真・恋姫†無双 北郷一刀・商人ルート 天下も金の回りもの   作:MATSUKASA

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全部で6つの小編を投稿予定です。
1つあたり3000~4000字(大嘘)

恋姫世界の服にも格差があるというお話です。


章間 その1
拠点フェイズ 1-1


『脱がせる猛将と着せる金庫番』 (曹操・曹仁・曹洪)

 

 

 黄巾党の乱における最大の戦いとなった冀州、“広宗の戦い”の直後。

 

 初戦にて大勝利を得た曹操は敗走する黄巾党の追撃もそこそこに、「あとは麗羽(袁紹の真名)にでも任せておけばいい」といって、手早く撤収に取り掛かった。

 

 そして陳留にある自家の屋敷へと彼女は戻り、数日が経った。

 この日彼女は自身の執務室にこもり、朝廷に今回の戦を報告するための書簡をしたためていた。

 

 戦場を離れ、ようやく一息が付ける。

 久方ぶりの安息に、心を休ませながらも彼女は今回の戦の功労者、戦果、そして損害等を手早く纏めていた。

 

 しかし、そんな彼女の穏やかな休みを打ち破るものがいた。

 

「華琳ねえぇー、燕っちはどこっすか――?」

 

 何の前触れもなくけたたましく開かれた扉から部屋に飛び込んできた少女の名は曹仁、字は子孝。曹操にとっては親戚にあたる少女で、彼女は幼少のころから曹操のことを“華琳ねえ”と呼んで慕っていた。

 容姿はよく似た金髪で顔立ちも何処か似通っているため2人を見れば血縁関係にあると頷くことができる。

 ただし、それは曹仁が口を開くまではという条件付きであるが。

 

 性格はよく言えば素直、悪く言えば無鉄砲。

 常識に囚われない奇想天外な行動と小さなことは意に介さない彼女の為人は、おおよそ曹操の縁者であるとは思えないものであった。

 

 曹仁の気ままな振舞いは曹家の面々をよく困らせており、特に彼女の実の妹である曹純はその後始末を担うことが多く、よく頭を悩ませていたりもする。

 

 しかし、そうして厄介事を持ってくることの方が多い彼女であったが、不思議と曹家において彼女を嫌うものは皆無と言っていい程にいない。

 

 例え相手が目下の者であっても決して飾らず、友人のように接する彼女のことを慕うものは多く。普段の行動も「仕方ない」と許してしまうような魅力を持つ人物でもあった。

 

 そんな彼女が突然、曹操の部屋に飛び込んできた。

 しかし常日頃の行いの賜物か、曹操は特に慌てる様子もなく小さく息を吐いてから曹仁の言葉に応える。

 

「あの子なら戦場を後にしてすぐに洛陽へ帰ったわ。なんでもやることがある!って」

 

「えー!? どうしてっすかー? 戦勝の宴の費用は燕っちが出してくれたって秋姉が言ってたのに、なんでここに寄らないで帰っちゃうんすかー!」

 

 彼女のお目当ての少女はこの街にいない、と曹操が告げると彼女は絶望したような顔で肩を落としていた。

 

 その様子を見て、自分の信頼する妹と友人の仲が良好なようだと感じた彼女は温かな気持ちになり、小さく微笑んだ。

 

「ふふ、また暫くしたらあの子もここに来るわよ。だからそう落ち込まないでもすぐにまた会えるわよ」

 

 妹を優しく宥める姉のように曹操がそう言うと、曹仁もムーっと不満そうにしながらも納得はしてくれたようである。

 

(今度、あの子が来たときは私が独り占めしちゃいけないわね。華侖(かろん)達にもちゃんと伝えてあげないといけないわね)

 

 手のかかる妹のことを思って、ふと表情が緩まる。

 すごく良いものを見たような気になり、億劫な書類仕事も捗りそうな気分である。

 

「わかったっすー、じゃあ“また”一緒にひなたぼっこをするのは今度来た時にするっす!」

 

 さぁ、気を取り直して書類に向かおうとしたところで耳に入った言葉に曹操の緩めた表情が引き攣った。

 今、何か看過できない言葉が聞こえたような気がしたのだ。

 

「ね、ねぇ華侖。一応確認のために聞くのだけれど……その“ひなたぼっこ”ってあなたがよく街の屋根の上でしていることよね?」

 

「んーん? ……そうっすよ?」

 

「あと、これも念の為なのだけれど……その“ひなたぼっこ”はもちろん服を着てのことよね?」

 

 恐る恐るといった様子で聞く。

 自分の脳裏をよぎった予感が外れていてほしいと願いつつ、曹仁の答えを待つ。

 

「何言ってるんすかー? 華琳姉、“ひなたぼっこ“っすからもちろん裸に決まってるじゃないっすかー」

 

 彼女の予感は最悪の形で的中してしまった。

 こうなっては前言撤回である。

 

 この妹にあの子と会わせるのは相応の準備をしてからでなければいけない。

 

「そ、それは、あなただけの話よね? もちろん燕はちゃんと服を着ていたわよね? ね、そうでしょ? そうに決まっているわ」

 

「燕っちも裸に決まってるっすよ。今日の華琳姉はなんだかおかしいっす」

 

 おかしいのはあなたでしょ。

 

 曹操は柄にもなく叫びたい衝動に駆られたが、寸でのところで留まることができた。

 最期の希望が断たれ、今度は彼女が絶望したように肩を落とす番であった。

 

「……ちなみにあの子はどんな様子だったの?」

 

「燕っちも最初は頑なに嫌がってたんすけどー、服を脱がせてあげたらすぐに真っ赤に温まってて、最後の方には遠い目をしながら“ハハハ・・・”って笑ってたっすよ!」

 

 どうやらとんでもない羞恥を受けたようである。友人が受けた苦難を思い、黙祷を捧げる。

 

「……華侖。今度、燕を誘ってひなたぼっこに行くときは必ず私か柳琳(るーりん)(曹純の真名)に報告してから行くようにしなさい」

 

 頭を抱えつつも再発防止のために対応策を告げた曹操に対して、曹仁は一体何のことかわからないといった様子である。

 少なくとも曹操、あるいは曹純が事前に知っていれば過去の惨事が繰り返されることはないはずである。

 

「なるほど! 次からは華琳姉と柳琳も誘えって事っすね! そういうことなら了解っすー!!」

 

 しかし、その思いは曹仁に届かなかった。見当違いの誤解をしたまま、彼女は颯爽と廊下を走り去っていった。

 昼下がりの陽気に和らいでいた心も嵐が去った後ように荒んでしまった。

 

(もしかして、燕がここに寄らないで洛陽に帰ったのは華侖の件が原因なの?)

 

 そんな疑問が浮かんだが、努めて考えないようにしながら曹操は目の前の書類に向き直る。

 

「あら、開いてますわね。……失礼します、お姉様。先程、華侖さんがすごい勢いで駆けていきましたけど、何かあったのですか?」

 

 ちょうど彼女が机に目を落とした時、再び扉の方から呼びかける声が聞こえた。そちらに目を向けると、そこには不思議そうな顔をした曹洪が立っていた。

 

 彼女もまた、先程の曹仁と同じく曹家一門に名を連ねる者である。

光を反射して煌めく金色の髪と凛々しそうな瞳。彼女も曹一門と色濃くわかるような容貌を兼ね備えていた。

 

 しかし彼女は曹仁と異なり、何か突拍子もない行動にでるような性格ではない。それどころかむしろ、非常にキッチリとしたことを好む性格をしており、その為に曹家における金銭の管理を一任されるほどの人物でもあった。

 

 彼女の金庫番としての手腕には、曹操も全幅の信頼を置いている。

 

 まさに曹仁とは正反対の性格をした彼女の登場に、曹操も幾分かの平静を取り戻す。

 ちょうど、甘いものの後には苦いものが欲しくなるように。曹仁の自由奔放さに振り回された今の彼女にとっては、曹洪が癒しにすら思えてきた。

 

「ええ、ちょうど華侖の行動をどうしたものかと考えていたところよ。それで栄華。今日、貴女は休みだったと思うのだけど、いったい何の用かしら?」

 

 曹操が用件を聞くと、その言葉を待っていたかのように彼女ここへ来た理由を述べた。

 

「前回の戦勝の宴の経費ですが燕さんに出して頂いたとのことでしたので、ぜひ私からもお礼を言いたいとおもいまして……お姉様のところにもしかしたらいらっしゃるかと思い来たのですが……」

 

「見ての通りよ。燕は用事があるそうで、祝宴にも参加せずにそのまま洛陽に帰っていたわ」

 

「まぁ、参加されないのに資金とお酒を用意されたのですか。それは悪いことをしましたわ。てっきり彼女も今日の祝宴には参加するものかと思っていました」

 

 曹操の言葉を聞いて、曹洪は驚いた後に考え込むような顔で呟いた。

 そして、小さくため息を吐くと心底残念そうな顔をした。

 

 衛弘のことである、おそらく十分すぎるくらいの量を用意したはずだ。曹家の収支を司る曹洪は、それがどれくらいのものか正確に把握しているからこそ、こうして休みにまで足を運んで彼女を探しているだろう。

 

 “金を知るものは、即ち金を扱うものである”

 

 受け取った物資の価値をこの曹家で最も理解できるのは、この金庫番の少女に違いない。

 

 そう考えた時に曹操はふと、彼女が頻繁に陳留の町の衛北商会の支店へ出かけ、そこの責任者という少女と親しくしているという噂を思い出した。

 

(なるほど……流石は栄華。物と金の流れがよく見えるからこそ、独自に商会の者とも懇意にし、中心にいる彼女達から情報を共有しようと考えていたのね)

 

 それに曹洪は以前、衛弘が陳留に来た際に一日彼女を連れて込んで部屋に籠っていたことがあった。

 おそらくあれは、彼女と昼夜を問わずこの大陸の流通や物価などについて白熱した議論を交わしていたに違いない。

 

 今日も燕を探しに来たのは、今後の大陸の行く末を経済面から語り合いたいという思いからだろう。

 

 もしそうなら自分も一緒に語りあいたいものである、そう考えて曹操は小さく笑った。

 

「どうされたのですか?急に笑われるなんて」

 

「気にしないで、貴女と燕は本当に気が合いそうだと思ったのよ。でも今回はあの子も忙しいみたいだから、栄華のやりたいことはまた今度にしておきなさい。それに、今度はそこに私も参加させてもらおうかしら」

 

「まぁ! 華琳お姉様もですか! それはこちらからもお願いしたいくらいです。……だとしたら、これではまだ不十分ですわね。もっと用意しておかなくては」

 

「ん? 何か準備があるの?」

 

 曹洪が嬉しそうにしてから何か気になることを発言したのを聞き、率直な疑問が曹操の口からでた。

 その言葉を口にした瞬間、彼女の優秀な頭は言い表せない悪寒を感じ取った。

 

 この段階ではまだ確信ではない。しかし、無視できない嫌な感じがまとわりつくのを彼女は感じたのである。

 そして「これ以上、この話題を広げるのはまずい」と判断し、先程の疑問を無かったことにしようとしたが、時はすでに遅し。

 

「何の準備って決まっていますわ。燕さんに色々な衣装を着せて、それを愛でるための用意ですわよ。華琳お姉様も参加されるのであれば、前回の80着では心許ないですので、90……いえ、100は用意しないといけませんね」

 

 彼女が感じた懸念は、明確な言葉となって曹洪の口から放たれてしまった。

 

「それは……ど、どういうことなのかしら?」

 

 何とか動揺を見せないように、それでいても隠せない焦りを見せながら曹操は尋ねる。

 

「あら、華琳お姉様も理解されているかと思いました。燕さんのあの愛くるしいお姿は、言わば国宝です! それを愛でるのはこの大陸の民としての義務と言っても差し支えありません。ならば、その姿をより際立たせる為に相応しい服をご用意することも又、義務ですわ!」

 

 前言を撤回する。この金庫番も脱がせ魔と同じく、ぶっ飛んだ人物であったと曹操は理解した。

 

 確かに、衛弘が可愛いことは曹操も認めるところである。それでも、彼女を部屋に閉じ込め、80着もの服を代わる代わる着せるという行為が凡そ、常識ある人物の行動ではない。

 

「その着せ替えの時、……燕は何か言っていたの?」

 

 しかし、衛弘という少女はこの大陸で最も服に精通している人物の一人と言ってもいい。もしかしたら、その理外ともいえる着せ替えは彼女自身が望んでしているという可能性もあるのではないか。

 

 冷静な曹操の頭が、自身の友人は元来、着飾るようなことには無関心であるという事実を突きつけてくる。それでも彼女は聞かずにはいられなかったのだ。

 

「燕さんですか? 確かに、最初は頑なに嫌がっていましたが……伯寧さん(満寵の字)が言い聞かせると、泣きながら喜んで服を着替えてくれましたわ! 最期の方はハハハと笑いながら大人しくされていましたし」

 

 聞きたくなかった、と曹操は頭を抱える。

 どうやら、この金庫番の少女も曹仁と同じくヤバイ人物であるようだ。しかも、聞くところによれば、商会の内部にまで協力者を抱えているという。

 

 もしや、衛弘が自分で出資した祝宴に参加しないで洛陽へ帰っていた理由は、自分の妹達に原因があるのではないか。

 曹操は自分の予想が間違っていないように感じ、深くため息を吐いた。

 

 心なしか、先程まではぽかぽかとしていた昼下がりの陽気が曇天の鬱屈としたものに変わってしまったようである。

 

「……栄華。あなたも今度、燕を誘うときは必ず私に一声かけるようにしなさい」

 

「ええ、勿論ですわ。今度も選りすぐりの服を揃えておきますので、楽しみにしてくださいまし」

 

 痛む頭を抑えながら言う曹操に、勘違いしたまま答えた曹洪は「こうしちゃいられません」と、すぐに一礼をして廊下を駆け出して行った。

 

(そういえば……黄巾の乱の前に彼女がここへ来た時。孟卓に会った後、すぐに街を出ていったけど……もしかしてあれも?)

 

 一度、頭に浮かんだ疑念はどんどんと深まっていくばかりである。

 兎にも角にも、衛弘が陳留に来ないのはこの2人が原因という可能性は濃厚だ。今度、衛弘が来るときは守ってあげなくては、と曹操は固く決意するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『とある太守の憂鬱』  (公孫瓚・趙雲)

 

 

 黄巾の乱が粗方の解決を見てから、暫く経ったある日。

 洛陽の店舗で各地からの報告書に目を通していた一刀は、ふと疑問に思うことがあった。

 

「なぁ、燕。うちの商会って幽州に店を持っていないよな?」

 

「持っていないけど。それがどうかしたのかい?」

 

 一刀は各地の支店や生産地から送られてくる書類の中、以前にこの洛陽で取引したことのある“張世平”が出身と語っていた“幽州”の地名がないことに疑問を持ったのである。

 そのことを尋ねると、同じく書類に目を通していた衛弘はそのままの姿勢で肯定の返事をした。

 

 一刀と衛弘が立ち上げた衛北商会は、この数年で脅威と言ってもいい早さで拡大をしてきた。

 大規模な拠点を司隷・兗州・荊州・豫洲に構え、それ以外にも并州・冀州・徐州・揚州にも支店を広げてきたが、幽州には支店を持っていなかった。

 

しかし、幽州はこの前、洛陽に来た張世平のような商人が活動している地域でもあり、それなりに交易盛んな地域だと一刀は思っていた。だからこそ、未だにそこへ進出してないことを疑問に感じた。

 

「幽州か……、私も進出を考えたことがあるけどね。まぁ、理由があって見送っているんだよ」

 

「何か問題でもあるのか?」

 

「言ってしまえば採算性の問題だね。あそこは進出に見合う利益が得られるのか疑問なのだよ。その要因は大きく分けて2つある」

 

 

彼女曰く、その問題とは人口と産業だという。

 

幽州は、そもそも人口が多くない。人口が多い地域として知られる豫洲の3分の1程度の人口であるという。

 商売は人の営みである以上、人口の影響を大きく受ける。人口が多いということはそのまま消費が多いことになり、それだけ設ける機会があるということだ。

 

だから、どうせ進出するなら人口の多い地域を優先するべきである。そう考えて衛弘は動いていた。荊州・豫洲・兗州はどこも非常に人口が多い地域であることからも、その考えは伺える。

 

それともう1つ重要なのは、その人口の密集度である。

 幽州は東西にわたって非常に広大な面積を有している。東の果てまで行くと楽浪郡、すなわち朝鮮半島のすぐ隣までが州の範囲である。

 

 面積が広ければ自然と人口密度は低くなる。加えて、幽州にはさらにそれを押し下げる要因があった。州における主要産業である。

 

 幽州が位置する大陸北方は比較的寒冷な気候にある、その為、温暖な南方と比べても農耕には不利な土地であった。また、幽州の北には匈奴と呼ばれる異民族が暮らしている。

 古来より彼らは物資を求めて中華に攻め入り、幽州・并州などは異民族との争いが絶えない地域としてよく知られていた。

 

 このような土地条件より、幽州では他の地域に比べて牧畜が盛んで、反対に農業があまり行われていない。

 

牧畜は村単位で行う農業と違って基本的には家の単位で営まれるものである。当然、一集団として比べれば家は村に劣る。牧畜を行う地域ではどうしても、人口集団が小規模になりがちであるのだ。

 このことが、幽州の人口密度の低下にさらに拍車をかけていた。

 

 大まかに、衛弘は幽州という地方が商業に向いていないということを説明し、それが進出しない理由だと語ってみせた。

 

 

 

 

 

 

 

「へっくしゅん!」

 

「おや、伯珪殿。風でもひかれましたか?」

 

衛弘と一刀がちょうど幽州について話していた時、まさにその地にある易京城の中で公孫瓚はくしゃみをした。

 

 彼女をいたわるように声をかけるのは白い着物を着た女性。名前は趙雲、字は子龍という人物である。

 

「いやー、そんなのじゃないと思うんだけどな。……誰かに噂でもされているのかな?」

 

「御冗談を。伯珪殿のことを噂するものなど、この大陸では片手で足るくらいのものでしょう」

 

 鼻をさすりながら、不思議そうな顔をする公孫瓚に趙雲は辛辣な冗談で返した。

 ここは幽州の易京城。公孫瓚が本拠地としている城である。

 

 当然、この城の中では彼女は最も高い地位にいる。しかし、そんな彼女に趙雲は敬意は払いながらも軽口を言い放った。普通であればあまりにも不敬であると咎められるものであるが、言われた本人の公孫瓚は意に介した様子ではない。

 

 彼女のこの反応は、趙雲の立場に依るものであった。

 

 結論から言えば、趙雲は公孫瓚の臣下ではない。

 彼女は元々、各地を放浪する旅をしており、その途上に立ち寄ったこの地で一時的に客将としてその身を置いているに過ぎないのである。

 

 公孫瓚としては得難い英傑である彼女をできれば正式な家臣として迎えたいと思っていたが、趙雲は今しばらくは自分の主を探していたいとして、これを辞去した。しかし、公孫瓚もこの時代に合って善政を敷こうと努めるあたり、非常に好ましい人物であると思った彼女はここに留まり、しばし手伝いを申し出たのである。

 

 こうして趙雲は公孫瓚のもとに仕えることになったが、その経緯もあって公孫瓚は彼女に臣下としての礼を求めることをしていない。そんな度量もまた趙雲にとっては好ましいものに思えた。

 

「おいおい、私だって一応は太守の任を預かる身だぞ。噂の1つや2つくらいは……うう、やっぱりされてないのかな……」

 

「まぁ、そんなことは置いておいて。伯珪殿、私を呼んだ理由をお聞きしてもよろしいですか?」

 

 趙雲の軽口を否定しようとしてから、それが真実に思えてきて落ち込む公孫瓚を他所に、彼女は自分がここに呼ばれた理由を問いかけた。

 

「そんなことでも、私にとっては重要なことなんだぞ。この前だって、麗羽の奴に地味って言われたりしたんだからな……、そうそう、お前に来てもらったのはそれとも関係があるのだけど、子龍、”衛北商会”って知っているか?」

 

「はぁ、もちろん存じ上げておりますが。むしろ、この大陸で彼らの名前を知らない者の方が今となっては珍しいでしょう」

 

 気を取り直した公孫瓚が本題を口にすると、まるでくだらないことを聞かれたような様子で趙雲は返した。

 彼女は特に気負いもせず答えたつもりであったが、その返答は少なくないダメージを公孫瓚に与えたようであった。

 

「うっ、しょうがないだろ。私は匈奴の対応だとかで日々忙しいんだ。ちょっとくらいは世俗に疎くなるんだよ!」

 

 言い訳のように口にした公孫瓚。

 別に趙雲は彼女が自分が言った”珍しい”に分類される人物とは考えていなかったが、どうも反応を見る限り、そのようである。

 

 衛北商会を知らないのは果たして”ちょっと疎い”と言えるのか、問い詰めたい欲望に駆られた趙雲であったが、これ以上に不憫な彼女を苛めるのも憚られたため、その言葉は胸にしまっておいた。

 

「ふむ、衛北商会。ここ最近、服を中心に莫大な財を築いている商会ですな。それに先の乱を契機に武具や食料の取り扱いを増やし、今や都を中心に庶人が手にする物の大半は何らかの形で彼らの手がかかっているものとの噂です。かくいう私のこの服も、商会のものですしな」

 

 そう言って趙雲は、くるりと、自分の服を見せるように回って見せた。

 彼女の着る服、白い着物のようなものは確かに一目で上質だと分かる出来である。また、両袖に配された蝶の羽を模した刺繍は見事なものであり、洗練されている。

 しかも、それでいて脇口には切れ込みが入れられており、激しい動きを阻害しない機能性まで備えている。

 

 常人離れした趙雲の槍捌きも、この服なら確かに耐えるだけの質とそれを害さない機能性を兼ね備えており、さらには見た目も流麗である。

 この服を見ただけでも商会の製品が如何に優れているかが察せられた。

 

「お、お前もかぁーー!! ……この前、麗羽に会った時に、”おーほっほ、白蓮さんは相変わらず地味な服を着ておりますわね。それに比べて私の服は、衛北商会の最新作の特注品ですのよ。斬新な意匠、洗練された素材、どれをとってもこの私に相応しいものですわ。まぁ田舎の地味なあなたにはその地味な服程度がお似合いでしょう。身の程を弁えるのは美徳ですからね。おーほっほ!!”って散々、馬鹿にされたんだよ。お前まで私を馬鹿にするのかー?!」

 

 言っておくが趙雲にはそんな意図はない。

 しかし、結構な長文にも拘わらずしっかりと覚えているあたり、袁紹から受けた罵倒は彼女の心を大きく抉ったのだろう。被害妄想を彼女に抱かせるくらいには。

 

 さらに、目の前の趙雲が身を包む服もその商会のものであるという。彼女は絶望した。

 

 別に、公孫瓚はお洒落に拘っているつもりはない。それでも人の上に立つ身としてそれなりに身嗜みには気を遣っていた。

 今、着ている赤を基調にした服もこの領内では非常に人気があることで知られる店のものであるのだ。

 それに、自身の領内でもこのところは服の進歩は目覚ましくなっている。都に比べてもそんなに劣る物ではないと公孫瓚は思っていたが、そんな折に受けたのが件の罵倒である。

 

 なまじ、自信があっただけにその罵倒は大いに効いてしまったのである。

 

「確かに、袁紹殿がいらっしゃる冀州には商会の支店も多くありますし、彼女は都にも頻繁に行くと聞く。商会の服を好まれていてもなんらおかしくはないですな」

 

 納得したように趙雲は呟いてから、さらに続ける。

 

 「それに比べて…… 伯珪殿が着ている服は確かにこの幽州では一流の品でしょう。しかし、それは所詮、商会の服を模倣したものに過ぎませんな。本家と比較すれば三流がいいところ、商会の最新作と対峙しては敵わぬのも道理。しかし、無理もありません。この幽州には商会の支店がありません。街の市場にある服はどれも商会を真似た模倣品とあっては、仕方ありませんよ」

 

 フォローのつもりで言った趙雲の言葉によって明らかにされた、幽州と他地域における圧倒的な服飾の格差。

 最近は自身の領内もいい服が出てきたと思っていた公孫瓚の認識は、とんでもない驕りであったのだ。

 井の中の蛙、大海を知らずとはこのことか。

 

 幽州における服の発展は商会の影響のおこぼれに過ぎないということか、公孫瓚は完全に打ちのめされていた。

 

「なんで……」

 

「ん?」

 

「なんで、幽州にはそのお店がないんだよぉぉーーー!! そのせいで私はこれからも麗羽に馬鹿にされる羽目になるのか!??」

 

 絶望に喘ぐ公孫瓚が溢したのは、理不尽な八つ当たりであった。しかし、それは彼女の魂の叫びであった。

 知らない間に自身の領地を流行りに遅れた僻地へとさせたその商会とやらに公孫瓚は激しく怒った。完全な言いがかりである。

 

「何でと申されましても……。そもそも彼らの本拠地は都の洛陽です。進出が著しいとはいえこの幽州とは距離がありますから、まだここまで届いていないだけではないですかな。……そんなに、商会の服をご所望なら、人を遣わせるなりして都で買ってこればいいではないですか?」

 

「そんなことをしてみろ、今度は”あら、精一杯背伸びして着飾ったのですのね、態々、都にまで行って服を買うなんて、御上りさんらしいことですわね”って馬鹿にされるのがオチだよ」

 

「なるほど……」

 

 不貞腐れて答える公孫瓚に、趙雲も納得する。

 彼女の言う通り、ここで都やほかの地域に服を買いに行けば自分から負けを認めるようなものである。

 

(しかし、これは拙いな)

 

 ふとしたことから明らかになった幽州の格差問題に公孫瓚は絶望した様子で、今は君主の椅子から降りて、地べたに体操座りをしている。

 今にも、地面に”の”を書いて陰気なオーラを発しそうである。

 

「そう落ち込まないでください。先程も言ったように、幽州に支店がないのは単に距離的な問題でまだ手が届いていないだけの可能性もあります。黄巾の乱も落ち着いた今、時期にここへも進出してくるでしょう」

 

 仮とはいえこのまま主君が落ち込むのを放っておくのは良くないと考えた趙雲は、場当たり的にだがフォローの言葉を口にする。

 そもそも、わざとではないにしても彼女を落ち込ませた原因の一端は自分にもあるのであるから。

 

「ほんと?……私もちゃんと流行にのれるかな?」

 

「ええ、もうしばしの辛抱ですよ。今はそれよりもやらねばならぬことがありましょう!」

 

 下を向いていた顔を上げて、迷子の子供のようにすがるような目線を向けてきた公孫瓚に、趙雲は苛めたくなる気持ちが湧いてくるのを自覚したが、ここはグッとこらえて励ましの言葉を口にした。

 

 趙雲の言葉で、平静を取り戻した公孫瓚。「そっか……そうだよな。すぐにここにも店ができるよな」と自分に言い聞かせるように立ち上がった。

 

 その様子に趙雲は安堵するが、すぐに状況は何も好転していないことに気が付いた。

 自分の言葉は何か確証があってのものではない。本当に商会が今後、幽州に来るかはわからないのである。

 

 しかし、それを思ったところで彼女にできることはない。商会の動向をどうこうするのは如何に趙雲といっても出来ないからだ。

 彼女が今出来ることは、目の前で必死で自らを奮い立たせようとする不憫な少女がこれ以上、傷つかないようになることを願うのみであった。

 

 その目的は違えど、この場の2人は衛北商会が幽州の地に来ることを切望していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は戻って洛陽の商会の執務室。

 

 自分の疑問に衛弘が答えたところで、再度一刀は彼女に尋ねる。

 

「これまで出ていかなかった理由はわかったよ。それで、今後は幽州の方に出ていく予定はあるのか?」

 

「その予定はないよ。幽州の馬は確かに魅力だけど、張世平さんと交流ができたことで少しづつ私たちの名前は幽州の商人の間で広まっているだろうし。こっちから行かなくてもじきにむこうからうちとの取引を申し出てくるだろうさ。こっちから無理をして店を出す利点はないからね」

 

「だよな。態々、採算の合わない地域に出ていく必要もないしな」

 

 こうして衛北商会のトップ2人の認識は一致した。

 

 不憫な太守の心が休まる日は当分こなさそうである。

 

 

 

 




週明けに遠くへ出ることになったので、最初の3つだけ先に更新します。
もう1つは同時投稿の次話に。

残りは今後の投稿予定は活動報告に書いた通り来週の火曜くらい投稿する予定です。

拠点パートの要望なんかもあればコメントお願いします。

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