Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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後日談の6-1.8 : リヨンハイヴ攻略作戦(1.8)

持ち主が消えた家は古ぼけていく。誰かの手入れがされていなければ、止めようもない。ずっと昔に捨てられて朽ちた廃屋の奥に武達は集まっていた。

 

「……つまり、だ。恭順派を筆頭とした組織は、内部分裂状態にあると?」

 

「ええ。貴方の演説が切欠だったと聞いているわ」

 

顔をしかめる武に対し、グレーテル・イェッケルンは語った。テロリズムの仲間を募るには、同じ目的を共有できる同志を得るのが一番であると。3年前まで、東欧州を筆頭としたBETAに故郷を奪われた者達の共通する敵は、大きく2つ。人類の宿敵となったBETA、そして米国だった。

 

「けれどもBETAはオリジナル・ハイヴを失った。米国はCIA局長の首をすげ替えると共に、内部の掃除を始めた。国内にある隙間に入ろうとする虫の駆除をするために」

 

そしてキリスト教恭順主義派は、共通する敵を失った結果、求心力を失った。皮肉なものだと、グレーテルはため息と共に告げた。

 

(演説を聞いて、自分のしている行為を恥じる者が出た、というのは想像に過ぎないけれど)

 

テロを行う者全てが、使命に酔っている訳ではない。中には必要にかられて、と自分に言い訳をしている者もいる。扇動する誰かに責任を負わせて、酔っぱらいのように後に続いていく。

 

100%ではないだろう、10%程度かもしれない、それでも酔いを覚ますには充分な言葉だった。何よりも作戦が成功に終わったことは無視できない。

 

テロ組織にとっては、たまったものではないだろう。急に新しい派閥が出来たようなものだ。あるいは、組織の根底を揺るがす裏切り者が出た可能性もある。

 

一方で、混乱の元凶である武は『そんなことを言われてもな』と肩を竦めながら反撃に出た。

 

「色々あって、その、なんだ。組織の組織たらしめるものが失われた訳だ。恭順派の中核に居たマスターは、たまったものじゃなかっただろうな」

 

「……ええ、そうかもしれないわね……いいえ、この際だわ。この状況下において、まだるっこしい駆け引きは害にしかならない。そうよね?」

 

「情報が共有できるのは大きいと思っています。可能であれば協力しあえるかもしれない――あくまで、国益のためであれば」

 

グレーテルはもっともだと頷いた。そして、武の左右に控えている二人の屈強な護衛―――シルヴィオとレンツォを見ながら、単刀直入に告げた。恭順派の中核であるマスターの正体について。

 

「実際の所、心当たりはあるのでしょう? いえ、素性まで把握しているのでしょうね。なにせ、名前まで突き止めているそうだから」

 

グレーテルはシルヴィオから接触を受ける際に聞かされていた。自分の周辺に怪しい人物が彷徨いていること、情報交換の場を設けることを受け入れる理由だった。顔役とはいえ、自分の所属する先の力は横浜や日本のそれに遠く及ばない。苦境続きの現状を変えるために、と挑んだグレーテルに対し、武は入手している情報を語り始めた。

 

「これは世間話なんですがね。昔、東ドイツに第666戦術機中隊という部隊があったそうです。その中に、ある赤毛の衛士が居たそうで」

 

武の言葉に、グレーテルは頷きを返した。欠片たりとも、心を乱さずに。

 

光線級吶喊(レーザーヤークト)。未だにドイツ語で言われているほど、偉大な功績を残した……実際に戦術を構築した英雄部隊。その中核を担ったのはアイリスディーナ・ベルンハルトという衛士と聞いていますが……尊敬していますよ。後世に轟くほど、作戦を成功させた部隊そのものに対して」

 

光線級の排除は衛士の花形だ。要撃級や戦車級のゆうに千倍には匹敵する戦果だろう。それを成し得る戦術を戦友達の血と汗と肉片を供物にして構築し続けた部隊の功績は、ただ戦死した兵士万倍にも匹敵することを武は知っていた。

 

だから武は会談に応じた。リヨンハイヴ攻略戦という欧州の大望、万全で応じるのが礼儀と言える。少々だが怪我を負った、その調整をという建前に突っぱねても良かったが、尊敬する部隊の話であるから武は場を用意した。聞きたいことがあったが故に。

 

「―――テオドール・エーベルバッハ。最終階級は中尉」

 

「っ」

 

不意を突いての、一言。グレーテルの息を飲む音をを聞きながら、武はダメ押しを告げた。

 

「第666戦術機中隊に所属していた彼は、新任の少女を気にかけていたそうです。名前は―――カティア・ヴァルトハイムとか」

 

言い終わるや否や、がたりと音を立ててグレーテルは立ち上がった。眼前の武は動かない。その様子を見て、グレーテルは顔をしかめた。

 

額に汗は出ていないが、背筋は冷や汗でいっぱいだ。慎重に、グレーテルは尋ねた。

 

「そこまで分かっているのなら……横浜としては、何が狙いなのかしら? いえ、この欧州の地で何を欲しているのか、ぜひとも聞かせてもらいたいわね」

 

「昔からずっと変わりませんよ。俺もそうですが、横浜基地の……夕呼先生の目標はBETAを、ハイヴを崩すこと、ただ一つだけです」

 

だからこそリヨン・ハイヴに専念したい、というのが現場を任されている武の本音だった。昨日に接敵した諜報員に思考を割くことさえ勿体ないと思っていた。ましてや殺されかけるなど。

 

欧州国家の夢であるリヨン・ハイヴ攻略の実行に向けた各国間での意見交換や政治的駆け引きはほぼ完了している。ここで重要人物である誰かが殺され、各国の足並みが乱れるのは絶対に阻止したいというのが横浜基地の総意であり、日本帝国政府の意志だった。

 

「だから……少し席を外します。シルヴィオ、こっちに」

 

武はシルヴィオを呼び寄せ、グレーテルに聞こえない所まで移動すると、内緒話を始めた。

 

『ぶっちゃけ、グレーテルさん自身はテロ組織とは無関係なんだよな?』

 

『ああ、調査済みだ。潔白も潔白な苦労人でしかない。ただ、かつて……内乱の時期に戦友であり、それなりに深い仲だったらしいテオドール(マスター)との関係は浅いものではないというのが分析班の意見だ。……それよりも、カティア・ヴァルトハイムとは誰だ? こっちも初耳なんだが』

 

『俺も知らん。つーかさっき分かった』

 

『……おォい?』

 

シルヴィオは顔をひきつらせた。武はどっかの世界で『アメリカなんてぶっ潰そうぜ』をモットーにテロリストにまでなった別の白銀武が悪い、と責任転嫁した。

 

過酷になっていく戦況の最中、謀殺された恋人の敵討ちだと米国に挑んだ。その道中に、同じ目的を共にする同志の一人としてテオドール・エーベルバッハと出会った。同じような過去を持っていた二人は、それなりに親しい間柄になった。だが、全てを打ち明けるほどではない。平行世界の記憶の内容は、酒の席でテオドールがカティアなる少女との出逢いと、アイリスディーナという目標だった女性との別れを語ったものだった。

 

『いや、マジで。話の途中で記憶が浮かんできたんだよ』

 

『……まあ、いい。いや良くはないが、イニシアチブという点では有効だからな』

 

シルヴィオが頷いた通り、その後の話の主導権は武が握ることになった。再び対談の席に戻った武は、目下の所で一番に爆発して欲しくない地雷について語った。

 

人間とBETAの()()()()という狂った人間の産物――βブリッド。かつてシルヴィオを半死半生に追い込み、レンツォを行方不明にした元凶。それらの研究を進める組織が、欧州と米国、南米に散らばっていることについて、概略だけを説明した。幸い、先の偶発戦で新しい資料も入手できていた。

 

武から概要を告げられたグレーテルは沈痛な面持ちで、唇を噛み締めた。BETAの外見よりも更に醜く、冒涜的な外見が映っている写真を見ただけではない、東欧州社会主義同盟の重鎮の一人が関わっていることに気がついたからだ。それまでに入手していた動向、裏で動いている組織など、収集した情報を元に聡明な彼女は気が付きたくない所まで察してしまっていた。

 

武達は、その点について責めるつもりはなかった。元東ドイツの人間は祖国を失ってからずっと、西側よりも苦難を強いられてきた。辛く苦しい環境に置かれれば、どうしたって楽な方向へ傾いてしまうのが人間である。とはいえ、罪は罪だ。

 

グレーテルはこの人物の身柄を押さえることと、再来週の作戦の邪魔をする人間についての情報を公開し始めた。

 

リヨンに刺さった化物の棘、H12:リヨン・ハイヴ。かの建造物を根こそぎ取り除くことを欧州の誰もが望んでいる。とはいえ、破滅願望の持ち主や、BETAによる人類抹消が神の慈悲であると本気で信じている者達はゼロだと考えるのは楽観的に過ぎた。

 

そんな白いカラスを探すと同時に、悪魔の研究に魅入られた愚物と、欧州の復興を望まない外部勢力の動きも潰さなければならないのだから、たまったものではない。グレーテルは重なっていく疲労感に追われ、知らない内にため息を零していた。

 

この期に及んでも欧州内で牽制しあわなければならないとは、かつての秘密警察組織国家保安省(シュタージ)との戦いを思い出す。

 

それでも、とグレーテルは両手を強く握った。あの時も、そこから今に繋がっていく時間の全て、まるで地獄の釜の底の底で煮詰められているようだった。歩いている道中に血を、肉を、散らして死んでいった者達がいる。グレーテルは彼らの生き様、死に様を忘れたことはない。故に、あの時に自分に誓ったものを嘘にしないために。グレーテルは横浜に全面的に協力すると返答し、テオドールから託された情報を武達に公開した。

 

「な……!」

 

武が絶句し、シルヴィオとレンツォが小さく頷いた。一枚上だな、と苦笑を零しながら。

 

長く苦しめられた東の人々は時間と共に削れていったが、中には負けじと絆が深まった者が居る。厳しい状況下で鍛えられた諜報員も、腕利きが揃っている。グレーテルはテオドール自身から託された情報を元に諜報員を奔らせ、()()()()()()()を抱えている組織の精査を既に終えていた。

 

「恭順派の一部と、過激派が手を組んで……これは、CIA前局長の派閥か」

 

「欧州はまだまだ混乱の最中、米国よりも官憲の網は緩い……とはいっても、これは……!」

 

同じ米国の諜報機関とバッティングも、内部告発も起き難い。理屈では分かっている。だが、欧州がこれからだという時に。シルヴィオは武に目配せをし、武も頷きを返した。

 

「取引に応じよう。一刻も早い排除が必要だ」

 

「……助かるわ」

 

グレーテルの言葉に、武達はお互い様だと頷いた。

 

どちらも、明言はしなかった。

 

シルヴィオとレンツォは恭順派について、活動の度が過ぎていることから、既に統治者を失っている事と、暴走状態にあることを見抜いていた。今までの建前を放り捨てているのが証拠だった。恐らくは、恭順派で内部抗争が起きている。そして、統治者であるテオドール自身が危うい状況にあるか、既に裏切りを受け、死亡したか、軽くはない手傷を負った上で誰かに匿われている所まで推測していた。

 

グレーテルは見抜かれていることを承知の上で、明言はしなかった。過激派との共同での裏切りにあい、瀕死の重症を負っているテオドールを匿っていること。告げれば、相手も退けないだろうと察していた。代わりとして、彼からもたらされた貴重極まる情報を横浜に渡し、暗に告げるだけにとどめた。『口止め料の代わりとして、功績は持っていけ』と。

 

だが、現場の人間としては思う所があるだろう。そう考えたシルヴィオは武を見た。ユーコンでテロを仕組んだテオドールのことを、更に追求するのか。シルヴィオの言外の質問に、武はため息と共に答えた。

 

「今は“手”が欲しい。それが正直な所だ。各国のハイヴを攻略した後にやってくる混乱に向けて、動ける人間はいくら居ても困らない」

 

人員の確保が急務だったと、武は抱えているものを正直に話した。収集したβブリッドの情報について、一部目を疑う内容まで入ってきているからだ。

 

悍ましい研究が半ば暴走状態にあるという、度し難い状況が齎すものを、日本と横浜は畏れている。BETAが大敵であることは変わらないが、最悪の場合、対人間―――更に悪ければ対()人間になる可能性まであるからだ。

 

欲深い人間が生み出した禁忌の存在は今も止められない場所で増え続けている。彼らが爆発した時にどこまで騒乱の炎が広がっていくか、未だに読み切れていない。目下の所で横浜と帝国の最大の悩みであるβブリッド問題を解消するために欧州からの協力を引っ張ってくる、というのが夕呼から課せられた、武達の裏の任務だった。

 

「罪には罰を、が道理だ………だが、罰が死である必要はない」

 

シルヴィオは思う。命には命で報いるのが相応しいといった理屈は、人間の感傷と主観的な意見に基づくものだ。死者が罪人に何を望んでいるのか、本当の所で理解できる人間など存在しない。刑罰は残された生者のみによって組み上げられる。

 

「陳腐な物言いをすれば、死んだ人間が守りたかったものに報いるために、という所になるか」

 

「固く考えすぎた、シルヴィオ。罪云々は俺がどうこう言えたもんじゃないしな」

 

レンツォは肩を竦めた。武も同意し、頷きを返した。自分の目的や任務のために殺してしまった者、作戦を盾にして意図的に見捨てた者など、自分が喪わせた命を数えていけば大差はない。

 

いつか、自分たちは地獄で責め苦を負うだろう。その時、執行者に対して言い訳の一つでも確保するためにと、レンツォは軽快に笑って締めくくった。

 

「―――取り敢えずはリヨン。その次は、また次だ」

 

「……楽観的ね。私は落ち目の組織の人間よ? 私欲で裏切らないっていう根拠でもあるのかしら」

 

グレーテルは訝しんだ。協力とはいえ、泥舟に乗るつもりはなかったからだ。何の証拠も提示できなければ、汚名を被ってでも。そう考えていたグレーテルに、武は即答した。

 

「ねーよ。自分のためだけに生きてるなら、もっと良い格好をしてるだろ」

 

武はグレーテルの目を見て、断言した。服は整っている、だが軍服があまりに様になり過ぎている。かつての夕呼と同じく、髪や肌の手入れはされているが、積み重なる精神的疲労に追いついていない。それほどまでに、全身から疲労感が漂っているようだった。

 

だが、背筋はピンと伸びている。何より、目が違った。例え斬られようが、撃たれようが諦めはしない、死ぬまで生き足掻いてやる。そういう顔をした人間だけは間違えないと、武は手を差し出した。

 

「……女ったらしね。イタリア人も顔負けかしら?」

 

「その点については負けねえよ、と言いたい所だがちょっとスケールが違うな。こいつレベルになると勝ちたくもないが」

 

「それでも、悪い意味での女泣かせでは………いや、どうだったかな」

 

「つまりは、どこぞの赤毛の同類ね。理解したわ」

 

ウルスラが聞いたらなんて思うかしら、と呟いたグレーテルは過去の光景を思い出していた。まだ第666戦術機中隊があった昔、本当にほんの少しだけど流れていた、希望の香りが漂う空間を。国土をBETAに蹂躙されて散り散りになってからずっと、忘れていた笑顔をグレーテルは浮かべていた。

 

手を握り返した後、「過労死仲間ゲット」と武とシルヴィオが呟くと、グレーテルの笑顔は素敵に引きつったものに変わったが。

 

(―――裏はこれでオッケー。あとはシルヴィオ達に任せるか)

 

呟いた武は、背の荷を一つ降ろせたと安堵のため息をついた。家族のような戦友達と約束したリヨン攻略に向けて、やれることは全てやるつもりだった。

 

残るは、ハイヴ突入部隊や残留部隊の衛士と打ち合わせ、共同での連携を上手くやれるように訓練を重ねるだけ。そして、新たに降って湧いた問題も、と武は内心で頭を抱えていた。

 

(まさか、二手に分かれていたなんて)

 

βブリッドの研究について、告発しようとしていた諜報員が二人。ルナテレジアに余計な情報をもたらした者とは別に、ベルナデットの方にも逃亡した諜報員が行っていた事と、一部の情報が漏れてしまったという報告を受けた武は、遠い目をしていた。

 

(―――説明。したくないけど、する必要があるんだろうな)

 

よりにもよっての、ツェルベルスと虎の如き彼女。横浜に連絡を取り、説明その他抑え込める人員の手配を要請したが、返ってきたのは『無理』の一言だけ。適任が居ないと告げられた武は、反論できないまま現場での判断を任されていた。

 

貴族らしく気高い女性が二人、それも普通ではなく癖がある女傑に対してどう説明すれば丸く収まるのか。皆目分からない武は、翌日に予定されている約束を前に、気が重くなっていた。

 

(普通に説明するだけじゃ絶対に無理だし………決めた。うん、その場の勢いで乗り切ろう)

 

この手に限る、と半ば自棄糞の武は、取り敢えず樹を巻き込んどこう、と乾いた笑いを零していた。

 

 

 


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