自分の機体の調整およびに状態の報告を。一刻も早く、だ」

 

ここが最前線だということを忘れるなとターラーは視線だけで告げた。

 

「駆け足! 一時間後にBETAが来てもおかしくないのだからな!」

 

「了解!」

 

皆は声と共にターラーの言葉に従い、走りだした。武だけはその場にとどまっていたが、サーシャに耳を引っ張られ、引きずられるように連れていかれる。

そうして、指示を受けた者の中で、一人だけがその場に残ることになった。

 

長身に、鋭い眼つき。名前をアルフレード・ヴァレンティーノという。

 

「どうした、アルフレード!」

 

「いえ………ホアン少尉は何処に?」

 

「………周辺の地形を調べるために、奔走している。それより自分のことだ、さっさと行け!」

 

「了解、です」

 

アルフは敬礼を返すと、そのまま自分の機体の元へと走っていった。それを見届けた後に、ターラーが深く息を吐いた。

 

「気づいているな、あれは」

 

「鋭い男です。とはいえ、ホアンならば大丈夫でしょう」

 

ラーマの言葉に、ターラーは気にすることはありませんという意図で返した。

その後、影行に向き直る。

 

「………苦労をかけます」

 

声も小さく、ラーマが言った。年上に対する言葉遣いだ。対する影行は、よして下さいと笑った。

 

「ここはアンダマンと違う。今は、上官と部下で衛士と整備兵です。何事もケジメは大事で――――それに、自分で選んだ道ですから」

 

「それもそうですか――――それで、日本の部隊は?」

 

声の調子を戻し、上官の言葉でラーマが聞く。影行はあたりを見回しながら、言った。

 

「日本からは、帝国陸軍が来ているようですね。出し惜しみしていた陽炎の数が多いのが気にかかりますが、これも理由があってのことかと」

 

「目的は東南アジアの防衛か?」

 

「恐らくは。帝国にとっては重要な地域です」

 

影行の言うとおりで、東南アジアは第二次大戦に受けた日本の影響力が色濃く残っており、今では生産拠点として重宝されている土地でもある。事実、日本の工業生産拠点の多くは東南アジアにある。自国にとっての後背地であり、ここを失うことは帝国にとってはかなりの痛手となるだろう。あとは資源が豊富な土地としてか。いずれにしても日本帝国は東南アジアを死守する方針で動くだろう。

 

日本の言葉に曰く、腹が減っては戦はできぬ。そして、戦う力が無い国は食い荒らされる。物資と兵器、そのどちらを失っても、戦うことができなくなる。それは日本だけではない。東南アジアを失えば、中国や台湾といったアジア諸国も痛打を受けることは間違いない。

 

「10年先を戦うためにと考えると、生産国を失うわけにはいかないと、そういった理由もあるでしょう。中国もまた、似たような立場かと思われます。南に西に、BETAの重圧をこれ以上に受けるのはまずいと考えているからこそ。で、あれ――――見てください。あのJ-10が配備されているあたり、統一中華戦線の本気が伺えますよ」

 

「あれが中国の最新鋭機、殲撃(ジャンジ)10型か………中国もまた思い切ったことを」

 

配備されたのは1994年、つまりは今年の初めだ。それなのに、今の時期に国外へ向かう軍に配備するとは、今までの中国の方針からして、あまり考えられないことだった。

 

「それだけ、バングラデシュの後ろに控えている土地は重要ってことですよ。それでも自国の防衛を優先してか、こちらに配備されている数は本当にわずかですが。一方で、日本の陽炎の数が多いのは、東南アジアの防波堤と………あとは、TYPE-94、94式を――――不知火(しらぬい)を量産する体制に移行したからでしょうか」

 

「シラヌイ………ああ、噂の第3世代機か」

 

世界で初の第3世代を冠するそれは、ライセンス生産ではない、日本の純国産である世界最新鋭と言っても過言ではない機体だった。その関節部の部品の開発に影行が携わっていたのは、中隊の中でもラーマとターラー、隊の外で言えば光菱の少数と、そしてアルシンハとラダビノットだけが知っていることだった。

 

「こちらも、前線に配備されているようで。実戦データも大事でしょうからね。しかしデータをすぐに持ち帰れるようにと、多くは自国に近い地域に配備されているかと思われます」

 

自国より遠い、この土地には来ないだろうと影行はあたりをつけていた。大陸の入り口周辺には配備されているだろうか、と。

 

「その通りだろうな。しかし、陽炎の数が多いのは嬉しい誤算だった」

 

深く、深く――――ラーマは頷いた。

見極めることができる、そして"考える事ができる"と、嬉しそうに。

 

「同意です。これならば、可能性があるかと……………しかし、国が入り乱れていますね」

 

見ものではありますが、と影行が言う。それに対しては、ターラーも苦笑を返した。

 

「ここいらの国ではね。そもそもが大隊以上の規模の戦術機を確保できている国がないわけですから」

 

「だからこその、今回の異動だが」

 

最前線国家には、大隊以上の規模の充足率が100%である国は少ない。そのため、作戦によっては参加部隊を現地で合流させて、臨時の戦闘団を形成させる場合がある。今回は、そのちょっとした例外だった。印度洋方面国連軍、その第一軍所属の大隊の中の、一つの中隊が壊滅した――――その補充に、とやってきたのがクラッカー中隊である。防衛戦という主目的を達成するために、寄越された部隊とも言えるものだが。

 

「何にしても、隊にとってはある意味渡りに船です。重要拠点を守るという目的を忘れることはありませんが」

 

「ええ、東南アジアの恩恵を受けている国は本当に多い。だから必要なものは使う、そこを鑑みればなんとかなるでしょう。あとは――――どの国だって自国で戦争をしたくはない、という理屈をも利用しましょうか」

 

戦火が自国の国土に及べば、それだけ被害を受けて国力も低下する。今になって各国が前線に戦力を送り込んだのも、瀬戸際でBETAの大波を食い止めるのが最善だと判断したからだと、影行は推測している。

 

そしてまた、インドの高官や最前線の衛士達、はては国連軍の印度洋方面軍を任された者たちも。

 

「子供に聞かせるには酷な話だ………例の妙な宗教も。BETAを何かの使徒と考えるような馬鹿も出始めた。そういった頭が痛くなるような話を聞く度に痛感させられる。人類も内輪の問題に注意力を割かず、ただBETAを滅する者として全力で立ち向かえれば、と。あるいはインドも、もしかすれば守ることができたかもしれないのに」

 

ターラーが少し落ち込んだ様子で話すが、影行は努めて明るく話題を切り替えた。

 

「人間だからして、他の人間が気になるのは当たり前のことですよ中尉殿。例えばあなたが、隣の――――」

 

「し、白銀曹長!」

 

突然の声にラーマが驚いた。対して、声を向けられた影行はわざとらしく驚いているだけ。

 

「と、どうしたんですか中尉殿。なにはともあれ、これからの事を考えましょうね。特に新しい機体の調達に注力すべきですよ………とはいっても、我々の取るべき手はひとつしかありませんが」

 

そこで影行は、間をおいた。そしてため息の声と共に、言葉を再開する。

 

「その点でいえば、アルシンハ准将の策は本当に荒唐無稽ですね。空手形に近い形で博打を打つような方策を取るとは」

 

「………国土を失った今となっては、そうせざるを得なかったかと。それに、あいつも勝つのが好きな男ですから」

 

「敬語でなくて構いません。それに敗北が好きな男はいませんよ、ターラー中尉」

 

「同感だ」

 

影行の言葉に、ラーマが同意する。

 

「もっとも、かの准将殿であれば――――愛しのターラー中尉に涙目で迫られれば、ですよ。もしかすれば機体を30機ほど融通してくれたかもしれませんが。それも、F-15Cあたりの最新鋭機を」

 

「し、白銀曹長!」

 

からかわれ慣れてないターラーは、また同じ反応を示した。予想外だったこともあるが、それ以外にしようがなかったとも言う。そんな乙女っぽいターラーは、また顔を真っ赤にして怒鳴った。

隣に居るラーマの顔は、反対に青くなっていったが。

 

「おう、このターラーが涙目で迫るか………俺ならば絶対に嘘だと言って叫ぶな、いや、あるいは悪夢だと思ってほっぺたをつねるか――――」

 

「よーし良い度胸ですラーマ。先ほどの件に加えて、あとでじっくりとお話をしましょうね?」

 

いっそわざとらしい丁寧語。それを聞いたラーマが、更に顔を青くした。それを見ていた影行はつぶやく。夫婦漫才はいいものだ、と。一方でガネーシャは犬も食わぬと、整備班に指示を出していた。

 

「なんにせよ、死なないで下さい。サーシャちゃんの約束の通りに。もっとも、整備員が衛士にいうべき言葉ではありませんが」

 

「いえ、その類の言葉は誰に言われてもいいものです。シンプルで、心に染みますよ。もっとも、ラーマはきっとそれを果たせないでしょうが」

 

「はは、大尉を殺すのはBETA大戦が終わった後で。庭付き一戸建ての家の中で、二人静かにやった方がいいかと」

 

「こ、心得ました」

 

「お、俺の殺害は確定事項か!? ちょっと待て、いや待って下さい影行氏――――」

 

「はは、自分は曹長ですよ――――って、もう行ってしまったか」

 

動揺しながらも頷くターラー中尉。影行は微笑ましいというかむしろ可愛いターラー中尉の反応に満足して、うんうんと頷いた。前線勤務が長いのに、本当に彼女はスレてないなー、とつぶやき。そして、後で中隊の面々に報告すべくメモ帳を取り出した。

 

「だけどまだくっついてない様子。とすると、アーサー少尉の一ヶ月は×、と。ふむ、残るは30人か………」

 

そこには、中隊と整備班の者たちの名前が書かれていた。題には、"人の恋路は面白おかしく~いつ二人がくっつくか賭けようぜinアンダマン島の某中隊~"と書かれている。

 

「とはいっても、ターラー中尉は真面目すぎるな。本当に戦後まではくっつかないかもしれない。サーシャちゃんやホアン少尉のように、15年という大穴が来るかも………」

 

そしてあるいは。そこまで思いついたが、影行は思いついただけで、首を横に振った。

 

「それよりも仕事だ。俺の仕事を始めようか。ああ、俺は俺の戦場で、お前はお前の戦場で――――死ぬなよ、武」

 

お前が死ねば俺は死ぬぞ、と。

言った後、影行もまた整備班が集まっている場所へと走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、夕方。中隊の面々は、あてがわれた自分の部屋を見た後、食堂に集合していた。ラーマにターラー、そして用があると席を外しているアルフレード。周辺の情報を知るためにと動きまわったりしているホアン以外は、皆ここに集まって話している。内容は主に、この基地の様子だ。まず最初に、武が口を開いた。

 

「比較的新しい基地、ですか? それよりも、周囲の視線がなんというか………思っていたより"ゆるい"ですね。インドに居た頃よりずっと」

 

「ここら辺もなあ。少年兵も増えてきたし、もう珍しくもないんだろう。子供が戦場に出るということは」

 

武の言葉に、フランツが答えた。アーサーは頷きながら、別にも理由あるがと返した。

 

「日本も、徴兵年齡の引き下げがあったしな。ここいらに住んでいた民間人も、基地の外で雑用なんかを手伝って仕事を得ている。そう考えれば、子供の衛士が居てもおかしくないと思っているんだろう」

 

「まあ、ねえ。この年で衛士をするのが異様なことだなんて、それこそ専門の訓練内容を知らない衛士以外にはピンと来ないことだしね。事務員あたりだと普通に納得してそうだ」

 

「衛士もなあ。アンダマン島の難民キャンプも、あとはソ連の少年兵の前例もあることだしな。それほどまでに驚くようなことだとは思っていないんだろう」

 

子供だからという理由で、守られる子供で居られるのは国家の庇護あってこそ。実感している亡国出身の衛士などは、子供の衛士だからといって、それを理由に驚くことはしなくなっていた。見るのは、有用かどうかだ。今では子供であるとの記号ではなく、その能力に目を向ける者の方が多い。

 

「倫理の低下と言おうか。その点でいえば、樹は典型的な日本人の応対だったわけだが――――っていうか、おまえ大丈夫か? ここに来てから口を開いてないが、もしかして調子が悪いとか言わないよな」

 

「………まさか。そんな事は言いませんよ」

 

言いながらも、声は少し震えていた。だが、それを揶揄するような者はこの場にはいない。

 

「って、リーサも震えてるじゃないか」

 

「日本でいう武者震いってやつさ。だって、あれだけ訓練したんだよ? その成果がどれだけ出ているか、試したくなるじゃないか。ほんと、あんなに訓練したんだぜ?」

 

「「「ああ………」」」

 

「………うん。あんなに訓練したのは生まれてはじめて」

 

 

繰り返し言うリーサの言葉に、特に武を含んだ前衛4人組みがものすごく深く頷いて同意を示した。いつもは冷静であるサーシャも、情緒ある瞳で、しかし遠い目で天井を見ていた。ネパール3人組は小刻みに震えている。まるで生まれたての小鹿のように。

 

「俺も、20過ぎてあれだけ吐かされるとは思わなかったよ。鬼教官ってのは、あの人のためにある言葉なんじゃないか?」

 

子供の頃のサッカーの練習でだって吐かなかった、とアーサーが言う。フランツもそれに関しては同意見らしい。

 

「しかも、しっかりと実力が上がっているのが実感できていたから恐ろしい。それでも疲労が重なって………まるで深い穴かなにかに引きずり込まれていくような感覚だったな」

 

「あの日常は底なしの深き沼さ………」

 

「むしろ深海へようこそ………」

 

「ここが我らの絶望か………」

 

ネパール3人組みは、その時のことを思い出したせいでびくびくと痙攣していた。

トラウマに直撃したのであった。

 

「って、冗談抜きで防衛戦の時の泥沼っぷりを思い出したよ。あの場所にいたアーサーとフランツなら、そのあたりは分かるんじゃない?」

 

「まあ、分かるな。嫌だけど。分かるなちくしょう。実戦の勘が薄れてない自信はあるぜ」

 

「チビに同意するのはアレだが、こっちも同じだ。緊張感もあるしな。密度も、訓練生の時に受けていたあれの比じゃなかった」

 

特に先月の半ばが厳しかったとフランツが言い、それに皆が頷いた。

 

「………うん。特に先月の半ばは、疲労がピークに達していて………みんな感情が虚ろ色になって、へへへって笑うだけだったし」

 

ぷるぷると震えだすサーシャ。それを近くで見た、7人。武を除いた者たちは、これまた深く頷いた。無表情ながらに小刻みに震えているサーシャが、まるで小動物に見えて可愛いと。

 

可憐であった。容姿と、普段とのギャップ。いつもは武に関係しないところでは無表情であることが多く、冷静であるサーシャが子供のように。

どれだけ可憐かということ、それを具体的に表せば――――実戦の恐怖に震えていた紫藤でさえ思わず忘れて口を押さえてしまうほどの可憐さである。

 

そんな美少女だが、その額に唐突に手が置かれた。唯一、サーシャの可憐っぷりを堪能していなかった少年の。サーシャの隣にいた、白銀武の手だった。

 

「………いきなりどうしたの、タケル?」

 

「へ? えっと、震えてたから、風邪ひいたんじゃないかってさ。だからその、心配で」

 

言った途端、サーシャのほほがわずかに染まる。

 

(………手、あったかいし)

 

風邪を心配されたこともない。初めての経験が2つに、サーシャは割と本気で混乱していた。

どうすればいいの、と。しかしてすぐに手は離された。

 

「う~ん、熱はないみたいだな。でも具合悪くなったら言えよ? 中隊のみんなに迷惑かかるし、俺からターラー中尉に言ってさ。

 

俺か別のやつでもフォローの手を強めてもらうように――――って、なんでそんなに不機嫌な顔になるんだよ」

 

意味が分からないという表情を浮かべる武。それを見守っている皆の反応は様々だった。

 

肩をすくめている者。顔を押さえて、天を仰いでいる者。信じていない神に祈っているもの。

それよりも、と現地でのおいしいもの探しに、情報収集に出ていくもの。

唯一、少年の方を睨んでいる女顔だけは反応が違っていたが。

 

「タケル………」

 

サーシャ・クズネツォワはターラー・ホワイトの事が好きである。まるで母親のような存在はサーシャも初めてで、厳しくも不器用でも根はとても優しい彼女を嫌えるはずがなかった。

 

しかして親しいとはいえ、他の"女"のことを話題に出された"女"であるサーシャとしては、“男”に怒らないわけがなくて。

 

「えっと、サーシャさん? サーシャ・クズネツォワさん怒らないで? えっと………その、おねーさん?」

 

武はその怒気を察して、なんとか機嫌を取ろうかと言葉を重ねる。その一つに、サーシャが引っかかった。

 

「お、おねーさん…………っ!」

 

サーシャは、おねーさんと言われたこと。それに対してお世辞や機嫌取りとは分かっていてもなぜか嬉しく思えて、思わず口を緩めてしまう。だけど、能力抜きで、いやだからこそ少年の機微に詳しい少女が誤魔化されるはずがない。気づくと下唇をかみしめ、耐えて。その後、相応の態度で武に対して反撃に出た。

 

「この………バカ。アホ。調子乗り。タイヘンにヘンタイな奇天烈くん」

 

辿々しい悪口で、まるで子供のよう。サーシャが混乱しているのが見て取れる。それを聞いていた武以外の面子は非常になごんでいたが、言葉を向けられていた武だけは違った。ストレートはストレートだが、時には変化球よりも臓腑を抉ることがあるのだ。

 

「さ、最後らへんは結構傷ついたかも!?」

 

「えっと、それは事実だから?」

 

「って何で疑問符だよ! ちょ、訳が分からないよって感じで首傾げてんじゃねーよ!?」

 

「私には、分からない」

 

そんな風に、いつもの調子でぎゃーぎゃ言い合う二人。まるでどこぞの隊長と副隊長のような夫婦漫才だ。その様子を見たアーサーもまた、どこぞの整備員と同じ調子で懐からメモ帳を取り出した。

 

「………この様子だと告白はまだか。けっ、こっちも進展は早いと見たのによ」

 

「英国紳士とやらのくせに、賭け事に弱いなアーサー。まあ、女性との経験が無いお前にはどだい無理な話だったんだよ。色恋沙汰の賭けで勝とうなどとは」

 

「いの一番に外したお前に言えるこっちゃねーがな。まあ、言い出した者が負けるのはままよくあることだよなあ」

 

フランツに呆れながら、リーサが言う。

 

「うるせーよ! さっさと受け取りやがれ!」

 

言いながら、"まだ外れていない者"に金を受け渡していくアーサー。ぶっちゃければフランツ以外の面々に、である。

 

「っと、そういえばアルフとインファンの奴は?」

 

「まだ戻ってきていないな。インファンは分かるが、アルフレードは………まあ、来て早々女あさりってことはないと思うが」

 

フランツが言うが、リーサは笑っていた。どうだかね、と呆れたように。そして、その笑顔はどこか冷たいものを感じさせるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その、ちょうど同時刻。話題の二人は、ハンガーの端で面と向かっていた。インファンが、常にあるのほほんとした様子でアルフレードに向きなおる。

 

「さて、と。レディーをこんな所に呼び出して、いけない人。ああ、私は隊内では恋愛しないことにしているから。だからごめんなさいヴァレンティーノさん」

 

「とぼけるんじゃねーよ、ホアン。察しているだろうが、お前なら」

 

「人の事は言えないんじゃないでしょうか………ねえ、アルフレード少尉殿?」

 

「………何のことだ」

 

「いえいえ、ナニもございませんことよ? とはいえ、心当たりはないのも確かで」

 

「………中尉の部屋に入っていくお前を見た。その後のお前の動きも知った。ターラー中尉は、あれで表情に出る人だ」

 

「えっと、事情が分からないのですが?」

 

「その後に、いきなりの前線への異動だ。しかもこの中隊だけ、まるであつらえたように」

 

「分からない、と言っています」

 

そのまま、二人は口を閉ざした。じっと探るような視線を互いに向けて、見つめ合う。傍目にはまるで恋人同士に見えるように、熱く、そして刃のように鋭く。やがて、どちらともなくその視線を逸した。

 

「………まあ、いい」

 

「何がいいのか分かりませんけど………誤解だけはしないで欲しいですね。疑り深いアナタには不可能なことかもしれませんが」

 

「お前に言われたくはないな」

 

「あはは、ほんとその通りですね」

 

インファンは、反論することもなく、笑ってそれを受け入れた。アルフレードはその予想外の反応に驚いたが、動揺を悟らせることなくすぐに別の言葉で場をつなげた。

 

「だが………お前がこんな手を取るとは、意外だった。アンダマン島と違ってここは最前線だ、環境でいえば劣悪と言ってもいい。汚い場所にとどまることになるが、それでも構わないのか?」

 

慣れていないんじゃないのか、とアルフは言外に含ませた。

対するインファンは、笑顔を崩さないまま答える。

 

「何も、かまいませんよ。むしろ懐かしいです、ここは」

 

「………どういう事だ?」

 

「私にとっては、古巣だということですよ。頻発する人の生き死に。モラルの消えた場所につきものの、据えた溝の臭いは………私にとって慣れたもの。嗅ぎ慣れた香りに、改まっての不快感を示す者はいないでしょう――――同類さん?」

 

つまりは、スラムのそれには慣れていると。言い返しされたアルフレードは、今度こそ驚いた。予想外の過去に対して、ではない。およそ年若くして軍人になる者は、どこか普通でない過去を持っているもの。そして、今の世の中で家族がいないといった者は大して珍しくないのだ。スラムに居たということもまた。アルフレードが驚いたのは、その場所を知ってなおこの場所に戻るようにと望んだ"女"に対してだ。アルフレードの経験からいって、綺麗な場所に昇ることができた女が、自ら地の底の果てに戻るように望むことは無い。

 

軍人となって戦場に挑んだ者ではなく。なる前から戦場の臭いを嗅いでいた女は、努めて後方に配属されるように、尽力するものだと。その点に関して言えば、インファンだって同意を示すだろう。ただ一つの例外はあるとだけは付け加えるが。

 

「………女は恋に生きる者だから、と。言えば納得も満足もしてくれるかな?」

 

「恋、だと? それは………」

 

アルフレードは返す言葉に詰まったが、少なくとも嘘ではないと判断する。

真実ではないが、遠い嘘ではないと考えて、話の流れにのった。

 

「それは、隊の内か外か」

 

「外にも内にも。私にだって家族はいますし――――」

 

言いながら、インファンはふっと笑う。それは、アルフや他の隊の皆にとっては、ついぞ見たことのない表情だった。

 

「この隊も。例えれば、馬鹿な男と申しましょうか。ええ、私はこの隊に惚れていますよ」

 

「それは、軍人としてか………いや、お前も――――」

 

軍人であれば、自分をうまく使ってくれる隊を。それでいて、自分の居場所であると信じられる隊は、焦がれてでも欲するものである。まるで運命の恋を望む女のように。一つしかない自らの命を賭けるのであれば、こんな隊を生かすために死にたいと望む者も多い。

 

出会えたならば、惚れるだろう。そして失いたくないと思う。アルフレードからして、この隊はそれに値するもの。馬鹿が多くて、それでも皆は掛け値なしに純粋な人間だ。

 

ただ、前を向いている。強くなるためなら、心身を削ることも厭わないほどに。サーシャについて、思うことはあった。今でも、引っかかるものがあり、またソ連についての情報は収集している。だけど少女と共に駆けたこの1年の日々は、その考えの一部分を変えるには十分なもので。

 

だからこそ、守りたいと思っていた。だからこそ――――前線に、との提言をしたホアン・インファンの。恐らくはラーマとターラー、果てはその上に提言したであろう彼女の真意を知りたかったのだ。ひょっとすれば、自分に関係が。あるいは、サーシャ・クズネツォワに関係が。もしかすれば、白銀武に対して何かあってと。

 

裏の情報をある程度把握している彼にとっては、考えすぎる彼にとっては、重要なことだった。ホアン・インファンという女に、何か特定の組織と繋がりがあるか、もしくは裏があるかどうか。

アルフレードは他の仲間達よりは“外”の情報に通じていることを自覚していたが、何もかも知っているわけではない事も分かっていた。

自分にして知らないことは多く、むしろ知らない事の方が多い。だから、ホアンの真意が自らの意に沿わない、あるいは隊を壊すものであれば。下衆な目的に巻き込むのであれば。

 

彼をしておよそ短絡的としか思えない手段ではあるが、“最終の手段”に出るとも考えていた。

対するホアンは、ただ、と前置いてアルフレードに告げた。

 

「同じ、かもしれませんね。あなたとは少し違うかもしれませんが」

 

「違う、だと?」

 

「アナタにとっては、この隊は家族に近いもの。憧れていたんでしょう?」

 

「それは――――」

 

その一言に、アルフレードは考えざるをえなくなった。故郷で親に捨てられて。スラムに落ちて、汚い場所に落ちて。同じようなガキどもをまとめて、家族と呼んでいたことは確かにあった。繋がりが欲しかったのだ。一人である時期はあったが、その時に自分はどういった行動方針で動いていたか。

 

(まずは、仲間だった。死んだ後は………探すのを主な目的にして、徘徊した)

 

夜は女を。そして、昼は男の。どちらにせよ、一人であることを望んだことは無かった。自覚はなかったが、繋がりを欲していたのかもしれない。BETAのせいで散り散りになって、その後に軍人になった後も。

 

(っ、違う。今はそれよりも――――)

 

正面を向くアルフレード。しかし、インファンの目を見て何も言えなくなっていた。いつものような、のほほんとした様子はそこにはない。どこまででも厳しい現実がある。

目の前の女の双眸の奥に存在しているそれを直視しながら、アルフレードは問いかけた。

 

「お前の本性は、それか?」

 

「素顔と言って欲しいわね。あ、ラーマ大尉は知ってるから、念のため」

 

「だから、どうだと言うんだ?」

 

「隊を陥れることはない。私は、そんなことのためにここに居るんじゃない」

 

「………お前の素を知っているのは?」

 

「知ってどうするの? とはいえまあ、答えざるをえませんか。アルシンハ准将殿と、ターラー中尉、そして、タケルもね?」

 

そう告げるホアンの印象は、まるで猫のようだった。気まぐれな猫。そして、気が向けば得物を狩り殺すような。のほほんとしていた印象からは、まるで分からなかった。

肉食獣に似たそれに、アルフレードは物理的脅威は感じないまでも、どこか恐れを抱いていた。こいつは人を食い殺せると。

だが、それと同時に。アルフレードは、インファンという獣の中に、また別のものが存在することも感じていた。話す言葉に嘘はあり、だけど会話の中で感じないものがある。それは、人を見下ろす視点だ。彼女は、誰も馬鹿にはしていない。汚してはいない。隊に仇なすものならば、どこか侮蔑の念を感じられてしかるべきものだが、彼女にはそれはない。むしろ覚悟さえ感じられる。

 

隠していることはあるのは、確かだろう。

それを隠すことは、ともすれば自分のためなのかもしれないが―――

 

(だけど、俺に言えたことかよ)

 

自分もある。それに、また引っかかっている部分もあった。彼女は家族がいると言った。詳細は言わないが、嘘に聞こえない口調でそう告げるからには、何ごとかの大切なものがあるのだろう。

 

そして、今も彼女は逃げ出さないでいる。物理的にも精神的にも、真っ向から対峙しているように見える。話もはぐらかされているようで、はぐらかされていない。

 

アルフレードは分析を終えると、結論を出した。何か知られたくない部分はあるが、それも意味があって隠しているのだろうと。それを伝えないように、やや迂遠な物言いになっているように見えるが、悪いことではない。そう判断すると、ため息をついてまたホアンの目を見て、言った。

 

「…………分かった。お前を信じよう」

 

「へえ。それは、隊長や副隊長殿が知っているから?」

 

「俺の目で見て判断して、だ。それで、お前はなぜこの隊を最前線に?」

 

想定していた訓練も、その全ては済んでいないのに。もっと遅くても良かったんじゃないか、とアルフは言った。インファンはアルフの言葉。特に前半の言葉に、少し予想外の反応だと嬉しそうにしながらも、最初とは違う色の笑みを返しながら告げた。

 

「壊れて欲しくないからって、いつまでも大切に仕舞っていたって――――災禍が降れば、壊れるものは壊れてしまうもの」

 

そしてBETAという災禍は人を選ばない。大切だからとて、BETAは区別も差別もしない。

老若男女を問わず、全て等しく踏み散らかす行為が奴らの当たり前だからだ。

 

「私はそれを知っている。だからこそ、その災禍に壊れないように強くなって欲しいって。この隊には、それだけの底力があるでしょ?」

 

「お前は………それを信じていると、認めていると?」

 

「当たり前でしょ。こんな隊、世界のどこを探したって他に存在するもんですか」

 

鍵であるあの少年を含めて。どこか呆れた様子でインファンは言った。

 

「本気でしょうよ。ええ、本気だわ。本気の馬鹿の集まりよ――――そして、私も本気になるって決めた………外からしか見えないこともある。そう言って説明すると、大尉も中尉も准将殿も、笑って応えてくれた。ありがとうって。よく言ってくれたって、私に笑って――――ね?」

 

そして最後に、悪戯をする少女のように笑った。

 

「この隊に。隊の皆が無意識でしょうけど、描いている本気で本気の馬鹿な夢に、本気で恋しちゃったから」

 

それはとても綺麗なもので。この汚い世界に、だからこそ、と。アルフは、それを告げる彼女の目からは、欠片も嘘の意志を感じ取ることができなかった。

 

 

「それに、女は男よりも失うことを恐れるのよ」

 

 

大切なもの、愛しいものならば余計にね。

 

 

ウインクしながらの言葉に、今度こそアルフレードは黙らざるをえなかった。

 

 

 

 


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