1
十二の試練。
fate/staynightに登場するヘラクレスが有する、生前の偉業を体現する十一個の代替え生命と、一度受けた攻撃に対して耐性を得る宝具。
賢者の石。
鋼の錬金術師に登場する錬金術の到達点。膨大なエネルギーを有する魂を材料に生成される外法の産物。その力は等価交換の法則を容易くねじ曲げる。
零時迷子。
灼眼のシャナに登場する宝具。午前零時に持ち主の力を完全に回復させる永久機関。
それらが転生者たる俺に与えられた特典であり、もう二度と死にたくないという願いを叶えるための力である。
きっかけはありふれた事だった。
飲酒運転のトラックに跳ねられ、その生涯に幕を下ろした俺に待っていたのは、神と名乗る者からの異世界転生への誘い。
一も二もなく頷いた俺に与えられたのが上の三つの力である。
もう二度と死にたくないと考えた俺が望んで手に入れた力。
これで俺は死の運命から解放されると、喜んだのも束の間、俺はfate/zeroの世界に転生していた。
fate/staynightのスピンオフにして前日譚。執筆者のせいか本編よりも数十倍鬱要素に満ち溢れた物語。
その中でも一二を争うbadな陣営である間桐陣営の、バーサーカーに俺はなっていた。なんでさ。
2
fate/zeroの世界に転生。しかもバーサーカーとして。サーヴァント!?俺が?あの自称神様が仕組んだのか?何故?
転生特典を渡されただけの一般人をサーヴァントにするとか、あの自称神様は頭は大丈夫なのだろうか。いや、大丈夫じゃないから俺はこんなところにいるのか。
こんなところにいられるか!私は帰らせてもらう!
……と。言えればいいんだがなあ。
色々言いたいことはあるが、これ以上何をいっても意味はないだろう。
むしろ貴重な時間がどんどん減っていくぶん無駄な行為である。クールになろうぜ旦那あ。
とりあえずfate/zeroに転生したのはもう諦めるとしよう。どうしようもないのだから。
そんな事よりこれからの動きを考えよう。
fate/zero。すなわち第四次聖杯戦争。
呼ばれしサーヴァントは、アルトリア、ディルムッド、イスカンダル、ジル・ド・レェ、百貌、………そして、ギルガメッシュ。
どのサーヴァントも厄介な相手であり、今の俺では誰も倒すことは叶わないだろう。
だがしかし、俺には原作知識がある。
これから先の未来を知っている。
だからまだ絶望に浸らないでいられる。
だからこれから戦う事が出来る。
その為にはまず俺の状態を把握する事だろう。
俺の特典は三つ。
一つは賢者の石。
魂を燃料に奇跡を起こすもの。
しかし今現在、俺にストックされている魂は俺一人ぶんである。この時点でかなり詰んでいる気がするが、次である。
二つめは十二の試練。
第五次バーサーカーであるヘラクレスが有する宝具であり、Bランク以下の攻撃を無効化。十一個の代替え生命をストックし、一度受けた攻撃に対して耐性を得る。これは心強いが、使っているのは元一般人である俺だ。過信は出来ないだろう。
そして最後に零時迷子。
午前零時に力を完全回復する宝具。これはかなり使える宝具である。自称神様の粋な計らいか、原作では存在の力を完全回復する物だったが、俺に与えられた零時迷子は魂のストック等も回復するらしい。現状、魂のストックが俺一人なのであまり意味がないが。
三つの特典を改めて見るに、やはりまずは魂のストックを増やすべきだろう。
そうでなければ戦えないし、生き残れない。
幸い。といっていいのかどうかは分からないが、俺は受肉しているらしく、霊体化出来ないし、魔力の供給が不安定でもあまり不都合は感じない。これでマスターに依存する必要もあまりなくなった。
さてはて、現状の状態を確認し終えたから現実に意識を戻すとするか。
俺が今立っているのはあのサーヴァント召喚の魔法陣の中で、目の前には這いつくばっている白髪のおじさん。その斜め後ろには小柄なじいさん。そして離れた場所に蟲が蠢くプールのような場所があり、中から消え入りそうな悲鳴と嬌声が時たま漏れている。
……まだケイネス陣営に行きたかったな。うん。
即座に現実から逃避したくなったが、それをこらえてなんとか現実に意識を縛りつける。
原作キャラ救済も一応は頭の片隅に置いておくが、まずは生き残るために行動を開始しなければ。幸いにも、賢者の石のお陰か錬金術も使えるようだしな。
「サーヴァント、バーサーカー。召喚に応じ、参上した。お前がおれのマスターか?」
とりあえず名乗りをあげ、這いつくばっている白髪のおじさんを見下ろす。因みに、俺の今の容姿はお父様ヤングバージョンである。パツキンだぜおい。
……。
返事がない。ただの屍のようだ。
これは不味い。まさかマスターが死んでしまうなんて。
これは早急に治療をしなければ。(棒)
「いただきます」
「お主何を!」
小柄なおじいちゃんが何か言っているようだがよく聞こえないなあ。
俺は白髪のおじさんに近付くと、頭から食らいついた。
サーヴァント故か、それともホムンクルスだからか、雁夜おじさ……白髪のおじさんは数秒で完食できた。ごちそうさまでした。
「待てそこは!」
小柄なおじいちゃんが止めようと蟲を襲いかからせてくるが、サーヴァントにそんなものが効くはずがない。
蟲の壁を掻き分けて俺は全裸の幼女、間桐桜を見つけ出すと同じように食らいつく。当然、雁夜おじさんよりも小さな間桐桜は瞬きのうちに食らいつくせた。
気が付けば間桐臓硯の声も聞こえなくなっていた。まあ、魂を食われたらどうしようもないわな。原作通り間桐桜の中に間桐臓硯の魂が隠れていたからな。
さて、とりあえず三人ぶんの魂のストックが出来たわけだが、まだまだ足りないな。相手は百戦錬磨の英雄達だ。せめて百や千は欲しい。
それに今はまだ十時前だ。十二時まではまだ時間がある。それまでに増やせるだけ増やすべきだ。幸運にも、当てはあるのだから。
移動三十分。探索三十分で俺は目的の下水道に辿り着いた。
ここは原作でキャスター陣営が潜んでいた場所だ。
一歩中に踏み出せば出るわ出るわ。冒涜的な触手をくねらせる海魔達が。
試しに一匹食らえば生意気にも魂があるらしく、ストックが一つ増えた。自動召喚される魔法生命体的な何かだと思っていたが、都合がいいので補食しながら奥へと進んでいく。
やがて海魔がいなくなった頃に丁度よく目的の場所に到着した。
そこに広がっていたのは地獄のような光景だった。
漫画版fate/zeroで見た光景よりもなお酷い。「作品」が所狭しと並べられ、キャスターの魔術によって無理矢理延命させられている「材料」達が呻き声を洩らす。
賢者の石の材料にするつもりの俺が言えた言葉ではないが、これ以上見ていられず、当初の予定通り魂のストックを増やす作業を始めた。
根こそぎ食らいつくし、ある程度賢者の石のストックもマシになってきた頃に、サーヴァントが近付いてくる気配を感じる。
俺は柱の陰に身を潜め、機を待つ。
しばらくして、異形じみた顔の大男と、チャラそうな外見の男が入ってきた。
キャスターであるジル・ド・レェと、キャスターのマスターであり連続殺人鬼の雨生龍之介だ。
まだアジトの異変には気付いていないのか呑気に談笑しながら歩いてくる。キャスターは何かに気付いたのかやや警戒しながらである。気が付かれたのは不安だが、ここに入ってきた時点でもう詰みである。
二人の足元に影が忍び寄り、彼等が気付くよりも早く、影が地面から立ち上がり、一瞬で食らいつくした。
鋼の錬金術師に登場したホムンクルス。「傲慢」の名を冠するセリム・ブラッドレイが使用した影の力である。
賢者の石があるならと、試しにやってみたら出来た力で、補食もとい賢者の石のストックを増やすのに便利でお気に入りだ。尚、他の大罪のホムンクルスの力も使えたが、疑似・真理の扉は出来なかった。多分作らないと使えないのかもしれない。原作でそんな感じに書かれてたし。わざわざ作るメリットもあまりないので作るつもりは今のところないが。
さて、二人仲良くキャスター陣営を頂いて目標を達成した俺はそそくさと間桐邸に戻った。これからする事は外では出来ないからだ。
無人の間桐邸の中を進み、地下に着いた俺は時計をチェック。十一時五十五分。あと少しで十二時。これからする事には十分間に合う時間だ。
賢者の石を体から取り出す。取り出すのは自分以外の魂全て。それを石として形作り、取り出す。賢者の石は拳大だった。おそらくキャスターという英霊の魂が関係しているかもしれない。拳大の賢者の石を片手に時計を見る。
十二時を待つ。この後に起こる事を期待と不安を抱きながら時計の針を見つめる。
そして針が午前零時を指し示し、変化は起きた。
零時迷子。
魂のストックが満たされる。手に持つ賢者の石はそのままに、今夜手に入れたストックが己の内側に満ちているのを感じる。素晴らしい。笑いが止まらないとはこの事だ。まさかこんな裏技じみた事が出来るとは。どこかのうっかり髭ではないが、この戦い、俺の勝利だ!……やべえ、フラグ立ったわ。
一気にクールダウンした俺は、今夜の活動を終えて空き部屋のベッドで眠りに着いた。