真・恋姫†無双 北郷一刀・商人ルート 天下も金の回りもの 作:MATSUKASA
「俺が何者かなんて…………昨日言ったじゃないか。俺は北郷一刀。ここの東の果ての国から、訳も分からないまま放り出されたんだって」
「はぁ……一刀。二度も同じことを言わせないで欲しいな。私が聞きたいのはそんなウソの言葉じゃない。ホントウのことを聞きたいんだ」
衛弘の問いかけに一刀は、昨日述べたとおりの話をするが、それを聞いた衛弘はさらに冷たい言葉でそれを否定する。
まるで教師ができの悪い生徒を嗜めるような口調だが、その中にははっきりと、ごまかしは通用しないという意思を感じさせる重さがあった。
「私はねこうした職業上いろんな人を見てきたし、いろんな腹の探り合いをしてきた。だから、嘘をつくという行為にはすごく敏感なんだよ。人は嘘をつくとき少なからず普段とは違った姿を見せる。呼吸の頻度、視線の動き、あるいは手足の動作といった具合にね。昨日今日という短い付き合いだったけどある程度は君がどういう人間なのかわかったつもりだよ。君はね、特に嘘をつくのが苦手、いや、慣れていない人間だ。良くも悪くも気持ちが言葉、態度の表面によく出ているね」
衛弘はそれでも頑なに話そうとしない一刀に対して諭すように話す。
「だからこそ、一刀が自分の身上を私に話した時の様子は気持ち悪いくらいに不自然だったよ。人と話すときは真摯に相手と向き合う君が視線を惑わせ、思いを率直に口に出す君が言葉を探そうと考える。挙句の果てには私が疑って見せると、やっぱりかという顔になり、納得して見せれば明らかな安堵の表情をする。ほかにも色々とあるけど、私から見れば君が自分のことを騙っているのは確定的だ」
コールドリーディングと呼ばれるものがある。
交渉における技術の一種で、話している相手の所作などから相手が話していないことまで読み取り、交渉を優位に進めていくためのものである。
突き詰めれば相手の思考を思ったように誘導することさえ可能とするものであるが、衛弘はそれを一刀に使っていたのだ。
相手の望むように話を持っていき、相手の信頼を得ることで気を抜いた所作からさらに情報を読み取る。
その結果、衛弘はすでに一刀が身分を偽っているという確信を得ていた。
勿論、偽っているということが分かっただけで”何をどう偽っているのか”までは読み取ることはできないのでこうして直接聞いているのである。
「子許は……それを聞いて俺をどうしようっていうんだ?」
おそらくここで偽りを口にしたところで目の前の少女は納得しないだろうと理解した一刀は何とか身の安全を確保しようと頭を振り絞って言葉を口にする。
(考えろ、こうして俺の直接聞くってことは子許自身も俺が何者かすべて理解しているということではないんだ……、なら、それを俺の口から聞くまでは何かしてくることはない)
「どうするかは、内容次第…………と言いたいところだけど、別に一刀をここで殺すということはしないよ」
一刀が考える最悪のケースは他ならぬ衛弘の口から否定された。
誰の目にもつかない場所で逃げることもできない状況。
一刀は衛弘がここで自分を始末するつもりなのかということも考えたがどうも違うようだ。しかし、普段は気さくな態度の衛弘の口から”殺す”という物騒な単語が簡単に出てくるあたり、やはりここは自分がいた現代とは違った世界なのだということを強く感じた。
「まぁこんな状況なら一刀がそう考えるのも仕方ないか。でもね一刀、私だって馬鹿じゃないんだ。君が嘘を言っているのはわかったけど、同時に君が私に対して悪意をもって貶めようとか考えているわけじゃないことくらいわかるよ」
一刀の不安すらすべて見透かしているかのように衛弘は続ける。
「大方、話しても信じてもらえないような事情か、話して悪い方向に行くことを心配して偽ったってところじゃないかな。だからね、一刀。こうして誰にも聞かれることがない状況で君と対峙したのも別に君を害しようとした為ではないんだ。ここなら私以外の誰にも聞かれることはない、それに私は君がどんな身の上であっても真剣に聞くつもりだよ。それに、さっきは君の人柄を悪くいったかもしれないが、私はその実直な人柄を好ましく思っている。君は平気な顔をして嘘をつけるクズなんかよりもはるかに素晴らしい人だよ。恩を受けたら強がっても手伝おうとする、時折見せる申し訳なさそうな表情も恩を知るからこそできる美徳だよ。はっきり言うとね、私は君の人柄が好きだ! だからこそ、そんな一刀が嘘をついてまで隠すことを知りたいんだ。だから一刀、改めて今度はお願いするよ」
”どうか私に君のことを教えてくれないか?”
衛弘は一息に言い切ってから、ふと顔を緩めてそう告げた。
(これは、ずるいだろ‥‥‥‥)
先ほどまでの身を刺すような空気が一変して、まるで母のような慈愛の笑みでこちらを伺う衛弘に一刀は自分の不安が消え去るのを確かに感じた。
もう、この少女にはすべて話してもいいんじゃないか。いや、この少女には自分に起きたことをすべて話して話してしまいたいという気持ちになってしまう。
不安にさせてから、安心させる。下げてから上げる。
相手の警戒を解く常套手段であり、もしかしたら彼女は一刀がこういった気持になることまですべて計算してやっているのかもしれない。
いや、むしろ一刀にはそうであるとしか思えないかった。
だが、それでもこの少女になら全てを委ねてもいい気がする。
(彼女は俺のことを好ましいと言ってくれたが、こんな見ず知らずの世界にきていく当てもない俺を助けてくれた衛弘を嫌いになれるわけがない)
「わかったよ、それに騙していて本当にすまなかった。俺のことをすべて話すよ。……突拍子もない話なんだけど全部聞いてくれるんだろ」
観念した一刀がそう告げると、目の前の少女は「ああ、勿論さ!」と明るく了承する。
暗い地下ではその表情まではっきりと見ることはできないが、彼女が浮かべる満面の笑みが見えたような気がした。
たっぷりと時間をかけて、一刀は衛弘に対して自分に起きたことを正確に、そしてすべてを話した。
・自分はおそらく未来と思われる時代から来たこと
・この時代のことは歴史として知っていること
・だが、一刀が知る歴史では衛弘も曹操(洛陽に行く途中に衛弘から聞いた)も男性であったこと
・そして自分がここにいる原因はわからないこと
「これが俺が話せるすべてだよ」
一刀が語り終えるまでの間、衛弘はその言葉の一つとして聞き漏らさまいと真剣な表情で聞いていた。
そしてすべてを語り終えた一刀は目の前の少女に目を向ける。
そして返ってきた反応は、
「ふ、ふふっ…………わーはっははははは!!!!」
裂けんばかりの大笑いであった。
「おいおい、意を決して話したのにその反応はあんまりじゃないか!」
「はーはーっは……未来から来ました? 私や華琳ちゃんが男? まーさかこんな話が聞けるなんて、抱腹絶倒ものだよ! あー、こんなに笑ったのは久しぶりだ」
「…………ほら、やっぱり信じないじゃないか。だから話したくなかったんだよ」
文字通りに腹を抱えて、目には笑いすぎて涙を笑えて地下を転げまわる衛弘の姿に一刀は拗ねたように小さく呟いた。
だが一刀自身、衛弘の反応は至極当然のものであることは理解できた。
もしいきなり目の前に落ちてきた人物が「私は未来から来ました、私の知る歴史ではあなたは男でした」と告げられたら、一刀でも迷いもなく頭がおかしいやつと認定するだろう。
だから衛弘の態度を咎めるのもおかしな話なのだが、それでも信じて話したのにこの態度をされたのだから文句の一つくらい言わずにはいられなかったのだ。
「はーはー、ごめんよ一刀。いやー想像した以上の話に流石の私も我慢できなかったんだ。でも、私はその話信じるよ」
「え?! 信じてくれるのか?! どう考えてもおかしい話だろ、自分でいうのもあれだけど……」
「いやー、逆にそれくらい突拍子もない話じゃないとこれまでの説明がつかないよ。いきなり空から落ちてきたのもそうだし、文字も読めないのに史記の内容を知っていたり、私の名前を聞いて驚いたのも…………うん。聞いてみればそれ以外に考えられないくらい筋が通っているよ。それに、今の話をする君は清々しいほどに誠実だったよ!」
「はは、そういってもらえると助かるよ」
眦の涙をぬぐいながらもはっきりと信じると衛弘が言ってくれたことは一刀にとって驚きだったが、それ以上に嬉しくもあった。
誰に話しても信じてもらえないような事態に放り込まれて、ひたすら胸の内で一人抱え込んでいたことをこうして真剣に聞いて、それでも信じてくれる存在がいたことに初めて一刀は自分がおかしくなったというわけではないのだと実感できた。
この世界では自分を知ってくれる人はいない。1人なのだという孤独から解放された。
思えば、一介の学生に過ぎない一刀がこの世界にきて本当の意味で自分を知ってくれる人などいないと思っていた中で、目の前の少女は”一刀を信じる”といって言ってくれたのだ。
その事実が一刀にはたまらなく嬉しかった。
「ちょ、一刀。いきなり泣き出してどうしたんだい!?」
「あ、いや。ちょっと嬉しくて……この世界で俺は1人じゃないんだと思うことができて……」
衛弘に指摘されて初めて一刀は自分が泣いていることを理解し、急いで袖で涙をぬぐう。だが、しばらくその涙は止まりそうになかった。
「一刀…………辛かったんだね。無理もないよ、君からすればいきなり訳の分からない世界に1人で来てしまったんだ。でも大丈夫だよ。もう君は1人じゃない。だからさ……」
”もう無理しなくていいんだよ”
目の前で泣くという醜態を見せても衛弘はそれを笑うことはしなかった。
一刀の孤独や不安を思えば無理もない。むしろ良くここまで我慢したと褒めてあげたい。
だからこそ、衛弘はその涙を正面から受け止めようと、膝をついて涙をぬぐう一刀を正面から抱きしめ、この少年の涙をその胸で受け止めた。
一刀はその好意に今は甘えたくて、自分の涙が枯れるまでされるがままに彼女の胸に頭を預けたのであった。
衛家の蔵の地下にはしばらくの間、静かな泣き声だけがただ響いていた。
ちなみに後日、この時のことを衛弘に揶揄われた一刀は、ひどく赤面した後に、せめてもの仕返しとして。
「でも、燕にもかすかだけど胸はあったんだな」と発言してしまい、顔を赤らめた彼女に強烈な一撃を食らうことになるのであった。
「ごめん子許、見苦しいところをみせて…………」
しばらくして一刀が泣き止んだ後、佇まいを正した一刀は強がりもあって先ほどのことを詫びた。
「いいさ、君の本心を聞かせてもらったんだ。これくらいお安い御用さ!」
そんな彼の強がりもお見通しな衛弘は小さく笑って、気にするなと慰める。
彼女の姿は、見た目の幼さに反して、すべてを受け入れてくれるような優しさに満ちたものであり、こんな小さな子に泣き顔を見せたことを恥ずかしがった一刀も、彼女が自分よりもはるかに経験を積んだ人物なのであると再認識した。
「それで、一刀。君の身の上はすべてわかったよ。勿論、君がこうなった原因については私もわからない。でももしかしたら一刀にとってここは胡蝶の夢なのかもしれないね」
「これは全部夢ってことか?」
「もちろん、私は君の夢の人物ではないつもりだけど。まぁ、それを証明することはできないけどね」
一旦、一刀が落ち着いたのを確認した衛弘は一つの仮説だけども、と前置きしたうえで自分の考えを告げた。
”胡蝶の夢”
古代、戦国時代の思想家である荘周が示した有名な逸話である。ある人物が自分が蝶となって悠然とはばたく夢を見たが、目を覚まして自分が本当は蝶であって、今人として生きているのは蝶が見ている夢であるのか誰にもわからないという話である。
この説話から荘周はいま自分たちが生きて見聞することはどれも不確かなものにすぎないという考えを述べている。
「もしかしたら今ここにいる一刀は未来にいる君が見ている夢なのかもしれない。あるいは未来にいたという話がここにいる一刀の見ていた夢なのかもしれない。どちらが真実かなんて誰にも分らない」
「……ここに来た時に感じた痛みも、今の気持ちもすべてが夢だったなんて思えないし、思いたくもない。かといって、現代で過ごしていた時間も夢とは考えられないけど……」
衛弘が言わんとしていることが何となくではあるが理解できた一刀はそう返す。
現代にいた自分、そしてこの時代にいる今の自分。そのどちらも一刀にとっては夢だと思えない。それに、先ほどまで心に広がっていた気持ちだって夢だと片づけてしまうことはしたくない。
目の前の恩人に対するこの気持ちは間違いなく一刀のものであり、本物だと思っている。
「うん、それも真理だね。私はさ、この話を聞くといつも思うんだ。”どっちが夢で、どっちが現実かなんてどうでもいいじゃないか”……ってね! 誰が考えたって答えのないことに頭を悩ませるなんて無駄、まったくもって命の無駄遣いだよ。だから、こう考えるべきなんだ、別にどっちが現実でも関係ない。自分が蝶の時は蝶として空を飛ぶことを満喫すればいい、そして人の時は人としての生を謳歌すればいいんだ!」
一刀の気持ちを見越したかのように衛弘は自身の考えを告げる。
”無駄なことを考える暇があるなら、今の自分にとっての現実を楽しく生きるべきだ”と。
その考えは実に衛弘らしく、そして不思議と一刀にもすんなりとその通りだと腹落ちができるものだった。
「それで、子許はいったい何が言いたいんだ?」
そして彼女は自分でも言ったように無駄なことをする人物ではない。短い付き合いだが、一刀にもそのくらいのことは理解できている。
ならば衛弘がこんな話をした以上、何かしら一刀に伝えたいことがあるのだろう。
一刀はそう考えて、衛弘の次の言葉を待った。
「ああ、だから一刀。君がするべきことは自分が何者か、どうしてこうなったのか考えることじゃない。今ここに、私の目の前に”北郷一刀”がいることは事実だ。ならば、君のするべきことはここでの生を謳歌する、いや楽しむべきだと私は思うわけだ。”人が生を楽しむ”とは目的をもって生きることに他ならない。つまり今の君に必要なのは生きる目的だ!どうだい違うかい?」
そして、「君は今、余人には想像もできない経験をしているんだ。これを楽しまないなんてもったいないじゃん!」と、本当に楽しそうに笑った。
「っはは、本当に衛弘らしいな。でも目的か……確かに未来に帰ることはできないしその通りかもしれないけど」
ようやく一刀にも衛弘が言わんとすることが分かってきた気がする。
この状況を悲観的に考えていた一刀にとって彼女の話は目から鱗であった。
確かに状況だけ見れば、戦乱の嵐の中にただ放り込まれたようにも思えるが、一刀は今、他のだれもが経験できないことを経験できているのだ。
現代にまで語り継がれるほどの三国志の英傑たちがいるこの時代を、まさしく目の前で体験し、そしてそれに参加することができる立場ともいえる。
一刀だって1人の男である。男に生まれた以上は何事か成し遂げてやりたいという気持ちも持ち合わせている。ましてやこの時代はただの筵売りが皇帝にまで上り詰めることも可能な世界なのだ。
農民から関白にまでも立身出世をした秀吉に憧れを抱くのは何らおかしな話ではない。
しかし、ここで一刀の冷静な部分が冷や水をかけてくる。
一介の学生にすぎない俺に何ができる?剣もまともに振れない俺なんてすぐに死ぬのが関の山だ、と。
「一刀、君はほんとに考えていることが分かりやすいよ。確かに君のその躊躇いは大事なことだ。身の丈に合わない野望は身を滅ぼすからね…………でもさ、今重要なのはそんなことじゃない。”君が何をしたいのか”、それが一番大事なんだ。その手段なんて後から考えればいい、手段を理由に目的を諦めるなんて本末転倒だよ。それで、私はこの乱れた世を自力でのし上がってやりたいと思って生きているが、君はどうだい?」
「俺だって男だ。せっかくこんな時代に来たのだから名をあげるようなことをしてみたいと思うよ……でも」
「ならそれをしようじゃないか!なら奇遇なことに、君と私の目的は一緒だ!どうだい?君さえよければ一緒にこの腐った世の中で成り上がってやろうじゃないか。私はさっきも伝えた通り、君の人柄、そして君が持つ知識・・・”天の知識”を高く買っている。もっと率直に言おう!私は君が欲しくて欲しくてたまらない! こうなった以上、君が誰かの手に渡るのを黙ってみていられるほど私は禁欲家ではないのだよ」
「買い被りだと思うけど…………でも子許とだったらそれもできるような気がする。ああ、いいじゃないかこの時代に”北郷一刀”という男がいたことを知らしめてやりたい」
衛弘の話に乗せられて自分が熱くなっているのを一刀は自覚していた。それでも、例え乗せられていたとしても、一刀にはそれでもかまわないという気持ちでいた。
「なら決まりだ! さぁ、”北郷一刀”この手を取りたまえ! 今から私と君は志を同じくする盟友だ。ともにこの時代の頂点を目指そうじゃないか! この手を取るなら君は今日から商人で、大陸一の商人”衛子許”の相棒だよ!」
一刀の言葉を聞いた衛弘は膝を叩いてから笑うと立ち上がり、目の前の一刀に手を差し伸べた。
顔に浮かべるのはまさしく玩具を前にした幼子のように、わっくわっくが止まらないといった表情である。
そんな顔を見せられては、一刀としてはもう選択肢はないも同然である。
「ああ! やってやろうじゃないか! 俺の名前は”北郷一刀”だ。子許の相棒でこの大陸一になる男だ!」
一刀は衛弘の宣言に倣って、自分の野望を口にしながら差し出され小さな手を固く握って立ち上がる。
自分がこの世界に来た意味はまだ分からない。でも、今の一刀はそうしたいからそうしたのだ。
この先、どんなことが起こるかなんてわからないが、目の前の小さな大商人と一緒ならどこまでも登っていけるような気がした。
「では契約は成立だ。私は一刀を使って成り上がり、一刀は私を使ってのし上がる。契約は商人にとって絶対のものだ、真名に誓ってこの契約を守ろう! 私の真名は
「え、真名ってたしか大切なものじゃないのか? 許可なく呼んだら殺されてもおかしくないって子許が教えてくれたものだろ。そんな大事なものを俺なんかにいいのか?」
「子許じゃない燕だよ、一刀。言っただろう。君と私はこの世を共に駆け上がる共犯者だ。なら許さないほうが不自然だし、他ならぬ私がいいと言っているんだ、返品はお断りだよ」
「なら謹んで受け取るよ。燕、俺は真名なんてものを持っていないから、一応は一刀が真名にあたるようなものなのかな。だからこの誓いは絶対に違えないことを俺も自分の名前にかけて約束するよ。それにしても燕か……本当にピッタリの名前だな」
一刀は衛弘の真名を受け取り、率直な感想を口にした。
中国において実存が確認できる最古の王朝といわれる”殷”、そのおおもとになったのは”商”と呼ばれる街だ。
一説にはその”商”の人々は大いに商いを行っていたことで、”商”の国の人という意味の
そしてその”商”の国の起源は、伝説によると
商人の語源となる国の起因となった鳥こそが
それは目の前の少女にピッタリだと思ったのだ。
それに彼女の見た目も、黒っぽい着物を着ており、小柄なことも一刀のよく知るツバメの姿にも似ている気がする。これは話すと怒られそうなので黙っておくが。さらに真名の呼び方もこれは偶然だが、一刀が生きていた現代の通貨の単位である。
思えばこれ以上にないくらい彼女にふさわしい名前である。
当の本人も、一刀の言葉をきいて、「うむうむ、そうだろうそうだろう」と大げさに頷いていた。
「俺は学もなければ文字も読めないし、槍働きだってそんなにできないと思うが、これからよろしく頼むよ」
「ふふふ、安心したまえ。君ができる範囲で存分にこき使ってあげるからね!」
「……お手柔らかに頼むよ」
ムフフと笑いながらそう口にする衛弘を見て、一刀は待ち受ける未来に一瞬たじろぐが、この選択には後悔はなかった。
一刀が言ったように、この乱世に名をあげるというのも確かに一刀がやりたいことに違いなかったが、その実それは一刀が最もしたいことではなかった。
一刀が本当にやりたかったこと、それは”この少女の隣にいたい”ということだった。
北郷一刀という男はこの上なく目の前の少女に惹かれていたのだ。
この気持ちを、不安な状況に放り込まれたことによる吊り橋効果だと言われるかもしれないが、一刀はこの胸にある気持ちを大切にしたかった。
だからこそ、衛弘に手を差し出された際は迷いなくその手を取ったのだ。
あるいは口にしてなくともこの一刀の気持ちすら衛弘は見抜いているのかもしれないが、それはそれで悪くない。
そんなことを考えながら一刀はいまだに楽しそうに笑う目の前の少女を見つめていた。
その後2人は衛弘の提案で、誓いのお祝いということで都の酒場に繰り出していった。
その時衛弘の勧めで、生まれて初めてお酒というものを飲んだ一刀はすぐにつぶれてしまい、衛弘に介抱されるということもあったが、それすらも一刀にとってはいい思い出であった。
こうして北郷一刀は降り立ったこの地で燕の名を持つ少女と出会い、契約を結び、商人となったのである。
一刀がこの外史にきて最も大きな転機でもあり、この後大陸全土にその名を知られる大商会の結成となったこの出来事は、余人の目に止まることはなく、多々当事者の2人の胸の中で大切な思い出として記されるだけであった。
のちにある少女は語る
「あの時、私が君に会えたのは天啓だったんだ。天なんて信じていない私もあの時ばかりはさすがに感謝したものだよ。実はあの時は、行商も今後は頭打ちになりそうで、どうしようかと行き詰っていたところだったんだ……」
「だからそんな時、未来を切り開くきっかけになりそうな君と出会えたことは本当に私の生涯で最大の幸せだったよ。だから一刀、私がここまでこれたのは君のおかげだ。今更で申し訳ないけど、本当にありがとう。私はそんな君にだからこそ………………」
とりあえずここまでがプロローグという形になります。
次の話の前半に2人の事業について書いて、そこから原作に突入していきます。