Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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400万UA突破記念の、感謝の後日談を投下開始です!

色々と複数の場面というか書きたい所がありますので、

数話に分けて投稿する予定。ていうかちょっと長くなりそう。

そして色々と時間がかかりそう……(苦笑


後日談の6-1 : リヨンハイヴ攻略作戦(1)

2002年1月、「蒼穹作戦(オペレーション・テイクバックザスカイ)」により、H1:喀什(カシュガル)ハイヴの攻略に成功、国連呼称「重頭脳級」の撃破を確認。香月レポートに曰く、地球上のハイヴの情報統括と全指示を出していたとされるこの個体の活動停止により、各ハイヴでのBETAの活動が緩やかになる。

 

 

2003年4月、錬鉄作戦(オペレーション・スレッジハンマー)によりH20:鉄原(チョルヲン)ハイヴの攻略に成功。帝国軍が主力となったこの作戦により、重頭脳級の不在の影響と、香月レポート及びプラチナ・コードの有用性を全世界が知ることになる。

 

―――そして、2003年11月28日。欧州に点在するハイヴの西端にあるリヨン・ハイヴの攻略が決定された翌月、白銀武を含めた新生A-01の精鋭12人はドーバー城要塞に降り立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――この時が来ることを、私はずっと願っていた。夢にまで見たことがあると言えば、滑稽だと笑うかね?」

 

季節外れの雪が降り始めた窓の外を眺めながら、ユーコンから古巣のドーバーへ戻っていた男は―――クラウス・ハルトウィック中将は、椅子に座っている武に問いかけた。

 

18年前となる1985年、東西ドイツはミンスクハイヴから大量に侵攻してくるBETAを抑えきれず陥落してしまった。同年にフランスも落とされ、翌年には欧州最後のハイヴとなるリヨンハイヴが建設された。歴史深い欧州の、その中央に絶望の牙城が打ち立てられてしまったのだ。

 

それから7年後、最後まで抵抗を続けていた北欧の戦線が崩壊し、欧州における人類生存圏はグレートブリテン島のみになってしまった。

 

武も、その当時のことは知っていた。1993年当初、武はまだインドの基地で衛士過程の訓練途中だった。アジア方面の最前線であるが故に、各地の前線の情報は最新のものが届けられていたのを覚えていた。リーサとアルフが欧州に帰れなくなった原因でもあるため、忘れられなかったのだ。

 

「はい、いいえ。しかし……陥落からの捲土重来まで、10年ですか」

 

欧州の完全陥落から、10年。一昔とも言われる年月だが、ここに至るまで果たして長かったのか、短かったのか。クラウスと武の2人は言葉語るまでもなく、雰囲気だけで察しあっていた。

 

故郷を追われた人達や、民間人や難民。日々の生活さえ苦しんでいた人にとっては、とてつもなく長く感じただろう。祖国を守れなかった軍人にとっても、我が身の不甲斐なさを痛感させられた分だけ、申し訳の無さから、長い時間だったと感じてしまうだろう。

 

だが、最前線で人類の指揮を取る者にとっては短かったと感じる者が多いかもしれなかった。表に裏にできる限りの活動をしてきた者は、後ろを振り返る暇もない。必死に走り続けている間は途轍もなく長く感じられる。だが、永遠に届かないのではないかと思わせられる苦行が10年で済んだ後には、拍子抜けにも感じられてしまう。

 

「それでも、まだ現実。夢の頂きに至る1歩手前ですよ、中将。感傷に浸るのは、頭からビールを浴びた後でも遅くはないかと」

 

そして、最後の1手を詰める役割を――ハイヴ突入の役目を、余所者に近いであろう国連軍の自分たちが奪うつもりはない。言外に告げる武に、クラウス・ハルトウィックは小さく頷きを返した。

 

「――香月博士に伝言を。欧州連合は依然として、米国が主張する第5計画を反対する立場を崩さないと」

 

「……感謝致します。こちらも、情報開示に関する根回しは済ませておきました」

 

そして、プロミネンス計画の成果の一部を、と。武の提案に対し、合理的な判断の元に告げたクラウスの言葉に、武は満面の笑みで敬礼を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうだった?」

 

廊下の途中で待っていた樹に、武は指で丸印を作った。そして、心底疲れたと言わんばかりに深い溜息をついた。

 

「なんで20歳の若造にこんな大役を……樹がやるべきだろ、こういう事は」

 

「そう言われてもな……手が足りないことは、お前も分かっているだろうに」

 

佐渡に横浜、カシュガルで大きな成果を上げた第4計画の名前は今や天に轟くほどだ。予算も以前とは比べ物にならないほどについたが、各国での活動を進める以上、軍部、情報部や帝国軍との折衝が必要になってくる。

 

武はその役割よりも、最前線で戦術機に乗り、人類の刃として戦うことを望んだ。対する夕呼の返答は、バカ言ってんじゃないわよ、というものだった。

 

口論の末、仲介役として奮闘したサーシャが導き出したのは最前線での一部折衝役に、というものだった。知己を相手に、難しいやり取りを除く、という条件がついていたが。武は渋々とだが、それに同意した。一人でわがままを言えるような立場にないことは分かっていたからだ。

 

「と、そんな面白くないことはさておいて……案内役は?」

 

「2人は、基地の案内を。もう1人は……あそこだ」

 

樹が親指で示した廊下の先に、案内役の3人の中の一人が待っていた。ハルトウィック中将と同じく西ドイツ陸軍所属の衛士、ヴィッツレーベン伯爵家の次女であるルナテレジアは、貼り付けた笑顔のまま武達を待っていた。

 

「……なあ、樹。さっきからずっと思ってたんだけど……なんか怖くね?」

 

「自業自得だろう。いいから行くぞ」

 

樹に引っ張られながら武は恐る恐ると歩いた。重心を意識的に下に、可能な限り脚は浮かせず、すり足のように。同じく剣術の心得がある樹は呆れていたが、いつもの奇行かと慣れた様子でスルーした。

 

だが、ルナテレジアは見逃さなかった。歩み寄ってきた武の全身を見回した後、笑顔のまま尋ねた。

 

「失礼かもしれませんが、中佐はどこか怪我を……?」

 

「ああ、以前頭を手ひどくやられてな。あれはそう、ちょうど10年前だったか」

 

武は顔をひきつらせた。樹の物言いはアレだが、平行世界の記憶が流入してきたという意味では、間違っていなかったからだ。

 

ルナテレジアはそうなのですね、と気の毒な風に武を見た後、はっきりと告げた。

 

「それでは、身体に異常はないのですね? あの時よりも操縦の腕が落ちた、ということも」

 

「ないない。むしろあの時よりも確実に成長してる」

 

20歳になり成長しきった自分の身体の把握が完了した事と、やや付きすぎていた筋肉がリハビリにより落ちたことにより、総合的には蒼穹作戦より20%増しになった、というのが武の自己分析だった。

 

「……相手にとって、不足はなしですわね」

 

「ん、なにかいったか?」

 

「いえ……それでは、基地の中を案内しますわ」

 

2人は頷き、頼むと告げるとルナテレジアについていった。

 

最初は衛士として必要な各施設を。そして、娯楽関係の施設として室内プールに案内された2人は頷き、ゆっくりと回れ右をした。

 

「え? あの、いったいどうして」

 

2人は口に指を当てた。静かになったあと、声が聞こえてきた。2人がとてもよく知る女性の声が。武と樹は忍び足であとずさり、ルナテレジアは訳の分からないままついていった。そうして室内プールから離れた後、武が安堵のため息と共に額の汗を拭った。

 

「危ない所だったな……」

 

「ああ。もうちょっとで引きずり込まれる所だった」

 

2人、頷き合う。事情を知らないルナテレジアが尋ねると、武は真剣な顔でリーサという女の泳ぎに対する情熱について説明した。曰く、私より前を泳ぐ奴は許さねえという。

 

「前に勝負したのがシンガポールでな。リーサはハンディキャップつけてたんだけど、俺が勝っちまったんだ」

 

悔しがったリーサはもう1回を主張したが、時間がないということでその日はお開きになった。それからマンダレーハイヴ攻略戦が始まり、再戦の機会は失われてしまった。

 

今、この状況で相見えれば絶対に勝負に引きずり込まれるだろう。確信と共に告げる武だが、いくらなんでもとルナテレジアは勘違いではないか、と尋ねた。2人の口から、ふっ、と何かを悟った笑い声がこぼれた。

 

「階級差とか関係ないな。リーサはやるといったらやる海女だ」

 

「任務に差し障りのない範囲でなら絶対に諦めん」

 

ハイヴ攻略戦は来月、今ならば問題はないと判断すれば理屈さえも蹴っ飛ばしてくる。そう確信した2人は、説得より逃亡を選んだのだった。リーサの勘の鋭さを考えると五分五分だったけどな、と2人は小さく頷きあっていた。

 

「……随分と仲がよろしいのですね」

 

「10年来の付き合いだからなぁ………ま、姉のようなもんか」

 

アルフレードと同じく、亜大陸撤退戦を共にしたという意味では樹よりも古い。前衛で共に戦った時にはその鋭い勘で何度も助けられたこともあった。

 

「と、個人的なものは置いといてだ。次の場所の案内を頼む」

 

リーサが追っかけてこないとも限らないしな、と後ろを気にする武に、ルナテレジアは頷きを返した。

 

だが、次の場所にも知り合いがいた。スカッシュができるコートに案内された武達だが、そこではアーサーとフランツが激闘を繰り広げていた。手足が長いフランツに、クイックネスのアーサー。コートの外ではサングラスをかけたアルフレードがメモ帳を片手に他の衛士と何かのやり取りをしていた。ちらりと、金銭の類が見えたような。

 

コート上へ、野次が飛ばされ始める。コートの中の2人は至って真剣だが、武はアーサーとフランツの2人が競走馬のように見えていた。

 

「……行こうか」

 

「行こう」

 

「行きましょう」

 

そういう事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、白銀中佐! ……どうしたんです、そんなに疲れた顔で」

 

「色々あった」

 

それ以上は聞かないでくれ、と武は合流した部下達に―――珠瀬壬姫、鎧衣美琴、涼宮茜、柏木晴子、築地多恵、風間祷子、宗像美冴、龍浪響、千堂柚香、葉玉玲に視線で訴えかけた。

 

案内役であるヘルガローゼ・ファルケンマイヤーも察したが、もう一人のイルフリーデ・フォイルナーは笑顔で答えた。

 

「あ、あのお二人のスカッシュ勝負をご覧に? 凄かったですね、一進一退の攻防で。ヴァレンティーノ少佐達も熱心に見て、応援を……え、なによヘルガ。し・ず・か・に・し・ろ? でも私達はホスト役なんだし、ここ食堂よ?」

 

純粋に疑問を浮かべて首を傾げるイルフリーデを見た女性陣が、寸評を終えた。武と純夏を足して2で割ったような女性だと。そんな彼女のフォロー役であろうヘルガローゼに、新生A-01の衛士陣から同情の視線が集まった。ヘルガローゼはちょっとだけ涙が出そうになった。

 

「そういや、自己紹介は済んだのか?」

 

「こちらは既に。……中佐は、お二人のことを知っておられるのですよね?」

 

「ああ。クリスの方から色々と聞かされたからな」

 

「クリス、と言うと……クリスティーネ・フォルトナー大尉ですか? 愛称で呼ばれるとは、親しい間柄なのですね」

 

「……うん。まあ、ちょっとね」

 

武は言葉につまった。自分の母親になろうとしている相手だから、とは言い難かったからだ。先月に自宅跡で行った宴会で、実母である光と視線と言葉の応酬で火花を散らしていたのは記憶に新しい。同じ宴会に出ていて、その光景を知っている面々が一斉に目を逸らした。

 

「わ、話題を変えて―――自己紹介を。白銀武、20歳。階級は見ての通り中佐だ。A-01の分隊、クサナギ中隊の中隊長をしている」

 

「紫藤樹だ。階級は少佐で……今回は白銀中佐の補佐役として来ている」

 

「……なんか不満そうだな。あっ、神宮寺中佐とイチャコラできないからだな」

 

「ははハハそれ以上言うと斬るぞ問題児が」

 

笑顔で断言する樹に、武が肩をすくめた。面食らった顔をするヘルガに、まあと呟くルナテレジア。イルフリーデは、興味津々とばかりに武を見ていた。

 

(む、宗像大尉……大丈夫なのですか? いくら何でもフランク過ぎるというか)

 

(これは白銀中佐の常套手段だぞ、千堂少尉。フランクな態度で油断させて、隙を見つけては相手をパクリと食べる―――そうだな、祷子)

 

(違いますわ美冴さん。武さんは油断していなくても真正面から強引に、こう、力づくというか)

 

(ま、マジっすかすげえ。ていうか、なんでフォイルナー中尉はあれだけ目を輝かせて、というか熱心に見てるんでしょう)

 

(や、ややややっぱり、茜ちゃんは私が守らないと……!)

 

(……なんで私? でも、相手もなんだか貴族っぽくないね)

 

(そういう隊風なんだよ思うよ。爵位よりも前に軍という括りがあるし、特別扱いしすぎると反発が大きくなりすぎるから、なんじゃないかな)

 

かつての横浜でルナテレジアやヴォルフガングと模擬戦をしていなかった面々は、いつもの武と、欧州に名高いツェルベルスの一員の立ち振舞について話し合い。

 

事情を色々と知っている面々は―――ユーリン、美琴、壬姫の3名は―――またやりやがったなこの野郎と言わんばかりに笑顔を深めた。

 

だが、武は何となくイルフリーデの視線が、自分ではない所に向けられていることに気づいていた。例えば、ライバルを気にしているかのような。そこでふと、武はイルフリーデに尋ね返した。

 

「ひょっとして、だけど……リヴィエール大尉から何か聞かされた?」

 

「えっ!? ……ど、どうしてそれを」

 

「いや、思いっきり顔に出てるから。清十郎からも色々と聞かされてるし、本人からも……彼女は所詮はキャベツ(クラウト)女だー、なんて悪態ついてたけど」

 

苦笑しながら、武は告げた。ベルナデット・リヴィエールという女性は一言で表すのなら、誇り高い虎だ。興味を持てない者や、軍人として見込みのない者は話題にさえ出さす、感情を高ぶらせることもないだろう。わざわざ話しかけたりするのはどうしても気になる相手だからで、認めていない者には悪口さえ返さないと、武は自分なりの解釈を伝え、隣に居た龍浪響はそういえば、と思った後に小さく頷いていた。

 

「……リヴィエール大尉が、私を? ……失礼ですが白銀中佐、それは単なる勘違いかと思われます。戦闘中はいっっつも文句を言っている、高慢ちきなただの猛獣女(ティーガー)かと」

 

意地でも認めない、というイルフリーデの様子を見た元B分隊の2人は深く頷きあっていた。これは千鶴と慧の関係の亜種だな、と呟きながら。

 

その言葉を耳にしたA-01の古株の面々は、そういうことかと理解を示した。同時に、冥夜っぽいポジションに居るヘルガに同情の視線が更に集まった。ヘルガは視線だけで理解しあい、また同情の視線を向けてきたA-01の態度に、少し戸惑いながらも、このままではよろしくないと、話題を変えた。

 

「清十郎、とは懐かしくも嬉しい名前です。中佐は彼と面識がお有りなのですね」

 

「主には清十郎の兄の方と知り合いだけどな。かなり世話になった、というか迷惑をかけたというか……」

 

武は誤魔化しながら、清十郎の話をした。本人にも響や柚香とまとめてだが、色々と教導をつけた結果、どこに出しても恥ずかしくない第16大隊のエースの一角になったことを。

 

「本人の資質も相まって、凄いことになってる。そういえば、ツェルベルスに恩返しがしたい、と言っていたが……」

 

「……こちらこそ、教えられたことがありました。そ、それと……その、恩返しとはどういう意味でしょうか」

 

お礼参り的な意味では、と声には出さないが何か焦っているヘルガに、そういった意味はないと武は断言した。

 

「その、色々あった勘違い? ……それも、本人の中では解決済みらしいし」

 

武の言葉に、ヘルガローゼはホッとした表情になった。そして、嘘偽りの無い感謝の念に、自然に口元が緩まっていくのを見た武は、苦労してんだなあと彼女を労った。

 

そこから会話が進んでいった後、そういえば、とヘルガローゼが武に尋ねた。

 

「中佐はどこでリヴィエール大尉をお知り合いに? 以前、ルナテレジアと一緒に横浜へ赴いたことは聞かされていますが」

 

「ああ、その時にちょっとな。模擬戦をやって交流を深めて……衛士として当然の意見交換も」

 

「それだけではないでしょう、中佐? 模擬戦では、リヴィエール大尉を含む3人を相手に危なげなく勝利を収めていたではありませんか」

 

ルナテレジアの言葉に、イルフリーデの目が驚愕に丸くなった。ヘルガローゼも同じで、信じられないという目で武を見た。

 

武は笑顔を貼り付けつつ口を挟んだルナテレジアに、何か怒らせるようなことしたか、と冷や汗を流しつつ答えた。

 

「最後に油断した所を突かれて、こっちの機体も半壊したからな。間違っても勝っただなんて思っちゃいないよ。OSの差もあったし、今の状況でもう一度やれば分から……いや、フォイルナー中尉には悪いけど、流石に許可もなく模擬戦をするのは」

 

視線の意図を察した武は、顔を引きつらせながら答えた。

 

「それに、フォイルナー中尉のように天性のカンで撃ってくる相手は苦手なんだよ。ここで撃墜されて極東の衛士は大したことないな、って思われるのも困るし」

 

「……1200㎜超水平線砲を完全に回避した人外が何か言ってるね、美琴ちゃん」

 

「12人でのリベンジ戦を返り討ちにした人が言っても説得力ないよね。壬姫さんの狙撃もカンだけで回避するどころか、たまにカウンタースナイプを当ててくるし」

 

白銀武が駆る『不知火・弐型・Ver.Ex』は、以前より変わらずA-01の悪魔だった。最近では戦術機ではなく『S標的』と名付けられるほどで、撃墜した者には金一封まで出るようになった。そのあたりの説明が加わると、イルフリーデとヘルガローゼの武を見る目が、宇宙人を見るものになった。

 

ルナテレジアがXM3の開発者だと説明すると、その年で中佐になる訳だ、という些かの納得の頷きと共に、変な生き物を見る目になった。

 

20歳、と言えば自分達と同年代だ。貴族や武家の生まれではないのに、何をどうすればこの年で自分たちが敬愛するアイヒベルガー中佐達と同じ立場に至ることができるというのか。

 

純粋な疑問を抱いているイルフリーデ達の背後から、その疑問に対する答えを教える者が現れた。

 

「―――10歳で、人類の最前線に行けばいい。あとはずっと最前線に留まりつつ、死ぬ気で生き残れば何とかなる、かも?」

 

旅をすれば良いと、現れたクリスティーネは告げた。命を賭けた長い旅をすれば、蒼穹作戦の時に聞いたあの演説に説得力を持たせることまで可能になる。

 

イルフリーデは驚いた表情で立ち上がり、大声で答えた。

 

「蒼穹作戦の―――もしかして、take back the skyの……あの演説は白銀中佐が?!」

 

2人は驚愕の視線を武に向けた。

 

武は、真っ赤になった顔を隠すため両の掌で覆ったが、耳までは隠せなかった。真っ赤になった様子に、どうして恥ずかしがる必要が、とイルフリーデが追い打ちをかけた。

 

一方で、食堂いっぱいに響いたイルフリーデの大声を耳にした基地所属の衛士達が、次々に集まってきた。あれが、あの演説を、という声を聞いた武は恥ずかしさのあまりプルプルと震え始めた。

 

一部の女性陣は可愛いと呟きながら、武にしては珍しくも真っ赤になった映像を脳の記憶フォルダに保管し始めた。

 

美冴などはフォローをすると見せかけて色々と脚色し始め、周囲の衛士は納得したように頷きあっていた。

 

その騒ぎは収まったのは、30分が経過してから。訓練や雑務など、基地所属の衛士がそれぞれ立ち去った後に残されたのは、羞恥のあまり真っ白になった武の姿だった。

 

「……何も、嘘の言葉を並べた訳ではないでしょう? ここは自らの戦歴を誇り、語り尽くすべきでは」

 

「勘弁して下さい」

 

ルナテレジアの言葉に、武は頭を下げた。

 

あれは不意打ちだったこと、全世界に聞かれるとは思ってなかったこと、やや誇張表現が入っていたこと、予想外のタイミングで自分の声が流れたのを聞いてとても恥ずかしい思いをしたこと。早口でまくし立てた武に、そうだったんですね、とヘルガローゼが小さく頷きを返した。

 

「それでも、あの演説は確かな力となりました。我々もそれなりに実戦を経験していましたが、ハイヴ攻略戦は初めてだったので」

 

「少し悔しい思いもしましたけれど……感謝の気持ちに嘘はありませんわ」

 

ヘルガとルナテレジアの言葉に、武は恥ずかしがりながらも気持ちは分かる、と頷きを返した。衛士にとってハイヴ攻略戦とは、また別の意味を持つ。

 

人類の最大の戦略目標であるハイヴ攻略を最終目的として作られたのが戦術機であり、衛士という兵科であるからだ。いわば本懐であり、花形でもある。

 

オリジナルハイヴともなれば、その最たるものだろう。準じる立場にあっても、ハイヴという3文字は衛士になる前からなった後でも、常に目標として掲げられるものとなる。できれば自国か自国に近しい国が、と望むのは当然の心境と言えた。

 

「……私は、悔しいとは思わなかったわ。地球全体で戦っている、という感覚が強かったから」

 

イルフリーデは、蒼穹作戦のことを思い出しながら小さく頷いた。誰もが自分の空を取り戻すために戦っていたことが嬉しく、高揚感さえ覚えたと満足そうな顔だった。

 

その様子を見たヘルガローゼとルナテレジアは、苦笑した。いつもはああだが、こういう器の広い所に関しては敵わない、と思いながら。

 

A-01の面々も、小さく頷きながらイルフリーデ・フォイルナーという女性について察した。小さい差異はあろうが、武と同じような人種であること。傍に居るものを振り回しながらも、最終的には常識や垣根などないと言わんばかりに、自分勝手に突き抜ける人物であることを。

 

武はその反応を嬉しく思いながら、やはり一部にしか話せないな、と内心でため息をついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……正直に言うわ。ドイツ人としてはとても信じたくないし、この情報が嘘だと思いたいけれど――」

 

ドーバー基地の中、機密保持性が高い部屋の中でクリスティーネ・フォルトナーは武からもたらされた情報を聞いて、深い溜息をついた。重苦しい空気の中、事態の深刻さを誰よりも理解したアルフレードは、忌々しげに舌打ちをした。

 

「まだ何も終わっていない、ってことだろ……西ドイツと東ドイツの問題の全てが解決した訳じゃない、ってのは聞いていたし知っていたが」

 

分かっていたとしても理屈の上だけだったようだ、とアルフレードが暗くなった内心を表すかのように呟いた。

 

―――1985年、東西ドイツはBETAに蹂躙された。

 

その後、西ドイツ政府は欧州連合に属することになった。英国本土という欧州の中でも一等に安全な土地に、一部だが国民や産業を避難させることが出来た。

 

一方で東ドイツは違った。東欧州社会主義同盟の盟主になったとはいえ、かつての戦災の影響は大きく、戦力は極めて限定的だった。国際社会で傭兵扱いされることを受け入れる他に生き残る手がなくなっているのだ。欧州連合に戦力を提供し、対価を得ることで自国民を食わせることしかできていない。かつては“フォン”の名前を持っていた貴族でさえ、傭兵として扱われることを受け入れているのが現状だ。

 

だが、東西ドイツの仲が冷え切っているか、と言われれば違うと答える者の方が多いだろう。現在は定例会談を行うまでに至ったのだ。シュトラハヴィッツ派の支持者は多く、短絡的な行動を取るほど不満が溜まっていないと、クリスティーネは見ていた。

 

不穏な活動に手を染める者について、アルフレードもそうだが、あくまで下世話な噂程度にしか思っていなかった。欧州諸国に住まう人々は、未だに東西冷戦下に起こった聖ウルスラ作戦と、ウルスラ・シュトラハヴィッツのことを忘れていないからだ。

 

「だけど、まさか……ユーコンで仕掛けてきた難民解放戦線がキリスト教恭順派と繋がっていたとはね」

 

「2年前の横浜基地(こっち)に対しては、もっと直接的な手段に訴えて来たからな……マジで間一髪だったぜ」

 

ユーコンのテロ、HSSTの事故に見せかけた落下事件。どちらも綱渡りが必要になるほどの窮地で、その両方に絡んでいたキリスト教恭順派。その中核、というかリーダーと目されている『指導者(マスター)』と呼ばれている男について、現在も自分たちに同道したシルヴィオ・オルランディが内偵を進めている段階だが、と前置いた上で、武はため息と共に告げた。

 

「今回のリヨンハイヴ攻略戦では手を出してこない、っていうのがウチの情報部と頭脳担当が出した結論だ。確率的にはとても低い、という所でしかないけど」

 

「100%とも言えない、か。事を起こすとしたら、欧州が解放された後……いや、その前のブダペストハイヴ攻略の前後か?」

 

欧州内と欧州近隣にあるハイヴはリヨン、ブダペスト、ロヴァニエミと、ミンスク。この4ヶ所のハイヴ攻略に成功した後に、欧州の完全開放が叫ばれることだろう。

 

同時に、全世界を巻き込んだ対人類戦争の開始の合図になりかねない、というのが夕呼が最も懸念としている事項だった。

 

宇宙に10の37乗という数の重頭脳級が居ることや、月からやって来るだろう新手など、対BETA戦争はまだまだ終わっていないということを全世界に示すことは出来た。だがそれでも、いつ来るか分からない危険よりも、足元を固めたがるのが人間のサガでもある。

 

「……と、来ないかもしれない危機ばかりに思考割くのも馬鹿らしいわね。まずは、リヨンハイヴ攻略のことを考えるべきでしょう」

 

「ああ……実際の所、どうなんだ。例の新型BETAについて、お前は出てくると見てるのか?」

 

「ん~……出てこないだろう、ってのが俺と夕呼先生の共通見解だ。でも、万が一に出てこられたら非常に困る。困るんで、情報公開の許可を取ってきた。事前のデータが分かってれば、多分だけど大丈夫だろ」

 

佐渡島で凄乃皇・弐型が入手した、地球上のハイヴとBETA関連のデータを示して、プラチナ・コードと呼ばれている。それを解析、分析してBETAの生態等を丸裸にした報告書を指して、香月レポートと呼ぶ。いずれも機密レベルが高く、各国の上層部であっても公開されているのはごく一部だ。

 

その中で、今回の作戦時に最も脅威度が高い敵―――オリジナルハイヴの大広間で死闘を繰り広げた相手である、仮称・飛行級の戦闘データについて、ハイヴに突入する衛士の中でもごく一部の部隊に公開する許可を武は事前に取っていた。

 

「……ツェルベルス、か」

 

「大事を取って、最精鋭というか、ベテランだけを集めた中隊を編成して突入するようだけど」

 

黒の狼王と白い后狼、音速の男爵と衝撃の薔薇といった別の中隊にばらけていた4人を中核に、ベテランだけをかき集めた絶対攻略部隊でリヨンハイヴに挑むと、武は事前に聞かされていた。

 

「それが良いな。こっちにお呼びがかからなくて安心したぜ」

 

「本当にね……これ以上、厄介な事態に巻き込まれるのは勘弁だわ」

 

アルフレードとクリスティーネが、安心した、と呟いた。2人は自分たちに役目が振られなかったことについて、不満や嫉妬といった負の感情は抱いていなかった。ハイヴ突入の危険度もそうだが、これ以上自分たちが名を挙げることは危険であることを理解していたからだ。

 

欧州各国は日本とはまた異なった形での、貴族という人種の地位や威厳、役割が尊重される傾向にある。元民間人ばかりである元クラッカー中隊の衛士がその貴族の中隊を押しのけて名を上げる、というのは色々と複雑な問題を呼び起こしかねないのだ。

 

「ただでさえ、ユーコンで色々とやらかしちまったからな……」

 

「米国でF-22Wに一泡吹かせられたのは爽快だったけど、欧州に帰ってからは本当に困ったものね……」

 

貴族出身の軍人達に対する待遇の違い。歪な待遇の差についての不満は、以前から軍内部で燻っていた問題だった。東欧の東ドイツ出身者の現状と比べれば、持つ者、持たざる者という言葉を思い浮かべる者が大半だ。

 

ドーバー城要塞にも、東欧の軍は駐在している。だが、同じ基地内であっても機密区分以上の区切りが設けられているのが現状だ。東西のドイツ軍の衛士が顔を合わせるのはブリーフィング時のみであることから、かつて起きた溝が全て埋まっているとは言い難い。

 

優遇されているのがどちらか、豊かに見えるのはどちらか、と問えば返ってくる答えは決まっているだろう。そういった()()を正そうとする者の多くが、元はただの民間人であった軍人ばかりだった。

 

その旗頭として担ぎ上げられないよう、アルフレードはクラッカー中隊解散の直後から気を使っていた。同種の火種があちこちに散らばっている中、更に火炎瓶を投げ込み場を混乱させるような趣味など、クラッカー中隊の全員が持ってはいなかった。逆に、無駄極まりないと怒る立場にあった。

 

そういう意味では、ツェルベルスのみによるハイヴ突入に関して、アルフレードやクリスティーネだけではない、アーサーとフランツ、リーサまで両手を上げて賛成の立場を示していた。

 

特別な地位など欲しくない者ばかりのため、戦って勝って旨い酒と飯を食べて寝られればそれで満足だからだ。担ぎ上げる者達の掌が常に可動式であるということを、若い時分に味わっていたから、というのも理由の1つとして含まれていたが。

 

「俺も同感だ。横浜基地も同じで、凄乃皇・弐型改もあくまで地上のBETAの掃討補助に徹する」

 

ハイヴ攻略の名誉と栄光は、実際に欧州の戦線を支えてきた人々の手によって。それが一番だと、武は考えていた。

 

個人的な気持ちも同じだ。武が立候補した理由について、突き詰めればかつての家族、戦友の故郷を取り戻したいという気持ちが主たる部分を占めていた。

 

その内心を察した2人が、武の肩と背中を照れくさそうにバシバシと叩いた。その中には、子供が育った後の晴れ姿を見た時の、父親や母親のような誇らしさも含まれていた。

 

「それに……国連宇宙軍のジャン少将にはでっかい借りもあるし」

 

帝都・横浜絶対防衛戦の時に国連宇宙軍の第5艦隊が予定になかった軌道降下を行わなければ、自分かサーシャか、あるいは2人ともが死んでいた。

 

それを考えれば何でもしてやりたい気持ちになる、と断言する武に、アルフレードとクリスティーネは感慨深げに深く頷きあっていた。

 

「朴念仁のど(にぶ)野郎だったタケルから、こんな言葉を聞ける日が来るなんてな……」

 

「明日は雨っていうか雪と雷が降り注ぎそうね……喜んで浴びるけど」

 

「いやダメだろ。っつーか人のことをなんだと、いえ、いいですスンマセン」

 

2人から笑っていない目を向けられた武は、思わず謝った。そして、もう一つ言ってないことがあるんだけど、と照れくさそうに告げた。

 

それを聞いたアルフレードは武の右頬を、クリスティーネは左頬を平手で打った。アルフレードは早く言えと怒鳴りつけると、アーサー達に知らせるべく走ろうとして、盛大につまづき転んだ。

 

クリスティーネはずれ落ちた眼鏡に気づかないまま指で眉間を押し、その違和感さえ把握しないまま問いかけた。

 

「それで、名前は考えてあるの?」

 

「……アーシャ。ラーマ隊長とターラー副隊長の意見を取り入れたって」

 

希望、光を意味する名前だと教えられた。女性の名前だけど分かるのか、と問われた武は、直感だが間違いないとサーシャが答えていたことを教えた。そのくだりを聞いたアルフレードは、そうか、と頷き色々と考え始めた。

 

予算、場所、タイミング、人員についてだ。その顔を見た武は色々と察した後、申し訳がなさそうに告げた。

 

「そういったことも全部、ハイヴ攻略戦が終わってから―――サーシャの身柄が狙われないとも限らないし」

 

「……そうだな。でも、それを聞いたら余計に死ねなくなったぜ」

 

「同感。それにしても、一番若かった2人に先を越されるとはねぇ……」

 

「あ、それとラーマ隊長から頼まれたんだけど―――」

 

こちらの報せと同時に向こうからもおめでたい報せが、と。武はラーマからのめでたい伝言を2人に伝えると、再び両頬を平手で打たれて後ろに転がった。

 

先程と同じく、防御をすることも忘れて、嬉しそうな表情を浮かべながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドーバー城要塞の中枢、衛士が踏み入れることができる場所の中では最も機密保持のレベルが高い部署の一角。照明が消された薄暗いその部屋の中で、特別なエンブレムを持つ36人の衛士が食い入るようにその映像に釘付けになっていた。

 

それは、映像記録だった。24人の衛士と巨大な戦略兵器が織り成す、一大決戦の光景が映っている。戦っている衛士が声を発すると共にドイツ語での字幕が流れていった。まるで映画のように、人類の命運を左右した決戦の映像は次々に流れ、欧州に名高い衛士達の胸の中に入り込んでいく。

 

誰も、無駄な言葉を発さなかった。36人全員が、あの日あの場所で、自分たちと同じく戦った英雄を、人類の切っ先として戦った者達の一挙手一投足を観察していた。それが当然の礼儀であるかのように。

 

その中で、ルナテレジアだけは映像を提供した人物から説明される前に、あることを理解していた。最後の戦いが始まった直後、単独で飛行級の群れに突貫し、暴れまわった規格外の衛士の名前を。

 

やがて戦況は劣勢から互角へ、弱点の看破と共に、徐々に優勢に転じていく。切っ掛けになったのは、高い声を持つ男性衛士の「無礼(なめ)るな」という言葉。その後、同じことを察した衛士達は次々にそれぞれの決意の言葉を発し、見るだけで手強いと分かる飛行級を蹴散らしていく。

 

締めくくりとなったのだろう、地球(このほし)無礼(なめ)るな、という言葉と共に()()()()()()最前の衛士の叫びと迫力を前に、数人が小さく肩を震わせた。

 

そうして、最後にあ号標的―――重頭脳級の触手に貫かれたその衛士の機体を見たルナテレジアは様々な感情が入り乱れた胸中を整理できないまま、拳を強く握りしめることしかできなかった。

 

 

 

 

 






●あとがき

 まずは導入部分を投下。

 文量的に数話に分けないと死ぬので、というか時間がかかりすぎるので、

 ちょくちょくと、筆が進み次第、続きを投下していきます。


 そして、ちょっとCMをば。

 ここハーメルンにて、オリジナル小説を連載中です。

 「カラーレス・ブラッド(旧題:天領冥府オオサカ隷下 第七多世界交響旅団)」

 という題で投稿しておりますので、興味があられる方、時間がある方は

 是非とも読んでくださりますれば嬉しいです!

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