Muv-Luv Alternative ~take back the sky~ 作:◯岳◯
『斉御司宗達』
第二次クーデターから人類内乱といった、激動の時代を最後まで生き抜いた。
第一子の男子は斉御司家の跡継ぎに、第二子の赤髪の女児は斯衛に縛られず好きに生きよと育てた。
後世で正妻に生殖能力が無い事が分かり物議の種に。赤髪と容姿から九條の名前が上がるも、歴史家の間で結論は出ていない。
『華山院穂乃果』
常に斉御司家の傍役として在った。
第二次クーデターによる負傷で引退するまで、対BETA決戦から人類内乱まで、主君である宗達の隣にはいつも彼女が居た。
引退後は一児を設ける。相手は公表されていないが、後世の研究科は水無瀬家の寵児であるという論が有力になっている。
『九條炯子』
九條の烈火として斯衛が必要とされる戦場では、必ず先頭に立ったという。
生涯独身を貫き、家の跡継ぎは甥に譲る。斯衛内の反乱分子が関与した第二次クーデターの際に鎮圧部隊に、その時の負傷が原因で引退。
部下の前で「これでようやく娘にゲフンゲフン」と零した言葉は冗談なのかマジなのか、今も物議を醸している。
『水無瀬颯太』
九條の一番槍として戦場で活躍、斯衛専用の戦術機用短槍の開発に関与、多方面で才能を見せた。
五摂家を除く斯衛最強議論では常に5指内に数えられた。
在任中に1児を設ける。彼の一番弟子である磐田家の鬼子曰く「師匠は食人花と
『陸奥武蔵』
斯衛最強の第16大隊の副隊長として活躍。
第二次クーデターの時は颯太と共に先頭で、反乱分子を徹底的に叩いた。
38才の時、20才年下の部下と結婚、2児の父に。
クーデターの生き残りによるテロで妻子を庇って重傷を負い、引退。斑鳩崇継の信頼厚い衛士として尊敬を集めた。
『相模雄一郎』
第16大隊の衛士として活躍、後に陸奥の跡を継いで副隊長に。
経験を重ねるごとにずば抜けた成長をしていたため、反対の声はなかった。
第16大隊の衛士として各地で活躍、大きな傷もなく引退し、後に隊の教導官へ。
姉さん女房には尻に敷かれ続けたが、本人はむしろ望む所だったので、最後の時までずっと幸せだった。
『吉倉藍乃』
第16大隊の青鬼と恐れられるも、妊娠時に引退。
弓術と射撃をかけ合わせた教導用の本を執筆、斯衛内に広く伝わった。
父の無念を晴らした上に、愛しい幼馴染と結ばれて幸せな生活を送る。
本人曰く「あの種馬に1回でもいいから勝って、朱莉の代りに顔に一発入れたかった無念」とのこと。
『磐田朱莉』
16大隊の赤鬼として第三中隊を率いた。
武家男子に口説かれるも、夫は護国の戦場としているから、と拒否。
ただ、一部にはバレバレだったという。
休暇の前日には見るからにアホになっていたとか。
父は未公表、一児の母に。磐田の鬼子と呼ばれた子は人類内乱で活躍、奇天烈な行動で清十郎の胃を痛め続けた。
『真壁清十郎』
リヨン攻略後、イルフリーデに告白するも撃墜。フラれた。
意気消沈から復活後、独身を貫くと宣言するも8年後の欧州動乱で派遣軍に立候補。
ツェルベルス第2中隊を率いていたイルフリーデを間一髪で救出。
功績や時勢やらで周囲の後押しや理解が得られるようになり、翌年に結婚。
鬼子の後片付けに奔走する清十郎の姿は第16大隊の日常となった。
『真壁介六郎』
16大隊の副隊長、斑鳩の懐刀として活躍した。
裏の仕事も多く、妻子は隙になるからと独身のまま崇継に忠誠を尽くした。
が、成長した崇継の次女に色々と画策され、22歳差のカップルに。
陸奥は「負けたよ」武は「流石の俺でも、あ、いや……」
崇継は「そうだったのか」と。
介六郎にも気づかれないよう見事に外堀を埋め、電撃攻勢を仕掛けた次女の(無駄な)有能さを前に「流石は崇継様の子だな」と遠い目をするも、震えている小さい肩を見て覚悟を決めた。
報告を受けた清十郎は硬直し、卒倒。
しばらく後、帝都の公園では仲良く犬の散歩をする真壁夫婦の姿が見られたとか。
※補足
介六郎について、裏仕事は公表できない、勇猛ぶりは陸奥に一歩劣るという印象のせいで他武家や崇継の臣下から贔屓だの小判鮫だの陰口を言われ続けた。
本人は涼しい顔をしていたが、その仕事の難易度と重責、どれだけ辛いかを知っていた次女は奔走、臣下への理解を得ようとするも「余計な真似です」と介さん本人に逆に怒られたことで、完全に惚れたという裏背景あり。
『斑鳩崇継』
オリジナルハイヴ攻略後、間もなくして結婚。二女に恵まれる。
妻はおっとりとした菩薩のような人。斯衛の代表として、前時代の負の遺産を徹底的に排除するため動く。
第二次クーデターで老斯衛の一党を参加するように仕向けた。後世に残った記録から血も涙もない人物のように扱われていたが真壁家や風守家と、かの白銀家の記述から、表と裏はあるが概ね愉快な人だったのではないか、という見方も。
戦後、白銀光の二児(例の種馬の妹こと白銀楓)が斯衛に入った際には、厚く可愛がったとか何とか。
『風守雨音』
第16大隊の衛士として、縁の下の力持ちとして引退まで大きな怪我もなく務めた。
本来の身体的な才能・素養は図抜けていたらしく、個人戦では介六郎を圧倒するまでに至った。
一男一女に恵まれる。相手は白で銀のアイツ。
隊内での人気は凄まじく、あの人をかっさらっていった例のあの野郎に24人の連盟で模擬戦を挑むも玉砕。
その勝負は激戦中の激戦となり、覚醒した衛士達が奇跡的な機動戦術と連携戦闘を見せたこともあり、その映像記録は名勝負数え歌として後世にまで残った。
発端を調べると、男女で反応が別れたとか何とか。
出産後の色気は凄まじく、たまの休み明けには、第16大隊でも前かがみになる男性陣がいたとかいないとか。
『白銀光(風守光)』
オリジナルハイヴ攻略後、後進のために復帰し、数年で自分の経験の全てを第16大隊に叩き込んだ後、引退した。
引退して間もなく出産。外見詐欺の異名の通りに、高齢出産だったが母子ともに無事だった。
影行の妻として、開発に関連業務に勤しむ夫と、やべえ数になった孫の育児のフォローに努めた。産まれた娘の名前は白銀楓と名付けられた。
娘(妹)をとにかく甘やかす影行と武をしばき上げ、教育母の姿を見せた。
楓は兄に対してのみ、将来的にはちょっと反抗期を見せるとか。
将を射んと欲すれば先ず馬を射よ理論で軍事的玉の輿を狙う女性陣に集られるも、それを守る妻陣。相手が悪かった。影行の死の翌週に老衰で死亡。最後まで幸せそうな顔で逝った。
『篁唯依』
オリジナルハイヴ攻略後、崇宰本家の名代として5年間家臣団をまとめる。後に崇宰本家の血縁に任せて、本人は篁家の当主として祐唯の跡を継ぐ。
一男一女の母となる。老派閥(崇継達よりも上の世代の派閥)は篁の力を狙っていたため、夫について調査を始める。少し後にクーデターが勃発。
唯依の夫に対する調査員もマークされていたため、全員が消された。
色々な心労が祟った母・栴納は3年後に他界。
翌年、祐唯とユウヤの面会のために奔走。色々な心労が祟り倒れそうになるも、親友の上総のフォロー、武の頻繁な面会もあり復帰。
父とユウヤ、ミラ、ハイネマンと共同し、次世代戦術機の開発に身命を賭した。
国連軍と親交厚い斯衛の1人としてよく取り上げられ、重宝された。
本人も斯衛には異例と言える頻度で横浜基地に共同訓練に赴いたという記録が残っている。
噂では幼い頃に生き別れた兄とその妻、娘に会っていたという話もあるが、誰も信じることはなかった。
恭子と同期達の毎年の墓参りは、どんなに忙しくても欠かすことはなかった。
『篁祐唯』
稀代の戦術機開発者として、後世にまで語り継がれた。
特にハイヴ攻略と災害復興の両面で八面六臂の活躍をした小型戦術機「須久那」と、第四世代の戦術機「月輪」の開発者として有名。後の世代の基幹技術に関する論文もあったことから、開発の神として尊敬された。
妻の死後、ユウヤと初の対面をする。
なおユウヤは丸くなっていたため助走をつけたラリアットで済まされた模様。
月輪の開発と第五世代の構想にはミラ、ハイネマン、ユウヤ、唯依も参加。ミラ達は本来なら会うつもりはなかったが内乱で疲弊した人類がやべー状況になり、いやマジでそういうのいいから、という世論に圧され共同での開発を余儀なくされたのが理由。
「とにかくはよ、開発はよ」という現場の声に開発陣全員が過労死寸前を強いられ、冗談ではないレベルの死線を共にしたお陰か、一部で和解。
妻・栴納のこともあり自ら会うことはなかったが、それなりに顔を合わせた。なお、ユウヤはやっぱり最後まで父親とは呼ばなかったとか。
『山城上総』
父の会社を引き継ぎ、外資を集める企業として帝国に重宝された。
開発は随一だが根回し等に弱い篁の家を助け、後に共生する関係になった。
成金武家と厭われるも、最後まで女傑と呼ばれた本人は素知らぬ顔のままだった。
唯依と一緒に、毎年ある日に京都の墓参りに行く姿が何度も目撃されている。
唯依に遅れるものの、一女に恵まれた。
相手が誰か、傘下の会社の一部が無断で調査に乗り出すも、国連軍の誰かという所までしか分からなかったという。
唯依の死後、子供たちの後見人の1人として名乗り出て、大いに子供たちを助けた。
唯依の死の前日、二人は手を合わせて、斯衛の衛士学校で教わったあの言葉を告げあったという。
『月詠真耶』
真那と共に煌武院の傍役として、生涯現役を貫いた。
一男の母となり、息子ともども煌武院の跡継ぎの盾となり矛となり、悠陽と冥夜を公私共に支え続けた。
悠陽と冥夜の子供達には厳しい教育者として畏怖されるも、もう1人の母として慕われ、その死の際は悠陽の子供たちや、冥夜の息子が大いに泣いたという。
『月詠真那』
真耶と同じく傍役として生きて、子供は二女に恵まれた。
人類内乱の際に大陸に派遣、国連軍の英雄を守るために重傷を負い、一命を取り留めるも引退。
その後は煌武院の傍役として、座学上の教師として生涯を生きた。
真耶とは羨み、羨まれの関係で、死ぬその時まで好敵手として意識していた。
『煌武院悠陽』
BETA大戦と人類内乱、月面ハイヴの攻略という人類の窮地・責務の中で日本を守り、導き続けた女神として後世まで語り継がれた。
一部の者が「現人神だったのではないか」という学説を真面目に提唱するほど。
第一次、第二次クーデター、BETAの帝都・横浜侵攻などの日本始まって以来の窮地を劇的に救い続けた功績は、それほどまでに大きかった。
カシュガル攻略の20年後、政威大将軍の職を辞す時に、反対の票(独自に行われたもの)の数が国民の6割にまで至った。
だが、悠陽自身の演説「いつかの私のように、若い者達を見守って上げて下さい。私達の時と同じように、これから昇らんとする輝かしい次世代の希望を信じなければ未来は訪れないのです」という言葉で事態は収束した。
二女に恵まれるも、出産時は公表されず。妊娠の時期は冥夜に協力してもらった(逆もまた同じ)。
一種、女神のように神聖視されていたため、世継ぎを望む声は少なかった。
煌武院内部ではかなりの論争が起こったが、冥夜を担ぎ出そうとしていた反・煌武院勢力は事前に斯衛の暗部総動員で片付けられていた
公的な立場を退いた後は、娘を筆頭とした、後進の五摂家の教育に専念した。
将軍としての現役時代、引退後を含め、武と二人だけの時間を過ごせた日は両手両足だけで事足りる。それでも数少ないからこそ、その時間は自分だけの掛け替えのない、何より最高な宝物だと誇り、武の他の嫁に自慢していた。
武の嫁としての態度は凛々しく美しい指導者としてのそれではなく、人をからかう癖のあるお茶目な女性そのもの。幼少時に実際に会ったことのある腹違いの子供たちは「変装&サングラスで現れるあの女性は誰なんだろう」と論争、正体を知った全員が卒倒したとか。
人類内乱と夕呼誘拐の事件、サーシャの逝去が重なることで潰れそうになった武を支え、他の嫁達には出来ない立場から一喝して、正気の道へと復帰させた。そのため、他の妻たちは悠陽にだけは頭が上がらなかったという。
公表できない関係についてどう思うのか。ある者に尋ねられた悠陽はこう答えた。「彼は国に住まう人を守るために戦い、私は人が住まう国を守るために戦い続けます。誰に言われずとも。共に在ろうというその絆があれば、形式など装飾品以上の価値はありません」と。
でもやっぱり結婚式はしたかった模様。
だが、歴史には出ない想いが残っている。
もしも叶うなら、戦争のない、何の悔いもなく笑い合える世界で二人、永遠の愛を誓い合えるのなら。今際の際で枕元にたった1人、武だけが居る場所で言おうとした悠陽は、言葉にしないまま逝った。そうなればきっと私達で愛した武の子供達とも会えないだろうから、と迷いのない、幸せな笑顔だった。
『煌武院冥夜(御剣冥夜)』
悠陽の下で煌武院の武の管轄を取り仕切る。政治は悠陽に任せたが、武との共同での煌武院内の反悠陽派を釣り出すことに協力。
大部分を取り込むことに成功したが、一部がクーデター派と合流。間一髪で冥夜自身が説き伏せることでクーデターに参加することはなかった。
オリジナルハイヴ攻略後から人類内乱まで、混迷の時期を乗り切れたのは悠陽だけではなく冥夜の存在も大きかった。
207の同期達と協力することで政府、陸軍、国連、諜報の間での意識の齟齬を潰しつつ共同歩調を取れるようになったのは、実直な冥夜の存在があってこそ、と後年の悠陽は語っている。
一男に恵まれる。妊娠時は悠陽と同じく、互いを影武者として利用していた。双子だからと引き離されたことへの、本人達なりの意趣返しだった模様。影武者関連の主犯は、もちろん悠陽。
武とくっついたのは大陸派兵の後。人類どうしで殺し合う凄惨かつ無意味な戦場は、後年まで彼女の心を大きく傷つけることになった。
無意味かつ明日の見えない戦争には慣れっこ(本人曰く「こんなもんに断じて慣れたくねえ」)だった武が冥夜や大陸の惨状を知らない世代をフォロー、奮起させ、不利な戦況を覆したことによって惚れ直した模様。紫の武御雷の重さ、倒れられないという覚悟を背中から支えた武を知り、悠陽の心境を理解。
「此度の戦い、失うものは多かったが得られるものも確かにあった。また、死んだ者達のために私達はそう在らなければならない」と語った戦後の冥夜はまっすぐで美しく、武は抱きしめながら「それでこそ冥夜だ」と告げたらしい。そういうとこやぞ種馬。
悠陽の引退後、煌武院の武の象徴兼守護神として多くの臣下に慕われた。
同期とは公私に渡って関係を保ち続けた。2年に1回の頻度で行われる同期会では、必ずといっていいほど空前にして絶後の任官試験が話題に出され、笑いあったという。息子は堅物だった母に反発するも、「あれは好き避けだよ」と身内ばっかりの場で純夏が看破、本人(息子)は憤死寸前となったとか。
『草茂日々来』
須久那の教導役として務めている際、崇宰臣下の山吹の斯衛に見初められて結婚した。
雨音にも認められ、優しく将来有望な夫と初々しい夫婦として生活した。
クーデター、人類内乱、月面ハイヴへの侵攻と振り回された彼女が再建設された京都の風守邸に雨音達と共に立ったのは、約束を交わしてから40年の時を必要とした。