Muv-Luv Alternative ~take back the sky~ 作:◯岳◯
地獄は何度も見てきた。勝手に、慣れたつもりになっていた。
だけど、想像を越えるものとは何処にでもあるもので。
「あ………あ…………」
声にすらならない悲鳴を上げている、子供が横たわっていた。両手がなくて、左足もなくて、申し訳程度にちぎれかけた右足が残っている。
「お母さん………どこ………ここ、暗いよ………」
女の子の首元からこぼれ出る血は池になっていて。ただでさえ白い肌との対比が酷かった。その目には、もう何も映っていない。
「食べないで………」
女の人の声が聞こえた。がり、ぼり、という音も一緒に聞こえてくる。兵士級と一緒に、突撃銃で楽にしてやった。なにをどうしたって助かるわけもない。ならば痛苦もなく、と引き金を引いた指が震えて止まらない。
何もかも。耳が死ねばいいと思った。聞こえる音も、言葉も、自分の鼓動の音でさえも聞きたくはなかった。もし、もっと早くに研究所に襲撃をかけられたのなら。あるいは、この人達を助けることができたのかもしれない。
「ちく、しょう…………っ!」
くそったれ。馬鹿野郎。畜生。なんで、どうして。操縦桿を叩きながら悪態をつきながら理解する。
――――ああ、分かっていたのだ。そんな事をしても間に合わなかったってことは。
風より早く飛んできたって、死人は生き返らない。難民キャンプでの噂はもっと古くからあった。もういなくなってしまった人達も多いと、分かってしまった。
目に見えている人達も、"施術"の後は、数日やそこらではないぐらいに古い。肉の一部になっている、突撃級の外殻がびくりと跳ねた。
神よ、と毒づくヴァゲリスの声が聞こえる。歩兵の掃討を担当しているサングラスの男が地面を拳で叩いた。激音と共にコンクリート製の床がひび割れる。この男は一体どんな体をしているんだろう。
そんな事などは、気にもしなかった。ならなかった、という方が正しいだろう。もう、自分の“なか”はそれどころではなかったからだ。迎撃部隊が展開してきたのは、ちょうどその時だった。
F-4にF-5Eが12機。中隊編成で、襲撃者であるこちらを潰そうと包囲陣形で距離を詰めてくる。動きから見るに、相当な練度を持っているようだ。
とたん、言い知れぬ感情による手の震えが収まった。
ああ、それどころではないのだ。
次には、体が燃えたようだった。肉から血液まで、自分の中の全てが怒りに震えている。
人を初めて殺したのは、一週間前のBETAとの戦闘の時だった。錯乱する味方の銃口がマハディオの方を向いた、と認識した瞬間にはもう引き金には十分な量の力がこめられていた。決意もなにもなく、ただ戦場に慣れた自分の反射的な行動により殺人は成った。隊長はベストな選択肢だったと肩を叩いた。それからずっと、悩んで。怖くなった時もあって。だけど今だけは、何も怖いものなどなかった。躊躇いなど、自分を構成する血肉の、細胞のひと欠片ほどもなくなっていた。
殺意を向けてくる人間がいる。だけど、それが人間であるなんてとても思えなかった。
こんな非道をよしとする、命令を出した方も受けた方も、どいつもこいつも。自分達と同じ人間なんて思いたくはない。守るべき人達と同じなんて思えない。だから、存在してはいけないと思った。
『下がってろ、シルヴィオ=オルランディ』
我ながら冷えているなと、思う声。だけど、それで良かった。この熱は、声にして外に出した所で消えてなどくれない。いや、消させるものか。やがて熱は形になっていく。全身を駆け巡る灼熱が、訴えていた。
あいつらを消せ、と。
沸騰した感情が溢れ、目から出て頬を伝い操縦桿に落ちた。
――――それが、合図だった。