Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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c話 : Graduates in the same class_

また、夢だと気づいた。何でって、死んだはずのあいつらがいるからだ。インドでターラー教官の地獄のシゴキを受けたみんなが。場所は、郊外の廃校舎。疎開が進み、誰も使わなくなっている場所を借りた。先生役はターラー教官と親父だ。生徒はインドの時の同期と、そして。

 

(ちょ、まず、タケル!)

 

タリサの声が聞こえた。ふと、窓の外に向けていた顔を前に。そこには、鬼の顔があった。

 

「おい、白銀?」

 

「やべっ」

 

「遅い、真面目に聞け!」

 

「ペンパルッ!?」

 

教官―――最近になって大尉に昇進したターラー教官が投げたチョークが、額に命中した。

あまりに痛くて、変な声が。それのせいか、教室に笑い声が木霊した。唯一、ラム君だけは心配そうにこちらを覗きこんでいたが。

 

ああ――――確か、そうだった。この日は、アンダマンキャンプに居る衛士の卵達が、こちらにやってきていたのだ。社会見学のようなものだな、と親父は言っていたっけ。

 

その一環で、将来のためにと授業を見学することになった。内容は、衛士が知っておかなければならない二つ、BETAと戦術機についてだ。とはいっても卵にしか過ぎない、まだ軍人未満であるタリサ達に聞かせられることは多くない。教えるにしても初歩の初歩、基本的なもので、タリサ達にとっては目新しい科目の勉強となり、俺達にとっては基本の復習になる。

 

身体を休めがてら、基本に立ち返って、初志を思い出せばいい。ラーマ大尉はそう言いながら、笑っていた。また、別の部分でも教わればいいと。親父はそういった事をしたがる傾向があった。事実、先程の授業の中だが、親父はここいらの国々の歴史や、地理についてを簡単に教えてくれた。昔にあった文明。人間に必要なもの、水、それに沿って発展していった人間のこと。ラーマ大尉と、そして親父もそうだが、あの二人は妙に一般の勉強を教えたがる節があった。特に少年兵と呼べる、年若くして軍人になった相手にはそうした念を強く抱いているように思えた。それが気づけたのは最近で、もっと前からそうした考えを持って動いていたらしいけど。

 

ラーマ大尉は、また別の目的があるらしい。あいつは最初から頭が良くて、自分で教えられないのが悔しいと愚痴っていたのを聞いたことが。その顔は、戦術機動とその理論については俺に敵わない親父のように、情けないものだったっけ。

 

(………あいつ?)

 

ふと、疑問が浮かぶ。しかし夢はそんな俺の思いと関係なしに、進んでいく。戦術機に出来ること。その由来。跳躍ユニット、機動性、複雑な地形における戦術機の有用さ。BETAの簡単な種類と、各種に対する戦術が確立されるにつれて、進化していった戦術機の仕組みについて。

 

聞けば理解できるような、簡単な内容だった。特に頭を働かせる必要もない。将来的にテスト・パイロットを目指すのであれば、もっと高度な知識が必要になるらしいけど。いかにも勉強が嫌いそうなタリサや、アショークあたりはそれを聞いて嫌な顔をしていたっけか。

 

その後、授業は問題なく進み――――と、中盤にさしかかった時だった。

 

少し退屈そうに、頬杖をつきながら授業を聞いていたタリサから質問が飛んだのは。挙手しないで発言するタリサにターラー教官は睨みつつ注意をしたが、質問の内容に興味があるのか続きを促した。

 

「最近になって確認されたっていう、兵士級の事を聞いて思ったんだけど。新しい種類とか、その、昔の光線級の時のように………新しい役割を持つBETAが発見されることってないの………ですか」

 

尤もな問いだった。BETAをよく知る衛士ならば、考えたくない部類にはいる疑問だ。それは、更なる脅威のこと。今以上に強く厄介なBETAが生まれないか、という。タリサの言う通り、航空戦力へ対処するために出てきた光線級の前例があるから、杞憂ともいえないのが嫌な所だ。去年あたりから確認され始めた兵士級は、闘士級と同じ部類の、小型種の歩兵にしか思えない。

 

だけれども、もっと別のBETAが。レーザーのような新しい武器とか、そういうものを持ったBETAが出てこないのか、それが心配なんだろう。

 

(でも、それはちょっと違う。光線級も、地球に来てから造られたわけじゃない)

 

最近になって分かったことだけど、光線級は地球に来てから生み出された種ではないらしい。あの目玉キラキラ野郎共は、元々は岩盤溶解作業など、レーザーでなくてはできない作業のための種族としてハイヴの中に存在していた。地球に来てから生み出された訳じゃないと、さっきの説明の中にもあった。ターラー教官はそれをタリサに指摘するが、良い着眼点でもあると、褒めていた。

 

「未知だが、十分に有りうること、その危険性か………より厄介な種のBETAが生まれる可能性は、ゼロじゃない。あいつらの事で、分かることは実に少ないからな」

 

ハイヴにしてもそうだ。一定のフェイズを越えたハイヴは、宇宙へと何かの固まりを排出しているらしい。だが、それが一体何なのか分かっていない、兵士級にしてもそうだ。何故最近になってああいった小型種が出てきたのか、研究は進められているらしいがこれといって確定できる結論は得られていないとか。

 

(それも、俺達衛士にとってはあまり関係のないことだ、とはこの時には考えていたっけか)

 

例えば、弱点が。一発でも36mmが当たれば倒れる弱点なんか発見されれば、非常に有用なので嬉しいことこの上ない。けど、そうでなければどうでもよかった。別に、あいつらの足にすね毛が生えてようが、その本数が何本だろうが興味はない。

 

俺みたいに、前衛で暴れて注意を引き付けるのが役割の衛士なんかは、特にそうだ。敵がどういった時にどういう動きを見せるのか。射程距離は、旋回速度は、間合いは、それが分かっていれば問題はない。それを声に出して言うとまた、ターラー教官とあいつに怒られるだろうけど。

 

思考を止めるな、とはターラー教官の口癖だ。視界の狭い馬鹿はどこに行っても疎まれるだけだ、とは教官の50ある口癖の一つである。

 

良い教育ママさんになりますぜ、と親指を立てたアルフレードは元気だろうか。

昼なのに星が見えると言っていたが、もう現実に戻ってきただろうか。

 

しかし、BETAの種類のこと。授業がハイヴの所にまで及んだ時に不思議に思うことがあった。それは、反応炉と外を繋ぐ穴のことだ。土中を掘り進み、多少揺れても問題がない強度のトンネルを作ること。

 

それを聞いた時、以前に親父が言っていた日本の琵琶湖のことを思い出した。アレも一応、土木工事だから。琵琶湖のこととは、亜大陸の戦況悪化を知った日本が、1987年より始めた一大土木工事のこと――――琵琶湖運河の浚渫だ。首都である京都を守るために必要な重要拠点、それを結ぶ一大運河を作ること。河川の底にある土砂を浚い、30万tクラスのタンカーでも問題なく通れるようにするとか何とか。

 

日本の土木技術は世界でも有数だと、親父が自慢気に話していたことを思い出す。なんでも、高校の頃の同期がその工事に一部だが携わっているらしい。親友の一人で、昔は一緒に馬鹿をやったと聞かされた。橋やダムみたいな土木のことは全く分からないけど、それでも関わりが深いものはあった。それは、横浜にあった地下鉄のこと。珍しく休暇が取れた親父と一緒に乗ったことのあるあれだ。

 

その時はどうでもいいウンチクをたれたがる親父の言葉を無視していたけど、何故か今は思い出した方がいいような思いに駆られていた。地下鉄といえば、トンネル。そして列車を通せるだけのトンネルを掘るのは非常に難しいらしい。大気だと大気圧、水中だと水圧が常に作用しているのと同じで、土の中にも常に土圧が作用していて、それが厄介らしい。

 

トンネルを掘るとしよう。するとその外縁部には、常に土圧が作用する。水中でも、ぽっかりと空隙が出来ればそこに水が殺到するのと同じ。だから、トンネルを掘るにはその土圧というか、地盤の堅さと、あとは地中にある水、地下水位にも気をつけないといけないらしい。

 

以前はトンネル工事中の崩落が多発し、それを解決するため最近ではシールドマシンなるものが開発されたと、以前に親父が新聞を見ながら言っていた。シールドマシンなるもの、俺は実物を見たことがない。仕組みだけは聞かされた。大型の筒状のようなもので、掘った直後に外壁をコンクリートブロックか何かを埋め込み、外壁を構築していく。大規模なトンネル掘削の時に使われるものらしい。

 

と、そういった事を考えていると、またチョークが飛んできた。そしてターラー教官から、今何を考えていたかを言え、と。その表情に何かを感じ取った俺は、素直に考えていたことを話した。最後に一言を付け足して。

 

「光線級と同じように、トンネル堀りが専門のBETAとか、いるかもしれませんね」

 

親父の言うような、シールドマシン的なBETAが。世界で唯一、ハイヴ内のデータを持ち帰ったヴォールク連隊のデータもある。穴の外壁は、ただの突撃砲では破壊できないほどの強固な物体で覆われていたらしい。ブロック状ではなかったらしいけど、BETAならばそんな強い液体か何かを生み出せるに違いない。だけど、要撃級がバケツを片手に外壁を塗る作業をしているとは思い難い。

 

「それでは、そのシールドマシンとやらの形状をしているBETAが居るかもしれないと?」

 

「えっと、これはただの想像ですよ?」

 

「想像でも妄想でもいいさ。子供かつ戦場を知るお前だからして、何か分かることがあるかもしれん………予想もつかない馬鹿だしな」

 

「それじゃあ俺が、ただの変人じゃあ――――って、なんでみんなそこで頷くんだよ!」

 

見れば、タリサを含む全員が納得したように首を縦に振っていた。ああ、最後の砦であるラム君まで。ちょっぴり拗ねそうになるが、思えばいつものことなので気を切り替える。

 

「えっと、例えば地下鉄みたいな形状で。穴を堀りつつ、さきっぽから粘液みたいなものを出すとか。そんで、瞬間接着剤みたいに、すぐに固まるとか」

 

語彙少なくも説明する。我ながら間抜けな説明だと思ったが、ターラー教官は続きを促してきた。

 

「光線級みたいに、戦時に使われるなら………? うーん、まあ地中を侵攻するなら、堀り進んで移動して、一気に、こう、ドバっと。

 

他のBETAを吐き出されると困りますね。要塞級の大規模バージョン的な、列車みたいに運搬する役割に使われるとか」

 

「他のBETAを運搬する、列車みたいな奴か…………………絶対に、居て欲しくない類のやつだな、それは」

 

ターラー教官は深く考え込んだ後、忌々しいと唸っていた。俺も、それには完全に同意した。きっと衛士ならば、誰でも同意してくれると思う。それもそうだろう。だって、陣中深くに大規模なBETA群を吐き出すような奴がいるなんて、考えたくもないのだ。それだけで戦況の9割は決定されるだろう。勿論、人類側の大敗という結果に。

 

なのにターラー教官は、妙に具体的に対処方法を聞いてきた。

もし、そんな奴がいたらどうするかと。

 

「ああ、状況は常に最悪を想定しろ、でしたっけ」

 

「そうだ。例えばでいいが、お前ならば、どんな方法を取る?」

 

いつもの思考実験か。空想の条件を想定し、対処方法を考える。とっさの判断力を鍛えるためのトレーニングのようなものだ。そして、その問いに対し良い回答をしようとするなら、まずは基本的な状況を整理しなければならない。

 

もしいるのなら、深い土中を掘るような奴だ。土圧に耐えうる外殻を持つBETA………外からの攻撃が通用するとは思えない。戦艦クラスの砲撃だとしても、どうか。味方の陣中奥深くならば、戦術核も使えまい。用意するにも時間がかかる。

 

ならば、答えは一つだった。いつもとは違って、スムーズに解答はまとまってくれた。

 

「戦術機が、S-11を。口の中のBETAを吐き出そうとしたその瞬間に、口の中に叩きこむ他ありません」

 

強固な外殻があるということは、逆に考えれば大規模な爆発でもその圧力が外に漏れることはないということ。ということは、中で爆発すればその破壊力は全て口の中か、その先に集中する。上手くいけば口の中にいた大規模なBETA群ごと一網打尽、やったぜお前ら的な効果を得られるって寸法だ。

 

「上手く決まれば、それこそ英雄ですよ。ピンチを救うどころか、何千のBETAを一瞬で撃破できるんですから」

 

戦艦の砲撃も良いだろうが、そんなピンポイントでの着弾は狙えないだろうし、そもそもそいつは出てきた瞬間に叩かないといけない。その他の方法も、リスクが大きすぎる。その点、戦術機ならば。

 

「Sー11を中距離で撃ち出せる銃でもあれば良いんですけどね。あ、でもリスクが大きいですか」

 

まかり間違って味方の中で爆発すれば、それもそれで終わりだろう。壊滅的な被害を受けることは間違いないと思われる。そういった事を言うと、ターラー教官は頷いていた。

 

見れば、泰村達も頷いている。俺の妄想なのに、何故にこうも頷かれるのだろうか。もしかして、良い所をついていたとか。ちょっと嬉しくなり、席に座ろうとした時だった。

 

 

「………口、ね」

 

 

ターラー教官の顔は、まるで戦場の中のそれに変わっていた。そして終わりの鐘が鳴った。

 

空は夕暮れ。ターラー教官と親父が運転する車に乗り、俺達は街へと帰るのであった。

 

慰労ということで、ごちそうが用意してある、元帥の仮宅へと。そして、馬鹿騒ぎをして。

 

 

―――夜中、布団の中で俺達はあの警報を聞いたんだ。

 

 

「英雄、か」

 

 

誰かが呟いた言葉が、ずっと耳の中に残っていた。

 

 

 


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