Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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明けましておめでとうございます。

スランプ気味なので短編で。

前編・後編で完成予定です。


後日談の特別編 : 成人式(前編)

 

8時過ぎ、帝都の中央付近。広い道路を羽織袴と着物姿の男女が歩いていた。きょろきょろと周囲を見回した後、緊張が収まった男はぼやくように呟いた。

 

「しっかし、いきなりだよな~」

 

「有り難いことでしょうに。それともなに、殿下のお言葉に文句でもあんの?」

 

「いや、それは全然無いけどな……つーか愚痴ぐらい許してくれよ、美崎」

 

「えー、でもちょっと許せないかなぁ。信太ってばなーんか忘れてるみたいだし?」

 

「……似合ってるよ、その着物。ほんと、貰い物とは思えないぜ」

 

政府が出した方策だった。日本が侵攻を受けた後、若年層は急激に減少した。必需品、売れる物は年齢層によって異なる。その中でも、成人が少なくなり、着物を用意できるような余裕のある人々もまた少なくなった。

 

着物という日本独自の文化を保護するという目的もあり、出席者が希望すれば、特別に手配されるのだ。

 

殿下の一言で急遽決定された、20歳から22歳―――本土防衛という鉄火場があったため、そのような催しを行えなかった者達―――を対象とした合同成人式に出席する者であれば。

 

「階級に関係なく、って所が良かったよね。女と女の戦争になったけど」

 

「数少ない男の子は居心地悪いったらありゃしなかったんだけどな……ねちっこちというか、粘っこいというか」

 

苦情を申し立てる信太の言葉を美崎はスルーした。裏での暗闘はあんなもんじゃなかったわよ、と真実を教えたくなったが、流石にそれは可哀想なため、笑顔の裏に隠した。

 

信太が、気落ちしているのが分かっているからだ。成人式が行われることは素直に嬉しい。ただ、地元の知人友人が居ないのは、どうしようもなく悲しかった。

 

「頭では分かってたけど……本当に居ないんだね」

 

「居ないな……勝てたからこそ言える愚痴だってのは分かってるんだが」

 

横浜と佐渡のハイヴ攻略戦、帝都・横浜防衛戦、蒼穹作戦。人類がBETAとの一大決戦に勝利したことにより、日本の国命が保たれたのは事実だ。激戦の代価として、兵士の命が支払われたことも。

 

軍に居れば、大雑把だが耳には入ってくるのだ。学校の同級生や先輩、後輩がどれだけ死んでいったのか。信太と美崎の出身地は横浜ハイヴが建設された所に近く、関西よりはマシとはいえるが、故郷を奪還するため、死守するためにと戦った者が居るため、生存者は関東や東北出身者よりずっと少なかった。

 

一緒に酒を飲もうぜ、と約束した中学の同級生。陸軍の学校で意気投合した戦友達も、多くが戦死した。

 

戦い抜いたのだ。二人が成人式に出席したのは、みんなで勝ち取った未来がどれほどのものなのかを確認するためでもあった。

 

「せめて、一人ぐらいなぁ……」

 

「……せめて、ね。例えば―――鑑の純夏ちゃんとか?」

 

美崎の言葉に、信太の肩が跳ねた。そして信じられない、という顔で美崎を見た。

 

「気にしてたもんね。なんだっけ、あの……そう、白銀のことイジメてたこと」

 

「……俺は」

 

「分かってるわよ。可愛い純夏ちゃんを独り占めしてるように見えたから、でしょ? ……まあ控えめに言って最悪だと思うけど」

 

容赦のないツッコミに、信太が気まずそうに顔を逸した。ずっと後悔していたことだった。どうして急に学校に来なくなったのか、二人とも詳しい経緯は知らない。ただ、赤い髪の女の子が暗い表情ばかりになった。子供心にも、それとなく察することができた。

 

「謝りたいんだよね。自己満足でも」

 

「……そう、だな。俺が最悪だったこと、ゴメンって言いたい」

 

「ふーん……それだけ?」

 

「ああ。あとは、クラスメートの生き残りとかな。聞いて、世間話でも―――」

 

信太が立ち止まり、呆然と前を見た。美崎も少し遅れて気が付き、口に手を当てながら絶句していた。

 

前方に、二人の男女の姿を見たからだ。相変わらずの赤い髪、とんがった髪の一部を元気そうに跳ねさせている女性の姿。昔からは想像もできないほど明るくなった彼女の笑顔は、見覚えのある茶色い髪をした男ただ一人に注がれていた。

 

「……ん? あれ、お前、確か………ノボル、だったっけか」

 

「し、し、白銀………!? 生きてたのか!」

 

「いっぺん死んだけどな」

 

武が苦笑しながら答え、純夏が咎めるように口を尖らせる。

 

信太は抑えきれない感情のまま全速で走り出した後、武の前で滑り込むように土下座をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やめてくれよなほんと。いくらなんでも誤解されるっつーの」

 

「いや、悪い……とにかく謝らなきゃなって気持ちが」

 

武の本気の懇願に、信太が謝罪を重ねた。隣に居る美崎は用意していたハンカチで、信太の汚れた頬を拭いていた。

 

「ほらこれで良し、っと。それで……久しぶりだね、二人とも」

 

「東上もな。最後は1993年ぐらいだから……9年ぶりか」

 

小学校から中学、高校。当時は当たり前と思っていた進路は夢に消え、徴兵された後は兵士として生きている。同級生は、と武が尋ねるが、信太と美崎は黙って首を横に振った。

 

「……そっか。でもすげー嬉しいな、同じ地元を知る奴が増えて」

 

「俺もだ。……って、白銀は他に誰か生き残りを知ってんのか?」

 

「地区は違うけどな。え、っと……純夏、何人だっけ」

 

「地区が近いのは涼宮さんの姉妹と速瀬さん、平さんと鳴海さんだから……5人?」

 

同じ横浜出身者の括りとすればもっと少し増えるが、柊町を特に知っている者は5人だけ。2歳上だが、今回の成人式の対象にばっちり入っていた。

 

「何万人も……っていうのは言い過ぎかもしれないけど、大勢居たのにな」

 

「再会できることを祈っとこうぜ。ほぼ全員が会場に集まるんだから、良い機会と思ってな」

 

こうして会えたし、と嬉しそうな顔をする武。美崎は威力高いわ~と頷き、信太が少し不機嫌になり、純夏が頬を膨らませながら更に不機嫌になった。

 

その後、自然な流れで4人は会場まで歩いて行くことになった。訓練学校のこと、任官から実戦、上官への愚痴といった今どきの若者らしい他愛もない話をしながら、道中に知人が居ないかを探しながら。

 

「つーか、上官の人がちらほら居るよな。俺達と同じ成人式に来てるんだろうけど」

 

「今日は無礼講、ってことでお触れが出されてるけどね。あんまりキョロキョロしてると、休暇明けに面倒なことになりそうだし、喧嘩とかになっても困るし……そこで睨み合っているあの二人のようにね」

 

「でも、すっげえ可愛い……というか美人? 着物もめっちゃ綺麗だし……ん、頭抱えてどうしたんだよ白銀に鑑。顔赤いぞ?」

 

「ちょ、ちょっとね。恥ずかしいっていうか、変わらないなあというか。ねえ、タケルちゃ……なにサングラスしてるの」

 

「私の名前は小碓四郎。君の知っている白銀武は死んだ」

 

いち早く他人のフリをする武に、純夏のコンパクトなドリルミルキィが突き刺さった。面白くない冗談だったため不意打ちかつ勁の力がこめられた一撃、それを受けた武が盛大に咳き込んだ。

 

「うわなに凄っ、つーかこっち見た!?」

 

「あれ、でも喧嘩を止めて身なり整えてるよ? ていうか、白銀の方をじっと見て……」

 

言うが早いか、黒髪のボリューム大な無表情の女性と、眼鏡を外した茶髪の女性が4人に近づいてくる。純夏はとりあえずの挨拶として、手を上げながら新年の挨拶をした。

 

「明けましておめでとう、千鶴さん、慧さん。今年もよろしくだけど、二人とも喧嘩は程々にね?」

 

「こちらこそよろしく。喧嘩は………努力する」

 

「なんで先に貴方が挨拶するのよ。それで、なんで白銀は咳き込んでるの?」

 

「いや、ちょっと良い一発を貰ってな……それはそうとして、明けましておめでとう」

 

「おめでとう。今年もよろしくね……お手柔らかに」

 

出会い、衝突し、死を覚悟した2001年と、元旦にカシュガルに行った2002年のようなことはもう。訴える千鶴に対し、俺が意図した訳じゃないんだが、と武は思いながらも引きつった笑みで頷きを返した。

 

「しっかし、二人とも自前か……流石だな」

 

「うん。父さんが、どうしてもって」

 

「私も……いつもの仏頂面だったけど」

 

背景は違うが、千鶴と慧は家族との関係で色々と苦労した。その経験は無駄ではなく、今となれば言葉の端と仕草、声色から推測はできるらしい。自分の父が心の底から祝ってくれているということは。

 

良かったな、と事情を知る武が笑って祝う。二人は赤い顔をしながらも頷いたが、純夏の着物が気になり、尋ねた。

 

「ん? ああ、一応俺が選んだ。純夏がどうしても、って頼むから……え、なんで機嫌が急降下に。ひょっとして似合ってないのか?」

 

「……似合ってる。問題は、似合い過ぎてる点にある」

 

「そうね。予想はしていたけど、面と向かって見ると―――」

 

「あ、あはは。わ、私は私の持ち味を活かしただけだから」

 

奇妙な緊張感が場に漂う。武と信太は分かっていないような顔をしていたが、美崎は分かっていた。

 

「……ま、深くは突っ込まないけど、パンチは止めといた方が良いよ? 口うるさい上官の人に見られてたら面倒くさいし」

 

「美崎さん良いこといった。そういうことで純夏、な?」

 

「うん。でも、カウントはしとくね?」

 

怒りの程度をドリルミルキィ何発分、と伝えるらしい。精算は後日。武は何発でファントムになるのか、と戦慄しながらも泣く泣く受け入れた。

 

怒らせるようなことをしなければいいのだと。頷く武を、純夏と慧と千鶴の3人はチベットスナギツネのような目で見ていた。

 

それから10分後、武達は会場に到着した。帝都中央にある国際展示会場は広かったが集まっている若者達は多く、駐車場にまで広がっていた。

 

あちこちから、姦しい声が聞こえる。分かってはいたけど、と千鶴は圧倒的に偏った男女比率という現実を前に、ため息を吐いた。

 

「机上の空論だものね。男を増やす、っていうのも無策では成らないか」

 

「あー、うん。割と競争っていうか、女余りの時代っていうのはね」

 

美崎は軍の中で実感したことを語った。焦っている未婚女性が多く、このままでは、と考えている先任や上官が居ることを。BETAに勝ちつつある、それは良い。だが、この戦争はいつまで続くのか。終わった先にある自分の居場所は何処にあるのか。

 

一夫一婦が続けられれば、必然的に起こるのが壮絶な椅子取りゲーム。情勢(音楽)に合わせて踊るような遊びはなく、真剣での斬り合いに似た争奪戦が始まりかねないと、些かの私心を加えて美崎は語った。

 

「産めよ、増えよ、地に満ちよと言うのは簡単だけど」

 

「子供に要らぬ苦労を背負わせるのは、と考える者も居るということね」

 

軍人としての教育は現実(リアル)に沿う。次の、次の次の、そのまた次までを考えて戦う者が増えれば、今の状況に危惧を抱く者も必然的に増えていくことを、千鶴は認識した。

 

「刃傷沙汰に発展されると、それはそれで困るんだけどね」

 

「きゃっ?! ……って、美琴?」

 

「うん。でも駄目だよ千鶴さん、いくら何でも油断しすぎ。あ、ついでに明けましておめでとう」

 

「え、うん。今年もよろしく……じゃなくて、どういうこと?」

 

「浮かれるのはいいんだけど、浮かれすぎっていうのはね」

 

美琴の困った仕草に、信太と美崎以外の全員が察した。美琴―――諜報畑の人員が動いているお陰で未然に防げたが、傷害にまで発展しそうになった件数は決して少なくないのだと。それを分かった上で、武は話しかけた。

 

「美琴は着物じゃないんだな。スーツも、似合っているけど」

 

「え~と、うん。でもすぐに着替えるから」

 

「待ってるよ。開場の時間までは、まだまだ余裕があるし」

 

「……うん。じゃ、みんなも待っててね!」

 

赤い顔で去っていく美琴。千鶴達は見送りながら、各員がもたらされた情報を咀嚼した後、ある意味で特別なんだな、と武の方を見た。

 

「ま、甲斐性だけはあるかもしれないけど」

 

「実務年数と功績で言えば、ね。……つまりは、どいつもこいつもバッチ来い?」

 

「誰がだ!? つーか彩峰、今日はいつになく辛辣だけど……ひょっとして焼きそばパンに辛子マヨネーズは?」

 

「邪道ならぬ外道。白銀じゃなかったら、鼻の穴にツッコんでた」

 

「……ミルキィ+1で」

 

「なんでだっ?!」

 

「なんでって……へー、白銀ってそういう奴だったんだ」

 

素で驚く武に、美崎が新発見だと笑う。どうしてなんだと慌てて問い詰めるも、純夏は梨のつぶて。そうして騒いでいる一団を見つけた、別の一団があった。

 

「―――へえ? いつも通りと言えばそうなんだけど」

 

「げっ、速瀬大尉!?」

 

「誰が“げ”よ、誰が」

 

「出会ったらそう言えと宗像中尉から教わりまして」

 

「あんのエセクール系が……!」

 

「漏れてる漏れてる水月、漏れちゃいけないものが」

 

「うーん、そうかな? 水月らしくて平常運転だと思うけど、ね、孝之くん」

 

笑顔で毒を吐いたのは、涼宮遥。答えた鳴海孝之は頷けず、横に居た平慎二がため息をついた。

 

「ほら、こんな場所でじゃれ合ってないで。それじゃ、そっちはそっちで楽しめよ白銀―――と茜ちゃん」

 

「え?」

 

驚く茜に、平は無言でブロックサインを出した。今日、二人はキめるつもりだと。そこで武達は気づいた。疲労を通り越して涅槃に旅立つんじゃないか、と思わせる顔色をした平慎二という漢を。その後に出来たことは、敬礼だけ。奇しくも日が昇る場所に立ち去っていった男の背中を、全員が脳裏に刻んでいた。

 

「というか、柊町出身者は濃い者以外いないのか」

 

「考えないで、信太。気のせいだから……ん?」

 

答えた美崎は、少し離れた場所で揉め事が起こっていると、顔をしかめた。

 

「あ、本当だ。小さい子、というか女性が男に言い寄られて、る……?」

 

信太は光景を見て、言い淀んだ。傍目に見ればそうとも取れるが、微妙に違うような気がしたからだ。確かに、軍人らしい体格をした男が女性に膝まづいている。だが、聞こえてくるのは感涙と感謝の言葉ばかり。近づいてみると、甲21号作戦で活躍したらしい女性に、心臓まで捧げるのではないかという感謝の言葉を述べている男だということが分かった。

 

「本当に……ありがとうございます。あそこであの途轍もない援護射撃が無かったら、どうなっていたことかと」

 

「あ、いえ、でも私は上官の命令に従っただけだから」

 

「いいえ! 誤射もなく、見事な一掃で……俺、あれだけ感激したことはありません!」

「そう……貴方の故郷だものね。でも、全員で取り戻したのよ。貴方も、絶対に」

 

小柄な女性の言葉に、男は感激していた。容貌通りではなく、貫禄があり泰然とした声だった。ああいう人も居るんだな、と感心する信太と美崎だが、ふと隣を見て驚いた。渋柿を1ダース一気食いをしたのではないか、というぐらいに渋い顔をした武の姿があったからだ。

 

「つーか、なんで? 変な顔を……いや、22歳ぐらいに見える………見える………うーん、ちょっと」

 

「え? あ、そういえば……でも見えなくもないというか」

 

「可愛い系で俺は好きだごばらっしゃあっ?!」

 

迂闊な言葉を発した信太が武のアイアンクローを食らった。神速もかくやという勢いで鼻まで覆われ、聞くも酷い悲鳴が響き渡った。

 

「二度は言わないし言いたくないけど―――俺の母さん。オッケー?」

 

「お、オッケー」

 

「え? ……いや、冗談でしょ?」

 

何歳で生んだのかは分からないけど、ちょっとあり得ないというか。真実を前に現実逃避をしたくなった美崎の言葉に、武は無言の笑顔を返した。

 

それだけで全てを悟った美崎が、誤魔化すように視線を移し、そこで見た。慌てて駆け寄ってくる和服美人の姿を。

 

光様、と慌てて声をかける様子だけではない、一つ一つの仕草が一般の出身の者達とは一線を画していた。整えられた黒髪に、柔和な面持ちに身体。少し憂いを帯びた和風美人か、と美崎は分析した直後に、彼女の表情が一変したことに気づき、息を飲んだ。そのあまりに輝かしくも色気を感じる表情に。

 

「あ―――武様? お久しぶり、とまではいきませんが」

 

「こちらこそ。雨音さんも、元気そうで良かった」

 

「ええ。付き添いとして光様を取ってしまい、申し訳ありませんが」

 

「母さん曰く悲願だったらしいし。そういえば、日々来さんも?」

 

「午後になるそうですが。色々とお忙しいらしく、無断で招待しましたが」

 

「全然オッケーっす。俺も会いたかったし……京都以来だから、何年ぶりかな」

 

喜ぶ武を置いて、信太達は色々と情報交換をしていた。美崎が思わずと、純夏と千鶴達に尋ねた。

 

「あの色っぽい推定武家の方はどちら様? 品があるにも程があるんだけど」

 

「あー、その、ね? 言っても……あ、良い?」

 

純夏は千鶴のアイコンタクトを受けて、答えた。

 

―――斯衛第十六大隊の副隊長である風守雨音さんだと。

 

「じゅっ……じゅっ、じゅっ?!」

 

「あ、なんか美崎さんが水に付けられたフライパンのように」

 

「萎縮もするわ! え、本当に!?」

 

頷く純夏に、二人は絶句した。斯衛最強、護国の最精鋭、救国の戦士。この国における最高峰の衛士達で、ここ数年の戦いの中で活躍した功績が五指に収まるであろう、帝国の誇りだ。隔絶したビッグネームに、二人は硬直し。

 

直後、あることに気がついた美崎は純夏達に尋ねた。

 

「ひょっとして、白銀の母親は……」

 

「うん。今は白銀光さんだけど、ちょっと前までは風守光さん?」

 

二人は更に絶句し、顔色を失った。ひょっとしたら色々と多大な迷惑というか命さえ、という行為をした息子の母親が、まさかの古豪たる―――と表現するにはあまりにも小さく可愛く見えたが―――大陸派兵の斯衛に選抜された、かの女傑。

 

許容量を超え始めて、及び腰になった二人は顔を見合わせた。でも、純夏がいればきっとなんとかなりそう、というかそこまで酷い目には合わないのではないかとアイコンタクトで意思疎通をした後、深呼吸をした。

 

息を吸って吐いて、吸って吐いて。酸素を身体に巡らせて、精神の安定を図る二人。

 

―――その直後、思惑は根幹から破壊された訳だが。

 

 

「久しいな、純夏……慧、千鶴」

 

「こっちこそ、明けましておめでとう。顔色が悪いけど、忙しかったのね」

 

「お互い様だ……純夏は何時もと変わりなさそうで、安心したぞ」

 

「元気だけが取り柄だってタケルちゃんにも褒められたからね! ……うん? 

あれ、でもひょっとしてバカにされてる?」

 

「否だ。少なくとも私は感謝しているゆえ」

 

美麗な面持ちから発せられる凛とした声は、まるで美しい鈴鳴りのよう。それ以上に、発せられる存在感が、彼女の出自を示していた。

 

瓜二つの顔ではない、感じるだけではない、耳目肌の全てで見入ってしまう青色の髪の女性の登場に、信太と美崎は震える声で尋ねた。

 

「ひょ、ひょ、ひょっとして―――こ、煌武院の」

 

「殿下の、妹君の―――冥夜様?」

 

問いかけられた言葉に、冥夜はいかにもと頷き。

 

 

何事もないように「無礼講だ」と告げられた二人は、「いや無理っス」と声を合わせて頭を下げた。

 

 

 

 

 

 


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