真・恋姫†無双 北郷一刀・商人ルート 天下も金の回りもの   作:MATSUKASA

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21話 決別 王侯将相寧んぞ種あらんや

 

 

 

 

「まさか、そっちの方からくるとはね。……驚いたけど、ともかく歓迎するわ、子許と……あんたは誰?」

 

「衛北商会の一応……副総裁をしている北郷一刀だ。俺はあくまで燕の付き添いだから気にしないでくれ」

 

 突然訪問した一刀達を天幕にて迎えた董卓と賈詡は、歓迎の言葉を述べてから、衛弘の隣に腰掛けていた一刀に名前を聞いてきた。

 

「そう、アンタがあの”懐刀”ね……。すでに子許から聞いているかもしれないけど、ボクはこの軍の軍師をしている賈文和よ。それでこっちにいるのが……」

 

「中郎将の董仲穎です。北郷さんのことは霞さんから聞いております。今更かもしれませんが、今回の遠征にあなた方から支援を頂いたこと、私からも改めてお礼を申し上げます」

 

 初対面の一刀に対して、簡単に自己紹介をする賈詡と丁寧にお辞儀しながらこちらに感謝の意を伝えてきた董卓。

 

 ここに来るまで、一刀は衛弘から凡その2人の人物像を聞いてはいたが、それでも彼女の様子には驚きが隠せなかった。

 一刀が知識として知る、”暴君”董卓と目の前の少女はどう見ても一致しなかったのである。

 虫も殺せぬ深窓の令嬢といった様子の少女と言った方が余程、適切である。

 

 しかし、ここにきた経緯を踏まえると、彼女をその見た目のままに判断するのは危険だと一刀は気を引き締めなおす。

 似ても似つかない容貌であるが、彼女は間違いなく”董仲穎”なのだ。

 

 一刀は董卓の感謝を特に気負わず受け取ってから、顔を引き締めなおして目の前の2人をじっと見つめた。

 

 簡単な自己紹介も終わり、天幕は再び静寂に包まれた。

 

「それで、商会の大物様がこうして夜分にボク達のところを訪れた用件はなにか?……と聞きたいところだけど、大方の察しはついているわ。……今洛陽で起きていること、そしてこれからボク達がしようとしていることを聞きに来たのでしょ?」

 

 互いに切り口がなく、黙って向き合う中、最初に話を切り出したのは賈詡であった。

 彼女の予想したこちらの用件は、その通りであり、ここに来てから俯き気味で沈黙を保っていた衛弘は、彼女の言葉に頷くことで同意を示した。

 

「やっぱりアンタは気付いていたのね……。そうよ。お察しの通り、これからボク達は洛陽に凱旋し、保護した協皇女を次期皇帝として擁立するつもりよ」

 

 別に隠すことでもないといった様子で、賈詡は一度息を吐いてから、決意した瞳で真っ直ぐに一刀と衛弘を見つめながら自分たちの計画を吐露した。

 一刀の隣の衛弘は彼女の言葉を聞いて、一度小さく肩を震わせたが、それ以上の反応を示すことはなく沈黙を守っていた。

 

 今は、賈詡達の話を聞くことにしようという彼女の考えを悟り、一刀も口を挟むことなく彼女の次の言葉を待った。

 

「どうせ、街に戻ったらすぐにあなた達のところに話をしに行こうと思っていたから、手間が省けたわ。これからボク達は洛陽で朝廷の実権を握り、白湯様を中心とした王朝の再興をする。その時には、ぜひ、あなた達にも協力を要請したい」

 

 こちらが話を聞きに徹するという態度でいることを感じ取った賈詡は、余計な言葉で飾ることもなく、単刀直入に一刀達に協力を依頼した。

 

 彼女が語った今後の計画は以下のものである。

 

・ここにいる数万の兵を以って、今の洛陽に広がる混乱を鎮圧する。

・その上で、董卓が後見人となって劉協を新皇帝として即位させる。

・その後、彼女を連れてきた宦官筆頭の張譲・趙忠とともに朝廷の政治を支配、汚職などを一掃して、漢王朝の権威を取り戻す。

 

 これが彼女と主君の董卓がこの混乱に乗じて目論んだ計画であるという。

 

「ボク達が軍という武力、そして黄(趙忠の真名)達が朝廷の政治、そして子許、アンタが財力を司れば、先の戦乱以来、失われた王朝の権威を復興することができるわ! だから、お願い! あなた達の力をボク達に貸して欲しい!」

 

「子許さん、私達は王朝の腐敗と戦乱の広がりを嘆いて涼州より都に来ました。私達は……、白湯様の元で失われた秩序を取り戻し、世に安寧をもたらしたいのです。どうか、その力をお貸し頂けませんか?」

 

 自分達の理想とその実現の為の計画を語り終えた賈詡は、身を乗り出すような勢いで再度、衛弘と一刀に協力を求めた。

 それに続くようにして董卓も、自身の決意を告げるようにして、こちらに頭を下げる。

 

 その姿から、彼女達が心からこの乱世を案じて、それを鎮める為に本気であるということは嫌という程に伝わってくる。

 それと同時に、彼女達は衛弘も同じ気持ちでいるはずだと疑っていない様子でもあった。

 

 しかし、彼女達の思いが報われることはない。他ならぬ一刀はその事を知っていたが、それは己が口にすることではないとも理解していた。

 ここは隣にいる少女に判断を任せるべきだと重い、一刀は静かに瞼を閉じて、口を閉ざした。

 

 そんな、一刀の様子を見て、董卓と賈詡も自然とその視線が衛弘へと向いた。

 

 この場にいる全員の注意が向けられる中、ここに来てから一度もその口を開かなかった衛弘が静かに言葉を紡いだ。

 

「仲穎ちゃん達の考えは理解できたよ……。君達が決して、野心や功名心からそう言っている訳ではないと言う事もね。その上で、1つだけ質問させて欲しい。2人は……”濁りきった甕の水を綺麗にするにはどうすればいいと思う?”」

 

 衛弘が口にしたのは答えにもなっていない、禅問答のような問いかけであった。

 

 一瞬、彼女が言った言葉の意味が分からないという様子で、董卓達は互いに顔を見合わせて首を傾げた。

 そして、そんな2人の様子に、衛弘は元々答えを聞いたつもりではなかったという様子で言葉を続けた。

 

「濁った水を綺麗にするために、中の水を一部抜いて外から綺麗な真水を入れなおしても、濁りは完全に無くなりきらない。結局、また元の濁った水に逆戻りさ。これは、何度やっても同じ、外から水を注ぐだけでは甕の水を綺麗にはできないんだよ」

 

「子許……何が言いたいの?」

 

 誰に向けてという形でもなく、自分に言い聞かせるように自論を語る衛弘に賈詡は怪訝そうにその真意を尋ねた。

 

「私が言いたいのは、君達が今からやろうとしていることは、それと同じ、ということだよ。……ごめんね、話が変な方向に行っちゃったようだね。えーっと、君達の計画に私達が協力するかだったよね?」

 

 小さく息を吐いててから衛弘は、気を取り直したように再度、董卓達の質問を確認するように繰り返した。

 

「そうだね……今から言う2つの条件を満たしてくれるなら、喜んで協力しようじゃないか!」

 

 そして、急に明るく笑顔を顔に浮かべると、協力のためには条件があると告げた。

 

「あのー、その条件とは一体……?」

 

 二転三転とする彼女の話に董卓は困惑しながら、それでいて計り知れない悪寒を感じながら、恐る恐るその”条件”を聞いた。

 

 不気味な衛弘の様子に、本能が”聞くべきではない”と警鐘を鳴らすのを隣の賈詡は感じていた。

 しかし、聞かなければ話が進まないのも事実である。

 

 身を襲う不安を必死に抑えながら、賈詡も衛弘の言葉を待った。

 

「まぁ簡単な条件だよ。1つは、天子様を連れて来たという宦官の2人を処刑すること。そしてもう1つは、天子様の擁立に当たっては曹孟徳、袁本初、それと劉景升、それ以外にも各地の有力な諸侯も政権に参加させて、諸侯による連合政権にするということだよ! ほら。簡単でしょ?」

 

 彼女の口から語られた”簡単”な条件を聞いた2人は絶句し、驚愕の表情で固まった。

 

 衛弘が語ったのは、明確な協力の否定であった。それも、董卓達がここまでにしてきたことをすべて否定するという最悪の形での拒絶であった。

 

 衛弘の示した条件は、到底飲めるものではなかったのである。

 まず1つ目の条件、”張譲・趙忠両名の処刑”。董卓達の計画では、この2人はこれから作り直す王朝の政治を立て直してもらうための人材である。そして、今回の騒動によって非常に心を痛めている劉協にとっても、傍にこの2人がいることが必要でもある。

 

 この2人が、これまでの王朝の政治的腐敗の中心にいた事実は董卓達とて知ってはいるが、曹操と袁紹によって、宦官が悉く誅殺された現状、彼女達無くしては朝廷の政治機能を維持することは不可能でもあった。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、子許!! 確かに彼女達はこれまでの腐敗の中心にいた人物よ。でも! 天子様の信認があり、朝廷の政治に精通した彼女達がいなければ、そもそも、宦官や外戚を一掃した今の朝廷に政治機能を維持させることはできないわ!!」

 

「だめだよ、文和ちゃん。さっきも言った様に、甕の水を綺麗にするには、濁りを徹底的に除かないといけない。宦官や外戚を排したところではまだ不十分だよ。本当に汚職を一掃するなら、彼女達を残すことなんて論外だ」

 

 慌てて立ち上がりながら、条件の内容を問いただした賈詡に、衛弘は当然の事のように返した。

 全く譲歩する気は無い説いた様子の衛弘に、彼女は再び口を閉ざす。

 

「それに、彼女達がいなければ政治機能が維持できないわけじゃないよ。2つ目の条件で言ったように、曹孟徳や袁本初、劉景升、それに袁公路、各地の諸侯達を招いて朝廷の運営をすればいい。特に、荊州の劉景升の下には以前、宦官たちに謂われ無き罪で官職を追放された官僚達が多くいる。彼らを迎えれば政治機能を維持することは可能だよ」

 

「そんな諸侯達を招けば、朝廷なんていってもその中身は、皇帝をお飾りにした群雄にとって都合がいい政権になるだけ…………てっ! まさか?!」

 

 続いて、衛弘が口にした彼女の考えを聞き、それに反論しようとしたところで、賈詡はあることに気付いた。

 

「ご明察の通りさ。甕の水を綺麗にする簡単な方法は、全てを壊して新しい甕の中に水を注げばいいと言う訳だ。だから……古く汚れた甕なんて粉々に割ってしまえばいいのだよ」

 

 衛弘が語った言葉に、自分の気付きが間違いではなかったことを悟った賈詡は、衝撃と共に膝から崩れ落ちて、力なく椅子に身を委ねた。

 

 董卓達はあくまで、今の漢王朝という秩序の回復を志向して計画を練り、その協力を要請したが、衛弘が考えるものは全く違うものであった。

 彼女の提示した2つの条件を受け入れて出来上がるのは、旧来の漢王朝とは全く別物の新しい秩序である。力を持つ諸侯達によって成立する政権である。

 

 つまり、彼女は今の漢王朝というものを全て壊し、全く新しい秩序を志向しているのである。

 

 真逆のものを目指している両者が協力できるわけが無い。

 

「誇りも力も失った今の王朝にこの先の乱世を治めることなんてできない。なら、そんな王朝はもう不要だと私は思っている」

 

 絶句した賈詡達に向けて滔々と衛弘は言葉を続けた。

 

 彼女は言う。

 王とは生まれながらにして王ではない。民に安寧を与え、彼らの信任を得ることで始めて王となれるのだと。

 今の漢王朝にその力はもう無い。むしろ、その民達を苦しめる存在になっているではないか。

 

 ならば、そんな王朝に大義がないのは自明の理である。

 死に体のそれに延命を施したところで、得られるのは混乱を助長するだけでしかない。むしろ、そんな王朝なら……

 

 ”滅んでしまえばいい”

 

 そして、その破壊の先にある創造こそ、今の世に必要なものである。

 

 衛弘はゆっくりと、断言するようにそう語った。

 

 最初は驚愕の表情で彼女の話を聞いていた賈詡であったが、彼女の意図が透けてくるにあたって、徐々にその顔色を憤激へ変えていった。

 

「子許!! よくもそんな不敬を口にできるわね! あなたには漢の臣民としての忠義はないの?! それに、あなたが言う破壊の先に待ち受けるのは……収拾のつかない混乱よ!!」

 

「治極まれば乱に至る、そして乱極まれば治に至る。先史が示す通り、一度乱に傾いた世の流れはもう止まらない。ならば、一刻も早く乱を極めることこそが必要だと思う。その中から、次なる治をもたらす英傑は生まれてくるのだからね。もう、この大陸は乱世に片足を突っ込んだんだ。犠牲なく平和の治を求めることはできないよ……」

 

「それでも! 犠牲を最低限にする為の努力は必要よ! それには漢王朝はまだ、この大陸に必要なはず。それに……、子許が言う群雄による秩序だって、結局は自分たちに都合がいい人物を挙げただけじゃない!!」

 

 賈詡と衛弘の舌戦は続く。

 彼女が指摘したのは、先程、衛弘が提示した2つ目の条件で上がった各地の群雄の名前についてである。

 曹孟徳や袁本初、劉景升、それに袁公路、どれも衛弘達の商会が大規模な店舗を置くなどして、常から友誼を結ぶ相手ばかりである。

 

 賈詡はその点から、衛弘は詭弁を弄して、自分たちにとって都合のいい支配体制を望んでいるのではないかと問いかけた。

 

「……確かにそういう見方もできるね。でも、それの何が悪いんだい? 私達は、義勇の士でもなければ漢の忠臣でもない。ただの商人だよ。自分たちの利になるものを追い求めるのは当然さ」

 

 そして、彼女の問いを衛弘はあっさりと肯定した。

 

「はっ! 馬脚を現したわね、子許!! 結局あんた達も、自分たちのことばかり考える”金の亡者”だったのね! ……あんたは違うと思っていたのに」

 

「……それは文和ちゃんの独りよがりな期待だね。私はこれまでも、そしてこれからも”商人”だよ」

 

 鬼の首を取ったように衛弘を利己的だと弾劾した賈詡は、その言葉の最後にやりきれない思いを溢すように口にした。

 

 そんな賈詡の様子に、衛弘も少し目線を下げながらも彼女の思いを断じた。

 

 ”期待”は両者の合意のもとに交わされる”契約”とは異なる。それは、どちらかによる一方的なものに過ぎない。

 

 ”だから、君の期待に私が従う義理はない”

 衛弘は言外に、そう告げたのであった。

 

 どこまで行ってもこの話は平行線である。漢の忠臣である董卓達と商人である衛弘・一刀のいく道が交わることはない。

 

 賈詡は互いにあるどうしようもない壁を幻視し、乱暴に自分の髪をかき回すように苛立ちを示した。

 

「……どうしても私達は協力できないのでしょうか?」

 

 隣で珍しく苛立ちを隠そうともしない様子の賈詡を心配しながら、董卓はどうにか糸口を掴もうとする。そして、今度はこれまで口を閉ざしてきた一刀のほうを見ながらそう聞いてきた。

 

「……董仲穎殿、これ以上話しても俺たちの結論は変わらない。俺たちは今の漢王朝に一銭の価値も見出してはいない。そして、価値のないものに財を投じることはできない。これが、俺たちの結論だ」

 

 しかし、彼女の縋るような思いも、一刀達に届くことはなかった。

 こちらに最後の期待を込めてきた董卓の瞳に、心を痛めながらも、一刀ははっきりと拒絶の言葉を告げた。

 

「……あんたもなのね。商人風情に期待をしたボクが馬鹿だったわ」

 

「それでも、白湯様……協皇女殿下は非常に慈悲深く、聡明な御方です。あの方が帝位につけば、遠くない未来、この大陸に治をもたらすことができると思います」

 

 賈詡は肩を落としたようにしながら吐き捨て、董卓はまだ諦めないといったようにそう口にした。

 

「その”治”が5年先か10年先の話かは分からないが、俺たち……庶民が生きているのは”今”、この現実だ。確証のない未来の為にその今を諦めるなんて許容できない」

 

 再度、董卓の言葉に一刀は拒絶で返した。

 

「月、もう何を言っても無駄よ。……それと、あんた達。忘れているかもしれないけど、ここはボク達の軍の真ん中よ。これだけの不敬なことを言って、無事で済むと思ってる?」

 

 一刀のハッキリとした拒絶に、目を瞠り固まる董卓を宥めるように賈詡は言うと、次に鋭い眼差しを一刀に向けながら、脅迫ともとれるような言葉を口にした。

 

 彼女の言う通り、今、一刀と衛弘がいるのは董卓軍の陣内である。これだけの強い拒絶で返した2人を、この場で亡き者にするということも大いにあり得る話である。

 次期皇帝を抱える董卓軍であれば”不敬を働いた”ということで、それをするということは十分に考えられた。

 

 ここに来る前、最も危惧した状況になったことに、一刀は知らぬうちに拳を固く握り、背中に嫌な汗が伝うのを感じた。

 

「……賈文和殿、そっちこそ忘れているのではないか? 今この場にいるのは俺たち4人だけだ。そちらの兵士が入る前に、あなた達2人と刺し違えるぐらいのことはできる」

 

 一刀は動揺を気取られることのないように、声音を抑えて、静かに腰に付けた小太刀に手を当てながら、本気であると凄みながら脅迫で返した。

 

「……へぇ、子許について回るだけの男かと思ったけど、そんな顔もできるのね」

 

 一刀の様子に、賈詡は口では感心したようにしてみせ、その実、やれるものならやってみろという鋭さを持った瞳で一刀の動きを制す。

 

 一触即発という緊張感が天幕を覆う中、一刀と賈詡は互いに一切の視線を逸らすことなく、睨み合った。

 

 

「一刀!! 変に煽るような真似は止してくれ! 仲穎ちゃん、文和ちゃん、ごめんよ。一刀は少し気が立ってしまっただけだよ。私達に君たちをここで如何こうしようという気はない。部下の非礼を詫びるよ」

 

「駄目だよ、詠ちゃん! 北郷さんと子許さんは、洛陽から態々足を運んできてくれたのに、そんな真似は出来ないよ。……子許さん、こちらこそ脅迫するようなことを言って申し訳ありませんでした。あなた達に手を出すようなことは決してしないと、私がお約束します」

 

 このままいけば、直ぐにでも動き出しかねない両者であったが、間に入るものがいた。

 

 衛弘と董卓は互いに、自身の部下の窘め、謝罪の言葉を口にした。

 向き合っていた賈詡と一刀もそれぞれの主に止められては、これ以上のことはできない。

 

 感情とは別に、2人は互いに振り上げた矛を収めた。

 

「月! それでもこの2人は堂々と漢王朝を否定したのよ。それを見過ごすわけにはいかないよ」

 

「ううん、それでもだよ詠ちゃん。子許さん達は、誠実にこちらの要請に返事をしてくれただけ。私達がそれを無下にするようなことをしちゃだめだよ。……ここでの話は、この場限り。それでいいね? 詠ちゃん」

 

 賈詡はそれでもまだ、収まりきらない気持ちで一刀達の発言を弾劾しようとした。しかし、董卓は優しい口調ながら確かな迫力をもって、それを諫めた。

 

 彼女は、今日この場に衛弘達が直々に足を運び、このような話をした理由をはっきりと理解していた。

 だからこそ、ここで彼女たちを害することは決してしてはいけないと考えていたのである。

 

 普段は穏やかな親友の有無を言わさぬ気配に賈詡は虚を突かれた様子になりながらも、素直にその言葉に従った。

 本心では、彼女も衛弘達の行動の意味を理解していたのである。

 

「ありがとう、仲穎ちゃん。でも、これで話は終わりだね。私達は帰らせてもらうよ」

 

「はい。陣の外までは護衛を付けさせてもらいます。……こちらこそ態々来て頂き、ありがとうございました」

 

 賈詡と一刀が落ち着き、そして会談の結論も出た今、これ以上話し込むことはない。

 衛弘がお礼を口にしながら席を立つと、董卓もそれに倣ってお礼を口にした。

 

 

 こうして、当事者にしか知られることのない、しかし今後の大陸の行方を大きく左右することになる会談は終了した。

 

 ”旧来の秩序の回復により安寧を目指す者達”と”それを見限り新しい秩序による安寧を目指す者達”。

 

 目指すものには実のところ大きな差はない。しかし、そこに至るまでの過程は決して相容れぬものである。

 

 どこまでも交わることのない道を進む両者は、将来の衝突に確信めいたものを胸の内に秘めながら、それぞれの道を進んでいくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よかったのですか? 彼女をむざむざと帰してしまって?」

 

 一刀と衛弘が去った後の天幕。2人残された董卓達に外から声をかけるものがあった。

 

「黄……、あんた聞いていたの?」

 

 天幕の入り口から顔を出した趙忠に、呆れた様子で賈詡は声をかけた。

 本当に抜け目のない女、そんな思いとともに彼女は趙忠を見つめたが、何時もの如く、張り付いたような柔和な笑みを浮かべる彼女が何を考えているのかは分からない。

 

「いえ、全て聞いていたというわけではないですけど、何となぁくこちらにとっては不都合な話になったのかと思いましたので」

 

「……どうせあんたのことだし、大方の内容は掴んでいるのでしょ? いいのよ、月も言ったけどあいつ等は、曲がりなりにも直接ここにきてボク達の要望を正面から受け止めてくれた。協力する振りをしてこちらを嵌めることも彼女達なら出来たにも拘らず、馬鹿みたいにまっすぐ否定を返してきたのよ。こっちがそれを裏切る真似は出来ないわよ……」

 

 不思議そうにする趙忠に、賈詡は自分と董卓の思いを簡潔に伝えた。

 

 ハッキリ言ってしまえば、衛弘と一刀が今日、この場に現れることに意味なんてない。それでも彼女たちがこうしてこの場に来たのは、正面から董卓達の理想と向き合う為であったのだ。

 

 賈詡と董卓はそう判断した。

 

 話し合いの結果は、こちらにとって芳しくないものであったのは事実だが、こちらを騙すようなこともなく愚直なまでに向き合ってくれた彼女達を裏切るような真似は出来なかった。

 賈詡にしても、一刀に対しては売り言葉に買い言葉で激しく反応したが、実のところ本気で2人を害するような気はなかった。

 

「んー、ぬるいですね。こちらにとって彼女達は邪魔な存在になりますから、ここで亡き者にした方がいいと私は思いますけど」

 

「相変わらずの腹黒さ……。それにしてもあんたがそこまで言うなんて、思った以上に子許達の事を買ってるのね」

 

 笑顔のままで物騒なことを口にする趙忠に呆れながら賈詡は気になったように返す。

 

 宮中の奥にいる彼女が、その規模は莫大とはいえ商人である衛弘をそこまで危険視するのが気になったのである。

 

「いえ、買っているというわけではないですけど……。ただ、ちょっと”衛弘”という名前には憶えがありましてぇ……」

 

「ん?? そりゃ子許はここのところ都では知らない人が少ないほどの商人だし、聞き覚えがあって当然じゃない?」

 

 妙に歯切れが悪い趙忠に対して、当たり前のことのように聞く賈詡。

 

 しかし、どうも彼女が言っている意味は違うところにあるようである。

 

「んー、そういうわけで覚えがあるわけじゃないんですけどねー……。まぁ、なんにせよこれからのことを考えると、情けは要りませんから。目的の為には手段を選ばないくらいの覚悟を持ってくださいねぇ」

 

「……ええ、承知しています。私達が為そうとすることがいかに困難かは理解しているつもりです。黄さん達に協力する以上、私達も奇麗な手で事を為せるとは思っていません」

 

 董卓は固い決意と共に、胸の前に手を置いて趙忠に応えた。

 たとえこの手を血に染めることとなっても、歩み続けるという覚悟がそこにはあった。

 

「月……。そういうことよ、黄。ボク達はもうとうに覚悟を決めてる。そっちこそやることはちゃんとして貰うわよ。それと、これから準備が済み次第、ボク達は洛陽に上る。天子様の移動の用意は任せる」

 

 隣に立つ主君の思いをひしひしと感じながら、賈詡も決意を込めて趙忠に今後の指示を伝えた。

 

 こうして彼女達も動き出す。

 行く道が如何に険しいものであったとしても、決して立ち止まらないという思いと共に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、それにしてもホンマに一刀とうちは妙な縁があるなぁ! もしかしたらうちらって運命の糸で結ばれとるんかいな?!」

 

「……だとよかったけどな」

 

 一刀と衛弘は護衛として付いてきた張遼の先導に従い、董卓軍の陣の外にまでやってきた。

 

 後は帰るだけという段になったところで、張遼は茶化すように冗談を口にしたが、今の一刀にはそれに付き合う余力もなく、力ない返事で応えた。

 

「むー、そない悲壮な顔で返されるとこっちまで気分悪うなるやん。こういう時は、笑って返せばええんよ」

 

 疲れたような一刀を気遣ってか、張遼は努めて明るく話しかけてくるが、一刀はそれに付き合うことはできなかった。

 

「色々あったから一刀も疲れているんだよ。……文遠ちゃん、ここまでの案内ありがとう、ここから先はもう私達だけで大丈夫さ」

 

 そして、すこし陣から離れたところで衛弘は張遼に護衛の礼を告げた。

 

「ああ、霞。ここまでありがとう」

 

 倣うように一刀も手短に張遼へ礼を告げると、衛弘と共に洛陽に帰るために馬を走らせた。

 

「一刀ー!! うちと酒を飲む約束はまだ有効やでーー!! ちゃんと借りた金は返すさかい、その時には夜通し付き合ってもらうでなぁ!!」

 

 洛陽に駆けていく一刀の背中に向けて、張遼はいつの日か交わした約束を念を押すように叫んだ。

 彼女は、一刀達が天幕の中でどんな話をしていたのかを知ってはいない、それでもここまでの間に、ただならぬ話が行われていたということは気配から察していた。

 

 この別れが今生の別れになるかもしれないという予感と、それを受け入れられない彼女の気持ちが、約束を叫ばせたのであった。

 

 洛陽に向かって走る馬の背に乗り、後ろから響く彼女の声を聴きながら一刀は、その約束がおそらくは果たせそうにないという罪悪感、そしてその対価としてあの日の借金は帳消しだなという気持ちになった。

 

「……随分と彼女とは親しくなっていたみたいだね。真名まで交換している様子だし」

 

「ちょっと洛陽で縁があってな……」

 

 隣を行く衛弘が一刀に声をかけたが、彼女も一刀の気持ちを知ってかそれ以上のことを詳しく聞いてくる気はないようであった。

 

「それにしても……さっきは嫌な役を任せてしまったね。……ごめんよ」

 

 その代わりといった様子で、違う話題を口にしてきた。

 

「余計だったか?」

 

「ううん、確かに彼女たちが私達をあの場で如何こうしようとしないのは9割9分確信していたけど、10割じゃない。一刀のおかげでちゃんと言質が取れたよ。だから私が伝えたいのは、感謝と嫌な役目を押し付けた謝罪だけだよ」

 

 2人が話しているのは、先程の会談の一幕、一刀と賈詡が睨み合った場面の事である。

 

 一刀もあそこで強気に出たのは、何も本当に彼女たちと刺し違えるという気が合ったわけではない。

 あえてこちらが強気で出ることによって、向こうからこちらに対して何かする気はないという言質を引き出すためであった。

 

 英傑2人を前にして、強気な態度を崩さないというのは一刀にも多大な心労を強いるものであったものの、そのおかげか、彼女達から身の保証を引き出すことができた。

 衛弘が礼を述べたのはそのことであった。

 

「俺はただ当然のことをしただけだよ」

 

「それでも、私の為にあんな無茶をしてくれたんだ、お礼ぐらいさせて欲しいのだよ……ありがとうね、一刀」

 

 当然のことと言う一刀に対して衛弘は、それでもといった様子で再度礼を述べた。

 

 優しい笑みでこちらを向く彼女は、おそらく、一刀の気持ちにまで気付いているような様子であった。

 

 ”何があっても、燕を守りたい”

 

 

 自分の中にある、揺るがない思いを見透かされたような気分になり、一刀は顔が熱くなるのを自覚した。

 

「そ、そんなことより! これからどうするんだ? 洛陽に戻っても、いずれ彼女達も洛陽に来るだろうし……」

 

 恥ずかしさも相まって、半ば強引に話題を転換した一刀に、衛弘は真剣な表情になった。

 

 一刀が口にしたことは、急な話題ではあるが、今後のことを左右する非常に重要なものでもある。

 

 今回の会談を機に、一刀達ははっきりと董卓達と決別することになった。そうなると、今後の身の振り方は非常に重要になってくる。

 

 先ほどまでとは違い、真剣な表情になった衛弘の様子に、自然と一刀も息を呑んで彼女の言葉を待った。

 

 そして暫くの思考を挟んでから、衛弘は彼女が考える今後の方針を口にした。

 

 ”洛陽で私たちが持つ全てを放棄しようと思うんだ”

 

 彼女の口から出たのは、予想外ともいえるほどに大胆な決断であった。

 

 董卓達が道を行くのと同様に、一刀達もまた自分たちの行くべき道を見据えて進んでいく。

 

 

 

 皇帝の死をもって、下り坂を転がり始めた玉は更なる加速を得て、戦乱の世に向かって転がり落ちていくのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





極論VS極論
どっちが正しくてどっちが間違いなんてことはないと思いました。(小並感)

革命でもそうですが、董卓達はちゃんと自分たちの目的をもって行動しているだけだと思います。そのうえで汚れすら受け入れる覚悟もあるということかなと。

この作品でそれを悪く言うような意図はないつもりです。
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