オラクル細胞の存在は、数日後世界に向け正式に告知、同時に発見者が14歳の少女であること、そしてオラクル細胞の研究、開発は発見者であるフルローナ・フレス・ディバイニスの希望、及び許可を受け、発見者の父親が勤務する生物工学系の企業フェンリル社が行うことが発表される。
「私にもその……サンプルっていうか、その、オラクル細胞を少しいただけませんか?」
「ん? どうしてかな?」
「いえ、あの発見者として観察をさせていただきたいというか、えっと。まぁそんな感じです」
「ふむ」
そう呟くとダグスはリーザの方を向く。
「私としては構わないと思うのだが、君はどう思うかね?」
「私も良いと思います。利益に囚われない子供の視点も大切でしょう」
「では決まりだ。オラクル細胞はリーザ君に持たせるから、帰ってくれたまえ。ここ数日大変だっただろう。ゆっくり休みなさい」
「はい、ありがとうございました」
◇◇◇
ローナが家についてから数時間後、リーザが帰宅した。
「あ、お帰り!」
「うん、ただいま。ちゃんと持ってきたよ」
そう言ってリーザは鞄から水、そしてオラクル細胞の入ったカプセルを取り出した。それを受け取ったローナは新しい玩具を貰った子供のように跳び跳ねんかというばかりに喜んだ。
「あ、ローナ。オラクル細胞。カプセルから出してはいけないよ。扱いを間違えると危険なものだからね?」
「分かって――あ、お父さん。水は大丈夫なの? 水とカプセル捕食されちゃったらフェンリル社でも保存が難しいんじゃない?」
オラクル細胞の本能、というか本質が捕食を行うことであり毒素、そして放射性廃棄物などの無機物をも捕食する。水はH²Oであり、無機物だ。捕食はされにくいとは思うが、不可能ではないと思う。
「ん、水は大丈夫みたいだよ。と、いうか何を捕食して何を捕食しないのか、イマイチよく分からないんだ。あれから少し分かったことがあったんだけど、オラクル細胞の構造が未知なんだ。これまで人類が発見したどんな生物とも異なる構造をしてる。遺伝子としてDNAを持たなくて、生物活動が単体で完結してる。捕食を行い、それに特化した身体構造をしてるってことしか分からない。これから調べていかないといけないんだ」
「ふーん」
これから調べていかないといけない。最もだ。人類史上初、というオラクル細胞に関する発見はこれから数多くされるであろうことは想像に難くない。別に名誉やお金が欲しいわけではないが、そうした発見や人類の進歩に寄与出来るかもしれないと考えるととても楽しみだ。
「だから、ローナ。オラクル細胞の取り扱いにはくれぐれも気をつけて」
「うん」
「……お話しは終わったかしら~?」
終わった時をちょうど見計らってルヴィがローナに声をかけた。
「マリーがローナに会いたがってたわよ~? 旅行から帰ってきたのにローナが忙しそうでお土産話をするヒマも聞くヒマもないって」
「あ」
マリーのことをきれいさっぱり忘れていた。いくら忙しかったとはいえマリーに声をかけるヒマくらいはあったはずだ。お財布が少し軽くなることを覚悟しておいた方がいいかもしれない。
「行ってきたら~? 少し怒られるくらいはするかもしれないけど、きっと大丈夫よ~」
「う、うん」
いつもはにっこりと微笑んでいて、怒気というものをどこかに捨ててきたかのような立ち振舞いを見せるのがマリーという少女だ。しかし、何か怒らせるようなことをしてしまうと、とことん怒るのもまたマリーという少女である。とことん怒るのはもちろん稀なのだが、怒らせてしまうと大変だ。基本は食べ物で釣ればいいのだが、釣られてくれる食べ物が毎回異なる上、こちらからその食べ物を言い出さないと頬を膨らませたままなのである。
今回のお菓子はなんだろうか、と若干気が進まないまま二階へ上る。とりあえず自分の部屋に荷物を置いてからマリーの部屋を訪ねた。
「……マリー?」
「お姉ちゃん?」
当たってほしくなかった予想ではあるが、予想通り不機嫌そうな声だ。
「入っていいかな?」
「……どうぞ」
「……失礼します」
妹の部屋に入るのに丁寧語である。
「あれ?」
ローナが部屋に入ると、そこにマリーの姿はなかった。そして違和感。布団がベッド下を隠すように整えられている。
部屋の中から声がしたのだから居ないということはないだろう。隠れているとみて良さそうだ。
隠れられる場所といえばクローゼットとベッド下、あとは机下くらいか。クローゼットは開いており、その中にマリーはいないので除外、机下も椅子がしっかりとしまわれており、人が入るスペースはない。
ということはもうベッド下しかない。件の布団もあり、ほぼ確定だ。
さて、確定したところでどう見つけてくれようか。普通に布団を捲るだけでは芸がない。マリーが業を煮やすまでは恐らくではあるが時間的猶予があるはずだ。ローナは何か面白い見つけ方はないものか、と思考に埋没していくのだった。
うーん。
業を煮やしてこそいなかったがマリーは少し不審に思っていた。入っていいかなという姉の問いに対し、自分はどうぞで返したし、姉が部屋に入る音も聞いた。部屋に入ってきて中にいるはずの妹の姿がなかったのに心配する声もなかったし、人が動く気配もしていない。これでは姉がベッド付近に近づいた時に「もしもし、私マリーさん、今あなたの下に居るの!」と言いながら足を思い切り掴むという計画が台無しではないか。そのために部屋の壁にスピーカーを取り付けたのに無駄にされてはかなわない。
この時マリーは横たわるようにしてベッド下に潜んでいたのだが、いきなり足元の方向から声が聞こえた。
「こんばんは。私ローナ、今あなたの足元にいるの!」
「きゃぁぁぁぁぁぁ!」
いきなり足を掴まれたマリーは盛大に叫びながら、盛大に頭を打った。
◇◇◇
マリーの叫び声を聞いてリーザとルヴィが飛んできた。事情を説明すると二人とも苦笑いして下の階に戻っていったが。
リーザとルヴィが下の階に戻ったあとマリーの方を見ると未だに頭が痛むのか少し涙目になりながら自分の頭をさすっていた。
「うぅー、お姉ちゃん……」
若干恨みがましい目を向けられた。まぁ仕方ない。
「ごめんね、マリー。言い訳がましいけどあんなに驚くとは思えなくて」
「うぅー」
「うーん……」
さて、マリーの機嫌をとるうえで最も辛い時間だ。
「ねぇ、マリー。クレープ奢ろうか?」
唇を尖らせたまま首を横に振る。
「じゃあ、アイスクリーム?」
再び首を横に振った。
この問答が苦痛の原因だ。あからさまに機嫌とりをしなくてはいけないという心苦しさ。当たらないと相当な時間拘束されること。時間が経つにつれ悪いことをしてしまったという実感がわいてくることもあり、三重苦である。
その後もエクレアだったりちょっと高級なチョコレートだったりケーキだったり、パフェだったり、エンガディナーだったりを挙げたが外れ。お菓子のボギャブラリーが尽きてきた。真面目に他にお菓子があったかと本気で考え始めたところでマリーの方が折れた。
「……クッキー」
「え?」
クッキーははじめの方に言った気がする。その時もマリーは変わらず唇を尖らせ、首を横に振ったはずだ。
「一緒に作ろ?」
「……それでいいの?」
「うん!」
「じゃあ明日にでも材料買いに行こう」
時計を見るともう夜といっていい時間だ。治安はそう悪くないとはいえ年頃の女二人で歩くにはもう遅い時間だった。