真・恋姫†無双 北郷一刀・商人ルート 天下も金の回りもの 作:MATSUKASA
この章で本格的に取り扱う”貨幣”についての話です。
16話 貨幣 砂上の楼閣
黄巾の乱以後、特に大きな動きもないまま、一刀と衛弘は執務室で日々の業務に励んでいた。
「一刀、以前に私が人類の最大の発明品が”貨幣”だって言ったのは覚えてるかい?」
「あー、そんなこともあったな」
「もう! 結構大事な話のつもりだったのに、その反応はあんまりというものだよ!」
「悪い悪い、でも完璧とはいかなくても覚えているよ」
そんな業務の傍ら、衛弘は一刀に自分が以前に話したことを覚えているのか聞いてきた。
”貨幣”
今や当然のように各地で流通し、生活を支えているものである。
彼女はそれこそが天下の起源だと語って見せたのは、実のところ一刀も覚えていた。
”金のある所に人の秩序が生まれ、そうして天下が形成された”
まさしく、今一刀の目の前にいる大商人が思うこの天下の正体聞いたのである、強い印象と共にその時のことはよく覚えていた。
「なんだい、何だかんだ言ってもちゃんと覚えているじゃないか。それなら話が早い、今日はその続きの話だよ!」
満足そうに頷いてから彼女はその続きとやらを語る。
「一刀、貨幣はどうして”貨幣”だと思う?」
前置きをした上で、彼女の口から語られるのはいやに哲学的な問いかけであった。
”貨幣”とはなにか? 単純でいて非常に難しい問題である。
むしろ、人の数だけ答えがあるだろう。
ある人にとっては、欲しいものである。また、ある人にとっては生きるための手段かもしれない。
この問いに明確な答えを言えるものはいないだろう。
しかし、確かに言えることはその大きさに差異はあれど、”誰もが少なからず欲しがるもの”それが”貨幣”であるのではないか。
以前、彼女も「全ての人が貨幣を求めるようになる」と語っていた。
一刀はそのことを思い出し、彼女の問いに自分なりの答えを告げた。
「”貨幣”は皆が欲しがるもの、だから”貨幣”である、じゃないかな」
一刀の答えを聞いた衛弘は、なるほど、といった様子で目を閉じると、ゆっくり自分の考えを述べ始めた。
「その通り……だよ。一刀が言う通り、生きる上で欠かせないものである貨幣は誰もが求めるものだ…………。じゃあ、次に考えるべきなのは”どうして皆が貨幣を欲しがるのか”だ。当然、そんな理由は人の数だけ存在しているけど、それらを種類に分けると私は3つがあると思うんだ」
そう前置きしてから、彼女は自分なりに貨幣が持つという3つの機能を説明する。
まず1つ目の貨幣の機能、それは決済手段としての機能だ。
これは3つの中でも最もイメージがしやすいものでもある。
何かものを得ようとして、その代価として支払い、決済する機能を貨幣は持っている。例えば、米が欲しければ、それに見合う貨幣を支払えば手に入れられるように。これが貨幣の持つ機能の1つである。
そして2つ目が、貨幣には価値の尺度という機能がある。
貨幣はこの世に無数と存在する様々な物の相対的な価値を図ることができる。
例えば、ここに壺と刀が置いてあるとする。
一見すればそのどちらに価値があるのかを判断できる人はいないだろう。しかし、貨幣によって壺は1000万、刀は100万と値段がつけられれば、その価値は誰の目にも明らかになる。
このように、様々な物の価値を測る尺度としての機能が貨幣には備わっているのである。
そして、最後の機能が価値の保蔵機能である。
貨幣は価値を蓄えるための手段となる。
例えば、将来のために今手元にある富を保管しておこうと考えた時、人はどうするか。
もしその手にある富が、野菜のようなものであれば何年先の為に蓄えたくてもそれはできない。あっという間に腐ってしまい、それを将来の備えにすることはできないだろう。
ここで登場するのが貨幣だ。
その野菜の価値を貨幣に変え、それを蓄えておけば、将来必要になった時に備えることが可能となる。
人が今持っている富を、保蔵する機能。これもまた貨幣の機能である。
決済手段・価値尺度・価値の保蔵。この3つこそが貨幣の持つ価値だと衛弘は語って見せた。
「さて、今言った3つが貨幣の機能であるわけだけども、どうして貨幣はそんな機能を持っているのか、その理由を考えるとしようか」
彼女の言う貨幣の機能とやらは理解ができたが、今度は何故、貨幣がそんな機能を持つのかが問題である。
一刀は、今自分の手のひらにある貨幣、五銖銭を見つめながら考えた。銅を主な原料として鋳造されたこの小さなものがなぜ、彼女の言う大層な機能を持っているのか。
実のところ、その答えは単純であった。
「それはね、人々がそれを欲するからなんだよ」
彼女はそう断言した。
誰もが何かを得るための手段として貨幣を欲し、その貨幣によって示された物の価値を受け入れる。
そして、将来に備えて富のたくわえとしての貨幣を手に入れようともする。
そうした人々の思いと、行動がこの小さな銅の塊でしかない貨幣に先程の3つの機能をもたせるのである。
「つまり、この銅銭が貨幣であるという人の思い込みが、それを貨幣にさせるというわけだね! でもね、ここで面白いことが起きているんだ」
彼女は急に楽しそうな顔をするとそう切り出した。
そもそも、なぜ人が貨幣を求めるのかを考えると、次は”貨幣が先ほど言った3つの機能を有しているから”という結論にたどり着く。
人々の貨幣を求める行動が、貨幣に3つの機能を持たせるにも拘らず、そもそも貨幣を求めるのは貨幣にそれらの機能があるというからだ、という。
一見すれば甚だしい矛盾を抱えているかのように思えるが、実のところはそうではない。
「つまりはね、”人々が貨幣を求める結果が貨幣に機能を持たせ、その結果がまた人が貨幣を求めることになる”。永遠に続くこの循環が貨幣を”貨幣”足らしめるというのだよ!」
人の思いが貨幣を貨幣に変え、そして貨幣となったものを人はまた更に欲するようになる。
輪廻のように続くこの循環が、貨幣を貨幣にするのである。
「面白いよね。貨幣はそもそも人の思いから生じたのに、それをまた人が求めるようになる。まさしくこの”貨幣”こそ、人の英知の結晶ともいうべきものだと私は思うのだよ!」
ビシッとこちらに五銖銭を向けるようにしながら語る彼女。
なるほど、だから彼女はお金のことが好きだというのだろう。人が自分の暮らしをよくしようとする結果に生まれてきた手段が貨幣だと彼女は思っている。
そして、貨幣は確かにその為に必要な機能を有している。
「お金があれば何でもできる、とはいかないけど。何でもできるように人の知恵が生み出した手段が貨幣と考えれば、そこに愛も生まれてくるというものだよ。……まぁだからこそ、そんな貨幣を誤った使い方をする者が私は嫌いなのだけどね」
手に持つ貨幣に今度は頬ずりしながらそう告げる衛弘。
「はは、本当に燕はお金が好きなんだな」
そんな衛弘に苦笑いしながら一刀が言うと、彼女は「応とも!」と返事をした。
「でもまぁ、私がお金を好きなのは置いておくとして、今日、一刀に伝えたいのはこの先のことなんだ……」
目に見えない何かを、隣に置くような仕草をしてから、衛弘は急にその表情を引き締めると、真っすぐに一刀を見据えてそう話した。
彼女の真剣な様子に、自然と一刀の顔も強張る。
「今言ったみたいに、この五銖銭が貨幣として認められているのは、人がそれを貨幣として欲し、その結果、これが貨幣としての機能を有しているからなんだ。だから……逆を言えば、この五銖銭だって簡単に貨幣じゃなくなることも考えられる。例えば……そうだな、一刀がこの五銖銭をもって無人島にいると仮定してみよう!」
一刀は衛弘が言った状況を想像する。
無人島にただ1人で立つ一刀、そばにあるのは山のように積み上げられた五銖銭のみ。
「どうかな? 一刀はその状況でも、この五銖銭に貨幣としての価値を見出せるかな?」
「ただの鉄くずの山だな……」
そう、そんな状況になればこの小さな銭は貨幣ではない。彼女が言った、3つの機能のどれもまともに果たせなければ、まったく価値など見出すことはできない。
「うん、そうだろうさ。貨幣は人に認められて初めて、その価値を持つことができる。そんな状況じゃあ貨幣なんてそもそも成立しないだろうね」
衛弘は一刀の言葉を受けて、それを肯定してから続ける。
「だって、貨幣を貨幣にしているのはただ皆がそれを貨幣と認めて、欲しがるからに過ぎないんだ。もし、その思いが崩れてしまえば、貨幣はたちまちその価値を失ってしまうのだよ」
人の欲望と貨幣の機能の循環。この循環が途切れてしまえば、貨幣は貨幣でいられなくなると彼女は語る。
「私たちの今の地位と力はその貨幣の上に成り立っている。しかして、その貨幣の価値を担保しているのに明確な根拠なんてない。ただ皆がなんとなーくこれを貨幣と思っているからそうなっているに過ぎない」
持った五銖銭を掌の上で遊ばせながら、衛弘は遠い目をしながらそう言った。
「だから、今の私たちの立ち位置、そして貨幣が持つ価値はそんな曖昧なものの上で辛うじて成り立っているだけだ。勿論、この秩序を守っていくことが私たち商人のするべきことであるけども、そのことだけは一刀も知っておいて欲しいんだ……」
いつの日か訪れるかもしれない、貨幣が貨幣として機能しなくなる世の中。それを想像したのか。衛弘は深い決意と共に、そういってこの話を切り上げた。
今や衛弘と一刀はこの大陸では無類の財を築いてここに立っているが、その足場は砂上の楼閣の如きに脆いものであると彼女は考えているようである。
そして同時に、そこにある曖昧な存在、人の英知としての貨幣を何としても守り抜くという決意もあるようだ。
この先を見据えてなのかは一刀にもわからないが、ただ今は彼女の言葉を深く胸に刻み、それを支えようと決意するのであった。
時は、黄巾の乱から暫くが経った頃。
彼らの足元には、一度小さくなった戦乱の大火がまた、燃え上がるときを今か今かと待ち受けていた。
しかしその火種は確かに、そして着実に彼らを飲み込もうと雌伏しているのであった。
ここで上げた貨幣論はあくまで一説です。
貨幣に関しての議論は様々あります。近年では仮想通貨なんかも出てきたので。
一応、この小説では貨幣の認識をここで書いたもののように捉えて書いていきます。
ちょっと説明不足な気もするので、あとで活動報告のほうに補足のような形で恋姫世界の貨幣についての考察を載せます。
本編とはあまり関係ないので、無視していただいても結構です。
短いのでもう一話今日中に投稿する予定です。