Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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b話 : 30minutes dream flight_

―――――ああ、夢だ。目の前の光景を見て、すぐにこれが夢だと気づいた。

 

青、だったからだ。言葉さえも忘れさせてくれる、圧倒的な青の空が目の前にはあった。

 

『あー、クラッカー12。感動するのは分かるが、今どこにいるのかを忘れないでくれよ?』

 

管制官の言葉もあの時と同じだった。ぶつかって事故死なんて洒落にもならんと苦笑するような。そして夢の中のオレも、あの時と同じだ。管制官の言葉を聞いてはっとなり、進路を予定されていたコースへと戻す。

 

レーダーには12機の反応があった。オーストラリアの上空に、12機の編隊が舞っている。

面子はいつものとおりだ。最近は恥ずかしい二つ名とやらで呼ばれ始めた、どれも手練の衛士達。

そうして、思い返した。これは――――確か、バングラデシュ撤退戦の後、山中に紛れ敵後背の光線級への吶喊の後の事だった。わずかばかりの戦術機甲部隊を率いての戦闘。沿岸で艦隊の援護を受けた上で、最後には両手両足の数しか残らなかった消耗戦の翌日だったか。いくらかの精神が比喩抜きで削れたであろう中隊は、心の休めが必要だと上官に休暇を命令されたのだった。

 

何でも言えと、条件を出されたラーマ隊長。まだ残っている無精髭のおっちゃんは、上官に念押しをした後に頷いた。そしてこっちへ向き直って、部下である全員に悪戯に笑いかけて悪戯を思いついたような少年の顔で、隊長は問うてきた。

 

一度、鳥のように空を自由に飛び回ってみたくないか、と。

11人全員が、一も二も無く頷いた。隊長の真意も、その言葉が意図することが理解できずとも、その言葉はこの上なく魅力的だったからだ。

 

直接に聞いてはいないが、きっとそうだ。オレは衛士になって数年。それなりに激戦を経験してきたからこそ、分かることがある。それは光線級のレーザーも届かない、BETAに奪われていない空の中を自由に泳ぐということ。特に、内地での戦闘が多い欧州出身、そして防衛戦当初より最前線にいたインド出身の二人は深く頷いていた。ずっと、空が封鎖されている中で戦ってきたからだ。高度計に不可視のラインで引かれた、死のライン。

 

その中で戦い続けてきた衛士ほど、希うと聞かされた――――これさえ無ければ、奴らさえいなければ、と。だからこそ、渇くほどに望むのかもしれない。何よりも、青い空で散っていった戦友を山ほど見てきた物であれば。

 

『………いいな』

 

『………ああ』

 

アーサーの声だ。何気ない言葉に、フランツが皮肉も挟まずに頷いている。そして、その事を指摘して誂うものさえもいなかった。全員が目の前の光景だけに意識を支配されていたからだと思う。

 

そこで、ラーマの指示が飛んだ。了解の声が飛び交い、機体達は旋回しながら風を斬る。

機体の駆動音と交じり合い、搭乗者達の心を揺さぶった。

 

『………自然はただそれだけで、極上の美術品であるとはいうが――――いや、無粋だな』

 

その言葉には素直に頷ける。今の声を発したのは、最近になって入った12人目の女の衛士だ。年齢は樹と同じと聞いた。エリート部隊出身らしく、衛士としての力量は高くて、そしてプライドが高くて格好つけたがりで。ドイツ人らしく生真面目でもあるらしいけど――――気弱だと、ターラー教官は言っていた。オレも、戦闘前によく泣きそうになっているのを見かけた。何ともちぐはぐで、それでも弱音をこちらに向けてこないのは大したものだと思う。けど、空気を読まないという点では樹と並んで筆頭と言える、ラーマ隊長の胃を痛くする奴だった。それでも、今この時だけは読んだのだなあと、自然の雄大さと偉大さを知った瞬間だった。網膜に投影された映像を見ると、まるで別人だ。避難キャンプで見た、どこかの国の小さい子のようだ。綺麗な青い目を輝かせながら、瞳に同じ空色を映しているだけ。

 

やがて海が見えた。そしてリーサの機体がわずかに揺れる。見れば、彼女はずっと向うを。雲の隙間に見える地平線、そして別方向に見える水平線をじっと眺めているようだった。

何を思い出しているのだろうか。それとも、今を忘れないように目に焼き付けているのだろうか。

 

オレは後者だった。見えるモノ全てが新鮮で、鮮烈だったから。

特に正面には、まるで中に何かが隠されているかのように大きな入道雲が見えた。地面で見た、いつもの雲とは明らかに異なる。何か、いつもとは違うように見えるのは何故なのだろう。

 

「視点が違うからだろう」

 

「………ああ!」

 

そうだった。地上にある時のように、見上げるのではなく正面にあるのだ。

でも、同じものでも、視点が異なると、こうでも綺麗に、そして圧倒的に見えるのか。

 

そして問うた。目の前のおっさん。三点式ハーネスで固定されながら。

オレと同じ、網膜に投影された空を見ている親父に、どんな感触か聞いた。

子供の頃の夢が、航空機のパイロットだったことは知っていた。

 

だから、聞きたかった。すっかり忘れていた誕生日プレゼントの代わりに、提案したこと。

 

「………って、泣いてる!?」

 

見れば、親父の両目からは、涙が。手も震えているようだった。

 

「いや………すまんな。我慢できないとは、この年になって恥ずかしい」

 

「オレは感想が聞きたいんだけど」

 

もしかして高所恐怖症か何かで泣いているのかも。そう言うと、親父は声を上げて笑い、そして首だけをこちらに向けて言った。

 

最高だ―――ありがとう、と。

 

その時は驚いていたけど、どういたしましてと返せたと思う。

でも、泣いたのも分かる話だ。オレとはまた少し、違った感触を得ているだろうけど。

 

それは操縦しているか、していないかの違い。男ならば、一度ならば夢に見るだろう――――飛行機のような機械ではなく、拘束されていない五体での。人間の感覚を保ちつつ、この青い空を自由に飛び回ってみたいなんて事を。

 

戦術機の感覚に慣れた、12人だからこそ分かることもあった。機体にかかる風圧力。まるで水のように確かな、物理的に感知できる大気。そこに存在することを示してくれる、確かなものがある。

 

それこそが空を飛んでいるという、何よりの証拠だった。

だから、親父の言葉には心の底から同意できる。

 

――――最高過ぎる、言葉もないね。本心だ。とても、この青を言葉でなんて言い表せない。

何もかも奪われ、包み込まれてしまうように、果てしなく深い。

 

言ってしまえば怒られるかもしれないが、あの激戦を諦めず戦い抜いた甲斐があると、そんな事さえも考えてしまうような。そんな時、親父はポツリと零すように言った。

 

「………“苦境を、愛せ。されば世界は、輝いて見えるから”」

 

「親父、それは―――」

 

「どの面下げて口にするのか、ってことは分かるけどな」

 

親父は、辛そうに言う。親父は、オレが前線に出ることに対して賛同してくれたことはない。喜んでくれたことはない。事情は、少し考えれば分かるから何も言えないけど。しかし、誰の言葉だろうか。聞くと、親父は背中を向けたまま告げた。

 

「………あいつの。お前の、母親の言葉だ」

 

「え………」

 

「言われた当時は頷けなかったがな。今は痛いほど、身に染みる。それがこの世界においての、何よりの生き抜く術だってことも」

 

親父が言う。手は、また震えていた。なんで、そんなに辛そうなのか。聞いたけど、答えてはくれなかった。お前に告げるのは筋違いだからと。

 

「まあ、確かに。今の目の前、というか光景は忘れられねえよ」

 

「………そうだな」

 

親父が笑う。オレも笑った。そして、言葉を胸に刻んだ。本当の所は、理解できたとは言えない。

 

だって、とても同意できやしないから。オレにとっての苦境とは、BETAとの戦いだ。それは誰かが死ぬことと同じ。長く仲の良かった戦友が死ぬことを、愛せるとは思わない。

 

これからもきっとそうだ。きっと、ずっと、頷くことはできない。あの胸の痛みを愛するなど、そんなことができるはずないのだ。親父も、そういうことを言いたいんじゃないだろう。

それは、そんなことは分かるけど、かといって何が言いたいのかも分からない。

 

だから、目の前の光景を。輝く空を、オレは忘れないように、思い出として胸に刻んだ。

 

 

 

薄れていく視界の端で、とても温かい、銀色の何かが笑ったような気がした。

 

 

 


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