真・恋姫†無双 北郷一刀・商人ルート 天下も金の回りもの   作:MATSUKASA

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初投稿です。
乱文ですがよろしくお願いします。


第1章 ”北郷一刀”商人になるのこと
1話 出会い 奇貨居くべし


後漢末期。後にそう呼ばれる時代。

 

 前漢から帝位を簒奪した王莽を破った光武帝が洛陽に都を定めて、漢王朝を再興してからすでに100年を超える月日が過ぎた。

 現在、帝位にあるのは12代皇帝”劉宏”。

 

 彼は齢、わずか13歳にしてこの広大な漢の皇帝に即位することになった。まだ年端もいかない子供にはあまりにも重責が過ぎるものであった。

 彼の先代、11代皇帝”桓帝”は政治の場に本来は皇帝の側用人に過ぎない身分であった”宦官”を重用した。

 

 ”宦官”とは古代に重罪を犯したものに科した刑罰である宮刑、あるいは異民族の捕虜に対しての去勢によって生殖機能を喪った人たちを皇帝や寵妃の世話係として登用したのが初めであるといわれる。

 その為、宦官という言葉も”神に仕える奴隷”という意味であった。

 

 しかし後漢において、経緯はどうであれ、時の最高権力者である皇帝やその妃に図らずも近しい立場にいた彼らの中には皇帝の側近となり、権勢を誇るものが出てきた。

 皇帝の信用を得た彼らは同じ宦官同士で徒党を組み、政治においても大きな影響を持つまでになったのだ。

 古であれば秦の始皇帝の死後に攻勢を牛耳った”趙高”などがその代表例である。

 

 この当時の王朝において政治の場に携わる官僚は絶大な特権階級であり、貴族以外のものが王朝内で高位に上るということは事実上なかった為、庶民階級が宮廷に入るための道は宦官となるしかなく、また貴族であってもさらなる立身出世の為に自ら宦官となるものまで出てくる始末であった。

 

 こうして現在の政治において宦官は大きな発言権を持つに至ったのだが、先に述べた通り、彼らは結局のところその根源は重罪人や捕虜といった卑賤な身分の象徴であった。

 当然彼らの台頭を面白く思わないものは多く、従来の貴族たちは宦官たちと激しく対立した。

 

 12代皇帝”劉宏”が即位したのはまさしくそんな対立の真っただ中であったのだ。

 彼が即位したときには、宦官を重用した先帝の崩御を好機ととらえた一部の官僚が宦官排斥に動くも逆に追い落とされるという事件があった。

 

 こうした政乱の真っただ中において幼き皇帝に優れた統帥を期待するのも酷であろう。

 また、宦官たちにとっても自身たちが権勢を存分に振るうためには皇帝が無知であるほうが都合よく、彼らは皇帝を政務から遠ざけるように動いた。

 

 こうして光武帝以来の治世は崩壊し、都の政治は宦官、清廉を掲げる官僚そして外戚と呼ばれる寵妃の血族たちが日夜、互いを貶めよう政争に明け暮れる魔境と化した。

 

 そしてこうした中央の政治が乱れて真っ先に被害をうけるのは民衆である。

 都の乱れをいいことにして各地で皇帝の権威を笠に着て横暴を行う官匪、そして取り締まられることのない賊が民衆に襲い掛かった。

 

 それらの暴虐にさらされる民衆の怨嗟は溜まりに溜まり、ついに爆発することになる。

 

 陳勝・呉広の乱、赤眉の乱。先史からみても国の乱れに真っ先に立ち上がるのは、民衆であったのだ。

 そうして国の腐敗に対して立ち上がった民衆の蜂起は、いつの時代もその時代の終焉を告げる鐘の音になる。後漢においてもその例に漏れることはない。

 

 ”黄巾の乱”勃発。

 

 ”蒼天已死”。後漢王朝の打倒を掲げたこの乱を契機に、時代は大陸全土を包む戦乱の時代に突入していく。

 

 数多の英雄が新たな治世を作らんと、互いに競い合う時代。

 後の世に”三国時代”と呼ばれる時代の幕開けである。

 

 

 

 

 

 その激動の時代において、1人大陸の荒野をかける傍目には年端もいかない少女がいた。

 

 時は少し遡り、黄巾の乱がおこる少し前。

 

 華奢な体躯に見合わないほど大量の荷を積んだ荷車を引きながら荒れた大地を疾走するこの少女がこの物語の主人公である。

 

 少女の名は衛弘(えいこう)、字は子許。

 後漢末期の戦乱の中、身一つから大陸随一の商会”衛北商会”を立ち上げ、大陸の平和に多大な貢献をすることになる女傑である。

 

 後に三国時代の覇王より「衛子許なくして我が覇道は成し得なかった」と評されるほどの彼女も、この時はただ一介の行商人に過ぎなかった。

 

 衛子許が衛北商会(えいほくしょうかい)のトップとして立身出世を遂げるにあたって、最初にして最大の契機。彼女のもとに1人の男が”天”より降り立つところからこの外史は始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「か~ねはて~んかのま~わりもの~~、だったら~て~んかはな~にのまわりもの~♪」

 

 間の抜けた歌のような何かを大声で歌いながら、衛弘は無人の荒野を疾走する。

 彼女の引く荷車には明らかに積載量を超えるほどの荷が乗せられており、大人の男3人がかりでもまともにひけるかどうかといった具合である。だが、それを引く当の彼女は余裕綽々と言った様子で、走る速さも馬の全力疾走にも引けを取らない。

 

 第三者がこの様子を見れば、まずは目を疑い、次に自身の頭を疑い、それでもこれが現実であるとわかると、ようやく荷車と少女の頭を心配する光景だ。

 

「やっぱり~て~んかもか~ねのまわりもの~~♪」

 

 だが、幸いなことにこの荒野には見渡す限り衛弘以外の人影はなく、彼女の奇行が衆目にさらされることはなかった。

 ちなみに彼女が歌っている歌のようなものは自作のものである。彼女には戯曲の才能は壊滅的になかった。

 

『天下も金の回りもの 作詞・作曲 衛弘』。発売の予定も需要もない。

 

 ご機嫌に奇行をしながら荒野を行く彼女だったが、ふと足を止めた。

 高速からの急制動にただでさえ容量超過の荷物を積まれて、悲鳴を上げていた荷車がさらに悲鳴を上げた。しかし、当然それが彼女に届くことはない。

 

「むむ! あれは何ぞ!?」

 

 彼女が目の前の光景に疑問の声を上げるが、彼女以外誰もいない荒野でその声に返事があるわけではない。

 もちろんそのことは彼女自身も把握しているが、それでも声を上げずにはいられないような光景が目の前にあったのだ。

 

 彼女の少し前方で何やら白色の物体が空を飛んで‥‥‥‥否、空から落ちていたのである。陽光を反射しながらキラキラと光る謎の未確認飛行物体、もとい落下物は地上にどんどんと近づいてきており、徐々にその輪郭がはっきりと見えてきた。

 

「ん?……あれは人?」

 

 どうやら空から落ちているのは見慣れぬ白い服を着た人であるようだ。

 

「むむー、鳥でもないのに子許ちゃんより先に空を飛ぶとは許せん!……というよりこのままだとあの人、挽肉になっちゃうね。ん~さすがの私も人肉は食べる気にならないよ」

 

 うん、助けよう。

 

 場違いな憤りを呟いてから彼女は冷静に状況を把握すると止めていた足を再び動かし、前方、謎の飛行人の落下予想地点と思われる場所に向けて全速で駆け出した。

 

 急制動からの急発進に荷車が、えっ? ちょっ、と再び抗議するが当然それは彼女に届かない。

 

 

 

 

 

「さて、どうしたものかね……」

 

 驚異の速さで落下地点まで来た衛弘であったが、ここにきて次の行動に迷っていた。

 真上から落ちてくる白い人ははっきりと人であるとわかるくらいに近づいているが、よくよく考えれば衛弘にはこんな高さから落ちてくる人を受け止めた経験はない。

 

 膂力にはそれなりに自信があるが、うまくできなければ人の挽肉が一つ増えることにもなりえる為、自分で受け止めるのはできれば避けたい。

 

 そう考え、どうしたものかと一瞬思考した衛弘であるが、ふと自分の後ろにあるものに気付いてすぐにいい考えが浮かんだ。

 

「……4代目子許号。短い間だったけど君のことは忘れないよ。さらばだ!」

 

 自身の荷車の荷台で受け止めればいいと考えた彼女は素早く、荷台を落下地点とおもしき場所に配置して、衝撃を避けるために荷台から離れた。

 

 そして次の瞬間。

 荒野に轟音が響き渡った。当然、男性の自由落下の衝撃にただの荷台が耐えられるということも無く、荷台は跡形もなく壊れてしまった。

 

砂ぼこりが舞う中、衛弘には積み荷の藁の上に先ほど落ちてきた男が気を失って寝そべっているのが見えた。

 

 

 

 

 

 

「ううっ、あれ? 俺はいったい??」

 

「おお、目が覚めたようだね! 無事でなによりだよ。それと君は2体も3体もいない、君は唯一無二の1体だよ! 自信を持つんだ!」

 

「え? 君はだれ? ここはどこだい?」

 

「ここは地獄で私は地獄の支配者、閻魔だ。目が覚めたなら君にはこれから七つの地獄を経験してもらう。でも今なら特別に200銭払えば地獄めぐりは免除しようじゃないか。なに、地獄の沙汰も金次第というやつなのだよ」

 

 日が沈み、荒野一帯が暗闇に広がったころ、落ちてきた白い服の人――北郷 一刀(ほんごう かずと)はあたりを見渡し自分が見慣れぬ地にいることに驚き、自分に声をかけてきた少女に問いかけた。

 

 焚き火の前に鎮座した一刀よりも年下に見える少女――髪は銀糸のような煌めきを放ち、服装は黒を基調にした軽装の着物のようなもので、首には茶色の皮でできたゴーグル?のようなものをかけている、は何やら物騒なことを言っている。しかし、混乱の極みにある一刀にはその内容の半分以上は聞こえていなかった。

 

 一刀は改めて周囲を確認する。

 頭上には果てまで抜ける青い空。その空には真っ白な空と、先ほどまで閉じられていた眼には痛いほどに照り輝く太陽が浮かんでいる。

 少し視線を下げれば、はるか遠くには針の如くとがった岩山が点在し、あたり一帯は地平の果てまで続くほどの荒野が広がっている。

 

 明らかに聖フランチェスカではないし、そもそも日本ですらないような気がする。

 なら外国か、とも思ったが、それならなぜそのような場所に自分がいるのか全く理解ができない。一刀はとりあえず景色から場所を考えるのをやめ、とりあえず思い出せる限りの記憶を辿ってみる。

 

(確か、今朝もいつも通りに起きて、学校に行って、授業を受けてそれから‥‥‥‥あれ?それからどうしたのだっけ)

 

 一刀は今の状況に至るまでの過程を記憶からたどるが、どうも今の状況と結びつかない。

 

(まてまて、俺の名前は北郷一刀。聖フランチェスカの2年生、剣道部に所属、彼女は現在募集中……うん、記憶はおかしくないな)

 

あまりにも突拍子のない事態に一刀は自分の記憶がおかしくなっていないかを疑い、自分の身上を心で思い浮かべるが、特に記憶喪失といった具合ではない。

どうも今の状況になるまでの経緯だけがすっぽりと記憶から抜けてしまっているようだ。

 

 だめだ全く思い出せない。

 

「ごめん……どうも状況が呑み込めていないんだ。よかったら何があったのか教えてくれないか」

 

 自力で思い出せない以上、人に頼るしかない。一刀はそう考え、先ほどからこちらに声をかけてきた目の前の人物に自分の身に起こったことについて聞いてみる。

 

「ぬぬ、私の商人冗談を華麗に流すとは、君只者ではないね。……よろしい、ではでは君にこの世界のすべてを教えてあげようじゃないか!!」

 

「いや、何があったのかだけでいいんだけど……」

 

 何やら先ほどから話がかみ合っていない様子だが、一刀はとりあえず唯一の頼りである目の前にいる銀髪の美少女に状況の説明をお願いしたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど……つまり俺は空から落ちてきて、たまたま通りかかった子許が助けてくれたというわけか」

 

「うんうん、物分かりが早い子は好きだよ」

 

 目の前の少女――衛弘、字は子許(今度はちゃんと名乗った)は一刀が今に至る経緯やところどころに挟んだ疑問に丁寧に応えてくれた。

 

 彼女のから聞いた話を整理すると、

 

・今は後漢の末期。皇帝の諱は劉宏

・ここは司隷の河南で都の洛陽から東にいったところ

・目の前の銀髪の美少女、衛子許は行商人をしており、洛陽に行く道すがらに空から落ちてくる俺を見つけて荷台で受け止めた。

・黄色い布について心当たりはないか聞いたところ、知らないとのことだったのでタイミングとしては黄巾の乱発生前

 

 

(彼女から得られた情報を整理するにここは‥‥‥‥)

 

「よりによって後漢末期とは‥‥‥‥どんなファンタジーだよ」

 

「ごかん?ふぁんたじー?質問攻めしたと思ったら今度はわけわからないことを言うね、君は。私以上に話が通じない子には初めて会ったよ。おうおうこれは、とんだ奇人を拾っちまったぜ!」

 

「ああ、ごめん。気にしないでくれ独り言だよ。それで君の名前だけど本当に衛子許なのかい?」

 

「失礼な、私は私だよ! 衛家の問題児、衛子許とは私のことだ!」

 

「胸を張って言うことではないだろそれ……それにしてもまじかよ」

 

 一刀はここまでの話を聞いて今の状況に一つの結論にたどり着いていた。

 

 どうやら自分は所謂、異世界にきてしまったらしい。しかもその世界は、一刀がいた時代の三国時代と呼ばれる時代に酷似しているようである。

 

 一刀も自分の頭がおかしくなったかと思うが、どうも今の状況を整理するとそういった結論になるようだ。

 

 ちなみに一刀がここを異世界と結論付けた理由は、目の前の少女にある。

 

 衛弘、字を子許。

 その名を持つ人物は一刀がいた現代において三国時代の出来事をもとにして書かれた創作物『三国志演義』に登場する。

 

 後に魏を建国する曹孟徳が洛陽で董卓の暗殺に失敗した後に逃げ帰った陳留で、彼の父の勧めで挙兵の軍資金を無心するために会いに行った豪商である。

 たしか演義では曹操の挙兵のために即答で私財をなげうった人物として書かれていた。

 少なくともこんな発言が残念な美少女ではなかったはずだ。

 

 その為、一刀はここが三国志の世界をもとにした異世界であると結論付けた。

 

 そもそも本来の歴史では“衛弘”という人物は存在していない。彼は三国志演義という創作物にでてくる架空の登場人物であるのだ。それにもかかわらず衛弘はこうしてか一刀の目の前に確かに存在している。美少女になるというオマケつきでだ。どうやら色々なところがよく知る三国志とは違う世界のようだと一刀は考えた。

 

「さあ、君の質問には答えてあげたんだ。今度はこっちが聞かせてもらう番だよ。君は一体何者なんだい?なんで天から降ってきたんだい?」

 

「ああ、俺は……」

 

 一応だが、自分の中で今の状況を理解した一刀は目の前で体を前のめりにしながら、興味津々といった様子でこちらに質問をぶつける衛弘に応えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんふん、つまり一刀はこの大陸の外にある東夷にいたが、気付いたら空から降ってきたというわけか……なるほど! まったくわからんよ!」

 

「はは、ですよねー」

 

 一刀が衛弘の質問に一通り答えたあと、彼女はしたり顔で真逆のことを堂々と言い放った。

 ちなみに彼女は一刀のことを“一刀“と呼んでいるが、それは一刀自身がそう呼んでほしいとお願いしたためだ。

 

 本来、この時代の漢において名を呼ぶという行為は相当親しくないと失礼に当たる行為である。それゆえに、初対面の一刀を呼ぶ際に衛弘は当然のように北郷と呼んだのだが、命の恩人でもある衛弘なら構わないという建前で名前を呼んでもらうことにした。

 

 そして一刀は自分の状況の説明に当たっては、自分がおそらくこの時代から見て未来と思われるところから来たということはあえて説明しなかった。

 

 説明したところで狂人と思われるのが精々であるからだ。(もちろんそれを除いても十分狂っていることには間違いないが)

 また、確かにこの世界は聞く限り一刀の知る三国志の世界に似ているが、目の前の少女がそうであるように異なっている点も多く、それを話すのも気が引けたという理由もある。

 

 しかし、衛弘がこうして美少女である以上、もしかしたら曹操や関羽といった主要な登場人物たちも女性である可能性だってある。

 ちなみに皇帝は歴とした男性だそうだ。

 

 でも、もし関羽が女性だとしても髭の生えた女性とかならいやだなー

 

 どこかの誰かが聞けば青竜偃月刀で真っ二つに切られそうなことを一刀は暢気に考えていた。

 この状況において、こんなことが考えられる彼は豪胆というべきなのか、それとも考えなしというべきなのか。

 

「うん、でも一刀にも自分に起きた状況がよくわからないということはわかったよ! なら自分ですらわからないことを私が考えても答えは出ないだろう! それで、きみはこれからどうするんだい?」

 

 一通りうーんと衛弘は頭を悩ませていたようだが、見ているほうが気持ちいいくらいに思考を放棄して、一刀に今後のことを聞いてきた。

 

「あーそうか、これからのことか。正直どうすればいいのか全く分からないんだ。この土地のことも何も知らないし‥‥‥‥」

 

 ここでようやく一刀は自分の置かれている状況の危うさに思い至った。

 身一つでおそらく後漢と思われる時代の荒野に放り出された一刀、自分がいた現代以上に命が軽い時代である、一介の学生にすぎない一刀がもし盗賊などに出くわせばすぐに死骸を大地に晒すことになる。

 もし盗賊などに出くわさなくても、水も食料も行く当てもない一刀は遠からず同じ結末を辿るだろう。

 

 あれ、もしかしてこれってかなりピンチなんじゃないか。一刀は考える。

 

 遅かれ早かれこのままだと待っているのは死のみ。

 異世界に行くという超常の事態に頭が追い付かず、暢気なことばかり考えていたが事態は思った以上に深刻なようだ。

 

「ん? どうしたんだい急に真っ白な顔になって。まぁ突然、見知らぬ大陸に放り出されればそうなるか。ん~だったらどうだい! とりあえず私と一緒に来ないかい?道中でこの大陸のこと色々と教えてあげようじゃないか!」

 

 あまりの絶望的な状況に一刀があきらめかけたその時、目の前から救いの手が差し伸べられた。

 

「え。いいのか? 自分で言うのもなんだけど、俺って相当怪しくないか?」

 

 衛弘の申し出は一刀にとってまさしく地獄に仏に等しい申し出だが、純日本人的思考の一刀は飛びつくことができず、確認の言葉を口にしてしまう。

 

「ああ、怪しいね! だけどそこまで怪しいと一周回って怪しくないさ。それに、こんな珍しい服を着て、未開の土地からやってきたなんて聞いたら、こっちはもう興味津々だよ。まさに奇貨居くべし! だよ!」

 

 そんな一刀の気持ちを知ってか知らずか。衛弘は不安そうな一刀とは対照的に、本当に楽しそうな笑顔を浮かべながら、故事を引き合いに出して再度申し出てきた。

 

 “奇貨居くべし“

 秦の商人呂不韋(りょふい)が趙に人質になっていた秦の王子子楚(しそ)を助けて、あとでうまく利用しようとしたという「史記」の故事から珍しい品物は買っておけば、あとで大きな利益をあげる材料になるだろう。得がたい好機を逃さず利用しなければならない意にいう。

 急に空から降ってきた見知らぬ服装で、いかにも怪しげな男。確かに、衛弘にとって一刀は間違いなく“奇貨”である。ただ、王子子楚と違って一刀は何の身寄りもない一介の学生である。実家の祖父から多少剣術の手ほどきを受けたとはいえ、真剣も手にした経験もない為、護衛としても役に立つことはできないと自信を持って言える。

 

「俺はどこかの国の王子なんかじゃないけど・・・正直本当に困っていたから助かるよ」

 

「私がしたいからそうするだけだよ。それに呂不韋とて最初は子楚が本当に王となるかは半信半疑だったはずだよ。……それにしても一刀、君は東夷の出身だといったが司馬遷の史記を知っているとは益々、興味深いね」

 

 絶望した状況から一筋の光明が見えたことに安堵した一刀が自嘲するように返すと、彼女は考え込むような素振りをしながら、誰に向けてということも無く呟く。

 

「これは是が非でも手放せないよ。それにさっきも陛下の諱まで聞いてきたし……うん決めた。君はしばらく私についてくるんだ!これは決定事項だよ」

 

 衛弘は先ほどまでの人懐っこい笑顔をひそめて、ほう、といった様子でそう返した。

 

 この衛弘という少女は考えなしの明るい性格をしているようで、存外にしたたかに抜け目のないところもあるようである。こちらを見る衛弘の視線がこれまでのそれとは打って変わり、獲物を前にした獣のような鋭さを持ち、一刀はしまったという顔をする。

 だがどうも彼女自身も疑惑があっても確信はない様子であり、すぐにいつもの豪放磊落な姿に戻ると一緒に来るように提案してきた。

 

  ここが異世界であったとしても、今は帰る方法もなければ、生きていく術すら持っていない状況だ。彼女についていけば少なくとも生きていけるだろうし、この国のことを教えてくれるなら願ってもないことだ。

 

「俺としてはありがたいんだけど・・・本当にいいのかい?」

 

「ははは、なかなかに君もしつこいな。私がいいと言っているんだから気にしなさるな……だよ! それに旅は道ずれ世はお金、というじゃないか」

 

「なんか殺伐とした世だな、それは。でも本当にありがとう、命を救ってくれたこともそうだけどお世話までかけちゃって」

 

「ははは、存分に感謝したまえ。でも今日はもう暗いし街へ向かうのは、ここで野宿と洒落こもうじゃないか。幸いここには火も食料もそれに寝床もあるからね」

 

 そういって衛弘は一刀が目覚めるまでに用意しておいた焚き火と彼女が運んでいたという穀物を保護するのに使っていた藁束を指さすと、食事の準備をしようと積み荷のほうへとかけていった。

 

 そんな溌溂とした彼女の言動を見ていると、一刀はこんなわけのわからない状況に追い込まれ、不安になっていた気持ちが幾分か和らいだように感じた。

 そしてふと考える。もしここで初めてであったのが彼女でなければ自分はこんな気持ちになれなかっただろう。それどころか怪しい奴としてすぐに斬られ、身ぐるみを剥がされていたかもしれない。

 

 そんなありえた未来を思い、一刀は一度身震いをした後、改めて初めての出会いがこの少女でよかったと、特に信じてもいなかった神に感謝した。

 とはいえ、そもそもこんな状況に放り込まれたことを含めると、一刀の身に起きた出来事はプラスとマイナスで言えばマイナスが勝る気もするが・・・

 

 

 

 

 そして食事を終えた後、一刀は衛弘が拵えてくれた即席の藁のベッドに横になっていた。

 ちなみに、今横になっているのは一刀だけであり、衛弘はいまだに焚火の前に腰かけて番をしているがこれには理由があった。

 

 一刀と衛弘が簡易の食事を済ませ、明日に向けて寝ようとした際、衛弘は交代で眠り片方が見張り番として起きていることを提案した。

 

 そこで衛弘は先に一刀に寝るように勧めたが、当然一刀は自分より幼いと思われる少女より先に休むわけにはいかないとこれを固辞した。

 その際、実は衛弘が一刀よりも年上であるということを知り、一刀が大いに驚く一幕があったりもしたが、結局は空から落ちるという摩訶不思議な経験とそれ以上に見知らぬ土地にきた疲れもあるだろう一刀が先に休むように勧め、一刀もしぶしぶ了承したことで今に至っている。

 

 なお、衛弘が自分よりも年上(聞くところ5つも上)なことに驚き、これまで年下の子と話すような態度で話してしまっていたことを一刀は陳謝し、これからは敬語で話すと伝えたが、当の衛弘は「全然気にしてないし、今更そんなに気を使わなくていいよ」とのことであった。

 衛弘の見た目は、明らかに小学生くらい、よく見ても中学生くらいにしか見えなかったにも拘らず、自分より年上という事実は一刀にとっては今日一番の驚きといっても過言ではなかった。

 

(あれで20歳ってどう見ても詐欺だろ……。それよりもこの時代って儒家思想が主流だから年上にため口で話すなんて、人によっちゃ許されないことだよな。うん、今後は絶対に見た目で年齢を判断するのはやめておこう)

 

 藁束に身を委ねながら、一刀は固く決意した。

 このことが、将来一刀が明らかにロリっ娘な名軍師に出会ったときに大いに役立つのだが、それはまだ先の話である。

 

 こうして北郷一刀と衛弘は奇妙な出会いを果たした。

 後に大陸にその名をとどろかせる衛北商会において、当主である衛弘とその”懐刀”と称され、稀代の商人となる北郷一刀の出会いであったが、この時点では当人たちを含め、そのことを知る者はいなかった。

 

 そして一刀は、あまりにも色々なことが一遍におこったことによる疲れもあり、猛烈に襲ってきた睡魔に任せて、深く意識を落としていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一刀が眠り、規則正しい寝息を立てるようになった後。

 

「寝ちゃったか……。本当に見ず知らずの相手の前でこうも無防備に眠るとはね。まったく、豪傑なのか考えなしの馬鹿なのかわかんないよ。それにしても最初は身包みだけ剥いで放っておこうかとも思ったけど、なかなかどうして面白い拾い物をしたよ。」

 

 独白するように少女は続ける

 

「うん、起きるのを待つ選択をしたの正解だね! 東夷から来たなんて言ったけど、明らかに嘘を言ってるみたいだし、いったい何者なのかな? 服装を見るにどこかのお忍び貴族かとも思ったけど、そうでもなさそうだし、興味深い」

 

 そのまま目の前の焚火をいじりつつ少女が呟く。

 

「まぁ明日以降、少しずつ聞き出していけばいいか、たぶんあの様子だととんでもない秘密を持っていそうだし。本当に“奇貨”なら十分に利用させてもらうとしようじゃないか。でももし、取るに足らない程度なら……まぁその時はその時考えればいいかな!」

 

少女の言葉は誰の耳にも届くことなく荒野の闇へと消えていった。

 

 

 

 




人物紹介

衛弘(字 子許) 真名:燕(えん)

オリキャラその1
一刀が外史にきて初めて出会った少女。
商人としての一刀のビジネスパートナーとなるキャラ。破天荒な行動を好む。

演義では、曹操の反董卓の挙兵を即答で支援した陳留の豪商。
なお正史では登場しない人物。
一応正史にはモデルとなった人物と思しき武将はいるが、本作では演義ベースの商人です。


オリキャラはあんまり出さない予定ですが出た際には随時あとがきに載せていきます。

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