Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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※作者注。通信での会話は、『』で表記致します。


★4話 : First Combat_

誰かが言った。

 

 

 

――――これより、始まるのだと。

 

 

 

 

 

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戦術歩行戦闘機F-5(フリーダムファイター)。1976年より米国から輸出が開始されたこの機体は、ユーラシアの国連軍―――特に自国でライセンス生産能力を持たないインド亜大陸方面軍では、メインとして採用されている機体だ。

 

人類初の戦術機とされるF-4(ファントム)よりは安価で、装甲は薄いが機動性で勝るため前線ではF-4よりも評価されていた。

 

突撃級の突進、戦車級の噛み付き、要撃級の前腕。そして光線級のレーザーに、要塞級の衝角。BETAの攻撃力はどれもが想定以上の馬鹿げた攻撃力を持ち、F-4(ファントム)の厚い装甲でさえ突き破ってしまう。故に現在では、戦術機には、防御力よりも機動力を求められていた。

開発より17年、今ではユーラシア各国にも行き渡っている。

 

そんな機体のコックピットの中、一人緊張した表情で俯いている衛士がいた。

操縦可能な範囲ぎりぎりの小さい体躯で、自分の足元を見続けている。そこに、通信が入った。

 

白銀、という名前が呼ばれる。

 

「はい、なんでしょうか教官」

 

「いや………あと10分で出撃だ。最終チェックは終えたか?」

 

「は、い………今、完了しました」

 

「良し。お前のポジションは先ほど説明した通りだ。念のためだが確認する、復唱してみろ」

 

「了解。えっと………ポジションは突撃前衛(ストームバンガード)強襲前衛(ストライクバンガード)のターラー教官と二機連携を組み。そして先頭に躍り出て、BETAの糞共の同じく先頭に出てきた"猪"の後頭部を強かに、抉る」

 

「その通りだ。かといって、深追いする必要はない。私達の部隊の目的は、後方基地の援軍が到着するまでの足止めだ。殲滅ではない」

 

「はい!」

 

「あとは………言っておこうか。私を恨んでくれていいぞ」

 

「きょ、教官?」

 

「訓練を満了していないお前の―――志願したとはいえ、最終的な出撃を許可したのは私だ。だから、私を恨め。この戦闘が終わったら、思う存分殴らせてやる。だから………終わるまで、死ぬな」

 

ターラーは、懇願するように告げた。それを聞いた武は、教官として鬼のようだった時とはまるで違う彼女の様子に戸惑った。

 

(いつもの教官じゃない………あれ、これはひょっとして罠か何かなのか?)

 

悪魔のように鬼の如く自分達を鍛え続けた教官と、目の前の気弱な美人が同一人物であるというのか。武は重ねようとも重ならない認識を前に、ひょっとして夢を見てるんじゃなかろうかと自分のバイタル―――衛士の身体の状態を示すデータをチェックした。

 

(いや、起きてるよ。と、いうことは………えっと、教官の偽物?」

 

「思ってることが口にでてるぞ。全く貴様は………いや、いい。平常どおりで安心した」

 

いつも通りのアホガキだ、と。ターラーは武の様子に呆れつつ、それでも安堵のため息をついた。

―――この様子ならば戦闘中にパニックを起こす可能性は低いか、と呟いて。

 

ターラーも戦場とは長い付き合いなので、初陣の衛士にとっての大敵は熟知していた。

八分も越えられず死んでしまう衛士を多く見てきた。その死因も分かっている。

死んだ時の体勢は、まるでカカシのように棒立ちになっているか、狂乱の果てに無謀な機動を取って死んでしまうか。初めて味わう死の恐怖と、BETAが発する異様な威圧感に圧され、理性を飛ばしてしまって死ぬ者が多かった。

 

我を一度でも失った者が、戦闘中にリカバリーすることは少ない。新兵ならば余計にだ。

そうした死因を少なくするために、後催眠や鎮静剤を予め準備している軍もあった。

 

ここには、無い。

 

人員も設備も潤沢な後方の基地には多いだろうが、後催眠暗示をかけられる者がこうした最前線の基地に出向くことはまず無いことだった。

処置を施すにも、特別な知識と資格がいる。特に催眠は時として別の方向に悪用されそうなこともあるので、管理が厳しいのだ。そのため、あくまで物資移動を主とされているこの基地には、配属されていない。

 

「おう、楽しそうな会話をしているじゃねえか。俺も混ぜてくれんかな?」

 

「隊長」

 

ターラーは網膜に投影された隊の長に返事をした。

武はその髭面の強面に驚き。その後、こちらを探るような表情をしていることに気づいた。

 

「ふむ………肝は座っているようだな。緊張はしているようだが、バイタルを見る限りは悪くない」

 

ラーマは武のバイタルをチェックし、程よい緊張状態にあることが分かると、面白そうに言った。

 

「白銀、と言ったか………戦うことは怖いか?」

 

「怖いです」

 

武は、即答した。死ぬことが怖いです、と。

 

「BETAに殺されるのは嫌です………でも素手で立ち向かう事に比べれば、怖くありません」

 

「っ、言うじゃねえか! たしかに素手であの化物共と戦うよりはマシってもんだ!」

 

ラーマはどうやらツボに入ったようで、面白そうに笑う。

それを密かに聞いていた他の隊員達も、言うぜと面白そうな表情を見せる。

 

「だが………分かってるな?」

 

ラーマの、故意にぼかした言葉に、武は頷きを返した。

 

「はい。俺たちが抜かれれば――――最悪、先ほど後方基地へと向かった技術者と訓練兵と研究員がBETAとかち合う。そして、素手に近い状態で対面することになります」

 

それは、死と同義だった。小型種に分類される闘士級とて、鼻からのびる手で人の頭部をもぎ取ることができる。戦車級、要撃級という中型ならばもう歩兵でどうにかできる相手ではない。

奮戦に意味はなく、出会った人間は一方的に蹂躙され、立場の区別なく屍に変えられていくことだろう。

 

「その通りだ。一応は車の中に銃を積んでいるようだが………訓練を受けていない人間が、奴ら相手にまともに戦えるとは思えん。つまりは俺達が抜かれれば、彼らが死ぬってことだ」

 

「………はい」

 

つまりは、抜かれれば―――白銀影行が死ぬかもしれない。自分の父親が死ぬかもしれない。武は現状を改めて理解すると、恐怖に口が乾いた。もし自分の戦い方がまずければ、影行が死ぬかもしれない。そして、同期の訓練兵達も。

 

脳裏に浮かんだ彼らの顔が、胸の奥を締め付けた。結果如何では、もう二度と見ることができなくなるかもしれないのだ。

 

「緊張するな、と言っても無駄だろうな。だが、逸るな。後方の事情に関係なく、お前がやる仕事は一つだけだ。突撃し、BETAの糞共の先鋒を掻き乱すこと。後は、俺たち中衛や後衛に任せろ。連携を確かめる時間もない、今日はそれ以上の事は望まん。いや――――」

 

ラーマはそこで言葉を切り、表情を笑い顔から真剣なものに変える。

 

「死ぬな。這ってでも生き残れ。それがこの作戦において、お前が最も優先する任務だ………出来るな?」

 

「で、出来ます!」

 

「良い返事だ。あと3分だから、準備だけはしておけ」

 

と、リンクを切るラーマ。武は他の隊員達と、会話を始めた。

誰もが、こんなガキがと思っていて―――だけど今は、それを口にしなかった。

ターラーの許可を貰っている武だ。彼女の実力と判断力を熟知している隊員からすれば、この配置を疑うことはできない。

 

そんなターラーに、ラーマは秘匿回線でリンクを繋げた。

 

「なんでしょうか」

 

「いや白銀だが………良い顔をしているな。精神状態は全く問題はないように見えるが………本当に良いのかターラー」

 

「ボパールの糞共の動きを見る限り、コレ以外の方策は取れませんよ。ここで下手に温存しても意味がありません。前衛抜きでは限界があります。もし私達が抜かれれば白銀は、後方の泰村やアショーク、その他の訓練兵ともどもに喰われますから」

 

それを回避するために、とため息。

ラーマは目を閉じながら、自分の髭を触る。

 

「………因果だな。まさか自分があんな子供を戦場に送り出すことになるとは思わんかった」

 

「違います、隊長。責任は私にあります」

 

「いや、最終的な判断を下したのは俺だ。責任は隊長である俺に―――と言っても、お前は聞かんか」

 

ラーマの言葉に、ターラーは返事をしない。だが幼い頃からの、長い付き合いであるラーマは察していた。責任感が強いターラーは、いくら自分が言い聞かせても最終的には自分の考えを貫くだろうと。ターラー・ホワイトはそういう女性だった。

 

自分が何を言おうとも、責任は私にあるのだと――――その考えだけは曲げないだろう。それを察したラーマは、別の話題を振った。

 

「しかし、白銀武はいい目をしていたな。いつものように、名前についての意味は聞いたのか」

 

「ええ、初日に。姓のシロガネは(シルバー)。あるいは、白銀師―――ニホントウの刀身と鞘の間にあり、傷や汚れから刀身を守る役割を持つハバキという部品を作る者の名前だと。名のタケルは、"武"です」

 

「ブ?」

 

「はい。奴の父親………影行から聞いたのですが、色々と意味があるようで」

 

武は、“(ほこ)”と“止”からなる字。

故に戦いを止める、という意味で捉えられている。

 

しかしこれはあくまで俗説で、正しい説は無いという。

 

 

「弓を取って敵を止める者を模した形をしているなど、別の説もあるようです」

 

「どちらにせよ戦う者って共通のキーワードはあるが―――いや、面白い。組み合わせ次第で色々な意味が考えられそうじゃないか。夢が広がるな」

 

「ふふ、影行本人は、"響きが良かったから"とフィーリングで名づけたようですがね」

 

ターラーは苦笑しながら、語る。いい加減な親もあったものだと。

しかし、たしかに響きは美しい。

 

「なら俺たちは、その面白い―――将来有望なガキを殺さないようにしないとな。日本の諜報員って可能性も消えたし」

 

 

志願する眼は衛士の眼で――――あんな眼をする諜報員は居ない。

ターラーとラーマは熟練の衛士の経験と勘により、確信を持って白銀武を戦友と認識する。

 

「この状況………突撃前衛抜きじゃあ、正直やばかった。それに志願する若干10歳の歴代最年少天才衛士………いいねえ、陳腐だが悪くない。まるでどこかの英雄譚じゃねえか、ええ?」

 

「出来すぎな気もしますがね。納得出来ない部分は多々ありますが、まあいいでしょう。何処の誰の意図であっても、やるべき事は変わりません………しかし、隊長の名前も英雄ですが?」

 

ラーマーヤナから取ったのでしょうと、ターラーは言う。

 

「あのヴィシュヌ様の化身かあ? いや、俺はそんな柄じゃねえし、自分の女を信じ切れなかった男になんざ成りたかねえよ――――っと、後方部隊の準備も完了らしい、時間だ」

 

基地より送られてきた情報を元に、現状を確認したラーマが隊員に合図を送った。

 

そうして、ラーマ率いる中隊は哨戒基地より出撃を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――地雷が爆裂し、突撃級が宙を舞う。

 

ボパールハイヴと哨戒基地の間に敷設された地雷群までBETAが侵攻したのだ。

 

そこはかつて山林や山があった場所だが、今は無い。幾度も起こった戦闘―――機甲部隊による砲撃や、戦術機甲部隊によるBETAと戦闘により削られ、今はBETAの進行ルートである荒野へと成り果てていたからだ。ここより横にそれた地域ではまだ山地が残っており、ここは地雷を敷くにはうってつけの土地だった。

 

ひっかかったBETA――――その先陣たる突撃級のいくらかが爆散し、土塊と砂塵が大音量と共に大気に放り投げられる。無貌の大地に、今では戦闘開始の合図に等しい白煙が撒かれた。更に白煙に向け、基地後方から申し訳程度の支援砲撃が降り注いだ。

 

光線種が居れば、そのレーザーにより砲弾のほとんどが撃墜される。だが、今回は光線種によるレーザーで撃墜された砲弾は、無い。

 

HQ(ヘッドクォーター)より各機へ。被撃墜率はゼロ。群れの中に光線種は存在しないようだ。だがハイヴから光線種が出てこないとも限らない。出来うる限り低空にて戦闘を行え』

 

『クラッカー1、了解―――さて、聞こえたなお前ら。あの群れの中にレーザーを垂れ流す糞共は居ねえ。だが、こっちも機甲部隊の数が足りてねえ。支援砲撃による打撃は期待できない―――つまりは、俺たち戦術機甲部隊が主役になるってこったな』

 

クラッカー中隊の長であるクラッカー1、ラーマより隊の全員へ声が飛ぶ。

 

『脱出した基地の戦友達を守れるのは俺たち次第だ――――そこんとこ肝に命じて、糞共を一匹残らず食らい尽くせ!』

 

『『『了解!』』』

 

 

大声で隊員が返答した。直後に、白煙から生き残りの突撃級が現れ、待ち伏せていた戦術機甲部隊へ突進して来た。

 

『クラッカー12、白銀! まずは前衛の私達で突っ込む! 糞共に押し込まれる前にこちらからお迎えだ!』

 

『了解!』

 

『訓練通りにやれば出来る! さあ、行くぞ!』

 

 

戦線を押し込まれる前に叩く、と。

強襲前衛のターラー機と、突撃前衛の武機が分隊単位、二機連携(エレメント)を組んで突撃級へ突っ込んでいった。戦術機の機動性を活かし、突撃級の横をするりと抜けると、振り返りざま点射した。

 

36mmの塊が、固い前装甲とは違い拳でもずぶずぶと貫けそうな柔らかい背中部を貫き、その活動を永遠に停止させた。

 

 

『初撃破おめでとう、と言っておこうか………が、次だ! その調子でどんどん行くぞ!』

 

『はい! ボパールから来たのは、せいぜいが大隊規模ってところですか』

 

『ああ、これなら何とかなりそうだ、が―――油断はするなよ、気を抜けば死ぬと思え!』

 

『そ、んな余裕はありませんよ!』

 

処女きったのを喜ぶ暇もない。武は喋りながら動き、次々に突撃級を屠っていく。

しかし、所詮は二機だ。突進してくる突撃級の全てを捕らえることはかなわず、数匹が武達の届かない位置まで抜けた。

 

『っ、しまっ―――』

 

抜けたら親父たちが、と。武は焦るが、それは早計というものだった。

中衛、後衛の中隊員達が前方の援護をしつつ、その撃ち漏らしをすべて潰していった。

 

それを見た武の口から、安堵の声がもれた。

 

『おい、クラッカー3より、クラッカー12へ! 後ろは任せろって言ったろう、忘れたんか!』

 

『そう責めてやるなよ。しかしガキだと思ってたが、意外とやるじゃねえか………流石はターラーの姉御のお墨付きだ』

 

『ああ、てめえは前に集中してろ! 抜けてもいい、俺たちが潰してやる!』

 

『前を潰される方が堪えるんでな! お前はお前の仕事をしろ、任せるぜ!』

 

『っクラッカー12、了解しました!』

 

武は通信の声に大声で返事をすると、前方の敵に集中した。次々とやってくる突撃級を、危なげなく撃破していった。前面の装甲は、時には120mmの砲弾や艦隊の砲撃に耐え切るほどに硬く、分厚い。だが、背中部分は前面に反して柔らかく、36mmを数発でも叩き込めば沈黙するぐらいの、わかりやすい弱点だった。

 

武達は教練途中とはとても思えないぐらいに、戦術機を操り背後に回っては最小限の弾薬で突撃級を撃破していった。

 

そして数分後には、突撃級のその8割が地に伏せることとなった。

 

『光線級がいないのは、不幸中の幸いだったか』

 

『そうみたいですね………いれば、自分も危なかったとおもいます』

 

前衛で暴れている武の機体でも、レーザー照射を知らせる警報は一度も鳴っていなかった。

つまりは、後方には光線種はいないということだ。そして群れの中でひときわ大きい要塞級も見えない。残るは中型と小型の間ぐらいの大きさで、しかし数は一番多い戦車級が群れの中核となっているのだろう。あとは突撃級とほぼ同じ大きさを誇り、その両腕で戦術機を襲う要撃級だけだ。

 

それでも、一体いれば歩兵を薙ぎ倒せる程に強いのだ。武とターラーはその認識を元に、2機で動いた。その2種の間合いの外から突撃砲を叩き込み、後ろには通さないとばかりに、次々に倒していった。残弾が危うくなれば、ターラーが指示の元に一端後方に退いて、マガジンを交換した。

近接長刀による格闘戦は行わない。

 

初陣であり、しかも教練途中の繰り上がり任官にも程がある武には、近接格闘戦はハードルが高いとターラーが判断したからだ。

 

それとは別の部分で注意する点もある。ターラーはその様子を見るべく、武機に通信を入れた。

 

『白銀、20分は経過した。死の8分は、超えたな』

 

『は、い。いつの間にかですけどね………』

 

武は息も絶え絶え、といった様子で返事をした。ターラーは顔を少し顰めると、しっかりしろと大声で言った。

 

『突撃前衛じゃあそんなもんだ。時間を見る暇もないからな。むしろ、我を無くさないだけ大したものだ。しかし、生きてかえってこそだぞ?』

 

『了解、です』

 

『しかし………いい加減に限界か。敵はあと2割が残っているが………』

 

『い、え、まだ、やれます』

 

『無理なら無理と正直に言え。耐えようとするのは立派だが………いやこれ以上を要求するのは酷か。あとは残りも少ない。最悪お前一人だけでも基地へ戻れ。これならば、私一人でも何とかなりそうだからな』

 

『は、はい。でも、良いんですか』

 

『兵士は死ぬもんだが、いきなり死ななきゃならんほど慈悲が無いわけじゃない。本当に無理なら無理と言っ『クラッカー1よりクラッカー2へ。ターラー聞こえるか?』はい、聞こえます』

 

いきなり入った通信に、ターラーは嫌な予感を覚えた。

 

『隣のブラボー中隊がやられた。前衛と中衛、2機を残して全滅したらしい。生き残りの2機も、敵中で孤立しているとのことだ。至急救援に向かい、4機編成を組め。あっちに抜けられるとまずい。戦線を維持しろ、とのHQ殿からのご命令だ』

 

『………こちらの前衛が居なくなりますが?』

 

『残った俺達でどうにかするさ。予想外に白銀が頑張ってくれたのでな。クラッカー3・ガルダとクラッカー7・ハヌマを前に出す。この数なら、あいつらでもカバーできそうだ。それより急いでくれ、仲間をここで見殺す訳にはいかん』

 

『了解です。白銀、聞こえたな?』

 

『はい』

 

返事をする武。その声は強がりを見せる時の色に似ていた。

ターラーはその声から、そして投影された映像から武がやせ我慢をしていることを察する。

だがその目に戦意が宿っているのを見て、即座に行動することにした。

 

(長引かせる方がまずい。それに、後方も安全とは限らない)

 

隣の中隊が抜けた、ということは敵撃破の速度も下がる。それよりは、とターラーは生き残りの2機の腕に期待し、できるだけ短時間で戦闘を終わらせることを選択した。

 

『行くぞ!』

 

『了解!』

 

武達は噴射跳躍を行い、低空での匍匐飛行でBETAの死骸の上を抜けていった。

 

やがて二人の視界に、倒れ伏した戦術機が映り出した。踏み潰された機体と、胸部がへこんでいる機体が大地に横たわっていた。

 

どうやら最初の突撃級と、その後の要撃級にやられたようだ。

 

『教官、あそこです!』

 

『中尉と呼べ、急ぐぞ!』

 

2機はそのまま、まだ戦闘を継続している機体を見つけると、突っ込んでいった。

生き残りの戦術機に気を取られているBETAを。

 

こちらに背中を見せている間抜けな要撃級に36mmを贈呈し、囲いを薄めるべく120mmで手早く片づけはじめた。武もそれに続く。ターラーよりも命中率は低いものの、背中を向けている静止目標ならば大半を当てられた。

 

そうして、数分後。ターラーはひとまずの安全を確保すると、生き残りに通信を入れた。

 

『こちらクラッカー中隊のターラーだ。お前たちはブラボー中隊の生き残りだな?』

 

『その通りだ、助かったよ中尉殿。アタシはブラボー11、リーサ・イアリ・シフ。少尉だ。援護感謝する』

 

『こっちはブラボー10、アルフレード・ヴァレンティーノ少尉だ。後ろやられて、限界近かったんだ。助かったよ美人さん。お礼にこの後お茶はいかがかな』

 

軽いが、感謝がこもった言葉。武はそれを聞いて、嬉しい気分になった。

誰かを助けて礼を言われることは日本に居た頃もあったが、戦闘途中ともなればどうしてか言葉に芯が通っているように思えた。

 

本当に嘘のない“ありがとう”。武はまだ慣れない英語の言葉に、嘘の無い感謝の気持ちというものを知った気がした。

一方で、そういった言葉に慣れているターラーは軽口に苦笑し、応答を返した。

 

『はっ、上官を前にそれだけ口がまわるようならまだやれそうだな。4機連携でこの囲いを抜け、一端下がった後に糞共を迎え撃つ。いいな、白銀』

 

『りょうか―――って、教官、なんか顔が赤くなってないですか?』

 

『―――い・い・な・し・ろ・が・ね?』

 

『りょ、了解であります!』

 

ターラーはよし、と言った。感謝の言葉には慣れていても、そして基地に居る頃はまだしも、戦闘途中にこうした口説きの言葉を向けられるのには慣れていなかった。

 

心構えが必要だろうが、とぶつぶつ言っていた。

 

『………ふうん、アルフレード。どうやら中尉殿は結構なベテラン思わせる腕なのにそっちの方の免疫が―――って、ガキィ!?』

 

『おいおいリーサ前も言っただろ東洋人は年よりも若く見えるって――――ガキィ!?』

 

金髪の北欧系の女性衛士。後ろに長髪をまとめ、その一目見て活発なことを思わせる外見をしている女性は、リーサと呼ばれた。そして調子のいいアンチャン風味で、こちらは短く黒髪をまとめている男性衛士、アルフレードと呼ばれた。

 

それなりに整った容姿をしている二人の眼が、網膜に移った武の姿を見て驚愕に染まった。

どうみても成長期に届いていない子供だ。でも、さっき見た動きはそれなりに"乗れてる"奴のもの。

 

混乱に、思考が硬直する―――腕も足も、近づいてくるBETAを屠るように動いてはいるが。

 

二人の動きに合わせ、武とターラーも残存する要撃級、戦車級へと突撃砲を叩き込んでいった。

 

リーサとアルフレードは、一般衛士よりはかなり"乗れている"方だ。2機で孤立した状態でも生き残っているのが、その証拠だ。

そんな二人から見ても、ターラーと武機にセンスがあるのを伺わせた。

 

そして、きっかり1分後。リーサとアルフレードはようやく我に返った。

 

『………ガキを戦わせるなんて、とかこんな前線にとか。色々と文句はあるけど―――助けられた手前何も言えないねえ』

 

『むしろさっきまで中隊組んでた連中よりは乗れてると見たぜ、信じられないけど………まあ、その話も後だ、後』

 

 

文句も何もかも、語るのは基地に生きて帰ってから。そうやって割り切った二人は、即座にターラーの指示をあおいだ。ターラーは武を含める3機に指示を出し、即座の連携を組みながら、後方へ一時的に下がっていく。

 

そして距離を保ったまま、迫ってくる要撃級を次々と撃破していく。

 

距離があるなら、要撃級はむしろ突撃級よりもくみしやすい相手だ。

 

リーサやアルフレードといった腕のいい衛士の力もあって、広域リンク上からBETAの赤いマークが次々と消えていく。

 

やがて、BETAの残数が一割を切った。

レーダーにて残存数を確認した衛士達の間から、緊張感が薄れていく。

 

ボパールからの"おかわり"はこないし、カシュガルからの団体さんの姿もない。団体さんは数が多く、事前に知らされた進軍速度、またレーダー上にある現在の位置から見て、この地点に到達するまであと3時間はかかるだろう。

 

それは後方基地からの連隊―――もうあと数分で到達すると連絡があった戦術機部隊に任せる。

 

取り敢えずだが、自分たちが担当する第一波のBETAの攻勢は乗り切れた。

 

(後方に抜けたBETAはゼロ。オヤジたちは逃げ切れた。でもこっちも限界か。腕も足もやべえ。何より内臓揺らされて吐き気が………)

 

武が、安堵の息をつく。

 

(何とか仕事はこなせたな。さて、大尉の方の部隊は………)

 

と、ターラーがクラッカー中隊の方に気を取られる。

 

――――そう、今までBETAに向けていた集中が、少しだが緩んだ瞬間だった。

突如、地鳴りが響き、武達の機体を足元から揺らす。

 

『な、地震………!?』

 

『いや、これは――――下か!? っ、各機気をつけろ、一時的に後ろへ退け!』

 

ターラーの言葉。それに対して、リーサとアルフレッドは反射的に対応できた。

その場から跳躍し、地面から離れたのだ。

 

しかし、疲労もあってか――――初陣である武は反応できなかった。

 

その機体の足に、戦車級が取り付く。

 

 

【挿絵表示】

 

 

『ひ―――!?』

 

『白銀!』

 

機体にのしかかった、感じたことのない重み。そして次々に取り付く戦車級に、武は情けない悲鳴を上げていた。網膜に投影された視界の大半が、戦車級の皮膚の色に染まっていく。

 

武はぎしぎしと、機体が揺れる中、何かが削られる音を聞いた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

(死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ――――!)

 

戦車級の噛み付きが、戦術機の装甲を上回るのは有名な話だった。衛士の死因の大半が、戦車級によるものなのも武は知っていた。

 

それが現在進行形で自分に襲ってきているのだ。

 

果ては、頭からばっくりと喰われてしまう。武は思い立った途端に、パニックに陥った。

 

その狂乱を察したターラーがすかさず救助に入ろうとしたが、回避にと一度後方へと跳躍しているので、咄嗟には動けなくなっていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

武も、頭のどこかでそれを認識していた。間に合わないと、誰かが叫ぶような声が聞こえたきがした。

 

(この、ままじゃ、喰われ――――)

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

脳裏に浮かぶのは、死の光景。まざまざと映る、胴体より食いちぎられた自分の内臓。

 

    まるで、何度も見たことがあるようなそれに、武の思考が更に混乱の極地に達した。

 

 

(死ぬ。そう。まるで――――)

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

      フラッシュバックする光景があった。それは、どこかの誰かの最後の光景だった。

 

 

武機の動きが停止した。それを機だと判断したのか、戦車級と同じく地面から這い出した要撃級が間合いを詰めていった。

 

十分に距離を詰めた後、巨大な前腕を振りあげ、コックピットに狙いを定めた。

 

武は、音を聞いていた。唸りを上げて迫る、硬い硬い要撃級の腕の音を。

 

 

 

―――再度起こる、泥色の記憶の閃光。

 

 

同時に、"シロガネタケル"は動いていた。

 

 

 

 

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"それ"を見たのは、3人だけだった。

ターラー・ホワイトに、リーサ・イアリ・シフに、アルフレード・ヴァレンティーノ。

武と同じ戦場で、近くに居た3人だけだ。

 

彼、彼女達はそれぞれが武を助けようと、BETAの動きを見ている最中だった。

子供を死なせる道理はない。衛士より以前に、大人として当然の認識を全員が捨てていなかった。

だが、要撃級が武機に近づき、前腕部を振り上げた光景を見た瞬間には、3人はそれぞれの頭で一種の諦めを浮かばせていた。

 

ターラーは激戦の経験故か、特に多い。リーサとアルフレードも、その光景はよく見ていた。

 

戦車級に仲間が喰われるのも、要撃級にコックピットごと潰されるのも、両手両足では数えきれない回数を見せられていた。だからこそ理解できることがあった。それは、どう見ても間に合わないタイミングだということ。どうしようとも手は届かず、死神の鎌を防ぐには時が足りない。助けられない無力を味わう時間がやってくるのだと。

 

3人はその感触を、半ば確信していた。

 

 

―――だから、何が起こったのかは分からなかった。

 

 

それは、熟練の衛士であるターラーをして、意味が分からない光景。

武のF-5は膝をついてはいるが、無事なのだ。損傷はある。たしかにある。

 

しかし、さっきまでは居た要撃級も、戦車級も居なくなっていた。

 

確認できたのは、ターラーだけ。はっきりと視認したのは、武機が健在で――――取った行動、その4つだけ。

 

 

――――ひとつ、武機が要撃級に向け、"前に出て"。

 

――――ふたつ、左腕に要撃級の一撃が当たると同時"姿勢制御の如く小さい噴射跳躍があって"。

 

――――みっつ、独楽のように回転した武機から"取り付いていた戦車級が弾き飛ばされて"。

 

――――よっつ、着地した武機から、要撃級に向け36mm砲の斉射し"その全てを命中させた"。

 

 

『は………』

 

 

リーサとアルフレードは硬直し、間抜けた吐息のような声をあげていた。

だが即座に我にかえると、武機を再度襲おうとしている残りのBETAを駆逐していった。

 

飛び散った戦車級が集まってくるが、奇襲さえなければ十分に対処可能だ。

 

ターラーはそれに加わりつつ――――武が何をやったのかを理解した後、全身に立つ鳥肌を抑えきれないでいた。

 

(やったことは分かる。分かるが――――今日戦場に出たばかりのルーキーが取れる行動か!? いや、熟練の衛士でも………!)

 

武が何をやったのか、ターラーは頭の中で反芻する。

振り下ろされる腕、その威力が最も高くなるのは遠心力と体重が乗った先端部分だ。

要撃級の腕から繰り出される一撃は決して甘くはない。

真正面からまともに叩きこまれれば、強靭な装甲でもひしゃげさせられるぐらいの威力がある。

 

武はそれを受けないためにむしろ踏み込んだ。威力が最大となるのは、遠心力が乗った先、要撃級の正面に立ちそれを受けた時になる。

 

だから先に当たるように、遠心力が乗る前に攻撃の"出"の部分で受け止めたのだ。回避ができないと判断したからこその防御行動だ。

 

大きな威力で殺されるより、小さい威力で損害を最小限に留めたのだ。

それと同時に機体を傾けさせ、姿勢制御による小さな噴射跳躍を行った。

地面に立っている時よりも、宙に浮いている時の方が機体に走る衝撃の力は少ない。

武は噴射し宙に浮かび、そして衝撃によって生まれた慣性力を殺さない方向に、独楽のように機体を回転させた。

 

武の機体に生まれたのは回転により生まれた遠心力。それは、取り付いていた戦車級を強引に振りほどく力となった。竜巻に弾き飛ばされるように戦車級は飛んで行った。

 

最後まで油断の欠片もなく、着地後には即座に構えは終わっていた。

 

迅速すぎる狙いつけ。鮮やかに、手近の脅威たる要撃級は撃破されていた。

 

こうして言葉にすれば簡単だ。簡単ではあるが、とターラーは呻いていた。

 

(普通、あの刹那にそれが出来るか? 一歩間違えれば死ぬ中で、冷静に操作を………いや、恐らくは私でも無理だろうな)

 

そもそもが規定の範疇にない選択と行動だ。発想そのものがイカれている。

 

あんな機動、誰も教えないし、そもそも考えつかない。あれは何度も窮地に追い込まれた事がある者にしかできない、狂人の発想だ。

 

(流石にもう動けないようだが、しかし―――)

 

と、そこで近場にいる残りのBETAを全滅させたターラーは、武に通信を入れる。

 

無事か、応答しろ、と。

 

だが、返ってきたのは何とも異様な音だった。

 

おろろろロロ、という、基礎訓練時には聞き慣れた声。

 

それは、応答の声ではなく――――嘔吐音だった。

 

『いや………誰も吐けとは言っとらんのだが…………』

 

『オロロロォ………すみま、だいじょうぶでそロロロロロロ』

 

『し、白銀…………いや、本当に無事なのは何よりなんだが………こっちまで気分が悪く…………』

 

ここで影行あたりが言えば、"応答と嘔吐をかけたんだな!"と言いながら、アメリカで知ったHAHAHAという笑いと共に頷いていただろう。

 

が、ここは戦場であるからしていない。当たり前でもあった。

 

一方でターラーは、武の踊るように見事な機動を見せられた後、戸惑っていた。

一連の行動の前に対して感嘆の念を抱くやら、はたまた後のギャップに呆れるやら。

 

同じくして武の状態を知ったリーサ達も、何とも言えない表情になった。

 

『色々と言いたいことはあるけどねえ。いや、こういう時はどんな顔すればいいのか』

 

『ああ、ほんとに………って勘弁してくれよ。音聞いたらこっちまで吐き気が移ってくる。おい、シロガネ、と言ったか。限界そうだが、大丈夫か?』

 

アルフレッドの心配そうな声。

武はゲロを吐きながら、サムズアップを返す。だが耐え切れず、再び下を向いて盛大に吐いていた。

 

『………実に無理っぽいな。ったく、こんな短時間の戦闘で限界たあ、頼りになるんだかならないんだか』

 

『初出撃だぞ、仕方ないだろう。訓練も完全には終っていないんだ』

 

『な、は、初めてか!? それで、"アレとコレ"ねえ。この子が生き残って大人になったら色々と伝説になりそうだ』

 

『見事な吐きっぷりだしな』

 

『それは置いとけ。その前だよ、肝心なのは。全く、つまらない所に飛ばされたと思ってたけど………面白くなってきたじゃないか』

 

 

言いながら、3人は内心で酷く興奮していた。

 

得体の知れない、大きな何かに包まれる感触をどこかに感じながら。

 

 


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