真・恋姫†無双 北郷一刀・商人ルート 天下も金の回りもの 作:MATSUKASA
「ふぅ……そっちの話はついたみたいだし、そろそろそちらの答えを聞かせてもらえるかな?」
田豊と顔良の話が終わるのを見計らったようなタイミングで衛弘がしびれを切らしたかのように口にした。
しかし、表向きは返答を聞きたいといった口ぶりではあるが、その実は事が己の思い通りに進むことに彼女は疑いを持っていない様子であった。
「ええ。概ねそちらの考えは理解したわ。あなた達は董卓の利己的な新銭発行を憂慮し、大陸の民達の暮らしを考え、それに対抗しようとしている。そして、その義戦に私達の協力が欲しいというわけね」
「……ものは言いようだね。そちらにとってそのほうが好都合ということなら、こちらとしても異存はないよ。うん、その理解で正しいよ。それで、私達に協力してくれるのかな?」
当人以外の第三者がこの場にいるというわけでもないが、綺麗な理屈で衛弘の要請を言い換えた田豊。彼女の言葉に衛弘は呆れたようにしながらもその言葉に首肯し、次の言葉を急かすように問いかけた。
「といっても、あなた達に協力するとして、具体的には一体何をすればいいのかしら? あんたの思惑は理解したし、現時点ではそれに賛同することはこちらとしても吝かではない。でも実際に協力するかどうかは……その内容次第ね」
目の前の小さな怪物相手にこちらの答えを隠そうとしてもしょうがない。
董卓に煮え湯を飲まされたのは田豊にとっても記憶に新しいことであり、彼女が中央で権力を掌握している現状に甘んじるつもりがないのも事実である。
しかし同時に、彼女の返答は白紙委任で協力を承諾するものではなかった。
具体的な協力の内容。それがはっきりとしなければ返答することはできない。
極端な話、厄介ごとをすべて押し付けられ、商会にとって都合のいい駒として使われるようなことがあるかもしれない。
共通の敵である董卓と手を取って対峙するにしても、できる限り袁家にとって都合がいいように誘導する。それが田豊の考えであった。
「ああ、ごめんよ。確かに協力を要請しておきながら具体的な内容について話していなかったね。……こちらが協力を要請するにあたって、そちらにしてもらいたいことは大きく2つだ」
探るような田豊の言葉に、衛弘はわざとらしく謝ってみせてから、真剣な面持ちで指を2本立てた。
「まず1つ目は、私達の商会はこれから持てる全てを投じて新銭を駆逐していくつもりだ。その際、君達には私達の活動を邪魔しないでもらいたい。別に積極的に何か手伝いをしなくてもいい。ただ、私達の活動を黙認してもらいたい」
「へぇ……それだけでいいのね。それくらいなら問題ないわ。元々、今回の新銭が世に出回るのは私達としても歓迎はできないし、あんた達がそれを潰してくれるというなら邪魔をする理由はない。いいわ、あんた達の対新銭の活動に関して袁家は一切関知しない。それと、私達も声明は出さないけど、袁家としては新銭を受け入れないようにしておいてあげる」
再度張り詰めた空気の中、衛弘が口にした最初の協力内容に田豊は拍子抜けした様子で即座に了承してみせた。
彼女の言う通り、今回の新銭は商会と同様に莫大な財を持つ袁家にとっても好ましくないものであった。田豊としてもどうにかして防ぐ手段を考えていたところである。
それを商会が代わりにしてくれるというなら、これを拒む理由はない。しかも、黙認さえすればこちらが何もしなくても駆逐してくれるというのである。ならば、活動を認めるくらい差し障りがないことである。
身構えて聞いた割にはあまりにも簡単な内容に田豊は肩透かしを食らった気分である。しかし、こうして当主自らが足を運んでまでここに来ているのが、これだけの内容であるはずがない。
田豊は緩みかけた顔を再び引き締めなおした。
「ありがとうね、じゃあ私たちは思う存分勝手にやらせてもらうよ。……それで2つ目の協力内容だ」
田豊の了承を受け取った衛弘はパァっと顔に笑みを浮かべてお礼を言うと、今度はおもむろな様子で2つ目、つまりは最後の内容を口にしようとした。
彼女の様子に嫌でもその2つ目こそがこの会談の本題であることが察せられた。
自然と室内の空気が緊張する。
「商会が新銭を最早脅威となりえない段階まで駆逐したところで、君達には大陸全土の諸侯に董卓の暴政を非難し、これを討つ為の決起を呼びかける檄を発してくれ。その上で、結成される連合軍を率いて洛陽に進軍、董卓を洛陽から排除してほしい」
そして緊迫した空気の中、衛弘の口から本題ともいえる要請が告げられた。
その内容自体は、最初に彼女が口にした内容から大方の予想がついていたものではあった。しかし、1つ目のものとは違い、今度は即答できるような類のものではなかった。
「まぁ、大方は分かっていたことだけど、今度はすぐに返事ができるものじゃないわね。董卓は落ち目とはいえ少なく見積もっても10万規模の兵を動員できる。それに本当に洛陽に進軍するとなれば、その道中には汜水関・虎牢関と2つの難所を突破する必要もある。やろうと思っても、実際にやるのは簡単じゃないわよ。そもそも、私達が檄を発したところで実際に参加する諸侯がどれくらいいるのかも分からないじゃない」
衛弘の言葉を受け、田豊は返事を保留したうえで、今彼女が口にした内容がどれほど困難なものであるのかを諭すように語った。
「それでも、君達ならできないことではない。…………違うかい?」
冷静に困難さを語る田豊に対して、衛弘は慌てる様子もなく試すように口にした。
「できるかできないかの問題でもないのよ。都を攻め落とす大軍となればそれ相応の費用もかかる。商人のあんたならそれくらいは分かるでしょ? 正直に言って、私達も董卓をこのまま中央でのさばらせておくつもりはないから、いずれそういった行動を起こすことは選択肢に入れている。それでも、事が事なだけに、その用意も根回しも十全にしないといけないの。そういった過程を無視して、この場であんたが描く絵図にこちらが乗っかる利点が見えないわね」
衛弘の挑発的な言葉を受けても、田豊は終始冷静に自分達の立場で反論をした。
しかしその反論は一見、強い拒絶のようにも思えたが、その実は違う。
田豊の言い分はこうである。
“あんたの思惑に協力すればどんな見返りがある?”
結局のところ、田豊の中でもどこかで董卓と雌雄を決する時が来ることは分かっていた。彼女は、それをするにあたって先に語ったような準備をし、最も都合のいい時期を考えていたのである。
故に、連合を以て董卓を討つということ自体を否定はしていなかった。問題なのはそれをいつ行うかである。
その時期を、衛弘が言うままのタイミングにするには、それ相応の利点が必要である。田豊は遠回しにそれを聞き出そうとしたのである。勿論、この相手ならこの意図が伝わるであろうという確信を持ってのことである。
「なるほど、さすが元皓ちゃん! 取引の時には自分にとって有利な条件を引き出すのは鉄則だよね。ふむふむ、やっぱり君には商人の才能もあるよ!」
「御託はいいわ。それで、あんた達にはその協力の見返りに何が用意できるの?」
心底楽しそうに言う衛弘と対照的に冷めた態度で返す田豊。
「まぁそう身構えないでよ。こっちも商人の端くれさ! ちゃんと協力の対価は用意しているよ! まず差し当たっては袁家には董卓討伐連合の盟主の座を用意するよ。私も根回しして、袁家が旗印となれるように働きかけてそれに対して民衆からも諸侯からも不満が出ないようにする」
「……少し弱いわね。民衆に人気のある商会が後ろ盾になれば多少、風当たりがいいところで振舞えるかもしれないけど、別にあんた達の協力がなくても袁家は諸侯に対して指導的な立場に立つだけの力も名声もあるわ」
一瞬考える素振りをしてから田豊は冷静に判断を口にした。
確かに大義名分を用意されて董卓討伐の旗印となり、それを成し遂げたとき、袁家は各地の諸侯に対して優位な立場を持てるのは事実である。
しかし、田豊の言うとおりそれだけならば袁家だけでも実現できることである。
わざわざ、相手の都合に合わせるのであればもっと自分達に有利な条件を引き出すことができる。
彼女はそう考えた上でさらなる利益を引き出せると察し、勿体振るように告げたのである。
「ふむふむ、君も中々に抜け目がないね。確かに私が今言ったことはうちが協力せずとも君等なら実現できることだ。これだけじゃ協力の対価として少し弱いのも事実。でも、安心したまえ!
もちろん、これだけじゃないからさ! こう見えて私は懐の広い女なのだよ」
「あわよくばこれでこちらが承諾すればと思っておきながらぬけぬけと言ってくれるわね。……それで? その対価とやらはいったいなんなのかしら?」
田豊がここで追加の報酬を求めて来ることは衛弘とて承知の上であったと言わんばかりに彼女は余裕を見せながら、さらなる条件を匂わせた。
そんな彼女の余裕と抜け目のなさに、田豊も皮肉で返しながら先を促す。
「そうだねぇ……。今回の行軍にかかる武具や糧食、その他諸々の調達とその経費についても全てうちが負担するというのでどうかな?」
促された衛弘はわざとらしく考えるような振りをしながら、元々用意していた協力の見返りを口にした。
「あら、中々にすんなりと上乗せしてくれるのね。正直、拍子抜けしたわ。袁家といっても数万規模の軍を動かすとなるとかなりの金がかかる。それをそちら持ちにしてくれるなら大助かりよ」
衛弘が口にした条件は行軍費用の負担。
いくら資金潤沢な袁家といえども数万規模の軍を動員するとなるとそれに関わる費用はかなり莫大になる。それを商会が負担してくれるのであれば、袁家は費用を持たずに連合の盟主としての名声を得ることができる。
元々、商会の協力として一部物資の負担位を引き出せればと考えていた田豊からすれば、予想以上のものが引き出せた結果となった。
これまでの話し合いの様子から衛弘に警戒していた田豊は彼女がこうもあっさりと条件を呑むとは、という思いすら浮かんだ。
「分かったわ。そこまでお膳立てしてくれるならこちらとしても異存はない。あなたたち商会が袁家の行軍費用を負担するという条件で董卓討伐の要請を受け入れる。時期についても可能な限り早めに出来るように努力するから、それまでに新貨幣の件は片を付けておきなさい」
「交渉成立だね。新貨幣の件は任せておいてくれ、私達も全力で潰すべくもう動き出しているからね!」
こうして、秘密裏に始まった袁家と商会の交渉は成立した。
袁家は出来る限り早い段階で各地の諸侯に檄を飛ばして、反董卓連合の結成を呼び掛け、自身も盟主として参加をする。
そして商会は蔓延る新通貨の駆逐と袁家主導の連合への賛同、そして物資の支援を行う。
袁家にとって朝廷に居座る董卓は目障りであり、商会にとっても新通貨の乱発を行った董卓を看過出来ない。
両者の利害が一致した上での密約は、先帝の崩御から続く大陸の動乱について1つの区切りをつけるべく、当人のみが知る形で静かに動き始めたのであった。
その後、一通り今後についての話し合いを終えた衛弘と田豊は互いにするべきことを確認し、会談は終了となった。
帰り支度を始めた衛弘を他所に田豊は今後について思考する。
まずは董卓討伐の連合の決起を主君である袁詔や重臣達に上申しなければならない。だが、洛陽での件もあり袁家内では董卓討つべしという意見は元からあった。故にこれは然程労せずに果たせるだろう。
そして、そこでの決定を経てから激の作成、兵の動員準備を進めていかなければならない。
方針は決まったとはいえ、やるべきことは山積みである。
改めて田豊は思考を巡らせながら気を引き締めたのであった。
「いやーわざわざ、ご丁寧を送ってもらって恐縮だよ。それじゃ2人ともまた色々とよろしくね! 」
しかし、そんな田豊とは対照的にもう一方の当事者である衛弘はいかにも気楽といった様子で田豊と隣の顔良に別れを告げ、迎えに来た兵士に続いて部屋を後にしようとした。
「あ! そうだ。元皓ちゃん。もし勘違いしていたらいけないからもう一回確認しておきたいんだけど……」
「勘違い? まさか今更になって物資の供与を渋るとかいうわけではないでしょうね?」
まさに衛弘が部屋を出ようとした瞬間、彼女はふと思い立ったように振り返ると先程までの話で再度確認したいことがあると告げた。
唐突な彼女の物言いに、田豊は訝しむように“彼女が確認したい“ということが何なのか尋ねた。
田豊からしてみれば事ここに及んで衛弘が条件を値切るようなことをしてくる警戒からの物言いであったが、その予想は即座に否定される。
「いやいや、流石に一度決まったことを後から値切るような卑しい真似をするつもりはないさ。ただね……もしかしたらその内容について認識の齟齬があったらよくないと思ってね!」
「齟齬? それは一体何なの?」
勿体ぶるかのような衛弘の口ぶりに田豊は一体彼女が何のことを言っているのかわからずにますます警戒を強めた。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ! 私が確認したいのはね、さっき話した袁家が董卓討伐の盟主になってくれる見返りに私達がその物資を“全て“負担するという話だけど、それは文字通り全てを負担するってことだけ確認しておきたかったんだ! 勿論、袁家が必要な物資もそうだけど、連合に参加するその他の諸侯、その
ビシッと効果音が付きそうなほどに勢いよく田豊達に指を突きつけながら衛弘はその条件に付いて口にした。
そう、彼女は今回の「董卓討伐の行軍にかかる全ての費用を商会が負担する」と先程の交渉で告げた。
口にすれば実に単純な話であるが、それがいったい何を意味するのかをとっさに理解した田豊は声を荒げる。
「なっ!! ちょっと待ちなさい! 全諸侯に行軍にかかるとなるとうちだけの分と比べて少なくとも数倍以上になるわよ。
「ああ、さっきも言ったけど今回のことは私達にとって存亡の危機なんだ。ここは金を惜しむところじゃない……。100万の軍勢が年単位で進軍できるくらいの物資だって用意してみせるつもりさ。だから、各地の諸侯に檄を飛ばす時には、参加するための兵糧や金子については一切心配がないとも告げておいてほしい。少しでも多くの有力者に参加してほしいからね。……任せたよ」
絶句する田豊を余所に衛弘は真剣味を帯びた表情で真っ直ぐに田豊の眼を見据えながら、そう告げた。
快活だった先程までと違ったその声色は、えも知れぬ迫力を伴って田豊の耳朶をうち、彼女の背筋に冷たいものを走らせた。
「…………そういうわけで、よろしくね! あっ、私自身はこれから忙しくて直接は来れないけど、連絡の為に人を寄越すようにするからね!」
固まる田豊達を余所に、衛弘は再び笑顔で別れを告げると、傍らに控えていた案内の兵士に連れられて部屋を辞去した。
その足取りは軽く、まるで近所を散歩してきたかのようなものであったが、彼女が内に持つ並々ならぬ覚悟を見せつけられた田豊達はしばらく去り行く背中を呆然と見送ることしかできなかった。
「いやー、すごかったですねー。流石は大商会の当主ともなると途方もなくお金を持ってますね。あんな大金をポンと約束できるなんて、ちょっと想像もできないですよ。商人さんってみんなあんなもんなのですかね?」
衛弘が去ってから幾ばくかの時間を経て、顔良はアハハと笑いながら率直な感想を口にした。
「……あんなのが何人もいたらたまったもんじゃないわね。それにしても、こっちの言い分をあっさり呑んだと思ったら、まさか最後にとんでもない隠し玉を出してくるとわね……。やられたわ」
田豊は冗談交じりの顔良の言葉を軽くあしらってから、苦々しい表情で「やられた」と吐き捨てた。
「え? 最後のって子許さん達が私達の分だけじゃなくて連合全体の物資を負担するって話ですか? 確かに、途轍もない話ですけどもしそれをしてくれるならより多くの諸侯が参加してくれますしいいことじゃないんですか?」
田豊が口にした言葉の意味が分からずに顔良はその真意を尋ねた。
彼女の言う通り、確かに商会が約束を実行したなら各地の諸侯が連合に参加する障壁はグッと下がることになる。極端な話、兵士さえ連れていけば手ぶらでも参加できるということになる。これなら軍資金の乏しい諸侯もこぞって参加してくるだろう。
しかし、そうなった時、袁家にとっては都合が悪い。
田豊が歯噛みしたのはすぐにそこへと思い至ったからである。
今回の連合で袁家が得たいもの。それは今後来るべき乱世に向けて、各諸侯への優位な立ち位置である。その為に盟主として、悪逆な董卓を討つという戦果を得ておきたいのである。
朝廷を私物化した董卓を討ちとった袁紹、という名声は来る乱世で非常に役に立つと田豊は考えていた。
しかし、衛弘が最後に残していった言葉でその田豊のプランは大きく崩れようとしていたのだ。
今回の連合で商会が参加する諸侯の全てに支援をするとなれば、その支援をうけた諸侯たちの目に今回の連合はどう映るのであろう。
間違いなく、連合の主謀者は衛北商会であると思うはずである。特に、物資が乏しく支援を受けた諸侯であればあるほどそう思うであろう。
そうなれば、いくら事を為した後に袁紹が声高に董卓討伐の功を叫ぼうとも、諸侯たちの眼には「結局、自分達と同様に衛北商会の後ろ盾があったからだろう」と思われる可能性がある。
諸侯からすれば盟主としての袁家よりも実際に自分達を支援した商会に恩義を感じるのが普通の流れである。
「ええ!? それじゃあ、今からでも子許さんを追いかけて他の諸侯を支援するのはやめてもらうように言いましょうよ!」
田豊が推察した衛弘の企てをきいた顔良は慌てたようにそう言うが、田豊は小さく頭を振る。
「無駄よ。今からのこのこと追いかけて“やっぱり他の諸侯を支援するのをやめてくれ”ってお願いでもする気? そんな器の小さい真似できるわけないでしょ。ただでさえ……」
顔良の提案を鼻で笑って一蹴した田豊は、付け加えるように何かを言おうとしてから、口を閉じた。
今、彼女の脳裏に浮かんだのは以前、袁家が洛陽で宦官の誅に出て、董卓の登場で逃げ帰った時のこと。
あの時、衛弘から送られた使者によって袁家は引き返した董卓達と寡勢でぶつかるという事態を避けることができた。言い換えれば、その時に袁家は多少なりとも商会に借りを作ってしまったのだ。
そして、今日の会談の最中最初の対面で田豊はその時のことを話題に上げて、向こうがそれに乗ってきやすいように誘導をした。今後、商会との関係がどうなるかは分からないが、いずれにせよ借りを作ったままにするのはまずいと考えたからである。
しかし、衛弘はそんな誘いにも乗らず、恩を着せるようなことも一切しなかったのである。
貸し借りとは借り手に大きな制約をもつ。
貸した側はいつでもその貸しを引き合いに出すことができるが、借り手はいつか分からない機会までその借りを意識せざるを得ない。
特に、名門たる袁家となればそういった体面も非常に気にしなければいけない。
恩着せがましい真似をせずに広い度量を見せた相手に対して、こちらが狭量な真似をするのはいただけない。袁家にとってそういった体裁は非常に重要な武器であることを田豊はよく理解していた。
故に、顔良の申し出を論外であると切り捨てたのである。
そして彼女は同時に考える。
確かに、商会が他の諸侯を支援するのは袁家にとって都合がよくない。しかも、それを止めさせるようなことは度量の面でも、方法論としても不可能である。
だが、田豊はそれがどうしたと開き直った。
「……所詮、あいつ等は商人。結局のところ董卓を討つという武功をあげるのは軍を持つ私達しかできない。確かに、今の時点では上手くやりこまれたと認めてあげるわ。それでも袁家にとってこの程度の事態はとるに足らないこと。連合での戦いで私達が最も大きな戦果を挙げればそれに伴う名声や立ち位置を得られるし、袁家にはその力がある。金でしか力を振えない商人風情には名門のやり方を見せてあげればいいだけよ」
未だにどうしようと不安げな顔良を横目に、小さく呟いた田豊。
袁家の頭脳は次なる戦いを見据えて静かに、それでいて激烈に思考を巡らせていくのであった。
今後も少しづつ更新していけるようにしたいと思います