真・恋姫†無双 北郷一刀・商人ルート 天下も金の回りもの   作:MATSUKASA

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24話 悲壮 毒を以て毒を制す

 

 

 

 

 洛陽の街。

商会による物資の封鎖が水面下で行われ始めから既に数か月が過ぎた頃、その影響は静かに、それでいてしっかりと街の変化として現れてきていた。

 

「おお、恋とねねやないか? こないなところでどうしたんや? 昼飯食べに行ったんとちゃうんか?」

 

街中でよく知った顔を見かけた張遼は意外そうな顔で声をかけた。

 彼女の視線の先にいるのは同僚である、呂布とその軍師である陳宮だ。いつも顔を合わせている2人である為、彼女達を街中で見かけること自体はさして驚くようなことではない。

 

 しかし、お昼時になっていきつけの食事屋に意気揚々と出かけて行ったはずの2人が、目の前で肩を落として行く当てなく街を歩いているのは意外であった。

 

 呂布は英傑ともいえる張遼から見ても圧倒的な武を誇る人物である。そして同時に、それを支えるためかは定かではないが彼女の食事量も驚異的であることを張遼は知っている。

 

 呂布と陳宮が食事に出かけてからまだそれほども経っていない。この短時間では彼女が十分な食事を済ませたとは思えなかった、それが意外だと感じた理由である。

 

「うー、霞ですか。それが……ご飯を食べに行ったのはいいのですが、問題が発生しまして……」

 

「……ねね。お腹……空いた」

 

「恋殿~~! もう少しのご辛抱ですぞ!」

 

張遼の言葉に意気消沈といった様子の陳宮が“問題”があったというと、隣の呂布は悲しそうな様子で空腹を訴えていた。

 

この2人の返事に、張遼はさらに疑念を深める。彼女達はその空腹を満たすために街に出かけたのではなかったか、彼女はそう思ったのである。

 

「あれ? 2人はご飯を食べに行ったんと違うん?」

 

 張遼は思った通りの疑念をそのまま口にした。

 

「そうなのですがー……、いつものお店が閉まっていたのですぅ!」

 

「なんや、定休日やったんかい。休みの日ぐらい事前に把握しときや」

 

 張遼の疑問に、陳宮は両手を挙げながら嘆くように応えた。

 その言葉で疑問が氷解した張遼は、呆れも含めながら目の前の微笑ましい2人に笑いかけた。

 

 要するに、行きつけの店の休みを知らずに出かけてしまい、こうしてトボトボと帰る羽目になったということなのだろう。張遼は陳宮の言葉をそう理解した。

 

 しかし、状況は彼女が思ったのは少し違っているようであった。

 

「ぬぬ! ねねが恋殿の行きつけのお店の定休日を間違えるなんてありませんぞ! 今日は普通ならお店はやっているはず。なのに急遽、“閉店”という張り紙だけを残して、店が閉まっていたのです!!」

 

「……お腹空いた」

 

 呆れたように笑う張遼に、陳宮は心外といった様子で自分たちが先ほど直面したという問題を口にした。

 彼女は主である呂布が好んでいく料理屋の休みの日はすべて覚えている。そして、今日行こうとしていた店は、本来であれば営業しているはずだった。にもかかわらず、店は閉まっていたという。

 

「なんや、それは災難やったなぁ……でも、この街には他にも料理屋くらいあるやろ? そっちに行ったらいいだけの話やないんか?」

 

「もちろん他にも行きましたぞ! ……それでも、どこもかしこも休業や閉店の張り紙があるだけだったのですぞ……」

 

 ようやく事の経緯を理解した張遼は2人が直面した事態に同情しながら、思いついたように再度疑問を投げかけた。しかし、それも同じように心外ですぞ!といった様子で返してきた陳宮の言葉に、張遼は引っ掛かりを覚えた。

 

「ちょっとどういうことや?! どこも閉まっていたんか?!」

 

「そうですぞー……、行けども行けどもあるのは閉まったお店ばかり。だからこうして仕方なく戻ってきたというわけです……」

 

 陳宮が言った“どこの店も閉まっていた”という言葉に、そんなことがあるのかといった様子で張遼は真偽を尋ねた。そして返ってきたのは、その言葉が間違いではないというものであった。

 

 この洛陽の街は都ということもあって大陸でも最も多くの店が軒を連ねている。それなのに、どこの店も閉まっているということはあり得るのだろうか。

 しかし、肩を落とした陳宮と呂布の様子からも彼女が嘘を言っているという風ではない。

 

 であれば本当にこの街の食事屋の殆どが閉まっていたということであるが、それは異様な事態と言える。

 

「どうしてそんなことが起こっとるんや……」

 

「ねねに聞かれても分からないのです……。それよりも!! 今は恋殿の食事の確保の方を優先しなければ!」

 

 張遼が異様ともいえる街の様子について呟くも、陳宮もその答えは持ち合わせていない様子であった。

 それよりも、今の彼女にとって大事なことは隣で空腹を訴える呂布に食事を用意することである。彼女は言うが早いか、こうしてはいられないと呂布の手を引いて宮城の方角へと駆けていった。

 

 街で食事にありつけなかった以上、拠点の厨房などで調達するしかないと考えてのことであろう。

 飢えた呂布の尋常ならざる胃袋を満たすという仕事に襲われることになるであろう城の調理場の苦労に黙祷を捧げながら、張遼は今しがた陳宮と交わした会話の内容について考えを巡らす。

 

(どういうことや? 確かにここのところは洛陽の政治は荒れていたけど、こんな短期間に店が次々と閉まるなんてことがあるんか?)

 

 そして彼女はあることに思い至った。店を閉めるようになったのは陳宮たちから聞いた、食事屋だけではない。以前、自身が一刀と出会った武器の行商人やそれ以外、各地からものを持ってきていた商人たちがここのところその姿を見せなくなった。

 張遼が立っている街の大通りも以前は所狭しと露店が並んでいたが、今はまるで閑古鳥が鳴いているかのように露店が減っている。

 それに、数少なく開いている露店も並べられた商品数が少なくまさしく開店休業といった様子で買いものをする客も見当たらない有様である。

 

「なぁ、おっちゃん。最近の景気はどうや?」

 

 あれこれ考えるよりも聞いた方が早いと思い至った彼女は、手近にいた露店商の1人に声をかけた。

 

「なんだぁ、姉ちゃん。景気って……見ての通りさ。最近じゃまともに商品の仕入れすらできやしねぇから、商品を取り揃えるのにも一苦労だ。それに他の行商人たちも洛陽を避けるようになってこの通り、賑わいもなくなって客の1人も来ない有様さ」

 

 急に声をかけられた男は、一瞬怪訝そうな表情を浮かべたものの、彼の言う通り客も来ずに暇を持て余していたのだろう。愚痴をこぼすように、張遼に向き直って最近の様子について教えてくれた。

 

「商品の仕入れができへん? そんなことがあるん?」

 

「俺だってよくわかんねぇけど、他の地域で洛陽に行くって言うと商品を売ってくれない商人が多くてな。何とか頼み込んでも法外な金額を吹っ掛けてきて、頑なに売ってくれやしねぇ。全く、俺が何をしたっていうんだよ……」

 

 やり場のない怒りを漏らすように言う露天商の男の言葉に張遼も考え込んだ。

 この男の言うことが正しいとすれば、洛陽外の地域でこの街向けの商品を仕入れようとすると、それを断られることが多いということになるが、それは本当なのかどうかは張遼にも判断はつかない。

 

 しかし、この露天商が嘘を言う利点はない。そして現状、洛陽の街から食料をはじめとして物資が不足し始めているのは事実である。

 

(ということは何者かが、意図的にこの街から物資を枯渇させようとしている? せやけど、一体何の為に?)

 

 張遼はこの洛陽の現状が何者かによって仕組まれているのではないかという考え頭をよぎったが、具体的な目的やその正体にまでは思いつかなかった。

 そもそも、この大陸の都、そして天子がいる洛陽に対してそれほどまでに大規模なことをできるものが本当に存在しているのか疑問でもあった。

 

(て、あかんな。こんなことはうちの考えることやないわ)

 

 しばらく思考に耽っていた張遼はいくら考えても自分では答えまで行きつくことも、そして何か対策を講じることもできないと、思い至って深く考えることをやめた。

 

 彼女は武官の身。主君の指示で敵対する軍を討つことはあっても、政治や経済のことに口を出すような立場ではない。

 そういった分野のことは、主君の董卓とその軍師である賈詡が考えることである。それに、張遼は自分が気付いたくらいであるから、あの賈詡が街の現状に気付いていないということはないとも思った。

 であれば、頭の良い彼女のことである、すでに何かしらの対策なりを用意しているだろう。

 

 自分の仕事は彼女が考えた策に従って、敵を討つことである。そして彼女から命令がないということは、今はまだその時ではない。張遼はそう結論付けると、情報をくれた露天商にお礼を告げ、その場を後にした。

 

 そして、とりあえずここで仕入れた話を持ち帰る為に、宮城の方へ向け歩みを進めていった。彼女のその歩みにはもう迷いはない、はずであった。

 

 自分がするべきことは主君の董卓達の行く道を遮る敵を切り伏せることである。そして、その相手がどんなものであろうと怯むつもりはないという覚悟は当然持ち合わせていた。

 

 しかしこれから自分達に立ち塞がる相手、彼女にはそれが何になるのかはっきりと分からなかった。ただ漠然と、洛陽をじりじりと締め付けるような怪物の姿を幻視し、言い表せないような不安だけが張遼の胸の中に残るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間違いなく、裏で子許達が動いているわね……」

 

 張遼が街の変化に気付いたのとほぼ同じ時刻。宮城の中の一室で執務に当たっていた賈詡も、街に起きた変化について気が付いていた。さらに彼女は変化の原因にも十中八九当たりをつけてもいた。

 

「やっぱり私達が洛陽の資産に手を付けたからかな……」

 

 そして賈詡が呟いた心当たりに反応するように、同じく部屋で仕事をしていた董卓が悲しそうな声色で呟く。

 

 今、洛陽の街の物資が徐々に枯渇しつつあるような状況だ。そしてそれは街だけに限った話ではない。

 今後のことも見据えるならば、董卓と賈詡にとって軍備力の維持と強化は、支配を盤石にするためにも欠かせない事項の1つだ。その為、賈詡は政権について以来、どうにか軍備を整えようと腐心してきた。

 

 しかし、最近になってそれにはっきりと陰りがみられるようになったのである。

 

 強力な軍を維持し拡大していくためには当然、様々な軍需物資が必要となる。剣や矢といった武具をはじめとして、食糧やその他備品などがそれにあたる。

 賈詡は、軍の拡大に伴ってそれらの調達も進めていたのだが、ここ最近それが上手くいかなくなってきていた。

 

 彼女も最初は違和感程度であった。武具などが買い付けがなかなかできなくなり、各地で軍を整えるような兆候が出てきたのかという認識を持った。そして、買い付けができなくなるのが食料やその他の物資にまで及ぶようになったところで賈詡の違和感は確信へと変わっていた。

 

 どこかで飢饉が起きたという報告も賊が発生したというものも無いにもかかわらず、武具だけではなく食料や物資までも買えなくなることが自然に起きるとは思えない。それに、他の地域でそれらが不足している様子もないとなれば尚更である。

 

 ”何者かが意図的に洛陽向けの物資を止めてきている”

 

 賈詡はそう考えるようになり、同時にそれをする理由と力を持つ相手となると1人の人物、正確には人ではないが、が脳裏によぎったのである。

 

 ここ数年で大陸の物流の大半を牛耳るまでに肥大化した”衛北商会”。彼女達が洛陽への物流を封鎖してきていると半ば確信めいたものを賈詡は抱いたのである。

 彼女達はならこれほど大規模の封鎖を行うことも可能であり、それをする理由も持っている。

 

「資産の強制徴収をしたのが契機になったのは間違いないと思う。向こうからすれば被害者になるから、商人たちの同情と次は自分達が資産を取られるかもしれないという気持ちに付け込めばそれもできるだろうし」

 

 彼女たちが封鎖を行う理由となる自分たちがしたことを思い出しながら、賈詡は不安そうに言う董卓の懸念を肯定するように答えた。

 

 自分達にとってそれしか手段がなかったのは事実であったが、洛陽の彼女達の資産に手をかけたのは早計であったかと賈詡は臍を噛んだ。

 迅速に封鎖を実行し、しかもそれをこちらに気取られないように水面下で進めてきた商会の手腕を見れば、向こうが洛陽に資産を残したのはこちらを嵌める為の罠であったのかもしれないという思いが賈詡の頭に浮かんだ。

 それであれば、自分達は差し出された虎の尾を思い通りに踏まされただけではないかとも。

 

 しかし、資金繰りに行き詰りかけていたあの状況で自分達にとれる選択肢がほかになかったのも事実である。仕組まれたものであったとしても、あの時にとれる行動としてはやはり資産の接収しかなかった。

 もし、今同じ状況であったとしても賈詡は同じ手段をとるしかなかったのである。

 

 それが分かるからこそ、賈詡はやり切れない気持ちを隠せなかった。

 

「とにかく、子許達がこちら物資を調達できないように封鎖をしてきていると見て間違いないと思う。特に、冀州・荊州・兗州からの物資は壊滅と言っていいほどに供給が絶たれてしまっているわ。……おそらく、その地域の領主達にも彼女達は働きかけているのだと思う」

 

 

「私達のことをよく思わない人達は多いもんね……。でも、それならどうしたらいいかな?」

 

「……とりあえず商会の影響が比較的薄い涼州・漢中・并州あたりから物資を調達をできるように手配するわ。それと同時に、封鎖してきている地域の物資も封鎖域外の并州や幽州を一度経由させて洛陽に集めるようにするしかないわね」

 

 現状を認識した以上、対応策を講じなければならない。

 

 賈詡は商会が各地の領主に根回しをしたうえでこちらを締め上げるように物資の供給を断ってきているのは確定の事項であるとして、それについて今の自分達にできることを列挙した。

 

 まずすることは、商会の手があまり及んでいない地域からの調達を強めること。しかし、これは口にした賈詡自身あまり効果がないということは自覚していた。

 

 商会が封鎖に参加させていないような地域はどこも、人口や生産量から見て豊かとは言えない地域である。もともと物資のないところから物を集めることはできない為、これは気休め程度にしか効果がないだろう。

 

 となるとやはり、商会が封鎖を仕掛けている物資の豊かな地域からどうにかして調達する方法を考えないといけない。

 そこで彼女が考えたのが、封鎖されていない地域に一旦物資を経由させ、そこから調達するという方法である。

 

 冀州から洛陽を含む司隷への物資を封鎖されていても、冀州から并州や幽州への物資の封鎖はされていない。であれば、冀州~并州・幽州~洛陽という経路を辿れば、封鎖網を逃れて物資を運ぶこともできるのではないか、と考えてのことである。

 

 しかし、この対策にも問題点がある。

 

「それしかないよね。でも……それだと輸送に無駄ができちゃうからどうしても街の物価は高くなっちゃうよね」

 

「ええ。でも現状できるのはこれくらいしかないもの。あとは各地の領主にこちらに物を回すように陛下からの勅命を出すということもできるけど……」

 

「そんなことをしたら益々、”天子様を私物のように扱っている!”って批判されてしまいそうだね……」

 

 そんなことをすれば、むしろ彼らにこちらを叩く理由を与えるだけになってしまうかもしれないと、賈詡も董卓の言葉に従うようにその考えを却下した。

 

 どうしようにも後手にしか回るしかないのが董卓達の現状であった。

 

 将棋に例えるなら、今の彼女達は裸の王将だけの状態である。守りの金将銀将は失われ、対する相手は何重にも駒をそろえてこちらを包囲している。まさしく詰みに近いような状況。

 

 董卓達にできることは王将を逃がそうと動かす事くらいであるが、結局それも結末を先延ばしにするくらいにしかならない。

 

 そもそも、商業という敵の舞台での対決を持ち込まれた時点で、彼女達には殆ど為す術がないに等しい状況であった。これが武器を用いての戦争であれば、呂布をはじめとして張遼や華雄といった猛将を抱える董卓達であれば武力で正面から対応可能であったが、この戦いでは武は何の役にも立たない。

 

 剣も矢も届かないところにいる相手にいくら武を誇っても意味はない。

 

「子許達と相容れられないことは、あの時の会談で理解していたけど、ここまでやってこられるとは……ね。正直甘く見ていた」

 

「詠ちゃん……」

 

 自身の見通しの甘さを悔いるように呟いた賈詡に董卓は心配するように声をかけたが、それでも彼女は自責の念を隠せない様子である。

 

 あまりにも相手に有利な舞台での戦いに持ち込まれてしまったのは軍師としての失策だと賈詡は痛感していた。

 本来ならば、軍師である自分が事前に対応を考えておくべきであったのに、今の現状は敵のテリトリーに戦いを持ち込まれ、こちらができるのは場当たり的な対処のみの状況。

 

 これは軍師としても、そして董卓を思う友人としても致命的な失敗だと賈詡は思っていた。

 

 このままいけば、早晩、自分達は干戈を交えることもなく枯渇してしまい、董卓の目指す王朝の乱れを正すというものも達成は困難になる。

 しかし、それが分かっているのに有効な策を出せないという事実が彼女をさらに苛ませる。

 

 これまでに彼女が示した対策のどれも、この事態を打開するものにはなりえない。ただの延命措置にしかなりえないのである。それは何よりも彼女自身が理解していた。

 だからこそ、彼女は忸怩たる思いを抱えていたのである。

 

 行先も見えない暗闇が部屋の中に広がるような圧迫感の中、賈詡と董卓の2人は互いに頭を抱えた。

 

 

「詠ちゃん、今の状況は私達にとって非常にまずいというのは理解できるし、このままいけば遠くないうちに私達は何もできずに終わってしまうのも分かるよ」

 

 暫く、静寂が室内を支配していたが、それを打ち破るように声を上げたのは董卓であった。

 悲壮に満ちた声色でありながら、それでも並々ならぬ覚悟を秘めたように現状を語る彼女に、賈詡はその真意が測りかねた。

 分からない以上は聞くしかない。賈詡は黙って彼女の言葉の続きを待った。

 

「でも、この場に立っている以上、座して死を待つようなことはできない。……ううん、私はしたくない。だから、私達は行動しないといけないと思うの」

 

 その行動・対策を考えても光明が見えないのが現状ではないか、そんな気持ちが賈詡の胸に去来したが、董卓もそのことは理解しているはずである。

 賈詡は静かに彼女の言葉を待った。

 

「子許さん達が自分たちにとって都合のいい舞台を用意して、そこでは私達に勝ち目がない。なら、彼女達にとっての勝利がそのまま私達の敗北にしなければいい。今度は私達がそういう舞台を作るしかないと思うの」

 

 そんな都合のいいことができるのか。賈詡は未だ、董卓の言うことの意味を全ては理解できなかった。

 

「それでね、詠ちゃん。1つだけ、私に考えがあるのだけど……」

 

 賈詡が聞きに徹しているのを確認したうえで、董卓はゆっくりと自信が胸に秘めた”策”を語り始めたのであった。

 

 策を語る彼女の瞳には、もう後戻りする気はないという確固とした決意の炎が揺らめいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿を言わないでよ、月!! そんなことをすればどんな弊害が起こるか想像もできない! それに、もしうまくいかなければ月は()()()()()()()()の汚名を免れないわよ!!」

 

 ゆっくりと、自分が持つ”策”を語り終えた董卓に賈詡は激高するようにそれを否定した。

 

「詠ちゃん……。もう、この場に立った時点で私の手は汚れちゃってるよ。それに私は朝廷の腐敗にもう体を浸してしまっている。今更、汚名を気になんてしないよ。それに……これは子許さん達と敵対している私達にしかできないことだと思うの」

 

「でも!! だからって月がそこまでする必要は…・・」

 

 賈詡の否定を受けても揺らがぬ決意を持った董卓は、自嘲するような笑みを浮かべた。

 

「多分、私がしようとしていることはとんでもない”毒”だよ。でも……そんなとびきりの”毒”でも使わないと()()()()()()()()は果たせないと思う。私はこの場に立つと決意した時点で、もうこの身を奇麗なままで事を為せるとは思っていない。だから……そんな毒でも使わないといけないよ」

 

 

賈詡は自分のことを心から案じてくれていると分かるからこそ、董卓は優しく言い聞かせるように自分の本心を彼女に吐露した。

 

「それにね、今は私達しかこの”毒”を使うことは出来ない。それをぶつけられる敵……ううん、相手がいるのは私達だけだよ」

 

「月……」

 

 ここまで聞けば、賈詡にも彼女の決意がどれほどのものなのか痛いほどに理解できた。

 

「分かった……。でもそれを実行するにあたっての指揮はボクが執る。月だけにこんなことをさせない! 必ず、この悪をボクは完遂してみせる」

 

 自身の主君がここまで覚悟を決めているとなれば、異論を挟むべきではない、自分にできることはその決意を共にして、同じ道を進むことである。

 少しの逡巡を経て、賈詡も覚悟を決めてその道を行くことに同意した。

 

 これから自分達がする行いは、後世に拭い切れない悪名を残すようなことになる。それを主君であり友人でもある目の前の優しい少女だけに背負わせることは出来ない。

 賈詡は心からそう思った。

 

 かくして、彼女達は確かな決意と思惑を胸に秘めて、行動を開始した。

 

 彼女達がこれから為そうとすることは、その後暫くしてから、この大陸全てを飲み込む”蟲毒”として、相対する者達に襲い掛かっていくことになるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてさて、封鎖は順調みたいだね!」

 

「ああ、冀州・兗州・荊州・豫洲を中心に、洛陽向けの物資は殆どが堰き止めれている。それに、洛陽からも順調に商人と市民が流出しているみたいだ」

 

 董卓達が行動を開始して暫く経った頃、陳留の店舗で物流封鎖の首尾を確認していた衛弘と一刀は、万事が予定通りに進んでいることに満足そうにしていた。

 

「うんうん、洛陽の門兵の何人かはこちらについてくれてるし、人口の流出も順調に進んでるね。洛陽から逃れてきた人には仕事を便宜してあげたり、可能な限り面倒を見てあげるようにしよう。そうすれば、人口の流出もさらに進むというものだよ!」

 

「その辺りの手配は伯寧が上手くやってくれているよ。それにしても……門兵まで引きこんで庶民を逃がすとか……本当にえげつないな」

 

「徹底的にやると決めたからね! まぁ洛陽に住む一般市民と商人には罪はない。洛陽を出るなら保護するのは吝かでもないよ。それに、人口の流出は街にとって痛手にもなるはずだから、まさに一石二鳥とはこのことさ!」

 

 一刀たちは封鎖をするにあたって、その影響を受けるであろう洛陽の市民達には、街を出ればそのあと彼らの行く当てを各地の商会支店で融通するように手配していた。

 あくまで一刀達の目標は洛陽の現政権だけである。そこに住まう民衆まで苦境に追い込むつもりはなかった。

 

 それに、衛弘が言う通り、そういった市民を街から流出させていけば洛陽の街はさらに力を失っていくという目論見も兼ねていた。

 洛陽を出ていく人が各地で、”洛陽は物もまともにない状況だ”と語ってくれれば、その背景はどうであっても、洛陽を支配する董卓達の名声を大きく損なうことにも繋がる。

 

 彼女達の名声を下げることは、この作戦の最終段階において大きな役割を持つことになる為、まさしく衛弘の言う通り、一石二鳥ともいえるものであった。

 

 しかし、あまりにも容赦のないやり方に一刀は自分がそれに加担どころかむしろ積極的にしているにも関わらず、いたたたまれない気持ちになり、零すようにそう言ったのである。

 

「あっ、そういえば向こうは何か対応策をとってきたかな?」

 

「ああ、流石に向こうも気づいたみたいで封鎖対象にしていない并州や幽州を経由させる形で物資の調達を始めたようだな。幽州の商人たちからそんな情報が流れてきた」

 

 思い出したように、相手の出方をきいた衛弘に一刀は最近仕入れた情報から向こうの動きを報告した。

 

「でもまぁ、これは前から想定していた対抗策だし。既に手は打っておいた。冀州のほうから并州・幽州に行く荷物も根こそぎ買い上げるようにして、各州で消費する物資は全てうちから供給するように指示してある。これで、この2州から零れ落ちて洛陽に回る物資は殆どなくなるはずだ」

 

 そして同時に、その相手の対抗策に対してのカウンターもすでにし終えていた一刀は、問題はないということを付け加えた。

 

「素晴らしいね! 一刀に指揮を任せて私も安心というものだよ。でもこれで、向こうは本当に行き詰ったというわけになるね……」

 

 一刀の対応を大げさに褒めるように手を叩いてから衛弘は、董卓達の資産の強制接収から始めたこの経済封鎖が盤石の体制になったことに自信を見せた。

 

 今の盤面は、こちらが完全に向こうの対応を封殺し、為す術もないくらいに追い詰めているような状況である。

 後はゆっくりと向こうが音を上げるのを待つだけである。全てはこちらの思惑通りに進んでいる。衛弘はそう考えて、余裕を見せていた。

 

「直に行き詰った向こうが白旗を上げるのを待つとしようか。まぁもし、降参してくるようなら仲穎ちゃん達の身ぐらいは保護してあげてもいいかもね」

 

 彼女は自分達の勝利を疑っていないかのように、そんなことを口にした。これだけ敵を追い詰めておきながら、その身を案じる彼女は優しいのか傲慢なのか一刀にも判断はつきかねたが、おそらくは前者なのだろうと考えた。

 

 思いを違えて、敵対してはいるが目の前の少女は洛陽にいる少女たちのことを心から憎んでいるのではないということくらいは一刀にも理解できた。

 

「おい、燕。まだ決着が付かないうちからそんなことを言うのはよくないと思うぞ。まぁ確かに、向こうからすれば殆ど”詰んでいる”ような状況ではあるけど……」

 

 彼女に相対する一刀は、その慢心を諫めるように口にしたが、その実、彼自身もこの状況から洛陽側が有効な対策を講じてこれるとは考えていなかった。

 100人が見て100人が商会の勝利を疑わないのが現状である。故に、この2人の慢心ともいえる余裕を見咎めるほうが無理というものである。

 

「勿論、”驕り”はよくないからね。私達は粛々とこの封鎖を継続していくことにしよう。そうすれば、遠くないうちに仕上げに入ることができると思う。……あっ、でも一刀の”奢り”は大歓迎さ!」

 

 一刀の言葉に、軽口を交えながら答えた衛弘。

 一刀もそんな彼女の様子に苦笑いを浮かべながらもそれ以上、何かを言うことはしなかった。彼女の言う通り、自分達は今まで通りにやっていけばいい。それが一刀の考えでもあったからだ。

 

 こうして2人は自分達の勝利を疑っていなかった。

 

 入念に根回しを行い、そしてここまで圧倒的に優位なの盤面を作り出してきたのは彼女たち自身なのだから。 これを慢心だと非難するのは無理がある。

 あとはどう転ぼうともこちらの想定通りに事は運ぶだろう、彼女達がそう信じたのも無理はない。

 

 

 しかし、物事は最後までどうなるのかわからないのが世の常である。

 

 彼女達は決して心から驕ったり慢心していたわけではない。それでも、勝ちが確定しているような状況を自ら現出させたという自負が、彼らからその当たり前の真理から目を背けさせていた。

 

 彼女達が最終局面へ向けて詰めに向かおうとし始めたこの時、”為す術がない”と判断した相手達は、その作り上げられた盤面をひっくり返すための方策に動いているとは、この時の2人は気づいていなかった。

 追い詰められた鼠は、自分を追い詰める虎に対して確かに脅威となる毒を含んだ牙を用意してきていた。

 

 そして彼女達がそのことに気が付くのは、全てがひっくり返された時である。

 

 

 

 

 

 

 ”董卓により()()()の発行”

 

 この事実が伝えられて初めて、彼女達は自分達が整えた状況が根底からひっくり返されたということに気が付くのであった。

 

 そして、この知らせを契機として、商会と王朝による水面下で行われていた戦いは、”貨幣”というものを新たな舞台として次の段階へと突入していく。

 そして、その戦いはこの大陸全ての民、そしてその子孫の代にまでわたって影響を及ぼしかねない、時を超えるような影響を持つものになる。

 

 この先、様々な思惑が重なり合う中、望まずして一刀と衛弘はその戦いの中心に放り込まれるが、この時の2人はまだそのことを知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




衛弘「勝ったな、風呂入ってくる」



恋を出したはいいけど、「お腹すいた」しか言わせてないことに書いてから気が付いた。彼女の活躍は今後にあるはず。

今週は多分、土日に更新できると思います。
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