真・恋姫†無双 北郷一刀・商人ルート 天下も金の回りもの 作:MATSUKASA
「さて、むこう……いや、ここではあえて敵と表現しよう! 敵は愚かにも私達の持つ洛陽に残した資産に、謂れのない罪で手をかけてきた!!」
開口一番、ドーンという擬音が付くくらいに勢いよく手を広げながら衛弘は演技めいた様子で口にした。
今、彼女と一刀、そして満寵の3人は陳留にある商会本拠地の執務室で顔を突き合わせていた。
洛陽を放棄してから、一刀と満寵が働いたことによって、今やこの陳留の店が一刀達の紹介にとっての本店としての機能を有するようになった。
そんな折、洛陽から届けられた報せを受けて、こうして3人は打ち合わせのために一堂に会しているのであった。
「これは許されることではない! 諸君もそうは思わないかね?! 私達は、右の頬を打たれたら、左の頬を差し出すような甘ちゃんではないのだ!!」
今度は、どこかの経営者よろしく、部屋の中を歩きだして途中で大げさな手ぶりを加えながら、演説の様に衛弘は語る。
どこかで聞いた事のあるようなフレーズが耳に入ったが、それを指摘したところでこの場で理解を得られることはないと思った一刀は、静かに彼女の話を聞く。
隣に座る満寵も理由は違えど、ここは口をはさむべきではないという様子で、一刀と同じく聞きに徹している。
「私達は圧政には屈しない! 断固として戦おうではないか! さぁ、諸君! 戦争をはじめようか!!」
居るわけもない大観衆を目の前にしたような様子で高らかに宣言した衛弘。
「その切っ掛けが仕組まれたものでないなら私も大賛成ですが……」
「燕、とりあえずその話し方は止めてくれ。それに、流石にそこまで堂々とした口ぶりは盗人猛々しいというかなんというか……」
衛弘の演説に、満寵と一刀は同じく呆れた様子で返した。
今回、董卓達が”何進と共謀した罪”という名目で、一刀達が洛陽から引き上げる際に残してきた資産を接収したことが、衛弘が言う許されないことであるが、それは実のところ彼女自身がそうなるように仕向けたことであった。
洛陽を去る際、一刀と衛弘はこれまで各地で活動してきた商会の記録など重要な資料は根こそぎ持ちだしたが、その一方で金銭や仕入れていた在庫品などの一部はそのまま無人となった洛陽の店舗に残してきた。
それは、今回実際に起きたように、その資産を朝廷側が取りに来るだろうということを見込んでのことであった。
今後、朝廷側は皇帝の新即位に伴う式典などで、多くの費用が必要となる。しかし、その金銭を賄うほどの余裕は、税収が途絶えつつある状況では厳しいはずだ。
そうなれば、おそらく何かしらの手を打ってくることが予想できる。その一つが、富裕層からの資産の強制徴収である。
その時、おそらく真っ先に目を付けられるのは自分たちであると衛弘は理解していた。良くも悪くも衛弘は黄巾の乱を機に、元大将軍の何進に接近していた。
そして、その何進が国家転覆の反逆者の汚名を着せられた以上、その罪を自分たちに着せることも容易ということは彼女自身も理解していた。
それ故に、彼女は自ら仕掛ける為に、向こうが手を出したくなるように洛陽に資産の一部を残してきた。そして、まんまという形で董卓達はそれに手を付けてきた。
こうなれば「こちらは官軍の支援など朝廷にこれまで尽くしてきた。にもかかわらず、現政権はいわれのない罪を着せ、こちらの資産を奪ってきた」という主張が可能になる。
今後にすることの正当性はこちらにあるという寸法である。
つまり、こうなることは予定調和であり、高らかに「心外だ!」という口ぶりで怒っているような衛弘もこの事態をはじめから計画していたである。
それなのに、堂々と被害者のように振る舞う彼女の様子は、殴るように誘っておきながら殴られたら怒るといったチンピラの如き所行に見えた。
一刀と満寵の2人がそろって呆れて見せたのはこの為だ。
「2人はつれないねぇー。まぁ、私もふざけるのはこれくらいにして……。とりあえずは予定通り、向こうが先に手を出して、こちらに朝廷へ反抗する大義名分ができたわけだ」
乗り気でない様子の2人に衛弘も歩き回っていたところから、自分の席に座りなおして、真剣な顔つきに戻った。
それにつられるように、一刀達も自然と顔が引き締まる。
「と言うわけで、こちらも事前に決めた通りに洛陽に向けて本格的に仕掛けていくことにするよ……」
”洛陽へのあらゆる物資の流入を封鎖する”
そして、室内の空気に緊張が戻ったところで衛弘ははっきりと今後の方策を口にした。
一刀と満寵も、既にこの方針については承知をしていたものの、いざ言葉にされると、これが意味することの重みを強く感じ、体が強張った。
”洛陽封鎖作戦”
そのままの名前であるが、これが一刀達、商会側が仕掛ける反攻策の全てでもある。
元来、洛陽は商業の都である。この大陸でも有数の人口を抱える都市であるが、その人口を十分に養えるほどの物資を自給する力はない。
そのため、各地から入ってくる物資は、街を維持する為には欠かせないものになる。
しかし、もしそれが絶たれてしまえばどうなるか。
こうなると、洛陽が抱える大陸有数の人口がすぐに物資を使い果たし、圧倒的な供給不足に陥るだろう。そして、市場の歪みは物価の高騰となり、価格差で各地から物資を集めることになる。一刀と衛弘が出会った頃の洛陽の様子がこれであった。
だが、今はそうなることはない。
あの頃と今では決定的に違う点が2つある。
まず1つ目が貨幣の分布である。以前の洛陽は各地からの金銭による税が滞りなく集められていた為に街として見れば、非常に貨幣が豊富にあった。だからこそ、物価が高騰してもそれに耐えることができた。しかし、今は違う。
今は一刀達、商会の拡大に伴って各地で貨幣経済が成立しつつあるような状況だ。あの頃と違い、洛陽が他の地域に比べて貨幣が豊富という状況ではない。
商会が各地の農村などで生産し、それを洛陽の街で売ってきた結果、貨幣は洛陽から各地域に流出し、もはや洛陽が圧倒的な貨幣保有をするという構図は成り立たない。
さらにそこへ、董卓達が政権についてからは彼女たちへの反発もあって各地からの納税すら滞りつつある現状が拍車をかける。
つまり、今の洛陽は過日のように物価を高騰させても物資を集めるほどの貨幣を有していない。言い換えれば、”洛陽には金にものを言わせて物資を集める余裕はない”ということである。
そして2つ目の点は、今や洛陽に対しての物流の殆どを一刀達が握っているということである。
”洛陽で衛北商会の手にかかっていないもののほうが少ない”
街で公然とこんな話がされるくらい、商会は洛陽において大きな影響力を持つようになっていた。これは、これまでの地道な商業活動の結果故であるが、今や商会は洛陽における物流を牛耳るに近い立ち位置までになっていた。
このことの危険性に気付くことができる人物が、果たしてこの時代にどれくらいいるであろうか。
洛陽への物資の供給は商会の、ひいてはその頂点である衛弘と一刀の掌の上である。2人がその気になれば、それを増やすも減らすも自由自在だ。
以上の2点から、”商会は洛陽への物資の供給を操作できる”、そして”今の洛陽には不足した物資を価格高騰で集める余力を持っていない”ということになる。
これを踏まえた上で、衛弘は洛陽への物流を封鎖するという決定を下したのである。
人が食べるものがなくては生きていけないのと同様に、軍も政治も物資がなければ維持していくことはできない。
物資を封鎖し、軍と政治の両方を維持不可能なまでに追い込む、これが彼女が考えた洛陽封鎖の目的であった。
「すぐに各地の支店へは洛陽に向けた商品の輸送は止めるように伝達しようか。それと私たちと取引のある商人には、今後一切の洛陽での商売を止めるように要請も
しないとだね。もしその時にごねるような相手がいたら、銭束で頬を叩いて、洛陽にもっていこうとする物資をその場で全て買い上げてもいいよ」
続いて衛弘は、具体的な封鎖の方策についての指示を出した。
これから行うことは大きく分けると彼女の言う通り、3つになる。
1.自分達による洛陽への物資の輸送を完全に停止する。
2.取引のある商人達へ自分たちが受けた仕打ちを伝え、洛陽での商売を止めるように忠告と要請を行う。
3.要請しても洛陽に荷物を入れようとする商人からは、その荷物を全て買い上げる
これによって、洛陽への物資流入を完全にストップさせるのが狙いである。
「真綿で首を絞めるようにね……ゆっくりと洛陽から物資を枯渇させていくんだ。おそらく、すぐに向こうが気づくことはない、ある程度封鎖が進んでから、向こうは漸く物資が止められているということに気が付く。それでも、その時にはもう手遅れ! という寸法さ!」
笑顔でえげつないことを口にする衛弘に、一刀と満寵は背筋が凍るような気分に襲われた。だが、彼女が語った方策は元より指定していたものであった為、どうにか2人は頷きで同意を返すことができた。
”あぁ、目の前の少女が敵でなくてよかった”
2人がこの時に感じたものは全く同じ感想であった。
こうして、一刀達がするべきことは決まった。あとはそれを実行に移すだけであるが、そこに待ったをかけるような声が響いた。
「承知しました。では、私もそのように手配いたします。……ですが、最後に1つだけお伺いしてもよろしいでしょうか?」
行動を開始しようとしたところで、満寵が真剣な面持ちで「疑問がある」と口にしてきたのである。
「勿論さ! 今後のことを考えると、私達の間で疑問を残すようなことはよくないからね!」
「ありがとうございます。それでは、御当主。今回の封鎖…………
真剣な様子の満寵の言葉に、少々面を食らったように驚きながらも、衛弘は明るくそれに答えた。
そして、許可を得て満寵が尋ねたのは、シンプルな疑問であった。
”どこまでやるのか”
彼女が聞いたのは、この作戦の行き着く先についてであった。
彼女の問いかけを聞いた衛弘の顔に鋭さが戻る。
戦争とは思いつきや突発的にするようなものではない。
入念な準備と計画、そして何よりも勝利の条件を事前に決めることが肝要である。目的なく行われる戦争ほど、惨いものはないであろう。
満寵はそれを知るからこそ、今回の”戦争”が何を目的としてのものなのかを確かめたのである。
そして同時に、今回の封鎖はいくら向こうが先手で仕掛けたものとはいえ、明らかに王朝に背くものになる。
数百年に渡ってこの大陸を支配してきた最高権威に抗う、彼女にその覚悟があるのか、満寵はそれを問うた。
彼女も、当主である衛弘が言うことであればそれに従うことに異論はない。しかし、今自分達が足を踏み出そうとしているのは、並大抵な覚悟では進むことはできない道である。
その困難な道を行く前に、どうしても彼女は衛弘の覚悟を言葉として聞いておきたかった。
満寵の気持ちを汲み取ったのだろう、衛弘もしっかりと彼女の瞳を見つめ、その問いかけと向き合った。
「どこまでやるか……。それは勿論、
そして、声を荒立てることも気負うこともなく平然とその覚悟を口にした。
まるで、近所に散歩に出かけるのを告げるかのように平然と言い切った彼女に、満寵は己の問いかけを恥じた。
覚悟など問うまでもなく、既に定まっていたのである。
衛弘の隣に立つ一刀の表情も同様である。もはや彼に同じ問いをする必要もない、満寵はそう判断した。
「すみません! 出過ぎたことを申しました。御当主と一刀殿のお覚悟、確かに受け取りました! この満伯寧、微力ながらお支えいたしましょう!」
「……ありがとう、伯寧ちゃん。そう言ってもらえると助かるよ!」
すぐに臣下の礼をとるようにして跪き、己の行為を詫びた満寵に衛弘は常に変わらぬ様子で感謝を告げた。
この場にいる3人が進む方向は完全に定まった。あとはその為に行動するだけである。
この話し合いの後、直ぐに3人はそれぞれ行動を開始し、計画した通り速やかに商会による”洛陽封鎖”が実行に移された。
この時点で彼女達の動きを察せられたのは、当人たちを除けば、一部の目聡い商人達だけである。ほとんどの余人には気取られぬままに、静かすぎる形で火蓋を切ることになった。
しかし、それはこの戦争が小さいものであることを意味するものではない。
大規模な宣戦布告こそないが、商会という形のない獣はゆっくりとその牙を敵へと食い込ませ始めたのであった……
「そう、それがあなた達の選択ということね……凡そは理解した。いいわよ、あなた達に協力するわ」
商会が秘密裏に洛陽封鎖を始めて暫くが経った時、一刀は陳留のある屋敷にいた。
彼と机を挟んで対面に座るのは、この屋敷の主にして、後の世に乱世の覇王としてその名を轟かせることとなる英傑、”曹孟徳”。
この屋敷の主でもある彼女のと対面し、一刀は今後の商会の方針とそれについての協力を要請していた。
そして、粗方の話を終えたところで曹操は驚く様子もなく一刀の言葉に頷きで返したのである。
本来、曹操と親しくしている衛弘がここに来るのが妥当だと一刀は思っていた。しかし、「華琳ちゃんに会いに行くのはいいけど、曹家の屋敷には……今は行きたくないかな……」と彼女が行くのを躊躇った為、こうして一刀が来ることになったという経緯がある。
「意外ですね。もう少し驚かれると思いましたので……」
「あら、そう思われていたのは心外ね。確かに私は漢王朝の臣ではあるけれども、董卓達が横から奪うように中央の権力を取ったのを看過する気はないもの。だから、あなた達に協力することに異論はないわ」
特に驚いた様子もなく協力を受け入れた曹操に一刀は聞くが、むしろそう思われたことこそが意外であるという素振りで曹操は答えた。
彼女からすれば董卓達は、宦官を誅殺し、皇帝を保護しようと動いた時に、それを逆手にとってあわや自分たちが逆賊として討たれかねない状況に追い込んだ相手である。
そんな相手にこのまま陳留で泣き寝入りするのを良しとするような彼女ではない。
故に、こうしてあの時のお礼ができるような機会をみすみす逃すつもりはなかった。
商会が朝廷と対立してくれるなら、それに乗らない手はない。それが彼女の判断であった。
「それに董卓達は今の政権に、十常侍筆頭格の張譲と趙忠を入れている。これでは君側の奸を取り除いたことにはならないもの。陛下の権威を笠に着て専横を振るう者達を、漢王朝の臣民としても受け入れることはできないわね」
付け加えるようにそう言った、曹操のあまりの白々しさに一刀は苦笑いを浮かべた。
彼女は漢王朝の臣と自称しているが、今回の共闘は結局のところ 漢王朝と董卓達と敵対することを意味している。その為、彼女の言い分はあくまで建前で、本音は先ほど述べた通り、自分を嵌めて権力の座について董卓を見逃す気はないということである。
それくらいは一刀にも理解できたが、自分達とてわざわざ向こうに先に手を出させて建前を作ったあたり、人のことは言えないと思い直した。
「そうですね、仰る通り、董卓達をこのままにしておくわけにはいきません。その為に、こちらも相応の手段を取るつもりです」
建前を必要としているのはお互い様である。表面上は王朝を憂いでいるような態度で一刀も曹操の言葉に乗っかる。
「ええ、燕の意向と協力の要請、こちらとしても確かに受け取ったわ。それで……あなた達は具体的に私たちに何を望んでいるのかしら?」
一刀の言葉を受け、曹操は目の前で小さく手を叩くと、建前の話はここまでといった様子で探りを入れてきた。
この協力要請で何をすればいいのか?
口では分からないと言っているが、一刀を見つめながら笑みを浮かべる彼女はその内容もほとんど把握している様子であった。
それでも敢えて、その予想を口にしないで一刀の口から言わせようとする所を見ると、やはり目の前の少女もやり手であると一刀は再認識する。
交渉事においては、自分達の目的を知られることは本来不利なものである。目的を知られてしまえば交渉の主導権を握られ、足元を見られるようなことになりかねない。
その為、交渉の際は極力余裕を見せ、こちらの欲しいものが何かを悟らせないようにすることが必要である。そうして互いに目的を探り合うような駆け引きをするのが交渉というものである。
しかし、今の状況を見るに既に曹操は一刀達の思惑を看破している。
であれば、一刀がここから詭弁を弄しても彼女を言いくるめるのは不可能といってもいい。
一刀はすぐに駆け引きを放棄し、率直にこちらの要望を伝えることにした。
「もう分かっているみたいですし、正直に言います。先ほど言ったように、私達は洛陽に対して物流封鎖を行い、現政権を維持困難な状況にまで追い詰めます。ですが、私達ができるのはそこまで。軍を持たない商会では追い詰めることはできても、決定打を与えることはできません」
一刀は自分たちが抱えている課題を素直に伝えた。
彼の言う通り、一刀達は物資を抑えて、洛陽を枯渇させることはできる。しかし、逆に言えば一刀達にできるのはそこまでであるのだ。
維持困難になってぐらついた権威を崩壊するために必要な最期の一押し。そこには武力が必要である。
極限まで困窮に追い込み民衆の蜂起を扇動するということもできなくはないが、それでは民間への被害が大きくなってしまう。
封鎖によってある程度弱ったところで軍を興し、一気に叩く。
これが最もスマートに今の政権崩壊させることができる手段だと一刀達は考えた。その為、自分たちの手元にない武力という最後の一撃を可能とする人物へ要請に来たのである。
その人物として一刀達が目を付けたのが、冀州の袁紹、そして目の前の曹操であった。
この2人は、洛陽での騒動で出し抜かれた董卓達にいい感情を抱いていないのは明らかである。また、一刀達と以前から良好な関係を築いてきた彼女達なら交渉もスムーズにいくという考えでもあった。
関係性という点だけであれば黄巾の乱の際に、協力関係を結んだ劉備軍も選択肢にはなるが、彼女は黄巾の乱の功で平原国の相になったとはいえ大陸での知名度と影響力は小さい。今回の協力者にするには頼りないというのが一刀の考えであった。
今回、朝廷に最後の一撃を加えるときにはできる限りの諸侯の賛同を得た形にするのがベストである。そうなると、必然として協力者には旗印となるだけのカリスマと知名度が必要となる。
その点、誰もが知る四世三公の名門、袁家当主の袁紹と黄巾の乱の首魁を討ち取った(ということになっている)曹操であれば申し分ない。
そう考えて曹操の下に一刀はこうして足を運んだのである。
「冀州の袁本初殿にも同じ要請をしていますが、どうか董卓討伐という大役を孟徳殿にも引き受けていただきたい」
一刀はそう言って頭を下げた。
「あら? あっさり頭をさげるのね。下手にこちらを謀ろうとするよりは好感が持てるけど……でもいいわ、その大役引き受けてあげましょう。だけど……それにあたっては1つだけ条件を付けさせてもらうわ」
素直に頭を下げて頼み込んできた一刀に拍子抜けした様子に曹操は、あっさりとその要望を受け入れた。
そして、その代わりにといった様子で、条件があると告げてきた。
「官軍司令官の身分しか持たない私は、麗羽……袁紹と違って広大な領地や資産を有しているわけじゃないわ。私の権限で動かせる兵は精々数千程度。張邈に頼めばもう少しは兵を連れていけるけど、現状のままではあなた達の望む旗印にはなれないのよ」
「……つまり、孟徳殿は私達に兵を整えるための資金を要求するというわけですか?」
「ふふ、私はそんなことは一言も言っていないわよ。ただ、今の私じゃあなた達の望む役目はできないと言っているだけよ。……まぁ、どこかに支援してくれる人がいれば話は別なのだけどねぇ?」
悪戯を企む子供のような笑みを浮かべながら一刀の方を見てくる曹操。
どう考えても、”要求通りに動いてやるから軍備を整える支援をしてくれ”という風にしか受け取れない言葉であるが、彼女はそれを一刀の口から言わせたいようである。
とはいえ、こうなることは一刀も最初から予想はしていたし、曹操を資金援助することは既定路線で衛弘と決めていたことである。
だから、彼女の望む通りの言葉を口にするしかないのだが、このままでは終始、曹操のペースで話し合いが進んでいる。
しかし、一刀は焦らない。
曹操に一泡吹かせる為の策は、衛弘とともに用意して、すでに一刀の中にある。
ここは、彼女の期待通りの言葉を返していけばいい、彼はそう考えた。
「はぁ……燕とも資金援助はすることは決めていましたから、勿論それはさせてもらいますよ」
「助かるわ……それで? 一体いくらくらいの資金を援助してくれるの? 2000万?それとも3000万くらいかしら? 出来れば万の軍勢を整えるためにも5000万くらいは用立てしたいところだけど」
観念したように支援を約束した一刀に対して、曹操は悪戯が成功したように笑みを浮かべてから、嬉々として具体的な支援の金額について聞いてきた。
しかし、彼女は気付いていない。
この時点で、悪戯しかけているのはもはや彼女ではなく、目の前にいる一刀、そしてこの話し合いに彼を送り込んだ衛弘であるということに。
一刀は彼女の問いかけに答えるため、そしてこの場の空気を支配する為にゆっくりとその口を開いた。
「
「……は?」
一刀が呟いた言葉に曹操は取り繕うことすら忘れて、気が抜けたように声を漏らした。
どうもありえないような金額が聞こえたような気がするが、聞き間違いかと思い直して彼女は再度平静を装った。
しかし、
「こちらとしては協力の対価として
「……は?」
再度、同じ言葉を繰り返した一刀に、曹操は絶句し同じ反応を繰り返すのが精一杯となり固まった。
しかも、今度は先ほど聞いた内容よりもその金額が大きくなっている。
曹操としても一刀と衛弘がある程度まとまった金額の資金援助をしてくれることは予想していた。しかし、まさかここまでの金額とは予想していなかった。
あまりにも予想外の事態を前に、彼女の思考は一旦停止することになった。
そして、この後の話し合いはあっという間であった。
「とはいってもそれだけの金額をいきなり渡すことは難しいので、こちらから3人ほどを孟徳殿の下に送ります。必要な時にその者たちに言っていただければ、その都度資金を出すという形にします」
「え、ええ」
「ああ、それとその3人は将としての資質も持っていますから、新兵の調練などを担当させてもいいかもしれません」
「そ、そうね」
「あとは、こちらの連絡係をそちらに送ったので、そちらからも誰か連絡役として人を送ってもらえると助かりますね」
「それでいいわ……」
その後、一刀は今後の支援方法について色々と説明したが、突拍子もない事態を前にした曹操は混乱しながら同意を返すだけで精一杯であった。
そして、一刀が提案するままに今後の協力体制が決まったところでこの話し合いはお開きとなった。
最後、一刀は改めて未だに夢見心地といった様子で放心している曹操に改めてお礼を言ってから、
「ああ、孟徳殿に燕から伝言を預かっていました。”これが私の全力だ!! 驚いてくれたかい?!”とのことです。……孟徳殿の意外な表情が見れたと私からは報告しておきますので」
そう言い残して、足早に部屋を後にした。
その後、部屋に1人残された曹操は、暫くが経ってから全てのことが自分の友人と今日来た男によって仕組まれていたことを理解し、屋敷中に彼女の絶叫が響き渡ることになった。
かくして、董卓達による洛陽の支店への襲撃を契機として洛陽に対する物流封鎖は開始され、商会は最後の結末まで見据えて着々と用意を進めていった。
彼らは自分たちの勝ちを信じて疑っていなかった。
”あとは向こうが投了するのを待つだけ”、この戦争は詰将棋のようなものだと考えていた。
しかし、”窮鼠猫を噛む”。
彼らは万全を期したあまりに、その可能性の考慮が不足していた。追い詰められた鼠が持つ牙の鋭さ、危険を完全に理解できていなかった。
そして、暫くした後に、彼女達はそれを思い知ることになるが、まだこの時はそのことを知る者はいなかったのである。
金にモノを言わせる主人公の鑑(2回目)
年度末に向けてかなり忙しくなりそうなので、次からは毎週土日のどちらかに週一更新ペースを目標に投稿していきます。