オーバーロードの世界に転生!? 古典派鍼灸師の異世界探訪記 作:鉄鍼
冒険者が飛び出してきた。更に、ゴブリンが現れた。
「反応は5つ……か。1つ目の反応の後ろを、他の4つが追っているような感じだな……」
スキル《生気感知》で確認できるのは反応のある方角と対象までの距離。だが、その少ない情報でも分かる事はある。同じ仲間の集団、或いは協力関係にある集団にしては、最も近い1つと後の4つ離れ過ぎている。だのに、後の4つは先頭の1つを少しずつ距離を詰めながら追いかけているのだ。
大方、森の生き物が狩をしているのだろう。こちらへ一直線に向かって来ているが、俺が狙いという可能性は低いと思われる。
俺は《仕様書》をインベントリにしまうと、立ち上がって森の奥へ視線を向ける。ただの野生動物の狩であるならば邪魔するのは不本意だ。こちらに飛び込んでくる行為が攻撃と判断されれば、結界に弾かれてしまうかもしれない。俺は《サンクチュアリ・オブ・アイギス/堅守の聖域》を解除して、凭れていた木から平原の方へ5メートルほど距離を取り、いつでも対処出来るように身構える。
すると程なくガサガサと茂みが動き、俺と同じ背丈位の何かが飛び出してきた。あまりに勢いよく飛びして来たものだから、わざわざ置いた距離を物ともせず、俺にぶつかりそうになる。しかしすんでのところで華麗に避けた為、飛び出してきた何かは勢いそのままにすっ転んだ。
ズジャザザードシャッ!!
エグい音と共に倒れ込んだままピクリとも動かないそれは、どうやら人間の男の様だ。いや、俺と同じ様に人間の姿をした何かなのかも知れない。だがしかし、今はそんな事はどうでも良い事だ。
(しかし大丈夫かあれ? スゲー勢いでズッコケタけど……って、心配してる場合でもないか)
倒れ込んだ人間が心配ではあったが、既にそれを追っていた4つが迫って森の外へと迫って来ているのが分かり、ひとまず放置を決め込んだ。
(《生気感知》の反応は切れてないし、まぁ大丈夫だろ……多分)
俺が視線を森へ戻すと、丁度そいつらが飛び出して来たところだった。
「グギャ!! ニク、フエタ!! タクサン喰エル!!」
「ギャッギャッ!! ハラヘッタ!! ハヤク、ニク、喰ウ!」
飛び出して来た4つは、人間の子供位の背丈に緑褐色の肌、獣と人を足して割り、可能な限り醜悪にしたと表現するのが妥当な顔をしている。体には獣の皮とも粗末な布切れともつかない腰布が巻かれ、手には蔦で木の枝に尖った石を固定しただけの斧だか槍だかを携えている。
(ゴブリン……だよな?)
前世世界の創作物において、ド定番とも言えるモンスター。そこまで詳しくはない俺でも、調べるまでもなく知っている。ただ、ここは異世界。前世の知識が全く通じない事もあるかも知れない。
(念には念を。スキル《大賢者の記す書・種族編》)
俺は対象の種族を調べるスキルを発動させる。このスキルは所謂鑑定スキルの1つで、他にも職業編や道具編などがある。但し、対象のレベルが自分より高かったり、レベルは低くても抵抗力が高いと上手く発動しない事があるらしい。
(あ、やっぱりゴブリンだ)
自分の持つ知識に間違いが無い事が確認出来たところで、俺はどうするかを考える。相手はモンスター。しかも、どうやら逃げて来た人間と俺を食料と見なしているらしく、こちらを襲う気は満々の様だ。
(仕方ないよな。やらなきゃやられる。そういう状況だ)
はっきり言えばあまり気が乗らない。何せ前世では精々蚊や蝿くらいしか殺した事がないのだ。いきなり人間の子供サイズを……なんて、ハードモードにも程がある。それでもやらねばならないなら、やるしかない。
「悪いな。俺もむざむざ喰われたくはないんでな」
ボソリと呟く俺に対して、ゴブリン達は数の優位に勝利を確信しているらしく邪悪な顔を愉悦に歪めている。今にも飛び掛かって来そうな奴らを牽制する様に右の掌を前に突き出すと、俺は覚えている魔法からとある魔法を選択して、そして発動する。
「《陰・木火行・烈火旋風》」
「ギャッ………」
詠唱が終わると、ゴブリン達の足元から突如としてゴウッと炎が噴き出し渦を巻く。渦はあっという間にゴブリン達を飲み込むと、骨も残さず燃やし尽くしてしまった。凄まじい勢いで炎が噴き出したものだから森への延焼が心配になったが、どうやらその辺りは大丈夫らしい。
「うわ……思ったより威力が強過ぎた……。《陰・火行・炎弾》ぐらいにしておけば良かった……」
《陰・木火行・烈火旋風》は精神系の五行の魔法に分類される。位階という物に当てはめると、第7位階に相当する様だ。前世で馴染み深かった陰陽五行思想に基づく魔法という事で選択してみたが、オーバーキルも良いところだ。しかも木行と火行の複合属性とあって、より威力が増している様にも思う。
目下の脅威を取り払えたという事で、未だ倒れ臥す男の元へと歩み寄る。怪我をしているなら治してやるべきだろうし、あわよくばそのお礼として街まで案内してもらいたいという下心もある。
「大丈夫ですか?」
「ぐぅ……」
男に声を掛けるが呻き声が返るのみ。余程の極限状態だったのだろうか。或いは倒れ込んだ時に身体を痛めたのかも知れない。注意深く身体を観察すると、至る所に傷がありその幾つかは傷の周囲が真っ赤に腫脹している。
「炎症の程度が酷い……。こりゃ毒かな」
傷のつき方から考えてゴブリンにやられたというより、逃げてる最中に毒を持つ草木でついたものだと思える。試しに《診断》のスキルを発動すると、『毒・衰弱』の状態異常が確認された。
(鍼術や灸術を試したいところだが、外から入ってきた毒や外傷には合わないんだよな。ここは普通に魔法の方が良いだろう……。しかし……)
俺は人体実験など医療倫理に悖る行為をするつもりはない。しかし、何故か試してみたいという気持ちが強く湧き出て来るのを感じる。
(なんだこれ? 生まれ変わった影響なのか? と、とにかく俺は治療に関しては実験的な行為はしない)
どうにか妙な衝動を抑え込むと、俺は治療をする為に《ヒール/大治癒》を発動させる。緑の光が男を包み込み、傷がみるみる内に塞がっていく。状態異常も回復するらしいので、治療としては十分だろう。
「しかし、魔法って技術は中々理不尽だな。こんな技術が当たり前にあったら、医療は必要無いかも知れないなぁ」
色々とやるせない気持ちになっていると、意識を取り戻した男がいきなり飛び起きた。
「ゴ、ゴブリンは!? 俺は生きてるのか!?」
「落ち着いて下さい。ゴブリンはもういませんよ」
男はキョロキョロと辺りを確認し、本当にゴブリン達がいない事が分かるとへたり込んでしまった。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。悪りぃな、安心したら腰が抜けちまった。オメエさんが追っ払ってくれたのか?」
「えぇ、まぁ。それはそうと、何故追われていたんですか? 見たところ武器もお持ちの様ですし」
追い払ったのではなく焼き払ったのだが、一々否定していても話が進まない。それに敵わないと逃げていた男に、難なく倒したと話しても信じないかもしれない。俺は肯定とも否定ともつかない返事をし、事情を聞き返す。
見たところ男は革製の胸当てや脛当てを装備しているし、腰には短剣を提げている。弓は持っていないが空の矢筒も所持している。装備の程度は詳しく見なきゃ分からないが、一応の体裁は整っている様に思える。
(劣勢だったのはアクシデントか、実力不足か……)
男は俺の問いにバツが悪そうな表情を作る。
「いや、俺はエ・ランテルで冒険者をしてる、ガンガルっつぅもんなんだがよ……。薬草採取の仕事で森に入ったはいいが迷っちまってな」
「そこをゴブリンに襲撃された……と」
「あ、あぁ。背後から奇襲されたんだ。ふ、普段ならゴブリン程度に遅れはとらねぇんだがな」
強がっているのが見え見えではあるが、俺はとりあえず知らないフリをしておく。こう言う手合のプライドを下手に刺激するのは、後々面倒だからだ。それに街までの案内を頼みたいと言う思惑がある以上、友好的に振る舞うのが吉だろう。
「災難でしたね。あぁそうだ。申し遅れましたが、私は尹藤鐡矢と申します。見聞を広める旅をしております」
「インドー? テツヤ? 変わった名前だな。国は遠いのか?」
「えぇ……かなり。この辺りにはつい最近やって来たばかりで、地理がさっぱりなんですよ。もし良ければ、そのエ・ランテルと言う街までついて行きたいのですが」
異世界から転生して来ましたと言える訳もなく、俺は自分の事を旅人だと言う事にしておく。それなりに遠方から流れてくる人もいるのだろう。ガンガルはあまり深く追求しては来ない。
それよりも俺の提案にガンガルは難しい表情をつくったのが気になった。何か不味い事でもあっただろうか。しばらく互いに沈黙していると、ガンガルは徐に口を開いた。
「ついてくるのは構わんが……。その前に1つ確認してぇ。俺の身体を治したのは、オメエさんか?」
「え、えぇ。診たところ毒も受けていた様なので、すぐに治療しないと不味いと思いまして……」
「そうか。それについては礼を言っておく。ただ、大っぴらにはしない方が良い。それから、助けられておいてなんだが、今後は控えた方が良い」
俺はガンガルの言う事が理解出来なかった。それは傷ついた者を治すなと言われているも同然で、俺の中に存在する倫理観にはそぐわないからだ。
「何故ですか? 少なくとも俺は人の身体を治す事を仕事にしてきたんです。理由もなく『やめろ』と言われても納得いかないです」
「他所から来たなら知らないのも無理は無いが、この辺りの国では神殿が治療を行う権利を専有している。例外的にパーティの仲間を癒すのは許可されているが、後は自分でどうにか出来る奴以外、神殿を利用する事になってる」
「……巫山戯た話ですね」
本当に巫山戯た話だ。勿論、医療を仕事として対価を得る事は何の問題もない。問題なのはそれを専有する事。専有していると言う事は治療費も言い値で決められるし、患者を選ぶ事も自由自在だ。極端な話、気に入らない奴の治療はお断りって事も出来る。とても平等な治療を行える土壌ではない。
怒りで身体を振りわせている俺を、ガンガルは諌める様に話を続ける。
「気持ちは分かるが、神殿と事を構えようなんてしないでくれよ? 神殿は法国と縁深い。事を構えりゃ面倒事どころの騒ぎじゃなくなるからな」
ガンガルの言葉に幾分か冷静さを取り戻すと、俺は1度大きく溜息を吐き出した。神殿やら法国やら知らない事の方が多い今、面倒な事になるのは極力避けるべきだろう。
(この世界の常識からしてわからんからな……。あぁ、そうだ。ガンガルさんに街に着くまでに色々教えて貰おう)
我ながら妙案だと思いながら、改めてガンガルに街までの同行を依頼する。
「教えてくれて有難う御座いました。それで、街まで一緒に行くのは構わないですか?」
「あぁ。さっきも言ったが、そりゃ構わねぇよ。ただ、ご覧の通り、俺は1人で出てきちまってるからよ。身を守るのは自分でやってくれよ」
「分かりました。ついで……と言ってはなんですけど、この辺りの常識について教えて貰っても良いですか? ちゃんと報酬は支払いますから」
「あぁ。いいぜ。それと助けて貰った礼だ。報酬は要らねぇよ。ま、どーしてもって言うなら受け取るがな」
ガハハと笑いながら快諾してくれたガンガルに礼を言うと、俺達は一先ずこの場で夜を明かす事にした。
思いがけず同行者を得た俺は、少しだけワクワクとした気持ちが湧き上がるのを感じた。
いきなりネームドモブを出してしまいました。
ガンガルさんは鉄級冒険者です。主に採取の依頼をこなしています。気のいいオヤジですが、偏屈な所もありあまり集団行動が得意ではありません。クラスはレンジャーです。
以下、設定と解説
東洋医学用語
・陰陽五行思想……陰陽論と五行説を基にした体系的な思想。
・陰陽論……ありとあらゆる事象に陰・陽という対となる属性を規定して、相互作用や盛衰変化を論理する思想。
・五行説……ありとあらゆる事象に木・火・土・金・水の5つの属性を当て嵌めて、その関連性を規定する思想。
・五行相剋……一方がもう一方を剋す関係。木の根は大地を抉る(木剋土)、大地は水の流れを塞き止める(土剋水)、水は大火を消す(水剋火)、火は金属を溶かす(火剋金)、金属の刃は大樹を切り倒す(金剋木)。
・五行相生……一方がもう一方を生ずる関係。木は火を熾す(木生火)、火は灰で土を豊かにする(火生土)、土はその内に金属を生み出す(土生金)、金属は水を浄化する(金生水)、水は木を潤し成長させる(水生木)。
・木行……性質は曲直。成長、疏泄(隅々まで行き渡らせる)を司る。植物、雷、風。
・火行……性質は炎上。熱、上昇を司る。火。
・土行……性質は稼穡。生化、継承、受納を司る。土、毒、生死。
・金行……性質は従革。清潔、粛降、収斂を司る。金属、重力、光(光線)。
・水行……性質は潤下。寒涼、滋潤、下降を司る。水、氷。
捏造したスキル・魔法
・《大賢者の記す書・種族編》:《大賢者》のアクティブスキル。対象の種族を調べる。種族レベルを有している場合はそのレベルも示す。複数の種族によって構成されている場合、最もレベルの高い種族をランダムで1つ示す。使用者よりもレベルが高い者、抵抗力が高い者、隠蔽の効果を使用している者には通じない事がある。
・《診断》:《ドクター》や《東洋医学者》のアクティブスキル。HPや状態異常を調べられる。熟練していると、掛かっている補助魔法の効果も測定可能。
・《陰・木火行・烈火旋風》:精神系第7位階魔法。相生関係にある木行・火行の複合魔法。対象を中心として炎を纏った旋風を巻き起こす。
・《陰・火行・炎弾》:精神系第3位階魔法。魔力系同位階の《ファイヤーボール/火球》とほぼ同じ魔法。
・《ヒール/大治癒》:信仰系第6位階魔法。HPの回復と一部を除く状態異常を回復する。
※精神系魔法の陰・陽の使い分けは、対象に不利な効果を齎す物を陰、逆に有利な効果を齎す物を陽としてます。
※精神系魔法の複合魔法に関しては、相剋関係にある行は複合出来ないとしています。