真・恋姫†無双 北郷一刀・商人ルート 天下も金の回りもの   作:MATSUKASA

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書き溜めが尽きたので、毎日投稿はここまでです。

※趙忠の名前を間違えていましたので修正しております。


18話 蠢動 沙中の偶語

 

 

「全く!! 遂高(すいこう)様(何進の字)は何を考えていますの!?」

 

「まぁ、麗羽様、落ち着いて下さい」

 

 洛陽にある袁家の屋敷。その一室で袁家当主の袁紹は煮え切らない思いを抱えて不満を口にした。

 叫ぶと同時に机を叩いた音が屋敷に響くが、この屋敷の使用人たちは「いつものことか」と慌てることはない。

 

 傍に控える軍師の田豊、字は元皓、が自身の主君の癇癪を宥めるように言うが、それでも彼女の怒りは収まらないようである。

 

「栄えある陛下直属の西園八校尉に私が任命されたことは、まぁいいとしますわ。それに、あのチビ娘の華琳さんが私の下についたのもいいとしましょう。そ・れ・で・も! どうして私より上の”上軍校尉”に宦官風情の男がついているのですわ!?」

 

蹇碩(けんせき)殿は天子様の寵愛を受けておられるご様子ですから……何大将軍も、そこに配慮せざるを得なかったのではないかと……」

 

「それにしても!! この四世三公の名家、袁家の当主であるこの私の上に、宦官風情がいてもいい道理にはなりませんわ!」

 

 憤慨した様子でそう言い切った袁紹。彼女が今、これほどの怒りを露にしているのは黄巾の乱を経て、新設された官職の人事についてである。

 

 袁紹は乱鎮圧の功を以て、西園八校尉の第2位”中軍校尉”に任じられた。

 任じられた当初こそは、「おーほっほ、あの生意気な華琳さんが私の下に付くというのは、中々に良い人事ですわね!」と気分を良くしていた彼女であったが、すぐに態度を一変させた。

 

 袁紹の付いた”中軍校尉”の上にして、西園八校尉の最上位にあたる”上軍校尉”に宦官の蹇碩が付くと聞いたのである。

 

「今回の反乱の鎮圧を華麗に鎮めてみせた私を差し置いて、後宮で媚びへつらうしか能のない玉無しが陛下直属の軍の最高位につくなんて、本当に腹立たしいったらありませんわ! それに、あの涼州の田舎娘の董何某とやらも、私と同じ中郎将になったと聞きましたわ」

 

「董卓殿です、麗羽様」

 

「そんなの何だっていいですわ! 宦官と田舎のお上りさんを重用するなんて、本当に遂高様は何を考えていますの!!」

 

 また話は最初に逆戻りである。今度は、董卓にまで話が飛び火した。

 

「董卓殿は私たちが河内・河南に流した黄巾の残兵について先日、何大将軍から叱責されたと聞いております。それで今度は休む間もなく、そちらに転戦を命じられたとのことですし……どうかここはそれで矛を収めてください」

 

「ふん、いい気味ですわ。田舎者は田舎者らしく、せっせと働くのがお似合いですわ」

 

 田豊の言葉で、幾ばくかは気持ちがすっきりしたのか、袁紹は鼻を鳴らして椅子に深く座りなおした。

 主君が少しは落ち着いてくれたのを見て、田豊も肩を撫でおろす。

 

「それで、真直(まぁち)さん。遂高様に送った書状の返事はどうですの?」

 

 しかし、袁紹の振り上げた矛のもう一方は健在である。彼女は気を取り直して、もう一方の宦官に対して仕掛けた策の首尾を尋ねた。

 

「そ、それなのですが……どうも何大将軍はまだ決心がつかないご様子で……”暫し待つように”との返事がきています……」

 

 田豊の歯切れの悪い報告を聞いた袁紹の怒りは再燃する。

 

「真直さん!! しっかりしてくださいまし! 宦官風情が我が物顔で宮廷内を歩き回る今の状況を野放しにしておけないのはわかっていまして?! ……こうなったら、私自ら大将軍府に出向いて、直談判するしかありませんわね」

 

「お。お待ち下さい! 今の都では宦官どもの目がどこにあるかもわかりません。そのような時に麗羽様と何大将軍が接されては、こちらの考えを見抜かれる恐れがございます。どうか、ここは私に任せて、麗羽様はお待ちください!」

 

 焦れて強硬策に出ようとした袁紹を田豊は慌てて諫めた。この洛陽はいわば敵の巣でもあるのだ。そこで人の目を引く袁紹が不用意に動けば、それに気が付かないほど宦官も愚かではないことを彼女は知っていた。

 

 自分たちの思う策の為にも袁紹がここで動くのは、何としても避けなければならない。

 

「あれもダメ、これもダメでは話になりませんのよ。ああ、もう! 分かりましたわ。その件は、真直さんに一任しますから、華麗にそして迅速に何大将軍からいい返事をもらって来てくださいまし!」

 

 田豊の言葉に、不満を漏らしながら袁紹は任せると言い残すと、椅子から立ち上がり部屋を出ようとする。

 

「お待ちください、麗羽様! どちらに向かわれるおつもりですか!?」

 

「私は気晴らしに、衛北商会の店へ買い物に行きますわ! 真直さん、先程の件はくれぐれも頼みましたわよ!」

 

 そう言い残して、袁紹は自室を後にした。残されたのは田豊ただ1人になる。

 袁家に仕官して以来、振り回されることばかりで、もう慣れたとはよく口にする彼女だが、それでも疲れるものは疲れるのだ。

 

 彼女は、1つ大きく息を吐いてから気を取り直したように自分のすべきことを再確認する。

 

 そんな時である。

 

「失礼いたします、田軍師殿。大将軍府周辺に忍ばせた細作から報告が上がってきております」

 

 袁紹が退出していったのを見計らったかのように、部屋に現れた文官が手そう告げながら部屋に入ってきた。

 

「そう……ではその報告書は私の自室に置いておいて。後で目を通しておくから」

 

「畏まりました。そのようにしておきます。しかし……よろしいのでしょうか? 今の状況で本初様が堂々と街に出て行かれて……」

 

 手短に報告を受けた田豊に対して、文官は入るときにすれ違った主君のことを思い、差し出がましいことを言いますが、といった様子で聞いてきた。

 

「いいのよ、どうせ私が止めても麗羽様は行っちゃうし、猪々子さんと斗誌さんが付いて行けば滅多なことにはならないでしょ。それに……麗羽様が油断して買い物に興じている姿を見せれば、敵もこちらを恐れるに足らずと思ってくれるかもしれない」

 

「出過ぎたことを申しました」

 

 袁紹の気ままな行動すらも策の一部に組み込んで考える筆頭軍師の深謀に、自身の考えの浅さを感じながら報告に来た文官は平伏した。

 

「かまわないわ。それよりも……大将軍府の様子はどうだった?」

 

 そんな文官の態度も気にした様子がなく、田豊は双眸に鋭い光を宿しながら、彼女の感がる策の要となる情報を聞いた。

 

「何大将軍に我らが送った書簡の内容が周囲に漏れた様子はございません。事が事ですので、彼女も周囲や妹の太后殿下にも相談できていないご様子です」

 

 平服したまま、の文官は、こちらの企みが漏れていることはないと自信をもって報告する。しかし、その内容に田豊は少し不満な様子であり、少し考え込むような素振りをしてから指示を伝える。

 

「それは……少々拙いわね。‥‥‥‥それとなく、十常侍周辺に、”何進殿が宦官の排斥を企んでいる”という情報が伝わるよう、細作に宮中で噂を流させるようにしなさい」

 

「な?! それでは我らの企みを敵に伝えるようなものではありませんか?!」

 

 自分たちの策を自らバラすような命令をした田豊に、文官は目を見開いて疑問を呈した。しかし、田豊は動揺せずに返す。

 

「ええ、大丈夫。でも、流言の際にはくれぐれも私達、袁家の名前は出さないように徹底させて。あくまで、”何進殿の独断で”宦官の排斥を企んでいるという形で噂を伝えるの」

 

 付け加えるようにそう指示した田豊の言葉にも、彼女の真意が掴めない文官は戸惑いながらもその指示を受け取った。

 

「いいのよ、これで。確かに、今の私達と何大将軍は宦官という共通の敵をもつ同志だけど……、同時に、彼女もまた麗羽様が今後、朝廷の権威を握る際には邪魔になる……」

 

 文官の戸惑いを目敏く察した田豊は、付け加えるように言う。それを聞けば、文官も彼女が思い描くものの一端が理解できた。

 しかし、あまりにも周到に組まれた彼女の策に今度は、その表情が驚愕に染まる。

 

「邪魔なもの同士が食い合ってくれる、それが私たちにとっては最上。互いに貶めあい、食い合った末に疲弊する。その時こそ、私たちが動く時というわけ。……必ず、近いうちにその時は来るわ。今は、この地にて静観を保つことこそが肝要。……先程の指示、くれぐれも徹底させるように、頼んだわよ」

 

 驚愕で固まる文官に、念を押すように告げた田豊。彼女に遅れるようにして文官も、「はっ!」と返事をして、彼女の指示を正確に履行すべく、その場を後にした。

 

 再度、部屋に残されたのは田豊ただ1人となった。

 

 彼女が目指すのは、恩ある自身の主君、袁紹をこの大陸の覇者に押し上げること。その障害になるものは何者であれ、彼女にとっては敵である。

 

 おそらく今は、お気に入りの商会で買い物を楽しんでいるであろう主君のことを思いながら、彼女も自身のするべきことの為にゆっくりと部屋を後にした。

 

 束の間の平穏の中、時は確かに進んでいく。幾多の思惑と戦乱の火種を抱えたままに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇー、(けい)さん(何進の真名)がそんなことを……」

 

「ああ、宦官の末席どもが”やられる前に何進を反逆者として処罰すべき”と捲し立てておったわ」

 

 洛陽の魔窟、宮城のさらに奥の奥。2人の影が顔を突き合わせて、近頃、後宮内で密かに広まりつつある噂について話し合っていた。

 

「でも、こちらが瑞姫(れいちぇん)(何太后の真名)さんを抑えている以上、傾さんも不用意な真似はできないと思いますがぁ」

 

「ああ、俺も同感だ。それに……奴とて馬鹿ではない。むざむざこのような計画の露呈をするとは思えん。どうもこの噂、きな臭いものがある」

 

「確かにー、傾さんもこんなあからさまな愚を犯すとは思えないですねー。私や張譲さんだけが察したならともかく、末席の宦官にまで知れているとなると……なーんか、裏が有りそうですねぇ」

 

 間延びした声で同意を告げた女性、趙忠の言葉に張譲と呼ばれた人物も頷きで返した。

 この2人は、この後宮において今や絶大な権力を持つに至った宦官、そのトップに君臨する者たちである。

 

 皇帝の信頼を得た2人は、ともに母・父と呼ばれるくらいに現皇帝から寵愛を受けている。皇帝は何か判断をするたびに、この2人に助言を求め、もはやこの2人の同意なくては政治は動かないと言われる。

 

「何進が我らを良く思っていないののは周知の事実ではあるが、今回はすこしあからさま過ぎる。西園八校尉になった袁本初か、それとも曹孟徳か、あるいはその両方が裏にいるのやもしれん」

 

「それだと、武力に任せてこちらに向かってくることもあり得ますねー。はぁ、本当に面倒くさいですねぇ。私はただ陛下とのんびり贅沢な暮らしができればそれでいいんですけどー」

 

「お前は相変わらずだな……しかし、その為には余計な雑音は不要だ。違うか?」

 

「まぁ、その通りなんですけど。ちょっとこのところ雑音が多すぎるのが不満なんですぅ」

 

 まるで自分たちこそがこの世界の中心にいるような不遜な物言いの2人だが、それが許される立場にいるもの事実である。

 

「最近はー傾さんのところに、よく巷で評判の商人が出入りしているとも聞きましたしー。この前も陛下が、ご所望された蜂蜜を自慢げに持ってきて、あれは絶対その商人が手を回したんですよぉ!」

 

「あれも元は肉屋だ。卑しい商人同士気が合うところでもあるのだろう。そんな小者、放っておけ。それよりも注意すべきは、このところ力をつけてきた諸侯どもの方だ」

 

 趙忠が思い出したかのように言った言葉を、張譲は取りに足らない些事であると切り捨てた。

 

「でもですねぇ、”蟻の一穴”という言葉もあるくらいですし、取るに足らないものが思いがけないことをするのは世の常だと思いますぅ」

 

「……お前はその商人とやらが我らを崩す蟻となると考えているのか?」

 

「まだそこまでは言ってませんよー。今の彼女達は特にこちらに踏み入るようなこともせず、傾さんに擦り寄ったのも、市場を乱す賊の討伐の為だけみたいですからー。でも……こういうことは用心するに越したことはないと思うのですよー」

 

 訝しむような張譲の物言いにも動じずに返す趙忠。しかし、それでも張譲はその考えには同意を示さない。

 

「ふん。道端の蟻をいちいち気にしていては、まともに歩くこともできん。気になるというなら、そちらはお前が注視しておけ。俺は、蟻よりも凶暴な獣どもの手綱を取ることに忙しいからな。……それと、陛下の具合はどうだ?」

 

 投げ捨てるように言ってから、張譲は神妙な面持ちになって最も懸念している事について尋ねた。

 

「うーん、はっきり言ってしまうとかなり良くないですねぇ。もって……2ヶ月という感じですかねぇ」

 

「そうか……、もし陛下の身に何かあれば、それこそ何進の奴とそれに従う諸侯はこぞって弁殿下を後継に推してくるだろう。そうなれば、奴らの権威を増すことになる、”何か”があった時には何としてもそれは避けねばならん」

 

「私としても、弁皇子より白湯様(劉協の真名)の方が可愛いですから、それには同意ですぅ。その”何か”があってもすぐに対応できるようにはしておきますねぇ」

 

 2人とも明言は避けたが、遠くない未来に起こる変事を確かに共有し、その後のことを確認する。

 

 まさしくこの時代において最も権力を握る2人といっても過言ではない彼女達は誰も立ち入れぬ、禁中の奥で来るべく、混乱を見据えて話し合う。

 

 彼女達の思い描くものはただ1つ。都合のいい支配の存続、それを目指して彼女たちの陰謀はどんどんと深まっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「臭い……すごく臭いよ!」

 

「え?! 昨日もちゃんと風呂には入ったんだけど……匂うか?」

 

 洛陽の衛北商会の店舗。

 執務室で業務に励んでいた衛弘は急に、思いつめた顔でそう口にした。

 

 彼女の突然の言葉に、一刀は慌てて自分の服の匂いを確かめたが、自分では臭いとは思えなかった。

 

「違う、違うよ! 臭いのは一刀じゃないよ。一刀の匂いは私も好きだからね! 匂うのは……街の空気だよ。その元凶はおそらく、宮中だね」

 

 一刀の勘違いに慌てた様子で否定をした衛弘は、窓の外を指差しながら、その匂うものとやらについて指摘した。

 彼女が指を差す方角にあるのは、この街の中心に位置する宮城であった。

 

「……何か、何進の周りで不穏な空気でも感じたのか?」

 

「ううん、具体的これといったものがあるわけではないよ。今日、店に来た本初ちゃんを見ても、街は平和そのものといった感じだ。でもね……なんかこう…‥‥胸のあたりがざわつくんだよ」

 

 自身の薄い胸に手を当てながら、神妙な顔で告げる衛弘に一刀は自分なりの予想を伝える。

 

「それは……董卓殿のことか?」

 

 一刀の知る歴史通りに進むのであれば、この後、街に吹き荒れるのは”暴君”董卓による悪政であるはずだ。

 彼女が董卓と会ったと聞いたときに彼は、自分のイメージしていた董卓像を思い、衛弘のことを心配したのだ。

 

「ううん、私は一刀のいた世界の董卓って人がどんな人物なのかは知らないけど、私が会った……仲穎ちゃんはそんな人じゃないよ。それは断言してもいい。彼女がすすんで悪政を敷くとは思えない。それに……彼女の隣にいる文和ちゃんだってそんなことをするような子じゃない」

 

 静かに、しかし確固とした気持ちで一刀の懸念に衛弘は首を振った。

 

 以前、彼女が宮中から戻るなり、董卓軍を支援することになったと聞いた時、一刀は大いに反対したが、その時も彼女は同様の反応であったことを、彼は思い出す。

 

 この世界と一刀が知る世界は大きく違う点が多い、しかし、それでも似ている部分も多いのは事実である。

 

 だからこそ、一刀は自分が知る”暴君”をイメージして反対したのだが、彼女は自分が見たものを信じたいとして、その反対を受け入れなかった。

 

 衛弘にそう言われてしまえば、一刀としてもそれには従うほかない。故に、こうして今、その董卓軍に供給する物資の計算をしているのである。

 

 言葉を選ぶような衛弘の言い方も、珍しく意見が真っ向からぶつかった時のことを思い出してのものである。

 

「じゃあ……燕は何が気になるというんだ?」

 

「具体的にこれというわけじゃないんだ。でも……名伏しがたい懸念というのかな、そんなものが纏わりついているんだ。多分……近いうちに何かが起こる。そんな予感がするんだ」

 

「要は、勘ってことか。でも、燕の勘は当たりそうだし、俺の知る知識でもこのまま平和が続くとは思えないな。……それで、何か手は打つのか?」

 

 自分でも抱えるものがはっきりしない様子で語る衛弘に、一刀は以前、黄巾の乱の前にしたような備えを考えているのか聞いた。

 しかし、それにも彼女は首を振ってみせた。

 

「今回は色々と不確定な要素が多すぎる。だから私もどんな備えをすればいいのか正直分からないというのが本音だよ。それに……この先の混乱は、この先の未来の為にも乗り越えないといけない必須のものだと思う」

 

 一刀が事前に語ったこの先の未来。”漢王朝の事実上の崩壊”。

 衛弘はそれが必要なことだと言っていた。下手に動いて、それを阻害するようなことはしたくないとも。

 

 一刀は思う。おそらく彼女はこの今の支配体制、漢王朝の支配を完全に崩してしまう必要があると考えているのだろうと。

 

 常から、この乱れた世とそれを齎した者たちへの嫌悪を口にして憚らない彼女である。一刀でなくとも、そんな彼女の考えは容易に想像ができた。

 

 だからこそ、彼女はここでは動かないのである。

 自分たちの動きが、崩れ行くはずの漢王朝の支配にどんな影響を及ぼすかわからない、。今はただ大局に身を委ねる方がいい、それが彼女の出した結論であった。

 

「だから、今の私たちは静観するしかない。この国の行く末を……ね。勿論、何か起きたらすぐ、高度な柔軟性を保ちつつ、臨機応変に対応しなければいけないけどさ!」

 

「尤もらしいけど、結局は出たところ勝負というわけか」

 

「はは、そうとも言う! しかし、今できることはその覚悟を決めながら、努めて平静を保つこと。というのは変わらないさ」

 

 いいことを言ったようで、実際はノープランのような口ぶりに呆れたように返した一刀であるが、彼自身も考えは同じである。

 そもそも、董卓の悪政が起きそうにないというなら自分の知識がどこまで使えるかもわからない。

 

 生兵法は怪我の元、である。

 不確かな予想で手を打つくらいなら、いっそ何もしない方がいいということだってある。

 

 だから今は、平静を保ちつつその”何か”に備えることが唯一の方策である。そう一刀も考えた。

 

「お! 一刀も理解したみたいだね。詰まる所、私たちはいつも通りにやっていくしかない。というわけで……私はいつもと同じく、曼成ちゃんと秘密会議があるのでお暇させてもらうよ!!」

 

 言うが早いか、立ち上がると脱兎のごとく部屋を出ていこうとする衛弘である。

 しかし、この手合いは一刀からしてももはや慣れたもの。彼女の言葉の途中で、彼女がここから逃げて最近凝っているという李典との絡繰り開発に向かうことを予想していた。

 

 先回りして、扉の前に仁王立ちした一刀は衛弘のゆく方向を塞ぐ。

 

「あのー……一刀さん。私達は常のように振舞う必要があるといったよね。だから、私は”いつものように”曼成ちゃんのところに行く必要があると思うのだよ」

 

「その詭弁は通用しないぞ。それは董卓軍の支援の手配を、俺1人に押し付ける理由にはならないと、愚考するが」

 

 上目遣いでこちらに聞いてくる衛弘を、一刀は行かせるか、と押し留める。

 そして、常々から言おうと思っていたあることを彼女に突きつける。

 

「それに……ここ最近、店の資金が幾らか”使途不明金”として処理されているのが気になってな……燕は何か心当たりがないか?」

 

「…‥‥きおくにございません」

 

「……色々と店の人に聞いたら、どうも"燕の指示"で一部の店の資金が使われていると、俺は聞いたのだが?」

 

「……ひしょがかってにしたことです」

 

「なぁ……お前の”秘書”って俺になるんじゃないのか?」

 

「……ぎく!」

 

「語るに落ちたな!! 衛子許!! お前と曼成が勝手に店のお金でガラクタを作っていることは、とっくに調べがついているんだ! この店を預かる身としては、そんな浪費を見過ごすわけにはいかないな! というわけで、今後しばらくはその”絡繰り開発”とやらは禁止だ」

 

「うわーんー!! 一刀のいけずー!! そもそも、その"店を預ける立場"は私だよ!」

 

「ええい! 問答無用! いつも通りというなら真面目に働け!」

 

 一刀は逃げ出そうとした衛弘の首根っこを摑まえると、猫のようにぶら下げてそのまま自分の席に座らせた。

 趣味を邪魔された衛弘は、誰かの口癖が移ったかのような悲鳴を上げながら、渋々といつも通りの業務に向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らは戦乱の予兆を確かに感じながら、いつもと変わらない日常を過ごす。

 油断すれば、こんな日々が永劫に続くのではと思えるような時間であるが、時代は彼らにそれを許さない。

 

 この出来事から2ヶ月程が経ったある日、彼らの元に届けられた知らせが、次なる戦乱の到来を告げる鐘の音となって大陸全土に響き渡った。

 

 

 ”霊帝崩御”

 

 1つの時代の終焉を告げるこの知らせを機に、時代は再び戦火に飲み込まれていく。

 そして、老いた龍の最期となるこの戦乱の渦、彼らは否応なしにその中心へと放り込まれていくことになるのであった。

 

 

 

 

 

 

 




田豊が黒くなってしまった……。趙忠は……まぁいいかな。

一応、今回でたキャラの”張譲”は、原作でも名前は出ていたしオリキャラじゃないということでお願いします。許してください。

容姿はアニメ版恋姫に出ていた姿を参考にしてもらえればと思います。

革命キャラがいろいろと出てきましたが、未プレイの方はHPでデザインだけ見ていただければ、場面イメージの参考になるかもしれません。

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