Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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20話 : 新しい環境、新しい部隊_

明けて、翌日。斯衛の新兵達は、慣れない基地の中で朝を迎えていた。見慣れない天井を見上げながらの起床。すぐに身支度を整えて、食堂へと向かう。その顔は、あまり明るいものではなかった。すぐ横の部屋にいる同期たちと合流し、ごきげんようと朝の挨拶を交わした、

 

「ふあ………あー眠たい。唯依~、昨日眠れた?」

 

「ううん、熟睡は出来なかったかな」

 

篁唯依は、少し疲れた顔で首を横に振った。

 

「私も。やっぱり、緊張しちゃって」

 

「情けないですわね。休息も衛士としての役目ですわよ」

 

「そういう山城さんも、眠れていないでしょ。疲れてそうに見えるけど」

 

談笑しながら、基地の廊下を歩く。すると行く先に、ある人物が見えた。シャワー室から出てきたその人物は、昨日に自己紹介をしあった、ベトナム義勇軍の隊長だった。まさか隊長とは思っていなかった唯依達は、聞かされた途端に驚きの声を発した。本来であれば無礼にあたる軽い懲罰ものの言動だったが、本人の意志により許された。

 

『それ以上のことをしでかしてますから』という言葉が決定打になったのは、言うまでもない。

 

「シャワー室から出てきたようだけど………寝汗でも酷かったのかな」

 

「確かに昨日は熱帯夜でしたけれど」

 

甲斐志摩子の言葉に、山城上総が答えた。気温が高いのもそうだが、湿気も高く、寝るのに辛い環境だった。

 

「日本に慣れてないのかな。あれだけ日本語喋れるのに」

 

「語学の習熟と気候の慣れは、また別物でしょうに」

 

「聞いてみようか。特に悪い人じゃないようだし」

 

唯依の提案に、能登和泉以外の3人が意味ありげな表情をした。唯依は何かいいたげな3人の顔に、居心地の悪さを感じると、問い返した。言いたいことがあったらどうぞ、と。それに、待ってましたと安芸が話しかけた。

 

「唯依、すごかったもんね。瑞鶴とか、愛しの巌谷榮二中佐のことを語ってる時の顔なんか」

 

「うん、恋する乙女だったよね。瑞鶴と、巌谷中佐とのノロケ話。聞かされてた鉄中尉は、苦笑しっぱなしだったよね」

 

「ちょ、っと、それは………!」

 

唯依は昨日の自分の言動を思い出し、顔を赤くした。自分が瑞鶴との挨拶が終えた後に、鉄中尉から機体を近くで見せて欲しいという、要望があった。邪なものを感じなかった唯依は、それを受諾した。何より、瑞鶴という機体に忌避感を抱いていないように見えたからだ。

 

斯衛の瑞鶴という機体だが、海外の衛士には微妙に見られることがあると、以前に尊敬するおじ様から聞いていた。生産性の低い機体で、コストと性能があっていないと、馬鹿にする者もいるらしい。国内の中にも少なからず居る。唯依はこの基地に来た後、整備員に挨拶をしたが、彼らの中にも難しい表情を浮かべている者がいた。

 

だけど、鉄大和は違った。はっきりと言い表せないが、期待感のようなものを瑞鶴に抱いていたように思う。その後の会話から、分かったことだ。どうしてか瑞鶴がもつ性能に詳しく、機体の特徴について話したが、十分に会話になっていた。知ったかぶりではなく、本当に瑞鶴について深い知識を持っていたようなのだ。その上で、良い感情を抱いている。父が開発した自慢の機体を認められて、嬉しくない者はいない。

 

だけど、唯依は巌谷以外の男性と、あまり言葉を交わしたことはない。最近でいえば、自分たちの教官であり、今は出向元である帝国陸軍に戻った真田大尉ぐらいだ。それでも、話は進んでいく内に弾み、果てには語り草ともなっているF-15Cとの模擬戦について語ることになっていた。

 

「それで、あの時の唯依の顔ったら無いよね」

 

安芸の言葉に、志摩子と上総が思い出し笑いをした。

 

「うんうん、顔を真っ赤にして“貴方もそう思いますか!”だって。でも足踏まれた時の鉄中尉、痛そうにしてたなー」

 

「あ、あれは………だって、鉄中尉が」

 

模擬戦の結果と、父と巌谷中佐の苦悩と。唯依は両方を知っていた。子供の頃だが、二人が会話をしているのを見たことがあるのだ。どんな事について話をしていたのか、その内容は分からないが、「これで良かった。もう、後には戻れん」という言葉だけは。聞いたことがない程に、辛そうな声で言っていたことは、唯依の脳裏に焼き付いていた。

 

だから、見事だと。良い機体だと言われては、喜ばない以外の選択肢は取れないというもの。

唯依はだからしょうがないじゃないと、心の中で言い訳をしていた。

 

「でも………義勇軍には悪い噂があるよね」

 

「い、和泉?」

 

今まで黙っていた彼女の言葉に、唯依が焦った。低い声、その様子は訓練学校の頃の彼女からかけ離れていた。その調子のまま、言葉は続いた。

 

「九州の戦闘の後の中国地方への援軍。山陰から山陽への移動。それを敵前逃亡だって考えている人が多いって」

 

和泉はこの嵐山の基地に、そして任官する直前に聞いたうわさ話を話した。義勇軍は、最前線の中でも最もハイヴに近い九州から中国地方へ、そこから更に遠ざかるように南下していた。今では九州の、そして中国地方の西部方面軍はほぼ壊滅状態である。だからこそ、義勇軍は敵から逃げ続けたのだという声も上がっていた。

 

「この基地に来てから、噂話の確度も………唯依に言った事も、印象を操作するだけかもしれない」

 

「和泉………」

 

「………ごめん。私、先に行くね」

 

「和泉! 朝ごはんは!」

 

「一人で食べるから」

 

言い残すと、食堂へと歩いて行った。

前にいる鉄中尉を追い抜いて、鉄の顔に視線を送ると、そのまま。

 

追いぬかれた鉄大和は、妙に早足な背中を見た後に振り返った。

 

「えっと………彼女、何かあった?」

 

睨まれたんだけど、と鉄が問う。志摩子が慌てながら、違うんです、と言った。

 

「違うって、何が………………あー、そうか。そっちの方か」

 

「鉄中尉………その、怒らないんですか?」

 

噂話が真実かどうか、分からない。もしも濡れ衣であれば、いやそうでなくても、いきなり睨まれては不快感を抱くのは当然のことだ。なのにあまり怒った様子がないことに、4人は疑問を浮かべていた。年齢は同じらしいが階級も実績も向こうの方が上である。

 

普通は忌々しげな顔で、問答が始まる所だ。だけど彼は少し周囲を見回して、言うだけだった。

 

「ここじゃなんだから、食堂で話すか」

 

「えっと、ここじゃ不味いんですか?」

 

「………やっぱ、気づいてないのか」

 

見られてるぞ、と。鉄の言葉に唯依達が周囲を見回した。すると、いつの間にか近くに居て自分たちに視線を送っていた基地の軍人が、慌てたように散っていった。

 

 

「さあ、美味しい美味しい朝飯を食おうぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって、食堂。中隊の面々が集まる中で、武はこっちで話があるからと、斯衛の4人と集まって朝食を食べていた。斯衛の4人は、何故か名残惜しそうな顔を浮かべていた風守少佐の表情が印象に残っている。だが経緯を聞いた後、能登少尉の相談を受けるか、と一人食堂の片隅で座っている和泉の方へと歩いて行った。

 

「あのバドル中尉はいいんですか?」

 

「問題ない。今日は朝に手紙書いて、遅めに食堂に来るって言ってたし。王も橘少尉も、一人で食べたいようだし」

 

鹿島と樫根は別件だ。何やら基地の人員の事で、呼び出されていると聞いた。

 

「それよりも、彼女。ひょっとして九州か、山陽側に展開していた部隊に、家族か恋人でも居て」

 

亡くなったか、との言葉に、4人は頷いた。

 

「え、ええ。和泉は、九州に恋人が………ですが、先の戦闘で………」

 

よく分かりましたね、との問いに武は複雑そうな表情を浮かべた。

 

「俺は、なんていうか女に睨まれる事が多いんだけど、あれだけ憎しみがこもった目ならな。事情も背景も、大体想像がつくからな」

 

むしろついちまう、と困ったように。そして自分の噂も、と。それを聞いた唯依は、直に聞くことにした。噂はどこまで本当なのですか、と。まさか正面から聞かれると思っていなかった武は、驚きながらも答えていった。

 

「まず、目からビームは出せない。ここ重要な」

 

「………ふざけてるんですか?」

 

「そういったつもりはない。けど、まあ………」

 

武は言葉を濁した。ある光景を思い出しながら、顔色を悪くする。朝に思い浮かべることじゃなかったわ、と。そうして、九州侵攻から四国への撤退について、指向性蛋白など話せない内容は省いたが、それ以外はありのままを語った。最後にまた困った顔をしながら、言う。

 

「彼女にとっては、意味のない真実だろうけどな」

 

「え、どうしてですか。真実がそうであれば、和泉も………」

 

「少なくとも、しばらくは無理だろな。確かに俺達の行動について、そういう風にも取れるって部分がある。それで………もしかしてと思う気持ちと、その恋人との記憶がある限り、当の本人が何語ったって受け入れられやしねえ」

 

武は言った。大切な者を失えば、それは悲しい。その悲しみや憎しみは、行き場の無い感情は流れやすい所に流れていく。逃げ場があれば、逃げてしまうように。当たる的があれば、と。

 

「何でもないように言うんですね」

 

「あ、言い忘れたけど敬語はいいよ。風守少佐以外の5人だけが居る場、限定だけど」

 

「そ、それは不味いのでは」

 

「頼むよ。俺、同い年の奴が同じ隊になるのって初めてでさ」

 

妙な壁を作るのは、面倒くさい。そう告げる武に、上総だけが頷いた。

 

「なら、言わせてもらうわ。貴方、戦場で命を賭けて戦ったんでしょう? 筋違いの悪意を受けて、何とも思わないの」

 

山城上総が、厳しい表情で問いかける。提案されたとはいえ、切り替えが早すぎる。そのあまりの言い方に、安芸と志摩子がぎょっとした。当の本人である武は、気にした風もなく答えた。

 

「大きな声じゃ言えないけど、まあ面白くはないな。ムカついている気持ちはあるよ、当たり前だろう。だけど、まあな」

 

武は言葉を濁した。高級将官や政治家の裏の思惑など、任官したばかりの人間に聞かせる話ではない。だから、納得はしていないけど、仕方ないとだけ告げた。

 

「怒ってくれてる所申し訳ないけどな。でも、ありがとう」

 

「別に。間違った行いが許せないだけですわ」

 

「正直だなぁ」

 

武は苦笑して、それでも珍しくは無いんだと告げた。

 

「世界には色々な奴がいる。すれ違いなんて日常茶飯事さ。だから納得はできないけど割り切る事はできるから」

 

仕組んだのは四国の誰かだが、その裏の存在を思うと、表向きには不満を示せない。あるいは、義勇軍を暴走させるのが狙いなのかもしれないから。武はそんな黒い事情は言葉にせず、自分なりのもう一つの回答を告げた。

 

「色々あるって、割り切れるさ。誰であっても絶対的に共通できる常識なんて、見たことが無い。国籍、性別、背景、思想、倫理………」

 

そして、軍の中には様々な人間が。特に濃いこだわりを持つ者が、大勢集まってくる。

 

「衛士となれば尚更だって。国連軍や大東亜連合軍と一緒に戦った奴なら、特にそう考えると思うぜ。細かい勘違い、いちいち気にしてたら日が暮れちまうってな」

 

「鉄中尉………」

 

「まあ、元上官からの受け売りなんだけど」

 

「そ、そうなんですか」

 

あっさりと告げられた言葉に、4人は顔をひきつらせた。ある意味で台無しであった。

 

「でも、義勇軍………そうでしたわね。大陸や東南アジアでの戦闘が多いと………そこで、色々な戦闘を経験したのかしら」

 

「ああ。その中で、色んな人とも出会った。まあ、慣れたらどうってことないさ。肌の色も、言葉も、思想も、機動の理念も。一つでも共通する所があったら、分かるさ。おんなじ人間だって」

 

だがホモ野郎、てめーは許されないと武は言った。表情が怒りのそれに変わる。形相に驚いた皆の中で、唯依がおずおずと質問をした。

 

「あの、中尉? 顔がまるで鬼のようになってます」

 

「た………や、大和で良いって。まあ、ちょっとあってな」

 

遠い目をする同い年の上官に、4人はどんな顔をすればいいのか分からなくなった。

笑えば良いと思うよ、という少年の顔が別の意味で痛かった。

 

「それでも、パンツは免れた。それだけで、戦った意味があったよ」

 

いい勉強になったと、笑う武。パンツだけは許さないがと、親指を立てながらの強がりに、上総が思わずと同情の言葉をかけた。それだけの表情をしていたからだった。

 

「本当に、辛い戦いでしたのね。それでその愚行をした下手人は、今は?」

 

きつくいえば強姦未遂、下手をしなくても重大な懲罰は免れないもの。憲兵によっては、という行為だ。どうなったのかを尋ねる上総に、武はご飯を口に運びながら言った。

 

「ああ、死んだよ。技量が高くない奴だったし。確か、2回か3回ぐらい後の戦闘だったかな」

 

まるで、何でもないかのように。告げられた人の死に、4人は硬直した。

 

「死んだ、って」

 

「突撃級を跳躍で回避した時に、ちょっと飛び過ぎてな。どうなったのかはお察しの通り」

 

「それって………」

 

「空は人間のもんじゃない。なら、あとは領空を侵犯した裁きを受けるだけさ」

 

武の言葉通りに、戦闘区域において取る高度を誤るのは命の喪失に直結する事を、唯依達は知っていた。教練の最初に叩きこまれた衛士の常識であるからだ。だけど実際の経験談として、それもおどろおどろしくなく、日常のように語られる誰かの死。唯依達にとっては不気味であり、何より生々しい話に聞こえていた。

 

「そう、ですわよね。戦場で死ぬのは、BETAだけではあり得ないのは………」

 

「戦場とは、そういうものだって、私も聞いています」

 

上総の言葉に、唯依が頷いた。彼女らも、身近な人から戦場という言葉が持つ残酷な意味は聞かされていた。だから思い出すだけで、新たな発見ではないのだ。

 

「それでは………中尉の、同期も?」

 

おずおずと、安芸が尋ねた。だが、聞きたいことでもあった。死の八分、衛士の生還率の低さが頭に残っているからだ。それは近い将来、現実となって自分達の身に降りかかる現実でもある。

 

武はその質問を聞いた途端、箸をぴたりと止めて、発言した者の顔を見た。何かを言おうとして、口を閉じて。テーブルにあったコップの水を一息に呑んだ後に、言った。

 

「全員、もう居ないな。でも、勇敢な奴らだったよ」

 

それが疑いなく、真実なのだと。二の句を繋げさせない迫力に、安芸は息をのんだ。だが、全員が死んでいるという言葉は重かった。あるいは、自分たちがそうなるかもしれないが故に。武は安芸と志摩子の顔色の悪さから、何を考えているのか察して、慌てて否定をした。

 

「早々死ぬことはないって。風守少佐って優秀な指揮官がいる、あの人は無闇に部下を殺す人じゃないから運が良ければ生き残れるって」

 

「それでも、運が悪かったら死ぬんだ………」

 

「そりゃあ、まあ………死ぬよな」

 

その言葉に、暗い表情になった。しかしと、武は言う。

 

「言っちゃなんだけど、十分に恵まれた環境だと思うぜ? 良い上官に、最前線じゃない戦場。瑞鶴だって、衛士の生存を優先に作られた機体だ。少なくとも第一世代機で初陣に挑んだ衛士よりは、ずっといい」

 

「第一世代機………というと、F-4(ファントム)とか、F-5(フリーダムファイター)とかですか」

 

「そうそう。それに、俺達だって援護するさ。新人の後背を守るのは、先任の衛士の役割ってね。俺も、随分と守られたし」

 

最初は酷かったと、武は苦笑せざるを得なかった。

 

「“死の八分”だよね。越えた時はどう思った? 何か、感慨深いものでもあったでしょ」

 

「いや、何も………というか、いつの間にか越えてたな。ただ、目の前に必死だった。突撃前衛で、ほっとする暇もなかったし」

 

武は初陣のことを思い出し、語った。教官であった人と一緒に出撃した、初めての鉄火場。

命令されたことは、訓練の通りに、だけど決して足を止めるなと言われていた。

 

「何とか、生き残ってさ。最後にはもう、吐いて吐いて大変だったけど」

 

「吐いたって………」

 

「胃の中身を盛大にぶちかました。整備員に、酸っぱ臭えって文句を言われたよ」

 

ぽりぽりと頭をかいて、武は言う。応答せよ、という言葉に、嘔吐を返してしまったと。

その少し情けない様子に、唯依達は、口を押さえながら、少し笑ってしまっていた。

 

「じ、Gに耐え切れなかったの?」

 

「ああ。緊張感もあるけど、単純な体力不足に筋力不足ってのが原因だった。基地に帰ると噂になってるし、もう情けないやら悔しいやらで。周囲の先任達に助けられてなかったら、絶対に死んでたな、間違いないぜ」

 

「変な自信だけど、胸を張っていうこと?」

 

「生還できたから胸を張るんだよ。助けられたけど、生き残りました。俺には頼れる仲間が居ましたって」

 

変に自信満々に語る武にどうしてか唯依達はおかしいと思うようになっていた。歴戦の勇であることは間違いないだろう。現在の義勇軍の隊長で異議が出ていないように見えるとは、そういうことだ。だけど鉄大和は、隔絶した存在ではなかった。妙な格好もつけず、ただ情けないエピソードばかりを語ってくる同い年の先任がいるだけ。だが、助けると。彼は、それだけを何度も言うのだ。

 

(でも、何となくだけど、ほっとした)

 

唯依は、そう思った。同期の友達を見て、尚更に思う。安芸も志摩子も。暗い感情を消せていない和泉も。山城さんだって、待ち構えている未知の戦場の全てを理解できていないと。衛士のほとんどがそうであるように、知らぬ内にBETAの恐怖を抱いている。気概による大小の異なりはあるが、恐怖を抱いていたのは確かだ。それは、死を忌避する人間の、自然な反応とも言えるかもしれない。

 

だからこそ、実戦というか戦場を感じさせるマハディオ・バドルや、王紅葉といった義勇軍の衛士とは近寄りがたいものを感じていた。光州作戦の活躍は、記憶に新しい。そうした衛士は、無意識に戦場の空気を纏っている。ひと目あっただけだが、不安に思っていた。

 

だが、鉄大和に対しては、何となくだが彼らとは違うものを感じていた。腕は立つのだろうが、どこか浮世離れしている。最初の唐突な出会い、そして微かなすれ違いに、唯依としては笑えないのだけど、ちょっとした笑い話と気が合う話が少々。

たった一日二日だが、遠い存在とはとても思えなくなっていた。それでいて、話している内容は生々しく、だけど嘘がないことが分かる。だけで笑えてくるのだ。いつしか、顔を青くしていた安芸が、元の顔色を取り戻すぐらいに。そうして、話題は斯衛の話に移っていった。

 

「風守少佐って相当のやり手だよな。斯衛の衛士って、大抵があんなに出来るのか」

 

「そりゃあ、なんていったって斯衛だから。でも、風守少佐は特に凄いと思うわ」

 

「ええ。瑞鶴の、メインではないけれど、テストパイロットも務めていらっしゃった方だから」

 

「………へえ、そうなんだ」

 

「数少ない、実戦を経験した衛士だし。九・六作戦の後の、BETAの急侵攻を防いだ部隊の一人だってことは、武家の人間なら誰でも知ってる事だよ」

 

「ああ、そういえば聞いたことあるな」

 

武は、大陸での事を思い出していた。斯衛の名前が出る時は、大抵がその話だった。武勇に優れていた赤の斯衛の中隊のこと。その中でも別格と言えるぐらいに、化け物みたいに腕が立つ衛士が居たとも聞いていた。

 

「ああ、それはきっと紅蓮大佐のことだと思う」

 

飛び込んできた声。発言したのは、斯衛の誰でも無かった。唯依は横からやってくる人物の、その姿を見た。本土防衛軍の軍服を着ている女性衛士だ。髪の色は白く、ポニーテールを眼の色と同じ、淡い赤色のリボンで束ねていた。眼はどこか気怠げな様子をしていた。

 

顔もどこかダルそうな感じだ。その肌の色は、髪よりも更に白かった。

隣には同じ本土防衛軍の衛士がいた。長身であり、仕草からはぶっきらぼうな性格が見て取れた。

服装もやや乱れており、どこか見苦しいものを感じさせた。だがどちらも階級は中尉であり、少尉に成り立ての自分達より階級は上だった。

遠目に一度だけしか見たことがない本土防衛軍の中尉が、自分たちに一体何の用があるのか。

唯依と、そして上総達も構えていたが、その中で武だけがなんでもないように言葉を返した。

 

「えっと、小川中尉と黛中尉でしたっけ」

 

「そう」

 

「けっ、そうだよ。朝の賭け、負けた分を払いに来たぜ」

 

黛と言われた男は、横に座ると自分の皿の上の卵焼きを一つ、武の皿へと移した。

 

「えー、そっちの焼き魚じゃないんですか? 確か、走る前に言ってましたよね。おかずを一品、何でも取っていいぜって」

 

「………鬼かお前は」

 

「勝負に情けなど不要。男に二言は無し。そう教わってきていますが」

 

「なら、私の卵焼きを一つ提供する。そして………」

 

小川と呼ばれた女性は、横目でちらりと斯衛の面々を見るが、気にせずに提案をした。

 

「風守少佐の、私が知ってる限りの情報。それで勘弁して欲しい」

 

「………オッケーです。交渉成立ですね。あ、賭けに出してた、こっちの情報も要りますか?」

 

「助かる。むしり取られただけって知ったら、英太郎がピーナッツ野郎扱いされるから」

 

「ちょ、おま、朔! 言うに事欠いてピーナッツ野郎たぁなんだ!?」

 

「事実でしょうに」

 

「まあ、あれだけ大口叩いといて、負けましたからね」

 

急に始まった、当人同士しか分からない会話。

あまりにも突然だったので、唯依達はポカンとしていた。が、気を取り直すと武に向かって、朝の賭け事とはなんでしょうか、と問うた。

 

「あー、朝のマラソン勝負。一定のタイムで20周して、どちらの方が息が切れてるかで勝ち負けを分けるって賭け」

 

「おかしいだろ………なんで全然息が乱れてないんだよ」

 

唯依達は、黛と言われた衛士の事は置いて、武の顔を見た。

 

「あの、シャワー室から出てきたのって」

 

「流石に汗はかいたから。あの後も走ったし………って、どうした?」

 

「いえ、まさか………こんなに朝早くから走っているとは思わなくて」

 

「まあ、初陣で盛大にゲロったからなぁ。そのトラウマを克服するためにも、かな」

 

もう日課になってる、と武は言った。そして服の隙間、鎖骨から見える筋肉を見た。確かに言うだけはあって、武人の肉体を見慣れている唯依達から見ても、相当に鍛えられているような筋肉だった。視線に気づいた武は、苦笑しながら答えた。

 

「気力を語る前に、体力をつけろ。訓練生時代に、教官から骨身に染みるほどに叩きこまれたんだ」

 

「え………それで、応答が嘔吐のアレに?」

 

「面白そうだが、なんだその話は」

 

興味深いと、英太郎が話に割り込んできた。たずねられた志摩子が、慌てた様子で先ほどに聞いた初陣の話を暴露した。ひと通り聞いた二人の反応は、一者一様だった。小川朔は単純なダジャレがツボに入ったのか、無表情のままだが口を押さえて横を向いて肩を震わせた。

 

そして、黛英太郎は。

 

「へ、なんだ情けねえ。それじゃあさっきのはマグレかよ」

 

「だから鍛えたって言ってるんでしょ………ていうか、体力にマグレがあると思ってるの?」

 

「ちょ、朔、ぺしぺし叩くな! わかってる、言ってみただけだから!」

 

「あのー。できれば、風守少佐のお話を先に聞きたいんですけど。先ほどの紅蓮って人のことも」

 

「ん、了解した」

 

と、小川朔は語り始めた。急転する場に、唯依達は呆気にとられていたが、聞きたい話でもあったので、黙ったまま耳を傾けていた。

 

「活躍したのは、紅蓮醍三郎大佐。斯衛の武の頂点って言われている人。赤の色の斯衛の衛士、だけど普通の武家とは違う点がある」

 

「普通、ですか。確か赤は譜代でも五摂家に近い、有力な武家に与えられる色らしいですが」

 

「その通り。そして、赤の家の総数はある程度決まっている。その中に特殊な枠がある。武家の中でも特に重要視されるのは、その名前が示す通りで、剣や槍といった武道の腕により立っている者。だからこそ、達人は重宝される」

 

それが、紅蓮醍三郎だという。家ではなく、その技量により赤の家と同等であると認められている個人が存在すると。唯依達も、そのあたりの事は知っている。

 

「大陸に斯衛の兵を送る時には、率先して立候補したと聞いている。もう一人の武の頂点、神野志虞摩大佐もいた。こっちはれっきとした赤の武家、“神野家”出身の赤の衛士だけど」

 

豪華なメンバーだと、朔は言う。それを聞いた武は、何となくだが斯衛側の意図を察していた。危険な土地だが、最前線に代表を出して見せつけるなら、だ。その中に風守光の名前もあったとは、相当の腕なのだろう。

 

「同じく、派兵された斯衛の方々はほとんどが斯衛の中でも優れた腕を持っていた。最低でも山吹、譜代の武家の出身者だった。でも――――」

 

そこで朔は言葉を切った。

 

「篁少尉、だったっけ。あなたは風守家のことを知ってる?」

 

「はい。五摂家の、斑鳩家の御側役を代々務めてきた、赤の中でも特に有力な家ですよね」

 

「そう。だけど風守光少佐は風守として生まれた訳じゃない。元は守城家の生まれだと聞いている」

 

「………はい。“白”の守城家、ですよね。でも、何か事件があって………詳しい経緯は知りませんが、主君筋にあたる風守家の養子になったと聞かされています」

 

「へえ、そうなんだ。って、もしかして有名な話?」

 

「はい。斯衛であれば、ほとんどが知っているかと」

 

そういう事情が、と武は頷いた。だが、彼女たちの表情を見て怪訝な顔をした。

何か、複雑な事情があると、そう思えたからだった。尋ねると、斯衛の体質について説明された。

 

簡単にいうと、冠位が上の者。色の位階が上の者しか、指揮官にはなれないという。赤が隊長ならば、山吹は副隊長を。山吹が隊長なら、白が副隊長を。階級の順位は不動で、逆転することなどまずあり得ないらしい。

 

「………だから、元は白に生まれた風守光に対しての風当たりはきついってことか。同じ斯衛の中でも、人一倍に」

 

「そう。斯衛の中だからこそとも言えるね。帝国軍人には、あまり分からない理屈らしいけど」

 

「つまりは、能力が全く逆であっても?」

 

「“色”は絶対。例え人柄に問題があっても、実力が無くても、逆転することは――――ない」

 

朔の言葉は、強いものがこめられていた。それを聞いた武は妙に思った。生粋の斯衛であろう篁少尉が知らないことも、知っているように思えたからだ。その上で、言葉には熱がこもっている。どういった背景があるのだろうか。疑問を抱いた武に、唐突に答えはもたらされた。

 

「そういやお前も武家の生まれだったよなって痛ぇ!?」

 

「あっさりとばらすな、このタコ太郎が」

 

「って、風守少佐にもバレてただろ。どうせ伝わるのは時間の問題だし、お前隠し事下手だだだいだだだっ!」

 

朔は英太郎の頭にアイアンクローを決めて、視界を塞ぐと同時に武に顎で指図をした。も一個いけ、と。武はささっと敬礼をすると、ひょいぱくと卵焼きを口に運んだ。一連のやり取りを見ていた志摩子は、恐る恐るとたずねた。もしかして、知り合いなんですか、と。だが、揃って否定の言葉を返した。昨日が初対面で、言葉を交わしたのは今日の朝が最初であると。

 

「その割には、随分と気心が知れた仲のような………」

 

「いっつ………ま、まあな。昨日の言葉を見るに、あまり深く考えない馬鹿だって分かったし、それでも有能だってのは機体を見れば分かる。朝に体力をつけようって、走ってるのも」

 

「信頼はおろか、信用にも程遠いけど、有能だってのは分かる。そんな衛士とあらかじめ言葉を交わしておくのも、ね」

 

「は、はあ」

 

二人の説明を聞いた斯衛の4人は、イマイチ事情が分からなかった。だが、武は分かっていた。

ようは、自分の隊が著しい損害を受けた場合のことだ。残された自分達が合流する先は見ておきたいと、そういうことだろう。このまま話す内容ではないと判断した武が、話題を元に戻した。

 

「でも、風守少佐は尊敬されているようですね。石見少尉なんかは特に」

 

「“白”の生まれで養子になったとはいえど、“赤”に恥じない実績を残している方だしね。紅蓮大佐と神野大佐、武の極みたるお二方から認められているのもあって。忌々しげに思っている人間も少なくないだろうけど、声を大きく非難することもできないし」

 

「まあ、そりゃそうですよね」

 

斯衛の武が認めたのだ。実績も、恐らくは文句なし。その上で“白”風情が、と口にする人間は長生きできないだろう。紅蓮と神野の両方に喧嘩を売っているとされてもおかしくはないのだから。

 

「はー………何か面倒くさいですね」

 

「君もそう思うんだ」

 

「そりゃあもう。文句いうんなら、自分の言葉で語れってなもんですよ」

 

武は家を引き合いにしなけりゃ、文句もいえねーのかよ、といった。かつての中隊の誰もが、自力で自分の居場所を勝ち取ってきたから余計にそう思っていた。生家は没落とはいえ貴族だったらしい、フランス出身のフランツや、ドイツ出身のクリスティーネ・フォルトナーは生まれだの家だのを文句をいう理由にしたことなどなかった。誇りはあっただろう。だけどいつだって自分の言葉で語っていた。

 

紫藤樹も、お固い口調やストレート過ぎる言動はあっても、家を理由に誰かを悪くいうことなどなかった。

 

「そういえば、いつ………紫藤の家ってどんなものなんですかね」

 

「………へえ。やっぱり、義勇軍の貴方でも、マンダレーを落とした中隊の日本人のことは気になるんだ」

 

「ま、まあ、そうですね。東南アジアでも戦ってましたから。有名な部隊ですし」

 

言葉を力いっぱいに濁したような口調。

朔はその態度を訝しげに思いながらも、交換条件だからと知っている限りのことを教えた。

 

「現当主の、紫藤実はそう悪いうわさを聞かない。そうだよね、篁少尉」

 

「は、はい」

 

「でも、前代の当主は………次男の紫藤樹と長男の紫藤実の父親、紫藤幹雄は、その………」

 

いうと、朔は黙り込んだ。どうしたのか、武が尋ねると、朔は言いづらそうにしながらも答えた。

 

「女癖が、悪かったって噂がある。奥方は美人で有名だったけど、妾も、その、数人居たらしくて」

 

「………私も、似たような話を聞いたことがあります。巌谷のおじさまからも、出来るなら近づくなって」

 

武は聞きながらも、思った。そんな事になっていたのかと。そうしてまた、色々な人が居るってことを学んでしまったと頭を抱えた。そういえば、樹は生家の事を積極的には語らなかった。

 

母親が好きであることは彼が語る話の内容から何となく察することができたが、父親については話題にさえしなかった。樹の様子と今に聞いたことから、きっと聞きたくもない事情があったのだろうことは想像ができた。

 

「あー、もういいです。次はこっちの番ですよね」

 

武は義勇軍、自分やマハディオ、王と橘についてのことを簡単に話した。噂の真相や、現時点での隊長が誰であるか。ひと通り説明をして、真偽については鹿島中尉に聞いてくれとだけ告げた。

武は直接、自分の言葉で事のあれこれを語ったが、告げた相手が全てを信じるとは思っていない。

だから裏を取る意味でも、鹿島中尉に直接確認を取ってくれと言ったのだ。

 

「こんな所ですかね。っと、もう時間ですか」

 

「そうだね………でも、一つだけ聞いていいかな。何故、風守少佐のことを聞いたの」

 

「俺は、斯衛のことをよく知りません。何を優先し、何に怒るのかも。だから、これから一緒に戦っていく仲間のことはね。どこに地雷があるか分かりませんから。何を言われて激昂するのか、それだけは知っておきたかったんですよ」

 

「だから、せめて背景だけは知りたかったと?」

 

「はい。実戦の最中のふとした会話で爆発されてはたまらない。安全対策ですよ」

 

「隊が分裂するのは避けたい、と。君は賢明なんだね。初日から盛大に地雷を踏み抜いていたけど」

 

「ぬぐっ」

 

否定できない指摘に、武は玉子焼きを喉につまらせた。朔はうんうんと頷き、斯衛の面々を見ながら一つだけ、と前置いて言った。

 

「先輩として、忠告。あなた達には信じられないかもしれないけど………帝国軍の中には、斯衛軍を嫌っている人間がいる。もちろん、そうじゃない人もいるけど」

 

「え………」

 

「俺達は大陸に派兵されているのにどうして斯衛だけは、って。全てじゃないけど、そういう人達がいる。時期が時期だし、変に目立つのは極力避けた方がいい」

 

「全部が全部じゃないけどな。平時じゃないし、ピリピリしてる奴は多いのもあるから気をつけろよ。あとは鉄中尉――――お前はいつか泣かす」

 

言い残して、二人は去っていった。背中を見ながら、安芸が呟いた。

 

「どうして………同じ、日本を守る軍なのに」

 

「………そうだな」

 

武は、その言葉に頷きながらも、全く逆のことも考えていた。同じ人間でも、立場が異なれば協力できないこともある。よく聞かされていたのは、人間とは複雑怪奇な生き物であること。理屈より感情で左右されることが多いのは、武自身も身に覚えがあった。

 

そして、感情のままに取り返しの付かない状況になってしまった事例も。それは、かつての東西ドイツの泥沼模様だ。武はクラッカー中隊にいた頃、同じ隊員のクリスティーネ・フォルトナーから聞かされたことがあった。

 

かつて行われた、欧州の一大反攻作戦であるパレオロゴス作戦の失敗。当時東西に分かれていたドイツは、その責任を相手に擦り付けあったらしい。同じ国なのに陣営として成立、自国の人間同士の対立が起きた。そうして、助長する各国政府の情報操作に世論誘導。人類の敵ではなく、同じ人類へと多くの銃口が向けられる時代があったという。果てには、BETAと同じぐらいに互いを敵視し、緊張状態が何年も続いた。擬似的な二正面作戦に近く、軍全体の力のリソースの半分が、BETA以外の部分に向けられてしまっていた。

 

そうした情報を考えるに、当時の衛士達は、東ドイツ、西ドイツ、BETAとの三つ巴の中の泥沼な戦況に放り込まれていたのは間違いなかった。きっと対BETAに専念すれば起こりえなかった悲劇が、大量に生まれては消えていったのだろう。

 

だが、それは世界中のどこにでもある問題とも言えた。東西ドイツはその最たる例だが、人間同士で争うことは少なからずある。今回の義勇軍の騒動に関したってそうだ。軍は面子というものを大事にするから、仕方ない部分もあるが。

 

面子は形には見えないものだが、一度失われれば、民間人からの信頼が損なわれる。故に軍が体面を保つことは、何より自国の民のための重要なことであった。だが、自国だけの面子を保ち、利益を優先すれば軋轢が生まれるのは当然だ。そんな中で、問題となっているものは多い。

 

例えば、難民解放戦線のこと。1996年に急速に拡大した、キリスト教恭順主義派のこと。武はある一説として、彼らは自国の利益のために切り捨てられた者達が多いと聞かされていた。面子を守り10を死なせないため、2、3が切り捨てられ、その見捨てられた者達が結成した組織であると。

 

また、純粋な国益のためではなく、自己の利益を優先する者は国連軍に多いともされていた。先ほどはつい思い出してしまったが、βブリッドのこともそうだ。中には、ふざけているとしか思えない題目が研究されていた。研究所に居た民間人のことを思い出せば、歯ぎしりしか出てこない。

亡国の衛士で、難民キャンプを見た者の中には、彼らを奴隷商人と罵倒することもあったが、武は全くだとも思っていた。

 

《オルタネイティヴ4と、オルタネイティヴ5の対立もな》

 

声の言葉は、最たる例であった。指向性蛋白のことも。武は声と話しながら、あれはきっと何かしらの条件があるとふんでいた。彼が丸亀の生まれだったことは無関係ではないだろう。それを利用し、自分という不安要素を取り除こうとする者達もいる。

 

自国の利益のためであれば、人を人とも思わぬ輩がいる。だけどまた、人道に則り任務を全うする軍人も存在している。

 

《馬鹿の考え、休むに似たりだぞ》

 

(うっせえ。知らない内にカモにされるのだけは、避けなきゃならないだろうが)

 

反論すると、ふと視線を感じた。

 

「中尉………難しい顔をしていますが、その」

 

「いや、何でもない。だけど、そうだな」

 

ため息を一つ、間に挟んで。

 

「全人類が一丸になって戦えたら、絶対にBETAに勝てるのにな」

 

複雑な心境はあり、不可能に近いことだと知っている。だけど武は、昔から変わらない自分の考えを口に出した。

 

 

 

 

だが、上手くいかない事例は身近に転がっていた。演習の前に、それを口に出したのはマハディオ・バドルだった。問題は、もしも風守少佐が先に撃墜されてしまったら、という場合。

指揮は誰が引き継ぐのか、という点についてだった。

 

「斯衛の慣習とやらでは、篁少尉に引き継がれるんだろうが………それは拒否させてもらう」

 

「つまりは、どういう事だ?」

 

「気概はあるんでしょう。新人にしちゃあ、肝が据わっているように見えます。技量はこれから確認するとして、それでも前もってこちらの考えをね」

 

これから行われるのは演習と模擬戦だ。だが、問題としているのは勝負以前のことだとは言った。

 

「実戦経験の無い衛士に、自分の命を預ける馬鹿はいないってことですよ。なので、風守少佐が落とされた後は、鉄中尉が指揮を引き継ぐこと、これを認めて欲しい」

 

「なっ………!」

 

上総が一歩前に出て、何かを言おうとする。だが光がそれを手で制し、全員に向けて言った。

 

「それはできん、と突っぱねたら貴官はどうするつもりだ」

 

「面従腹背って言葉に沿った行動を。少佐亡き後は自分たちなりに、生き残るための最善の選択を取らせてもらいますよ」

 

つまりは、腕づくをも辞さないと。光は義勇軍以外の、帝国陸軍の3人も同じような考えを持っているように見えていた。固い決意が透けて見える。光はそれならば貴官が指揮を取らないのは何故だと、問うた。マハディオは義勇軍側の4人を指しながら、武の頭を叩いて、言った。

 

「全員が、こいつの指揮を見ています。今のところ、異議は全く上がっていません」

 

「だが………」

 

言葉に詰まった光に、横からの挙手があった。

 

「篁少尉、発言を許可する」

 

「はい。自分は、全ては納得できておりません。だけど、バドル中尉が指摘されたことは、嘘偽りのない事実でもあります」

 

斯衛としての矜持はある。だけど、実戦経験豊富な衛士よりも自分の指揮が優れているなど、何の前提もなしに思い込むことはできない。率直な言葉に、光は目を丸くした。そうして唯依は、困った顔をする武の方を見て言う。

 

「自分も、鉄中尉ほど実戦を知っているとはいえません。ですけど、未熟なままでいるつもりはありません。だから今の時点においてはその意見を受け入れるべきだと思います。口論をしている時間も惜しいと思われます」

 

「……余計な口論、そして混乱は無駄な時間の消費に繋がると言うか」

 

「はい。そして………いずれ、立場だけではなく、自分の腕で納得させてみせますから」

 

歴戦の衛士を前に、強気な言葉であった。新人の強がりとも取られるかもしれない。だが、武とマハディオはそうは思わなかった。過去の経験から言うのだ。この場面で、自分の意見を抽出した上で啖呵を切れる衛士は本当に少ない。それができるだけで、この場は引き下がる価値があると。

 

「分かった、相応しいとすれば、こちらからお願いするよ」

 

「はい、遠からず、絶対に」

 

一応は纏まった話に、光は号令を出した。

 

「それでは、これよりシミュレーター訓練を行う。全員、搭乗!」

 

駆け足で乗り込む。着座調整、コールサインの確認、互いの機体の確認。

そこでマハディオは、風守少佐が乗っている機体を見ながら言った。

 

「仮称、武御雷でしたっけ」

 

「中尉も知っているのか」

 

「大東亜連合の技術部から、いくらかの情報提供があったってことはね。噂でしかありませんが、聞いていますよ。元クラッカー中隊の人間として、その技術方面の重要人物とは面識がありますし」

 

「ほう、誰だ」

 

「元ですが、整備班長兼、機動概念と関節部に関する研究員です」

 

普通は兼ねない役職に、斯衛と、そして鹿島の顔がえっという表情になった。

 

「あ、自分知ってるっす!」

 

「ふむ、日本人に知られている程に有名な人物なのか?」

 

「あ、違います。今は消されてますけど初版のバイブルにですね。誤植か何かで載ってたんですよ」

 

「俺も知ってる。誤植じゃない、消し忘れだ。だから、その人で間違いないぞ」

 

マハディオの言葉を聞いた樫根は、ならばと名前を告げた。

 

「白銀影行って人っすよね。日本人で、元は光菱重工の技術部に居たって噂も………か、風守少佐? ど、どうしたんですか、自分何か言っちゃいけないことでも言ってしまったっすか」

 

「―――――――何でもない、気にするな」

 

「いや、顔が、その、沈黙というか間も………何でもないっす。黙るっす」

 

そこで、着座調整と自機の調整を終えた武が通信をつなげた。

 

「鉄大和、接続完了―――って、何かあったんですか」

 

武はシミュレーターに隔たれているはずなのに、異様な空気が流れていたことに少し引いていた。

その空気の発生源である光が、武の顔をじっと見て言う。

 

「なん、でもないさ。今は………やるべき事に集中しよう」

 

「了解です」

 

 

 

 

そうして、パリカリ中隊と斯衛軍嵐山中隊は、シミュレーターの中で色々な状況における簡易な演習を行った。様々な状況下におけるBETA戦をひと通り行い、欠けている部分や是正する点を洗い出そうというのだ。光に取っては途中で切り上げられた教練というデータと、実際の彼女たちの実力から誤差を修正する意味もあった。

 

「………優秀だな。搭乗時間考えれば、実にイイ線行ってるぜ」

 

「褒められても、嬉しくありませんわ」

 

「喜びません勝つまでは、ってか。山城少尉も言うねえ」

 

マハディオは皮肉に口を傾けながらも、内心で喜んでいた。任官繰り上げとは聞いていたが、想像以上に腕がいい。少なくとも任官したての自分よりは、技量は上に見えた。特に近接格闘戦における技量は目を見張るものがあると。他の3人も、一段は劣るが及第点レベルまでは成長していた。緊張感も、悪くないように保っている。

 

勿論のこと、足りない点はまだまだあるのだが。

 

そしてBETA戦が終えた後に、チームごとに分かれての対抗戦が行われた。

 

Aチームは、風守光、マハディオ・バドル、橘操緒、山城上総、石見安芸、樫根正吉。

 

Bチームは、鉄大和、篁唯依、王紅葉、鹿島弥勒、甲斐志摩子、能登和泉、

 

6対6の対戦術機戦闘。斯衛の5人と橘、樫根といった、新人やまだ実戦を多く経験したことのない人間の方が多い模擬戦となった。そして、一緒に戦ったことさえない人間が味方である。連携などできるはずがなく、戦闘は泥沼の様相を呈していた。

 

数分で4機が撃墜。その後は敵味方入り乱れての、乱戦になった。

 

そして、ちょうど10分後のこと。

 

「狙った訳ではないですけど」

 

白銀武は、苦笑した。

 

「一対一だな。隊長機同士の、勝負を決定づける一騎討ちというわけだ」

 

風守光は、ただ目を離さずにいた。彼女の胸の内に去来するのは、動揺だ。衛士は修練と才能さえあれば、実戦を経験せずともそれなりの形になる。特に戦術機乗りにとって実戦経験と同じぐらいに、総搭乗時間は大切とされている。分厚いマニュアルを熟読するより、乗った方が早いこともある。つまりは、習うより慣れだという部分が大きいと。

 

しかし、と光は思っていた。戦いながらに見えた、風のように素早く、だけど概念の根本さえ理解できない、出鱈目な機動。クラッカーズで出された、衛士適性の方面別の様々なマニュアルがある。

射撃などの特性、気性などによる判別、陣形や士気における付随効果。

だけど、目の前の衛士の動きはそんな合理的な理屈を超越した所にあった。

 

「一応は、これが俺の本気です。機体への負担が大きいんで、実戦では滅多にやらないんですが」

 

「だろうな。なのに正規の機動も出来ているのは、驚くしかないが………」

 

対BETA戦においては、鉄大和は理想的な機動で動き回っていた。どこであっても変わらず、だ。障害物など俺の視界には映らないといわんばかりに、平地で、丘で、林の中で、市街地でさえも動きは変わらなかった。

 

ただ当然の如く、BETAの全てを知っているとばかりに、BETAの兵種に構わず、全てを迅速に平らげていった。光とて、斯衛の衛士である。いかな関係があろうと、相手の実績からそれなりの実力を割り出すことはできる。贔屓目もなしに、会う前から只者ではないことは分かっていた。

 

舐めていたつもりなど、毛頭ない。だが、これほどまでと想像していなかったのも確かだった。

 

そこでようやくして、風守光はたった一人の。この模擬戦で残った、唯一の敵として対峙する鉄の機体を見据えた。

 

(バドル中尉が流れ弾に当たったのは、痛恨の極みだったか)

 

鉄大和が正面から応戦していた時だった。樫根少尉の援護射撃だが、焦っていたのだろう。複雑に入り組み、瞬きの間に移動する二機の中に放り込まれた36mmはバドル機の跳躍ユニットに直撃した。その隙を逃さずに、近接からの一閃。通信からは樫根少尉を怒鳴る声が聞こえてくるが、光は今は忘れようと思った。

 

複雑な背景を抱いて勝てるほど、甘い相手ではない。王紅葉と鹿島弥勒を撃破した時に、いくらかの損傷も受けている。武御雷にも、慣熟しきれていない、その性能の全てを引き出せていないのは分かっていた。だけどここでの負けが何に繋がるのか、風守光は知っていた。

 

その上での一対一だ。負けられない想いを肝に据えて、相対している武はただじっと構えるがまま。

 

両者共に、中距離ともいえる距離で睨み合っていた。

 

「行け、大和!」

 

「負けないでください、風守少佐!」

 

互いの陣営から、応援の声が入る。それを当然の如く受け止めるは、堂々たる風格で構えている隊長機同士。

 

「すんませんっす、風守少佐! お叱りは後で!」

 

「鉄中尉、勝利を!」

 

声に反して、二人は動かない。やがて、どちらともなく口を開いた。

 

「反省会は後にしようか――――だが」

 

「こっちも、負けるつもりなんてありませんよ。斯衛の赤の力も見ときたいんで」

 

「ふ、ただではすまんぞ」

 

背景や事情を除いた、混じり気なしの戦意が激突する。両者の胸の内にあるのは、何の含みもなく、ただ負けてたまるかという思いだけだった。観戦していた誰かがそんな二人の気合を察したのか、息を飲んだ。

 

一瞬の沈黙。まず仕掛けたのは、Bチームの隊長機――――鉄大和の陽炎だった。さりとて、速攻ではない、帳が上がるように。陽炎は突撃砲を構えたまま、ひと目で様子見と分かる程に遅い匍匐飛行でゆっくりと。わずかに浮き、光機の側面に回り込み始めた。

 

光も、じっとしていてはいない。死角から攻撃を避けるために、相手を正面に捉え続けられるよう、匍匐飛行しながら機体の向きを変える。

 

そのまま、移動しながらも一定の距離で二人は対峙し続けていた。まるでアウトボクサー同士の戦闘のような光景が繰り広げられていた。

 

だが、ある一定の距離まで近づいた時に、陽炎が仕掛けた。急激に速度を上げ、武装を短刀に入れ替えると、弧を描くような機動で右側面から光機に襲いかかった。

 

当然、光機もそれを許すはずがない。側面より突っ込んでくる敵機をいなすように、自機を右方向へと加速させて。

 

それは、同時だった。陽炎が、武御雷に追うような形で左方向へと急速に変転するのは。

奇しくも、互い正面。間合いが、一足刀のそれになる。

 

「ここならっ!」

 

「っ、させん!」

 

斬りかかり、受け止めようと2機が動く。だが、突進力が載せられている分、陽炎の方が体勢的に有利であった。速度のままに繰り出された陽炎による短刀の一撃、武御雷はそれを何とか受け止めたものの、操縦者である光は自機が後ろへ転倒しようとするのを感じた。

 

次に連撃が。光は続く攻勢にも何とか反応し、長刀で真っ向から受け止める。

受け止めては逸らし、横に逃げる。武は即座に反応し、追うようにまた正面から切りかかった。架空の火花がいくども咲いては散った。攻防の花が咲き乱れる最中、光は武の近接格闘戦の腕が予想以上に練られていることに感心していた。

 

近接戦闘、それも刀を使う距離であれば、長らく剣に身を漬けていた己の方が有利である。

そう思っていたが、武の腕は斯衛の中の熟練衛士のそれに勝るとも劣らない。

 

「っ、この、鋭いな、中尉!」

 

「これでも、一応は、グルカ、なんでっ!」

 

声と共に攻撃と防御の刃が衝突し、火花を散らした。光は思っても見なかった返答にやや戸惑いながらも、後退しようと決めた。正直の所、この連撃を捌けているのは運の要素が強い。

 

このままでは、いずれ。そう考えた光は体勢を立て直すべく、噴射跳躍で一気に後方へと下がっていった。相手は追ってくるだろうが、陽炎である。追いつけるはずがないと、そう考えた光だが、直後に背筋に悪寒を。

 

そして遠く、36mmの銃口がこちらに向くのを見た。

 

「っ!」

 

知覚と反応、そして行動に至るまでに1秒もなかった。光は本能に逆らわず、感じるがままに無理やりに機体を横へと滑らせた。直後に、光の耳目を仮想の銃撃音が揺さぶった。

しかし、赤のランプも警報音は無い。光は直撃だけは免れたことを知ったが、直後に戦慄した。

JIVESが、機体の腰の側面部にわずかばかりの損傷ありと知らせて来たのだ。そして、部位と位置関係を見て悟る。回避していなければ、コックピットを撃ち貫かれていたと。

 

悪魔的な射撃の精度だ。感嘆と畏怖の念が光の胸を襲った。これほどまでの精密射撃、斯衛の中でもついぞ見かけたことがない。認めたくはないが中距離ではいささか不利であると。受けに回っては危うからんと悟らされた光は、近接戦闘で勝負をしかけることにした。

 

側面から回りこみ、近接しながら長刀を抜き放つ。しかし、攻撃の動作に入る直前に察知され、尽く間合いを外されてしまった。真っ向からやりあえば不利だと知っているからだろう。反撃の銃弾は鋭く、撃たれる度に冷や汗が出てくる。

 

だが追い縋り、斬撃。狙いすました一撃が、陽炎の手の中にある突撃砲を斬り飛ばした。

 

「ちっ!」

 

「まだだっ!」

 

また、距離を開ける二機。武はもう代わりはないなと、最後の突撃砲を構えた。一方で光は、確実に勝つ手段で勝負に挑んだ。第三世代の利点を最大限に活かす戦術を取ったのだ。機動性に勝る試製98型は未だ完成されていない機体であるとはいえ、八百万の一柱である武御雷の名前を与えられる予定の機体である。第三世代機でも1,2を争う機動性を持つそれで、常に陽炎の上を取り続け、抑えこみ撹乱した上で、一瞬の機を窺おうというのだ。相手が隙を見せれば、一閃の下に斬り捨てることさえ可能なのである。

 

その一瞬を見出すため迅速に、できるだけ一定の軌道を描かないように飛び回りランダムに回避し続けた。世界初の第三世代機である不知火をも上回る武御雷の機動性能は、第二世代機である陽炎とは一線を画した所にある。

 

同時に、光は今までの模擬戦を思い出していた。一度二度、斯衛の山吹と模擬戦を行った時にこの戦術を取ると、相手は諦めたのだ。追いつけるはずがないから。

 

瑞鶴も陽炎も、これだけの性能差があれば普通は追いつけるはずがないと。

機動では、叶うはずがない。だが、銃弾は音の如く早いと光は思い知らされた。

 

(一体、どれだけの)

 

追うように放たれる射撃。最初の内は、全く当たらなかった。だが光は、徐々に弾着位置が自分に近づいてきているのが分かった。これでは迂闊に踏み込めない。また、誤差が少なくなってくる。そうして間もなく、光は回避行動に専念せざるを得なくなっていた。

 

(どれだけの修羅場をくぐれば、こんなにも)

 

だけど、このままでは終わらないと。意を決した光が距離を詰めながら長刀を構え、ちょうど残弾がゼロになった武が武装を素早く切り替える。

 

 

一瞬の後に、正面からの交差。

 

 

同時に、制限時間を過ぎるブザーが鳴り響く。

 

 

結果は―――――両者撃墜判定の、相打ち。

 

 

共に致命打を受けたという情報が、両チームのモニターに映っていた。

 

 

 


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