真・恋姫†無双 北郷一刀・商人ルート 天下も金の回りもの   作:MATSUKASA

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13話 決戦 勝つ可からざるは守なり

 

 

 

 

 冀州の郡の1つである“鉅鹿”。そこの“広宗”の地にて官軍と黄巾党は対峙していた。

 洛陽を目指して進軍する黄巾党は進軍中にも州内で同志を迎え入れ、その数は当初の10万をはるかに上回り15万にも届かん大軍勢である。

 対して、迎え撃つ官軍は総指揮官、中郎将“朱儁”以下10万。参軍には騎都尉“曹操”。

 

 冀州にて黄巾の乱が発生して以来の大規模な衝突である。

 当初、黄巾党は荊州・豫洲、そしてここ冀州の3地点で蜂起。そして同時に洛陽内部に忍ばせた黄巾党の大方“馬元義”の手引きにて洛陽の市街で蜂起し、朝廷の混乱を目論んでいた。

 その混乱の最中に3州から一斉に洛陽へ進軍、一気に洛陽を陥落せしめんとしていた。

 

 しかし、大将軍“何進”によって馬元義は捕えられ、この計画は朝廷側に露見してしまった。

 これを受け、黄巾党の指導者である波才は一刻の猶予も許されないと考え、まだ冀州における集結の途中ではあったが打倒漢王朝を掲げ、蜂起を決意した。

 

 その判断には、近年は大きな戦もなく腑抜けているといえた今の官軍であれば現状の戦力であっても十分に洛陽を陥落できるという波才の計算があった。

 

 しかし、その算段はここに至って脆くも崩れ去っている。

 

 波才達と同時に蜂起した荊州・豫洲の黄巾党は、北上し洛陽を目指した。そして、洛陽まであと50里のところにまで迫ったところで、都から来た官軍に大いに破れ、敗走を余儀なくされた。

 

 ここで波才の考えに大きな誤算が生じたのである。

 確かに蜂起当初は士気で劣る官軍に対して黄巾党は数と士気を武器に無理やり突破していった。

 しかし、乱の発生に際して大将軍に任命された何進は各地の諸侯に檄を飛ばし、“官軍として黄巾党を討伐すべし”と諸侯を討伐に当たらせたのだ。

 

 都の官軍だけであれば破れると考えていたが、こうなってくると話が違う。

 都にいたまともに戦を経験していない官軍に比べれば、近年横行している賊の討伐などに常日頃から対処している各地の諸侯の軍は精兵と言えた。

 

 実際、荊州と豫洲から北上した黄巾党を叩いたのも、檄を受け取り涼州から兵を率いて洛陽に入った“董卓”という人物であったという。

 聞く話では、その董卓軍の一将である“呂奉先”は単騎にて3万超の黄巾党を破り、今の洛陽では彼女を「飛将軍」と讃えているという。また彼女を臣下として従え、黄巾党討伐の大義の為に兵を以て洛陽に入った董卓の名声は今や都の稚児の間にまで広まっているという。

 

 一方で、董卓によって散々にやられた荊州・豫洲の黄巾党は脱走者の続出もあって大きく兵を減らし、再度洛陽へ進軍することは困難な状況に陥った。

 

 こうして黄巾党は当初に用意した3本の剣のうち2本を早々に失うこととなった。

 

 今や黄巾党で纏まった軍として健在なのはここ冀州の本隊のみである。

 波才も荊州での敗戦の報を聞いてすぐに、自身の描いた戦絵図が根底から崩れたことを理解した。

 しかし、それでも彼には歩みを止めるという選択肢はなく、こうして単独でも洛陽へと進軍を続けたのである。

 

この地こそがこの蜂起の成否を決める場所である。

 波才はその覚悟と共にこの地に立っていた。

 

 期せずして、官軍側もそれは同じである。荊州と豫洲で黄巾党を破った今、残すはこの冀州の本隊のみである。これを破ればこの反乱に終止符を打つことができるであろうと。

 

 互いにこの地を決戦の地と定めた両者は暫く静謐を保っていたが、大地を埋め尽くさん黄色の軍勢から大きな銅鑼の音と割れんばかりの喚声が響き渡り、戦いの火蓋が切られた。

 

 

 

「……桂花、敵のあの突撃はどう見る?」

 

「は、おおよそ敵には指揮官と呼べる人物もなく緻密な作戦を展開するだけの力はないと思われます。ですので数と士気に任せた力業に出たかと」

 

「なるほど。もとより選択肢がない中では、確かに最も合理的と言えるかもしれないわね」

 

 

 官軍の本陣。

 前方の彼方から聞こえる雄叫びを聞きながら曹操と軍師の荀彧は敵の行動に対しての所見を述べた。

 

 黄巾党の突撃。確かにそれは兵法なども無視した強引な作戦ではあるが、もとより兵士としての訓練など受けた者はほとんどいない軍勢である。

 下手に軍を動かし、ばらばらになるくらいなら力を分散させる前にその数と旺盛な士気を相手にぶつけたほうがいい。

 敵の指揮官は賊とはいえある程度は自分たちを知っているということだろう。

 

「ですが華琳様。いくら無理な突撃と言っても敵はこちらよりも多勢。それに死すらも恐れないほどの気合を持っています。侮ればこちらも大きな痛手を被ることになります」

 

「ええ、分かっているわ。すぐに前線の春蘭へ伝令を送りなさい。敵の突撃を官軍の重装兵を以て食い止めるように。それと秋蘭には後方の弓兵を動かして、春蘭の援護に当たらせなさい。初撃が肝要となるわ。春蘭には、前線を決して崩さぬよう敵の勢いをいなしながら当たるようにも伝えなさい」

 

「御意!」

 

 荀彧の忠言に曹操は頷くと、手早く指示を下した。

 もともと想定されていた展開の1つであり、荀彧も特にその指示に言葉を挟むことも無く了承の意を告げるとすぐに伝令を手配するために動き出す。

 

「敵の突撃を食い止め前線が膠着した段階でこちらから仕掛けるわ。華侖(曹仁の真名)と香風(徐晃の真名)には騎馬隊と共に後方へ移動し、指示があるまで待機するように伝えなさい。それと……劉備にも伝令を送りなさい」

 

「劉備にですか?」

 

「ええ、“敵の突撃はこちらで抑える。敵の足が止まり次第、そちらの判断で左翼の敵に攻撃を仕掛けなさい”と」

 

「中央に盾、そして両翼にこちらの騎兵と劉備軍という剣で足止めした敵を崩すということですか……しかしそのような大役を劉備などに任せてよろしいのですか?」

 

 少ない指示から曹操の描いた絵図を理解した荀彧は、了承と共に軍師として当然の懸念を返した。

 こちらの騎兵を指揮する曹仁と徐晃の実力は荀彧も承知している。彼女達なら突撃を止められ、勢いを失った黄巾党に痛打をくらわすことはわけないだろう。

 

 だが、曹操の描く作戦ではその曹仁達と同様の働きを劉備軍も果たす必要がある。荀彧も一度彼らに会ってその軍を見たが確かに官軍の兵とは違い、各地で転戦してきたというだけはあってその練度は中々のものだとは思った。

 それでも、所詮は一介の義勇軍。曹仁達に如くほどのことができるとは思えなかった。

 

「彼女達も少なからずの騎兵を連れているようだったし、直接見たけれど劉備の連れている2将、関羽と張飛は中々の将よ。特に関羽は見た目も素晴らしいけど、春蘭に匹敵するほどの実力を秘めているように感じたわ。彼女達なら十分に此方の思惑通りに動いてくれるでしょう。でももし、私の眼に適わない程度の人物であれば、その時はその時よ」

 

「はぁ、華琳様がそう仰るのであれば異存はありませんが……」

 

 荀彧の疑問に、曹操は直接あった時のことを思い出したのか、楽しそうな笑みを浮かべながら楽観的な予想を口にした。

 しかし彼女はどこか、自身の期待が裏切られるようなことはないだろうという確信めいた様子でもあった。

 

 曹操が是というのであれば、荀彧としてもそれを無理に変えることはできない。

 少し歯切れの悪い返事で了承を返すと、加えて劉備にも伝令を送るように手配した。

 

 黄巾党の突撃によって開かれた戦端。

 両者の激突をすぐそこに迫り、官軍も慌ただしくその準備に動き始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほどなくして、劉備のもとに曹操からの伝令が届けられた。

 

「流石というべきですね、曹操殿は。黄巾党の本質をよく見抜いています。敵にあるのは勢いのみ。されどその勢いは侮れません。その勢いを官軍の兵を盾にすることで奪い、その後に精兵を以て敵を食い破る。きついところは官軍の兵に押し付けて、おいしいところは自身の麾下で持っていく。……こうして敵が迫っている現状、これ以上にない作戦かと」

 

 伝令の言葉を聞いた諸葛亮は曹操の作戦をすべて見抜き、その上で感嘆の言葉を口にした。

 

「しかし、そのおいしいところを我らにも委ねるとはその真意、分からぬな」

 

 諸葛亮の発言を聞いた関羽が考え込むような顔で小さく呟いた。

 彼女の言う通り、曹操の作戦は理解できたがその真意が分からないのである。

 

 勢いを止めた敵を破るという役目をなぜ曹操が自分たちに任せたのか。名を上げるために十分な武功が欲しい劉備軍にとっては願ってもないことではあるが、あまりにもこちらに都合がよすぎる。

 彼女の真意は一体どこにあるのか。関羽をはじめとした劉備軍の諸将はその点が気懸りであった。

 

「まぁ、華琳ちゃんは優秀な人材が大好きだからね。大方、桃香ちゃん達なら期待通りの働きをしてくれると見込んでのことじゃないかな。目に適う働きなら戦を優位に進められるし、もしそうでないなら気に掛ける必要ない相手だと判断がつく。そんなところじゃないかな」

 

 訝しむ劉備軍の面々に対して、衛弘はことも無さげにそう語った。

 当然のように彼女と一刀は本陣に居座っているが、これは彼女達に万が一のことがあってはいけないと軍師達が劉備に進言し、本陣への滞在を認めた為である。なので、この場に2人がいることに劉備軍の面々が疑念を持つことはなく、彼女の言葉は自然と皆に聞き入れられた。

 

「“英雄色を好む”とも言いますし、曹操さん程の方ならこの戦も単なる通過点に過ぎないと考えて、私達を試そうとしているのかもしれませんね」

 

 衛弘の言葉に龐統が控えめに返す。

 

「その通りだよ、士元ちゃん! 華琳ちゃんにとってはこの戦も自分の覇道の通過点に過ぎない。今後のことも考えて、自分の目をかけた相手が本当に有能なのか確かめよう……華琳ちゃんならそう考えるはずさ!」

 

 龐統の言葉に衛弘はまさに我が意を得たり!といった様子で同意してみせた。

 

 この面子の中で最も曹操のことを知る衛弘がそう言うのである。であれば、それ以上の理由を劉備達が考えてもここでその答えを出すことはできないだろう。

「なら、その期待には応えないと、だね♪」

 

 一同がそう考えたとき、中央に座る劉備が明るい笑顔で告げると他の将達も思考を切り替えた。

 

「はい、桃香様の仰る通りです。肝要なのは曹操さんからの指示を全うすることにあります。まもなく中央の官軍と黄巾党が激突すると思われますが、すぐに私達も動けるように用意をしましょう。鈴々ちゃんは騎兵を率いて、曹操さんが動くのに合わせて仕掛けられるように準備を。愛紗さんも機を見てすぐに行動ができるように用意をお願いします。私と雛里ちゃんは桃香様とこの本陣で戦局に応じて伝令を出せるようにしておきます」

 

「ああ、任された!」

 

「了解なのだ!」

 

 諸葛亮は素早く、今できることをするべく指示を発し、それを受けて各人は陣幕を後にしていった。

 どんな経緯であれ、この戦は劉備軍の飛躍の為にはまたとない好機である。そして同時に失敗は許されないものでもあるのだ。

 

 言われずともそのことを理解した各人の眼には迷いはなかった。ただ、信頼する軍師達の指示に従って己が役目を果たすことこそが求められるとわかっているのである。

 

 こうして、官軍と黄巾党の衝突を目の前にして劉備軍も用意を始めた。

 武功を立てて劉備の名をこの大陸に広める為。そしてもう1つ。衛弘達と交わした契約を全うするために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 官軍内でそれぞれが自身の思惑の為に動き出し始めてから間もなくして、黄巾党の先陣と官軍は激突した。

 

 途絶えぬ喚声を上げながら突貫する黄巾党をまず迎え撃ったのは予定通り曹操が誇る武、夏侯惇の率いる官軍である。

 

 盾を並べて敵の突撃の勢いを殺しながら、隙間から突き出した槍で少しずつだが確実に敵を屠っていく。

 徹底して守りを固めた官軍の兵士達を前にして黄巾党は攻めあぐねた。

 

 しかし、彼らの士気は依然として高いままである。

 最前線の兵士が盾につぶされ、槍に刺されてその体を大地に沈めても後続の兵士たちは突撃を止めない。

 倒れた味方を盾にするようにしながら敵に迫ると、強引に隙間なく並べられた盾を押し込むことで戦線を突破しようと試みたのだ。

 

 最初の激突を受け止められながらもがむしゃらに突っ込んでくる黄巾党に、装備で勝る官軍も無傷では済まなかった。

 並べられた盾が一箇所破られれば、そこに敵が殺到し横の兵士達へと襲い掛かる。

 数で勝る黄巾党は波才が事前に通達したように2人、ないしは3人で徒党を組んで官軍の兵士に当たっていった。

 

 そうして、激突してから半刻ほどの間に黄巾党は幾ばくか戦線を押し込むことに成功したのである。

 

 しかし、官軍を指揮する夏侯惇も流石であった。

 もとより官軍の兵では黄巾党を完璧に抑え込むことはできないと判断していた彼女は少なくない兵を後方に待機させ、戦線が破られそうになると巧みにそこへ増援を送り戦線の崩壊を食い止めた。

 また、さらに後方に控える夏侯淵指揮下の弓兵が増援に合わせて集中的に援護を行うことで黄巾党は一時的に戦線を突破しても深く食い込むことができず進軍を止められ、その間に増援が到着し穴を塞がれてしまった。

 

 まるで示し合わせたかのように連携が取れた夏侯姉妹の用兵を前にして、黄巾党は若干の前進はできたものの当初の突撃を食い止められてしまった。そして数刻の戦闘の後に、戦線は膠着することになった。

 

 まさしく事前に描いた通りに運んだ状況を見て曹操は手早く、自身の麾下である曹仁と徐晃の両名に伝令を飛ばした。

 また同時に右翼の中陣にて戦局を注視していた劉備軍も戦線の膠着を見て行動を開始した。

 

 こうして、大軍同士の衝突から始まったこの戦は次の段階へと進むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵の足は春姉が止めたっす! 今こそ反撃の時っすよー! 騎馬隊、私に続くっす!!」

 

「みんな華侖様を孤立させたらダメ。敵が正面に集中している間にシャン達は横腹を食い破る。……かかれ」

 

 うぉぉーと元気よく駆け出した曹仁、その背中をフォローするように配下の兵に的確な指示を出しながら徐晃も続いた。

 彼女達が指揮するのは虎の子の精兵である陳留兵。その中でも選抜された騎兵たちである。

 

 黄巾党はもともと、その殆どが農民である者たちだ。そのため、殆どといっていいほど騎兵はいなかった。また、これまで各地で村を襲ったりした際も騎兵と対峙するような経験もしてきてはいない。

 

 そんな彼らに突如として精鋭を誇る騎兵が横から襲ってきたのである。もちろん、前には依然健在の官軍が控えている。

 

 挟撃を受けた彼らは、大きく混乱した。

 無理やり前線を押し込むために密集するような形になっていた彼らは突然現れた横の騎馬に気付きはしたものの、すぐには反応することができない。

 結果として無防備と言ってもいいほどの横腹を敵に晒すことになったのである。

 

 そして右翼で曹仁達が黄巾党に仕掛けたと同時に、左翼に陣取っていた劉備軍も動いた。

 

「突撃なのだ! 黄巾党の連中は官軍に止められていく場所もないから、簡単に倒せるのだー!」

 

「鈴々を突出させるな! 左右の敵に注意しながら突撃を援護しろ!」

 

 体躯に見合わぬ巨大な得物“蛇矛”を振り回し、周囲の敵を一掃しながら突っ込んでいく張飛。彼女を孤立させないように援護しながら、確実に敵に痛手を与えていく関羽。

 

 右翼の曹仁達に勝るとも劣らぬ勢いで2人は突撃を止めた黄巾党を打ち破る。

 抗いがたい武の暴風に晒されることとなった黄巾党の兵はただ為す術もなく屍を大地に晒していく。

 

 こうして両翼から攻撃を受けた、余波は瞬く間に前線中央にまで伝わり黄巾党全軍は混乱し、恐慌状態へと陥った。

 

 そして、その隙を見逃す夏侯惇ではない。

 黄巾党が混乱状態になったのを確認した彼女は手早く官軍の兵をまとめ上げると、自らが先頭に立ち両翼の攻撃に合わせる形で反撃に打って出た。

 

 左右から、そして正面からも英傑と呼ぶにふさわしい将軍たちの攻撃を受けることになった黄巾党の前線はここに至って完全に崩壊することとなった。

 

 指揮系統もすでに機能せずただ各々が殺到するように逃げ出し、壊走する羽目になった彼らに待ち受けたのは蹂躙であった。

 

 初めの衝突から半日もたたないうちに黄巾の乱の最終決戦ともいえるこの戦はあっけない形で趨勢を決したのである。

 

 しかし、まだ戦は終わってない。

 黄巾党そして官軍の中、戦の決着を見たこの時をまって密かに動き出す者たちがいたのであった。

 

 

 

 

 

 

「凪、前線は官軍の挟撃を受けて崩壊状態や。徐々に逃げてきた兵士がこっちにも流れて来とる。このままやとあと半刻もせずにここまで先陣がやってくるで」

 

 黄巾党の中央付近。

 前線から味方の兵士の阿鼻叫喚と死に体で敗走してくる兵士に動揺が広がる陣内で李典は楽進に確認してきた前線の様子を報告した。

 

 ここから見える限りでも時折、前線で黄色い布を身に着けた兵士が空を舞う様子が見え、李典の報告が確かであることは確認するまでもなく明らかであった。

 

「うわー、あんなに人が飛ぶとこ初めて見たの-」

 

「沙和、今はそんなことを言っている場合じゃないぞ。私達もすぐに行動しないと壊走する黄巾党の中で身動きができなくなる。すぐに後方に移動しよう」

 

 暢気な声を上げる于禁に対して、楽進は事態の急変をみてすぐに行動するように告げた。

 

 そして楽進の言葉に、残る2人も気を引き締めるとすぐに行動を開始した。

 

 

 

 

 

 一方の官軍の左翼。劉備軍の本陣。

 

「申し上げます! 敵に突撃した関将軍と張将軍は敵左翼を大いに破り、中央の官軍も前進を開始したことで黄巾党の前線は壊走に陥りました」

 

 息を荒げながら、前線の様子を伝えに来た兵士の報告を聞いた諸葛亮と龐統は互いに一度見つめあい、頷くと今こそ好機であると告げた。

 

「うちの子達もそろそろ動き始めただろうし、ここらが頃合いだね! なら、善は急げだ。私達も行動を開始しようか!」

 

 軍師達の様子を見た衛弘がそう告げると、龐統が事前に示し合わせた通り、関羽に敵内から離脱するように伝令を送る。

 その様子を見ながら、隣の衛弘は自分も動き出そうと立ち上がったがそこで諸葛亮から待ったがかかった。

 

「お、お待ちください! 子許様に何かあったら私達は曹操さんに何を言われるか……。ここは愛紗さんに任せて子許様はここで待っていてくだしゃい!」

 

「そうだよ!燕ちゃんに何かあったら私曹操さんにすごーく怒られちゃうんだから!」

 

 まさか衛弘自身が動こうとするとは思っていなかった諸葛亮は彼女のしようとすることを先読みし、待ったをかけたのだ。

 思い出すのはこの戦の前。曹操との会談の最後の場面である。

 

 曹操は劉備に対して官軍の指揮官として衛弘の身柄を必ず守るように厳命したのである。この戦においてそれは唯一、曹操が劉備に対して下した命令でもあった。

 それを破れば、劉備が言うように怒られるだけでは済まないことは誰にも容易く予想がついた。

 

「むぅー、でも今回のことは元はと言えば私達から頼んだことでもあるわけだ。それなのに全部、桃香ちゃん達に任せっぱなしって言うのは無責任だと思うのだよ」

 

「それでも燕ちゃん達はもう十分私達を助けてくれたのだし、ここは私たちに任せてくれないかな?」

 

 依然として張三姉妹の救出に当たって自身も同行する気でいる衛弘であったが、劉備としてもここは折れるわけにはいかなかった。

 互いに譲らずこのままであれば話は平行線である。

今は一刻も惜しい時なのに、この状況ではまずい。諸葛亮と龐統がそう考えたとき、予想外の方向から助けがきた。

 

「まぁ落ち着け、燕。桃香の言うことも尤もだし、ここは従ったほうがいい。俺としても燕に危険な真似をされるのは困る……でも確かに桃香達に丸投げにするのもよくないな。だからここは俺が同行するということでどうだ? それだったら桃香達も許可できるだろ?」

 

 一刀が状況を見かねて妥協案を提案したのである。

 基本的に一刀は今回のことで何か劉備達に進んで口を出すようなことは控えてきた。それは自身の目の前にいるのが三国時代の英傑たちでありそこに入っていくのはためらわれたということが1つ、そしてもう1つが劉備達は努めて聞かないようにしてくれているが今回、一刀達が救出しようとしている張三姉妹の身柄は決してばれてはいけないということだ。

 一刀が何か余計な口出しをした結果、張三姉妹の素性が勘付かれるようなことがあっては全てが水の泡である。

 

 だからこそ、一刀は戦を前にしてからは不用意な発言を控えてきたのであるが、ここにきて進んで提案を行った。

 

 勿論、これには訳がある。

 衛弘が救出作戦への同行を言い出したのは何も興味本位のことではない。彼女は恐れたのである。救出の際、他ならぬ張三姉妹の口から彼女達の素性が露見するという可能性を。

 

 それを防ぐ為、張三姉妹と劉備軍が接触するときにはその場に居合わせて、最悪の事態を回避しようとしたのだろう。

 劉備達のことを思って三姉妹の素性を隠した彼女のことである、このことを危惧していないわけがない。

 一刀はそう考えた。

 

 しかし、場の流れを見るにそれを実行に移すのは難しそうであった。

 劉備や諸葛亮が言う通り、衛弘の身に何かあれば彼女達にとってそれは死活問題となる。

 

 戦の趨勢は決定したとはいえ、何があるのかわからないのが戦の常である。そんな危険な場所に衛弘が赴くのを劉備達が許容できないのは当然と言えた。

 

 それでも、三姉妹のことを隠し通す為には衛弘はどうしても同行したいと考えるだろう。

 

 そこで一刀は気付いたのである。

 

 ”これ、俺が行けばいいんじゃないか”

 

 幸い、一刀は衛弘と三姉妹の馴れ初めも知っている。そのことを話題に出せば三姉妹の信頼を得ることもまぁできるだろう。その上で彼女達には不用意な発言を慎んでもらう。

 いやむしろ衛弘が動けない今、それができるのは一刀しかいないだろう。

 

 そう考えての発言であった。

 

 一刀の言葉を聞いた劉備達は一瞬考えるような素振りを見せたが、譲ろうとしない衛弘を見るに妥協は必要かと考え、一刀の同行には許可を出した。

 当然であるが、一刀には十分な護衛をつけさせてもらい、可能な限り関羽の傍から離れないという条件を付けてではあるが。

 

 劉備達の了承は得られた今、残るのはあと1人である。

 

「むーー。一刀、自分が言っていることを本当にわかっているのかい? ここは戦場なんだよ。何があるのかわからない場所なのだよ。それを分かったうえでの発言なのかい?」

 

 ご立腹といった様子で衛弘は一刀に詰め寄った。

 しかし、それでもこれは必要なことだと確信している一刀は譲らない。ここでもし自分が引けばこの少女は無理矢理にでも自分が行くと言い張るだろう。

 

「はは、進んでその戦場に出ようとしていた奴に言われたくはないな。俺だって自分が戦の場で何かできるとは思っていないよ」

 

「……わかったよ。一刀がそう言うなら仕方ないね。でも約束しておくれ。絶対に無理はしないでね。無茶ならいくらでもしてくれても構わない……でも自分にできないこと無理だけはしないでくれ。一刀の身に何かあったら私は……」

 

 一刀の肩に両手を置き、真っ直ぐにその目を見つめながら有無を言わさぬ迫力で衛弘は静かにそう告げた。

 

「大丈夫だ、俺だってそれくらいは心得ている。無茶もしないように気を付けるよ」

 

 衛弘の真摯な気持ちに応えるよう、一刀もその目を見つめ返して真っ直ぐに返した。そんな一刀の様子に満足したのだろう、衛弘も一度静かに頷くと「よし! じゃあ頼んだよ!」いつもの通り明るい声で一刀の肩を叩いた。

 

 こうして一刀達と劉備軍も本来の目的の為に動き出した。

 

 

 ちなみに、目の前で熱く見つめあう姿を見せられた劉備達は、

 

「ほわー ……一刀さんと燕ちゃんってそういう関係なんだー」

 

「はわわ……」

 

「あわわ……」

 

 劉備は遠い目をしながら呟き、諸葛亮と龐統は顔を手で覆い隠しつつ、指の隙間から2人の様子を見ながら顔を真っ赤にさせていた。

 

 一刻を争うような事態にも関わらず、劉備軍本陣にはどこか違った緊張感が漂っていた。

 

 

 

 

 




すみません、1話で書くつもりが2話になりました、
続きは明日の同じ時間位に更新します。
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