Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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33話 : 凶手

「空が、燃えてる」

 

木津川市の手前。四国より明石海峡大橋を通り、多くの患者と共に東海地方に避難中の碓氷風花は西の空を見上げていた。夕焼けか、あるいは将兵の血か。見上げた空は真っ赤に染め上がっている。

その空を飛ぶものも、今は皆無だった。その向こうでは、相当な激戦が繰り広げられている。明石海峡の大橋を渡った直後にも、艦隊による砲撃のせいで道路さえも揺れていた。至近で耳栓も無しで聞けば鼓膜が破壊されるという艦隊の砲撃は、遠くにいてもはっきりと聞こえる程。その威力は戦術機では到底及ばない。時には突撃級の装甲でも真っ向から叩き割るというのだから、戦術機では到底持てない打撃力を持っていることは推して知るべしであろう。

 

なのに、止まない。ずっと砲撃が繰り返されているのは、まだ前線に叩くべき相手が存在している証拠だった。空を切って大地を抉る砲撃の音が、また一つ。眠りこけていた患者も不安に起き上がり、同じように西の空を見ていた。

 

微かに、衝撃が走る。風花は傷ついた半身に流れる激痛を飲み込んだまま、怪我の一因であった少年の名前と、四国で話した女性の指揮官の名前を呼んだ。

 

 

「鉄中尉…………ターラー中佐。どうか、ご無事で」

 

 

呟いた声は小さく、アスファルトの道路を走る車の音に掻き消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いったい、何度長刀を振るったのかも思い出せない。月詠真耶は、最終防衛ラインで師匠たる神野志虞摩と、多くの斯衛の精鋭と共に瑞鶴を駆って戦っている彼女は眼前より迫る要撃級を前に舌打ちをした。至近で殴りあうのは自殺行為である。故に虚の動作を混ぜて攻撃をやり過ごし、後の先を取った。衛士としてのお決まりの戦法だった。シミュレーターの中で幾度も繰り返し、そして初めてとなる実戦の中で何十度も成功させている。斬り上げ、斬り返し、斬り下ろす。最も重要度の高い戦地を任されるだけあって彼女の剣は鋭かった。

 

だけど何度繰り返したとしても、まるでそれが無意味であると言わんばかりに。新手の敵は後から後からわらわらとやって来るのだ。そして、10体の要撃級を斬り伏せたと同時だった。持っていた長刀が疲労に耐え切れず、刀身の半ばより折れてしまう。

 

「くっ!」

 

真耶は動じず、ただできるだけ早きにと動いた。折れたものを捨て、補助腕を使い予備の長刀に持ち変えると、また足音も煩く前進してくる要撃級の首を刈り取った。

 

だけど、同時に聞いてしまった。つい先程まで隣で立ちまわっていた仲間の、斯衛の少尉で白の家の者が残した声を。品の欠片すらない、狂乱に満ちた人の命の最後となる悲鳴を。

 

『っ、貴様ァ!』

 

真耶は仲間を殺したBETAに殺意を向けると、すぐに意を形に成した。

下手人の裁きが下され、その身体が戦術機の残骸の上に覆いかぶさった。ぜは、と息を吐いて。そして真耶は心の中にいる冷静な自分が呟いたのを感じた。

 

『これで………6人か』

 

『師匠………』

 

神野大佐の声に、真耶は無言で頷いた。同じことを考えていたからだ。撃墜された最初の一人は、事故としかいえないような不運だった。だけどその後は一人づつ、そして今もまた一人。最初は危なげなく戦えていたはずの精鋭が、ここ30分で5人もやられてしまっている。

 

――――疲労。摩耗。限界。

 

真耶の脳裏に、言い訳のような言葉が浮かぶが、それを振り払うように長刀を横薙ぎにした。だが、現実的に破滅の時はすぐそこまで迫っているのだ。気丈であり、覚悟を済ませている彼女だからこの程度で済んでいるが、その他の斯衛の衛士達が持つ不安は大きく、限界に近い所まで高まっていた。覚悟の程度では幾分か劣る白の衛士の動きはみるみるうちに鈍っていた。五摂家の二家、崇宰恭子と斑鳩崇継が援軍として現れたお陰で士気崩壊という最悪の事態こそ免れている。傍役を務めている御堂家の次男である御堂剣斗と、真壁家の六男である真壁介六郎も奮戦しているが、それ以外の大半の斯衛は此度の防衛戦が始まった時より戦い続けているのだ。

だが、多くは疲労に染まっており。戦いながらも現況を把握していた神野は、だからこそ何か打開策が必要であると、積極的にフォローに回りつつ考え続けていた。

 

(既に、後催眠暗示は行っている)

 

戦意を高揚させ、感情の方向を調整する暗示には三段階あり、戦闘開始直後には第一段階の言葉を使っていた。そして前線で帝国軍の部隊が行ったという、この状況を改善する作戦。それを成功させた直後に後押しとして、第二段階となる暗示を施していた。士気の擬似的な向上と共に、脳裏によぎる不安の量を減らすために。

しかし、暗示は何も良い効果ばかりを及ぼすものではないのだ。人格や思考への不自然な干渉による悪影響は様々にある。そのデメリットの中には、判断力の低下というものがあった。

 

平時にはできていたはずの、適切な判断ができなくなる。あるいは思考への干渉により、その判断の速度が低下する。

 

(悪影響、甘く見たか。せめて幾度か経験させていれば………)

 

神野とて、実戦で後催眠暗示を行うのは初めてだった。そして想定していたより、この悪影響は大きすぎると感じていた。立て続けに落とされていること、その原因の大半は疲労によるものだが第二段階の暗示がそれを加速させていたということもある。作戦の成功と、九條と斉御司の援軍による影響か、前線ではみるみる内に赤の光点が消えていっている。

 

だが、あと20分程度は耐える必要がある。あるいは、第三段階の暗示で一気に攻勢に出て凌ぐか。

そう、判断に迷っている時だった。神野は迷いの中で感じた"もの"の発信源へ、弾かれるように後方を見る。

 

視界に映ったのは、F-15J"陽炎"だ。識別信号はベトナム義勇軍のもの。

 

――――鬼、とは表示されていない。

 

神野はレーダーの光点が青である事が不思議だと、思ってしまった。そんな中で、違和感の原因である陽炎がこちらを、そして赤の瑞鶴の方を見た。

 

それだけで志虞摩は、思わずと一歩、後ろへ退いてしまう所だった。

 

(な、にを)

 

威圧感ではなかった。あからさまな敵意ではない。淀んだ害意など、どこにも見当たらない。

だけどその機体には、近づけない何かがあった。一体何者か、という声は音にはならなかった。

 

次の瞬間にはもう、その陽炎は移動を済ませていたからだ。

 

トン、と。あまりにも不用意過ぎる、敵中への踏み込み。

 

だが刹那の後、死んでいたのはBETAの方だった。

 

『………は?』

 

呆けたような部下の声。戦場においてなんという油断か、などと責めることさえできない。

それだけ陽炎の動きは不可解だったからだ。

 

まるで散歩に出かけるかのように、集団では正しく脅威以外の何物でもない化物の集団に飛び込む。

だけど、宙に舞うのは敵の首だけだった。続けてその機体は、前に。動き更に前にすり抜けていくと同時に、"どうしてか"BETAが死んでいった。

後の先も、先の後も、戦法も戦術もない。まるでそれが真実であるかのように、BETAが次々に死んでいく。傍目には怪異でしかない光景は、一瞬の幻ではなく、数分に渡って続けられた。それを目の当たりにしていた衛士は多く、その誰もが知らず息を呑んでいた。

 

精鋭だけあって目の前の敵の対処は忘れなかった、が、どうしてもそちらを見てしまうのだ。

どういった理屈で"そう"なっているのかはわからない。だから余計に、その思いは強まっていく。だけど志虞摩と、そして月詠真耶は陽炎がなしている戦法の根底にある技術、その一分だけ理解するに至った。

 

『あの、運足は』

 

武芸に重きは3つあり、その中の一つに運足――――つまり"足運び"というものがある。

敵に不利に自分に有利に、という立ち回り方を成す歩法である。戦闘の基本にして奥義にも数えられる間合いを調整する技術であり、それを最も重視する流派があるぐらい重要なもの。

 

だけど流派ごとに理合が異なり、その運足の癖もまた違う。踏み込む足の位置、向き、そして踏み込むべき間合いと。大元たる胴体の傾きまで同じではない。剣術であれば剣理に沿った足の運び、体捌きがあるものだ。

 

『――――馬鹿な』

 

神野志虞摩はそれ故に、武に在る者としてはあるまじきことに、戦場において硬直した。月詠真耶はそれ以上に瞠目した。陽炎に乗る者の、その背景は知っていた。元は横浜に居た、日本人の。だからこそ、あり得ないと叫んだ。

 

『どうして貴様が………!』

 

真耶の悲鳴のような声が響き。そして陽炎は、一瞬だけ硬直する。通信がつながったのは奇跡だった。恫喝するような問いかけ。それに帰ってきたのは、獣のような雄叫びだった。

 

どうしようもない、怒りがあって。だけど、泣いているような。

 

真耶が抱いた感想はそんなものだった。そして、どうしてか胸が痛むような声だった。

 

そうして戦の武の理に溢れた暴虐の嵐は立ちはだかるBETA全てを薙ぎ払うと、レーダーで感知できる範囲の外へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――少年は笑っていた。笑って、泣いていた。

 

彼女の名前と同じ、月は遠く、だけど目を離せず。

 

美しいと、空に泣いた。

 

原因たる何もかもを斬り伏せると誓った。

 

憎しみに身を染めるしか、自分を慰める術がなかったから。

 

そうしてかつての武の理を剣に添えた少年は、自分の胸の奥深くでナニかがひび割れるようナ音を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒煙と粉塵と炎に巻かれた空、たとえ月が見えない今であっても。

 

 

千の黒白をその身に纏った獣は、更なる赤を目指して直進していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南丹市と亀岡市の間にある丘陵地帯。帝国軍はそこに陣取り、減りつつあるBETAを更に駆除していた。とはいえ、殲滅の速度は先の数時間より格段に落ちている。ついに機甲部隊の砲弾は尽きて、いよいよもって戦術機甲部隊のみで戦わなければならなくなっていたのだ。

 

『各機、鶴翼参陣(ウイング・スリー)を保持せよ! 臆するな、ここが試され時だぞ!』

 

艦隊よりの支援も数える程になり、全体的な打撃力が著しく低下してはいたが、相手もその数を徐々に減らし続けている。本土防衛軍の決死の突撃により、北側より京都に向かって来るBETAの進行速度が低下したからだ。困難であったらしいが成功させた甲斐はあり、滝のように途切れることなく大量の群れで攻めこんで来ていたBETAが、散発する通り雨のようにパラパラと細やかなものになっている。

 

こちらが苦しい時は、相手も苦しいのだと。自分にさえ言い聞かせるような指揮官の言葉に、衛士達は吠えた。いよいよもって疲労がピークに達していたが、それでも死にたくないと、最後の気力を振り絞っていた。BETAなにするものぞと叫びを上げて、かかっていく。

 

士気はこの状況において沸騰していたお陰でもあった。その原因として、特攻した戦術機が、自軍の同胞であったと知らされた事が大きかった。任務を果たした衛士は帰路途中で命を散らせてしまったらしい。だが、勇敢な同胞は任務を成功させて死んでいったのだ。

 

同所属の軍の戦術機乗りとして、そのような偉業と覚悟を見せられては負けられない。死してなおという覚悟を見せられたままではいけないと、帝国軍の誰もが感じていた。脳が鳴らす疲労注意のシグナルをなんとか気合でねじ伏せ、それを固定するように自らの頬を張った。

 

かくして紅葉の痕を頬に貼り付けた衛士が多数。派手ではないが、確実に一体、また一体とBETAを撃破していく。一度にかかってくる個体の数が数体であれば、連携を駆使すればどのようにでも対処できる。近畿地方の陸軍には東北や九州のような精兵とは言い難いが、それでも帝都という要衝を預かる衛士としての矜持は持っていた。帝国の訓練が、他国のそれより厳しいということもある。

 

戦況が中盤を越えて終盤に差し掛かった時であっても、護国の意志を刃にして敵を滅せんという、共通した念を頼りとしていた。たどたどしくあっても、組織的な連携が出来るぐらいの練度を保てていた。

 

その戦果は、見事なものだった。精鋭たる斯衛には及ばないが、彼らも世界有数の軍事力を誇る帝国の衛士なのである。周囲3里に渡る田園風景をBETAの体液と肉塊に染めながらも、できるだけ多くの撃破をと、防御の陣形を保ちつつ奮闘していた。

 

だが、限界と不測の事態は誰にとっても意外な所から訪れた。殲滅しきれず後方に抜けていったBETAが、同じく後方に配置していたコンテナをなぎ倒していったというのだ。長時間の戦闘の影響で地形が代わり、そのせいで突撃級の何体かが平地ではなく高地に逸れてしまったのだ。補給部隊の失態もあった。急ぎ弾薬を、と矢継ぎ早に各地より入る通信に対処していた部隊が、積み重なった疲労のあまり誤った判断を下してしまったのだ。

 

通常、補給コンテナはいざという時のリスクの分散のため、互いにある程度距離を離して配置させるのが鉄則である。だが、補給部隊はこれを怠った。場所を変えて置くどころか、その場に配置したコンテナでさえ近づけすぎていたのだ。突撃級がなぎ倒し、コンテナが連鎖して倒れていく。これはまずいと急ぎ向かった戦術機部隊、しかし彼女達は冷静な判断力を失っていた。

 

間に合わないと、定められている高度以上に飛んでしまったのだ。かくして必然の如く、空に舞った数機にレーザーの光条が走り、一瞬の後に爆散。落着したのは、コンテナが倒れていた位置だった。

 

直後、周辺地帯に火薬の爆発による艶花が狂い咲いた。大地を森を、周辺にいた戦車級や小型種をまとめて吹き飛ばした。数秒の後に、砕けた肉と土と石がぱらぱらと地面に落ちる。

 

それを前に、指揮官は盛大に怒鳴りつけた。初歩的なミスを、と。だが、責任を追求する前に脅威はやってきた。

 

『前方、距離1000に大隊規模のBETAが! こちらに接近しています!』

 

『このタイミングで………!』

 

弾薬はまだ保持できている。だが1000に近い数を相手にするには心もとない程度しか残ってはいなかった。いよいよもって決断の時かと逡巡した中佐は、最後の方法たる後催眠暗示の最終段階を行使するか否かを考える。そして、その判断を実戦経験豊富な補佐役の大尉に相談するときだった。

 

レーダーに感ありと気づいたのは。その青の光点、味方の機体、緑色にペイントされた陽炎は風のように味方の陣形の間をすり抜けていった。驚き、前方を見ても既にその機体の背中しか見えない。

 

そして有視界より見失うまでの時間は10数秒だった。

 

『ベトナムの………っ、なに!?』

 

網膜に投影されている敵と味方の位置が示されたものがある。そこには、1000というBETAの反応が、赤の光点が水滴ではなく"池"になっている場所がある。だというのに青の光点4つは、正面から突っ込んでいった。

 

中佐はそれを見届けた後、各機に装備確認の指示を出させた。処置なしと、見限ったのである。

なぜなら、突出していた1機が赤の光点に呑まれたからだ。密集したBETAに対するアプローチ、その戦術や戦法は大体の所は決まっている。それは基本的にはどの国でも同じだろう。すなわち、支援砲撃を含めた複数の援護を駆使した上で、群れを分散させることだ。たった一度でも直撃を受ければ落とされる、そんな馬鹿げた攻撃力を保持するBETAの群れに真正面から飛び込むのは自殺と同義であった。前後左右より繰り出される猛攻を回避する術などない。

 

無謀という言葉しか浮かばない暴挙と、それを許す恐らくは同部隊の仲間であろう4機は無能であり、所詮は勇気と蛮勇の違いさえも理解できない愚物の集まりであると思ってしまうのは、ごく普通の反応であった。

 

だが、次の瞬間にはとても奇妙なことがおきた。飛び込んだ青の点、その周囲の赤の光点だが、ぽつ、ぽつ、ぽつ、と。10秒も経てば、その反応がごっそりと欠けていたのだ。

 

『な………?』

 

空白を埋めようと、赤の光点が集まっていく。まるで水のように、中心に居る青の光点を飲み込もうと殺到していった。だけど、青の光点はその輝きを失わなかった。それどころか隙間さえないように見える赤の光点の間をするり、するりと抜けていくではないか。

 

あまつさえは、移動途中に周囲にいた赤の光点を消してゆき、ついには赤の"池"がある場所より外に出て。また、敵の坩堝へと突っ込んでいった。だけどまるで無人の荒野を往くが如く、青のその光点は赤の池の端から端までを踏破していく。

 

不思議と、援護という言葉は浮かばなかった。脳裏によぎるのは陽炎の背中。近づきたくないと、そう思ってしまった。

 

 

 

そして、中佐が被害報告を受けて、現況を整理した数分の後。

 

レーダーに見えたのは、前に去っていった青の4つの光点に中隊規模にまでその数を減らされた、赤の哀れな光点のみであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――少年は笑っていた。笑って、泣いていた。

 

人の思いは十人十色。時と共にうつろいゆくもの、善し悪しは様々にあろう。

それでも民を、臣民の全てを守りたいと彼女は言った。

 

迷いを消そうとしていた。躊躇いが無いはずがないのだ。だけどずっと最後まで最善を、民を守る指導者であろうとあがき続けていた。誇り高く、己が弱気に没するを許さない本物の執政者。身を引き裂くような激痛があろう、なのに彼女は笑顔のまま弱音の一つさえも吐かない。

 

だから、自分がと。苦しめている原因たる何もかもを斬り伏せると誓った。怒りに身を染めるしか、自分を御する術がなかったから。

 

そうしてかつての武の理を剣に添えた少年は、自分の胸の奥深くでナニかがヒび割れるヨうナ音を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――逢魔が時。

 

彼女の名前が示すものが空から落ちようという時でも、戦争を体現する獣は赤い空に向かって走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南丹市と綾部市の間、その中でもやや南丹市に寄った平地。丹波付近では、斯衛の最精鋭とも呼ぶべき部隊がBETAと切り結んでいた。部隊は大きく分けて2種類。その戦闘には、最高位たる政威大将軍に準ずる階位を表す青の試作機が立っていた。片方を、九條。そしてもう片方は、斉御司。

 

供回りの瑞鶴も赤と山吹で固められており、初陣にも関わらずその誰もが他国では練達として認められる程の戦果を出していた。その背景には、彼らが帝国軍をも上回る、尋常ではない鍛錬を越えてきたことを思わせるものがある。年も20より後半の者が多く、それだけ長期間に渡って自らを苛め抜いて来た者達ばかりだと確信させられる。共に動いていた帝国軍や国連軍の衛士も圧倒されていた。補給より戻り、再び戻ってきた鹿島弥勒や、樫根正吉も例外ではなかった。

 

九條炯子と斉御司宗達、その両名の武技はなるほど武家の棟梁を冠するに足るものがある。

傍役であろう、赤の2機もそれに追随するほどの力量だ。

 

だが、二人の視線はそのどちらでもなく、もう一人の赤の機体の方へ向けられていた。

 

『しィっ!』

 

呼気と共鳴る気合一閃。白の瑞鶴へ飛びかからんと宙に在った複数の戦車級が、真横に分たれた。対象は不安定な宙空にいる、地面に両足で立って姿勢も安定し、衝撃が通り易い敵を斬るのとはまた違う。なのに一刀にして両断して見せたその技は剣を振るうものとして、それ以上に戦術機に対する造詣が深くないと出来ない妙技であった。

 

『………お見事。怖いぐらいの気合の入りようだな、風守少佐』

 

光は通信より聞こえた声に、頷いてみせた。発信の元は水無瀬颯太である。師もかくやという気迫、そして容赦の欠片もない技は、彼をして感嘆せざるをえない程の冴えがあった。その声に更に頷いたのは、彼の主だ。

 

『正念場であろうからな。その気合の入りようは見習わなければ』

 

正に鬼神の如し、と崇継は称賛した。だが、と直後に首を傾げた。

 

『何だろうな―――どうしてか、鬼子母神という言葉が浮かぶ』

 

鬼子母神とは安産の神でもあるが、子育(こやす)の神でもある。いかにも失礼な言葉ではあったが、光は鬼子母神の意味を知っているが故に、その言葉に対して不満を浮かべる前に戦慄くことしか出来なかった。そこにフォローの言葉をかけたのは、同じく青の機体を駆る当主だった。

 

『九條の。いいから貴様は黙って剣を振っていろ』

 

呆れた声は、野太く低いもの。どこか大木を思わせるそれに、そよ風のような声が重ねられた。

 

『あらあら、宗達様。そのお言葉は、女性に対するものではありませんわよ?』

 

斉御司の傍役である華山院穂乃香は、くすくすと笑いながらの忠言を。対する当主は、しかしと首を横に振った。九條炯子を女性扱いすること以上に、無駄なものはない。彼はそう信じていた。

 

見れば、九條炯子もどうしてかうんうんと頷いている。一体どちらの意見に対して頷いているのか、他の誰もが分からなかったが、産まれた時からの付き合いである颯太は、どちらの言葉に頷いたのか理解できていた。

 

『ふん、無駄口を叩いている暇はないぞ馬鹿弟子ども』

 

五摂家は二家の当主に、あろうことかの暴言。だけど咎められる雰囲気など欠片も生じなかったのは、それが真実であったからだろう。4人を弟子と呼んだ男、師たる紅蓮醍三郎は前方にいるBETAを剣で指していた。

 

緊張感が戻る。そんな中で、風守光は少し落ち着きを取り戻すと、紅蓮醍三郎へと通信を入れた。

 

『………相変わらずですね、貴方も』

 

『貴様もな………と言いたいが、少し変わったな風守の』

 

紅蓮の真剣な声に、光は言葉をつまらせた。

 

『技は見事。しかし、少々意気込みが過ぎるようだが』

 

『………自覚はあります』

 

ですが自分でもどうしようがないとは、光は心の中だけで呟いた。不甲斐ない部分が多すぎることは、痛いほどにわかっていた。ここは慚愧の念を抱き、相応の奮闘を見せることが最善であろう。無責任に死しては、後の約束と希われた説明をも成すことはできない。だけど、それ以上の憤怒が自分の中に溢れていた。原因は、秘匿回線で知らされた内容にある。

 

御堂が企んでいたこと、その顛末。彼女をして、まさか民間人である純夏の命を最低の方法で利用するなど、思ってもいなかったのだ。経緯を観察していた諜報員より報告があった。それを聞いた彼女はまず青ざめて、次に堪え様もない怒りを感じていた。制御するには、あまりにも多くの。

 

『すみません…………だからといって、無謀をしてはいい理由にはなりませんか』

 

光は自分を戒めるように呟いた。何より、自分は指揮する者の一人なのだ。

言葉を発したかつての戦友の流派も、考えさせられるものがあった。無現鬼道流剣術。その名の通り、"鬼の道を現すこと無し"という理念が根幹にある流派だ。その教えの一つとして、自己の怒りに呑み込まれるなというものがある。

 

『その通りだ。人を忘れ鬼と生きるを良しとすれば、鍛えた技も全て風を斬るだけになろう』

 

大切なのは間合い。紅蓮は、それ以上先に踏み込めば諸共に自壊すると忠告した。そうなれば、責められ裁かれる機会さえも奪ってしまう。そう考えた光は、その言葉に深く頷いた。紅蓮は、その反応に満足しつつも、引っかかるものを感していた。言えないものがあるだろうとも察して。だが多くはあろうと理解しようと、そうした時だった。

 

『――――なんだ、これは』

 

紅蓮醍三郎は武芸者である。

生まれはどうであるか関係がなく、ただ武人であろうと生き続けてきた。その道の最中に無視できない者が居た。それが、双璧とも呼ばれた自分ともうひとり、神野志虞摩である。方向性が異なること、自分も相手も理解しているだろう。互いに負けず嫌いであることも。

 

故に紅蓮は神野に対して勝る部分は何であるか、常に己にそれを問うてきた。生涯の好敵手である。其れに対して真摯に応じるべきこそが、自らの飢えを満たすものだと理解していたからだ。

その果てに見出し、信じたことがある。それは人に対する観察眼と、理屈を越えた所にある直感だ。

素質を見抜くこと、戦闘においての理外の機を見る目こそが、己の特異であった。

 

それが全開になって、ただ警鐘を鳴らしていた。

 

ずしゃり、と。違和感を覚えた直後に現れたのは、つい先日に見た陽炎だ。

 

ベトナムの、日系人の駆る機体。だけどどうしても、紅蓮にとってはそれが先日に見た衛士であるとは、それどころか戦術機であるとも思えなかった。

 

紅蓮は、風守光の掠れた声を聞いた。彼女が何を言ったかは聞き取れなかったが、何かをその機体に発して。だが、機体はその声に対して一切の反応を見せなかった。ただぎょろりと、頭部にあるセンサーが光を発したかのように思えた。

 

物言わぬ鉄の巨人。そんな単語が、紅蓮の脳裏に過った。

 

同じく、九條炯子もそれを見ていた。そして見ただけで、全身が粟立つのを感じた。眼前にあるものをまず疑った。形はわかっているし理解している、だが"それ"が戦術機であるとは信じられないのだ。戯言と言われてもおかしくない感想であったが、その時の炯子はそう見えていた。

 

異様の意。異形の構え。まるでBETAの新種であるというのが正しいと思えるほど、それはただただ場違いなモノのように思えた。

 

そうして瞬きの後、陽炎はBETAのありとあらゆるを蹂躙していた。

 

戦う者の気合もなにもなく、ただ無造作に死を浴びせていた。小型種ならば踏み潰す。戦車級であっても斬り潰す。要撃級や突撃級、あまつさえは要塞級であっても抉り潰す。それが当然であるかのように、陽炎と判別されている戦術機は死をばらまいていた。無作為に、出鱈目で、だけど理に溢れている。あまりに一方的な優位は、時に虐殺という単語を連想させるが、今が正にそれだった。

 

虐めとしか言いようのない一方的な攻勢は、その場に居るBETAの全滅という形で幕を閉じた。

広がるのは、気味の悪い体液の色だけ。その汚れこそが、無慈悲な攻勢の証拠として遺っていた。

 

しかし余韻も何もない、あくまで平坦なものしか感じられない。一方で、通信より声が聞こえた。平穏では居られなかった師の言葉が、異形の機体へ向けられた。

 

『無粋とはいえ、聞かせてもらおうか』

 

緊張した声で、問いかける。

 

『何故――――貴様が志虞摩の技を使う』

 

その特徴的な運足は、神野無双流より他はない。斯衛の武の双璧たる紅蓮醍三郎の質問の声は、周囲に居た者達にも届いていた。対する異形は、まるで異質たる戦術機の中に在る少年は、無言のままだった。ただ、ちらりと一瞥を。直後に構えが変わった。紅蓮醍三郎は、それだけで言葉の全てを封殺された。

 

空気が僅かに変わり、そして構えまで変わった。炯子は、目の前の戦術機から紅蓮醍三郎以上に年を重ねた武人のような威圧感を覚えた。だが、身に纏う雰囲気は未熟。それこそが矛盾の塊だった。

 

(殺気という言葉、それそのものに定義はない)

 

ただ何となくそう"ある"ものだ。人が何かを殺そうとする意を発する時、場は、空気は微かに歪みを見せる。武の道に生きる者達であれば感知や理解できるであろうそれが殺気というものである。

 

そして機体は、その殺気の塊であった。何かに対する怒りと、そして殺意に満ちあふれている。修練の果てに産まれた修羅とでも言おうか。

 

故に当然であった。更に襲い来るBETAに対して、その機体がまた踏み出していったのは。

 

交錯まで要した時間は、数秒。

互いの間合いに入った陽炎と要撃級だが、まず最初に仕掛けたのは陽炎の方だった。

 

頼りなく揺れていた長刀が綺羅と光り、次の瞬間には要撃級二体がまとめて首なしになっていた。

 

『な………!』

 

驚愕の声も、何もかもを置き去って陽炎は進む。流れるような踏み込み、揺々と振れている刃は、縦に斜めにBETAの急所をさくりと斬り裂いた。

 

相手への惑わしさえも勢いに活かす、美しい弧を描くその連斬は欠けず淵を見せる月の如し。

炯子も、その技の名前は知っていた。

 

『"上弦"に、"十六夜"………!?』

 

知らぬはずがなかった。陽炎が使った業は、他ならぬ自らが収めている剣術の。無現鬼道流が剣技、"上弦"に"十六夜"だった。驚く炯子の声に反応したのは、斉御司宗達だった。彼もまた鬼道の技を修めた一人である、わからない筈がなく、また反応しない訳がない。生身で習得した剣術を、戦術機の機動に反映させる。予てからの目標が、今まさに目の前で行われているのだから。

 

また、斬り上げの一撃が地面にいる戦車級ごと要撃級を斬り飛ばした。

 

『“臘月”………! いや、戦術機用に工夫がされているのか』

 

生身とはまた違う、戦術機に適した剣の運びだった。そのまま振り上げられた長刀は、陽の光を浴びて輝き、直後には遠心力を利用し尽くした長刀の一閃が宙にある戦車級、そして要撃級をまとめて斬り捨てた。

 

 

微かな笑いが通信を僅かに揺らした。

 

 

『――――』

 

 

その声は、到底人のものに思えず。まるで戦術機の形をしたBETAが、嗤ったようだった。

 

その中でただ一人、止めようとした機体があって。だが、赤の試製98型が伸ばした手は届かない。血に染まった陽炎は、その名前の如くゆらりと更なる戦場に向けて飛んだ。

 

通信に乗せて発した、制止を求める声さえも届かず。亀裂の入った衛士はそれまでと同様に、機体のフレームにある歪みを把握しながらも、思考を全速で回転させていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少年は陽炎の中で、笑っていた。聞いた声があって、笑い。そして、また泣いていた。

 

先ほど振るった剣術を、最初に見せてくれた人がいる。輪郭はぼやけて、顔の中心部分だけが暗い。

 

だけど、名乗っていた苗字の通りに。ただ剣のごとく、真っ直ぐだった少女が居たのだ。

 

青い髪の彼女は、生真面目で、堅く馬鹿みたいな正直者だった。

 

違った部分もあったけど、そういう所は元の世界と同じだった。

 

だから、彼女が剣を振るう姿は好きだった。寄る辺もない世界で、彼女たちの性格も微妙に異なっていて。だけどただ一つ、変わらないものが其処にあったように思えたから。

 

生き延びるためのチケットもあったのだ、船に乗る手もあったろうに。だけど断られ、共に生きたいと言われた。

 

だからこそ彼女が死んだと同時に、自分も死のうと自然に思えた。

 

そんな自分を止めたのは彼女の師だという、特徴的な外見を持つ巨躯の男。

 

逃げることは許されない。叱咤の声が聞こえたような気がした。だから全てを振り払うように修行に没頭した。

 

果てに待っていたのは泥沼だった。人が人を殺す地獄。そして外道に落ちた、彼女の死の要因であった男を託された刀で斬って捨てた。

 

同時に、額から後頭部へと何かが貫いていく感触と、視界にシャッターが降りたかのような。

 

これでいいと、最後に笑った。これで、きっと会いにいけるから。

 

 

そうしてかつての武の理を剣に添えた少年は、自分の胸の奥深くでナニかがひび割れるようナ音を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、陽は落ちて。

 

彼女の名前を示す夜の闇の中においても、戦のありとあらゆるに塗りつぶされた獣はその眼光衰えず、只管に走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

轟々と、陽炎が往く。その機体の動き、技能に含められたものの全てを理解できる者は居なかったが、一端を見たことがある者がやってきた。

 

最前線より後方に、補給の後に援護の部隊としてやってきた部隊だ。

 

連隊長の名前を、尾花晴臣という。タンガイル以前より、白銀武がまだその名前を名乗っていた最後まで、一連の戦闘に参加していた者達も居た。彼は、かつて魅せられた衛士を思い出した。それぞれの才能ある衛士は自らの天賦を根幹に、だけど驕らなかった彼ら。また各々が幾多の経験と修練の末に、極まった得意技を持っていた。それが目の前に再現されている。

 

囲まれていても焦らず、そして苦も無くBETAの間をすり抜け。集団の中にあっても常に最良のポジションに移動する瞬間的な判断力。

 

『………舟歌(バルカロール)

 

超至近距離で放てば、まるで運用方法が変わる。

貫通する弾丸でさえ、敵に当ててしまう近接射撃戦闘。

 

突撃砲兵(ストライカー)………!』

 

噴射跳躍ではない、電磁炭素帯の伸縮を駆使した短距離の連続ステップワーク。

 

『っ、火弾(ファイア・ボール)!?』

 

陽炎の動きは、かつての最強部隊を彷彿とさせた。その中でも特に混戦に強かった3人のそれぞれの特技を活かしきっている――――だけではなく、更にアレンジを加えていた。

長きの鍛錬を経ても再現できないそれに、更に工夫が重ねられているようだった。

 

あまつさえは長刀の扱いだ。それなりに心得のある尾花をして、陽炎の振るう剣術は練達のそれであると称賛せざるを得ない程の冴えがあった。紫藤樹でさえも及ばない、達人の剣をあろうことか戦術機の身に再現している。

射撃の腕も同様だった。まるで皆中を連発する弓道の達人のように、遠間にいた光線級に対してすらりと放たれた120mmは、まるで吸い込まれるように中心に、熱線を放とうとしていた光線級に次々と命中していった。

 

熱線照射の途中で爆散した光線級が、肉片となって空を舞う。だけど次の瞬間には、陽炎は更なる暴虐を重ねていた。

 

その動きについていける者は皆無だ。近場に居たらしい3機も、既に距離を離されている。

 

連携などできる筈がないのだ。陽炎も、群れなど必要ないとばかりに、個でBETAの大群を圧倒していた。見えぬはずの後ろからの攻撃さえも、一顧だに値しないとばかりに躱し尽くす。

 

あまつさえは敵の攻撃さえも利用していた。正面より要塞級へ突っ込んでいた後だ。衝角がゆらぎ、発射される直前にはもう陽炎の"構え"は済んでいた。勢い良く前に飛び出す、致死の溶解液をまき散らす巨大な尾の先端。だが陽炎は既にそこに居ない、発射の直後にはもう側面に。絶妙のタイミングで放たれた36mmが、衝角の先端へと叩き込まれる。

 

直後に前に飛ぶ尾が進路を逸れて横に、そして地面に激突すると同時に噴出した溶解液が、周囲にいた大量の戦車級を巻き込んだ。断末魔もなく、小型種もまとめて動かなくなった。

 

『な、んだよありゃ………!』

 

常軌を逸した戦術だ。この場にいる誰もが、このような戦法など見たことも聞いたこともなかった。難度もそうであるが、発想が正道より外れすぎているのだ。狂人でなければ実行できないだろうし、まず思いつかない。そこからも、獣はBETAを喰らい尽くした。

 

戦車級が飛びつき、だけど陽炎はもう其処には居らず。横より宙にある戦車級の手を無造作に掴むと同時に振り回し、遠心力をつけて地面にいる他の戦車級へと叩きつけた。その隙にと間合いをつめてきた要撃級を事も無げに斬り裂き、抉り取った内臓のような器官を長刀で掬い上げると、ついでとばかりに突撃級の足に投げつけて絡め、転倒させる。

 

塗装の限界を越えた返り血。かぶった量があまりに多かったのだろう、陽炎の外面のそれは既に本来の色とは違っていた。獣は、それさえも無視して走った。

 

まるで何百年も戦い続けてきたかの如く、当たり前のように武器もBETAも何もかもを知り尽くした上で利用し、蹂躙を成している。

 

『ひっ………!』

 

10の実戦を越えた、勇敢な部下が情けなくも恐怖に声を発した。見続けていたが、ついにとたまらず、二歩三歩距離を取ろうとする。尾花は、それを咎めなかった。自分もここから逃げ出したくなっていたからだ。

 

―――理解できないものは未知である。そして未知こそを、人は恐れるものだ。

 

例えばBETAも戦術機もない世界で、唐突に自分の前にこのような鉄の巨人が現れたら。その中に人が乗っているのか、乗っているとして自分に敵意があるのかないのか。容易く自分を殺せる未知に対して、平静を保てる常人は存在しない。知らない脅威とは、それだけに恐ろしいものだ。定義されていない事象に対する反応は、古来より決まっている。太古の日本人が未知は許せないと、雷など不明な事象を神と定め、知らぬ理解できぬ事により生じる恐れを遠ざけたように。

 

それほどまでに目の前の戦術機は、未知たる脅威の塊だった。

人であるはずなのに、人ではあり得ない動きを見せ続ける異形。

 

あまつさえは不穏な空気を隠そうともせず、獣のように暴虐を振りまくその存在は、等しくBETAと同じ“怪物”としか言い表せない。

 

――――殺される、と。

 

恐怖のあまり、誰かが叫び。そして、尾花はようやく理解した。

大陸よりの戦友から、聞いたことがあった名前の意味を。

 

『………確かに、これは』

 

同じ人間が駆る兵器だからこそ、極まっていた。これがBETAらしくあれば、恐怖より先に戦意が勝った。普通の姿を知っているからこそ、外れた時の異物感はひどくなる。

 

見ているだけで、自分まで殺されてしまうと。そう叫ばずにはいられない圧倒的な存在。

 

BETAとはまた異なる。人でありながら人を殺傷する者と思わざるを得なくなる、怪物。

 

 

 

『凶手………』

 

 

 

人だからこそ思う言葉。人を殺傷するもの、という表現はこれ以上なく適切であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分を恐れる視線を感じる。それでも期待に溢れるものもどこかで。構わず、死を量産し続けようと思った。思い出があった。約束があった。記憶の色は様々だ。今に昔に、まだ見たことの無いものも。それに良き悪きの区別はなく。かつて味わい、自分ではない誰かが味わった旨みと苦味が交互に脳裏でスパークする。

 

そうして、白銀武は黒と白の光が散乱する光景の中で、身につけた技術群の数々を振るった。

 

敵はBETAであった。だけど同じように大切なものを奪っていったのは、BETAだけではなくて。

 

ありとあらゆる出会いと逢瀬を、思い出して笑いながら。

 

ありとあらゆる別離と最後を、思い出して泣きながら。

 

今生で交わした約束を、最後の正気を縛り付ける紐として。

 

ひび割れに留まっている心ならば往けると、人の形をした戦の塊は無意に吠えながらそれでも戦い続けた。

 

 

 

 

 

 

 

そうして、戦闘開始よりちょうど10時間の後。帝国軍と国連軍、在日米軍の奮闘により、上陸してきたBETAの全滅を確認された。

 

陽も落ちた暗闇の戦場の跡。

そこには、あちこちより煙を上げた陽炎が、膝立ちのまま動かなくなっていた。

 

 

『タケル…………』

 

 

それを見ていたネパール人は、その中でただ一人緊張感を保っていた。疲労の中にわずかに恐怖が残っている日本人の二人は、釈然としない表情のまま動かないでいるが、それをフォローする余裕さえもない。

 

まだ、あいつが出ていないのでは、決して終わってはいないのだ。

 

マハディオ・バドルはじっと、壊れた陽炎のコックピットより少年が救助されるまで、長刀を抱えたまま最大限に警戒したまま、待機し続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てが終わった後。斑鳩崇継は、私邸の一室の中で御堂賢治と相対していた。外では、日本のあちこちでは戦闘の後片付けに追われている。

 

「………頭を抱えていると言った方が正しいかもしれないがな」

 

山陰側、日本海側に展開していた艦隊はその3割ほどが撃沈されてしまった。若狭湾沿いに集中していた重光線級に防衛線を一部だけ抜けられたのが原因だ。いかに重装甲を誇る戦艦とはいえ、重レーザーに長時間晒されて無事に済むはずがない。在日米軍と本土防衛軍の戦術機甲部隊の連携により即座に対処はされたが、それでも被害は軽くないものがあった。

 

とはいえ、山陽側、瀬戸内海側の艦隊よりはマシと言えた。九州より侵攻してきたBETAの大群は山陰側より多く、国連軍と帝国軍は必死で迎撃を試みるも、大阪の手前まで侵攻されたせいで艦隊にも多くの被害が出た。展開していた数、実にその5割を失ってしまった。戦闘が終わった今では、帝国海軍は小さな混乱状態にあった。

 

陸軍その他に関しても同様だ。最悪の事態、帝都への侵攻こそ免れたものの、兵庫県は南北に至るまで無事な地域は存在せず。戦闘の終盤には、尼崎市を越えて、西淀川区まで侵攻を許してしまった。

 

明石海峡大橋の爆破は間に合い、四国への侵攻という事態は避けられたが、その四国も全くの無事というわけではない。先の防衛戦の経験より四国にはそれまで以上の大規模侵攻が予想されていた。

 

帝国軍は、数だけは多い国連軍を大東亜連合と入れ替わりに配置し、だがそれは逆効果に終わった。八幡浜市と宇和島市より上陸してくるBETAに対し、想像以上の苦戦を強いられた挙句に今治付近まで侵攻を許してしまった。周囲に配置されていた弾薬その他が置かれていた基地は四国方面に配属されていた部隊の援護により、半壊状態で留められた。

 

しかし、四国にある物資のおよそ2割を無駄に失ってしまうという笑えもしない事態になっている。機甲部隊も、そして戦術機甲部隊も無事とは程遠い。弾薬は勿論のこと、将兵や装備の損耗率は前回とは比べ物にならないほどだ。此度の戦いは何をどう考えても、良くて辛勝としか言い表せない。

 

帝国軍も、国連軍の多くも、一朝一夕では取り戻せない程の犠牲を支払わされていた。

 

「だが、守り切った。経緯はどうであれ、帝都は健在だが………其方の予想はどうであったのかな」

 

「まさか。勿論、この国に住まう者の一人として、我が国の勝利を信じておりましたとも」

 

二人の間で、声が交錯した。対峙していた、とはまた異なっている。賢治は地面に座らされている上に両腕が縛られ、崇継がそれを見下ろしている格好だ。崇継の隣にいる介六郎も同じく、こちらは怒りと侮蔑をこめて見下していた。

 

勝者と敗者という、現状の立場をそのまま表したものだ。だが敗者であり、もう終わった身である御堂賢治はさして悔しくもないと言うが如く、じっと崇継の目を見ていた。

 

「………怒りは、しませぬか」

 

「越えて、呆れる他無いであろう。此度の其方の所業、何をどう取った所で結論は同じ」

 

「権限を逸脱し過ぎている、ですか。まあ、自覚はありましたが」

 

「無いと言われる方が困るぞ」

 

崇継は戯言を重ねようとする御堂の言葉を打ち切り、問いかけた。

 

「連行される際に、反抗しなかったと聞いた。表立っては、他のどの家にも知らせてはならぬと、其方が指示したとも。その理由を聞いて良いか」

 

「………元より勝算は少なかったからですよ。初動も遅く、駒も手法も制限され過ぎていた。外部の者を利用せざるをえない程に、ね」

 

失敗すれば、どの道終わる覚悟であった。御堂賢治だけが裁かれる結末に。

賢治は縛られている手で、眼鏡をくいと上げた。

 

「それも、肝心な所が全て読まれていたようですが………逆に聞かせて頂いてもよろしいでしょうか。此度の一連の事、途中までは斑鳩の方の動きは鈍かった。いや、悟らせないように動いていた私が言うのも何ですがね」

 

「前半の其方の都合のいい物言いは捨ておくが………その言葉に対しては、否定せんよ。諜報に関しては煌武院よりは後発であった」

 

「こちらの情報の通りです。が、お二人はどうしてか、此度の防衛戦が始まる前には、私の狙いを深部まで読んでおられたようだ」

 

それだけが納得できない。賢治の声に、崇継はふっと笑った。

 

「気づくだけの材料が揃っていたが、上手く隠されていた………とは言い訳だな。己の未熟さを痛感させられたよ。こちらも、其方の言う“外”からの協力者の情報が無ければ確信にまでは至らなかったのは事実だ」

 

崇継の声は自嘲の色が含まれており。賢治は、つまりは狙いを確信するだけの何かがあったということに気づいた。それは、と問う言葉に対して、崇継は取り合わなかった。

 

「其方は………なぜ諦めたのだ。勝利を諦め、従属を選択した」

 

「………諦めたのではありません。ただ、最善の選択を望んだ」

 

「其方の中での最善か。なるほど、描いた絵図の通りであれば、次代の場にはどちらも邪魔だろうな。政では九條と斉御司に勝り、傀儡にし難い私と煌武院悠陽は」

 

そして、篁の。否、自国生産の戦術機の技術そのものが。

 

「より大きな力に縋るために。国内においての、計画に敵対する全てを潰すことを選択した」

 

正確には、と。崇継は眼光鋭く睨みつけ、告げた。

 

「帝国の国土にハイヴが建設されるまでにオルタネイティヴ4を潰し、オルタネイティヴ5の遂行を促進させる………それが其方の狙いだな」

 

オルタネイティヴ4に、帝国の政策と将軍の判断にさえ見切りをつけて。

 

「国外のハイヴにG弾を落とさせ、その有用性を世界に認めさせる。米国の傘下であると。彼の国に隷属する形を取り、計画を急がせた――――――帝国の国土で、G弾を使われないように」

 

自国の計画、戦術機ではなく、他国の超兵器であるG弾による勝利を。

周辺に存在する各国、協力体制にあった全ての国を捨てる。

 

そして自国と北南米の安堵を選ぶために、それを受け入れる下地を作ろうと動き回ったのだ。

 

糾弾の言葉に御堂は答えず、ただズレた眼鏡をグイと押し上げるだけだった。

 

 

 

 


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