真・恋姫†無双 北郷一刀・商人ルート 天下も金の回りもの   作:MATSUKASA

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感想・評価ありがとうございます。

ちょっと長くなってしまったので分割して投稿します。

董卓銭の発行に至るまでの話です。


25話 追憶 覆水盆に返らず

 

 もう20年程前の話である。

 

 12代皇帝“劉宏”が即位してまだ間もない頃、朝廷内の政治は大きく乱れていた。

 彼の前の皇帝、桓帝は宦官を大いに信頼し、彼らを政治の要職に就けた。そして、皇帝の信頼を得た宦官達はその権勢を振りかざし、自分たちの都合のいいように政治を牛耳った。

 

 宦官達には現皇帝の信頼という代え難い免罪符があり、桓帝が健在であった時分には、誰も彼らの専横に口を挟むことができない有様であったのだ。

 

 しかし、その桓帝が先日崩御した。

 

 これを好機として、朝廷の政治を欲しいままとする宦官を今こそ排斥せんと立ち上がる者達がいた。宦官の台頭によって政治の場から干されつつあった、従来の貴族を中心とした官僚たちである。

 

 彼らは自分達のことを“清流派”と称し、桓帝という最大の後ろ盾を失った宦官達を宮中より一掃すべく動き出した。

 しかし、宦官達も指を咥えてそれを許すほどに無能な者達ではない。逆に、この窮地を以て自分達の権力基盤を確固としたものにするべく、清流派を貶めるべく行動を開始したのである。

 

 こうして、桓帝の崩御という国家の大事を契機として、宮中には対立する2つの勢力による、血で血を洗うような政争が繰り広げられることとなった。

 

 

 

 

「はぁ……仕方ないとはいえ、今の後宮にいては息が詰まりそうで困りますねぇ」

 

 泥沼と化す政争の舞台となった宮中から少し離れた外苑に赴いた趙忠は、体内に溜まった嫌なものを吐き出すかのように大きくため息を吐いた。

 

 彼女は宮中を巻き込んで繰り広げられる政争の当事者、宦官に席を連ねる身分である。しかし、実のところ彼女は宦官対清流派の争いに深く踏み込むことはせず、傍観者のような立ち位置にいた。

 

 彼女にとって何より優先すべきなのは敬愛する天子様の身と心の安寧を守ることである。その為、彼女は今回の政争においては即位して間もない“新帝“劉宏の傍に控えて、宮中で繰り広げられる暗闘が彼の耳に入らないようにすることに努めていた。

 勿論、自分が所属する宦官勢力が敗北すれば彼女の身分が危うくなる可能性もあるが、たとえ宦官が敗れたとしても皇帝の寵愛を賜ることが出来れば自分の身を守ることは可能だと彼女は考える。

 

 そんな打算的な思考もあって、彼女は今回の政争に深く関わることを避け、まだ右も左も分からない幼き皇帝の傍仕えをしていた。

 

 しかし、彼女と皇帝が普段寝起きする後宮は政争の舞台の中心でもある。趙忠が手を回して皇帝の耳にはそういった話が伝わらないようにはしているがその分、彼女の所には嫌となるくらい聞きたくもないような話や明らかに腹に一物を抱えたような者達が寄ってきていた。

 

 自分を取り込もうと働きかけてくる清流派の人物や、皇帝の権威を利用させようとする同僚など、枚挙に暇がないほどあらゆる立場の人の対応に追われる日々を、彼女は上手くやり過ごしていた。しかし、どの方面にもいい顔するということは、いくら彼女と言っても少なくない心労を抱えるものであった。

 

 故に今、彼女は気分転換も兼ねて、宮城の外苑まで散歩に来たのであった。

 久々に吸う澄んだ外の空気は汚れた空気に身を晒し続けてきた彼女の身に深く染み渡り、彼女を心なしか日々の苦労から解放されるような気分とさせた。

 

 幸いなことに今日は天気もいい。

 

「せっかくですし、中庭で一休みさせてもらいましょうか」

 

 皇帝のお世話は信頼できる部下達に任せ、何人も近付けないようにしてある。少しくらい、休むことも必要だろうと考えた彼女は、その足を中庭へと向けたのであった。

 

 そして中庭に辿り着いた彼女は、そこで珍妙な光景を目にすることとなった。

 

「ん? なんですかあれは?」

 

 中庭についた彼女は密かに自分がお気に入りとしていた木陰に先客がいることに気が付いた。それだけであれば特に驚くようなことではないが、その人物の姿があまりにも常識から外れていた為、彼女は思わず応える者もいないのにも関わらず声を上げた。

 

 木陰にいるのは齢10にも満たないような幼い少女。

 それだけであればどこか朝廷の官吏の子が遊んでいるだけかとも思うが、彼女がしている格好が趙忠を困惑させた。

 

 その幼女は、なぜか逆立ちをしながら遠くを見つめるようにぼーっとしていたのである。

 しかも、逆立ちをしているせいか彼女の着物は大きく捲れており、履いている下着をこれでもかというくらいに晒していた。

 

 幼女の履いている下着であり色気などとは程遠い簡素なものであるが、世の中にはああいったものに劣情を催す輩がいるということを趙忠は知っている。

 さすがに幼いとはいえ少女が下着を晒し続けるような光景を放置するのもどうかと考えた趙忠は、関わるべきか迷ったものの声をかけることにした。

 

「あのー? あなたはここで何をしているの?」

 

「え?! おお、気が付かなかったよ!」

 

 趙忠がゆっくりと話しかけると、奇怪な幼女は彼女に気が付いていなかった様子で驚いたように逆立ちをやめてから趙忠と向き合う。

 

「んー、お父さんがね“いつもと同じ景色も違った見方をすれば新しい発見があるものさ”って言ってたから、視点を変えて逆立ちしながら景色を見ていたんだよ!」

 

 向き直った幼女は自慢するようにえっへんと胸を張りながら、自分が何をしていたのか堂々と口にした。

 

 色々と間違っていると、突っ込みたくなるような彼女の言葉ではあったが、見た目通り子供らしい柔軟?な発想に趙忠は自然と頬が緩むのを感じた。

 

「それは中々に面白い発想ですねぇ。でも……こんな人目に付くようなところで下着を晒すのはあまり褒められた行為ではないと思いますよぉ」

 

 しかしそれでも、こんな人の往来があるような場で一応は女性である彼女が、下着を晒すようなことは色々と良くないと思い直し、諫めるようにそう口にした。

 

「なるほどー! 確かにそうだね。“亀の甲より年の功”とも言うもんね! おばさんの言う通りにするよ!」

 

「お、おばさん……」

 

 親切心からした忠告に対して無邪気に返答した幼女の言葉に、趙忠は笑顔のままこめかみを引き攣らせる。

 

「ところで……おばさんは誰?」

 

「“おばさん”じゃなくてお姉さんです。私は、この宮中に努めているしがない官吏ですよ。それで、あなたは?」

 

「んー、本当は見知らぬ人に名前を名乗っちゃいけないって言われているけど、おばさんならいいかな? 私はね“弘”って言うんだよ! 字はまだない!」

 

 再度こめかみを引き攣らせる趙忠に、幼女は堂々と名前を名乗って見せた。

 やはり見た目通りの子供であり、まだ字を持たないとなぜか自慢するように言う彼女の様子に、趙忠は子供が背伸びをするような微笑ましさを感じた。

 しかし、今度はそんな子供が一人でこんな宮城にいるのは何故かという疑問が浮かんだ。

 

「えーっと、”弘”ちゃんはどうしてこんなところにいるのですか? それと、お父さんやお母さんはどちらですか?」

 

 おばさん呼ばわりされたことは非常に心外であるが、最近の息が詰まりそうな宮中にあって、こうして裏表のないような人物と話す機会が乏しかった趙忠にとって、目の前の無垢な少女との会話は思いがけず彼女に心地よさをもたらしていた。

 

 普段の彼女を知る者からすれば驚くほどに優しい声色で、趙忠は少女にお節介をやく様に問いかけた。

 今の宮中は知っての通り、平穏無事とは言い難い状況である。そんな場所にこんな人の悪意を全く知らなそうな少女を1人で放置しておくのもよくないかと思ってのことであった。

 

「んー、お父さんは仕事で大事な話があるって言ってお城の中に入っていったよ! お父さんが帰ってくるまで私は門の外でおとなしく待っているようにって言われたのさ!」

 

「ああ、お父さんがこの宮城に勤めているのですか……。あれ? あなたは門の外で待っていろと言われたのではないのですか? ここ……思いっ切り外門の中ですよ?」

 

「ちっちっち、ダメと言われたらやりたくなるのが”ひとのさが”というもの。お父さんが戻るまでに、外門に戻れば誰にもばれることはないのさ! 勿論、衛兵の人は”ばいしゅう”してあるのだよ! これで私の行動は”ひとく”されて、”かんぜんはんざい”が成立するのだよ!」

 

「ふふ、それならここであなたに出会った私も買収しないといけないのではないですか?」

 

 覚えたての言葉を使いながら顔の前で得意そうに指を振る幼女に付き合うように、趙忠も笑いながらそう返した。

 

「あっ! それもそうだね! おばさん改めお姉さん! ここで私に会ったということは黙っておいてくれ給え、その対価は出世払いということで!」

 

「出世払い……ですか。一体、いつになるんですかね。まぁ期待せずに待っていますよ」

 

「ふふふ、お姉さんは将来、この”大陸一の商人”となる私に貸しを作れるんだよ。とんでもない暴利でなければ私はちゃんと受けた恩には応える女だよ!」

 

 このところ久しくすることがなかった、他愛のない会話を楽しむように幼女と話していた趙忠であったが、少女の言った言葉に引っ掛かりを覚えた。

 

「商人? あなたは官吏の子じゃないんですか?」

 

 こんなところに1人で来ているという事実から、彼女は宮中に勤めるそこそこな地位の官吏の子供あたりかと思っていた趙忠にとって先ほどの言葉には違和感があった。

 なぜ、官吏の娘のこの子の口から”商人になる”というような話が出てきたのだろうか。

 

 趙忠自身はあまり思っていないが、この宮中、特に政治にかかわる者にとって商人とは基本的に好ましくないと思われるのが一般的だ。

 そもそも、儒教の教えに従うのであれば清貧こそが美徳であり、むやみやたらに金銭を求め、それを生業とするような商人という存在はむしろ忌み嫌われる者とも言えた。

 

 それなのに、少女の口から夢を語るように”商人”という単語が出てきたのは一体どういうことなのか。趙忠が疑問に思ったのはその点であった。

 

「んん? 違うよ。私は商人の娘さ! 私のお父さんはね、人を幸せにする正義の商人なんだよ」

 

「ああ、そうだったのですか……」

 

 趙忠の疑問に、少女はあっさりと答えた。

 曰く、彼女は官吏の娘ではなく、商人の娘であるという。

 

 であれば、先程の少女が言ったことにもある程度の得心がいく。自分の父親のことを尊敬しているような口ぶりの彼女である。その父親が、商人ということであれば、商人になりたいというのも自然なことであろう。

 

「みんなは商人のことを”金のもうじゃ”みたいに言うけどね、私とお父さんはそんなのが商人じゃないと思うんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんなお金を()()()使()()()、みんなを幸せにするお父さんみたいな商人に私はなりたいんだよ!」

 

 心底楽しそうに自分の夢について語る少女の言葉をよそに、趙忠は新たに浮かんだ疑問に思考を巡らせていた。

 

 しかし、彼女が官吏の娘ではなく”商人”の娘だというなら、どうしてこんなところにいるのか。それに彼女の言葉が正しければ、彼女の父親、商人は大事な話ということでこの宮中に来ているという。

 商人とは耳聡いものである。そんな商人が皇帝の崩御から政争に明け暮れる宮中に来ているのはどんな意味があってのことか。

 

 趙忠は思いがけずに得られた情報を元に様々な考えを巡らせた。

 

「お姉さん、全然聞いてないじゃないか。これには私も不満を隠せないのだよ!」

 

「いえ、ちゃんと聞いてますよ。弘ちゃんは商人さんになりたいということですよね?」

 

 少女を置いてきぼりに考えに耽っていた趙忠の様子を不満そうに非難する少女の言葉で、彼女は思考を現実に引き戻された。

 

 注意を改めて目の前の少女に向けた趙忠は思い直した。

 色々と気になることは多い、それでもここでそれを目の前の無垢な少女に聞いたところで得られることはないだろう。それに、久しぶりに腹を探りあわなくてもいいような会話を楽しんでいたのに、こちらからそれを放棄するのはよくない。

 

(まぁ、このことについては後から考えることにしますか)

 

 自分の中に浮かんだ新たな疑念についての結論を先延ばしするように彼女は少女と向き直り、話を聞いていますといった具合に返事をした。

 

「おお! 意外にもちゃんと聞いてるみたいで私の中の不満も急低下だよ!」

 

 幸いにも趙忠の返答は少女にとって好ましいものであったようで、一転して満足そうな顔になってしきりに頷いていた。

 趙忠は目まぐるしく変わる感情を臆することなく体で表現する彼女を面白く眺めた。

 

「ところで、黙ってここまで来たにしてもお父さんが戻る時に、言いつけ通り外門で待っていないと、買収の意味もなくなるのではないですか?」

 

 意外にも話し込んでしまったせいで、2人が出会ってからだけでも少なくない時間が流れた。このままいけば彼女が言う、完全犯罪とやらもすべて無駄に終わってしまうのではないかという心配からそう告げた。

 

「確かに! 思いがけず時間が経ってたみたいだね。というわけで、私はすぐに外門に戻って何くわない顔でお父さんが戻るのを待つことにするね。お姉さんもここで私と会ったことは内緒だよ!」

 

「口止め料は気長に待っておきますねー」

 

 元々、こんなことを話すような相手もいない趙忠は、慌てた様子で外門へと戻りながら念を押すように言う少女の笑いかけながらそう返した。

 

 そして、ばいばいーと言いながら脱兎のごとく場を離れた少女を見送ると、中庭には趙忠だけが残る。

 

 あたたかな陽だまりで、思いがけずに出会った少女の会話に彼女の当初の目的であった気分転換が十分に果たされたようである。

 中天を超えてゆっくりと西へと方向を向けた太陽の元、幾分か和らいだ心に満足しながら趙忠も少女が走っていった方に背を向けて歩き出した。

 

 彼女が進むのは政争に渦巻く宮中の中心。しかし、彼女の足取りは似つかわしくないほどに軽いものであった。

 

 この日の出会いは当の本人達にとっても、何気ない日常の一幕として片付けられるものである。しかし、互いに様々な印象を後に残すことになるものになるとは、この時の2人にはまだ知る由もなかったのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、珍しい夢を見たものですね……」

 

 そして時は戻る。

 謀略渦巻く宮中の奥の奥、後宮の一室で目覚めた趙忠は自分が寝てしまっていたという事実、そして随分と懐かしい夢を見ていたことに気が付いて、息を吐くようにそう呟いた。

 

 このところ色々なことが立て込んでおり、知らない間に疲れがたまっていたのかもしれない。

 

 趙忠はそんな風に思ってから、今度はどうして今、あの時のことを夢に見たのかと考えた。

 

「ああ、さっきまで張譲さんと話をしていたからですかねぇ……」

 

 そしてその原因と思われる、寝落ちしてしまう前の出来事を思い出した。

 

 不意に昼寝をしてしまう前に、彼女は同僚である張譲とこの部屋で話し込んでいた。話題は今の洛陽が置かれている状況について。

 

 このところ街の市場において様々な物資が不足しているということは彼女も張譲も理解していた。張譲はそのせいで、宮城の復旧すらままなっていないことを挙げては、物資を集めることすらできない董卓のことを無能だと口汚く非難していたが、趙忠には別の思いがあった。

 

 趙忠は、今の洛陽の物資不足という状況は何者かによって意図的に仕組まれたものではないかと思っていた。そして、その原因は自分と張譲にあるのではないかとも。

 

 今しがた夢に見た20年ほど前。

 趙忠達の宦官は清流派と呼ばれる官僚達と政治の主導権を巡って激しく争っていた。とは言え、熱心な儒学者が多い清流派は人の欲というものを毛嫌いする連中である。そんな彼らを切り崩すことは、その欲を誰よりも理解している宦官からすれば容易なことであるはずであった。

 

 しかし、あの時はそうした宦官の切り崩しがほとんど効果を得ないような状況であった。

 

 趙忠は後から聞いた話であったが、あの時、清流派の背後には彼らの弱点を補うように反抗勢力が宦官による賄賂等に靡かないように手を回す者がいたという。

 そして、その人物はその頃都で隆盛を誇っていた”商人”の男であった。

 

 しかし政争の最中に商人の存在に気付いた張譲が、その商家へ手を回して潰したことで、後ろ盾をなくした清流派は瓦解し、結局は宦官によって大いに駆逐されることになった。

 

 政争から身を引いて事態を静観していた趙忠は全てが終わってからその経緯を知った。

 そしてその時には既に、清流派を裏から支え自分たちを追いやろうとしていたという商人が張譲達の手で散々に潰された後のこと。

 

 何か心に引っ掛かるものがあった趙忠は、その商家があったという場所に足を運んだが、すでに屋敷は燃え尽き、そこには人っ子1人いない有様であった。

 聞くところによれば、夜中に張譲が手を回してそろえた野盗を装った集団に商家は襲撃され、一夜のうちに当主とその夫人、そして商家に勤めていた者たちも皆、殺されてしまったそうだ。

 

 自分達に歯向かうものを闇へと葬ることは、宮中において珍しいことではない。それに趙忠としても相手は違えども、必要とあればそういったことは何度もしてきた。

 しかし、この時に始末したという”商家”のことは趙忠の胸の中に、嫌な心残りとともに強く印象に残していた。

 尤も、当の本人である張譲にこの時のことを聞いても、「踏みつぶした蟻のことを覚えておくような酔狂な趣味はない」と返されることは目に見えているので、彼にこの時のことを直接聞いても何か目新しい話を聞けることはないだろう。

 

 

 

 それでも今、自分達は姿の見えない何者かによって攻められている事実である。

 いや、正確に言えば趙忠には自分達を追い詰めようとしている”何者か”には心当たりがあった。

 

 過日、協力関係にある董卓達の元に訪れて、彼女達ととの決別の意思を示した一組の男女。

 

 この数年で大陸に住まうものなら知らない者はいないほどの規模にまで拡大した大商会の当主である彼女達なら、今の洛陽の窮状を引き起こすこともできるかもしれない。

 もし、この予想が正しいのであれば、自分達宦官は20年前と同じく”商人”を相手にしているということになる。

 

「まったく、数奇なものですねぇ」

 

 まだ確証があるわけではないが、20年もの時を経て同じような状況となったとすれば、とんだ御伽噺みたいな話であると嘆息するように趙忠は息を吐く。

 

 そして、彼女にはもう1つの懸念があった。

 

 今しがた彼女が見た20年ほど前の出来事の夢。

 そこで出会った少女は自らのことを”商人”の娘だと語っていた。政争の真っ只中の時に宮中に出入りしていた彼女の父親という商人はもしかすれば、宦官が始末したという商人であったのではないか、そんな予感が趙忠にはあった。

 

 そして、もしあの時の少女が今も生きているとすれば、彼女は宦官のことを激しく恨んでいるのではないか。それこそ、あらゆる手を使ってでも宦官達を駆逐しようと考えるくらいには。

 

「でも……それこそ御伽噺みたいなものですかねぇ」

 

 しかし、そこまで考えたところで趙忠はその“もしかして”を否定するようにつぶやいた。

 

 20年前に自分達が始末した商家の娘が実は生き延びていて、今度は大陸一ともいえる商人となって自分達を潰そうとしてくる。

 そんなことがあり得ると考えるほうがどうかしているではないか。そもそも、あの時に出会った少女が殺された商家の子供であるということすら確証はない。

 

 常識に照らしてみればあり得るはずがないような確率である。趙忠は、まさかといった様子で自分の頭をよぎった考えをあり得ないと結論付けた。

 それでも、趙忠の頭の中には20年前のあの日、”大陸一の商人になるんだ”ときれいな瞳で語った少女の光景がどうしても忘れられなかった。

 

 あの日、記憶の中の少女は「お金は人を幸せにする為に使うんだ」と言っていたが、あの日以降も、宮中での政争の根回しに多額の金を使うような自分達は果たして正しくお金を使っていると言えるのだろうか。

 

(多分、あの子に話したら、それは違うよ!って言われるんでしょうね……)

 

 昔に思いを馳せたせいか妙に感傷的な気分となった趙忠は、誰もいない部屋の中で自嘲するようにそう思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼するわよ」

 

 趙忠が自分の思い描いた突拍子もない想像を空想だと考えた時、部屋を訪れる者がいた。後宮の中でもさらに奥まったところにあるこの部屋を訪れるものはそれほど多くない。

 しかも、趙忠の返答を待たずに部屋に入ってこれるものとなれば尚更の事である。

 

「あら、詠さんじゃないですか。わざわざそっちからここに来るなんて珍しいですね」

 

 趙忠の予想した通り部屋に入ってきた人物、賈詡の姿を目に入れると、趙忠は言葉とは裏腹に特に驚いた様子もなく、思考を現実に引き戻したように顔を引き締めて彼女を迎えた。

 

「ボクだって用事がなければこんな息の詰まるところに来たくはないわよ。……あんたに協力をお願いしたいことがあって来たの」

 

「これまた珍しい話ですね。詠さんからお願いしたいことがあるなんて」

 

 趙忠の嫌味に対して、嫌味で返してきた賈詡は何やら覚悟を決めたような顔つきで協力してほしいことがある、と訪問の理由を口にした。

 賈詡の言葉に趙忠は一層顔を引き締めた。

 

 この2人、いや正確には董卓と宦官は今のところ協力するという体制をとっているものの、互いに心から信頼しあっているという関係ではない。

 王朝を建て直すために権力を欲した董卓達と曹操や袁紹といった反宦官勢力に対抗するための武力を欲した趙忠達の利害が部分的に一致した為に協力をしているに過ぎない。

 それ故に、董卓達もこれまではこちらに何か強く要請をしてくることはなかった。しかし、今こうして賈詡ははっきりと”協力”という言葉を口にした。

 

 その内容と思惑が何なのかを見極めるためにも、趙忠は鋭い表情のままで賈詡の言葉を待つ。

 

 そして、立ちながら話すことでもないから、と手近な椅子に腰を掛けた賈詡はその協力の具体的な内容についてゆっくりと話し始めた。

 

「あんたも気付いているとは思うけど、今の洛陽は何者か……ううん、間違いなく”衛北商会”によって物資封鎖を仕掛けられている。そのせいで街の物資は不足し、人口の流出も日に増して酷くなってきているわ」

 

 互いに理解している事柄を確認するように話を切り出した賈詡。彼女の話した現状はすでに趙忠としても理解していることであり、何か驚くようなことではない。

 本題はこの先のことであろうと、趙忠は続く言葉を待った。

 

「このままいけば早晩、ボク達は何もできないままに行き詰まることになるわ。だから……ボク達は何とかしてこの現状を打破しないといけない」

 

「……それで? 具体的には何を考えているのですか?」

 

 勿体ぶるかのように言う賈詡を促すように、趙忠はその”現状を打破する為の策”が何なのか聞く。

そんな趙忠に対して賈詡は一度大きく息をのんでから、意を決したように彼女と董卓が考えた方策を口にした。

 

「ボク達は……新しい通貨を発行したいと思っている」

 

 具体的な対抗策を口にした賈詡はその後、これをすると決めるに至った経緯を不審に思われることがないように細心の注意を払いつつ、事細かに語っていくのであった。

 

 

 

 




賈詡と趙忠の話し合いは分割した次話に続きます。
明日か何とか火曜日までには投稿したいなと思います。

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