Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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2.悠陽のエピローグのエピソードでございます。

次のサーシャでラストになりますので、最後までお付き合いいただければ。


最終エピローグ(2/3) 白銀武と煌武院悠陽

 

 

静かで穏やかな空気に満ちている、とある料亭の一室。武と悠陽は畳の上で卓を間に向かい合って座っていた。

 

最近になってようやく本格的な流通が始まってきた斯衛御用達の抹茶を、ずずと口に含む。武は小さく白い息を出した後、告げた。

 

「苦い」

 

「……武様」

 

「でも美味しい。悠陽と飲んでいるからだろうな」

 

「ふふ、私もです」

 

少し呆れ顔から、満面の笑顔に。ここに純夏が居たら「ちょっろ!」と突っ込みが入っていたことだろう。悠陽は笑顔のまま、話を続けた。

 

「何ヶ月ぶりでしょうか……このように落ち着いた気持ちになれるのは」

 

「4ヶ月ぶりだな。もっと会いたいとは思ってるんだけど」

 

「ええ、私としても寂しいものです。月詠とは、月跨ぎで親しくされていると聞いていますが。先日は、二人で帯を購入しにいったそうですが……?」

 

「あー………まあ、あれだって。京都のあれこれで焼失したって聞いたから」

 

真那の何気ない一言を覚えていた武が、帝都に新しく出来た着物の専門店に訪れたという報告が悠陽の元に届いていた。あれこれ率直かつ効果的な褒め言葉を告げる武と、咳をした後に顔を背け、顔を真っ赤にする月詠の双華の片割れが居たという、興信所から上がってきそうな調査書だった。

 

微笑ましくも初々しい夫婦のようだったと、斯衛の一部有志から隔意なき連絡を受け取った悠陽は、もうひとりの月詠と共に互いに笑顔で何かを誓ったという。

 

「その翌日は、風守の当主殿と着物の新調を……店主が戸惑っていたと聞きましたよ?」

「え? ……ああ、風守家が今になってとか、そういう意味ってことか」

 

武の見当違いの意見に、悠陽は内心でため息をついた。

 

店主は京都時代からの名店の跡継ぎだ。お得意先である斯衛の五摂家は勿論、赤から山吹まで顔と名前が一致しているし、何度か会話したことがあるだろう。その店主が、平和だった京都でも見たことがない風守雨音の満面の笑顔を目の前にして、何を考えたかは推して知るべしだった。

 

「……可能であれば私も、武様の助言をいただけると嬉しいのですが」

 

「そうしたいのはやまやまなんだけど……えっとな? ――誰かに発見された翌日には、俺が穴だらけの死体になっちまうから」

 

煌武院悠陽という存在。それはもう国民にとっての現人神という域にまで高まっていた。無礼を働けば、何千万という日本帝国の国民から槍という槍を、銃という銃を向けられることだろう。

 

ましてや、今の関係を知られればどうか。そうなった時の自分の余命を、武は考えたくなかった。あの香月夕呼でさえ、関係を知られた時には白銀武という人間の正気を疑われたのだから。

 

(ていうか、夕呼先生って悠陽のこと大好きだよな。尊敬すべき、って思ってる感じだ。……第四計画の恩人だってこともあるけど)

 

要因の一つとして考えられるのは、大勢の命という重責を担う苦労を知りながらも、表向きは決して崩れないその精神を目の当たりにしているからだろう。限られた時間の中で足掻き、弱音ばかりを吐く存在から一歩前に出ようとしている悠陽の姿勢に、夕呼も一部ながら救われているのではないか、というのが武の私見だった。

 

そんな悠陽と、ごにょごにょの関係になっている。しかも悠陽だけではなく、と。

 

どう考えても死なされる。無論悠陽もそれは理解していた。

 

だからこその、今の関係だった。

 

「……それでも、と思うことは間違いなのでしょうか」

 

「……分かった。任せてくれ」

 

武は恥を投げ捨て、ツテとコネを総動員してどうにかする方法を考え始めた。しくじれば自分が死ぬだけで、いつもの実戦と変わりないじゃないか、と覚悟をした目であれこれ考え始めた。冗談ですよ、と悠陽が告げるその時まで。

 

そして、悠陽はため息をついた。自分のことではなく、武について。

 

リヨンを攻略するためにと国外に出向く時よりも、覚悟に入る時の差異が少なかったからだ。ここまで常在戦場になっているのは、オリジナルハイヴを攻略する前にまで遡る必要がある。

 

武も、悠陽が何を問いかけたいのか気が付いた。小さな吐息を一つだけ漏らし、真っ直ぐに悠陽を見返す。

 

そのまま二人は、静かに視線を交わした。

 

秒が分になった頃、真剣な表情になった悠陽は問いかけた。

 

「―――どうにもなりませんか」

 

「―――言葉だけじゃあな」

 

分かっていたことだ。だが、と悠陽は膝に落としている自分の手を強く握りしめた。

 

「……崇継様は言っていたよ、大陸で()()が起きてからだと遅い。前時代の負の遺産を一掃しなければならない、ってな」

 

地球上のBETA共を駆逐できる目処は立っていた。これで、少なくともBETAに殺される人間は居なくなることだろう。だが、その後に起きるのは対BETAだ人類存続のためにという名目を盾に隅に追いやってきた暗い部分の膨張と噴出だ。

 

“BETAとの戦いが苦しかったから”。追いやられ酷い目にあった人間すべてが、その一言で何もかもを許す筈もない。βブリッドや、ソ連由来の人工ESP発現体、難民から各国間の格差など、火種はどこにでも撒かれている状況だった。

 

対BETAという“蓋”が無くなった後にそれらがどういった形で爆発するのかは、神様とやらでもない限りは分からないだろうが。

 

「……また、始まるのですね」

 

「俺達にとってはな。でも、追いやられた人達にとっては1回目だから……未然に防ぐのは難しい」

 

そもそもが勝手な話だと武は思う。悠陽も、小さく息を吐くことで同意していた。

 

大国の理屈で、弱い立場の者を更に苦しめることも。苦しめられたからと、銃火を以て命を奪う己を正義とすることも。そして、相反する意志と感情が時代の波に現れた時、戦争という名前の獣は産声を上げる。更に多くの命を道連れにしながら。

 

「それでも、と―――そう思うだけでは意味が無いのは分かっています」

 

悠陽は寂しく笑った。武は、無言のまま茶をすする。

 

互いに、言葉は不要になっていた。座して待っているのは、BETA大戦を越えるかもしれない最悪だ。

 

その最悪を現場で止めるために、戦禍の中に飛び込むことを決めている戦士がいる。

 

最悪になる発端を見つけては政と人の輪を両手に、争いを収めんと身命を注ぐことを決めている指導者がいる。

 

危ないから止めて欲しい、と思う。だが、それは感情だ。そして今は、個人の感情のまま振る舞うことを許されない時代だった。

 

「……子供も産まれたのだから、と言っても聞かないのでしょうね」

 

「悠陽が心配だからな。……日本の歴史上、類を見ないんじゃないか? ここまで尊敬を集めた上で、神の如き信頼を得ている指導者なんて」

 

一面を見れば、素晴らしいと思えるのかもしれない。反転した時に何が起きるのか、という想像が出来ない者からすれば。そして武は、多くの信頼を集めているという重責を背負っている女の子が居ることを忘れていなかった。

 

想われている女の子は、嬉しそうに笑った。そういう年でもないのですけど、と苦笑をしながら立ち上がると、武の横に座った。

 

触れられるような距離で、悠陽は話し始めた。

 

「だからこそ、と言えるものです。私に課せられたものがあるのですから」

 

「……役割、か」

 

「ええ。最近になって、そう思えるようになりました」

 

人には役割がある。それは得るもので押し付けられるものではないと、悠陽は今までの事を思い返しながらも、気負うことなく微笑んでいた。

 

五摂家に産まれた。それだけでここまで来れた訳ではない。怠ければ途中で排除される可能性が高かった。

 

指導者として無能ではない程度の才能があった。だが、磨き続けたのは与えられたからではない。最初はそうだったのかもしれないが、歩む道の途中で様々な経験をしたからだ。

そして、悠陽は思う。役割というものの本当の意味は、自分だけでは成し遂げられない大きな目標に挑む人たちの中で、自分こそが最善の人材であると断言できる―――否、そう在りたいと思い勝ち取る職務なのだと。

 

「……強いられたことじゃなくて?」

 

「望んだからこそ、でしょう。私の傍には人が居ます。愛している人たちが居るのです。なればこそ、此処に留まり続けたいと常々考えていました」

 

辛く苦しく、時には重圧で身体が傾くことはあるけれど、一緒に戦えているという実感が得られることのなんと至福なことか。

 

煌武院の家の中、真なる味方はたった二人だけだと勘違いをしていた時を覚えている悠陽は、偽り無く本音を吐露していた。

 

自分はサーシャ・クズネツォワにはなれない。クラッカー中隊の中で愛されながら、武の半身として支え続けたあの日々を過ごしていないから。

 

自分は、煌武院冥夜にはなれない。一人自らを鍛え、信じるままに戦い続けたという所は同じだ。だが、207B分隊と苦楽を共にしてはいない。

 

自分は、鑑純夏にはなれない。物心つく前より隣どうし、家族も同然の仲で過ごしていないから。

 

だけど、自分なりの生がある。他の誰とも同じではない、自分だけの時間を過ごしてきた。分かち合うことが出来たのは、白銀武という存在に出会ってから。似て非なる、だけれども同じ種類の苦しみを幼少の頃から抱えていたというだけではない。ただ、愛して止まない焦がれるほどの感情を自分が持てるだなんて、思ってもいなかった。

 

(―――本音を言えば、国内に留まって欲しい。だけど、止まることが武様を殺すことになるのならば)

 

過去に二度、死亡したという通知を受け取った。今そうなった時、自分は果たしてどうなるのか。考えるだけで肉だけではない、骨の奥の魂まで凍えるような恐怖を想起させる。

武が戦争に赴けば、その日々がずっと続くことになるだろう。

 

だが、それを言い訳にした時に“煌武院悠陽”と“白銀武”は終わる。自分達が望まない終わりを迎えて消えると、二人ともがそういう予感を持っていた。

 

なればこそ、と悠陽は思う。バックアップと日本国内の安定は自分で定める使命だ。

 

帰る場所があるからと、戦地に赴く愛しい人に報せるため。

 

帰ってきて下さいと、言葉ではなく意を示すためのものとして。

 

行かないで、とはもう言えない。服の裾を小さく握ることだけしかできない。

 

帰ってくる、なんて当たり前のことを約束するつもりはない。安心してくれと、肩に回した手を引き寄せることしかできない。

 

やがて、二人の距離はそのままゼロになり―――

 

 

 

―――翌日、朝。武は寝床の中で小さく息をついていた。

 

隣に眠る、かくも美しい女性の寝顔を眺めながら。

 

「……俺なんか、っていうのは失礼だよなぁ」

 

過去に失言した時は、泣かれかけた。それでも、と武は思うことを止められなかった。自分程度が釣り合うものなのかと、真剣に。

 

日本帝国にとっての日輪であり、世界でも有数の指導者。なのに自分の犠牲を厭わずに、最善という最善を目指し、その身体の内に傷を隠しながら背筋を伸ばして前に往かんとする姿。

 

自分では、とても出来ないだろう。感情に振り回されて自滅するのがオチだと、武は自分の末路を幻視していた。

 

(だけど、辛く無い訳がない……凄い、なんて言葉じゃ言い表せない)

 

誰しもが人間だ。だからこそ、言葉だけで全てが通じる筈もない。心を読めた所で納得できなければ無いも同然だ、全ての想いが通じるなんて夢のまた夢。

 

汚いものばかりが溢れている世界の中では、綺麗事のお為ごかしだけで人を導くことは出来ない。それでも――だからこそと言うべきか、“きれい”なものを欲している人々のために自らの内に汚れを落とし込めて、歯を食いしばりながら煌きを見せ、平穏がある方向へと導いていく。

 

この小さな肩に、背中に、全てがかかっている。そう自覚しても、この女の子は逃げようとも思わない。

 

釣り合うのかと、再度武が考えた時に悠陽は目を開けた。二度目は許さないと、武は何処かから、あるいは目の前から声が聞こえた気がしていた。

 

「……おはようございます」

 

「お、おはようございます」

 

「なぜ、どもるのですか? 昨日は優しくしてくれたではありませんか……最後には、あんなことまで」

 

「それは……赤い顔をする悠陽が可愛いかったからな」

 

「……ばか」

 

いつもの凛としながらも、高貴な何かを感じさせる言葉ではなく、少し甘えた様子の何処にでもいる女の子の声。悠陽は微笑んだまま、武の頬にその柔らかい手を添えた。

 

「こちらこそ、私程度がと思っていますよ。……本人に自覚が無さそうだと困り果てていますが」

 

「……俺は、悠陽とは違う。誰かに助けられてこそだ。情報を投げて、多くを任せて、最後の一発を持っていっただけだ」

 

「私も同じですよ。私こそ、方向を示すだけで、その他は誰かに任せること自体が仕事ですから。その中で、白銀武という人には公私共にこれ以上無いというほどに助けられました」

 

幼い頃、悲しみの底に落とされるかもしれないと震えていた時。

 

再会と戦乱は同時に訪れた。その中で、BETAの侵攻を大いに止める衛士が居た。

 

絶望に染まっていく日本列島。大きすぎる役割、重圧。それでも仙台の雪の夜の下で、決して一人ではないということを教えてくれた。

 

そして、クーデターが起きた時のこと。やはり雪の下に現れた(ひと)は、夢のような解放で絶望に染まりつつあった自分を救ってくれた。決起軍、冥夜、米国の手による破壊の全てを。

 

その果てには帝都から横浜、ひいては世界の脅威まで。

 

「だから、卑下なんてしないで。あなたこそが、私の太陽なのですから」

 

居なければ凍え死んでいたかもしれない。微笑むその顔は、今までとは違った種類のもので。武はどういった感情かは分からないが、自分の顔から耳まで真っ赤になっていくことを止められなかった。

 

「……無茶はしない。国民にとっての太陽が寒がりだとバレたら困るからな。必ず、生きて帰ってくる」

 

「信じていますよ。……もちろん、最後の一言だけですが」

 

武が、少し仏頂面になった。それを見た悠陽は、くすりと笑う。

 

だけど、否定はしない。きっと、誰かのために無茶をするのは分かっていたから。誰かを助けたいという当たり前の想いを胸に、叶えるために積み重ねてきた全てを刃に、死と恐怖と理不尽で満ちる絶望の世を切り裂いていく。

 

それが、自分が想わずにはいられない白銀武という光なのだから。

 

(……その過程で、惹き寄せられる者も出てくるでしょうが)

 

あるいは、放っておけばそのまま走り抜けて消えてしまいそうになるから。背中や裾を掴む者が出てくることを、悠陽は確信していた。

 

そして、ひっそりと誓う。隠せているようで全く隠せていない、最愛の妹の遠慮を消すためのあれこれを。

 

「……なんか、悪巧みしてないか?」

 

「ふふ、分かりますか。……こんな女は嫌いですか?」

 

「いや、全部好きだから何処が嫌いとか考えた事が―――っ?!」

 

唇を塞がれた武は、それ以上言えなかった。

 

少しして離れた悠陽は、してやったりの笑顔を浮かべた。

 

「ふふ、一本ですね。寝床では敗北続きでしたが」

 

「……ほっぺたどころか耳まで真っ赤にして何言ってんだ?」

 

 

そのまま二人は、布団の中でゆっくりと言葉を交わしあった。

 

刻限を過ぎていると慌てて駆け込んできた月詠の二人に、盛大に怒られるまで。

 

 

 

―――それからしばらく後、第二次クーデターが終わった後、大陸で内乱の鎮圧に加わっていた武は大陸で一つの手紙を受け取った。

 

内容を読み終えた武は、日本がある方角に向けて小さな笑いを零した。

 

あの日の寝床の中と同じ、ただの愛し合った男と女が交わし合う笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 













●あとがき

以下の中からお選び下さい(複数回答可)

・ごばあっ!!(砂糖)

・……ゴフッ(吐血)

・ジャキッ(リロード)

・ピン☆(手榴弾のアレ)


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