Muv-Luv Alternative ~take back the sky~ 作:◯岳◯
雪の降る仙台の街。その中で、ある二人が邂逅を果たしていた。
街より少し外れた場所にある喫茶店、その奥でトレーナーにズボンというどこから見ても一般人な服装をしている少年がいた。
「………久しぶりね、タケル」
「こっちこそ。久しぶりだな、ファンねーさん」
白銀武と、黄胤凰。3年ぶりの再会をした二人の挨拶は、そうした軽いもので始まった。
「………で?」
「いや、睨まないでくれねーかな。あの時はしょうがなかったんだって」
武は怒り心頭という内心を視線で叩きつけてきた女性に、慌てて弁解をした。
ハイヴを落とした後のこと。セルゲイが仕掛けてきたあれは本当にイレギュラーの事で、武個人にはどうしようもなかったと。
その後のことも、色々と外に出すには拙いことだらけだった。
「でも………不義理だったよな。せめて、生きてるって連絡はするべきだった」
「本当にそうよ、もう」
こっちは必死で探してたっつーのに、とインファンがぼそぼそと愚痴る。
「でも、ターラー教官は知ってたみたいだったけど」
「おおかたあの腹黒元帥閣下が知らせたんでしょ。まーだターラー中佐に未練があるみたいだし」
インファンの予想は、こうだった。
武とサーシャという、ターラーにとっては二番か三番目ぐらいに死なれるとダメージが大きい二人が、一気にいなくなった。
心に受けた衝撃を思うに、他人には到底分からない、想像に余りあるものだろう。それを見ていられなくなったから、教えたのだと。
「実際、あんたらが死んだって聞かされた時の様子はね………」
「………どんな感じだった?」
武は後ろめたさを全開に、恐る恐るたずねてみたがインファンは頑なに口を開こうとしなかった。
ぱん、と両手を叩いて、笑顔になる。
「別の話にしましょ! そうね、あの外道元帥閣下に頼まれていたこともあるんだし」
アルシンハ・シェーカルは今や有名人であった。軽々しく国外に、それも特定の個人に会うような真似はできない。
それはクラッカー中隊の他の者も同様で、動けばある程度以上に目立ってしまうのだ。
だから、今までは武もアルシンハと連絡を取り合うことはできなかった。
どこに耳があるのか把握しきれていない以上、迂闊な行動は致命打になりかねないものがある。
取り扱う情報が情報なのだ。最悪は、という想像をした上で過ぎるほどに慎重になるのは、当たり前のことだと言えた。
「で、計画とやらの進捗状況は?」
「今のところは上手くいってる。あとは………明星作戦で、最後の仕上げを待つだけだ」
「………そ。じゃあ、その通りに伝えておくわ。でも、意外ね。あんたがあの元帥に協力していたなんて」
インファン自身、アルシンハの事はよく知っている。武のこともだ。
だからこそ、この二人が手を組むような状況は想像がつかなかった。方針というか、性格その他何もかもが違いすぎて、上手くいかないだろうと。
「そうだけど、必要に迫られたからな。まあ、とはいっても利用しあうだけの関係だ」
「本当に、それだけなのかな~?」
「そうだって」
あっちも、俺がヘマしたら切り捨てる。俺も、あっちが窮地に陥っても助けない。
断言する武に、インファンはため息をついていた。
「ドライねえ。まあ、内容については聞かないでおくわ。なんか、迂闊に知ってしまいでもすれば、刺客が大挙して押し寄せてきそうだから」
「ああ、賢明だと思う。そのあたり、あの元帥は容赦しねーからな」
苦々しくお茶を飲む武。インファンはその様子を見ながら、ふふっと笑った。
「あんた………変わったわね。前にあった時は、こーんなガキだったのに」
「そりゃそうだろ。1996年………13才だったか、あん時は」
今はもう16才、学年で言えば高校1年生である。中学1年生だった頃と変わっていなければ、それはそれで問題がある。
主張する武に、インファンは違うわよバカと答えた。
「落ち着いた、って言った方がいいのかな。昔のあんたは、強く押せば崩れてしまうそうなぐらい、どこか危うい感じがしていたんだけど」
「あー………そう、かもな」
「でも、今は少し違うな。一本、背骨に芯が通ったような感じって言うのかな? 子供の頃を知るおねーさんにとっちゃあ、少し寂しい話だけど」
少しシュンとしたインファンに、武はおおと気づいたように手を叩いた。
「あれだ。からかって遊ぶ相手が居なくなって困る、的な?」
「………ちっ、先読みするとは。本当に可愛くなくなったわね、あんたも」
「そっちは変わんねーなぁ。あと胸も」
「そうそう、私の胸は永遠に老いず若いまま、ってぶっ殺すわよこのガキャぁ」
「そのネタも懐かしいなー」
「懐かしむな! ったく、ターラー中佐に泣きついてた頃のあんたが懐かしいわ」
「な、泣きついた事なんてねーだろこの腹黒団子頭!」
「うるさいいわね、鈍感大将!」
「どういう意味だよ!」
「あ、そっちの成長はまだまだなのね。しかし………うん………」
「なんだよ?」
インファンは本気で分かってなさそうな武を見て、思う。
この落ち着き具合にこの性格と言動、なんか周囲の女性評というか被害者的にえらいことになってそうだなあ、と。
「まあいいわ。で、これが頼まれてた写真ね。忘れない内に渡しとくわ」
「お、ありがとう。ここで開けても?」
「安心しなさい。開けて爆発するような仕掛けは施していないわ」
武は物騒な発言に顔をひきつらせながら、渡された分厚い封筒を開けた。
中には、100枚はあろうかという写真が収められているファイルがあった。
亜大陸時代には、アルフレードが。アンダマン島に居た頃からはインファンがラーマのカメラを借りて、撮影したものだった。
インドからシンガポールに至るまでの敗戦の道の最中にあった日常の光景が、それぞれの写真の中に描かれている。
武は丁寧に、一枚ずつそれを見ていく。ぱら、ぱら、ぱらとビニールで出来た写真ホルダーのページがめくれる音。
インファンは捲る度に表情が変わる武を見て、こういう子供っぽい所は変わってないわねと笑って、そしてなんでもないように言った。
「………あんた達が死んだって聞かされた時の様子はね。正直、今でも早々思い出したくないわ」
ハイヴ攻略という前人未到の大仕事を成した後の、突然の悲報。
インファンは視線を過去に合わせるかのように、遠い目をしながら呟いた。
「特に、隊長と副隊長がね。ターラー中佐は泰村少尉の事があったから、二重に堪えてた」
「………ごめん」
「あんたのせいじゃないってのは分かってる。でも、連絡だけは欲しかったな」
それも無理だったのかもしれないけど。呟くインファンに、武は言った。
「他の、奴らは?」
「全員が泣いてたわよ………ほんと、図太い、変な性格で。泣いた所なんて一度も見たことがないような奴らだったけど………」
インファンは当時の様子を思い出していた。武はそんな彼女の目を見て、驚きの表情を見せた。
「インファン………泣いて?」
「な、泣いてなんかないわよ。でもまあ、色々あったわ」
インファンは目を擦りながら、誤魔化すように話題を変えた。
「後の事を話しておくわね。欧州組は、当然だけどヨーロッパに帰っていったわ。今頃は祖国に近い場所で戦ってるんじゃないかしら」
実戦運用部隊か、ツェルベルス大隊が居るという地獄門ことドーバー基地群か、あるいはフランスの陸軍か。
インファンも噂レベルで聞いたことはあったが、確証はなかった。
「ユーリンは統一中華戦線に。あの子も、色々と思う所があったようでね」
「年上なのにあの子呼ばわり………でもしっくりくるのはなんでだ。あ、でも、インファンは残ってるんだよな」
「立場上ね。樹はあんたも知っての通り。それ以外の全員は、大東亜連合軍に所属したままよ」
ラーマは隊の指揮に関して教導する立場に。ターラーは精鋭部隊の育成に、特別教導官として。
グエンは東南アジア方面における防衛軍の最前線に。
「っと、そういえば………マハディオに会ったわよ。あんたに対してかなーり怒ってたようだけど、何かしたの? あと、そのことで元帥閣下も珍しく不機嫌だった。なんでも俺の策略と言えば通じるのはどういった事だって」
「前者については、申し開きのしようもございません。後者については、鏡を見ろと」
原因は、別れ際の脅迫の言葉だろう。
――――実際は、苦し紛れのブラフにしか過ぎなかったのだが。
「ともあれ、防衛軍で頑張ってるみたい。腕利きの衛士として、噂でもちょくちょく耳に入ってくるから。あ、でもねえ」
「何かあったのか?」
「いや、隊に配属された初日にね。顔じゅう盛大に腫らしながら現れたもんだから」
別の意味でも有名人よ、と笑う。武はそれを聞きながら、夢が現実となったか、と戦々恐々としていた。
きっと盛大に殴られたのだろう。ともあれ、再会できたのは喜ばしいことだ。
武はそう思い込むことにした。また再会した時のマハディオを考えると、後が怖いと思ってはいたが。
「その上司殿もね。今は、技術士官として辣腕を振るってるわよ」
「………親父、元気そうだった?」
「マンダレーの後の様子を考えると、雲泥の差よ。あの時のあの人は自殺してしまいかねなかったから」
武は無言のまま、思い出していた。父・影行とガネーシャ軍曹。セルゲイの事件の顛末は知らないし、本人も口止めはされていただろう。
だけど、原因は油断した自分にあったのだと後悔しているに違いなかった。
マンダレーの頃より、数度だけ。会った時も、なんとも憔悴した顔だった。
当時は自分自身も精神的にすりきりいっぱいだったので、相手の気持ちを考える余裕も無かったのだが。
それでも、仕事はきっちりと仕上げているのが信頼されている理由だろうか。
「………恨んでいないのか。そう、聞きたかったようだけど」
「ファンねーさんはやっぱそう、嫌な所で鋭いよな」
「年の功と呼びなさい。あ、でもやっぱやめて」
「尊敬するよ。俺も、相手を傷つけながらそれに気づかないバカな人間だから」
「え、年の話?」
「親父の気持ちの話だよ」
インファンはよく分からないと首を傾げながら、茶を口に含んだ。
武は、言えない事が多すぎるなと思いながらも、ある事を思い出していた。
「あ、そういえば母親に会った、ってきたなっ!? ていうか熱っ!」
ぶふぉと女子にあるまじき音で茶を吹き出したインファンに、武は文句を。
インファンは盛大に咳き込みながら、涙目になって言った。
「ごほっ、げほっ………い、いきなり何でもないように言うんじゃないわよ!」
「あ、ごめん。で、今日はその本人に来てもらっています」
「なっ、ほ、ほんと!?」
「いや、冗談――――って、俺が悪かった! 悪かったから、その急須を下ろして下さいっ! 」
「ったく。でも、生きて再会できたんだ」
「色々と複雑過ぎる事情があったけどな………」
現在進行形で、とは口に出さずに。だけどインファンはそれに気づいた上で、肩をすくめながら忠告した。
「居るだけありがたいもんよ。両親ってのはね。ああ、謝らなくていいって。私の時は必然だったんだから」
武は、インファンが頑なに過去を語ろうとしない事を思い出していた。軍に入るまでの経歴も、全てだ。
それとなく聞いても、するりと話題を変えられて誤魔化される。だが、この日だけは違った。
「こんな、雪が降っている時だったかな。私があの人に拾われたのは」
「あの人って………もしかして、グエンに?」
「気づかれてたか」
苦笑するインファンは、小さな声でその時のことを話し始めた。
両親が死んで、貧民街で子供1人で生きていて。それでもBETAの侵攻が影響してか、街の治安が決定的に悪くなった。
このままここに居ては、浮浪者か治安維持を自称していたチンピラか、あるいは変態に犯されて殺されると思い、引っ越しを。
同じように考えていた貧民街の仲間と一緒に立ち上がり、海に陸に移動して南へ移動することに決めたらしい。
10人は居た仲間は、出立の日に待ち構えていたマフィア崩れのせいで半分に。
生きて辿りつけたのは、自分1人だけだったという。
「そこで、あの人に出会ったのよ。ねえ、武。グエンのここに大きな傷があるでしょ?」
「………ある、けど」
「あれ、私が付けたんだ。本当は目を狙ったんだけどね」
インファンの仲間たちは、出立する日のことがどうしても忘れられなかった。
実は仲間の誰かが裏切って、マフィアに情報を売ったのではないかと。
日に食べるものも困る厳しい旅の中で、人間の心は極限状態になる。
インファンも同様であり、道中にあっても仲間を協力しあうべき存在ではなく、いかに利用すべきであるかと常に考えていたらしい。
それでも、そんなに気を張っての長旅で当時は子供だったインファンの身体に負担がかからない筈がない。
ようやくと到着した街の中で倒れこみ、拾ったのがグエンで。
「でも、いっちゃなんだけどあの顔でしょ? 私、とうとう捕まったんだって思ったわ」
起きた場所は孤児院だった。グエンの姉が経営する場所で、薄くも暖かい布団の中で目覚めてから、インファンは相当困惑したらしい。
旅の中で、ある事を痛感していたのも理由にある。すなわち、人の善意には必ず理由があるからと。
最初は警戒心溢れる態度で、次は心を開いたように見せて。安心させて、ずっと探っていた。
「マーマ………ああ、グエンのお姉さんのことね。めちゃくちゃ美人なのよ? マーマも、グエンも、子供たちも、普通だった。当たり前のように、普通に人間だった。獣そのものだった私とは違って」
だからこそ、混乱した。恐ろしいものがあると、ずっと怖がっていたという。
「だって、裏なんてないのよ。どう観察しても、どう判断しても、あの家の人たちは私を利用して何かを得ようなんて思っちゃいなかった」
で、殺そうとした。分からないものならば、いなくなればいい。
子供そのもの、あるいは情の無い獣のように、恐ろしいものを排除しようとした。
「そんなに冷静じゃなかったけどね。でも、当時の私には絶対に必要なことだって思ったから………」
最初にグエンを狙った。夜半すぎてから、寝静まった所を。
家の中で、戦力的に考えれば一番の脅威だったからだ。台所のナイフを片手に、寝込みを襲った。
馬乗りになって最も深くまで突き刺さりそうな眼球めがけて、ナイフを。でも気づかれて、頬をえぐるだけになった。
そこでインファンは死を悟ったという。
「どうしてって、普通は殺すでしょ。殺しにかかられたんなら殺す、それが当時の一般常識だった。ていうか、今もかな………何もかもBETAのせいにはしたくないけどね。だから私は失敗した後はね。殺されるんだって当たり前のように受け入れて、でも違ったのよ」
正か負か、どちらの方向かは武には分からなかったが、インファンの感情が昂ぶっているのが分かった。
「気づいていたって、でも何もしてやれなかったって、謝りながら抱きしめるのよ。追い詰めたけどって………でも俺はお前の敵じゃないって。怖がらせてすまん、って。こっちナイフまだ持ってんのに、その気になれば背中とかでも刺せるのに、馬鹿みたいに………」
目から出た一筋の涙の雫が、頬を伝っていた。武は、それを見て、だからと察した。
インファンは指で零れた涙を掬い、あははと笑った。
「………それでハイおしまい解決~、って簡単な話じゃないけどね。今でも、私はそういった部分を多く持ってるし」
「ファンねーさんが………軍に入った理由は、もしかして」
「お察しの通り、グエンとあの家を守りたかったからよ。とはいっても、ドジ踏んじゃって衛士にはなれなかったけど」
怪我をして、それでも諦めず。いずれは前線に立たされるだろうグエンのために、出来る限りの努力を重ねた。
当時は中尉だったターラーの噂を聞きつけて、その隊の能力や方針などを分析し、これだ!と思ったらしい。
タンガイルの後、グエンを隊に推薦したことも。
「でも、人前でそういった素振りは見せなかったような………」
「そりゃ無理でしょ。だって、その、恥ずかしいし」
「ユーリンに言った台詞と違うような………」
「ぐっ、あの子喋ったのね!? でも違うのよ、こっちは、そう、乙女的な複雑な内心が………あんたにそれを分かれって言う方が無茶か」
ため息を一つ。それで、この話はおしまいと、インファンは手を叩いて強引に終わらせた。
直後、いやらしげな顔で武を見る。
「で、次はあんたの番よ。出来れば日本に帰ってからのエピソードを聞きたいけど、無理そうだからやめとく。だからあんたの両親の話とか、聞かせなさいよ」
「えっと………恥ずかしいんだけど、どうしても言わなきゃだめか?」
「乙女の恥ずかし~い話を聞いといて、逃げるのが許されると思ってる?」
武は回答に迷った。そっちが勝手に話した、というのは容易いが聞いといてしらばっくれるのは男としてどうなんだろうという思いがある。
敵前逃亡も、それを実行した後の方が怖いのだ。
だから思ってませんハイと、武は自分の知る限りの事を話しだした。
推測出来る、影行と光が出会った当時のこと。別れた理由、斯衛のあたりはぼかして、その理由をかいつまんで説明を。
聞いたインファンは、は~と深く息を吐いた。
「人に歴史あり、ね。ていうか、男としては本当につらいわよね。自分の立場が低いからって、愛する妻と別れなければならないなんて」
「インファンも歴史ありだろうに………ていうかなんで男からの観点で言うんだ?」
「そうあって欲しいっていう乙女心から。え、なに、可愛いって? 惚れた?」
「きもい」
「………言うようになったわね。アルフの奴の仕込みかしら」
インファンは遠くの地で戦う仲間に呪詛を送った。
そして、立ち上がる。
「そろそろ時間だし、行くわ。日本に来た理由も、あんたに会うだけじゃないからね」
「少佐殿は忙しいもんな」
「大尉になったあんたにも、クラッカーズとして知られているあの人達にも敵わないわよ」
「………11人、か。俺は、本当は13人だと思ってるよ」
武の存在を抹消されて、11人の衛士達。だけど武は、12人にすべきだと常々考えていた。
CP将校も立派な隊の一員であり、インファンの鋭い戦術的判断に助けられた場面がある。
戦場の外のことでも、中隊の活躍に嫉妬したのか、謀略染みた手段を取ってくる相手に対して、裏で牽制や未然に防いでいたのはインファンとアルフレードだったのだから。
「あんたも含めて13人、か………泣かせるようなこと言うんじゃないわよ」
「同じ隊で戦った仲間だからだ。え、なに格好いい、惚れた?」
「残念。先にあの人に言われたから、その威力は半減よ」
「結局は惚気かよ!」
「でも、ありがと。あんたも…………確認したい事があるんだけど」
写真を見下ろし、インファンは言う。
「写真は、“2”セットよ。言っとくけど、樹には別に用意してあるから。でも…………本当に“2”セットが必要なのよね?」
写真を綴じたファイルが2つ。それを両手に持って、武は告げた。
「ああ、“2”セット必要だ。今はちょっと無理だろうけどな」
笑顔で、返す。その言葉に、確たる意志をこめて。
インファンは秘められた決意を見抜き、言う。
「なにか、やるつもりね。とても、十中八九死ぬような危険なことを」
「インファンは止めるか? 無責任に死地に行くバカな奴のことを」
武は、夕呼の言葉を思い出していた。
人間は気づかない内に誰かを傷つけながら生きているが、それに気づかない者こそを本当の馬鹿と呼ぶと。
ならば、気づきながらも決して止めようとしない者の事は、なんと呼ぶべきなのだろうか。
「止めないわ。だって、私の役割じゃないもの。でも、銀色のあの子は、例え知ってたってアンタの事を止めなかったろうけど」
「………え?」
どうして、という問い。インファンは笑って、告げた。
「男が命を賭してもやろうって決めた。なら文句を言わずについていくか、助けになるのが良い女ってもんよ」
ウインクしての言葉。
武はあっけに取られた表情をした後、おかしそうに笑った。
「やっぱ、まだまだねーさんには敵わねーな。口でもそうだけど、戦闘以外の面じゃ敗戦続きだ」
「ふふ、いつまでだって負ける気は無いわよ。あの中隊のみんなは、いつだってあんたの前に居る。そう在ろうって願ってる。あ、でも年増って言ったらぶっ殺すわよ?」
「“きれいなおねーさん”」
「ドヤぁって顔で棒読みだけど、あの子に免じて許してやるわ。でも………それは、サーシャに言ってやんなさいね」
止めないのは男が生きて帰ってくるって信じてるからよ、と
「――――女の願いに応える」
「――――それが良い男ってものよ、ってか?」
笑いあい、二人は中隊の独特なサインを交わした。
互いの胸を指し、自分の胸を押さえて。
「また、会いましょう。“あの賭け”はまだ終わってないって、出来る限りの身内には伝えとくから」
「あの賭けって………あっと、ターラー教官とラーマ隊長の賭けもな。色々と支払いが多くなりそうだけど」
俺は、私は、大丈夫だと。
確認し終わった後、親指を上に立てた。
「幸運を」
「そっちこそ――――待ってるから」
いつか、生きて再び、あの全員が揃う日を。
二人は約束の言葉と共に、笑みを交わしていた。
あとがき
腹黒団子頭のお話でした。次はサーシャ・霞の短編です。
その小道具に必須だった写真、次で出てきますよー。