真・恋姫†無双 北郷一刀・商人ルート 天下も金の回りもの   作:MATSUKASA

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すみません遅くなってしまいました。

お気に入り1000件越えありがとうございます。
今後も早めの更新を心がけていきますのでよろしくお願いします。



14話 決着 案ずるより産むが易し

 

 劉備達が動き始めた頃、黄巾党の陣内。

 

 前線での異変を受けて動揺が広がる兵士の合間を縫うようにして、楽進達3人娘は後方の本陣を目指して進んでいた。

 兵の流れに逆らうように進んでいく3人であるが、そこに疑念を挟む者たちはいなかった。

 

 それは3人の行動を怪しむほどの余裕が今の黄巾党の兵士達には無いというのが1つの理由である。しかしもう1つ理由がある。この3人は進軍の最中に黄巾党を鼓舞するような行動をしていたこともあって、軍内にあって彼女達を怪しいと思う者自体が殆どいなかったのである。

 

「まさか真桜と沙和の行動がこんな形で役に立つとはな……」

 

 想像以上に動きやすい現状に、楽進が驚きを含めて口にすると、李典と于禁の2人はどうだと言わんばかりに胸を張る。

 

 本当にこの2人が今の状況を予想していたのかは非常に疑わしくあったものの、現状、彼女達のおかげで楽進達が動きやすくなっているのは事実である。楽進は自信満々の様子の友人達に少し言いたいこともあったが、ここはぐっとこらえて、ひたすら足を進めていくのであった。

 

「事前に聞いた話やと、お目当ての3人は本陣後方の天幕にいるみたいやけど……、その前には本陣のとこを通らなあかへんよなー」

 

 足を止めないまま、李典は事前に兵たちから集めた情報をもとに再度目的の場所を確認するように口にし、そしてその中で懸念する点を小さく告げた。

 

 実は彼女達は衛弘から連れ出すように伝えられた時、目的の3人のことを詳しく知っているわけではなかった。

 彼女達が衛弘から伝え聞いたのは、「黄巾党のおそらく中心に近いところにいる3人の少女たちを戦闘のどさくさに紛れて連れ出してほしい」ということだけである。手がかりとして衛弘直筆の少女達の似顔絵を渡されてはいるが、この3人がいったい何者なのかということまでは聞いていなかった。

 

 当然こんな中途半端な指示を受けた楽進達は彼女達が商会とどういった関係があるのか大いに気になった

 

 しかし、衛弘がそれを言わないということは、自分たちが知るべきではないことなのだろうと楽進は考え、残りの2人にも言い聞かせた。

 

 この少女がいったいどういう人物なのかはわからないが、自分たちは任務を果たすだけである。

 

 そんな考えで楽進達は黄巾党の内部に潜入した。

 潜入してから、衛弘に渡された絵を見せながらにこっそりと黄巾党の兵士たちに尋ねて回り、色々と分かることがあった。

 

 曰く、

 この3人は張三姉妹という旅芸者であるということ。

 黄巾党の兵士の殆どは彼女達の追っかけであり、3人は黄巾党の中で崇拝に近いものを集めているということ。

 基本的に彼女達は軍の中でも後方、本陣よりもさらに奥のところで厳重に守られているということ。

 

 断片的な情報であったが、楽進達にも今回の任務のことが分かってきた。

自分たちがするのは黄巾党の精神的支柱とも呼べる少女達の誘拐なのだと。

 

 衛弘がどうして彼女達を連れてくるように言ったのか、その真意はわからない。繰り返しになるが、それは自分たちが知るべきことではないのだろう。しかし、この仕事が一筋縄ではいかないということだけははっきりと楽進達にも理解ができた。

 

「本陣を抜けて後方に向かう際、指揮官の波才に出会っては面倒なことになる。本陣を抜ける際にはできるだけ目立たないように……」

 

 楽進はこの仕事の困難さを改めて理解した後、李典の懸念に同意した。そして、考えられる最悪の事態を思い浮かべて注意するように言ったところで思いがけないところから彼女達に声がかけられたのだ。

 

「お前たち、ちょうどいいところに来た! 敵が反撃に出たようだが、前線の様子はどうであるか?」

 

 まさしく楽進が想定した最悪の事態に直面することになった。

 

 彼女達に声をかけてきたのはこの冀州黄巾党本軍の指揮官。波才その人であったのだ。

ここは本陣から少し離れた場所であるが波才は前線での異変を感じ取り様子を探る為に前に出てきていたのだろう。そこで偶然、前からやってきた楽進達を見つけ、声をかけてきたのだ。

 

 3人に緊張がはしる。

 

 楽進達が連れ出そうとする張3姉妹の傍に常に控え、もっとも彼女達を崇拝しているともいえるのがこの波才である。その為に兵士たちからの信頼も篤く、彼はこの黄巾党内において唯一、全軍に号令をかけられる男でもある。

 

 何があってもこの男には自分達の目的を悟られるわけにはいかない。

 

 楽進がそう考えた時、最悪のタイミングで出会ってしまったのだ。

 

「波大方!? どうしてこのようなところに?!」

 

「前線で大きな動きがあったと聞き、状況を知るために本陣を出てきたのだ。それで前線はどんな様子であったか?」

 

 楽進は心底驚いたように声をかけ、波才は特に驚いた様子もなくそれに答えた。

 

 幸い、今の彼の反応を見る限り自分達を怪しんでいるという様子ではない。まだ計画が露見したというわけではないことに、3人は胸をなでおろす。

 

 しかし、気を抜くわけにはいかない。

 今ここで彼に疑いをもたれることがあってはならない。

 

 楽進は気を取り直して波才の質問に答える。

 

「はっ、最初に突撃した我が方の先陣は敵の前衛に受け止められ、少し進軍したところで足を止められました。その後、機を見ていたと思われる敵の騎兵が両翼より我が軍に襲い掛かり、今こちらの前線は混乱しております」

 

「それで、兵士達も恐慌状態に陥ってこちらの指示も全く聞かなくなったの-。どうにかするために波才様に指示をいただきたくて沙和達がここに来たのー!」

 

 状況を簡潔に説明すると、すかさず于禁が補足するように今の自分たちがここに来た目的をでっちあげて報告した。

 彼女の機転に波才は、想像以上の事態に絶句しながらも「そういうことであったか」と納得する素振りを見せた。

 

「お前たちですら兵を纏められない状況となると、混乱は深刻というわけか……。どうであるか? 前線はあとどれくらい持ちそうか?」

 

「正直、あと半刻もしないうちに前線は壊滅する勢いや。そしたら敵は中陣にまですぐにやってくるで」

 

 考えるように改めて今後の見通しを聞いてきた波才は李典の言葉を聞いて再び絶句する。

 

「見誤ったか。まさかこちらの官軍にもそれほどの手練れがいようとは・・・。我らは・・・負けたということか」

 

 絶望したような様子で事態を理解した波才は誰に向けてというわけでもなく、天を見上げると悔やむように口にした。

 

「このままでは軍全体が崩壊します。どうかご決断を!!」

 

「……分かった。我らはこの地より撤退する。お前たちはこのまま本陣へと向かい、撤退の指示を出してくれ」

 

「波大方はどうされるのですか?」

 

「……これだけの規模の戦である。官軍も目に見える成果を得るまではこちらを地の果てまで追撃してくるだろう。そうなっては御三方にまで敵の刃が届くかもしれぬ。それだけは何があっても避けなければならない。私が前線に出て兵を取りまとめて、撤退の時間を稼ぐ。その間にお前たちは三姉妹の方々を戦場より離脱させてくれ。頼んだぞ。その後は……そうだな荊州の苑に張曼成率いる黄巾党が籠城している。そちらに向かってくれればいい」

 

 悲壮な決意を決めた顔で波才がそう告げると、楽進達3人は息を呑んだ。

 波才はこの地で死ぬ覚悟を決めたということがありありと伝わってきたのだ。

官軍の追撃を緩めるために指揮官としてここに残り、死ぬまで時間を稼ぐということだろう。また黄巾党の指揮官の首を挙げれば官軍とて十分な戦果として地の果てまで敗残兵を殲滅に行くということはしない。

 

 自身の命を以てこの戦のけじめとする。そして、なんとしてでも三姉妹をここから逃がす。

 波才という男の本質を垣間見た気分であった。

 

 「畏まりました!! 必ずや三姉妹の皆様を無事にここより離脱させて見せましょう!」

 

 「兵達をあれだけ鼓舞してくれたお前達ならできると信じての頼みだ。任せたぞ。それと……三姉妹の皆様に“お会いできて光栄でした。夢を果たせず申し訳ございません。あなた方の歌がこの大陸に響き渡ること心より願っております”、そう伝えておいてくれ」

 

 賊軍とは言え、今の波才は確かに一介の将としての覚悟を持った姿であった。

 彼のしたことは正しいことではなかったかもしれないが、今は死に向かう彼に敬意をこめて、楽進達は深く頭を下げて、最後の命令に了承を返した。

 

 黄巾党の最高指揮官である彼がここまで敬意を払う三姉妹とはいったい何者であるのか、再度そのような疑念が頭をよぎったが、努めてその疑念を表には出さないようにしながら楽進はしっかりと頷いた。

 

 「よし! 皆の者! 我らはこれより前線にて味方の救出に向かう! 動けるものは我に続け!!」

 

 「おう!!」

 

 楽進が頷いたところで波才はすぐに表情を指揮官としてのそれに切り替えると周囲にいる黄巾党の兵士たちに声をかけ、前線へと向かっていった。

 彼の覚悟が周りにも波及したのか、黄巾党の兵士たちも先ほどの混乱からいくらかは立ち直ったように返事をすると、その背に続いていった。

 

 「ええんか、凪? あないな約束して」

 

 「覚悟を決めた戦士の最期だ。せめて後顧の憂いがないようにしてあげるべきだろう。それに……三姉妹の身柄を守るということは私達の目的と同じだ」

 

 衛弘に命令されたのは、3人の少女を救出しろというものである。

 波才に受けた命令、そしてその裏にある彼の本心からの頼みと相反するものではない。彼の思いに応えることは

 

 楽進はそう考え、前線へと向かう波才に背を向けると真っ直ぐに本陣の方向へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ちょっと天和姉さん! そんなものはいいからさっさとここを離れましょう!」

 

 「えー、でもこれも大事なものなんだよー」

 

 黄巾党の本陣よりさらに後方に位置する天幕。その中にいる少女たちは急いで荷物を纏め、ここから逃げ出す準備をしていた。

 

 「もう! 波才の奴、ここまでやってきて、もうこっちは負けそうじゃない!」

 

 末女の張梁は、いまだに荷造りに苦戦する張角に急かすように声をかけ、次女の張宝はここにいない人物に対しての文句を告げていた。

 

 あれよあれよという間に舞台に来ていた追っかけの人たちが軍となり。

 目標として語った「大陸を獲るよ」という言葉が、王朝を打倒して天下を取るということになり。

 今では朝敵となって官軍と戦うことになっている。

 

 衛弘と別れてすぐに出会い、マネージャーのような役割を担ってくれていた波才に追っかけ達がおかしな方向に向かっていることを心配して聞いても、彼は「大丈夫です。私たちが必ずや皆さんを都に連れていきます」としか言わない。

 まぁ彼こそがこの現状の最大の原因であるのだからそれは当然ではあるが。

 

 どんどんと意図せぬ方向へ事態が進むのを初めは他人事のように見ていた3人だが、ここまで来てしまうと非常に自分たちがまずい立場になっていることに気付いた。

 

 その為、かなり遅きに失した感は否めないがこのままでは自分達もまずいということに思い至りこうして混乱に乗じて逃げ出す準備をしているのである。

 長女の天和は、行動はどうであっても自分達を慕ってくれている人たちを置いて自分達だけが逃げることに躊躇いを示した。

 だが、このままずるずる行けば自分達が反乱の首謀者として裁かれ、都で歌うどころか首だけが都に晒されることになってしまうと2人の妹が説得したことで彼女も渋々了承した。

 

「早くして天和姉さん。急がないと官軍の兵達がここまで来てしまうわ」

 

 準備に手間取る張角に張梁が再度急かすように声をかけた時である。

 

「失礼します!!」

 

 開くはずがない天幕の入り口が開かれ、そこから3人の少女が入ってきた。

 彼女達の頭には黄色い布。自分たちの追っかけが同好の士であることを示すために皆付けているものである。

 

 闖入者の登場に三姉妹はそちらを見つめたまま固まる。

 

 今の自分たちの格好は荷物を纏めて逃げる格好である。特に張宝に至っては首のところに袋で一纏めにした荷物を背負っており、明らかに夜逃げみたいな格好である。

 

 誰にも気付かれずこっそりと陣内から抜け出すと考えたにも拘らず、その目論見は脆くも崩れ去ってしまった。

 

「ち、ちがうのよこれは! ただ私達は荷物の整理をしていただけで、こっそり逃げ出そうなんて考えていたわけじゃないから!」

 

「ちぃ姉さん……」

 

 慌てて張宝が3人の黄巾兵と思しき少女達に弁解の言葉を口にするが、どう見ても自白にしか聞こえないそれに張宝が額を抑えながら呆れたように口にした。

 はぁ・・・こうなった以上、私達はどうなるのか。

 

 もう逃げださないように厳重な監視されるのか、あるいは黄巾党を見捨てようとした自分達に激高してくるのか。

 

 非常にまずい事態になったことに張梁は歯噛みしながらどうすればごまかせるのか考えていたが、彼女の心配は杞憂に終わった。

 

「もう準備をしているのなら好都合です。私達が先導しますのですぐにここから逃げましょう」

 

「……どういうこと?」

 

 全くの予想外の言葉に張梁は怪訝そうに返した。

 

「前線では官軍の攻撃が激しくなり、じきにここまで攻撃の手が及ぶでしょう。今、波大方が時間を稼ぐために兵を率いて前線に向かっています。今のうちにここを離れ、撤退します」

 

「え?! 波才の奴が?!」

 

「ええ、彼は必ずあなたたちをここから逃がすように私達に命令しました。それと彼から皆さんに伝言があります。“お会いできて光栄でした。夢を果たせず申し訳ございません。あなた方の歌がこの大陸に響き渡ること心より願っております”……とのことです」

 

「波才さん……」

 

 手早く今後のことと波才の最期の言葉を伝えた楽進。彼女の言葉を聞いた三姉妹はそれですべてのことを悟った。

 

 そもそも今の状況に至った原因は波才の暴走にあるのだが、彼はこれまで本当に自分達の為に尽くしてくれていた。

 まだあまり名前が売れていなかった時期からあらゆる雑用を引き受けてくれ、ここまでの大所帯になることができたのも彼の助けがあってこそであった。

 

 その波才が今は自分達を逃がすために文字通り命を懸けて時間を稼ぎに行ったというのだ。

 

 思うところは色々とあるが、彼のその愚直なまでの献身に三姉妹は身を震わせた。

 

 

「わかったよ。波才さんに報いるためにもあなたたちに従うね。……それで私達はどこに向かえばいいのかな?」

 

 暫く間をおいてから張角がそう口にすると、異論はないといった様子で残りの2人も続いた。

 

「……実は御三方には来ていただきたいところがあります」

 

「それは……どういうこと?」

 

 3人が同意したところで、3人の少女の1人、楽進は先ほどまでとは違った雰囲気でそう切り出してきた。

 先ほどまでと違う彼女の様子に三姉妹は少し戸惑いを見せてから、張梁が探るようにその言葉の真意を尋ねた。

 

「実はなー、うちら黄巾党の兵士やないねん。やけどなある人から3人を連れて来いって命令を受けてな、こうしてここに忍び込んできたっちゅうわけや」

 

 後ろに控えていた李典が張梁の言葉に言葉を崩して答えた。

 李典の言葉が本当であると示すように、彼女が言うと同時に楽進達は頭に巻いていた黄色い布を外す。

 

「そういうわけなのー、悪いようにはしないから私達について来て欲しいの」

 

「……もし私達が断ったら?」

 

「その時は申し訳ありませんが力づくでも一緒に来てもらいます。こちらもあなた方には危害を加えないように言われていますのでそのような手段はとりたくありませんが……今は私達を信用してついて来てください」

 

 いきなり現れて波才の命令で来たと言いながら、黄巾党ではないという。

 彼女達がいう“ある人”が誰なのかはわからないが、この状況で信じろという方が無理がある。

 

 しかし、彼女達は一目見てもただものではない覇気をまとっている。特に先頭の少女。

 彼女は“力づく”といったが、なんだかはっきりと目に見えるくらいその体に氣?のようなものを漂わせていた。

 

 どう考えても自分たちが敵うような相手ではないのは明らかだ。

 どう転ぼうと自分たちは彼女達の言うことに従うしかないのか。その先に待ち受けてるものはわからないが、ここで拒否したところで結局行きつくところは変わりないのだろう。

 

 二転三転する状況に張宝と張梁は動揺しながら、どう返すべきかをひたすら考えていた。

 

「もー、ちぃちゃんも人和ちゃんも考えすぎだよ。お姉ちゃんはこの人たちについていけばいいと思うよ。なんだかこの人たち悪い人じゃないような気がするし」

 

「ちょ、天和ねえさんそんな無責任な!」

 

「そうよ、まだ彼女達が信用できるとは言えないわ」

 

 長女の張角が明るくそう言うと、当然の如く2人は不満を口にした。状況だけ見れば張角が言うことはあまりにも楽観視が過ぎる。

 この場合、2人の意見が当たり前ではあるが張角はそれでも楽観的な考えを崩さない。

 

「2人とも最初から人を疑ってかかるのはよくないよー。師匠も言っていたじゃん、人と人との関係は信じるところから始まる、って。だから、お姉ちゃんはこの人たちを信じてみようかなーと思うの。それに、どうせ私達だけじゃここから逃げるのも難しそうだし」

 

 張角がそう言うと、ここまで反対であった妹達も口を閉ざした。

 確かに張角の言うことも一理あるからだ。師匠云々の話は置いておいても、確かに三姉妹だけではこの黄巾党の兵士たちに囲まれた状況からばれずに逃げ出すというのは難しい。それに、どうせここで彼女達を拒否したとしても行きつく先は同じなのも事実である。

 

 “どうせ同じことになるなら相手を信じてみようよ”

 張角は言外にそう伝えたかったのだろう。

 

 考えていないようでその実、しっかりと自分たちのことを考えてくれている姉にすっかり毒気を抜かれてしまった張宝と張梁。

 張角が信じるというなら自分達も信じるしかない、と諦観にも似た思いで互いに見つめあってから、付いていくことを楽進達に伝えた。

 

 なにせ自分たちが最も信じている姉が信じるといったのだ、それに従わないわけにはいかないだろう。

 

「……協力感謝します。では今は時間が惜しいので、すぐにでもここを出ますのでついて来てください」

 

 三姉妹が同意したのを受けて、実力行使に出る必要がなくなった楽進は一言お礼を述べると、すぐに出発するように告げて天幕を後にした。

 

 そんな彼女に続くように李典と于禁も天幕を出ると、置いて行かれるわけにはいかないということで三姉妹も駆け足で天幕を出ていった。

 

 この先、彼女達に待ち受けるものは鬼か仏か。

 

 そのことはこの時の彼女達には知る由もなかった。しかし、ただ1つ言えることは、後になって思い返すと、この時に下した判断が自分達を救うことになったのだと思い、張宝と張梁はますます自分たちの自慢の姉を誇らしく思うことになったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーむ、初めての戦場が関雲長殿と一緒とは。過保護ここに極めりといった感じだな」

 

「北郷殿、貴殿は何を言っているのだ?」

 

 官軍と黄巾党の戦闘を横目に見ながら、一刀達は東、黄巾党の背後の方へと進んでいた。一刀の隣というよりも周囲には劉備軍の兵士が十数騎、精兵と呼ばれるものが並んでいる。彼らを率いるのは知勇兼備の猛将、関羽。

 

 初めて戦場に出たといってもこれなら怖いものも無いかもしれない。そう思っての冒頭の一言であったが、関羽にはその意図が伝わらず呆れられてしまった。

 

「いや、雲長殿が付いてくれているならこのまま黄巾党の本陣すら落とせるんではないかと思って」

 

「寝言は寝てから言ってくれ。存外、初めての戦場と言ってもそんな軽口が叩けるぐらいに余裕があるとは……さすがは商会の懐刀といったところか」

 

 場にもそぐわない暢気な一刀の様子に、関羽は見当違いの考えで自分を納得させた。

 実のところ、ここは戦場と言っても実際に戦闘が起こっている場所からはずいぶんと距離があり、時折、逃げ出してきた黄巾党の兵士が近くに見えるが戦いになるようなことはここまでなかった。

 その為、自分が戦場に立っているにも拘らず、いまいち実感がわかないというのが一刀の本心であったのだ。

 

「俺はそんな大層な人物ではないけど……」

 

 関羽の言葉に一刀は心からそう返すが、当の関羽は御謙遜を、と取り合ってくれなかったりする。

 

 一刀と関羽達、劉備軍の手勢がわざわざこうして戦場と無関係ともいえる場所に来ているのは他でもない、一刀達と劉備軍が交わした契約の履行の為である。

 張三姉妹(劉備軍は彼女達のことを知らないが)の救出、これこそが共通の目的であった。

 

 わざわざ敵の強襲に行っていた関羽を呼び戻してまでこの任務に充てるあたりに劉備軍の本気が伺える。

 

「それで北郷殿、その目的の少女達はどこにいるのですか?」

 

「ああ、それなら大雑把ではあるけど合流地点は決めてる。“布陣した本陣から右後方に5里“、事前に黄巾党内部に潜入してもらったうちの子達にはそう伝えてあるから、その方向に向かってくれればいい。うまくいけばそのあたりに身を隠しているはずだ。そこで俺が合図をしたらこっちに向かってきてくれる手筈になっている」

 

「うまくいけば……か。疑うようではないが本当にあの黄巾党内部からそれほどの人物を連れ出すことは可能なのか?」

 

 軽口もほどほどに、今後のことについて一刀と関羽は打ち合わせをする。

 ちなみに、今の一刀は自力で馬に乗って関羽に並走していた。

 

 以前、各地を回る際には自分で馬に乗れず楽進の後ろに乗せてもらっていた一刀であるが、その後に猛特訓(この時に被害を受けた楽進から)を受け、その結果1人でも馬に乗れるようになった。

 

 勿論、気性のおとなしい馬でかつ速度も控えめでという限定が付くものの、これは偉大な進歩だと一刀は思っていた。

 なお長時間、馬に乗った後は太ももが悲鳴を上げて今度は自分の足でまともに歩けなくなるということは一刀と楽進だけの秘密である。

 

 この時代の人に比べれば一刀は貧弱であったのだ。

 

「そこは信用してくれとしか言いようがないが、十中八九は上手くいくと思ってるよ。うちの商会が誇る精鋭がやってくれているからな。彼女達なら余程のことがない限り上手く連れ出してくれているはずさ」

 

 関羽の心配に一刀は控えめに、それでいて確信めいた口調で応えた。

 

 今回、黄巾党内部に潜入し任務をしてくれているのは“あの”楽進・于禁・李典の3人である。

他の余人ならいざ知らず、英傑と呼ばれる資質を持つ彼女達なら今回のことも問題なくやってくれるだろう。

 

 自身だけが持つ知識もあって一刀はそんな確信を持っていた。

 

 そんな一刀の様子に関羽は、それほどの傑物を従えているとは、やはり侮れない、と勘違いを深めるのであった。

 

 些細なすれ違いは生じていたが、一刀達は目的の場所に向けて馬を進めていく。

 

 

 

 

 

 

 

「北郷殿、大体この辺りが先ほど言っていた場所だが、人影があるようには見えないな」

 

 暫くして、目的の場所と思われるところについた関羽はあたりを見渡しながらそう言った。

 彼女の言う通り、あたり一帯には膝丈くらいの雑草が生い茂るばかりで誰か人がいる様子ではない。

 

「大丈夫、おそらくは隠れてくれているんだろう。合図を送る」

 

 怪訝そうな関羽を余所に一刀はそう言うと、佇まいを正してから大きく息を吸った。

 

「子許ちゃんサイコーーーー!!!!」

 

 そして隣にいる関羽が引くほどの大声で叫んだのである。

 なお彼女がこの時引いたのは突然、一刀が大声を出した事にもだがそれ以上にその口にした内容があまりにもひどかったことにも原因がある。

 

 こいつは頭がおかしくなったのか?

 関羽を含む劉備軍の騎兵たちが皆、同じことを考えたのも無理はない。

 

 しかし、その声に応える者たちがいた。

 

「いええぃぃーーーなのーー!!」

 

「いええぃぃーー!」

 

「い、いえぃぃ……」

 

 応える声は3通り。うち2つはノリノリで、残る1つは恥ずかしさで蚊の鳴くような声であった。

 まさか一刀の奇行に返事があるとは思わなかった関羽は声のした方を見ると、そこには茂みの中に隠れていたと思われる少女が3人、一刀の方に手を振りながら立っていた。

 

 よく目を凝らせば彼女達の足元には未だに身を隠している3人の少女がいる。

 それを見て一刀の先程の奇妙な叫び声が合図だということに気付いた。今立ち上がった3人が商会の手の者で、その足元に隠れているのが目的の少女たちなのだろう。

 

 一刀の名誉の為に述べるが、この合図は当然ながら一刀が考えたものではない。一刀を真剣な目で送り出した少女の考案である。

 一刀がここに来なければ彼女は自分でこれを叫ぶつもりだったのかと、一刀は言い表せない気持ちになったが、まぁ燕だしとの一言で納得してしまうあたり随分と毒されていた。

 

 そんなわけで、この言葉は合図として必要なだけであって一刀が望んで叫んだわけではない。

 若干、一刀自身もノリノリでやったことは否定できないが。

 

 ともあれ、こうして無事に一刀達と楽進達、そして目的の張三姉妹は合流を果たした。

 

 かなりの念入りな準備をした上で作戦ではあったが、その最後はあまりにもあっけないものであった。

 

 

 

 

 




次話で戦闘のその後の経緯や戦後処理を書いてこの章は終わりです。

その後に拠点パートを数話挟んで、次章に入る予定です。
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