Muv-Luv Alternative ~take back the sky~ 作:◯岳◯
また、廃墟だった。
「よう、思ったより早かったな」
机に肘をついた男の、気のない声が聞こえる。まるで空気の入っていない風船のような。武は一瞬何が起きたのか分からなかったが、数秒をかけて現状を把握すると、これ見よがしに不機嫌な顔を見せつけた。
「そんな顔するなって。ていうか、お前が選んだことだぞ?」
「どういう事だ」
「ここはお前の中。他でもないお前自身が望まなければ、ここに来ることは出来ない」
武はそれを聞いて、訝しげな表情を浮かべた。だが、疑っていても始まらないと椅子に座った。
やる気のない“声”の主を、真正面から睨みつける。
「だーかーらー………まあいいや。それで、嘘つきさんよ」
「なに?」
武は対話の構えをみせた直後の、開口一番の言葉に眉を顰めた。身に覚えのないことである。もう一度思い返してみるが、やはり嘘つき呼ばわりされるような事はしていない。
「ああ、そっちじゃない。記憶の方も受け止めているようだしな。そっちに関しては、今のところ問題もないだろうさ」
「じゃあ、何について嘘をついてるってんだ」
「昨日にした約束のことだよ」
気怠げに、背筋を曲げたままの問い。しかし、武は即座には答えられなかった。言葉の意味を飲み込んで咀嚼して、出てきたのは陳腐な言葉だけだった。
「約束したな。俺達が守る、死なせないって」
「そうだ、それだよ。死なせないってのは、どういう事だ?」
「………それは」
確かに、言った覚えはある。だけど、嘘など含まれていない、本心から出た言葉だ。それを偽りだと指摘されるとは、心外で。だけど、武は反論の言葉は出せなかった。
「少し考えたら分かるもんな。言うのは簡単さ。でも、どうやってそれを成す」
「それは………戦場で、戦って」
BETAから守る。糞みたいな戦場も多かったが、成長の糧となった。武御雷と相打ちになったのが、いい証拠だ。
だから仲間と共に戦って、侵攻してくるBETAを倒して、倒して、倒して、倒して―――――。
「………どうした。なんで、俯いて黙り込む」
「うる、さい」
「分かってるんだろ。ハイヴはまだまだ大陸に残ってる。これが何を意味するのか、分からない訳ないよな」
ハイヴのBETA生産能力は、米軍や国連軍も把握できていないとされている。武は、それが真実かどうかは知らなかった。だが、それでも馬鹿らしくなるぐらいの数のBETAを生み出せるものだということは、知っていた。たった一つのハイヴでさえだ。決死で挑んでも、攻略しきれない数の戦力がそこにはある。今の防衛線で、影響があるとされているのは3つだ。海の向こうにある3つのハイヴから何年もの間、BETAが送られてくる。
武はその総数を想像してみたが、出てくるのは打開策ではなく、歯ぎしりだけだった。
「守れないよなぁ。彼女たちはもう衛士だ。自分だけ逃げるなんて、しないだろう」
声の言葉は、どこまでも正しかった。BETAを倒しきれないのならば、いつかは死ぬ。かといって後方に行けと言われても、頷かないだろう。そもそもが斯衛の衛士であり、京都を守るために最後まで戦うことは彼女らの本懐である。
ああ、嘘だ。言われた通り、少し考えれば分かることなのに。
「………空回りだな。お前にあるのは、その場の感情と思い込み。あとは、耳触りのいい言葉だけを選んでる」
「っ、だけど本気だ! 守りたいっていう気持ちは………!」
「嘘じゃないんだろうな。他人なら、そう思い込むさ。だけど、俺だけは誤魔化せないぜ」
「誤魔化すつもりなんてない! 嘘なんて、ついちゃいない!」
「だから、脇も見ないままに勢いのまま、深く考えないで行動するってか。はっ、それじゃあ繰り返しだよ。隙をつかれて、また利用されるだけだ。誰も、守れないで終わる」
「っ、でも――――ぐっ!?」
武は何かを言おうとした途端に襲ってきた頭痛に耐え切れず、頭を抱えてうずくまった。繰り返し。隙をつかれて、利用。それを尋ねようとするが、頭痛が邪魔をして言葉にさえできなかった。声の主は、慰めの言葉もかけずに、ため息をついた。
「とはいえ、俺もお前を責めるために此処に居るんじゃないんだよな」
「………どういう、ことだ」
「本題に入ろうかってことだよ。ようやく、とも言えるけど」
そこでようやく、“声”は居住まいを正した。真正面から武の視線を受け止め返し、言う。
「今までは言えなかったことがある。このBETA戦争の行く末についてだ」
「それは………勝つか負けるか、ってことか」
「ああ。いい加減に今後の指針というか、行動の方針だけは決めておかなきゃ不味いんでな」
武は先ほどまでの言葉に文句を言おうとしたが、“声”の表情を見て黙る。頷くその表情に一切の遊びはなかったからだ。そして、今より語られる内容は、恐らくだが未来の話なのだろう。武は生唾を飲み込み、今は耐えてと、続きを促した。
「それでいい。じゃあ順番に行こうか。まず敵であるBETAとの戦争は、どうやって終わるもんだ」
「それは………全部殺すか、全員が殺されるかだろ」
BETA戦争においては、撤退するか撤退させるか、あるいは全滅するか全滅させるか、その2択だ。
人類同士の戦争のように、互いの代表が出てきて和睦して賠償金を、なんてのはあり得ない。
「そうだな。で、人類側の敗北条件は明白だ。でも、BETA側の敗北条件ってのはなんだ?」
「この地球上から奴らを全て叩き出すことだ。あるいは、奴らを皆殺しにするか」
具体的にいえば、地球上にある全てのハイヴを潰すことだろう。もっと具体的にいえば、ハイヴの中枢にある反応炉を破壊することだ。反応炉が活動している限り、BETAはどこまでも増え続けるのだから。故に、全ての反応炉の破壊が必須。それが、勝利条件となる。
「それは正しい。で、さっきの繰り返しにもなるんだけど………“どうやれば”それを成すことができる」
「どうやって………最善は、戦術機で反応炉に到達。S-11で、反応炉を破壊することだと思う」
だが、単機では不可能だ。S-11一つでは、反応炉は破壊できない。フェイズ1の小さな反応炉でさえ、全壊には至らなかった。フェイズ4以上のハイヴならば反応炉はより大きいはずだ、少なくとも6個は必要になる。武は、何故かは分からないがそう確信していた。
「それが最善だろうな。だけど、できると思うか。フェイズが増える程に、穴の中の迷路は複雑極まりなくなる。その中で、多数のBETAを相手取ったまま迷宮を突破し、最も警戒されているであろう最奥の広間までたどり着くことができると思うか」
その問いに、武は答えられなかった。フェイズ1のマンダレー・ハイヴ、あの時でさえ穴の迷路の分かれ道の一つでも、間違えていればどうなっていたのか分からなかった。分岐路を一つ間違える度に、死傷者は倍して増えていくだろう。フェイズ5のハイヴともなれば、一体いくつの分かれ道があるのか。その全てを正しく選びとり反応炉破壊に至るまで、確率的には一体何回の宝くじを当てればいいのか。更に言えば、地球上で建設されているハイヴは現時点で20近くもあるのだ。
ハイヴ突入の難度を実地で知っているからこそ、全てのハイヴを今のままで攻略できるとは答えられなかった。
「答えられないようだけど、そんなの絶対に無理だよな。だけど、もう一つの方法もある。言わなくても分かるよな」
「………大きな威力の爆弾か何か。それで、ハイヴごと反応炉を破壊する」
フェイズ1であれば、核爆弾を投下すれば――――とはいっても光線級の脅威があるのだが――――可能かもしれない。だが、建設されたハイヴのほとんどがフェイズ3以上だ。ともなれば、それ以上の威力を持つ爆弾が必要になる。
「それが、G弾――――“五次元効果爆弾”と呼ばれる、アメリカが秘匿している新型爆弾だ。ハイヴの最奥、中枢近くにある“アトリエ”という場所で生成されているBETA由来の物質、グレイなんちゃらを材料にして出来た、超威力の爆弾。これがあれば、あるいは反応炉を破壊できるかもしれない」
人類の科学の結晶と言えるかもしれない。BETA由来の物質でさえ活用し、完成させた人類の希望を繋ぐ脅威の爆弾。しかし武は、それを聞いても心は躍らなかった。反応したのは、背中に流れる冷や汗だけだった。
「………“オルタネイティヴ5”。以前に、簡単だが説明したよな」
「G弾によるハイヴの一斉爆破。同時に、人類の何割かを宇宙の向こうにある居住可能な星へと避難させる計画だったか」
オルタネイティヴの意味は、“代わりの”。あるいは“二者択一”という意味もあるが、今は前者だろう。発案者はG弾を開発した国である、アメリカだという。世界最強と言って間違いない、軍事力も国力も随一な国である。
国連の上層部のほとんどの人間が、アメリカと繋がりを持っている。尤も、明言されていない公然の秘密でもあるが。そして、星系外への脱出は、あくまで保険らしい。米国がこの計画の強み、押し出すメリットは、全世界のハイヴへG弾を一斉に投下してハイヴを撃滅可能であること。
これならば、戦術機をハイヴへ突入させる必要もないし、陽動に多くの戦力を割く必要もない。
人的損害も物的損害も少ない、理想の作戦のように聞こえる。
「バビロン作戦、ってな。将来はそう呼ばれることになる」
「戦術機も関係なし、大気圏外からの爆弾投下による殲滅作戦か。でも………なんで、そんな苦虫を噛み潰したような顔をする」
傍目には、何の問題もないように見える。だからこそ、武は不思議に思っていた。同時に、嫌な気分にもなっていた。戦術機乗りの自分としては何とも頷き難い作戦ではあるが、声の顔はそれすらも超越した所にあるように見えるのだ。
それなのに、どうして不快感を覚える。知らなかった時も、米国には忌避感を抱いていた。
そして、その予感が正しかったことが証明された。
「………最悪の事態を引き起こすからさ。投下が成功すれば、ハイヴは一斉に破壊されるが――――その後だ。地球史上においても、未曾有。空前にして絶後といえる規模の天災が、人類を襲う」
「天災………?」
その言葉を、武はうまく理解できなかった。地球の歴史は長い。人類が誕生するはるか昔から、地球はここに在る。恐竜や、アンモナイトの化石の話を聞いたことがある。かつては、隕石が地球に落ちて、その被害があるからこそ恐竜は絶滅したという説もあるらしい。それ以上の災害など、武の想像の範疇を超えていた。
戸惑う武に、声は言った。
「見たほうが早いか――――気合を入れろよ」
絶対に避けるべき事態を、焼き付けろと。片手を上げた瞬間に、武は戸惑った。
切り替わる視点。戦術機の中。その中にあって、見えるものがあった。
ただ、水の壁だった。それだけが視界を埋め尽くしている。戦術機の機体の高さをして、見上げる程に高い青の壁が前方の全てを奪い去っていく。あまりに現実味がない光景に、味方らしい機体も動かない。カカシのように立ち尽くし――――そして、全ては飲み込まれていった。
あとは、ミキサーだ。
戦術機の中で転がり、引っ掻き回され、まるで洗濯機の中に入れられたかのように。
全てを――――全部だ。
全て、全てをあまさず、全部を押し流して、壊していった。
そこで武は、また唐突に視界が元に戻ったのを感じた。途端に、叫ぶ。
「っ――――何だよ。い、まのは。今のは、あれは何だ!」
武は、震えた声で怒鳴った。あんな、非現実な、非常識な光景をと。自分がいつの間にか涙を流していることにさえ気づかず、問い詰めた。
「―――“バビロン災害”。人類のほとんどを死に至らしめた、人工の天災だ」
「な、なんで………なんで…………っ」
武には理解できなかった。だけど、分かることもあった。武は見たこともないし経験したこともないが、知識として持っていた。
「………あれは…………ひょっとして、津波なのか?」
「正解だ。厳密に定義すると、ただの津波ではない」
告げると、声は絶望の内容を説明しはじめた。G弾の一斉投下。それは確かに、ハイヴの大半を破壊することに成功したが、それだけでは終わらなかった。G弾が引き起こすものに、大規模な破壊の他にあるものが存在する。それは、重力異常と呼ばれるもの。ハイヴがあるユーラシアに一斉に発生した重力異常は、地球の重力バランスの一部を崩壊させたのだ。
「大海崩とも呼ばれているな。あの時は――――“太平洋が襲ってくる”ってな。海岸沿いにいた兵士からあった通信だ。意味を理解した時には、もう手遅れだったんだが」
津波どころの騒ぎではないと、声は告げた。一部の海水が押し寄せてくるのではなく、流れた後は太平洋の一部が“無くなる”ほどの。大陸移動ではない、あり得ない海洋移動が発生したのだと言う。
「最初に衛星からの映像を見た時は、笑えたぜ。流された後の陸地がよ。海水が蒸発した後に残った塩で、白い大地になってやがんだよ」
可笑しくて、という。だけど“声”は全く笑っていなかった。思い出したくないものを振り絞るかのように、含まれている感情は喜怒哀楽の中の、中央の文字二つしかないような。そして、声は続けた。被害はそれにとどまらず、同時に起きた別種ではあるが、同程度と言えるかもしれない天災があると。世界規模の海洋移動と、同程度の被害。それも、武には想像できなかった。
「地球上に水と同規模といえるほどに多く存在して、流れるものと言えば分かるか」
「………っ、もしかして空気が!?」
「ビンゴだ。そして大気の大規模流動が原因で、一部地域の気圧が減少した。そして――――呼吸できなくなった生物がどうなるか、言うまでもないよな」
当然だ。一つの呼吸さえトチれば、人は死ぬ。それはきっと、他の生き物だって同じだろう。人間の身体は急激な気圧の変動に耐えられるようにできていない。武は以前に、軌道降下兵のことを。通称“チキンダイバーズ”の話を聞いた時に、ちらりとだが教えてもらったことがあった。
動物も、植物にも影響が出るのは間違いない。ちょっとした気候の変動でさえ、絶滅に繋がるものもいる。気圧、気温、海流。それに、塩が塗れた大地など死の大地と言っても過言ではない。
「………アメリカは。いや世界中の誰も、その事態を予想していなかったのか」
「事前に分かってたんなら、それこそ戦争を仕掛けてでも止めただろうよ」
つまりは、分かっていないということだ。それに、もし分かっていたとしてもどうか。訴えるにしても、はっきりとした証拠が無ければ妄言とされて終わるだけだ。だが、人類の希望ともいえる作戦の結果がそうなるとは、酷いというレベルじゃない。例えBETAを全滅させることが出来ても。
「一体、何人が死んだんだ」
「重力異常の影響で、軌道上にある通信用衛星のほとんどが、な。その後も、それどころの話じゃなかったし」
「通信も途絶して、はっきりと分からなかったってことか………いやまて、その後って…………聞きたくないけど、何があった」
「生存競争という名前の、殺し合い。人類同士でな。で、全滅してなかったBETAも参戦して、あとは泥沼だ」
「なんで………」
聞いていられないと、武は後ろの椅子にもたれかかった。ここまで聞いて希望の一つも、欠片さえも出てこないなんて。打開策のはずである。人類が繰り出した起死回生の策のはずだ。なのに行き着いた先が袋小路とはどういうことなのか。武は眼を閉じて、そのまぶたさえも手で覆い隠した。
「………なんだよ………それはぁ…………いったい何なんだよっ!!」
たくさん、死を目にした。人類の勝利のために戦って、大勢の人たちが。知っている顔もある、知らない人達だってきっと。
その結果が――――自滅。泥沼の闘争の後に人類が勝利できるなど、そのビジョンは見えてこない。だからこそ、馬鹿らしいにも程があった。一大作戦が、一転して人類を窮地に追い詰めるのだ。予想できなかったとか、こうしなければとか、そんな言葉では言い表せないほどに虚しい。
「………遠くない未来に起こる悲劇だ。そしてこのままじゃ、いずれは訪れるであろう現実だ」
しかし、と声は言う。
「――――オルタネイティヴ4」
「っ!」
武は閉じていた眼を開けて、身体を前に起こした。詳細をはっきりとは聞いていなかったが、それがあったと。喜びと希望を瞳に宿す武に、声の主は淡々と告げた。
「もう一つの希望、と言えるかもしれないな。方法としては、戦術機による反応炉破壊になるか」
「それは………一体どうやって可能にするんだよ。高性能の戦術機か、もっと別の新兵器が開発されるのか」
「ああ、言ってなかったか。4か5か、オルタネイティヴ計画の趨勢が決されるのは3年後の2001年になる」
「な、早過ぎる!」
そんな時間で、ハイヴ攻略を可能にする兵器が生まれるとは思えない。不知火でさえ、一体何年の開発期間が必要とされたのか。そう考えれば新兵器を開発する計画があったとしても不可能に思えた。時間をかければ可能かもしれないが、それまで人類が生きていられるかは分からない。
どうやって、何をもって可能とするのか。戸惑う武に、声は告げた。
「どちらでもあるが、どちらでもない。要点を抑えるんだよ。反応炉破壊を最上の目的とするなら、何より必要とされる“鍵”は何だ」
武はその問いの答えに即答はできなかったが、何かあるはずだと考え込んだ。無意味に質問をしているわけではない、今の自分でも出せる答えがあるのだ。
G弾という、外からの爆破で駄目なら、あとは直接に。ハイヴの深層部にある反応炉にたどり着き、S-11という高性能爆弾を至近より叩き込むしかない。いずれにしても、反応炉まで行く必要があるのだ。唯一の成功例である、あのマンダレー・ハイヴの時がそうだった。亜大陸でのボパール・ハイヴでは失敗した。
だけど、BETAに勝つには、迷路の奥、迷宮の奥にある光り輝く敵にとっての宝物を打ち砕かなければならない。武はそこまで考えると、はっと顔を上げた。
「ハイヴ、反応炉に関する情報――――あるいは、そこまでの地図か!」
「正解だ。あるいは解析も含めれば、手薄になりやすい部分とか分かるかもな」
「それなら………だけど、どうやってだ」
BETAは、情報戦が仕掛けられる相手じゃない。そもそもの思考回路が存在しているのかも怪しい。ハイヴの下にある横穴群だって、ランダムに作られているかもしれないのだ。人間相手であれば基地の設計図などを盗み出すか、設計者を連れてくればそれで済むが、両方が無理なこと。
そもそも、設計図があったとしても、どこに保管されているのか分からない。声の主は、何とも言いがたい表情で頭をかいた。
「あー………俺も、説明できるほどには知らないんだ。だけど、それを可能とするのがオルタネイティヴ4だってのは確かだ。そもそもの計画の最初が、BETAの事を知るってもんだしな」
最初は、生態調査。次に、意思疎通。それがオルタネイティヴ3に至るまでに試され、失敗したことだと言う。
「………オルタネイティヴ3か」
何故か、引っかかる部分があった。だが今はオルタネイティヴ4のことだ。
「このままじゃ無理だって話だよな。だからオルタネイティヴ5、バビロン作戦が行われる。なら、オルタネイティヴ4が認められなかったのはなんでだ」
「オルタネイティヴ4は結果を出せなかったからだ。だから2001年の12月24日、オルタネイティヴ計画は5に完全に移行される」
情報を得られなかったと、そういう事だろう。武は、当たり前かもしれないと考えていた。BETAから情報を奪取するなど、聞くだけで荒唐無稽な話に思えるのだから。だが、そんな事を言っている場合ではない。それを成功させるのには、一体どうしたらいいのか。
質問をすると、声の主は黙り込んだ。
「………オルタネイティヴ4のことはな。実を言えば、ずっと前から分かっていた。成功させる要素がなんだってのは、知ってた」
「随分と勿体ぶるな。なんなんだよその要素ってのは」
「そもそもの論文の問題もあるんだけどな………」
「は? って、だから何だって聞いてんだけど」
武は一転して重々しい口調になった声の主に、戸惑いを覚えていた。いつにない様子でもあるが、言いよどむことに違和感を覚えていたからだ。必要な要素、あるいは誰かが犠牲になるかもしれないが、バビロン災害を防ぐには。人類の滅亡を防ぐこと、それとおんなじぐらいに重い犠牲は、武には思い浮かばなかった。気に食わない理屈だけど、こと戦争においては優先されることがある。1と10、どちらを救えるのならば圧倒的に後者が選ばれるべきだ。こいつが語る道義からすれば、多少の犠牲などと。そう言うはずなのに、いつまでたっても言葉は返って来ない。
沈黙が続く。10秒が経過し、100秒が経過し。
そして武の胸中には、時間と共に嫌な予感が渦巻いていた。戦場で味方の臓物や脳漿を直視した時より、ドロドロと。BETAの内蔵が機体に張り付いたよりも酷い、吐き気が喉元までせり上がってくるような。そして1000秒の後に、声の主が口を開いて。
「………必要な材料は、一つだけ」
はっきりと、断言された。
「純夏の、命だ」
そして恐らくだが、鑑一家の命は消されると。
武は答えを聞いた途端、絶望に視界が暗くなっていくのを感じていた。