ソードアート・オンライン -ゲシュペンスト- 作:haraita
茅場晶彦はゲームプレイ用のキャラクタースキンを解除し、白衣姿に戻るとゲームマスター専用の空間に移動する。
そこは真っ暗な空間で入って数歩のところに椅子が置いてあるだけだ。
彼が椅子に腰を下ろすと、プラネタリウムのように暗闇に無数の光点が出現する。展開された星空はゆっくりと回転を始め、茅場はその星の一つ一つを興味深そうに見つめている。
星のように見えるそれは実際は星では無く、アインクラッドのあらゆる場所の状況を映し出すゲームマスター専用の監視システムだ。
その中で、彼はふと気になるものを見つける。茅場が光点の一つを指差すと、そこに映し出されている映像が拡大され、茅場の正面に展開する。
「―――ほう、これは面白い事になってきたな」
普段の乏しい表情のまま、そう呟く茅場、しかしその口角はいつもより数ミリ程上がっていた。
茅場の見ている画面に映し出されたのは、雪原に佇む一人の少年―――まさにクロードであった。
◆
クロードにはこの数分の間に自分自身についてわかったことがもう一つあった。それは順応性の高さだ。
始めは、困惑し、大きな不安に駆られ少しの間呆けてしまったものの、今はすでに踏ん切りがついていた。
「無いものねだりをしても仕方が無い、か」
いくら思い出そうとしても、断片的にすら記憶の一片すら掴むことはできない。さらにはこのゲーム中の親しい者に連絡が取れない(あるいは元々存在しないのか)といった現状。
しかし、おかげで自身が取るべき行動は絞られてきた。
「とにかく街に行ってみるか」
フレンドリストに載っていなくともどこかに知り合いぐらいはいるはずである。このゲームの中で誰にもかかわらずここまで生きてこれるとは彼には到底思えず、何かしらの人との接点は会ったはずだという理由からの決定だった。
現状でできるのはその『接点』を探す事ぐらいだ。
マップを確認すると森を北に抜けたところに割と大きな街があるようだ。
「ん?」
目的地が決まった矢先、彼は森の中を高速で移動する人の気配を察知した。それはクロードの保有するスキルの効果によるもので、半径100メートル程の状況を把握できるといったものだ。集中するとさらにはっきりと森の中の状況がわかる。
そう遠くない地点に十人弱の人間の一団、そしてその前方に一人。どうやら大人数のプレイヤーがたった一人を追い回しているようだ。
「穏やかな雰囲気じゃなさそうだな・・・・・・・・・・・・」
クロードは当初の街を目指す方針を一時保留にし、その一団を追いかけてみることにした。
◆
「ちっ、しつこい連中ね・・・」
忌々しそうに呟きながら少女は巫女服を模した装備をはためかせながらさらにそのスピードを上げる。
少女は追われていた。後方30メートルほどの位置を追跡者の一団が迫ってきている。何度か一気に引き離したものの気がついたときにはすぐ後ろに付かれていた。恐らく高レベルの追跡スキルを持ったプレイヤーがあの一団にいるのだろう。
しかし、そうなるといくら逃げても振り切ることは難しい。
「街からもずいぶん離れてしまったわ・・・・・・・こんな時に転移結晶があれば・・・・」
一度訪れた場所に瞬時に移動できるアイテム『転移結晶』、それがあればこの状況の打破は容易い。普段であれば万が一に備えて常備しているそれを彼女は持っていなかった。
この状況に至る経緯はこうだ。
少女・ユキノは傭兵ギルド『バリスタ』の現在の実質的なリーダーを務めていた。この日、二週間ぶりの依頼がバリスタの元に寄せられた。依頼主はある弱小パーティで、自分達に協力して最近森に現れるレアモンスターを共に討伐して欲しい、というものだった。
ドロップアイテムは依頼主の獲得、その代わりに多額の報酬を貰うことになっていた。
断る理由は無かった。最近の依頼不足によって財源の確保が死活問題になりつつあったからだ。
普段ならば、この程度の依頼には部下を回していたが、依頼主の希望と破額の報酬に目が眩んでしまったことで、彼女自身が行き勇んでこの任務に就く事となった。
森の中に入ったところで、依頼主のパーティのメンバーの一人が転移結晶を持ってくるのを忘れたので、良ければ売ってくれないか、とユキノに頼み込んできた。彼女自身も手持ちが一個しか無かったため最初は断ったものの、相場の5倍近くの値段を提示され結局折れてしまった。最近の貧乏生活によって金銭に対し過敏になっていたからかも知れない。
そして、目的地に着いた瞬間、依頼者のパーティー全員が転移結晶を起動し、それぞれ異なる階層に転移してしまった。一瞬何が起こったのか理解できなかったがすぐに自分が嵌められたと気づいた。その後はすぐにその場から離脱し、案の定現れた追跡者の一団に追われ今に至るというわけだ。
「ぐぬぬ・・・」
思い返して、ユキノは自分の間抜けさの歯噛みした。金に目が眩み冷静な判断を見失ってしまった。今考えれば、あのような弱小ギルドが約束の報酬を払えるはずは無く、最初の時点で怪しいと気づくべきだった。
「・・・・・・って報酬貰えないんじゃ今月ピンチじゃない!!もぉー、あれもこれも全部貧乏が悪いのよ!!!――――とにかくこの馬鹿共を振り切って何とか資金繰り考えないと」
木々の間すり抜け、起伏の激しい獣道をすいすいと突き進んで行くと、不意に景色が変わった。そこはやや開けた場所であったがその先に続く道は無く、断崖絶壁が広がっていた。
「全くずいぶん手こずらせてくれたな、だがもう逃げ場は無いぜ嬢ちゃん、おとなしく捕まんな」
ついに追いついてきた一団によって退路は完全に絶たれた。そしてロープを持った男たちがじりじりと近づいてくる。
「あちゃー、逃げ切れると思ったんだけどなー。まぁ、こいつらのヘボ装備でも売ればそれなりになるか・・・・・」
「往生せいやー!!」
ユキノのそんな独り言に気づかない男達が一斉に彼女に飛び掛った。
◆
「跳ねろ」
淑やかな笑顔のまま男達に告げる少女。そんな彼女をやや離れた木の上に身を隠しながら様子を伺っていたクロードはその異様な光景に混乱していた。
物騒な一団に追われていた一人の少女をここまで追ってきたクロードはもしも、彼女が危険な目になりそうだったら手を貸そうと思っていた。しかしいざ男達が彼女に背後から襲い掛かり、クロードがいざ飛び出そうとした瞬間、彼は予想外の展開を目の当たりにする事となった。
振り向きざま、腰の刀に添えられていた手が一瞬ぶれて見えた。その瞬間、彼女に飛び掛っていた男達の身体は両断され、まるで虚空に溶けるように光の粒子となって消え去る。その後は一方的で刀を鞘に納めた後戦意喪失した男達に素手で飛び込みさんざんドつき回した後、身包みを剥いだのだった。
装備をすべて剥ぎ取られ、パンツ一丁にされた男達が彼女に言われた通りにその場でぴょんぴょんと跳ねる。
「まさか、あれは、まだ金を隠し持っていないか調べるカツアゲ犯の上等句、『跳ねろ』!?」
クロードは驚愕しながらもある確信をえていた、あの少女に関わるべきでは無い、と。
「ま、まぁ・・・あの子は一人でも大丈夫そうだし(むしろあの男達が心配だけど)、そろそろ街に向かうかな――――――」
その時、システムによって強化された彼の聴覚がこちらに接近してくる者の気配を捉えた。
「数は一人か・・・あの男達の仲間か?」
目を凝らし、音が近づいて来る方向を注視する。
「なっ・・・・!?」
茂みを掻き分け、現れた者の風貌にクロードは思わず息を呑んだ。
その姿は、一言で言い表すならば、異様。
2メートル以上はあるであろうその巨躯を血を染み込ませたような紅の鎧兜で身を包み、その顔は金色に輝く夜叉の面で隠されている。手には十文字の刃を備えた、巨大な朱槍を握っている。
(なんだ、ありゃ人間か?それともモンスターか?)
クロードは息を潜め木陰に隠れ、様子を窺う。そんな彼に気づくことなく紅の鎧武者は少女のいる方向へ向かっている。しかし少女はまだその接近に気づいていないようだ。
(あー、もう、さっさと逃げろよ・・・・―――――って、おい!?なにパンツまで脱がせようとしてんだ!?そんなとこに金なんか隠してるわけないだろ!!)
「仕方無い、もしものときは・・・・・」
そう呟き、クロードは腰のナイフに手をかけていた。