真・恋姫†無双 北郷一刀・商人ルート 天下も金の回りもの   作:MATSUKASA

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17話 蠱毒 君子危うきに近寄らず

 洛陽の街、それは言わずもがなこの時代の都である。

 当然、都である限りこの街だけには、他の何処にもないものがある。時の皇帝陛下が住まう宮城、そして、それに連なる各種の府である。

 

 今、街の喧騒を横目に見ながら歩く衛弘は、単身でその権力者の中枢へと向かっている。

 

 いつもと変わりない昼下がり、店で通常の職務についていた彼女の元にやってきた何進からの使いに、「急ぎ大将軍府へ参内されたし」と言われた為であるが、彼女はその内容に心当たりはなかった。

 

 しかし、大将軍からの用立てとなれば断ることもできず、急いで支度をしてこうして歩いているというわけである。

 

「反乱もそこそこには落ち着いたし、一体なんだろうね……。何となくロクでもないようなことの気もするけど、行けばわかるかな」

 

 急なため、止むを得ず供をつけずの参内となったことに文句も言いたい彼女は、不思議そうな顔で独り言を呟くが、当然その答えが返ってくることはない。

 

 彼女はあれこれと考えるのをやめ、少し足を速めながら、宮城……権力者たちの魔窟へと進んでいくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「董卓、賈詡!! これはどういうことか?!」

 

「申し訳ありません、何大将軍。しかし、我々は荊州からこぼれてくる黄巾の残党の対処で手が塞がっておりまして……」

 

「そのような言い訳は聞きたくもない!! 冀州では曹何某とやらが首魁を討ち取り、豫洲では袁公路の手の者が敵の本体を叩いたというのに、貴様らはこのような体たらくとはな! 攻め上がる賊を打ち破って少しは使えるかと思い、貴様を中郎将に抜擢したというのに……恩を仇で返すという訳か」

 

「いえ、決してそのようなことは……」

 

「くどい! 言い訳は要らんと申したであろう! 違うというなら、すぐに河北・河南に跋扈する敵の残兵どもを片付けてこい!!」

 

 洛陽の中心、大将軍府の謁見の間で、玉座の上から厳しい語調で捲し立てる何進。彼女の目の前には、2人の少女が膝をついて平伏していた。

 

 涼州より黄巾の乱の討伐の為に、都へときた董卓と 賈詡の2人である。

 

 彼女たち董卓軍は、何進の檄を受け取ると他の諸侯に先立って都に上がり、黄巾党の討伐に当たった。

 特に、乱の初期、荊州・豫洲から都を落とさんと攻めてきた黄巾を存分に叩きのめした彼女たちの武名はこの都にも広く伝わるところであった。

 

 そして、何進はそんな彼女達の実力を認めると、董卓を新しく中郎将に任じ、自身の指揮下に置いたのである。

 

「全く、これならば袁本初の方がよほど使い物になったわ!」

 

 未だに怒り心頭といった様子で吐き捨てるように言う何進に、董卓はさらに身を縮こまらせ、隣の賈詡は悔しさのあまり、みえないように唇を噛んだ。

 

 今、何進が怒っている原因は、先日届けられた報告にあった。

 

 ”司隷の河内・河南両郡に、黄巾党と思しき賊あり”

 

 彼女は、この報せを陛下に報告した際、その隣にいる宦官から、「あら~、もう各地の黄巾党はあらかた殲滅されたというのに、まさかこの司隷に残っているとはぁ。傾さん(何進の真名)も、もうちょっと大将軍らしい働きをしてくださいねぇ」と皮肉を言われることになった。

 

 これが大きく彼女の自尊心を傷付けた。

 

(何故あのような宦官風情に、このような屈辱を受けねばならぬのだ)

 

 大将軍府に戻った彼女は、怒りも冷めやらない様子で董卓と賈詡を呼びつけ、開口一番に冒頭の罵声を彼女達にぶつけたのである。

 

 しかし、彼女の怒りは董卓達からしてみれば理不尽以外の何物でもなかった。

 

 元々、彼女達に命ぜられた任務は”荊州からくる黄巾党の討伐”である。そして、今も荊州から流れ込んでくる黄巾党を抑え、十全に討伐している。

 

 報告にあった、河内・河南の地域は彼女達が担当している地域ですらない。それなのに、その責を何進は董卓に押し付けてきたのである。

 

(そっちはアンタの失策でしょうが! ボク達の役目はあくまで洛陽の南の守護。それ以外の地域でのことでとやかく言われる筋合いはないわ! それにしてもこの女、私たちの手柄は自分面で報告しておいて、自分の失態はボク等に押し付けるなんて……本当にとんだ小者ね)

 

 平伏した姿勢のまま、賈詡は内心で毒をはく。

 

 しかし、それでも涼州から来た自分たちの立場は強くなく、この小者に頼るしかないのが現状であることが、より一層彼女を苛立たせる。

 つい先日も、先程彼女が口にした袁術と共同作戦で黄巾党の荊州本軍の鎮圧にあたっていた同じ中郎将の盧植が、賄賂を渡すことを拒否したばかりに官位剥奪の上で幽州に追放されたばかりである。

 

 悔しいが今の董卓達はこの理不尽な怒りを正面から受け入れるしかなかった。

 

「はい、直ぐに河内・河南に兵を派遣して鎮圧にあたらせます。しかし、荊州からくる敵の対応で私たちの軍は武具、糧食共に不足している状況です。せめて、それらの支援だけでも大将軍から頂きたく……」

 

「ならん!! 自分の失態を棚に上げて、図々しく物資を要求するとは…………涼州の田舎者は礼儀も知らんのか」

 

 董卓は恭しく、討伐の命令を受け入れたが、その代わりにといった様子で物資の支援を要求した。

 しかし、そんな彼女のささやかな願いも、怒りで我をなくした何進は一蹴する。

 

 どの口が言うのか。自分の失態を棚に上げているのはお前の方ではないか。

 賈詡は立ち上がって叫びたい衝動に駆られたが、隣でこの理不尽にじっと耐える自身の主君を思い、ぐっと我慢した。

 

「しかし、何大将軍。河内と河南はいま我らが展開している地域から距離があります。連戦続きの我らには、物資がなければ討伐もままなりません」

 

 どうにか逸る気持ちを抑えながら、賈詡が主君と自軍を思って同じ要望を繰り返す。言外に、急な転戦を強いられることへの不満を含ませたが、幸い、それは気づかれた様子ではない。

 

「ならんと言っただろうが!! これ以上の泣き言は聞きたくない! 一切の支援はない。さっさと行って愚かな賊を討ち、自分の価値を示すがいい!!」

 

「……畏まりました。直ぐに討伐の用意を致します」

 

 それでも、頑なに何進は譲ろうとしない。

 そして、これで話は終わりだといわんばかりに、深々と玉座に腰を下ろしてしまった。

 

 こうなっては、これ以上何を言っても無駄である。董卓は静かに承諾を伝え、賈詡はどうにか手元の物資でやりくる方法に頭を巡らせた。

 

 

 そんな時である。

 

「何大将軍閣下、衛子許、ただいま参内しました。……どうやらお取込み中でございましたか」

 

 開かれた扉から入ってきた少女の声が謁見の間に響いた。

 

「おお! 衛弘か! 待っておったぞ。それにこれは見苦しいところを見せたな……」

 

「いえ。大将軍ともなれば、その苦労は私如き一介の商人では想像もできぬものでございましょう」

 

 少女――衛弘の登場に、何進は先程までの怒りが嘘のように嬉しそうに彼女を迎えた。

 

 董卓と賈詡は前を向いているため、入ってきた少女の顔を見ることはできないが、彼女の口から出た名前には覚えがあった。

 

 ”衛子許”

 ここ最近、大陸全土に進出する衛北商会の総裁。服を始めとした事業で莫大な富を築き上げ、最近では食料や武具にもその手を伸ばし、この洛陽の街にあるものの大半は彼女の手にかかったものであるとすら言われる。

 それに、今回の黄巾の乱に際しては、惜しみもなくその財を投じて官軍を支援したとも聞いている。常人なら気が遠くなるような金額を、まるで子どもの小遣いのように投げ出した商会が大陸全土でどれくらいの財を成しているのか、想像もつかない。

 

 まさかの大物の登場に董卓達は瞠目する。

 

 2人は噂でしか聞いたことのない人物の登場に、その姿を見たいと思ったが、今は謁見の最中。勝手に振り返るような非礼をすれば、目の前の何進になんて言われるか分かったものではない。

 

 彼女達は気になる気持ちをこらえて、平伏したままの姿勢を保つ。

 賈詡だけは、若干、最初に聞こえた彼女の声にどこか聞き覚えがあることが気になっていたが。

 

「しかし、ちょうどいいか……衛弘にも紹介しておこう。ここにいるのが新たに中郎将となった董卓とその軍師、賈詡だ。おい、お前たちも名乗っておけ。そこにいるのが、衛北商会の総裁、衛子許であるぞ」

 

 何進の言葉を受けた2人は、思いがけない事態に驚きながら、噂の人物をこの目で見られることに期待しながら、立ち上がって後ろを振り返る。

 

 そんな彼女達の目に映ったのは、小さな銀髪の少女。子供だといわれても納得してしまうような体躯の女性である。

 まぁ、そのことは董卓についても同じことが言えるのであるが。

 

 衛弘を見たときに董卓と賈詡が浮かべた表情は同じ驚きであった。

 しかしその実、2人の驚きは大きく異なっていた。

 

 噂から想像していた姿とは全く異なる様相の少女に驚く董卓に対して、賈詡の驚きは、まるでこの場にいるはずがない友人を見たような驚きであった。

 

「な! アンタは……」

 

 あまりの予想外の事態に賈詡が驚いて衛弘を呼ぼうとしたが、その言葉は途中で遮られた。

 その本人、衛弘が小さく人差し指を口に当てて、言わないように伝えたのである。

 

 ”私達はこれが初対面ということでいいね?”

 

 言葉にせずとも、彼女の意図を察した賈詡は慌てて口を閉ざした。この場で彼女たちが知己であるということがバレては、後ろの何進に要らぬ疑いを持たれかねない。

 

 賈詡はすぐに平静を取り戻したように装った。

 

「初めまして、董仲穎殿、賈文和殿。今、紹介に与った衛弘、字は子許と申します。お二方の噂はかねがね聞き及んでおります。なんでも、20万にもなる黄巾党の大軍を退けられたとか。そのような義勇の士にお会いできて光栄です」

 

「いえ、私はそんな噂される程の人物ではありませんよ。申し遅れましたが、私は董卓。字は仲穎と申します。それと、こちらが……」

 

「筆頭軍師の賈詡、字は文和よ。ぼく達もあなたのお噂はかねがね聞いています。ぜひ時間があれば色々とお伺いしたいところです」

 

 流れるような動作で一礼して見せた衛弘に倣って、2人も自己紹介をする。

 賈詡は、”どういうことか説明してくれるのよね”っといった言葉を込めて、ジト目で衛弘を見つめ、衛弘も”勿論さ”と目で応じた。

 

「ところで、何大将軍閣下。先程までは河内の方で賊が現れたという話が聞こえてきたのですが……」

 

「なんだ、聞いておったのか。そうだ、どうも河北・河南に不逞の輩が出たようでな。ちょうど今、その討伐をこ奴らに命じたところだ」

 

 探るように聞いてきた衛弘に何進はあっさりと肯定で返した。

 

「全く、嘆かわしいことですね。しかし、董仲穎殿が対応してくれるということであれば、私もこの洛陽に住まうものとして安心できます。それに迅速な対応であれば、何大将軍の武名もまた際立つというものでございましょう。非力ながら、その討伐、私ども商会としても支援させて頂きたい!」

 

「何?! しかし……よいのか? 貴様にはもう随分と世話になったと思うが……」

 

 何進の言葉に、おべっかを使いながら衛弘はそう口にした。これには、何進だけでなく、董卓と賈詡も大きく驚く。

 

 何進は、少しバツの悪いような顔で確認の言葉を口にする。彼女にも人を気遣うようなことができるということ、そして、あの尊大な彼女にこんな態度を取らせる衛弘にも賈詡は驚いていた。

 

「何を仰いますか! 私どもとしても、民の安寧の為に戦う何大将軍をお助けすることは至上の喜びでございます。そこにはなんの遠慮も必要ありません」

 

「う、うむ。その忠義、誠に大儀である。ならば、よきに計らうがいい」

 

 大げさにお辞儀しながらそう言った衛弘に気をよくした何進は、満足そうにしながらそう口にした。

 

「そ、それとな、衛弘。お前の言葉に甘えるという訳ではないが……今日、呼んだのはお前に1つ頼みたいことがあってだな……」

 

「閣下、私たちの間に遠慮は要りません。閣下の要望とあれば喜んでご協力いたしましょう」

 

 一旦、話が落ち着いたところで何進は再び、決まりの悪い顔になりながら彼女が言う本題を口にした。衛弘は張り付けた仮面を崩さず、恭しくそれに返す。

 

「お前ならそう言ってくれると思っていたぞ。……天子様が豫洲で話題になっているという”蜂蜜”なる甘味をご所望されている。だが私は、肉以外の食べ物には疎くてな、どうやって手に入れればいいのかわからんのだ。その”蜂蜜”とやら、お前であれば手に入れられるか?」

 

 頼まれた時の様子と、自分の妹を思い出したのか、らしくもなく丁寧にお願いを口にした何進。

 

「お安い御用でございます。私の店は豫洲にもありますので直ぐに取り寄せましょう。……この程度のことであれば、使いの者に命じていただければ手配いたしましたものを、態々、御自らお伝えいただけるとは、恐縮でございます」

 

「なに、このようなことはもう何度にもなる。お前には苦労を掛ける故、せめて、余自ら頼むのが筋というものであろう」

 

 何進の言葉に、再度平伏して見せた衛弘。

 

 しかし、衛弘の言葉には、「これくらいのことで私を呼ぶんじゃないよ!」という文句が含まれていたのだが、それに気づいたのはこの場で董卓と賈詡だけであった。

 

 その後、手配したものは大至急で大将軍府に届けることを伝えた衛弘は、支援するといった董卓と賈詡を伴って、謁見の間を後にした。

 

 

 

 

 1人、謁見の間に残された何進は、自身の手にある書簡に目を落として小さくため息をついた。

 

 彼女の手の中にあるのは、新設された西園八校尉となった袁紹からの上奏文である。その中に書かれた内容について衛弘に尋ねようと思った彼女であったが、董卓達がいる前でこの話をするのは拙いと思い、咄嗟に別件を頼んだのである。

 

「また、別の機会に聞くとしよう。特に急ぐというわけでもないしな」

 

 言い訳をするようにその書簡を懐にしまう何進であったが、この判断が後に、致命的な失策になるとは、今の彼女は露とも知らなかったのである。

 

 洛陽の中心に位置する宮城。その奥の奥では、深い闇が小さく蠢いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう! あの時は心臓が飛び出るかと思うくらい驚いたわよ。まさか、アンタがあの”衛子許”だったなんてね」

 

 謁見の間を出た董卓達と衛弘は、少し歩いて宮城の庭にあるテラスのような場所で腰を掛けて話していた。

 

 その中、賈詡は開口一番に先程の一件についての文句を口にする。隣の董卓が「詠ちゃん、失礼だよ」とその口調を諫めたが、当の衛弘は全く気にしない様子であった。

 

「はっはっは。騙して悪かったね! まぁ私もこういう立場上、おいそれと名乗ると相棒に叱られちゃうからね。そこは勘弁してほしいかな。それに、私もまさか”幸薄少女”の文和ちゃんが、あの”神算鬼謀”の賈文和だとは驚いたよ」

 

「嘘いわないで。アンタ、ボクを見ても全く驚かなかったじゃない。どうせ、あの時から私の正体には気が付いていたんでしょ」

 

 おどけて見せた衛弘に、賈詡はピシャリと言い放つ。彼女の言う通り、あの場で驚いたのは董卓と賈詡のみだった。衛弘は全く驚いた様子もなく、むしろ何進にばれないような配慮までする余裕をみせていた。故に、彼女はそれが嘘だと断じて見せたのだ。

 

「あ、ばれちゃってた? まぁ、2人の容貌は大方知っていたからねー」

 

「これぐらい見抜けないようじゃ”神算鬼謀”なんて呼ばれないよ、”稀代の商人”さん」

 

 芝居がかったように言う賈詡と衛弘はしばらく見つめあってから、同時に吹き出すように笑った。

 

「でも本当に助かったわ。アンタが来てくれたおかげで、何進の無茶ぶりも何とかなりそうよ」

 

「はい、ご助力感謝します、衛子許殿。これで兵士さんたちの負担も少しは減らせます」

 

 笑いあった後に、賈詡は改めて支援のお礼を告げると、董卓も続くようにお礼を言う。

 

「いいってもんさ! それに私のことは気軽に子許ちゃんと呼んでくれたまえ!」

 

「いえ、流石にそんな馴れ馴れしくは……」

 

「いいのよ、月。こいつはこういうやつだから気を使う必要なんてないよ」

 

「むっ! 幸が薄い割には言ってくれるじゃないか、文和ちゃん」

 

「アンタが豪運すぎるだけよ!」

 

 気さくな調子で言う衛弘に戸惑いを見せた董卓であったが、賈詡の言葉とやり取りする衛弘を見ると、彼女はやはり、以前聞いた通りの人物だと思い小さく笑った。

 

「おっ、仲穎ちゃんも文和ちゃんの不幸っぷりには覚えがあるみたいだね!」

 

「そんな! 月までボクのことを馬鹿にするの?!」

 

 董卓がほほ笑んだのを見た衛弘が、にやにやしながら言う。続いて賈詡も批判めいた瞳で彼女を見つめた。

 

 董卓も自分の軍師が人よりちょっと不幸なことは理解していたが、今の笑みはその意図ではない。

弁解も含めて彼女は思ったことを口にする。

 

「いえ、そういうことではなくて……。子許さんは本当に詠ちゃんが言っていた通りの人だなーって思って」

 

「ほう、文和ちゃんが私のことを……とな。これは気になるねー」

 

「ちょっと、月! 今、その話はいいでしょ! そんなことより、子許! 私たちの支援をしてくれるという話だったはずよ!」

 

 笑いながら言う董卓に、興味津々といった様子で返したのは衛弘。一方の賈詡は思いがけない方向から、探られたくない話がと出してきたことに、不自然に話題を変えた。

 

「まぁ文和ちゃんがそういうなら、この話はまたの機会にしておこうか! そうだね……支援についてだけど、今、仲穎ちゃんたちの軍は荊州との州境に展開しているよね? とりあえず、河内・河南に移動する前に一旦、洛陽に戻って、そこで物資を渡すという形でどうだろう?」

 

「そこまで知っているのね……。まぁ話が早くて助かるけど。それでこちらとしても異論はないわ。一度、編成を見直すためにも洛陽に引く必要はあるし、そこで供給を受ける形なら都合がいい」

 

「本当なら、そこで兵の皆さんを少しは休ませてあげたいけど……そういうわけにはいかないよね」

 

 衛弘の提案に賈詡と董卓は異論はないと答え、大枠は決まった。

 その中で、兵たちの心配した董卓に衛弘は、黄巾党の戦いで協力してくれた人物たちの姿を重ね合わせて少し懐かしい気持ちになる。

 

「休ませてあげれない分、食うには困らないくらいの支援はするよ」

 

 彼女の気が少しでも楽になるようにと思い、衛弘は慰めの気持ちでそう口にした。

 

「月が心を痛める必要なんてないよ! 元はといえば、何進の奴が無理難題を押し付けてきたのが原因だもの」

 

「まぁ、文和ちゃん。何大将軍も色々大変だからねー。宮中の奥の蜚蠊(ごきぶり)どもの相手をしているんだからさ! それに彼女なんてまだ可愛いもんだよ!」

 

 ここにはいない人物を批判するようにして、董卓を気遣う賈詡の言葉に、衛弘は笑顔でいながらも過激な物言いで応えた。

 口汚い物言いの彼女に2人は驚くが、その言葉はまだ続く。

 

「何大将軍も災難だよね。あんな蛆虫どもの巣に、いきなり市井の肉屋だったのに放り込まれて。まぁ、彼女の場合は自ら望んで入っていったから仕方ないのかもしれないけど……。というわけでね、彼女は色々と面倒くさいところもあるけど、宮中の奥に潜んでいる輩に比べれば何倍もましだね」

 

 話す口調は普段の朗らかな様子にも関わらず、口から飛び出すのは過激に尽きるような発言だ。

 

「ちょっと、子許。周囲に人はいないといっても、ここはその宮城の一角よ。滅多なことは言わないほうがいいわ」

 

 慌てて、その言葉を遮ろうとする賈詡である。自分も随分なことを口にしたが、今の目の前の少女の言葉はたとえ事実であっても誰かの耳に入ってはまずい言葉である。

 

「……ごめん。少し言葉が過ぎたね。……でも、ここはそういう場所なんだよ。私利私欲が幅を利かせて、力無い者は骨の髄までしゃぶられる政争。その数百年の歴史によって、”蠱毒(こどく)”のように汚れを極めていった今の宮中に、無闇に深入りすれば全てを喪うことにもなりかねない……。そのことだけは覚えておいてほしい」

 

 衛弘の有無を言わさぬ迫力に2人は息をのむ。

 やはり、自分たちの目の前にいる少女はあの”衛子許”に他ならないのだということを実感する。

 

 そして同時に、彼女をしてそこまで言わしめる今の宮中はどれほどのものかと想像してその身を震わせた。

 大将軍である何進ですら、まるで掌の上で転がすように丸め込む彼女がここまで言う相手である、恐怖を抱かずにはいられない。

 

 しかし、それでも!

 賈詡は自らを奮い立たせるように口を開く。

 

「子許がそこまで言うとはね……。十分に注意するわ。でも、涼州から出てきたボク達はこんなところでは止まれないの。蠱毒であってもそれを皿まで飲み込むくらいの覚悟がないと、この時代を生き抜けない…………ボクはそう思ってる」

 

「はい、詠ちゃんの言う通り、今の宮中が如何に汚れた存在であっても民にとっては必要なものだと思います。そんな宮中の汚れを正して、少しでもこの大陸の人たちが安心して暮らせるような世にしたい……私はそう思ってこの都に来ました」

 

 戸惑いながらも、力強い瞳で自身の決意を口にした2人に、衛弘も満足したように笑う。

 

「そこまでの思いがあるなら私もこれ以上は言うまい。もしかして、君たち2人ならこんな腐った世を変えてくれるかもしれないね……何かあれば私を呼ぶといいさ、私もできる限りは助けようじゃないか!」

 

 深く、溜息をはくように言ってから、彼女は董卓に手を差し出した。董卓もしっかりとその手を握り返す。

 

 黄巾の乱を経て迎えた、仮初の平穏の一幕であった。

 

 

 

 




ゆっくりですがこの章も進めていきます。

この章がある程度進んだところで、各陣営の動向なんかを自分でも忘れないようにまとめようかなと思います。
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