「え……? なに……これ……?」
直径が目測30センチメートルはあろうかというアメーバ状のなにか。不定形に形を変えており、その様子はローナが知るアメーバそのものだ。しかし大きさが違いすぎる。ローナの知るアメーバ状生物の大きさというのは普通マイクロメートル単位から始まり、大きなものでも1ミリメートル程度がせいぜいだ。
「うえ……気持ち悪……」
将来的に生物学者を目指しているローナは、アメーバ状の生物が不定形に形を変えるのは見慣れている。しかし、それは顕微鏡を通しての話であり肉眼で見るとこうも気持ちの悪いものだとは知らなかった。
その気持ち悪さに後ずさりすること、そして逃走を図ることすら忘れてしまったローナ。この時もし逃げ出していれば、人類はまた別の道を進んでいたのかもしれないね、と後のローナは語る。
――もしこの時私が逃げ出してたら、世界は荒廃せずにすんだかもしれない。あるいはもっと酷く、もはや人類が地球からいなくなってたか、それか私の負ってる咎を誰か私の知らない人が負ってたか。そのどれかだと思うんだ。でもこの時逃げてたら私はみんなには会えなかった。私が償うべき罪はあまりに重いもので、こんな重い罪を背負わせてくれた神を恨んだこともあったけどでも結局助けてもらったわけだし――
逃走することを忘れ、結果的にとはいえ魅入ってしまう結果になったローナ。
そんなローナを襲ったのは今さっきまで足元で蠢いていたアメーバ状のなにかによる顔めがけての飛び付き攻撃だった。
「きゃぁぁ――」
予想外すぎる出来事にローナは悲鳴をあげた、がその悲鳴さえもアメーバが口と鼻を塞いだことによって遮られることになった。
「もごぉ!」
口を塞がれてしまい声があげられない。鼻と口を同時に塞がれ、息ができない。
時間が経つにつれだんだん意識が朦朧としてくる。
(わたし……しぬ……?)
◇◇◇
……ナ! ローナ!
「ん……」
名前を呼ばれた気がする。なんだか身体も揺れているような。地震だろうか。
「ローナ! 大丈夫かい!?」
地震ではなかった。目を開けると、涙を流したルヴィと、焦燥の表情をしたリーザがそこにいた。
「無事なのね! 良かった……!」
ルヴィが泣きながら抱きついてきた。いつもの間延びした語尾はそこにはない。
……自分の置かれている状況がよくわからない。何かの拍子で気絶してしまったのだろうということは想像がつくが。
「私はどうしたの? 流氷に登って、波の音を聞いてた、っていう辺りまでは覚えてるんだけど」
そう聞いてみると、しっかり話せることに安心したのか、リーザがゆっくりとことの顛末を話してくれた。
自分の帰りが遅いことを心配した二人は、スマートフォンのGPSで現在位置を確認しようとしたらしい。しかし、スマートフォンは鞄の中に入っており、GPSは使えなかった。携帯を携帯しないとは我ながら抜けてると思う。
GPSがホテルの部屋を示していることにパニックを起こしそうになるも、どこに行ったかは知っている、ということにすぐ気がつき、ここに来たらしい。
そこまでは良かった。しかし二人とも、流氷に上陸出来るとは――自分の娘が流氷に上陸しているとは思わず、ずっと海岸を探していたらしい。
見つかるわけもなく、途方にくれていたところ、声をかけてくれた男の人がいたという。
藁にもすがる思いで青い髪の女の子を探している、というと同僚が青い髪の美人さんを流氷まで乗せていった、と散々自慢していた、と少しうんざりした様子で話してくれたそうだ。
訳を話すと営業時間は過ぎてるが、と言いつつも快く舟を出してくれたそうだ。
そして気を失っている自分を発見し、今に至る。
迷惑をかけたのは両親だけではなかったようだ。きっと今も勤務時間外なのに、待っていてくれているはず。
「そっか……。迷惑かけてごめんなさい」
「ううん、ローナが無事で良かったわ……。本当に……」
「うん。だけど話は後にしよう。あんまりあの人を待たせても悪いからね」
「そうね。行きましょうか。立てる?」
「ん……。ごめん、お父さん。手、貸して」
歩いていく三人は気がつかなかった。ローナの着ているコートの背中辺りに、大きさ1センチメートルほどのアメーバ状のなにかが付いていることに。