真・恋姫†無双 北郷一刀・商人ルート 天下も金の回りもの 作:MATSUKASA
「進め!! 敵は最早総崩れだ! 今こそ黄巾党を打ち破りこ反乱に終止符を打つのだ!!」
一刀と関羽が張三姉妹の回収を果たしたのとほぼ同時刻。
黄巾党と官軍の戦いも佳境を迎えていた。
戦線の中央。夏侯惇は自身が先頭になって官軍を率いると逃げ惑う眼前の黄巾党を打ち払いながら兵を鼓舞していた。
左右からの強襲で混乱していた黄巾兵はその圧倒的な武の暴力の前に為す術もなく打倒されていく。
「左の義勇軍風情に遅れを取るな! この戦の決着は我らの手でつけるのだ!!」
彼女も完璧にではないがこの戦が自身の主君、曹操にとって重要なものであることは理解していた。だからこそ、この戦で最大の武功を上げるのは他ならぬ曹操の家臣である自分でなければならない。
そう考えて、強引にも自身が先頭に立って死に体の黄巾党を懸命に追い立てているのである。
彼女の突撃を止められるものはもういない。そう思われたが、前線を食い破り敵の中陣に差し掛かったところで彼女を阻むものが現れた。
「引くな! 我らにはもはや退路はない。活路は前である!! 何としてでもここで官軍を止めるのである!!」
黄巾兵の中にあって珍しく騎乗している1人の偉丈夫。
彼は幾らかの兵士を引き連れて前線に現れると、逃げ惑う兵士たちを一括した。そして果敢にも夏侯惇の進撃を正面から受け止めようとしたのである。
「ほう、賊といっても少しは骨がある奴がいるようだな」
明確にこちらに対抗しようとする男を前にして夏侯惇は小さく嘆息するとそちらに進路を向けた。
彼の言葉を聞いた周囲の黄巾兵は逃げ惑っていた姿から平静を取り戻し、官軍に必死の抵抗をはじめていた。
号令一つで兵達を治めて見せたあの男。かの御仁こそ、この反乱の首謀者に違いない。
そう考えて彼女は声をかける。
「我が名は夏侯元譲。この官軍の指揮官、騎都尉、曹孟徳が一の家臣である! 問おう! 貴殿は何者か?!」
喧騒に包まれた戦場にあっても確かに響き渡った彼女の言葉は男の耳にも届いたようであり、ゆっくりと夏侯惇のほうを見つめるとその問いに応えた。
「貴様がかの曹孟徳の大剣”夏侯元譲”であるか。我は”大賢良師”張角である!! この乱れた蒼天の世に終止符を打ち、黄天を敷くものである!」
負けじと大声量で返された男の言葉を聞いて夏侯惇は笑った。
まさか、この反乱の首謀者である張角が目の前にいるとは何たる僥倖か。確かに言葉一つで兵の混乱を鎮めてみせたのにも得心がいく。
あの男を討ち取ればこの戦は我らの勝ちである。そして、その功は愛する主君のものになるだろう。
思わずして転がり込んだ好機に夏侯惇は馬の横腹をけると、一直線に男のほうへと向かっていく。
「では貴様を討てばこの反乱も終わるというわけだ! おとなしくその首、差し出せぇー!」
言うと同時に、夏侯惇は男を守るように囲んでいる黄巾党を一刀のもとに切り払う。
「ほざけ! こちらこそ貴様を討って、反撃の狼煙としてくれるわ! 者どもあやつを殺せ、さすれば褒美は思うが儘ぞ!!」
互いに明確な敵意を向けてぶつかり合う両者。
男が声をかけると、周囲の黄巾兵は夏侯惇へと殺到した。
しかし、たとえ覚悟は同じであったとしてもそれで武の差が縮まるということはない。
騎乗する夏侯惇に対して、黄巾兵たちは歩兵である。その差もあって、まさしく鎧袖一触。大量の兵士が押し寄せても夏侯惇はまるで意に介さない様子で彼らを切り払い、目的の男に迫っていく。
「くっ、なぜそれほどの力がありながら落日の蒼天に力を貸すのだ! お前の振るその刃のどこに義があるというのだ?!」
「笑止! 天に盾突く賊風情がどの口で義を語るか! 貴様に大義があるというなら精々その剣で私に示してみろ」
程無くして周囲の護衛を抜けた夏侯惇は男に肉薄した。男は自分に振るわれた彼女の愛剣”七星餓狼”の一撃を自身の矛で受け止めながら隠せない苦悶の表情で問いかける。
しかし、そのような言葉で止まるような夏侯惇ではない。男の批判を一笑に付しながら彼女は続けざまに刃を振るう。
撃ち合うこと数合。
死地に赴いた覚悟をもってしても猛将の攻撃を捌ききることはできない。いやむしろ、数合でも耐えたのは彼の覚悟がなせた所業だと褒めるべきだろう。
理外の力での斬撃を受けた男の矛はすぐに悲鳴を上げる。そして夏侯惇の上段からの一撃を受け、中ほどから真っ二つに叩き折られた。
自身の獲物が使い物にならなくなった男は慌てて矛を手放すと、腰に差した剣を引き抜こうとしたが、一瞬が勝負を分ける戦闘においてそれはあまりにも致命的な隙であった。
「遅いわぁ!! 殺ゃぁーー!」
男が剣を抜こうとしたところで、夏侯惇はとどめの一撃を放つ。その剣を防ぐ術もなく男は右肩から袈裟切りにされ、ゆらりと態勢を崩した。
そして、朦朧とする男の目に映るのはすぐさま自分に迫る夏侯惇の追撃。
「ここまでか……しかして黄天は死なず!! 我が意思は必ずや蒼天に災いを齎すであろう!!! 黄天…………万歳!!」
最後の抵抗か、男は遠のく意識のなか両手を広げると天を見つめて呪詛のような言葉を叫ぶ。
しかし、その言葉が天に届くことはなかった。
無情にも横薙ぎに払われた夏侯惇の刃は確かに男の首を捉え、両断した。
宙を舞う男の首と、噴き上がる鮮血。
首から上を失くした体が、糸の切れた人形の如くゆらりと馬上から崩れ落ちる。
「敵の首魁、張角はこの夏侯元譲が討ち取った!!」
続いて刃について血を払うように一振りしてから、それを天へと掲げた夏侯惇が鬨の声を上げると、官軍からは歓声が、そして黄巾兵からは悲鳴があがった。
これにて10万を超す大軍同士の激突から始まったこの戦いは完全なる決着となった。
ここからは拠るべきものをなくした烏合の衆をただ蹂躙するだけである。
夏侯惇は敵の首魁の首を回収するように配下に指示すると、蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始めた黄巾党を追撃するべく、さらに前進していくのであった。
「おおー、みんなが無事でよかったよ! 君たちのことを思うと私は朝も起きれなかったんだ」
「いや、朝はちゃんと起きろよ」
楽進達と張三姉妹を無事に回収した一刀たちが劉備軍の本陣に戻ると、真っ先に彼らを出迎えたのは衛弘であった。
彼女は戻ってきた一刀たちを見るなり、すぐに三姉妹のそばに駆け寄り張角の手を取ると心配していたのか判断に困るような口調で、その手をブンブンと振っていた。
一方で三姉妹は目の前の事態が全く呑み込めていないのか、衛弘の姿を見た瞬間から目を白黒させて呆然とした様子である。
「え!? え? ど、どうして師匠がこんなところに?師匠が私たちを助けてくれたの?? え? え? どういうこと?!」
「細かいことは後から話すよ、今はゆっくりと休んでくれればいいさ。文謙ちゃん達もありがとうね。この子達を連れて、奥のほうで休んでおいてくれ。この戦が片付いてからみんなで洛陽に帰るとしよう」
しっ、といった様子で衛弘は戸惑いを口にする張角の口に人差し指を当てると奥に下がるように伝えた。
ここに来る途中に一刀が彼女たちに、くれぐれも自分たちの素性は明かさないように言い含めていたこともあって、衛弘の言葉の真意を理解した三姉妹は大げさなくらいに首を縦に振るとその言葉に従った。
「ほんまに大将はんも人遣いが荒いわー、うちらやないとこないなことできひんかったで」
「出来れば、あの合図だけは変えてほしかったです・・・」
「そうなの。もうこんなだっさい頭巾を被るなんてごめんなのー」
それぞれ怒るところはそこなのか……、と一刀が思うような愚痴を3人は溢しつつ奥へと引いていった。
こうして天幕に残ったのは劉備軍と一刀達だけとなる。
「それで士元ちゃん。戦のほうはどうなったかな?もう粗方の決着はついたようだけど」
「は、はい。曹操さんのところの夏侯将軍が敵の首魁、張角の首を取ったそうでもう敵は完全に崩壊しています。夏侯将軍は官軍を率いてそのまま敵の殲滅に向かったそうですが、右翼の曹操さん麾下の騎兵は撤収を始めたようですし、こちらも鈴々ちゃんに引くように伝令を送ったところでしゅ」
「ん? 張角が討ち取られたのか?」
若干噛みながらも戦の経緯を説明してくれた龐統の言葉に一刀が疑問の声を上げた。
彼女が言う討ち取られたという張角ならつい先ほどまで衛弘と話していたはずだが。
「はい、混乱する兵を纏める為に前線に出てきたところを討ち取られたそうです。本来、敵の主将たる張角がそんなところに来るとは思えないのですが、黄巾党には名だたる将がいませんから、彼自身が動くしかなかったのではないかと・・・。いずれにせよ、これで黄巾党は崩壊するでしょう。ここで徒に窮鼠を突いて被害を増やす必要もありませんので、曹操さんも自身の兵を引かせたと思われます」
一刀の疑問を敵の総大将がこうも簡単に討ち取られるのか、という形に勘違いした諸葛亮が龐統を補足するようにそう告げた。
彼女の言葉も真実なのだろう。そうすれば一層、一刀の疑念は深まるばかりである。
「……なぁ燕。張角が討ち取られたってどういうことだと思う?」
「あの子たちは本当に人望を得ていたのだろうね。誰かが今後のことを見据えて身代わりになった……というのが妥当な線じゃないかな。私達にとってこれは思いがけない幸運だね」
周りには聞こえないよう、隣の衛弘に耳打ちするように一刀が尋ねる。
衛弘は少し考えるような素振りをしてから予想を述べると、これは利用すべきだといった様子で向き直った。
「敵の首魁を討ち取るなんて流石は華琳ちゃんだね。この戦の最大の功労者は間違いなく彼女になるね。でも安心してくれよ、だからと言って君達の功績を無下にするような子じゃないからね! それに、私もできる限り君たちの功績に報いるように便宜を図るつもりだよ!」
向き直った衛弘が親指を立てながら劉備達にそう告げると、彼女たちはわかりやすく安堵して見せた。
官軍の指揮官である曹操が最もこの戦で武功を上げたのである、場合によってはこの戦の功績全てが彼女のものになってしまうことを危惧したのだろう。
劉備達はこうして官軍の一角として参加したものの、今はまだ名もなき義勇軍である。戦のあとに行われる功績争いの場で彼女たちは無力といってもいい。
少なくない犠牲を出したにも関わらず、それに見合う褒章がなければ彼女たちはともかくとして命を懸けて戦った兵士たちは納得しない。
そんな事態にはしないといった衛弘の言葉は、この場の劉備軍の面々にとって何よりも欲しい言葉だった。
だからこそ、その前の一刀達の挙動が怪しまれることはなかった。
「本当に燕ちゃんと一刀さんにはお世話になってばかりで気が引けるなー」
「気にしなさるな……だよ! 桃香ちゃん。君達はこちらの要望を十全に果たしてくれたんだ今度はそれにこちらが応える番だからね。華琳ちゃんと何大将軍には私からもしっかり言っておくから、みんなは枕を高くして待ってくれればいいさ!」
あはは、と苦笑いしながら言う劉備に衛弘は笑顔で返した。
そして、あとは任せてくれと言い残しその場をあとにしようとする。
これで、劉備軍と交わした契約は正しく履行されたのだから彼女たちがこれ以上ここに居る理由はない。あとはこちらから然るべきお礼をすれば、劉備軍との協力関係は終了である。
しかし、別れの言葉を告げて一刀達が天幕を去ろうとしたところで声をかける者がいた。
「お待ちくだしゃい!! あわわ、噛んじゃいました……」
声をかけてきたのは龐統。慌てた様子で一刀達を彼女は引き留めたのである。
劉備と関羽は常日頃とは違い、切羽詰まった様子の彼女に驚いた様子であるが、諸葛亮は彼女の意図を理解しているのか真剣な目で龐統と同じく一刀達のほうをじっと見据えていた。
そして、一刀と衛弘もこれは想定できた事態であるため、一度互いに目線を合わせてから慌てることもなく緊張した様子の龐統に向き直った。
「士元殿、いったいどうしたのかな?」
彼女がこれから言おうとしていることは想像がついていたが、白々しく何のことかわからないといった様子で聞き返す一刀。
「確かに、これで当初に交わした契約は正確に履行されたことになります。その上で、私は今後も商会との協力関係を継続したいと思っています!」
一刀の視線を正面から受けつつ、はっきりと提案を口にした龐統。その言葉に一刀はやはりかといった様子で目を細める。
ふと横の衛弘に目線をやると、任せるよ、といったばかりに小さく頷くのが見えた。
「……提案はわかった。それで、それをすることで俺達にある利点はなにかな?」
この話は自分で片を付けろということかと理解した一刀は図るように尋ねた。
うちと協力することで劉備軍が受ける恩恵は多大である。自惚れではなく一刀はそう考えている。商会の持つ財力、そして人脈は今の彼女たちにとって何よりも欲しいものであるだろう。
「確かに、今の私達は領地も持たない流浪の軍です。それでも今回の武功をもって、一角の官位を賜ることは可能だと思っています。そうすれば、私達は今以上に力を持つことができます!この先にあるのは、一刀さんも予想されていると思いますがかつてない戦乱の世です。その中で商会が活動をしていく上で、私たちの持つ武力は大いに役に立ちます」
言葉を選ぶように、それでいて確かな意思をもって告げる龐統に一刀はこれまで見た彼女の様子と違った迫力を感じた。
やはり、こんなかわいらしい姿をしていてもその本質は英傑たるに相応しいものなのだと見せつけられた気がする。
主君の大望の為に好機を逃さないとする彼女の気迫は、一刀からしても好ましく思えた。しかし、だからと言ってそれを受け入れるということではない。
「うん、利点としては少し弱いかな。確かにこの先、世が乱れる中では武力は備えておくべきなのは事実だ。でもそれなら、失礼になるけども君達以上の相手はいくらだっている。ここ冀州なら袁本初殿、それに豫洲の袁公路殿だっていい。二方とはうちの商会もよく取引をしているし、庇護を求めればすんなりと受け入れられるだろう。だからそれだけでは俺達が君達と組む理由にはならない」
具体的な名前を出しながら一刀は龐統の言うメリットを否定した。一刀が述べたのは事実である。先ほどの龐統が言ったことは、何も劉備軍と協力しなくてもいくらでもやりようがあるものであるのだ。一刀が述べた二人の諸侯を除いても今の一刀達が望めば協力関係を結んでくれる諸侯は多いだろう。
徐庶がいる荊州の牧、劉表やそれこそ衛弘と個人的にも親しい曹操や張邈だっている。
正論で、それでいて反論もできないような事実を示された龐統は一瞬たじろぐが、決意は変わらないようで言葉を返してくる。
「それでも、あなた方の商会が描く理想……民を豊かにしてその生活を守ろうとしてきたあなた方の理想は桃香様の理想とする世とも違わないはずです!だからこそ私達は共通の目的をもって協力することができると思います!」
龐統の反論に一刀は瞠目した。
彼女が自分たちの目指すものを語ってみせたのに驚いたのもそうであるが、それ以上にこれまで利を説いてきた彼女がここにきて情に訴えかけてきたのに驚いたからである。
利をもって語り、情をもって説き伏せる。
なるほど交渉においてこれ以上はない手段である。
抜け目なくこちらによって来る龐統に一刀は気を引き締めなおした。
「俺達の描く理想の世はここでは置いておいて……桃香の描く理想の世ってのはどういうものなのかな?」
一刀は肯定も否定もしないままに、今度は話の矛先を劉備に向けた。
この話に彼女は無関係ではない。いや、むしろ彼女こそが一番の当事者であるはずなのだ。彼女の口から言葉を聞かないままに結論を出すべきではないと思い、一刀は聞いたのである。
それに、一刀は個人的にではあるが彼女の言う”理想の世”というものにも興味があった。それは自分が彼女に抱いた感情のヒントになるかもしれない。
「うん、私も燕ちゃんと一刀さんとはこれからも協力し合っていきたいと思う……。私はこの時代に虐げられている弱い人たちを助けてあげたい。そしてそんな人たちを苦しめるケダモノみたいな人たちから守ってあげたい。そうして、だれもが苦しめられることなく安心して暮らせるような世を作りたい。そう考えて私は……ううん、私達は戦ってきたの。だからその為に、一刀さん達の力を貸してほしい。心からそう思ってるよ」
最初は龐統の行動に驚いていた彼女だが、話を聞いてその真意に気付いていた。
真っすぐに一刀のほうを見つめると、自分の思い、そして描く理想を語った上で、こちらに協力をお願いしてきた。
興奮しているのか、若干その瞳に涙を浮かべながらも揺るぎない想いを語る彼女を見れば、その言葉は上っ面のものではなくまさしく彼女の本心なのだろう。
聞く人の心を熱くさせるほどの彼女の理想、そこにある決意は一刀の胸にも染み渡った。
しかし、同時に抜けない棘の様に彼女の言葉は一刀の胸を苦しめる。
「なるほど、それが桃香の理想の世か……。その想いは本心からのものなんだろう。短い間ではあったけどこれまでも桃香達の行動を見ていればそれくらいは分かるよ。だからこそ、理解もできるし共感もできる・・・」
「だったら!」
静かに告げた一刀に劉備は期待するような目を向ける。
「それでも俺の答えは”否”だ。ここでその理想に対してとやかく言う気はないが、たとえ目指すものが一緒でもそこに至るまでの道筋が一緒とは限らない。だから、今の桃香達と俺達が協力は・・・できない」
「どうして?! 一刀さん達も民のことを思っているなら、一緒に行動できるはずだよ!!」
「いや、できない。俺達は商人だ。理想で飯は食えないし、金も稼げない。民の生活を守ろうとしたのはそれが、商売にとってより良い環境だと思ったからだ。それ以上でも以下でもない。全てを投げうってまで理想を追い求めるようなことはしない。……だから、俺達と君達の行く道が一緒ということではないんだ」
縋るような劉備の問いかけを一刀は断じて見せた。
理想の為に立ち上がった劉備達、義勇の士と商人である一刀達は根本から違う。それは紛れもない事実であり、一刀の言葉に桃香も続く言葉が出なかった。
「……それでも、途中の過程では私達は一刀さん達に協力ができると思います。もちろん、全てに賛同しなくても構いません。暫定的な協定という形では如何ですか」
主君に代わって2人の会話を黙って聞いていた諸葛亮が中立のような形で妥協案を口にした。しかし、彼女の提案にも一刀は首を振る。
「別にここで君達の提案を蹴ったからと言って敵対しようという意図はないよ。俺達は商人だ。相手が誰であっても客として友好的に来てくれれば相応の態度をもって返すさ。だからそんな形の協力なんてしても意味がない」
そんな曖昧な形の協力ならあってもなくても一緒だ。
別に一刀達は好んで敵味方を作っているわけではない。進んで自分から誰かを貶めようとはしないし、利があれば協力を拒むことはない。
例えるなら、自由に空を飛ぶような鳥のようなものである。
何にも縛られず、何にも捕らわれない。
それこそが一刀と衛弘が抱く、商人像であるのだ。
一刀の言わんとすることを察した諸葛亮はこれ以上の説得は意味をなさないだろうと割り切った。
「そういうわけで、俺達は君達の提案には応えることができない。もちろん、今後何かあった時に支援をすることはできるけど、恒常的な協力は結べない」
改めて、劉備軍の全員に対して向き直った一刀がそう告げると、彼女たちも沈痛な面持ちでその言葉を受け止めた。
「わかったよ。一刀さん達にも一刀さん達の理想があるということだね……。だったら、無理強いはできないかな。うん……じゃあこの話はここまでだね♪ ここまで色々とありがとう、2人のおかげで私達はこうしてこの場に立つことができた。私達じゃどうしようもない状況を助けてくれたのは2人だもん。改めてお礼を言わせて」
いち早く、常の明るさを取り戻した劉備がそう言って再度お礼を述べてきた。
「お礼を言うのはこっちこそだよ。桃香ちゃん達のおかげで私達は目的を達せられたからね! 協力関係は結べないけど、何かあったらぜひともうちを頼ってくれたまえ。その時は友人価格で勉強させてもらうつもりさ!!」
「うーん、出来ればお安くしてくれると助かるかなー」
劉備の言葉に衛弘が冗談交じりで返すと彼女も笑いながらそれに返した。
別にここでの別れが敵対を意味するなんてことはないのである。この先もこうして協力するようなことはできるだろう。劉備がそう考え、努めて明るく返したことで場の雰囲気も幾分か和らいだ。
こうして、最後に一悶着はあったものの商会と劉備軍による初めての協力は円満に終了を迎えた。
この先、待ち受けるであろう乱世において再び彼女たちと出会うことはあるだろう。
互いにそんな確信めいた予感を胸に別れを告げる。
願わくば、その時は敵としてではなく味方であってほしい、そんな思いを抱きながら。
「それにしても意外だったよ!」
「桃香があっさり引き下がってくれたことがか?」
劉備軍と別れて、一足先に帰り支度をはじめている楽進達と合流すべくそちらに向かう道すがら。思い出したかのように声をかけてきた衛弘に一刀は率直に思ったことを返した。
「ちがうよ、意外だったのは君のほうさ!一刀」
「俺が?」
しかし、一刀の思ったものとは違う言葉が返ってきた。
「そうだよ、まさか一刀があそこまできっぱりと拒絶を示すとは、流石の私も予想していなかったよ。もっとこう、言葉を濁すように”前向きに検討しつつ、善処したく思ってます”ぐらいに断るかなーって思ったんだけど」
「燕の中で、俺はどこの政治家なんだよ‥‥‥‥」
茶化すように言う彼女の言葉であったが、それは一刀にとって理解できるものであった。
実のところ、一刀としても最初は彼女の言うようにやんわりと断るつもりであった。
一刀はどちらかといえばNoと言えない日本人なのだ。
断ることは最初から決めていた。一刀からしてもし自分が劉備軍の立場であれば、商会との協力関係を維持することを考える。それであれば、自然と向こうからあの提案がされることは予想がついていた。
しかし同時に、それを受けるのは下策だとも思ったのだ。
今回、一刀達が劉備達に協力を持ち込んだのはあくまで秘密裏に張三姉妹を確保するためのものである。
そうである以上、この関係は今回の一時的なものに過ぎない。
もともと不用意にどこかの諸侯とつながりを持つようなことを避けたかったからこそ、彼女たちに白羽の矢を立てたというのに、彼女たちとべったりとなっては元の木阿弥である。
それに、彼女達にも伝えたが、協力しないことと敵対することは等号ではないのだ。
今は自由な商売をするためにどこかの勢力と肩入れするのはよくない。
一刀はそう考えて劉備達の提案を断ることを既定路線にしていた。
別に打ち合わせたわけではないが、衛弘も同じ考えだからこそあの場を任せてくれたのだろう。
しかし、断るにしてもその方法は様々だ。正直、波風を立てないような断りをするべきだと思っていったのに蓋を開けてみればきっぱりとした拒絶になってしまった。
「まぁ桃香ちゃん達ならここで断っても、すぐに私達をどうこうしようとかは考えないから大丈夫だとは思うけど、ちょっと意外だったよ」
衛弘の言葉に内心では一刀も同意する。
自分が断ったとのあの重苦しい雰囲気を思い出すと申し訳ない気持ちも出てきた。あそこで衛弘と劉備が場を和ませてくれなければ微妙なしこりを残してしまったかもしれない。
そこは大いに反省するところであった。
「まぁでも、あの時の一刀の気持ちは分からなくもないね。また桃香ちゃんの言葉に反応したんでしょ?」
にやにやした様子でこちらを伺う衛弘。
「そんなんじゃないよ。桃香の理想は大層なもんだと思ってるよ。実際その為に軍まで興しているんだ、口だけじゃないってのも理解してるつもりさ‥‥‥‥」
口では彼女の言葉を否定しつつも、一刀は核心を突かれたことを理解していた。
劉備の語って見せた理想。
それは素晴らしいものだ、一刀は本心からそう思う。
しかしその一方で、どうしても自分の中にそれを受け入れられない感情が芽生えたのだ。自分でもコントロールできない感情を持て余した結果が、あの明確な拒絶である。
一刀もそれを理解している。しかしやはり今回も、どうして自分があんなことを思ったのかがわからないのである。
「一刀、君の気持はほかでもない君だけのものだ。だからね、それがどんなものであっても君がちゃんと向き合わないといけない。自分の気持ちに蓋をして逃げるなんてつらいだけだからね。……でもまぁ、その気持ちは君が思うほど悪いものではないと私は思うよ。またいずれ彼女達とは会う機会があるはずさ。だから焦らずゆっくりとその気持ちに向き合えばいい。私はそう思ってるよ」
またしても、こちらを見透かしたような衛弘の言葉に一刀はすねたような気持になるが、彼女の瞳は一刀を諭すようなやさしさで、それを見ては文句の一つを言う気も失せてしまった。
「よし、それじゃあ洛陽に戻るとしようか! 三姉妹の子たちもおそらくまだ状況をよく理解していないと思うからちゃんと説明してあげないとだね!」
未だにスッキリとしない気持ちを抱えたままの一刀をよそに、衛弘は「大いに悩めよ、若人よ!」といって駆け出して行った。
そんな彼女に呆れながらもその背を一刀も追っていく。
彼が自分の感情に結論を得ることになるのはもうしばらく先になるのであった。
しばらく経った後。
黄巾党敗残兵の追撃も一応の区切りをつけて、戦勝の宴もそこそこに次の準備をし始めた官軍の中。
今回の戦の実質的な指揮を執った曹操の天幕を訪れる1人の人物があった。
すでに月が中天に上り、明日は朝から行軍をするとあって将たちも休み始めた頃である。曹操自身も、そろそろ床に就こうとした時の訪問者に若干苛立ちながらも通すように伝えた。
こんな時間に一体誰か。
くだらない用事であればいかに機嫌がいい今であってもただじゃおかない。
そんな思いで出迎えた曹操の前に現れたのは、案の定というべきか衛弘であった。
「やっほー遊びに来たよ! 華琳ちゃん!」
「もう、来るなら事前に一言欲しかったわね。夕暮れ前に劉備軍にあなたがいるか聞いたらもう帰ったとのことだったから心配したわよ」
常と変わらぬ友人の様子に相好を崩した曹操がため息交じりにそう告げると、衛弘は照れるなーと頭を掻いていた。
別に誰も褒めていないが。
「桂花が知ったらまた小言を言われるわよ……、それでこんな時間にわざわざ何の用かしら?」
「大丈夫さ! そう思って秋蘭ちゃんに頼んでこっそり来たからね。私に抜かりはないのだよ。それとここに来たのは”此度の大勝、誠におめでとうございます。流石は曹孟徳様、見事な用兵でございました”」
悪戯が成功したような顔で衛弘は言ってから、流麗な所作で臣下の礼をとって恭しく祝辞の言葉を口にした。
「ふふ、ありがとう。その賛辞、素直に受け取っておくわ。それで何の用でここに来たの?」
「むー華琳ちゃんもつれないなー。ここにはお祝いに来たのは本当なのだからね。まぁそれともう1つは……今後のことについて話がしたくてね」
むくれるようにしてから、一変して真剣な表情になった彼女に曹操の顔も自然と強張る。
「華琳ちゃんもお察しの通り、私達も無事に今回の目的は達することができたよ。これでこの乱は程無く収束に向かうはずだ。でもね、一度坂を転がり始めた球はこれくらいじゃ止まらない。この先に待ち受けているのは今回の反乱なんて比にならないくらいの戦乱の世だと思う。今回の乱で朝廷は自分たちでこの大陸を治める力がないことを露呈させた。しばらくは落ち着くかと思うけど、次に何かあった時にそれを鎮める力は彼らにはないよ」
「あら、そう仕向けたのはあなたじゃないの?」
「ちがうよ。確かに私が何大将軍に働きかけて諸侯を動かさせたことも1つの契機ではあるけども、それがなくても朝廷の権威が限界を迎えていたことには変わりないさ」
事も無げにいう彼女達だが、話している内容は誰かの耳に入れば不敬罪であると叱責を受けるようなものである。
しかし、いま彼女たちがいるのは曹操の個人の天幕である。幸い、中の話が漏れるようなことはない。
「そうね、あなたの言う通り朝廷の権威は今回の反乱で失墜したといってもいい。民衆ですら今の朝廷に疑問を呈したのだもの、諸侯たちの心はとっくに朝廷を離れているといってもいいでしょうね」
「だから、次に何か変事があった際にはもうこの流れが止まることはない。待ち受けるのは先史にもある”群雄割拠”、戦国の時代だよ」
彼女ならその”何か”にも当たりをつけているかもしれない。であるなら彼女は既に確信しているということになる。
遠くない未来にその戦乱の世が来るということを。
ここまで言われれば曹操にも理解できた。彼女が態々、単身でここを訪れたのが何を意味するのか。
「なるほどね、つまりその時こそが私の”覇道”が始まる時ということね。そしてその時はもう近い」
曹操の言葉に衛弘はしっかりと頷いた。
「そうだよ、その時には私の持てるものを全て使ってでもその戦乱を終わらせに行くつもりさ。逆に、これは好機だといえると思うんだ。この腐った世は一度壊さないといけない。その上で新しい世を作る、そしてそこでの秩序のもとでこそ私の描いた夢は叶えられる」
「あなたは、それが成し遂げられるのは私だと、そう言いたいのね」
衛弘は再度、しっかりと頷いた。
彼女が語った夢、それは以前にも曹操は聞いたことがあった。
そしてその実現は彼女自身が描く覇道の先にこそ描けるものであるということも聞いたものであった。
それ故に驚くこともなく、衛弘の言葉に返してみせたのだ。
「でもね、商会は少し大きくなりすぎた。今後、華琳ちゃんの覇道を支援するにあたっても私の一存では全てを動かせないかもしれない。だからもしかしたら今後、立場として私は表立って動くことはできなくなるかもしれない。それでも、いつだって私の描く理想は華琳ちゃんと同じものなのは変わらない。今日はそれを伝えに来たんだ」
「それは……あなたが最近首ったけのあの男のことかしら?」
これまでと違って、自信がなさそうな様子で語る衛弘に曹操は思ったことを率直にぶつけた。
数年前からこの友人と行動を共にするようになった男”北郷一刀”。
曹操からすれば素性もよくわからない男であるが、この友人は全幅の信頼をおいているようであった。
なにが彼女をそうさせているのか曹操にもわからないが、彼女が言うのなら信頼できる男なのだろうとは思っていた。
それ故に先ほどの言葉でその男こそが彼女の足枷になっているのではないか、そう考えての発言であった。
しかし、その懸念はきっぱりと否定される。
「ちがうよ、一刀はそんなことをしない。彼は私が望むなら多分、自分を曲げてでも私についてきてくれると思う。でもね、ほかでもない私が彼にはそうして欲しくないんだよ。うーんとね、一刀は例えるなら……鳥なんだよ」
「は?」
曹操は否定をした衛弘がそのまま口にした言葉の意味がよくわからずに呆けたようになる。
「何者にも縛られず、何者にも捕らわれない。自由に大空を舞い、遥か高い視点から物事を俯瞰する。そして、人々の暮らしに豊かさを齎す益鳥。それが北郷一刀っていう男なんだ。それは私が夢見た理想の商人そのもの。彼なら……その商人になることができる。だから私はね、そんな彼の飛翔を縛りたくないんだ」
「はぁ……そこまであなたに言わしめるなんて。相変わらずベタ惚れなのね」
「ああ、惚れてるね! 今はまだ飛び方も覚束ない彼だけど、ゆくゆくは……私なんか目じゃない、偉大な商人になれる男だと私は思っているよ。私じゃ届きそうもない夢も彼だったら叶えてくれると思うんだ。これが惚れずにいられるかって話だよ!」
きっぱりと言ってのける衛弘。どこか夢見る少女のような、それでいて雛の巣立ちを見送る親鳥のような顔をした彼女を見て、曹操は知らない間に大きくなった親友にうれしさを覚えた。
「とまぁ、そんなわけだから。華琳ちゃんは是非ともその時に備えて今はしっかりと牙を研いでおいてほしいんだ!勿論、その支援は惜しまないさ。この先には朝廷の楔から解き放たれた各地の英傑が出てくるからね。今日、私といた桃香……劉備ちゃんもおそらくその1人だろうね」
「劉玄徳? あの子はそれほどの大器だとみるの? 確かに率いる将たちはどれも粒ぞろいに見えたけど……」
「彼女の周りにいる将は確かに英傑と呼ばれるに足る子達ばかりだったよ。でもね、そんな彼女たちも劉玄徳という巨大な英傑の周りを彩る飾りに過ぎないね。本当に一番の輝きを持つのは彼女自身さ。あの子……この時代にあってもあり得ないほどに真っすぐな心を持っている。この時代にあって、本心から誰かを守りたいなんて言える子がいるなんて、私も少し驚いたくらいだ。でも……だからこそ彼女に惹かれる者たちは多い。彼女のあの真っすぐな理想の為に命をささげようというものはね。今はまだ名もなき義勇軍の主でしかない彼女だけど、これから先の世では彼女を慕うものは後を絶たないはずだ。それこそ……高祖劉邦みたいにね」
古の名君を引き合いに出してまで劉備のことを讃える衛弘。
あまりにも大袈裟ともいえる賛辞に曹操は驚きを隠せない。彼女がそれほどの英傑であるというなら自身の覇道に立ち塞がるのかもしれない。
そこまで考えて、曹操は不敵に笑った。
それならば、それでよし。私が往く覇道は順風満帆でなくてよい。数多の英傑としのぎを削って成し遂げる覇道にこそ意味があるというものだ。
ならば、その劉備が覇道を彩る英傑になってくれるのを曹操とて拒む理由はない。
「それほどの人物ならいずれ相見えることになるでしょうね……精々その時を楽しみにしているわ。勿論、その時にはあなたも私の隣にいてくれるのよね?」
来るべき将来を夢想して曹操は再び笑う。そして、その時の光景を思い浮かべながら目の前の友人に問うた。
「勿論さ。私は一刀に惚れているのと同じくらいに華琳ちゃんにも首ったけだよ。確かに桃香ちゃんも相当な傑物だけど、華琳ちゃんはそれ以上だと私は思っているよ」
真っすぐと曹操を見据えてそう語る。高祖すら上回る器だと評された曹操は、自身の頬が熱くなるのを感じながらその言葉を受け取った。
「でも今はそんな先のことを話しても仕方ない。私はこの後、洛陽に戻って事業をしながら時勢の行く末を見るつもりだ。暫くは華琳ちゃんとこうしてゆっくり話す機会もないと思う。だから今夜は思うが儘に色々と話をしようじゃないか!」
ふと緊張を緩めた衛弘がそう言うと、曹操も顔を緩めた。
ここから先は覇道を往くものとその協力者ではない。只の友人としての話だ、彼女はそう言ったのだろう。
そうであれば曹操もそれに付き合うしかない。
2人はこの後、互いの近況も含めて夜も更ける中、話し合った。
この語り合いは陣内の兵士が寝静まってからも続いたのであった。
翌朝、珍しく目に隈を浮かべた曹操は家臣たちから大いに心配されることになるのであった。
長くなりましたがとりあえずこの章はここまでです。
章が終わったのでここまでの雑感みたいなのを活動報告にあげるかもです。
そういうのはないほうがいいかもですが。