召喚から五日経った。
各陣営に動きはまだない。アサシンの脱落偽造もまだなので、俺はこの五日間、零時迷子を用いたストックの増殖に終始していた。あれから零時迷子は四回起動し、その度にストックを倍に倍に増やした。元のストックから考えると約三十二倍。サーヴァント三十二体ぶんの魂を俺自身を外して保有している事になる。聖杯が四回以上溜まるぜ。
一応ホムンクルス製造の応用で小鳥型のホムンクルスを製造して冬木市全域に放っているが、今はまだ冬木市は平和だ。ハイアットホテル、遠坂邸、アンイツベルン城、教会、埠頭、市街地。その辺りを念入りに見ているがまだ動きはない。ケイネスはホテルを改造するのに忙しいし、時臣は引きこもり。アイリはまだ来ておらず、切嗣と舞弥はこそこそと工作中。愉悦麻婆はまだ綺麗。ウェイバーたんはマッケンジー宅でライダーといちゃいちゃ……。くっ、思考が腐っていく!キャスター陣営は既に処理しているからそこは安心である。
さて、どうしようか。トッキーのザイード公開処刑まで大人しくするか、それとも何か起こすか。原作のランサーみたいにするのも悪くない。どうするか。
悩んでいると、市内に放ったホムンクルスから報告を受けた。ザイード……。お前、輝いてたぜ!
さて、はて、始まったものは仕方ない。今夜にでもランサーVSセイバーが始まるから、介入はその時か。
俺はバーサーカーだが、原作のランスロットみたく金ぴかに喧嘩売りたくないし、セイバーに特攻しかけたくないし、ライダーに轢かれたくない。そもそも介入する価値はあるのかどうか。ふむ。
今は午前二時ぐらいだから、後十時間以上は時間がある。…………寝るか。寝て起きたらいい案も出るだろう。
サーヴァントだから睡眠にあまり意味はないが思考はリセット出来るだろうしな。
起きた。午後八時を過ぎていた。
ホムンクルスから埠頭でセイバーとランサーが戦闘を始めたらしいとの情報。寝過ごした。見事に寝過ごした。これは不味い。俺は何をするか決めきれていないまま、埠頭に向かう。とりあえず着いてから考える。そう決めた。
それは誰にも気付かれる事なく、そこにいた。
青みがかった鉛色の肌。耳がなく、体毛もない。目は白目が黒く、瞳は血のように赤い。唇がなく、歯が剥き出しで、体には赤いラインが走り、ラインの先は同色の点に繋がっている。黒いズボンのみで上半身は丸出しだが、鋭利に尖った猛禽類のような指先と金属質な光沢を放つ肌が侮りは禁物だと雄弁に語っていた。
黄金のアーチャー、ギルガメッシュが『王の財宝』の射出口である黄金の波紋をライダーであるイスカンダルと彼の乗っているチャリオットに同乗するウェイバー・ベルベットに向けた瞬間だった。
まるで邪魔するかのように現れたその存在に、ギルガメッシュは躊躇なく刃を向けた。
「邪魔をするな、下郎」
射出口の一つから刃が放たれる。
それは狙い違わずその存在に向かい、しかし片手でぞんざいに弾かれてしまった。
その所業はこの場にいたギルガメッシュ以外の者に驚きを与えたが、刃を弾かれたギルガメッシュはすかさず弾丸を準備しており、間髪入れずに射出した。
今度は八つの刃がそれに向けられるが、やはりその存在は最低限の動きで刃を弾いていき、最後に来た八つめの刃をギルガメッシュに投げ返した。
ギルガメッシュは投げ返された刃を刃を射出する事で冷静に弾き、激昂した。
「穢らわしい手で我が財に触れたな、雑種」
ギルガメッシュの背後に黄金の波紋が無数に現れる。これまでの倍どころの話ではない。その光景に他の面々は戦慄するが、奇妙な闖入者は動揺一つない。いやそもそも、そんな感情があるかどうかも定かではない。
「……時臣め。この我に退けとはな。まあよい。有象無象の雑種共よ!次に会うときまでに間引いておけ。我と戦うのは真の英雄のみでよい」
今まさに、といった瞬間にギルガメッシュは黄金の波紋を消し去った。彼のマスターである遠坂時臣が令呪を用いて止めたのだ。ギルガメッシュは眉をしかめながらも聞き届ける事にしたようで、この場にいる全ての者達に捨て台詞を吐いて姿を消した。
静寂。
ギルガメッシュが去り、出来た空白の時間。奇妙な静けさを皆が感じる中、先に動き出したのはやはりあの闖入者だった。
「くっ!」
金属音が響きわたる。
セイバーの不可視の聖剣が敵対者の攻撃を防いだのだ。敵対者、この場に現れた異形の存在。彼らの中でその存在が何であるか、正確にはどのクラスのサーヴァントなのかがはっきりとした。
「バーサーカー……」
セイバーのマスターとして振る舞うアイリスフィールが小さく呟く。バーサーカー。未だにその存在を確認できていないキャスターとバーサーカーのクラスの内、目の前の存在がどちらに該当するのか答えるまでもない。何故なら、最優とされるセイバーに接近戦を持ち込み、力で圧倒する者が魔術師のクラスであるキャスターである筈がない。
セイバーの不可視の聖剣がバーサーカーの攻撃を防ぐ。バーサーカーの攻撃は単純だ。爪を使った攻撃と文字通り鋼の肉体を使った攻撃。それらをバーサーカー故に強化されたステータスで振るう。
「ぐっ!」
セイバーが苦悶の声をあげる。ただの力任せならばセイバーは容易く相手を倒せただろう。だがこのバーサーカーは目が良すぎた。セイバーの動きを完全に見切り、素手ゆえの身軽さで的確に攻撃と防御を行っている。
やがてセイバーがバーサーカーの猛攻に耐えきれなくなり、胸に一撃を貰った事で事態は動いた。
「悪いがセイバーとは俺が先約でな」
ランサー、ディルムッド・オディナが破魔の槍にてバーサーカーの右腕を切り落とす。
「助太刀するぞ!」
ライダーがチャリオットで突撃し、バーサーカーは轢き跳ばされた。恐ろしい事にバーサーカーは片腕でチャリオットを一瞬とはいえ止めた。もしも両腕が無事ならばもしかしたらがあり得たのかもしれない。
「感謝します。ランサー、ライダー」
「なあに、余の臣下になる予定の者達だ。助けるのは当たり前だろう」
「感謝するほどではない、セイバー。お前との勝負がまだついていないからな」
「あ、あり得ない」
「どうした、坊主」
「あのサーヴァントのステータス。まるで複数のサーヴァントが重なっているみたいに見える」
「なに?」
ウェイバー・ベルベットがマスターとしてのスキルでバーサーカーを見るが、見えたのはまさに複数のサーヴァントが重なったかのような異様な見えかたをしていた。それに対してライダーが訝しげな声を上げた瞬間、この場に新しい声が出てきた。
「いやはや、まさか俺の腕を切り落とすとはな」
「なっ!」
セイバーが声を上げ、倒れているバーサーカーを見る。
バーサーカーは片腕でのそりと起き上がると、まるで何のダメージを負ってないかのように振る舞う。
しかし今気になるのは先程の声の事だ。この場にいる全ての者が彼をバーサーカーだと思っていた。だから言語能力はないと思い込んでいた。だが違った。
「改めて自己紹介を。サーヴァント、バーサーカー。真名は無銘。名もなき英雄もどきだ。短い間だが宜しく」
バーサーカーはこれまでの狂戦士の仮面を脱いでそう言った。
「ほう。理性あるバーサーカーか。どうだ、余の臣下にならぬか?」
「馬鹿かお前は!あぎゃん!」
先に正気に戻ったのはライダーで、その発言に驚いたウェイバーは思わず突っ込み、凸ピンで沈められた。
いつも通りのやり取りをしだした主従を見て、ランサーとセイバー、アイリスフィールも我に帰る。
「バーサーカーよ、片腕ではこれ以上戦えまい。退くというならば追いはしない」
セイバーが聖剣をかまえ、そう告げる。三対一。しかも片腕である。これ以上の戦闘は無謀にすぎる。だがしかし、目の前の怪物は違った。
「これの事か?」
バーサーカーがそう言ったのと同時、赤い放電と共に右腕が再生していく。数秒の内に右腕は金属質な腕に元通りになり、バーサーカーは感覚を確かめるかのように腕を振るい、コンテナを陥没させる。
「生憎と、再生能力には自信があってな。ちょっとやそっとじゃあ戦闘不能にすらならねぇのさ!」
「ぐあっ」
瞬間、ランサーが吹き飛ばされた。
気が付けばセイバーの目の前にはバーサーカーがいて、既に攻撃のモーションに入っていた。セイバーは咄嗟に聖剣を盾に攻撃を防ぐが、バーサーカーの指が鋭く伸び、セイバーの胸を貫いた。
「がっ」
セイバーが崩れ落ち、ようやく反応出来たライダーが向かってくるが、その前にバーサーカーは目的の物を奪うと、その場からあっさりと撤退した。
残されたのはコンテナにめり込み、動けないランサー。胸を貫かれ、膝をつくセイバー。そして、困ったように頬を掻くライダーとあわあわとしているウェイバーだけだった。
……そこに、アイリスフィール・フォン・アインツベルンの姿はなかった。