Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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7話 : Battle and XXX_

世に問題がなくなることはない。

 

 

それはいつだって、人の間にあるものだから。

 

 

 

 

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人間とBETA。戦闘能力という点において比べると、BETAの方が圧倒的に優れているのは言うまでもないことだろう。徒手空拳でBETAに勝てる人間はいない。だが人は、その他の動物と対峙する時でも、自らの肉体だけで戦ってきたことはなかった。その手の中には武器があり、身を守る防具があった。殺されずに殺す自分を守る武具、それが発展して辿り着いた先が、戦術機という兵器であった。

 

個体での戦術機とBETA。どちらが勝つかという点においては衛士の技量にもよるが、スペックの面でいえば戦術機に軍配が上がるだろう。遠近どちらでも攻撃方法があり、機動に優れる戦術機はBETAにも対抗できるためだ。戦車も、距離が離れているなどの条件が整っていればBETAを圧倒できるだろう。航空戦力に関しては、光線種という天敵がいない場所では有用な武器である。それに対し、戦術機はBETAを相手に、いついかなる状況下でも安定した力を発揮できる兵器と言われている。

 

優れた技量を持つ衛士ならば、100の数をも相手にすることができるほどの、対BETAに生み出された人類の回答式。現時点でBETAの最強と呼ばれている要塞級とて、衛士が落ち着いた状態でまともに戦えば勝利を収める事ができる。

 

一対一で戦えば、戦術機の方が圧倒的に強い。それが、単純な事実だった。それなのになぜ、今日に至るまで人類は敗走を続けているのか。それは、一対一ではないからだった。ハイヴから生み出されるBETAの数がゼロになったということどころか、減少したという報告でさえ成されたことはない。それは擬似的な無限大を思わせられるもの。喩えるならば、母なる雄大な海の如く。無尽蔵とも思わせられる、視界一杯に流れ続ける水と同じように、まるで尽きることを知らないかのように現れ続けるBETAが存在している。

 

ゆえに奴らと長い間戦い続けてきたものはこういう。

 

――――まるで黒い波濤だ、と。

 

森も町も何もかも飲み込み、真っ平らにしてしまう恐るべき破壊の塊。人類の軍は戦術機その他、多種多様な兵器でもってそれらを抑えつけている。だが、動かすのは人間である。ボタンひとつでBETAを倒せるわけはなく、戦車も戦術機も人間の意志と腕力で動いているものだ。有用な堰板として波濤を抑えつける。そして時間が経過すれば、腕が疲れていくのも道理である。

 

疲労。それが、BETAにはなく、人間の軍にある大きな差であった。

 

だから快勝を続けていたとして、勝利に浮かれるわけにはいかない。侵攻を阻止するための戦闘に勝利し一時は喜ぼうとも、油断をすれば失地を取り返され、次の日にはまた同じ位置に戻ってしまう。元が断てなければいつまでたってもこの防衛戦は終わらないからだ。かといって、突然何者かがハイヴを崩してくれることはない。そんな都合のいい奇跡は空想にさえ値しない。直接に銃火を交えるものとして、防衛の任務に就いている衛士達は、耐えるしかないと実地で学ばされていた。

 

先の見えない戦闘に、諦めを口にする者は多い。だが、その逆となる衛士もまた存在する。諦めを心に秘めても走り続ける、その代表格ともいえる彼らは、今日も戦闘の宙空に居た。

 

縛るもののない空と大地の最中で、通信の怒声じみたやり取りを飛び交わせていた。

 

『クラッカー10と12、クラッカーマムから指示だ、2時の方向が薄い、優先して叩け突っ切るぞ!』

 

『了解!』

 

クラッカー10と12、アーサー・カルヴァートと白銀武。彼らが指示の声に応じるのと、動作に移すのはほぼ同時であった。跳躍ユニットの火が炎へと変わり、機体を前へと押す推力も高まっていった。やがて二機は、障害物を前にしても退かず、更なる前へと飛んだ。無表情にすりよって来る要撃級の間を抜けて、後ろに隠れていた戦車級の塊の脇を抜けて。風さながらの速度で、命令通りの位置へと辿り着いたのだった。

 

目的の場所まで匍匐飛行で一気に突っ切ったのだ。そして突撃砲が火を吹いたのもまた、着地と同時であった。姿勢制御の動作が終わってから一瞬後には、銃口は目的の獲物を捉えていた。そこから着弾までは、数瞬の間しか存在しなかった。

 

銃撃をまともに受けて弾け飛んだのは、堅牢の名前で知られる要塞級の唯一の弱点である体節接合部だった。

 

連続して直撃した36mmの劣化ウラン貫通芯入り高速徹甲弾(HVAP)がBETAの肉を穿ち、奥の奥にまで突き刺さっていった。

 

狙いは寸分さえも違っていない。2機の集中砲火を受けた接合部と胴体をつなぐ部位の肉は、集中砲火によりまたたく間に削られていく。そしてついには要塞級が、陥落する。

 

『左!』

 

『っ!』

 

アーサーから武に向けて。短いやりとりだが何を意味しているのかを察した武は、主脚と弱めの噴射跳躍により、その場から小さく跳躍。飛び退った直後に、もう一体いた要塞級の衝角付き触手が通りすぎていく。衝角は水平に飛んでいき、要塞級から30m離れた地面へと突き刺さった。

 

―――弱点である接合部に大きな穴が開いたのは、ほぼ同時である。

 

『タケル、危なかった――――訳ないか。クラッカー3、命中は確認したが、大きいのはまだ健在。しぶといノロマの追撃を始めようぜ』

 

『クラッカー6、了解!』

 

36mmよりもはるかに大きな穴を開けた下手人、後衛であるサーシャとビルヴァールからの通信が前衛へと入る。

 

穴を開けたのは、120mmの劣化ウラン貫通芯入り仮帽付被帽徹甲榴弾(APCBCHE)

36mmと比べ速射性能では劣るが、威力は遥かに優れている大口径の榴弾。

それが弱点である体接合部を破壊していった。一方で、目の前の敵だけに集中して見ていられるほど、前衛というのは暇な職業ではない。要塞級から距離を取りつつ36mmの弾を申し訳程度にばらまいた後。群れの意識を引き付けながら、自機のもとに四方八方から集まってくる敵を長刀で次々に切り裂いていった。

 

切れ味鋭く頑丈なカーボン製の長刀だ。大上段からの一撃ならば、要撃級とてひとたまりもない。唯一の武器である超硬度の腕だが、その振り下ろしも武達に当たることはなかった。要撃級相手の近接戦は、前衛ならばよく出くわす状況だ。前衛の基本戦闘の一つであるといえる。対処の仕方は様々にあるが、ここでは性格が良く反映されるという。

 

リーサはといえば、要撃級の間合いを見極めながら引きつけた後に仕掛けさせる。そして空振りをさせて、打ち込んだ。剣道における小手抜面、いわゆる"後の後"にあたる技で要撃級の頭部をかち割っていった。武はといえば、ただ機先を制していた。さっと近づき攻撃される前に長刀を頭にめり込ませる。剣道の基本である"先"の技だが、多くの要撃級を相手にそれをやってのけるような衛士は少ない。

 

特に戦闘経験が多い衛士が使うのだが、年を考えるに見るものが見れば自分の眼を疑う光景だろう。近づき斬り、また近づいては斬る。長刀の刃が煌めく度に、要撃級の頭部が柔らかい粘土のように切り裂かれた。気持ちの悪い体液の花が咲き乱れる。

 

そうして一体、また一体。やがて10体ほどが倒された頃には、残っていた要塞級も全て"陥落"していた。そのタイミングで、周囲を警戒し始めた前衛に通信が入った。

 

『突貫しろ。進路は………ああこっちだ、制圧して進路を確保する』

 

『了解! あ、後押しはこっちに任せて全然OKだから!』

 

要塞級の壁が無くなった場所へと、武は突っ込んでいった。間もなくその壁をうめようと要塞級や要撃級が集まってくる。それを防ぐべく、武は高機動で動きまわってBETAの意識を引き付けた。突出しているが故に、敵の密度はさきほどまでの比ではない。500m四方に中小合わせた化物が200に、人間が2。しかし人間の方も、ただ喰われるような“ヤワ”な者達ではない。

 

『こっちだぜ、クソ野郎共!』

 

白銀武、常識はずれの機動はお手の物。大胆ながらも的確に敵との間合いを確保しながら、突撃前衛としての責務を果たしていた。すなわち、敵の撹乱と撃破。落ち着きのない兎のようにあちこちへと飛び回りながら、すれ違いザマに要撃級の首を刈り、

 

時には点射で一体一体を確実に仕留めていく。

 

『おら、がら空きぃ!』

 

アーサーも負けてはいない。その高い射撃能力で的確に要撃級や戦車級をただの肉片に変えていく。

しかし、数の差は大きく状況は圧倒的に不利。武にしても、隙間がなければ機動を活かせるわけもない。じりじりと動くスペースが削られていく。数分後には、武機とアーサー機の四方、そのほぼ全てがBETAのマーカーで埋まってしまった。

 

そして完全な包囲が完成しようかという直前だった。包囲の最も外郭にいたBETAの頭部が、次々に爆ぜていく。常識はずれの制圧能力。悪夢のような精度と速度で、要撃級の頭に紫の花が咲いた。

 

『クラッカー11、追いついたよ!』

 

『リーサ、助かった! 包囲の右をお願いする!』

 

『クラッカー9は了解だ。どうしたチビ、我慢できずに死ぬなよチビ』

 

『どっちがだ! そっちこそ遅えぞウド!』

 

アーサーはといえば、36mmを盛大にばらまきながらそのまま1分後には中衛と、中衛に守られている後衛が追いついてきたのは

 

『危なかったな――――って言わせろよお前ら。俺の格好いい登場を台無しにしやがって』

 

『アホは放っておいて、新しい仕事だ。後方の要撃級は片付けた、俺達も続く』

 

通信が終わった後、動いたのはバラバラの方向だ。しかしそれは、ある意味で規則性に富んでいた。場所は違うが、意識は同じ。すなわち、包囲された二機の一時離脱と、この場の確保。そして、前衛4人のコンビネーションは、"この基地随一であった"。まるで同じ脳を持っている生物であるかのように動きまわり、気づけば包囲には穴が開いていた。

 

時間にしてわずか一分。分厚いBETAの壁は抜かれ、4機は一時的に距離を離して、横並びになった。そして2機が前に、2機が後ろに。弾倉が交換される音は後ろに、残る突撃砲を叩きこむのが前に。間もなく前後が入れ替わり、その頃にはBETAとの距離は目と鼻の先にまでなっている。

 

だが、衝撃(ストライク)暴風(ストーム)の名を冠する"先刃"(バンガード)である彼らが、臆するはずもない。堂々と、彼らは進撃するのだ。

 

『よし―――行くぞ、私に続け!』

 

『むしろ追い抜いてやるさ!』

 

『遅れんなよクソノッポ!』

 

『誰に言っているバカチビが!』

 

4人の前衛衛士達は、互いに罵声を飛ばしながらまるで山賊(バンディット)のように。だけど野卑な賊とは圧倒的に違う、密な訓練が透けて見えるほどの精錬された動きで、一斉に侵攻を始めた。

 

それは蹂躙であり、殺戮であった。一陣の突風のように連続で点射された銃弾が要撃級の頭部に、戦車級の頭部に、余波で小型種をばらばらに引き裂いていく。着弾点も計算しているのだ。時には倒れた要撃級に戦車級が巻き込まれていく。乱戦になっている場であっても、効果的な場所を選んで射撃し、一度に二度美味しいを実践しているのだ。耐えながら突出してきた馬鹿には長刀をプレゼント。切り裂き、前へすり抜け、その後方にいる敵へ36mmを叩きこむ。途絶える間もない連続攻撃。BETAが倒れる地響きが、連続して鳴り響いた。派手な動きは、ない。ただ確実に、機体の性能の限界値を出しながらも最適解を選び続けているだけだった。

 

機体の反応(レスポンス)の悪さを織り込むのは当たり前。               

その上で自分の機体の位置、周囲のBETAとの間合いを見極めた最後に戦術(タクティクス)を選択する。

 

基本的な方針は、"一方的にタコ殴り"。

 

反撃の糸口さえも封殺する。必要のない派手な動きは自身の未熟さを証明する証拠でしかないと、ただ早く。必要でない限りは堅実に、最も短く、より危険度の低い方法で安全に殺すのが最善であるというのが、前衛4人の最終回答だった。速く殺せればそれで良し。衛士の精神的にも、整備員の機嫌的にも、それがベストな選択だと言えた。

 

そうして、戦闘が始まってやがて敵が半数になる頃には、中衛と後衛も前衛の4人に追いついていた。

 

数にして12の戦術機は、最後に一斉射をした後、壁を抜けて更に奥へ――――要塞級の後方にいる光線級へと、突貫していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「任務成功に、乾杯!」

 

「とはいっても水ですけどね」

 

「水を差すなよ、樹。英語でウッドな名前を持つお前にとっちゃむしろご褒美だろうが」

 

「これだから生真面目くんは………だから童貞なんだと思いますよ?」

 

「ホアンの黒い部分が出たぞー! 衛生兵、ああ樹の顔が真っ赤に!」

 

「だんだんと本性出してきたよね、コイツも」

 

「って樹よ、そんなに顔赤くするたあ、図星ってことかよ………でもお前後ろの方はすでに、ってヌアッ!?」

 

「知っていますかアルフレード少尉。手刀でも人は殺せるんですよ?」

 

「おお、感情が真っ赤に怒り心頭………ってどうしたのタケル、え、黒いってどういうことかって? ………うん、タケルはそのままでいてね」

 

「うう、今日は命中率が散々だった………またレポート地獄か」

 

「俺はそうでもなかったかな。ビルヴァール、そっちはどうだった?」

 

「サーシャ様の射撃精度に是非とも一言もの申したい。あなた様は何が見えてるんですか、ってよ」

 

「ついには様付けかよ。気持ちは分かるが、って一言でいいのか」

 

「………なあマハディオ、才能の差ってのは理不尽なものなんだな」

 

「戻って来い! その意味では武の方が数段は上のレベルで酷いぞ!」

 

「「宇宙外生物と一緒にすんな」」

 

二人の言葉に、場が止まった。直後に、全員が縦に首を二回ふる。

 

「ち、地球外ですらない!? ちょ、ちょっとまってくれ、って何でみんなして頷いてるんだよ!」

 

『え?』

 

言葉が重なったせいか、返事はまるで通信越しの声のように反響した。心底不思議そうな顔まで一緒である。それを見た武は、逆にこっちが間違ってるんじゃあという気持ちになっていた。

 

わいわい、がやがやと視覚から音が聞こえる程に、報告のために席を外している隊長と副隊長以外のクラッカー中隊の面々は、擬音が見えるほどに騒いでいた。水を片手に、アルコールが入っているはずもないのに、まるで酔っ払っているが如く。中隊以外の衛士達も同様だ。防衛戦にしては珍しく、戦闘中に死者がでなかったのが大きい。

それも、クラッカー中隊が後方にいる光線級の撃破に成功したお陰である。光線級のレーザーの脅威がなくなれば前線の衛士の動きは格段に上がる。戦術機による戦闘が始まってからずっと変わっていない、法則の一つだ。重光線級は特に厄介で、海岸に小隊規模でも展開されれば、岸に展開している艦隊でも沈められかねない。それが故に防衛戦においての光線級の撃退は、最優先事項として挙げられていた。

 

BETAの先陣である突撃級を躱し、要撃級の集団を抜け、戦車級の海を乗り越えて立ち塞がる要塞級を破壊して、光線級を打倒すること。成し遂げることは困難であるのは言うまでもなく、ゆえに戦域内で練度が最も高い部隊が選出されていた。それがこの基地においてはクラッカー中隊だった。

 

戦術の命令を出したのは基地の司令である。今回の侵攻は光線種の数が多く、それがゆえの緊急の戦術だった。クラッカー中隊が所属する第3大隊に編成されているその他の2中隊は、クラッカー中隊が抜けた後の防衛戦の穴埋めを命令されていた。大隊規模、36機の編成で動くと中隊と比べればどうしても足が遅くなってしまうし、3中隊における連携にも難有りと判断されたからだった。

 

命令を受けた大隊の長――――女性の大隊長であるパールヴァティー少佐は受諾を渋っていたが、司令部は命令を優先するようにと通達した。かくして、クラッカー中隊の吶喊が成されたのだ。クラッカー中隊がこの基地でその戦いぶりを見せたのは数えるほどだが、それでも実力は広く知られていた。

 

武やサーシャといった誤魔化しようのない程に年少である衛士の姿は目立つし、亜大陸の防衛戦に参加していた衛士も少なくはなかった。噂や自分の目で確認し、"あの部隊か!"と喜んでいる者も少なくなかった。そうした士気高揚の意味もあり、今では基地でも1、2を争う技量を持っていると強く認識されていた。その腕を見込んでの、司令の命令である。そして判断は正しかったことが今回の成果で証明されたのだった。

 

性能が低い機体にも関わらずの、素早く的確な作業ともいえる吶喊の果ての光線級撃滅。特に連携の巧みさや所々の動きの手早さは、見ていた衛士に少なくない衝撃を与えていた。それも、決して悪くはない方向へと。これが位の高い家柄が出身の者ならばまた違った心象を与えようが、クラッカー中隊はほぼ全員が民間人上がりだった。

 

紫藤にしても、武家出身ではあるが現在は出奔しているという異様さ。女のようで、また少し童顔である容姿もあいまってか、お偉い様のような扱いは受けていない。むしろそっち方面の男どもにはかなりの反響を受けていた。

 

同じく、リーサ・イアリ・シフとターラー・ホワイト。両女性は男であれば一度はお願いしたい程の容貌を持っており、その他の面子も見ればわかる特徴を持っていた。そして容姿の反面、機体の不憫さを苦にしない、頑強かつ潔い精神性も高く評価されていた。中隊が配属された当初は子供が所属している部隊という、悪い印象や前情報だけで毛嫌いしていた衛士達も、今ではその気持をすっかり反転させていた。

 

何より、助けられた衛士も多い。今日も他の隊の衛士達は中隊の肩を叩きながら、軽い感謝の言葉を送っていた。パールヴァティー少佐が指揮している部隊は別であったが。彼らは感謝の言葉もなく、逆に一目見て分かるぐらいに顔を歪ませていた。

 

その内の一人が、前に出てクラッカー中隊に、武へと話しかけた。

 

「………良くやった。お前たちの抜けた穴を埋めた甲斐があったというものだ」

 

「ありがとうございます。お陰で助かりました」

 

「うむ、良い。しかし白銀少尉、お前の技量は大したものだ。幼少の頃からシミュレーターを使わせてもらっていたのか?」

 

「はあ」

 

要領を得ない、と武が首を傾げた。すると男は、あれこれ遠回しな言葉をかけた後に、仕方ないと率直な言葉を投げかけた。

 

「衛士の力量は経験がものをいう。ということは、貴様は日本ではさぞかし、位の高い武家に生まれたのだろうな」

 

「位の高い………?」

 

武の脳裏に父の姿が浮かんだ。確かに自分の名前は武ではある。だけどそれだけだ。

父にしても研究者であるが、一般人。母親は知らないが、武家という感じではないと思っていた。

 

「ち、違うのか? そうだ、母方の方は」

 

「母………えっと、顔を見たこともありませんが」

 

その言葉に、サーシャ以外の全員が驚いた。

 

「たけ、おま、そうだったのかよ」

 

「ああ、まあそうだけど。母親みたいな人は居るけど、産んでくれた人は見たことがないな」

 

写真もないという言葉に、更に驚いた。死んだとしても写真ぐらいは残っているが、それも無いという。

 

「まさか、全く知らないというのは………ちょっと異様かなぁ。影行さんには聞いたことないの?」

 

インファンが話題をそのまま深い方向へと持っていった。

皆がはっとなって、武へと質問をし始める。

 

「そうだ、親父さんは。何も聞いていないのか」

 

アーサーが聞くが、武はほっぺたをかきながら答えない。

 

「答えてくれなかったのか?」

 

「いや、何となく聞き出しにくくて」

 

「お前にしては珍しい。やる前から、腰が引けているというのもな?」

 

フランツが言うが、サーシャが違うと反論する。そうではないと首を振って、爆弾を投げ込んだ。

 

「きっと今に満足しているから。母親のような人が居るからだと思う。日本ではカガミとかいう隣の家の人のこと。ここではターラー中尉かな」

 

「ちょ、サーシャ!」

 

「あー、まあ、確かにお前とターラー鬼教官殿は、そんな感じだなあ」

 

アルフレードの言葉に、樹を除く全員が頷いた。

 

「えー、中隊のマムといえば私でしょ?」

 

「いや、それはねーよ腹黒」

 

「あん、酷いアルフレード少尉。ってどうしたの樹ちゃん、全身を硬直させて」

 

樹はといえば、自分の価値観とは全く違う事情を聞いて、軽いショックを受けていた。

 

「ふむ、どうやらカルチャーショックのようね………それか、私に見蕩れているとか」

 

「あー、確かに。二人が並んでいるのをみると、可愛い姉妹というゴファ?!」

 

思わず、と言ってしまった武の腹部に死角からの手刀が突き刺さった。ホアンの顔も、若干だがひきつっている。

 

「早いな………見えなかったぜ、このアタシが」

 

リーサは戦慄に震えていた。武も、お腹を押さえながらプルプルと震えている。

 

――――そして目の前の人物も、肩を震わせていた。

 

(この、無礼者どもが!)

 

名前をケートゥという衛士少尉。彼も隊長のパールヴァティー少佐と同じく、かなり位の高い家柄出身の者だ。一人息子ということもあり、家ではまるでアイドルのような扱いをされていた。優秀ではあり、士官学校も次席で卒業したぐらいだ。皆から注目されることは当たり前で、そういった事しか経験していなかった。

クラッカー中隊が来るまでは、第3大隊においても少佐に次ぐ実力を持つと自負していた。ゆえに、自分の今の状況を理不尽と考えている。

 

(なぜ、自分から意識を逸らして、別の方向に話の花を咲かせているのか!)

 

命令の内容にしてもそう。成果を横取りされたと彼は思っている。自分たちに任されれば、クラッカー中隊よりも早くに目的を成し遂げられただろうと。

 

(ただの平民ごときが………しかし、短絡的になるのはまずい)

 

中隊は今日の戦闘の功労者であり、注目されている。頭が決して悪くない彼は、ここで怒れば自分がどういった印象を持たれるのかを理解していた。このまま、この場から立ち去らざるを得ないことも。

 

「っ、失礼する」

 

「あ、すみません少尉殿。次の戦闘でもよろしくお願いします」

 

「………ふん」

 

鼻息を鳴らして、去っていくケートゥ。それを見たインファンは、してやったりの笑みを浮かべていた。そんな彼女に、中国語で話しかける者の姿があった。

 

『相変わらず………悪い表情が似合うやつだ』

 

『あんたもね。相変わらずの不機嫌ばらまいてどうしたの、ユーリン』

 

『感謝の気持ちを伝えに来ただけなのだが………他の話に夢中になっているようだな』

 

『あんたも話の輪に入ったら? 中隊内でのあんたの評価は高いし、無碍には扱われないはず』

 

『それは恥ずかしいから無理だ』

 

『なにその潔さ………あんたも、ほんとわけ分かんない奴ね』

 

インファンは蟀谷を押さえながら、ため息をついた。

 

『それに私は英語が達者ではない。お前のような会話はできない』

 

『あんたのコミュニケーション能力の低さは、英語だけが原因じゃないわよ………ま、いいかあんたは。そんなことより、グエンは?』

 

ユーリンはそんな事呼ばわりされたことに、無表情にショックを受けていた。しかし問われて律儀に返すあたりが、彼女の性格を表している。

 

『隊長の補佐だ。もうすぐ戻ってくるだろう』

 

『そっか………じゃあ待つしかないか』

 

『その必要はなさそうだ、ぞ』

 

インファンが指さす先を見た。そこには、ユーリンの所属する中隊の隊長と、副隊長であるグエン。そしてクラッカー中隊の隊長と副隊長の姿があった。

 

「敬礼!」

 

「……ああ」

 

「不機嫌ですね、お二人とも。あのコンクリートみたいな大隊長殿から何か言われたんですか?」

 

「うむ。非常に言い出しにくいことなのだが――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、クラッカー中隊の中の6人は、とある村に来ていた。子供たち二人とネパール人出身の者が三人、そして臨時の指揮官としてラーマとターラーを除けば軍歴が最も長く、

状況判断もできるアルフレード。彼らを残し、向かったのは防衛線の前線より離れた村だ。BETAの支配域に近い場所にあり、村民の避難が完了していない集落の一つでもある。

 

周囲は緑がまばらだが残っていた。だが気候の急変動により、育てていた作物は全滅してしまっているのは事前の情報として得られている。

 

『ここも、ですか』

 

『インドでもあった事だよな、確か』

 

ターラーの言葉に、ラーマが頷く。気候の変動による田畑の壊滅。BETAの侵攻による、二次的な災害の一つだ。その後も色々と悪影響は増えていき、今では作物も育てられていない。労働力を確保できるだけの食料もなく、今では軍の配給に頼っているのが現状だ。そうした事情をパールヴァティーから聞かされたラーマは、もう一度確認する。

 

『本当によろしいので?』

 

『構わん。どうせ、聞く耳も持たない存在だ………民間人上がりのお前ならば立場も近い、対処できるだろう』

 

通信でのやり取り。お互いに顔が見えているが、少佐の方の顔に感情は浮かんでいなかった。そうして当然だというのに加え、横柄な態度と言葉。傲慢な上から目線の行動だが、軍においては珍しくもなく、ラーマもそれなりに慣れているので、ただ頷きを返すだけに留めた。

 

しかし、そんな経験豊富なラーマをして、これから先に行おうとしている事は不安を感じずにはいられなかった。

 

『交渉、が目的と聞いています。こうして戦術機で赴くのは、少々不味いことになりかねないと』

 

『威圧的、か? 構わんさ、力を行使することは愚行だが、見せつけるだけならば問題はない。抑圧されなければつけ上がる存在だぞ、民間人は』

 

ラーマは出発前にも出した意見を再び却下され、心の中でため息をついた。

 

(………簡単にはいかないな)

 

つけ上がるかもしれんが、それも理由があってのことだ。そして告げられた内容は、つけ上がるというよりも当然の意見を主張しているだけ。しかし、パールヴァティーの言うとおり、そうした手段も必要になるかもしれないほど、事態は複雑も極まっている。自分の思っている通りだと、口頭だけでは決して解決しない問題だろうと。ラーマは盛大なため息をついた。

 

『幸せが逃げていきますよ。どうしたんですか、クラッカー1』

 

『なんでもない。それよりも警戒を怠るなよ、ターラー』

 

『分かっています。多くはありませんが、こうした任務の経験、無いということもありませんから』

 

ターラーは努めて平静に言うが、内心では激怒していた。それもこれも、"やらかした"直後に戦死した衛士を思って、だ。

 

(厳しい戦況を前に自棄になったのかもしれんが………厄介な事をしてくれる)

 

思い出し、ターラーはため息をついた。そして、昨日にパールヴァティー少佐から告げられた内容を思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまりは、前中隊の衛士と?」

 

「ああ。女の私から言わせてもらうと………不快も極まりない事だが、な」

 

言いながら、渋面を作るパールヴァティー。ラーマの方も同様で、ターラーに至っては顔から表情が消えている。もう一つの中隊。シンガポール人であるベンジャミン大尉は、心底面倒くさそうな表情を浮かべていた。隣にいるグエン中尉は常時と変わらず不機嫌な表情だが。

 

―――古来よりの戦争による二次災害の代名詞。畑が荒れるのと、もう一つは人的被害だ。

 

統率がとれていない軍隊がすることは、そう多くない。そして被害者が女性であるとなると、答えはひとつである。それを悟ってはいても、ベンジャミンは顔色を変えなかった。

 

「それで、隊長殿は私達に何をしろとおっしゃる?」

 

「貴様………その物言いはなんだ? 私は上官だぞ、口の利き方に気をつけろ」

 

「生憎とこちとら民間人上がり。育ちも悪くて、礼儀を知らないときたものでして」

 

「貴様、この私を侮辱するか!」

 

「いえいえ、とんでもございません」

 

二人の視線がぶつかる。そのまま両者言葉も無く睨み合って数分後、パールヴァティーは舌打ちをすると、「分かった」とだけ告げた。

 

「疲れているし、時間も惜しい」

 

「自分も同感です。それよりも、私達に何をしろと言うのでしょうか」

 

「交渉だ。被害者の母親が基地に連絡を入れたらしくてな。すぐに犯人である衛士を引き渡せと言っている。さもなくばダッカあたりでその事実をばらまくと息巻いている」

                                             「ふむ、となれば母親は実行犯を殺す気ですか。過激だなあ………しかし、軍は応じる気はないと。まあせいぜいが軍警察(MP)に引き渡して、といった行動が最善かと」

 

「それも不可能なのだ」

 

「な、どうしてですか!」

 

ターラーが大声を上げた。パールヴァティーはまた渋面を見せるが、その威圧感に圧され、少し顔を引いた後に説明をする。

 

「犯人はすでに死んでいる。お前たちがこの基地に来る、その前の戦闘でな」

 

「全滅した中隊、ですか。それはまた面倒な」

 

どうしたって話し合いができそうにない。

ベンジャミン大尉はそういうと、頭を押さえながら天井を仰いだ。

 

「どういうことだ。事実を告げれば、それで済むだろう」

 

「一方的に通達されたってそんなの、信じやしませんよ。実際現実、そうだったのでしょう?」

 

「………そうだ。その母親は軍の言うことを信じていない。このまま隠蔽するつもりだ、と叫んでいたらしい。まったく………面倒をかける。こんな事に気を取られている暇はないのに」

 

「お言葉ですが少佐。軍が民間人を傷つけたということは、決して小さいことではありません」

 

なによりその責務から逸脱した行動であるとターラーは主張するが、パールヴァティーは顔を歪ませるだけだ。

 

「そして気を取られた挙句に、BETAに負けろとでも言うのか? そうすれば皆殺しだ。優先順位という意味では、圧倒的に後者ではないか」

 

バカなことを。そう告げるパールヴァティーに対し、ターラーが更に言葉を重ねようとするが、ラーマに手で制される。

 

「それに避難要求にも応じない愚か者だらけだ。まったく………あの村を防衛戦の最中にフォローするため、一体どれだけの戦術機が割かれていると思っている」

 

「そんな都合は知ったこっちゃないでしょうね。先祖より受け継いだ土地を守る。それ以外の都合の悪いことは、耳に蓋です」

 

「………ベンジャミン大尉。お前はどちらの味方なのだ?」

 

「どっちも。まあ自分から言えることは一つ。勝手にやっててくれ、それだけですな。もともとが衛士の役目じゃないでしょうに、なぜ自分たちがそんな事を?」

 

「情報部にやる気がない。自分たちに止めるのは不可能だと、死んだとはいえ部下だろうとな。その母親が町で叫んで歩きまわれば、少なくない悪影響が出てしまうらしい」

 

「ぶん投げられた訳ですか。クソ面倒くさいことに」

 

「………混乱を避けたい、そして責任を取れと」

 

「ああ」

 

頷くパールヴァティーの顔は不満の感情に満ち満ちている。彼女にとっては自分の与り知らないところで起きた、他人ごとであるのだろう。

 

(そうしたバカが悪い、私は知らないと。そう思っているのかもしれないな)

 

ターラーは心の中だけで呟いた。

 

「今日の戦闘で、村民も不安になっているだろう。感情も不安定になっているに違いない」

 

「その挙句に余計な行動を取る。情報部はそう判断していると?」

 

「説得にもな。こちらが命を賭けてずっと戦っていると、そう思い知らせてやることもできる」

 

「………結論が出ていません。つまり、私達はなにを?」

 

「ああ。端的に言うと――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「『説得に力を貸してくれ。民間出身者が多い私たちの隊に、協力を頼む』、か」

 

ちなみにベンジャミン大尉は申し出を拒否した。『文句があるならば国連太平洋方面12軍まで』とそれだけを告げて頭を下げるだけ。パールヴァティー少佐はなおも食い下がったが、聞く耳をもたないと大尉は首を横に振り続けた。結局のところは、現在に至るということだ。中隊の中の6人が戦術機に乗って、その村まで赴くことになっていた。電話口で話しても解決はしないだろうという、パールヴァティー少佐の判断によるものだった。

 

(少佐の意見も、正しい部分はある。BETA以外に気を割きすぎると、結果的に致命的な事態に陥ってしまう可能性がある)

 

そうなれば意味もない。だが、相手の意見も決して間違ってはいないのだ。パールヴァティーは村人を半ば非国民扱いしているが、この国においては避難勧告に法的な強制力はない。

 

しかし労力を割かれているのも確かで、このままでは軍の疲弊が進みかねないのも事実だ。だからといって何をやっても許されるということはない。民間人を守る軍人として、最もやってはいけない行為の一つであるからだ。その前に、最低な行為であることは言うまでもない。死の恐怖に圧迫されているとはいえ、何をやっても許されるはずがないのだ。罰せられなければならない。しかし本人はすでに戦死済み。死体も戻ってこないような死に方をしたとのことだ。

 

(被害者は当時、ダッカの町にいたらしいが)

 

そして町に出てきていた衛士と。事件が発覚した後、母親が一家全員を連れて故郷であるその村へと戻ったらしい。町にいる軍人が恐ろしいと、そう言い残して去っていったと聞く。

 

『事実が明らかになれば………治安が悪化する、だろうな。軍に対するデモが行われるだろう』

 

『同意です。ただでさえ厳しい戦況ですから』

 

押し寄せてくるBETA。戦闘中に遠くまで鳴り響く地響き。住民の感情も不安定になっているのもある。二人はこの事件が漏れることが、導火線に火をつけることとそう変りないものであると、悟っていた。そうして疲弊が進んでしまうことも。もっと悪くすれば、軍に対するテロが起きてしまうかもしれないのだ。そうなれば、士気の急降下は避けられない。最終的には、防衛線を維持できる時間が激減してしまう。

 

首都あたりでは、避難できてない民間人も多い。そうなれば、阿鼻叫喚の地獄絵図だ。

食われて轢かれて潰されて。後は、何も残らないだろう。

 

そういった光景を思い浮かべてしまった二人と、会話を聞いていた中隊の面々は、無言のまま戦術機を駆り続けた。高度は控えめにとっている。光線級のレーザー照射が、無いとも限らないからだ。

 

慎重に進んだまま、時間にして20分が経過した頃、部隊はようやく村の近くにまでやってくる。

 

『これは…………少佐?』

 

村の前にある光景。それを見たラーマが、パールヴァティーに問う。

その傍らでは、ターラーが頭痛を抑えるように、額を掌で覆っていた。

 

 

『………一筋縄ではいきそうにもありませんね』

 

 

少佐と中隊の6人が、たどり着いた村の入り口で見たもの。

 

 

それは村人が農具を武器のように持って、待ち構えている姿であった。

 

 

 


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