オーバーロードの世界に転生!? 古典派鍼灸師の異世界探訪記   作:鉄鍼

4 / 4
おっさんと2人旅。

もう少し、確認描写が続きます。


第4話:エ・ランテルへの道中

 街々を繋ぐ街道の傍にポツンと佇む木の下に、その木から切り取った枝と布で組まれた簡単なテント。そのテントの入り口の前に焚き火を熾し、胡座を掻きながら番をする俺。ガンガルにはテントで休んで貰い、俺はスキルで周囲を警戒しながら魔法の事を色々確認していた。

 

 勿論魔法自体は初日の作業で全て暗記しているし、スキルのお陰で優秀になった俺の頭は、効果や消費するMPの量などの些細な情報まで網羅してくれている。ならば今更何を確認する必要があろうかという疑問が生まれるが、これには事情がある。

 

 

「まさかこの世界の人間社会では第6位階が最高位で、普通は第3位階を使えれば超優秀な部類だとは……」

 

 

 ガンガルは冒険者としての階級は低いが、長年この仕事に従事しているらしく、それなりに事情通である様だ。知識は財産であるだろうに、礼だから気にするなと、それはもう気前良く色んな事を知っている範囲で教えてくれた。この辺りの情勢、周辺の国の事、物価、冒険者の事、そして魔法の事。その魔法についての答の一部が、今しがた呟いた言葉の内容だった訳だ。

 

『この世界の人間の事情など関係ない。俺は無双するんだ』と無視する事は容易だが、ガンガルから聞いたこの辺り一帯の事情を考えると、目立たない方が良いと思えた。

 

 まず、この辺りはリ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、スレイン法国という人間の国が睨み合いをしているらしい。人間以外の種族がいない訳ではないが、基本的には互いに不干渉、或いは敵対している事が多いそうだ。中にはエルフを奴隷にしている輩も居るとも言っていた。姿形が人間と変わらない為バレてはいないが、もし俺が人間ではないと知られれば、討伐の対象になる恐れがある……かも知れない。

 

 それに力を有する者が目立てば一挙手一投足に注目をされてしまう。第10位階まで使えます……なんて事が知られれば、どうなるかは目に見えている。そうなれば正体がバレる可能性が高くなる。そういった訳で、目立たない様にする為に使用する魔法を第3位階から精々第5位階までに抑えておきたくて、改めて確認をしているのだ。

 

 

「それからあれだな。使える位階に制限がある以上、戦術に幅を持たせるには魔法強化スキルを上手く使えないとな」

 

 

 魔法を強化するスキルはいくつもあり、前に使った《エクステンド・マジック/魔法延長化》に始まり、《サイレント・マジック/魔法無詠唱化》、《ディレイ・マジック/魔法遅延化》、《ブーステッド・マジック/魔法位階上昇化》、《ペネトレイト・マジック/魔法抵抗難度強化》、《マキシマイズ・マジック/魔法最強化》などが存在する。

 

 1つの魔法を重ね掛け出来る《ツイン・マジック/魔法二重化》や《トリプレット・マジック/魔法三重化》なんかは、便利そうだと思う。ただ、それ以上の重ね掛けをするスキルは無い様だ。

 

 更に、俺は《陰陽五行操者》のスキルである《スプレッド・マジック/魔法拡散化》や《ホーミング・マジック/魔法追尾性強化》、《インテンシブ・マジック/魔法集中化》などを有している。

 

 これらを上手く使えば、低位階の魔法でもなんとかなるだろう。

 

 それから、この3国の中でもスレイン法国は特に人間以外を敵視しているらしく、その影響下にある神殿と事を構えるというのは、ガンガルが教えてくれた以上に厄介事になる危険性がある。高位の治療魔法が使えるとなれば、神殿からのマークも厳しくなるだろうし、そもそも魔法でなくとも治療行為自体が火種になり得る。

 

 加えて、やはりこの世界では医療という物は一般的ではないらしい。病気や怪我は神殿の神官や僧侶が使う魔法で治す事が一般的で、そうでなければ自然治癒を待つか、値は張るがポーションを使うのが普通らしい。ただ、神殿の治療費もそれなりだそうなので、実情としては自然治癒を待つ者が多数であろう。

 

 大昔には外科的な技術もあったらしいが、今は野蛮な行為だと言われていて、野盗などの神殿に行けないアウトロー達が仕方無しに使う程度との事だ。

 

 そんな状況であるから、当然東洋医学などと言うものは存在していない。尤も、この世界に西洋だ東洋だの概念を当て嵌める事すら難しいだろうが。

 

 ただ、噂程度の話で良ければ……とガンガルが教えてくれたが、この辺りからかなり南に下った辺りでは、独自の文化が築かれていて、独特の技術も多いらしい。もしかしたら、その辺りなら鍼術も灸術も存在するかもしれない。まぁ、あくまで希望的観測に過ぎないが。

 

 そんな環境である為、前世と同じ様な仕事は難しいと考えるべきだ。であれば間接的に治療の役に立つ事をする他ないだろう。

 

(錬金術もある事だし、薬屋から始めるのが無難か……。となれば、レシピ集も暗記しておくかな……)

 

 薬屋から始めて、徐々に南方から仕入れた手法だと鍼術や灸術を広めるのが良いかも知れない。最終的には神殿による治療行為の寡占状態を解消出来る方向へ持っていければなどと、俺は漠然と考えた。幸い、俺には寿命が無い。急がず焦らず、じっくり事を進めていけばいいだろう。

 

 

「さて、そうとなればエ・ランテルとやらに着いたら市場調査だ。どうにも俺はこの世界にとってオーバースペックの様だし、錬金術で変なものを作り出して目立ってしまっては元も子もない。なんなら、どこかに弟子入りするのも一興かな」

 

 

 大雑把ではあるが、街に着いてからの行動指針も定まったところで、魔法の確認を終わらせた。夜明けまでは錬金術のレシピを読み込んでおく事にして、俺はインベントリから取り出した分厚いそれを捲り始めた。

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 夜が明ける頃、ガンガルがテントから這い出してきた。

 

 

「すまねぇなインドー。寝ずの番を任せちまって」

「構いませんよ。俺は1人旅が長かったので数日は寝ずに活動出来ますからね」

 

 

 実際のところ、睡眠不要のお陰で全く眠気は襲って来ない。あまり人間離れした事をすると目立ちそうで加減が難しいが、数日不眠不休で活動出来るくらいは、そこまでおかしくはないだろう。

 

 

「すぐに出ますか?」

「そうだな。早く街に戻って、酒にありつきたいからな」

 

 

 ガンガルはそう言って笑うと、テントの支柱の役目をしていた木の枝を片付けて、布を雑に畳んで俺に差し出す。

 

 

「ほら返すぜ。悪かったな、ゴブリンに追われた時に野営用の荷を落っことしてなければ、借りなくても済んだんだが……」

 

 

 俺は首を横に振り気にしなくていい事を伝えると、布をしまう振りをして分解した。そもそもこの布は、俺が野営の準備中に薪用の枝を集めるガンガルに隠れて、こっそりと《創造者》のスキル《低位資材創造・布》で生み出した物だ。

 

 スキルの説明ではアイテムレベル30までの布素材を生み出すスキルで、面積に比例して消費するMPが増加するらしい。ちなみに、今回生み出したのは単なる木綿でアイテムレベルは2だ。

 

 また、生み出した物は加工されない限り、分解と称して跡形も無く消す事が出来る。生み出したは良いが思った物と違った……なんて時に便利である。

 

(よくよく考えると、材料をMPで作り錬金術で加工して……なんて、こりゃ想像以上にチートなんじゃないか?)

 

 下手をすれば経済に大打撃を与えかねない。俺はこの一連のスキルに関しても、慎重にするべきだと心に誓う。

 

(ただ、当面の生活費を稼ぐまでの間は有効に使わせて貰わないとな……)

 

 

「よし、そろそろ行くとしようか。この分なら明日の昼には着けるだろう」

「あ、はい」

 

 

 出発の準備が整ったガンガルの合図で、俺達は再びエ・ランテルまでの道を踏み出した。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 街道を暫く歩いていると、焼き討ちに遭ったと見られる集落が見えてきた。1つ残らず家が燃やされているなんて、随分と念入りな仕事をする犯人だと、俺は思った。

 

 

「酷いな……。盗賊ですかね?」

「オメエさんは知らねぇか。ここ最近、国境付近の農村が次々襲われる事件があったらしい」

「犯人は?」

「噂によりゃ、帝国の連中だとよ。運良く逃げられた奴が証言してたらしい。王国戦士団が討伐に成功したからよ。俺らが出くわす事はないだろうよ」

「なんでこんな事を……」

「さぁな。詳しくは俺も知らねぇよ。なんせ、俺は採取依頼専門だからな」

 

 

 ガンガルは自嘲めいた顔をすると、足を止めずに歩を進める。冒険者という仕事は国同士の諍いには介入しないのが習わしだと聞いたが、それが関係しているのだろうか。

 

 確かに、自分の国に敵国が攻め入って来ても手を出せない……というのは、歯痒く感じるものなのだろう。もしかしたら、この壊し尽くされた集落にガンガルの知り合いがいたのかも知れない……。そう考えると、無性に悲しい気持ちになった。

 

 

 

 ※

 

 

 

 道中、同じ様な集落を幾つか通り過ぎ、エ・ランテルから半日ほどの距離を流れる川に辿り着いた。既に日も傾き始めている為、今日はここで野営をする運びとなった。

 

 

「この川まできたら、あと半日ってところだな。予定通り、昼にはエ・ランテルに着けるだろうよ」

「ほんと、助かりましたよ。ガンガルさんに出会わなければ、もっと時間を要するところでした」

「よせやい。助けられて感謝されるなんてのは道理に合わねぇだろうが。っと、そういやオメエさんは金は持ってるか? 街に入るのに通行税を取られるんだ」

 

 

 ガンガルに指摘されて気付いたが、そういえば俺はこの世界の通貨とやらは持っていない。インベントリに金貨らしい物は大量に溜め込まれていたが、多分この世界の通貨ではないだろう。俺は確認の為に、試しに1枚取り出してガンガルに見せてみる事にした。

 

 

「一応、旅の途中で寄った街で入手したお金ですが、この国で使えますかね?」

「こりゃ見事な細工がされた金貨だな。美術品の価値は俺には分からんが、単純に重さから見れば王国金貨の2倍くらいの価値はありそうだが……。まぁ、兵士に言えば換金くらいはしてくれるだろうよ」

 

 

 なんとも曖昧な答だったが、使えない訳ではないらしい。この金貨が駄目でも資材の宝石を換金する方法もあるし、なんならスキルで金になりそうな物を作れば良いだろう。

 

(当面の生活費を稼ぐまでは仕方ないんだ。うん)

 

 自分に備わっている力を使うだけだからやましくない筈だが、何となくズルをしている気がして後ろめたさを感じる。

 

(ゴブリンを倒した時と一緒だ。生きる為にやる事だ。それに価値の無い物を価値があると偽る訳じゃない。割り切らねばな)

 

 心の中で決意を改めていると、俺が色々考えている内にテントの準備を終えたガンガルが焚き火の前にドカリと座った。

 

 

「今日は俺が番をするから、オメエさんが寝とけ」

 

 

 どうやら寝ていない俺を気遣ってくれたらしい。まぁ、寝とけと言われても眠気は一切やって来ない訳なのだが……。

 

 

「いいんですか? 私はまだまだ平気ですけど……」

「平気って事があるかよ。それにエ・ランテルまではもう少しだからよ。最後くらいは俺が番をしてやるよ」

「はぁ……。わかりました。お言葉に甘えておきます」

 

 

 ガンガルの言葉に押される形で渋々了承し、俺はテントに潜り込む。中は人1人が入る程度の広さではあったが、手足の自由がそこそこ利いたので窮屈な感じは無い。風が入って来ないから空気の対流が起こらず、それなりに暖かい。枝と布というあり合わせの材料で組んだ割には十分使える物になっていた。

 

 

「はぁー……。やっぱサバイバルの技術は大事だな……」

 

 

 必要に迫られている訳ではないが、自分の持っていない技術を持っている事を俺は純粋に尊敬したい気分になった。多分、ガンガルはやめろと言うだろう。悪態をつくガンガルが容易に想像できて、今度は少し可笑しくなった。

 

 

「しかし、このスペースだと《仕様書》を読むのも儘ならんな。仕方ない、寝てみるか……」

 

 

 睡眠不要とはあったが、眠る事が出来ない訳ではないだろうと、この世界に来て初めての睡眠をとる事にした。目を閉じて明日の予行演習を頭の中に思い浮かべながら、寝る事を意識する。

 

 どうやら思った通り寝る事自体は可能な様で、意識が次第に遠退いていくのを自覚出来た。

 

(エ・ランテル……。暮らし易い街だといい……な……)

 

 朧げになっていく意識の中でエ・ランテルと言うまだ見ぬ街に期待を膨らまし、俺はそのまま意識を手放した。




エ・ランテルまであと少し。


以下、設定と解説。


捏造したスキル・魔法


・《低位資材創造・布》:《創造者》のスキル。MPを用いてレベル30までの布素材を創造出来る。消費MPは創造した布の面積に比例する。

※他にも、金属(インゴット)・鉱石・宝石・木材・紙・革などがある。
※同系統のスキルに《低位〜上位物質創造》がある。
※低位でレベル30、中位でレベル31〜60、上位でレベル61〜90を創造可能。レベル91〜100の超希少資材はスキルでの創造は不可。但し、尹藤鐡矢が習得している超位魔法《万物を生み出したる混沌の闇》であれば、少量だが創造可能。

・《スプレッド・マジック/魔法拡散化》:単体を対象とする魔法を範囲魔法へ変化させる。但し、威力は低下する。

・《ホーミング・マジック/魔法追尾性強化》:追尾機能を持たない魔法に追尾機能を付加する。追尾機能を有する魔法の追尾精度を高める。

・《インテンシブ・マジック/魔法集中化》:範囲魔法を単体に収束させる。威力は高くなる。

本文未掲載
・《インビジブル・マジック/魔法不可視化》:魔法自体を不可視化する。音や熱は消えない。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。