Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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30話 : 歴戦_

「思ったより上手くやってくれているようだな」

 

「はい。斯衛の力、帝国軍に見せつけられたかと」

 

御堂賢治は歩きながらほくそ笑んだ。前線での精鋭部隊は、かなり奮闘してくれているようだ。士気が崩れかける度に前方へと展開し、その技能と練度により本土防衛軍や陸軍の衛士を助けていた。賢治の狙いには逸れなく、むしろ重畳であると言えた。将軍家の実権は制限されているが、それは外向きの話である。日本人の中には陛下と武家を敬う勢力は多く、国内における権威はまだまだ大きい。

そんな中でも、斯衛を下に見る者達も確かに存在し、それに力を見せつけるという意味でもこの演出は必要であった。

 

「御堂大尉………それでは?」

 

「ああ、機は熟した。果実を活かすには容易い時間だ」

 

だが所詮は前座であり、主題目は別に存在すると御堂の当主は嗤う。

 

「全て、予定の通りに」

 

「できる限り苦しませず殺してやれ。化けて出てこられては敵わんからな」

 

死人に口はなし。御堂は迷いなく命令を下すと、歩き続けた。

 

「一か八かの賭けでは駄目なのだ。単純な力では、更なる力に踏み潰されるのが道理。何より、この国を守るためであれば―――――」

 

その先は声にはされなかった。ただ言葉として、胸に秘めたまま抱くだけ。

決意を全身に纏った赤の斯衛は、眼鏡の位置を正すと、廊下にある窓から外の空を見上げた。

 

 

「………可能性など、ないのだ。都合のいい夢物語など、この世のどこにも存在しない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何もかもが唐突だった。均衡が破れたと悲鳴を上げそうになった途端に、突発的な暴風により危機は回避されて。だけど直後には、絶体絶命の立場に追いやられていた。

 

レーザーの初期照射が当てられている事を示す警報が目と耳を支配していた。鼓膜を震わせ、頭の中の奥までずっと。訓練の中でしか聞いたことがないそれを前に、甲斐志摩子は棒立ちになっていた。どこか遠い世界の出来事のような。視界の端では、僚機が要撃級の影に隠れようと行動しているが、他人事のように思えた。遠雷のように、自分の名前を呼ぶ友達の声が聞こえる。だけど、それすらも頭の中に入ってこない。あるのはただ、青い双眸の中に見える光だけ。

 

あれは、死だ。そして私の魂を運ぶ灯台の光なのかもしれない。刹那の中で彼女が考えたのは、そんな事だった。光が伸びる。死神の手に等しいそれはやがて徐々に熱量を帯びてきて。

 

 

『鉄中尉ッ!?』

 

 

――――死神の手を、緑色の機体が横から掻っ攫った。

 

 

 

 

 

光線級には、狙いを定めるに優先される順位がある。一番に狙われるのは、近い距離、そして高い位置にある機体だ。光線級の本能とも呼べるそれは実に優秀で、驚異的な武器をもつ彼らは獲物を捉える順序を間違えたりはしない。武は、それをよく知っていた。

 

『多くて、均質で、強い』

 

BETAの厄介な所として、弱兵がいないことがあげられる。馬鹿みたいに多い敵は全て強く、同じ性能を持っているのだ。人間とは違って、BETAの中に弱卒など存在しない。均一的な強さを保持している彼らは習性に忠実で、それに反することはない。

 

――――それを、利用する。

 

武は思い出していた。教官は知ることが大事で、思考を止めないことが肝要だと言った。

師は、考えを纏えと言っていた。何度も、繰り返し強調するようにだ。

 

どれも、知識と経験が必要になるもので。

そして、白銀武は幾多の戦場を渡り歩いた歴戦の兵だった。

 

『まだ――――まだっ!』

 

全速で前に飛びながら、機体をロールさせて左右に振る。初期照射の射線にかかったのだ。そして、狙いは自機の陽炎に移った。同時に、光線級と陽炎との間にいる要撃級に照射の線が重なり、また照射が弱まっていく。光線級が初期照射といった無害の狙い定めから、鉄をも溶かす高出力の熱線に至るまでは、一定のプロセスがある。

 

それが中断されるケースは、三つある。

 

一つ、味方であるBETAに射線が重なった場合。

二つ、標的が光を通さない障害物に隠れた場合。

そして三つ、本能的に最優先となるターゲットに狙いを移し替える時。

 

それも遠間ではない、自分に接近してくる脅威となる戦術機が現れた場合だ。

 

学術的に立証されてはいない。状況によっては細かい部分が違ってくるので、ベテラン衛士の中でも噂といった曖昧なレベルで扱われている習性だ。だが、武は知っていた。どのようなタイミングで、どのような行動を取れば良いのかを、血と肉で学んできた。

 

単独ではなく、複数で最前の防衛戦を抜けてきたのだろう。武は5つを越える光線級の照射が、全て自分に移ったことを感じていた。それでいいと、笑う。丘の上から狙われてはひとたまりもなかった。射線が通っている限り、いかに戦術機だろうと歩兵と変わらないただの的である。あのままでは、未だ丘の下に居るほとんどが蒸発させられていた。咄嗟に要撃級の影に隠れるなどの機転がきく者は、決して多くない。狙撃で対処するにも、どこに居るのかはまだ把握できていなく、迎撃するにも相応の犠牲が出ることは間違いない。だから、ターゲットとして"注目"を集めた。

 

(で、だ。光線級が単独で前線を抜けてくる? ――――あり得ないだろ)

 

武は事前にレーダーで確認もしていた。予想通りに、直進したポイントには要塞級が聳え立っている。その巨体で周囲にいる光線級を守るように、中央に立っているのだ。

 

武はそれを視認すると、機体の中でほくそ笑んだ。まもなく、やり直しで行われた陽炎への初期照射が高まっていく。そしてついには装甲を貫く熱線になろうとした瞬間だった。

 

『借りるぜ、デカブツ!』

 

 

声と、同時に。緑の機体が、まるで冗談のように要塞級の周りを逆時計周りにぐるりと一周した。

 

 

 

 

 

 

 

 

『なっ…………!?』

 

左を抜けて、右から戻ってくる。石見安芸はその馬鹿げた機動を全て視界におさめていた。前傾姿勢での全力飛行より、身を立てることで減速した陽炎は、要塞級の脇を抜けた瞬間に、姿勢制御の噴射を。僅かに足が動いたようにも見える。そして突撃砲の炸裂音が一つ。

 

なにをどう思ってのことかは、分からない。だけど陽炎は、各挙動により起きた反作用力と自機の慣性を利用したのだ。図体のでかい要塞級の周りを小旋回した。一周して、要塞級の目前に着地。やや遅れて目の前の敵を潰さんと巨大な衝角が鳴動する、だが陽炎は既にそこにはいなかった。

 

『見えてるぜ!』

 

高度を取った機体が、右から左へと斉射を。つごう10度のマズルフラッシュが輝き、レーダーからは赤の光点5つが消えていた。同時に陽炎は着地したが間髪入れず、片手間とばかりに120mmの砲弾が飛翔した。放たれた大威力のウラン弾はまるで吸い込まれるように、要塞級の弱点である関節部のど真ん中に突き刺さった。

 

追い打ちと放たれた36mmも、集中して肉と骨を抉っていく。要塞級の巨体が地面に倒れていく頃には、レーザー照射の警報は完全に沈黙していた。

 

そして、通信に響く安堵の声と共に、巨体が倒れた衝撃が呆然としている衛士達の足元を揺らした。

 

誰も、何も話すことができない。一部始終を見ていた本土防衛軍の衛士も、武機を見ながら棒立ちになっていた。

 

『大尉、少佐。今の内に態勢の立て直しを』

 

『………わ、分かった』

 

『りょう、かい、だ――――全機、周囲を警戒しつつ残弾と残りの燃料を確認しろ』

 

光の指示に、正気に帰った全員がマガジンや跳躍ユニットに残っている燃料を確認しはじめた。とはいえ危険ではあると思ったマハディオと鹿島が前に立ち、単体でやってくる要撃級を処理していた。

戻ってきた武はといえば、倒れた機体の横に待機していた。そして無言のまま、倒れている白の瑞鶴を見下ろしている。そこに本土防衛軍の衛士が話しかけた。

 

『な、なあアンタ………その、凄腕だな』

 

青年の衛士はおそるおそる、と話しかけながら通信を繋げた。その先に見えた少年の顔に驚いていたが、また質問を重ねた。

 

『助かったよ。そ、そうだ。残弾の確認はしないでいいのか?』

 

『逐次把握してるから問題ねえよ。それより、何か用でもあるのか』

 

不機嫌な物言いをした武に、5つは年上であろう衛士がたじろいだ。

その視線の中に怒りを感じ取ったからだ。

 

『鉄中尉………その、ありがとうございます。あのままじゃ、私………』

 

『礼なんていいさ。結局は、守りきれなかったんだから』

 

武は地面に広がっていく血を見ていた。カラーリングが白であるせいか、どうしたって血は目立つ。

位置を考えると遺体は回収できないだろう。

 

どうしようもなかったと言えば、そうなのかもしれない。今となってようやく隊のほぼ全員が理解するに至った。新人たちは、危機を脱したはずなのに混乱状態を完全には抜け切れていないでいる。土台無理なのだ。そうした未熟さを目の当たりにすれば、いやでも理解できる。

このお荷物とも言える新兵を抱えて死者なく戦い抜くことがどれだけ無謀な試みであったかということを。一度に広範囲を援護するのは、人間である以上は不可能だ。だから、誰かの死は必然であったと武は考える。

 

(………いや、違うだろ)

 

武は言い訳じみた理由を並べたくなる自分に、悪態をついた。聞こえないぐらいに小さく呟いた。くそっ、ちくしょうという声がさざめきのように通信の電波に乗っていた。それを聞いた青年は、ようやく気づいた。この見かけによらない少年衛士は怒っているのではなく、悔しがっているのだ。

 

衛士である以上、戦いに死ぬことは当たり前である。そんな話はどこにでも転がっている。だからいちいち気にしてなんかいられない、というのが精神を保つに賢いやり方である。

 

だけど、戦場を知らない訳がないだろうに。歴戦であることは間違いない少年は、味方の死に対して憤りを感じていた。原因の一端であるかもしれない自分に、単純に腹を立てている。

 

だけど止まってはいられない。ここは戦場で、見ている者達もそれを理解している。数分後には、隊の全員が自分の状況を完全に把握するに至っていた。戦闘行動が可能な残り時間、わずかに20分。

 

残弾は心もとなく、燃料も基地まで戻ることができる量は残っているが、それも20分戦えば足りなくなるほどのものしかない。

 

『それでも………無理だな。あと10分が限界といった所か』

 

『くそ、交代の要員は何をしている!』

 

長丁場になるため、補給はどうしたって必要になる。本来であれば交代の要員がこの場所にやって来て、入れ替わりで基地へ補給に戻る予定だった。そろそろ予定の時間である。だというのに、交代の部隊は影も形も見えなかった。

 

光がCPに確認の通信を入れる。しかし、返ってきた答えは無情なものだった。なんでも、突如出没した光線級の奇襲により、交代要員となるはずだった部隊が半壊したという。基地に残っていた予備戦力が編成されて、再度こちらに向かわせている最中らしい。BETAの数が想定より多く、また光線級に警戒しながら移動しているため、ここに辿り着くまであと30分はかかる。

 

そんな、どうして。斯衛の精鋭が、何をやっているのかしら、という苛立ちの声が上がる。口には出さないが鹿島や樫根、橘も似たような心境だった。交代要員が来るまでは、絶対にこの場は離れられないのだ。迎撃のポイントは地形に基づいた計算により定められたもの。一つでも部隊が壊滅してしまえば、他のポイントに想定以上の負担がかかることになるだろう。現に先ほど、同じような事が起こったばかりだ。自分達が場を離れれば、後方のポイントにいる誰かに。あとは連鎖的に被害が広がっていく可能性がある。

 

とはいえ、10分どころか5分だって戦うことはできない。

限界が来ているのは誰の目にも明らかだ。

 

そう判断したのは、武であり。

 

 

深い深呼吸を一つ。間を置いて、指揮官に通信の声を向けた。

 

 

『少佐殿。自分に、愚策があります』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

具申の、10分の後。戦死した一人を除いた斯衛の衛士に鹿島弥勒と樫根正吉を含めた19人は、補給基地までの帰路の途中にあった。できる限り、早く。

 

それだけを意識しながら、隊列を組みながら京都の空と陸の間を滑空していた。

 

『っ、どうして………』

 

甲斐志摩子は歯噛みしていた。思い出すのは、鉄大和が紡いだ言葉だった。

篁唯依と山城上総を除いて、と彼は言った。

 

――――このまま戦っては間違いなく死ぬ。

 

篁少尉と山城少尉、そして指揮官たる二人を除いたその他全員は物言わぬ肉塊となってしまう。100%を保証しますよ、と。鉄大和はそれが純然たる真理のように断言した。遠江大尉から出た反論の声はすぐに叩き潰された。自分は50を越える戦場を見てきましたが、戦闘終了まで私達が生きていられるビジョンが見えないと。

 

いくら訓練を積み重ねてきたとして、初陣に出たばかりの衛士がそう言われて反論できるだろうか。多くの死を見てきた事を確信させられるぐらいに、その声には言い知れない重みがあった。思えば、食堂でもそうだった。淡々と語られる人の死は、多くの仲間の死を越えてきたことを思わせられる。

 

そんな彼は言った。私達が、残弾数を気にしたまま戦えるほど上手く立ち回れるとは到底思えない。マハディオ・バドルも同意していた。

 

そして、だからこそと言った。この場においては未来はない。だけどここを生き延びれば、可能性が広がる。100%の死ではなく、あるいはもっと――――きっと、頼れる衛士になる。

 

そう言った私達と同い年の彼は、何でもないようにこの場は俺たちに任せて下さいと告げた。

 

何故、と。思わず問うてしまったが、それも当たり前だと思う。それだけの態度を取ってきた自覚は、あの二人以外の誰もが持っていた。疑ったのだ。仲間なのに。だけど言い出せず、流石に察したのか返ってきたのは苦笑だった。彼は少し悲しそうに、慣れてますと言って。それ以上に気に食わないんですがね、と怒気を顕にしていた。

 

怒りの矛先は斯衛ではなく、BETAだった。数に任せて攻めてきて、この国をメチャクチャにしようとしている化物風情が。調子に乗ってるあいつらに、色々と贈ってやらなきゃならんものがありましてと、肩をすくめていた。36mmと120mmのウラン弾か、あるいはカーボンの刃かを盛大にプレゼントしてやらなきゃ気がすまない。

 

だから、ちょっくら行って来ますと、まるで近所の売店に行くように背中を見せた。何をも言えることはない。ほとんどの者が、自分の限界を思い知らされていたからだ。光線級がやって来る前でも、ぎりぎりだったのだ。薄氷の上を疾走するかの如く、綱渡りの戦闘だった。

 

限界が、氷に罅が入りいよいよこれまでかと思った時に、これ以上なく迅速に崩壊を補修したのは彼だった。更なる危機を、一度発せられれば回避はほぼ不可能である熱線の照射を、根源から叩き潰したのもそうだ。

 

きっと、もっと余裕があったはずだ。前回のように、鉄中尉達が前に出ればこうはならなかった。それは想定ではなく、疑いようのない事実である。負担を強いているのはこっちだろう。それなのに更に、負担を強いらせることになる。そうなっては最早、志摩子達が言えることは一つだけだった。

 

『………ご武運を。貴方の生還を、祈っています』

 

遠江大尉の部下達は、戻ってこない方がいいと言った。それ以外の私達は補給が終われば、必ず戻ってくる。告げると中尉は、少し驚いて。そして、まるで少年のように笑いながら言った。

 

『ありがとう。そっちも、道中奇襲には気をつけてな』

 

子供のように、屈託もなく嬉しそうに。親指を立てて笑う彼の顔が残っていた。志摩子は、その顔が忘れられなかった。通信を聞いていた唯依や上総は当然のこととして。安芸も和泉も同じで、共に自責の念に顔を歪ませていた。

 

――――この戦いに出るまでのこと。

 

彼を疑うことになったその発端は、志摩子の言葉だった。年齢に似合わぬ技量と戦場での振る舞いに違和感を覚えたのだ。もしも、噂が真実であれば。日に日に距離が詰まっているように見える唯依と上総に不安を感じて、忠言してからは喧嘩となった。何か狙いがあるかもしれない。特に唯依は父親が父親なのだから気をつけた方がいいと。

 

(嘘なんて無かった。全て、本当だったのに)

 

志摩子は自分を殴りたくなった。先ほどの姿が焼き付いている。味方を守れなかったと、悔やんでいる姿が脳裏に浮かぶ。無茶な機動、戦術を取って光線級から守ってくれた。なんでもないと彼は言ったが、珍しく額に汗がふき出ていたのを志摩子は見ていた。疲労ではなく、気疲れによるものだろう。

 

言われなくても分かる。あの機動、戦術が命がけだったということは志摩子にも理解できていた。例え勝算があり、結果的に死なずに済んだとしても、心を削る決死の行為だったのは間違いない。命をかけて、偽りもなく。言葉ではなく、機動で彼は語っていた。

 

後悔だけが募っていく。彼は、疑いなく私達を守ろうとしていたのだ。衛士らしく、その機動を以って示してくれた。出会ったばかりの人間の死に、国も何もなく憤っていた。人の死に嘆き、それを成すBETAに怒りを向ける。味方全員の命を疎かにせず、素晴らしい技量を持っている。思えば、初陣でも助けられたのに。そんな恩知らずの礼儀知らずでも苦笑するだけで態度を変えなかった、尊敬すべき衛士だというのに。

 

そうして、やっと合流した時だった。増援であると告げる、目の前の瑞鶴が12機。

 

甲斐志摩子は階位を示すその機体の色に気を配ることなく、らしからぬ大声で叫んでいた。

 

 

『お願いします………まだ、中尉が残って、戦っているんです!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして残された4機は、突撃級の群れに対応せざるをえなくなっていた。上りあり下りありの坂がある場所なので、トップスピードである時速170km/hで迫ってくるわけではない。だけどその他の種に比べては早く、群れとなると難易度は数段階にわたって上がる。いくらか遅くなったとはいえど、数トンはあろう巨体が高速道路を走る車ぐらいの早さでぶつかってくるのだ。

 

装甲が厚い正面でもまともに受ければコックピットごと煎餅にされる。装甲の薄い側面から受ければ、胴体ごと真っ二つにされるだろう。武は、そんな荒波を泳ぎ渡っていた。触れるほどに近く、寄りながらもすれ違い突撃級の間隙を縫うようにして群れの後方へと抜けた。あとは、蹂躙だ。要撃級を少し離れた位置に確認すると背を向け、反転して36mmを適量分突撃級の柔らかい後頭部に提供した。手前から順番に、突撃級がその活動を停止していく。飛び上がった事により照射の警報が鳴ったが、要撃級を盾にしてやり過ごし、叫ぶ。

 

『後方からまた来てるぞ! 各機、高度に注意! いざという時の盾は周囲に残しておけ!』

 

そしてまた状況が変わる。やってきたのは要撃級の群れだ。武は迷わず、短刀を構えると肉薄していった。無作為に要撃級の間合いに入ると、その場で短く跳躍し、コックピットを狙ってきた一撃を回避する。同時に振り下ろしの短刀の一撃で頭を縦に掻っ捌いた上で胴体まで斬り裂き、とどめと横に首を撥ねようとした。

 

だが、カーボンの強度が限界だったのだろう、短刀は切り抜いた所で折れてしまった。

 

『ちっ!』

 

武は舌打ちだけをその場に残して、大きく斜め後ろに退いた。

そして、撤退させる前に提案したどおりに地面に刺さっていた長刀を手にして、構える。

 

『取り回しが厄介だけど―――』

 

間合いは伸びるので、回避を念頭に入れての近接格闘をしなくても良いのだ。マハディオの援護を受けながらポジショニングと各個体の誘導を駆使し、要撃級の攻撃がこない状況を作り出しては一方的になます切りにしていく。阿吽もかくやという絶妙の呼吸により、群れの半分はまたたく間にその光点を消失させていく。

 

もう半分、右翼の要撃級は王紅葉が刈り取っていた。近接における格闘とは刹那のタイミングの遣り取りである。互いの予備動作を読み合い、間合いを外しては自分の攻撃が届く瞬間を選択し続ける。

 

そして紅葉の反射神経と集中力は、この時においては神がかっていた。予備動作のよの字においてもう、回避の運動の入力は済ませている。思い浮かべたのは、まるで獣のような長刀の一撃だ。

直後の補助動作が大きくなり、その隙を狙って後方の要撃級が襲いかかってくるが、視界の中に収まっている内は当たらない。

 

『止まって見えるぜ!』

 

飛び退きながら36mmをばらまいていく。命中させるのは、リアルタイムで視界の内に捉えていた相手の位置によるもの。鍛えた身体能力を根幹としたベテランを越える経験と技量を武器にあらゆる状況を圧倒する武とは異なり、突出した身体能力だけで大勢のBETAを相手取っていた。

 

しかし対処できる数を越えると、想定外の回避行動を取らされてしまい、それを防ぐのはもう一人の射手だった。

 

『左は、こっちに任せて下さい』

 

放たれた36mmが要撃級の頭部付近に突き刺さっていく。前衛で暴れまわっている両者のように見惚れるほどではないが、丁寧かつ的確に、できる限りの早さで王が対処できない個体を処理していく。残弾の管理も徹底したものだ。2丁の突撃砲をやりくりしながら、弾切れにより前衛が危なくならないよう弾幕を途切れさせまいと奮闘していた。

 

群れが途切れた瞬間、忘れずに新しいマガジンに交換する。前の持ち主は、既に後退している斯衛の新人が持っていたものだ。3組を組んで迎撃を行うも、数人は攻撃に消極的過ぎて、弾が尽きてはいなかったのだ。後退における対処は、少佐か大尉か篁・山城の両名か、あるいは鹿島中尉か樫根少尉が行うと決まっている。

 

不要な分であった残弾の大半は、操緒とマハディオが受け取っていた。

 

『………前方の戦車級と要撃級の混成部隊。接敵まで5分だ』

 

『了解です。弾倉交換まで1分、周囲の警戒をお願いします』

 

紅葉と操緒の間で、事務的な遣り取りの如く、一切の感情が省かれた会話がなされる。

しかし直後、やや戸惑いの色を含めた紅葉の声が操緒に向けられた。

 

『どうして残った?』

 

『さっきも言ったでしょう。適役だと思ったからです』

 

斯衛全員の撤退が決まり、それだけでは突発的な事態に対応しづらいだろうとはマハディオ・バドルの意見だった。一人残り、二人は斯衛の護衛に回る必要がある。そんな中で操緒は、この場に残る方に手を上げた。

 

『鹿島中尉は近接こそ優れていますが、射撃は並より少し上程度といった所です。樫根少尉は単純に技量が足りません』

 

その上で、橘操緒の方が前者の二人よりも、このパリカリ中隊との付き合いは長い。連携を活かした戦闘をする必要がある以上、その能力が高い隊員が残るべきだと主張した。

 

裏の理由もある。口には出さないが、操緒は秘匿回線で遠江大尉に釘を刺していた。自分は現帝国陸軍の中将の娘である。自然の戦死であれば納得するでしょうが、不自然な策謀による死であればどうでしょうか、と。操緒は遠江大尉の事を信用も信頼もしていなかった。

 

まさか風守少佐が自分達の援軍を渋り見捨てるようには思えないが、義勇軍の3人が残るだけだと、万が一にも見捨てられかねない。

 

『全て、建前ですが』

 

『何か言ったか?』

 

『いえ、何も。それより………やはり、改めて見ても凄いですね』

 

鉄大和――――白銀武のことだ。武器を選ばず距離を選ばず、図抜けた機動制御と発想で次々にあらゆるBETAに対処していく。先ほどの光線級に対する対処方法も、考えたことさえないものだった。

 

『俺は何度か見たぜ。大陸の戦闘はもっときつかった。地形が平坦な場所での戦闘が多かったが、光線級がさっきと同じように出てくることもあったしな』

 

『光州作戦以前の、鉄源以北の防衛戦ですか』

 

『舞鶴付近の防衛戦と同じぐらいさ。こんな状況なんざ、危機の内にも入らないってぐらいにはきつかった』

 

それでも、あの機動はぎりぎりだったはずだ。紅葉の見立てはあと2秒、要撃級や要塞級の壁があったとはいえど、対処が遅れれば熱線は陽炎のコックピットを蒸発させていた。王がかつて大陸であの戦術を見た時も同じだった。

 

『………でも、計算の内なんだろうな』

 

紅葉の記憶にあるのは、以前に挑発混じりに問うた時だ。

2秒の余裕しか無いなんて、大したことはないなと。

 

『それで、何て言われたんですか?』

 

『2秒"も"あるじゃないか、ってな』

 

贅沢者だな、と。紅葉は不思議そうに返された時の戦慄をまだ覚えている。思えば、伝え聞く所によるとかつての中隊は初期のF-5で戦っていたのだ。第一世代機というのは、反応速度に劣る。故に人間同士の読み合いにおいては、圧倒的に不利となる。

 

BETA相手の戦闘では、人間よりはマシではあるが、それでも十分に厳しい部類に入る。装甲が厚かろうが、攻撃を受けた時の危険度に大した違いはないのだ。相手との間合い、自分の行動の前後に生まれる隙、全てを計算しなければ生き残れない。加えて言えば、かの中隊はアジア圏内においてだが、光線級吶喊を一番多く経験した部隊であると言われている。

 

様々な状況を経験しているのだろう。考えれば、一度の吶喊で全ての光線級を潰せるはずがない。

逐次対処しなければいけない中で、多くの絶望と打開策を見出してきたことは想像に難くない。

 

『そして―――これも予想通りか』

 

周囲のレーダーから赤の光点は消えている。まるでそこだけぽっかりと消火されたように、パリカリ中隊の反応を示す青い光点が4つだけになっていた。

そこに、火勢から逃げるように。青の光点が4つだけ、こちらに向かっていた。

 

『ん………3機だけ残ってる?』

 

こちらに向かって来る4機とは別に、動きが鈍い青の光点が一つ。それを庇うようにして2つの青の光点が、前で動きまわっていた。それを見るやいなや、武機は周囲に残っていた長刀を回収し、マガジンを交換すると王達に告げた。残っている3機の応援に行く、と。

 

『中尉、これは………?』

 

『一機だけ、跳躍ユニットでも壊れたか攻撃を受けて機能停止になっちまったか。動きを見るに錯乱した一人を見捨てて、というのは考え難い。それを見捨てた奴と、見捨てず戦っている衛士がいる』

 

そして武はこちらに近寄ってきている青の光点を無視することにした。どちらにせよ後方までのルートは確保されている、自分達がいなくてもそのまま退避するだろう。義勇軍の二人は既に準備をしていた。操緒は更なる説明を求めようとしていたが、時間が足りなくなるかもしれないと口を噤んだ。

 

彼女にしても、見捨てるのは嫌なのだ。そこに通信が入った。

撃震に搭乗している眉毛の濃い本土防衛軍の中尉の男は、慌てたように言う。

 

『こちらドレッド中隊! 瑞鶴の姿が見えないが、どうした』

 

『後方だ。補給のために退避した。そっちも後はお好きにどうぞ』

 

『な、まさか――――』

 

『救助に向かう気か!?』

 

次々に入ってくる本土防衛軍の衛士の声に、武は当たり前だというように頷いた。

 

『応援の部隊がまだ来ていない。残弾が心もとなければ、急いで補給に向かって下さい』

 

返す言葉に、通信を入れてきた中尉の視線がわずかに揺らいだ。

武はそれを見ると、知りたい情報は知れたと思いながら、言う。

 

『こっちはまだ戦えます。補給を終え、早く戻ってきて下さいね』

 

『………っ、了解した』

 

それきり通信は途絶し、4機は補給基地がある方向に移動していった。

見届ける間もなく、パリカリ中隊は動く。幸いにして、光線級は居ないようだった。

 

だが、残された味方は存命中である。

武が丘を越えて見たのは、戦っている2機の撃震と、半壊した陽炎だった。

反射的に、叫ぶ。

 

『っ、前に出るぞ、王!』

 

『了解、右翼から回る!』

 

武と紅葉は、2機で抑えるのも限界近かったのか、劣勢に立っていた本土防衛軍の撃震を背後から援護しつつ切り込んでいった。そこに、マハディオと操緒の120mmによる更なる援護が。

 

『援護――――ありがたいっ!』

 

本土防衛軍の2機も武達の援護より間髪入れず、その攻勢と同調するように動いた。前方に展開していた武と王を援護するように射撃を繰り返す。2機で相手をするには多くとも、6機であれば適正な数の敵である。

 

その練度もあり、ものの数分で場を支配していたBETAをレーダー上より消去し尽くした。

 

『………かん、いっぱつだった。援護感謝する、大和くん』

 

『小川中尉に、黛中尉!?』

 

『なんだ、知らないで来たのか。どちらにせよ助かったよ。あのままじゃ間違いなく死んでた』

 

『いえ、こういう時はお互い様ですから』

 

当たり前です、と言った。武にしても、見捨てられた部隊の悲痛な叫びは東南アジアや大陸でこれ以上ないというぐらいに聞かされた。それ以外の悲鳴も、あの地獄で聞いた民間人の声も。もう、お腹一杯なのだ。

 

自分は長刀を失い、王は弾倉が二つ空になったが、それでも安い犠牲であると信じていた。

 

『それに、そっちも同じでしょう?』

 

『まあな………っと、通信が回復したか』

 

英太郎は膝立ちになっている陽炎に、通信を繋げた。

そこに映ったのは、武も見覚えのある顔だった。

 

『金城、少佐』

 

『………よりにもよって貴様か』

 

悪態をつく男の顔は、青白い。そして衝撃を受けた時に頭部を切ったらしく、顔の右半分は鮮血に染まっていた。聞けば、光線級が突然出現したことにより、黛中尉を除いた前衛の3機がまたたく間に蒸発。部隊の先陣となる前衛が一瞬で消えたことにより混乱し、隊長である金城少佐が混乱を収めようとするも中衛の一人の無茶な回避機動に巻き込まれた挙句、突撃級の突進を受けたらしい。

 

咄嗟の回避行動により正面からの直撃はしなかったものの、威力が威力である。掠り当たりにより機体は錐揉み状態になって地面に激突し、その衝撃により脳震盪か何かで気絶してしまったという。

 

『っ、黛。生き残りは貴様達だけか』

 

『………いえ。あいつらは、少佐が衝撃により死亡したと主張し………燃料も心もとないと、撤退を進言してきました。バイタルサインを元に反論しましたが――――』

 

『どちらにせよ時間の問題と、後方に退避したか』

 

どちらの言い分も、正しいと思えた。それを証明するように、金城は言う。

 

『折れた、肋骨が………内臓に突き刺さっているよう、だな…………ごふっ、ぐ………長くは、もたんようだな』

 

会話の途中で咳き込み、鮮血が顎と胸元を汚した。腹部の出血も多いようで、そう長時間はもたないように思えた。

 

『黛………周辺の、状況は』

 

『光線級は殲滅しましたが、第6ポイントと第8ポイントにいる部隊が半壊したようです』

 

武も通信を聞いていたが、要塞級が運搬してきたと思われる光線級により、結構な被害が出たようだった。CPよりの通信の情報を鑑みるに、ここら一帯のBETAの密度はかなり危険な域まで高まっているようだ。

 

このままでは後方に控えている部隊への負担が高まるだろう。それで済めばいいが、最悪は最終防衛ラインを突破されかねない。琵琶湖よりの艦隊の砲撃にも限界がある。

一刻も早く対処する必要があるが、あちらこちらの部隊が半壊してしまった事による動揺は大きいらしい。

後方より補充の増援も来ているようだが、このままではおそらくは間に合わない。

 

一方で、武はBETAのいやらしさに対して相変わらずだな、と舌打ちをしていた。補給交代が行われる時は、必然的に前衛で捌ける数が減ってしまう。抜けてくるBETAの数は多くなり後方の負担が増加するのだが、そこで光線級による奇襲を重ねてくるとは思ってもいなかった。

 

『マハディオ、何か打開策は………案でもいい、何かないか?』

 

武は出撃前にあったいざこざを忘れ、意見を求めた。母親について知っていたこと、不可解に思ってはいたがすっぱりと忘却の彼方である。マハディオは苦笑しながら、打開策を思案するが、しかし難しいと答えた。

 

『援護だけじゃ無理だろうさ。同時に、こちらに流れてくるBETAの数を減らさないと、どうしたって限界は来る』

 

『そうだよな………赤の点、まるで血だ』

 

止めるべき青の光点を増やそうと、それだけでは最早どうしようも出来ないだろう。兵庫県の山陰側より京都に至る地形の大半が山岳地帯であり、BETAはその山間部にある道を縫うようにして。

 

まるで血管を流れる血液のように赤の光点を、兵庫以西より京都へと送り込んできているが、その密度は尋常ではなかった。

 

『血、血管………なら、その流れを邪魔してやれば』

 

『小川中尉、それはどういう………っ、そうか!』

 

交差し、3方に広がっていく道がある。それを塞ぐのは現実的ではないとして、流れを邪魔する何かがあれば各ポイントに流れていくBETAの数は減少するのだ。

 

京都に近い部隊に関しては、増援の要請による対処が可能だろう。問題となっているのは、やや北側よりの地域だ。武は周辺の地形に詳しいという小川中尉と相談し、迅速に攻めるべきポイントを見定めた。今は速度が肝心になるのだ。

 

『………ここだな。完全に塞ぐのは無理だろうけど、障害物を増やせばBETAの流入は緩められる』

 

『塞ぐって、何をどうやってだ?』

 

『BETAを使う。足を集中的に狙って………突撃級が狙い目だな』

 

BETAは味方でも死骸であればそれを乗り越えてくるが、生きているなら側面に回りこんでやってくる。目の前に越えてはいけない障害物があるとして、突撃級であれば急激な方向転換を強いられるだろう。小回りの効かない突撃級であれば、その速度を著しく下げられる。

 

そして長距離の進軍により前線を越えてくるのは、突撃級が多いのだ。突撃級がまごまごとしている中では、要撃級もそう上手くは動けない。戦車級にしても同様だ。小型種が足元を抜けてくるかもしれないが、戦術機にとっては闘士級も兵士級も物の数ではない。

 

問題は突撃級の前脚を狙うことの難易度だ。しかし英太郎と朔、金城も前の戦闘で武とマハディオがやってのけた常識外れの射撃術を目の当たりにしていた。

 

『っ、いけ、るのか、鉄中尉』

 

『やります。切れる札が少なすぎます。今はそれ以外の案は浮かびませんし、人任せにするのも性分にあいませんから』

 

武は冗談を飛ばしながら、断言した。砲撃では、生かさず殺さずの調整はできないだろう。そして迅速に対処するには、機動力の高い戦術機甲部隊以外に適任がいないのだ。

 

だが、目的のポイントには容易く辿りつけまい。こちらにやってくるBETAの群れを避けながら狭い山間部を抜ける必要がある。新人であれば死を覚悟するほどの難度で、ベテランの衛士といえど命がけになる任務だろう。なのに、自分で打開策を考えた挙句に、まるで自分が行くのは当然であるというように話を進めている。

 

薄れていく意識の中、金城少佐はそれだけが分からなかった。戦うには理由がいるのだ。士気もモチベーションも、人である以上は必要だ。指揮官になって思い知ったことだ。なのにまったく理解不能なまでに士気が高い15の少年は、何をも疑わず日本のために戦おうとしている。

 

『どう、してだ。俺を………恨んでは、いないのか?』

 

つまらないいいがかりだったことは金城も理解していた。悪い噂もあるが、感情抜きで客観的に見れば義勇軍はよくやっていると言えた。むしろ嫉妬の対象になるほど。それで苦労もしただろうに、鉄大和は当たり前のように死地に向かおうとしている。

 

問わずにはいられず。返ってきた言葉は、簡潔なものだった。

 

『忘れちまいました、そんな大昔のことは』

 

馬鹿なんで、と冗談を混じえて。

 

『それよりも、です。今はあの糞ったれの強盗どもを潰してやるのが最優先でしょう』

 

そして真正面から。挑むように、逆に願いを言ってきた。

 

『部下の無念と、貴方の無念を。これから晴らしに往きますが――――許可をいただけますか、少佐』

 

武の敬礼が、網膜に投影された映像越しに金城に届く。

金城は、一瞬だけ理解できず。そして、唇の血を拭い、ふっと笑った。

 

『思った、通りに………あの馬鹿に似てやがる。俺が一番、大っ嫌いなタイプだよ』

 

金城が思い浮かべたのは、大陸で散った友だった。子供好きで、正直で、才能に溢れていた。目立つ男で、将来は一角の衛士になるだろうと言われていた。

なのに自ら死地に配属されることを望んで、結局は若くして戦死してしまった。自分は正反対であり、だから顔を合わせる度に反発した。努力の量が負けていたとは思えないのに、自分の上を行く人間がいる。

 

目をそらせるはずがない。だけど、それだけ見ていたとも言える。

 

『だけど、まあ…………悪くないか。いや、むしろ――――』

 

俺の方が、と。金城は何度も言われた言葉を思い出していた。形式を重んじすぎる、帝国だけに人間が居るわけではないだろうと。当時は決して頷けはしなかったが、最後になって分かるとは。

 

見れば、薄ぼんやりと見えるネパール人も中国人も、既に行く気になっているようだ。他国の戦争に参加するとは、と思ってはいた。故郷のためにと戦うより強い想いを彼は知らない。異国を守ろうとする思考を理解できなかったのだ。だから信じなかった。何か裏の目的でもあると思い込んでいた。

 

だけど、この場において金城は考えを変えていた。否応なしの証拠が目の前にあるのだ。祖国を守るためだけではなく。広い世界の中、義勇軍のように。彼らには彼らなりの戦う理由があるのかもしれない。それに気づかず、信用できないとだけ主張し続けた。金城は馬鹿な自分に自嘲を向けると、最後の気力を振り絞って告げた。

 

『………鉄中尉、以後の指揮権を預ける。黛、小川の両名は鉄中尉の指揮下に入れ』

 

『了解です、少佐殿』

 

二人は何をも言わず、ただ敬礼でもって上官の言葉に応えた。

そして、金城はその場にいる全員に向けて告げた。

 

『日本を、頼んだ…………異国の、戦友殿』

 

金城は敬礼を武に向け。武は驚きながらも、即座に敬礼を返した

橘も。そしてマハディオも王も、敬礼を返す。

 

―――――それを最後に、命を示すバイタルサインが途絶えた。

 

残された者達の反応は様々だ。黙って目を閉じるもの。敬礼をしたまま、自分の無力を嘆くもの。

敬礼を一つ、そして次の事態に備えるもの。

 

その中で、悔しさを顕に歯を食いしばりながら怒っている少年が、告げる。

 

『鉄大和より各機に告げる。現状の装備を確認。余っているコンテナより弾薬を補給。今できる限りでの万全の態勢を整えろ、急げよ』

 

さっさと後ろに退避した男たちの反応より、コンテナにまだ余裕があることは分かっていた。武やマハディオ、王に操緒にしても、前半は援護に集中していたお陰で跳躍ユニットによる噴射を頻発する必要はなかった。精々が短距離跳躍であり、まだまだ燃料は残っている。

 

余裕があると断言できるほどではないが、距離を考えれば十分に対処できるものは温存していた。

その上で、白銀武は告げた。かつてのタンガイル、町に突入する直前に聞いた言葉を。

立場の違う人達の心を一つにして、尊敬すべき隊のまとめ役であった者を真似て言う。

 

『無理強いはしない。今から行く所は死地だろう。逃げても責める奴はいないぜ』

 

問いかけではなく、挑発のような。そこに白銀武の本質があった。彼にとっては、向かう事は決定事項である。だけど、死に怯えているようでは無駄な戦死を増産してしまう。それが故の問いは、衛士にとっては侮辱に値するもの。

 

義勇軍として戦ってきた二人は言うに値せず。大陸での戦闘を知っていて、かつ尊敬すべきであったが分からないが、戦友である上官の死に直面した黛、小川の決意は定まっていた。

 

『もう一度言うが、これより向うは死地だ。任務を達成するのは困難で、間違わなくても死ぬ場所だ。その上で各自の答えを聞きたい』

 

即座に、4つの応が武の耳に届いた。迷うことなく、死地に向うとの意思表示である。

残る一人である橘操緒は、反論の如く言い返した。

 

『今更何を言っているんでしょうか。行きましょう、何より戦友の最後の頼みとあれば――――断れないでしょう』

 

戦場共にした人間。最後の頼みを断るような真似はできないだろうと、主張した。

 

『そうだな………つまらないことを聞いた。ありがとう、橘少尉』

 

『礼を言うのはこちらですよ、鉄中尉』

 

日本という土地を守ろうとしている人間に、感謝をしない帝国軍人はいない。

背後に控えるのは帝都だ。その先には、多くの民間人。悪ければ惨殺される者達の姿を認めないと、抗う衛士が大勢いるのだ。

 

それを守りたいという異国の、歴戦の衛士を率いて戦うことを主張する人間であれば余計に。誰にも真似できない輝きが、其処にはあった。自覚しないまま、白銀の刀を持った少年は宣言する。

 

『呼称はパリカリ中隊のままとする。目的は、この土地に脅威を及ぼしているクソッタレどもの鼻をあかすこと。手段は既に説明した通りだ』

 

戦争は人を殺す。武は慣れるほどに多く味わった鉄火場の中で当たり前のように死んでいく人たちを見てきた。同じように、顔も見ない誰かが、この今の瞬間にも死んでいる。戦場の厳しさも無情さも、そして戦っている人間の心をも変える。

 

『だからって、細かい背景なんて糞食らえだ。利益なんて犬に食わせればいい。損得なんて、細かいことはどうでもいい。怨恨も、今は忘れる』

 

地位も名誉も、栄光も金銭も。くだらないと吐き捨て、少年は少年のままに叫んだ。

 

 

『相手が数なら、こっちは願いだ! 死んだ戦友たちのために、この国の安息を願った人たちが居る!』

 

 

前線で、補給に。後方で今も、最前線で多くの。日本を守りたいと戦っている人達がいる。

自分の命を賭けて戦い続け、敵わず散っていった戦士達がいるのであれば。

 

確かに存在しているのだ。忘れていない以上は、消えず。この場に居る衛士達の記憶の中にも、燦然と刻まれている。ならば是非もないと、武はタケルとして叫んだ。

 

『最後まで望んだ、死んだ戦友に託された願いのままに! ――――これより起死回生の作戦を決行する!』

 

誰も聞いていない声は、5人だけに届きそして最高の効力を成した。

化物におそれをなして、逃げ出した衛士がいる。死に怯えて、後方に退避した衛士がいる。そんな中でまるで動じず、さほど交友もない。だけど仲間のためにと悔しがり、感情を顕にして怒る。

 

ただの少年の声に、逆らえるものが果たして存在するだろうか。

 

 

その問いに答える者は存在せずに――――

 

 

『――――行くぞ!』

 

 

『『『『了解!』』』』

 

 

――――釣られた者達は、まるで子供のように感情が顕になっていく。

 

どうしようもない死地も、慟哭も、絶望も、その身で知り尽くした。

 

齢15の歴戦の衛士の問いかけに、実戦の厳しさを知る多数の衛士は一切を疑わないまま、出しうる限りの大声を張り上げた。

 

 

 

 


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