真・恋姫†無双 北郷一刀・商人ルート 天下も金の回りもの   作:MATSUKASA

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ちゃんと書きたいことをすべて書けたか不安です。
この章だと一番重要になる話かもしれない。


10話 邂逅 嘘から出た実

 

 

 衛弘の名乗りを受けてしばらく沈黙した空気の中、真っ先に声を上げたのは諸葛亮であった。

 

「はわわ……どうして衛北商会の総裁と副総裁の御二方がこのような場所に!?」

 

「あわわ……」

 

 彼女の口から出たのは至極真っ当な疑問であった。

 この大陸において今や他の追随を許さないほどの力を有する、衛北商会。その頂点ともいえる2人が揃ってこのような田舎の義勇軍を訪れている。

 

 ありえない。

 

 彼女がそう考えたのも無理はないだろう。

 彼女の隣に控える龐統も同じ考えであった。彼女も目をパチパチさせながら信じられないものを見るような眼を目の前の2人に向けている。

 

「ふふふ、孔明ちゃん。物事のすべてに理由を求めちゃいけないよ。大切なのは事実、目の前にある現実なのだよ! まぁ、ここに私が来た理由を強いて挙げるとすれば……昨日のご飯がおいしかったから……かな!」

 

 軍師達の困惑を面白がるように衛弘はカラカラと笑いながら思いついたように適当な理由を口にした。

 

 あまりに真意が読めない口ぶりであるが、彼女の言うことにも一理ある。

 

 諸葛亮達にとって、彼女がどうしてここに来たのかという理由はさほど重要ではない。衛弘がどんな尤もらしい理由を述べたところで、それが本当なのかを諸葛亮達が確かめることはできないのだ。

 

 であれば、今するべきなのは”いまこの場に彼女たちがいる”という事実にどう対処するかを考えることだ。

 入ってきた2人の服装、そして堂々とした振る舞い。

 諸葛亮達から見て、確かに信じられない事態ではあるがこの2人が騙りをしているとも思えない。

 今、自分たちの前にいるのはあの”衛子許”と”北郷一刀”なのだ。

 

 少ない時間であったが、諸葛亮と龐統はそのことを確信し、すぐに自らのすべきことを実行した。

 

「申し訳ございません、よもや御二方ほどの方が私たちのような無名の義勇軍を訪ねてこられるとは露とも知らず、とんだご無礼をいたしました」

 

「ねぇ雛里ちゃん。ちょっと話についていけないんだけど……子許ちゃんと助平さんってそんなに偉い方だったりするの?」

 

「……桃香様、この二方は先ほど話していた衛北商会の当主とその懐刀と評される方です。特に北郷様は衛北商会の服を一手に取り纏める稀代の切れ者と呼ばれています」

 

「ええーーー!! 北郷様ってあの”衣服王”って呼ばれる?!」

 

「鈴々達の服もみーんなこのお兄ちゃんが作ったのかー!? すごいのだ!!」

 

「ふむ、なぜそのような方々が我々の陣を訪ねられたのか? 全くわからんな」

 

 

 直ぐに衛弘に向けて非礼を詫びる諸葛亮。

 その横ではいまいち状況が理解できていなかった劉備をはじめとする三姉妹が龐統に今の状況を聞いていた。

 

「いいんだよ、孔明ちゃん! 急に来たのはこっちだからね。こうして玄徳ちゃんと会わせてもらったお礼を言いたいくらいだよ。……ああ、それと玄徳ちゃん達も気を付けてね。一刀は可愛い子を見ると、その全身を嘗め回すように見つめて採寸してしまうという悪癖があるから」

 

「「「ヒッ!!」」」

 

 笑顔のまま衛弘がそう言うと劉備達は小さな悲鳴を上げ、一刀から体を隠すような仕草をした。

 

「燕、頼むからそういう話を広めるのはやめてくれ。前にも孟徳殿に白い目で見られたぞ……。ああ、玄徳殿達も俺にはそんな特殊な技能も悪癖もないから安心してくれ。それに俺は巷で噂されてるほど大層な男じゃないよ。様付けも必要ないし、気軽に一刀と呼んでくれ」

 

 以前にも同じような扱いを受けたことがあった一刀は特に慌てることもなく衛弘をたしなめた後、劉備達に爽やかな笑顔を向けながら誤解を解くように話した。

 流石は北郷一刀である。

 一切邪気のない笑顔でそう語りかけたことで、劉備達も先ほどのことは誤解であると安心して見せた。

 

「むぅ、少しくらいは慌ててくれないと私が面白くないじゃないか」

 

「ご期待に沿えず失礼しました」

 

 期待通りにいかない一刀の反応に口をとがらせる衛弘に一刀はハイハイとそれを軽く流して見せる。

 

 こちらに対して取り立てて礼儀を強いてくる様子のない2人の様子に、彼らの素性を知ってから緊張していた空気も霧散し、今はむしろ穏やかな雰囲気にこの場が包まれていた。

 こうなることも衛弘は計算しての発言であったのかと、諸葛亮と龐統は考えたが、どうも目の前の彼女を見る限り、本心から楽しんでいるだけに見える。

 

(考えすぎ……かな?)

 

 だが、もしこの様子や仕草のすべてまでこちらの警戒を解くための計算であるとすれば・・・もしかしたら自分たちは今ものすごい怪物を前にしているのではないか・・・

 

 それは杞憂であるとは思いながらも、軍師の2人にはぬぐい切れない不安が胸に浮かんできた。

 

 

「まぁ、おふざけはこのくらいにして…………そろそろ本題に入るとしようか。私たちも君たちに用があってここに来たのだからね。立ち話もなんだから座らせてもらってもいいかい?」

 

「あっ、すみません。どうぞお掛けください」

 

 和やかな雰囲気になったところで衛弘がそう切り出すと、劉備は慌てて自身の前の席を指し示した。

 

 それをきっかけに軍師2人も顔を引き締める。ここからが、本当の交渉であると理解したからである。

 

 初手はあまりにも予想外すぎる事態に無様をさらしてしまったが、衛弘達の訪問は劉備軍にとって天啓となる好機なのは間違いない。

 何としても劉備軍にとって利のある話にしなければいけない・・・。

 

 諸葛亮と龐統は思考を軍師のそれに切り替えて、2人の巨人との刃を交えぬ戦いに覚悟を決めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私達も暇というわけではないからね、単刀直入に用件を伝えさせてもらうよ。ここに来たのは君たちに協力をお願いしに来たのだよ」

 

 席に座り、改めて劉備と対峙した衛弘は開口一番にそう告げた。

 ちなみに座席は衛弘と一刀が隣で座り、衛弘の正面には劉備、その両脇に諸葛亮と龐統が座るという形になっている。

 そして関羽と張飛は劉備の後ろに立って控えている。

 

 正直、疲れて立っているのもしんどかった一刀にとっては座れたこと自体が非常に有難いことであった。ただ、そんな無様を見せるわけにもいかないので当たり前といった様子で座っているが。

 

「……それは私たちを雇いたいということでしょうか?」

 

 龐統が衛弘の真意を測るように、おずおずと口にした。

 

「話が早くて助かるよ……端的に言うとそういうことになるね。勿論、協力してもらう以上、こちらからは君たちに十分な支援をするつもりだよ」

 

「それはこちらとしても非常に有難い話です。お察しの通り、今の私達は物資の不足している状況です。官軍の支援者である衛北商会から支援を受けられるのであれば、すぐにでも飛びつきたいお話ですが……協力するにあたっての条件についてお伺いしても?」

 

 諸葛亮はあえて劉備軍の現状を伝えることで、相手の本当の目的を聞き出そうとする。

 

「……本当に玄徳ちゃんはいい軍師を揃えているね。孔明ちゃんが言う通り、こちらから支援をするにあたっては君たちにはしてもらいたいことといくつかの条件がある。一刀、説明してもらえるかな?」

 

 事前の打ち合わせの通りの展開であり、一刀はすぐにこちらの要望を整理して劉備達に伝える。

 

 一刀たちが出す要望は以下のとおりである。

 

 ・劉備軍には冀州に入ってもらい、黄巾党の本隊との戦闘に参加してもらう。

 ・また、その戦闘の際にはこちらの指示に従って動いてもらう。

 ・上記の行動をするにあたって必要になる兵糧やその他に関してはすべて一刀たちが支援を行う。

 

 一刀がこの要望を伝えたとき、劉備軍の面々ははっきりと顔を顰めた。

 

 最初の要望に関しては何も問題ではない。

 劉備達は元々、黄巾党の討伐のために軍を興したのである。その本隊と戦うことはその目的にも合っている。

 しかし、問題はその次の要望である。

 ”戦闘に際して指示に従ってもらう”これはつまり、一刀たちの指示で動かなければいけなくなるということだ。

 黄巾党の本隊となれば、かなりの大軍勢である。それと戦うのに指示に従えと言われてしまえば、彼女たちの意向次第で劉備軍は使い捨ての矢除けのように使われたり、無謀な作戦の駒にもされる可能性があるのだ。

 

「それは、私たちの軍の指揮権をそちらにお渡しするということですか?」

 

 諸葛亮が抱いた懸念を聞く。

 

「いや、君たちにうちの指揮下に入れというわけではないよ。私も一刀もただの商人だからね。金と物の動かし方は知っていても、軍に関しては全くの門外漢だ。軍としての行動の指揮は君たちに任せるさ。ただ、その行動の中で1つ、こちらが提示する目的を果たして欲しいのだよ」

 

 衛弘は彼女たちの懸念を見透かしたように、それを即座に否定した。

 

「目的? それは一体?」

 

「ああ、それがこの話の本題になる。黄巾党本隊との戦闘の中で、こちらが指定する3人を保護してもらいたいんだ」

 

 劉備達の示した疑問に対して待っていましたと言わんばかりに、一刀が答える。

 ここからが一刀たちが出す要望の核となる部分だ。

 今回、その説明については一刀に一任されている。

 

 一刀はこちらの思惑のすべてが相手にばれないよう、それでいてこちらのしたいことははっきりと伝わるように言葉を選びながら本当の要望を説明した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、黄巾党に攫われた3人の少女を時機を見計らって私達で保護してほしいということですね……」

 

「ああ、そのうえでその少女たちをこちらに引き渡してもらうことが条件になる」

 

 ・商会が独自に黄巾党を探る中で、その中にある高貴な身分の子女が捕えられていることを掴んだ。

 ・その少女達を戦闘の最中に救出し、保護してほしい。

 ・黄巾党の内部に商会のものを何人か潜入させるので、戦闘が始まったら折を見てその少女たちを脱出させるようにする

 ・それを劉備軍で保護し、想定される敵の追撃から守ってほしい。

 

 大まかに説明すれば、以上が一刀の説明したことである。

 

「無関係の子たちを捕まえているなんて許せないよ! そういうことならこちらとしても協力するべきだよ朱里ちゃん!」

 

「ああ、桃香様の言う通りだ。無垢な少女達を拐かすとは黄巾党め、何たる無道! 見逃すことはできん」

 

 一刀の説明を受けて、劉備と関羽は強い正義感から憤りを口にする。

 

「はい、確かに桃香様と愛紗さんの仰るように見過ごせないことです。ですが……少し気になることが」

 

 劉備達の言葉を受けた諸葛亮は一度肯定で返した後に、言葉を濁した。

 彼女とてもし本当に黄巾党がそのような無法を働いているならばその被害者たる少女達の救出に協力することに異論はない。

 

 感情では彼女も同意していた。しかし、軍師として肯定するにはどうしても一点気にかかるところがあったのだ。

 

「その少女たちの素性についてかい?」

 

 またしても諸葛亮の懸念を言い当てるように衛弘がズバリそれを指摘した。

 

 彼女の言う通り、諸葛亮が気にかかったのは救出する少女達が何者かということだ。

 衛北商会のトップたちが動いてまで助けようとする少女達。それがただの村娘でないということは明らかである。

 一刀は先程、その少女達を高貴な身分といったが、大陸随一の財力を有するといってもいい彼らがここまでして助けようとする存在だ、気にしないなんてことはできなかった。

 

「彼女達の素性については、高貴な身分な子たち。これ以上に今話せることはない。それで察してもらえると助かる。都で商売をしていると、どうしても朝廷の権力と関わることも多くてね・・・どうしても表立ってできないことも出てくるんだ」

 

 「一刀! いくら君でも話しすぎだよ……」

 

 こちらの懸念に応えようと必死に言葉を探しながら口にした一刀に隣の衛弘が鋭く釘を刺した。

 

「すまない、燕。口が過ぎたようだ。……というわけなんだ玄徳殿。彼女たちの素性についてはあまり詮索しないでもらいたい。それにそれは君たちの為でもある。”一度飲んだ水はそのまま吐き出すことはできない”情報も同じだ、一度知ってしまえばそれを無かったことにすることはできない。知るという行為だけで災いを呼ぶことも、ままあること。……これで察してもらえると助かる」

 

 こちらを気遣うようにして忠告を口にした一刀。

 その言葉を聞いて諸葛亮は今の状況に納得した。

 

 知るだけでただでは済まなくなる身分の少女の救出。

 

 今回のことは衛北商会にとってもかなり秘匿性の高い行動なのだろう。それ故に可能な限り、このことを知る人は極少数でなければいけない。

 

 この交渉に態々、目の前の2人、商会のトップが足を運んだのはそう言った事情なのだろう。

 今まさに、一刀の発言をたしなめた衛弘の様子からも諸葛亮は自分の考えが間違っていないと確信した。

 

 朝廷内における血なまぐさい政争は彼女も聞き及ぶことはある。その中に少なからずかかわっている衛北商会であれば、そういった事情があるのも頷ける。

 

 これほどまでに秘匿される少女達の身分。

 朝廷の有力者の縁戚か、それとも商会にとって都合の悪い人物の関係者か、それとももっと公にできない身分、例えば皇室とつながるような・・・

 

 そこまで考えたが諸葛亮は想像を諦めた。

 いくら自分で考えたことで答えが出ないと思ったのもそうであるが、好奇心は猫を殺すともいう。

 

 それほどの情報であれば、無名な弱小勢力に過ぎない自分たちでは手に負えない情報である。知ってしまえば、それだけでいらぬ思惑の中に放り込まれるかもしれない。それを見越しての先ほどの忠告だったのだ。

 

 あくまで私たちはその少女の身分については知らないし、知ろうともしない。ただ、黄巾党に捕まった少女達を助けただけである。

 

 そういった姿勢を貫き、一刀の提案に乗るべきである。

 今の劉備軍にとって一刀の提案は天からの救いの手に等しい。身分を詮索しないことを条件にその手を掴めるのであれば安いものである。

 

 諸葛亮がそう結論付けて龐統を見ると、彼女も同じ結論を持ったようにしっかりと頷くのが見えた。

 

「最後に一つだけお伺いしてもよろしいですか。何故、私たちなのでしょうか? 正直なところ私たちはこの幽州で幾度か黄巾党との戦いはしてきましたが、その名前が都にまで届いているとは思えません。それなのにどうして子許様は私たちのところに来られたのですか?」

 

「尤もな疑問だね。悪口ではないけど確かに今の君たちは無名の義勇軍だろうね。都でも名前にあがるようなことはない。でも、私たちは君たちを知っていた。どうかな、孔明ちゃんと士元ちゃんには心当たりがあるのじゃないかい?」

 

 それに事が事だから、官軍には頼みにくいってのもあるからね。

 

 事前に決めていた理由なので、澱むことなく衛弘はそう言い切った。

 彼女に話を振られた、諸葛亮と龐統は自分の中にすでに心当たりを持っていたのだろう。衛弘の言葉に特に驚くこともなく、むしろやはりといった様子であった。

 

「なるほど篝里ちゃん(徐庶の真名)でしたか。どうりで……。これで得心がいきました。桃香様。一刀さん達の提案、受けるべきかと思います。ここで得られる支援は私たちにとって非常に有り難いものですから」

 

「ありがとう、朱里ちゃん!そうだよね、そんな困ってる子たちを見過ごすことなんてできないよね! ……一刀さん、子許さん、私たちはその提案受けさせていただきます」

 

 軍師の賛同を得た劉備は満面の笑みでそう告げると、おもむろに衛弘に手を差し出してきた。

 

 「ありがとう、玄徳ちゃん。それじゃこれで契約は成立だ。私の真名は燕(えん)。私は真名に誓ってこの契約を違えないことを約束しよう」

 

「はい、私の真名は桃香です。燕さん、一刀さんも私のことは真名で呼んでください。必ずその子たちを黄巾党から救ってみせます!」

 

 こうして一刀達と劉備軍の契約は成立した。

 互いに真名を交し合って約束したのである、これ以上にないくらいに強固な関係が築けたといえるだろう。

 

 万事うまくいったその様子を横目で見る一刀は、無事に済んだことへの安心と満足感を覚えた。

 

 しかし同時に、非常にほほえましい光景である劉備と衛弘の固い握手を見ていると自分の中にありえないはずの感情が胸の奥から湧いてきたことに気づき、一刀は困惑した。

 

 感動や喜びではない。むしろそれとは真逆といってもいいようなドス黒い感情。

 

 しかしそうした感情がなぜ今、自身の胸に去来しているのかは一刀本人にもわからなかった。

 ただ今はその感情を押し殺すべく、一刀はできる限り劉備と衛弘の姿を視界に入れないように努めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 契約が成立してから劉備達はあわただしく準備を始めた。

 久しぶりの全軍での行動になるため、兵を取り纏めなくてはならない。すぐに関羽と張飛が陣へ向かい兵士たちに指示を出しに向かった。

 

 そして残った軍師達は衛弘と今後についての細部を詰める。

 

 支援物資の引き渡しは冀州に入った後、冀州内の商会の拠点を通じて迅速に行うこと。

 黄巾党との戦闘は劉備軍単体では厳しいので、冀州の黄巾党を討つべく展開をしている官軍、曹騎都尉と朱中郎将の麾下、に合流して戦ってもらうこと。

 その合流にあたっての折衝は衛弘がつけること。

 

 以上のことを手早く取り決めた。

 

 その中で軍師の龐統は、「今の劉備軍は官位を持たない流浪の軍。官軍と合流すればその指揮下に組み入れられて自由な行動ができなくなるかもしれない」との懸念を口にしたが、これは衛弘の持ってきた”手土産”によって解消された。

 

 衛弘が彼女たちに渡したのは1枚の赤い旗。この旗が何を意味するのかを2人の軍師はすぐに察した。

 

 蚩尤旗(しゆうき)。

 濁りなき真っ赤なその旗は、朝廷に属する軍。すなわち官軍であることをこれ以上なく示すものである。

 

 何進へ根回しをしてその旗を手にしていた衛弘はそれを掲げるように伝えた。

 

 「この旗さえあれば、君たちは自由に冀州へ入ることもできるし、うちからの支援も堂々と受けることができるよ。勿論この旗は偽物なんかじゃない。私が何大将軍閣下から直接下賜された正真正銘の官軍旗だ。それを掲げれば君たちの行動にケチをつけるような輩はいないし、むやみに官軍に取り込まれたりしないはずさ」

 

 至れり尽くせりの彼女の配慮に軍師達は深く礼をすると共に、この蚩尤旗すら手に入れて見せた彼女の手腕に脅威を覚えたのであった。

 ただ今は、彼女たちが自身の協力者となったことに感謝するだけであったが、今後、彼女たちの敵に回るような勢力が出てこればこれほど恐ろしい相手はいないと恐怖も覚えた。

 

 そんな軍師達の隣で、劉備は自分が夢に見た理想の実現にこれ以上ない力を手にできたことに感激し、激しく衛弘に抱き着くと泣き出しそうな勢いでお礼をしていた。

 その際、彼女の胸に強く顔を押し当てられる格好となった衛弘はしばらく抵抗するような素振りをしていたが、感激のあまりに昂った劉備はさらに衛弘を抱きしめる腕に力を入れ続けた。

 

 しばらくして、劉備の胸に顔をうずめたままの衛弘の手足から力が抜け、彼女が人形のようにされるがままになったところで慌てた周囲が劉備を諫めて、事なきを得た。

 

 この時のことを彼女はこう振り返る。

 

「いやーあの時はさすがに死ぬかと思ったよ!どうしようもないくらいに純粋な好意を向けてくるから無理に拒むのも気が引けて、遠慮気味に抵抗したんだけどねー。桃香ちゃんのあの胸はまさに凶器だよ。平和のためにはまずあの胸をどうにかするところから始めないといけないね」

 

 

 

 なにはともあれ、当初の目的を達成した一刀と衛弘は、こちらもするべき準備があるので、冀州の官軍と合流する前に再会する場所を取り決めて、一旦、劉備達の下を去ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 準備の為に劉備軍から離れ、冀州へと入った一刀と衛弘。

 あたりには2人しかいなくなった所で衛弘が口を開いた。

 

「いやー思った以上にうまくいったねー。流石は一刀が見込んだ子たちだね!」

 

「孔明殿にもうまく誤解してもらえたし、これで三姉妹のことが広がる心配もなくなったというところかな」

 

「あの時の一刀の口ぶりはなかなかだったね!あんな言い方されたら、孔明ちゃんも気づかずにはいられないね。それに士元ちゃんも」

 

「うまい具合で燕が助けを入れてくれたからな。それにもしかしてこうなることを見越して自ら交渉に来たのか?」

 

 劉備軍との交渉の中で浮かんだ疑問を一刀は尋ねた。

 

 諸葛亮と龐統はこうして衛弘と一刀が直接足を運んだことも、三姉妹の素性と結び付けて、より自身の考えを強めたはずである。

 それに一刀は気づいたとき、この無謀ともいえる2人での訪問を提案したのも、三姉妹の身分をより強く隠すための布石ではないかと考えたのだ。

 

 もしそうであるならこの少女はどこまで深く考えてこんな行動を起こしたのか・・・。

 

「んー、それはどうかな一刀。私自身が訪れること、そして三姉妹の明かせない身分。この2つのわからない事象。一見して関係がない点と点。これをうまく結びつける思考ができるほど相手が優秀でないと一刀の考えは成立しないからね。ただまぁ今言えることは、孔明ちゃん達が優秀でよかったよ、ってことくらいかな」

 

 それはもう答えというのじゃないか。

 

 諸葛亮と龐統は優秀だ。優秀だからこそ気付いてしまう。

 目の前に差し出された不可解な2つの事象。その2つが実のところ1つの線で結ばれているのではないかということに。

 

 そして、その気付きに自身の頭脳に少なからず自負を持つ彼女たちは自信を深める。結果として、真実とは少しずれた勘違いが強固に形成されてしまった。彼女たちが並みの人であればそもそも気付けなかっただろう。

 しかしこれは彼女たちが悪いわけではない。むしろ再度になるが彼女たちは優秀すぎる頭脳を持っていたのだ。

 惜しむべくはそのわからない事象を含めた思考のための情報がすべて、相手によってもたらされたものであるからだ。

 

 頼りとなる情報が巧みに操作されたものであっては、どうあっても真実にたどり着くことはできない。

 正しい情報があってはじめて、正しい判断は下せるのである。

 

 やはり自分の考えが間違っていなかったことを思い知った一刀は、その上で考える。

 結果として衛弘は相手を騙すようなことをすることになったが、それは何の為であったのか。

 

 ただ単純に自分たちが黄巾党の首魁と思われる人物を保護しようとしていることを隠す為ではないだろう。

 

 一刀は考える。

 

 軍議の場に案内されるまでにみた劉備軍の様子から見て彼らが抱える苦境は一刀の目にも明らかであった。

 腹を空かせ、戦えないことに愚痴をこぼす兵士。

 あのまま行けば、劉備軍は遠からず崩壊に近い事態になっていたかもしれない。少なくとも一軍としての立派な機能を果たすことは難しくなったはずだ。

 

 であれば、今回の一刀たちの申し出は彼女たちにとって初めから断れないものであったはずだ。

 

 たとえ、その条件が黄巾党の首魁かもしれない人物の保護であったとしてもだ。

 

 もし、そのことを率直に彼女たちに伝えたらどういった反応が返ってくるだろうか。

 関羽や張飛は間違いなく反対するだろう。彼女達はそういった曲がったことを良しとする人物ではない。

 しかし、諸葛亮や龐統はどうだ。

 

 彼女たちは間違いなく劉備軍の窮状を最も正確に把握していたはずだ。その為、その現状の打破のためには、迷った末に実利を取るために了承を進言する。

 そして、臣下に挟まれて決断を下すことになる劉備は大いに心を痛める。

 自軍の兵士の為には濁りも受け入れなければいけない、でもその濁りを受け入れるのは個人的にもしたくない。彼女ならそう思うだろう。

 

 そしてどちらの決断をしたとしても、彼女はこの先ずっとその痛みを背負うことになる。

 

 衛弘の嘘は確かに自分たちにとっても有益なものであったが、同時に劉備軍の不和を防ぎ、劉備の心を守るものでもあったのではないか・・・

 

 そして一刀は、自身と衛弘が初めて出会ったときのことを思い出した。

 あの時、彼女は嘘が嫌いだといった。しかしそれでも一刀がついた嘘は嫌いじゃない、そしてその人柄を好きだっと言っていた。

 

 彼女が嫌う嘘とは相手を貶めるための嘘であり、そして一方で好きな嘘は相手を守るための嘘なのだろう。

 今回の彼女の嘘はどこまでも優しい嘘だったじゃないのだろうか。

 

「やっぱり燕は優しいんだな……」

 

「ん? 一刀がどうしてそう思ったのかは聞かないでおくけど、まぁ賛辞は素直に受け取るとしようか!」

 

 一刀が自身の思いを口にしても、しらばっくれる様に笑う彼女。

 どこまでも先を見通し、それでいてどうしようもないくらいに優しいこの少女の隣にいられることに、一刀はこの世界に自分を送った神がいるなら今はそれに感謝をしたい気分になった。

 

 

 

 

 

 

「それはそうと、一刀。私と桃香ちゃんの握手を見ているとき君は何を思っていたんだい?」

 

「……気付いていたのか?」

 

「私が気付かないとでも思うのかい? 前にも言ったけど私からすれば一刀の感情は分かりやすすぎるよ」

 

 一通りの話が終わったところで、衛弘が出してきた話題に一刀は一番指摘されたくない気持ちを突かれて、一瞬硬直した。

 

「そんな私からすればあの時一刀が抱いた気持ちが何なのか手に取るように分かるけど……どうやら一刀はまだその答えに気づいていないようだね。なら、一刀が自分で気付いたときに答え合わせといこうか!」

 

「……分かっているなら教えてくれてもいいだろ?」

 

「いーや、だめだね! 今の君じゃ私が指摘してもその気持ちを素直に受け入れられないと思うんだ。これは君が自分で気付かないといけない気持ちだと思うよ。まぁ、この先も彼女達とは関わっていくことになると思うから遠からず一刀にもわかるはずさ!」

 

 どうやら一刀も自分の中で整理できないでいた感情を、衛弘は既に知っているようである。

 一刀以上に一刀のことを知ったようにしながら、それを教えようとしない彼女に一刀は拗ねたように返した。

 

 劉備を見たときに自分の中に生まれてきたあの感情。

 それが何なのか今の一刀には考えもつかない。あれはどう見てもあの場面で抱くべき感情ではなかった。

 

 自分でも自分のことがわからない一刀は困惑し、苛立つ。

 

「まぁ人生の先輩として1つ助言をするとすれば、人はふとした時に自分でも理解できない感情を持つんだ。そして……人はそれを”恋”と呼ぶんだよ!! ひゅーひゅー、一刀も桃香ちゃんを狙うなんて隅におけないねー。このこのー」

 

「ふざけるのはやめてくれ、俺だってこの気持ちが恋なんてきれいなものじゃないくらいのことは分かってるよ。……大体、隣に燕がいるのに俺がほかの人に恋するわけないだろ」

 

「え?」

 

 茶化すように肘で小突いてくる衛弘に、自身に対して苛立っていた一刀は若干強い口調でそう返した。

(こっちが真剣に悩んでるのに、何言ってるんだ)

 

 そう考えて、意識せずに言葉を発した一刀は気付かない。

 

 一刀の思いがけない言葉を聞いた隣の衛弘は、耳まで真っ赤にして俯いているということに。

 

 こうして、真っ赤になって黙る少女と自分に苛立ち頭を悩ませる男の旅路はそのまま冀州の商会の店舗に着くまで続くのであった。

 

 そして終ぞ、一刀は自分が口にした言葉が衛弘に与えた影響には気付かないのであった。

 

 意外にも彼女は人に好意を伝えるのは得意であったが、率直な好意を自分に向けられるのは不慣れであった。

 

 

 

 




この作品での戦闘描写には期待しないでください。

一刀と他の恋姫との絡みも書いていきたいのですが、それを書くと話が進まなくなってしまうんですよね。
本筋に関わる絡みはいいんですけど、話を進める為にはそれ以外はなかなか書けないのが辛いですね。

ある程度話を進めて途中に入れるか、それとも完結まで書ききってから萌将伝みたいな感じで書くのか悩んでいます。
もしかしたら、欲求に負けて話をそっちのけで拠点パートみたいなものを書くかもしれないです。
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