真・恋姫†無双 北郷一刀・商人ルート 天下も金の回りもの   作:MATSUKASA

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価格弾力性は偉大である。

注意:三国志の世界観が若干崩壊します。恋姫的には問題ないかもしれませんが

誤字報告、感想と評価くださった方本当にありがとうございます。
拙い作品ですが、作者の生きる糧になります。


第2章 乱世始まるのこと
4話 転機 極治至乱


 

 

 

 

「どうしてこうなったのだ……」

 

 洛陽にある大きな屋敷の二階に位置する一室、その部屋の窓際に立つ北郷一刀は頭を抱えるようにして呟いた。

 

 この屋敷は”衛北商会”、衛弘と一刀が共同で設立した会社のようなもの、の本店である。衛弘が「そろそろ本拠地を作らないと!」といきなり提案し、洛陽の中心街、それも大きな通りに面して建てられたものだ。

 外見は重厚な作りで、通りに面した一階部分は店舗として使われている。

 

 一刀が今いるのはその建物の二階の”総裁室”との表札が掲げられている部屋だ。

 

 一介の行商人だったはずの衛弘は洛陽の物価が高騰していた数年の間に莫大な資金をためていた。

 そして一刀と契約を結んだあと、何度かこれまで通りの行商をしていたが都の物価が落ち着くのを見ると「ここらが引き際だね」といって放蕩の行商人から、こうして立派な本拠を持つ商人へと転身したのだ。

 いきなりこんな一等地に立派な屋敷を拵えた彼女に多少は驚いたが、「まぁ燕だし……」と納得してしまうあたり一刀も随分慣れてきていた。

 一刀も伊達に数年間、彼女の行動に付き合ってきたわけではない。

 

 そんな経緯もあって一刀はこの”衛北商会”の「副総裁」、「総裁補佐」などと分不相応な呼び方をされる立場になっている。当然だが、総裁は衛弘である。

 その際、衛弘は商会の顔役として一刀が総裁でもいいといったが、これは固く辞去させてもらった。

 

 しかし、その総裁室で一刀が頭を抱えている理由は自分の身分についてではない。まぁ身分に関してはあの時の契約で成り上がるといったのは一刀も同じなので半分は本意であるので当然だが。

 

 今、一刀が頭を抱えている原因はその総裁室の窓の外に広がる景色、洛陽の中心街を行き交う人々の姿にあった。

 

「どこの表参道だよここは……。こんなの俺の知ってる三国志の世界じゃないぞ」

 

 街を歩く人々は、その誰もが艶やかな服に身を包み、あるものは花があしらわれた着物、あるものは星のような模様の入った可愛いワンピースのようなものを着ている。男性に至ってはハイカラなジャケットを羽織るものや、頭にはシルクハットのようなものを被っているものもいる。

 このように人々はみな思い思いのお洒落をしていた。

 

 通りにある質素な建物などと対比しても明らかに浮いている光景だ。一刀の言うようにどう見ても古代中国の様子とは言えない状況が洛陽には広がっていた。

 

 いや、正確には洛陽だけではない、どうも最近では各地の街でもこの洛陽に似たような光景が広がっているのであり、まさしく世界観ぶち壊しの状況であった。

 

 明らかなオーパーツともいえる服が大陸全土に広がっているこの状況が一刀を悩ませる原因であった。

 

 しかもその原因の一端は当の一刀自身にあるのが余計に彼を悩ませる。

 もしかして俺はとんでもない歴史改変をしてしまったのではないかと・・・

 

 その発端は数年前、一刀と衛弘が地下で誓いを立ててから数か月たったある日の出来事にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 衛弘の手を取って商人となった一刀はその後しばらく、洛陽と各地を結ぶ行商をしていた衛弘を手伝いながら、商人として必要な知識や文字の読み書きを学んでいた。

 

 衛弘の教え方が非常にうまかったこともあってものの数か月で一刀はある程度なら文字の読み書きもでき、売買の交渉なんかも少しずつできるようになっていた。

 そうして日々一刀が成長していたある日、衛弘は神妙な顔をして話を切り出してきた。

 

「一刀、私はこの行商をそろそろやめようと思ってるんだ」

 

「藪から棒にどうしたんだよ、燕? 今回もなかなかの利益が出たじゃないか」

 

 いつもの通りに運んできた荷物を市場で捌いて、残りの積み荷の点検をしていた時。急に衛弘からかけられた言葉に一刀は戸惑いを返す。

 

「うん、確かに利益は出たよ。でも一刀、君も気づいていると思うけどこの商売、回数を重ねることにどんどん利幅は小さくなっているんだ」

 

「……洛陽の物価が落ち着いてきたからか?」

 

 衛弘の口ぶりから、彼女の言わんとすることを察した一刀は率直にそう尋ねる。

 一刀は彼女と話す中で、ある程度はその考えもこうして先読みできるようになった。今回の行商をやめるという判断も言い出したのは急だが、彼女なりに熟考したうえでのものなのだろう。

 

「その通りさ。これまでは洛陽は深刻な物資不足で価格は青天井になっていたけど、どうも最近は各地から物資が流れてくるようになっていて少しずつだけど物価は落ち着いてきている。勿論、そのことはいいことだよ。でもだからこそ、これ以上洛陽に物を運んで売っても、これまでのような利益は取れないし、費用のほうが上回るようになってきてしまうと私は思っている」

 

 確かに、彼女の言う通り今の洛陽の姿は、一刀が来た時と比べてもかなり物資が入ってくるようになっており、自然とその価格も落ち着きを取り戻しつつあった。

 

「なるほど、このままいけば物を運ぶ費用のほうが高くついて、運べば運ぶほど貧乏になるかもしれないというわけか…………それで? 行商をやめてなにか他に当てでもあるのか?」

 

「確かな当てというわけではないけど、一つ考えがある。ここらで腰を据えてこの洛陽で大きく一商いをしようと考えてるんだ。これまでみたいに右から左にものを流す形ではなく、自分たちで用意した商品をこの街で売るのさ」

 

 曰く、この洛陽には常に各地から集められた税が集まってくる。この時代の税は前漢の武帝以来に金銭によって行われる”銭納”によって管理され、それによって集められた資金が管理の給金や国の予算として使われていた。

 つまり洛陽は現在最も大陸でお金が集まっている街なのだ。

 

 ここ数年の物価高騰でも大きな騒ぎにならなかったのは、多少物価が上がっても何とか暮らしていけるくらいこの街にはお金があったという意味でもあるのだという。

 

 そんな状況下で、いまは生活に欠かせない必需品の値段も一時を思えば落ち着いてきている。このことが次にもたらすのは、洛陽の人たちの購買力の上昇だと衛弘は考えた。

 

 お金はある、そして生きるのに必要な費用は下がってきているそんな時に次に人々が求めるのは…………

 

「ぜいたく品、趣味嗜好を満たせるような商品か……」

 

 衛弘の考えていたことを聞いた一刀は行き着いた答えを口にする。

 

 米や麦といった品々は確かに人が生きていく上で必要なものだ。どんなに所得がなくてもそれらは必要とされる。 

 ただ一方で、所得が大きく増えたときそれらはさらに買われるだろうか。

 

 例えば、自身の手持ちのお金が2倍になったとする。

 その時にその人は、これまで食べていた食事の量もすべて2倍に増やすだろうか?

 

 答えは否である。通常の人間であれば胃袋の大きさには限りがある。(なお、この世界には例外もいる)

 そのため、いくら所得が増えたと言って、それと同じように食事の量を増やすことはしないだろう。

 

 普通の人であれば食事の量はそれほど増やさずに、余裕のある資金を贅沢、より裕福に暮らすために用いるはずだ。

 

 だからこそ各商品の価格が落ち着き、相対的に余裕が生まれた今の洛陽で人々に求められるのは生活を豊かにするぜいたく品、嗜好品である。これが一刀の行き着いた結論であった。

 

 一刀が自分の考えを理解してくれたことを確認した衛弘は満足そうに一つ頷くと、すこし眉をひそめて続けた。

 

「一刀の言う通り、今から人に求められるのは奢侈品だと思うのだけども、具体的に何を売ろうかというのがまだ決めれないんだ……」

 

「らしくないじゃないか。燕なら即断即行動するかと思ったけど」

 

「私だって悩むことはあるんだよ。いくつか候補はあるんだけどどれもしっくりこなくてね…………。だから是非とも一刀の考えを聞いてみたいんだ」

 

 そこまで聞いて一刀は考える。

 しょぼーんとして珍しく気弱なことを口にする衛弘が見れたのは思いがけない眼福であるが、どうも彼女は本当に困っているようだ。

 

 何とか力になりたいと思い、これまで彼女と過ごした数か月間に見てきたこの時代の人の生活を頭の中で何度も思い返し、必死に考えをまとめる。

 そうして一刀はたどり着いた一つの案を口にした。

 

「それだったらさ、1つ提案なんだけど。”服”なんてどうかな?」

 

 一刀の口にした商品に、いつもはすぐにこちらの考えを見透かしたような衛弘も真意を量りかねたように小首を傾げる。

 

 ちょっとはいいところを見せたいと思う一刀は、そんな相方の様子を可愛いなと思いつつも、ゆっくりと自分の考えを語っていった。

 

 しかし、まさかこのことが数年後にこの大陸の姿を変えてしまう事態を引き起こすとは、考えを披露する一刀にも全く予想できていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでもまさかこんなことになるなんて、予想できないだろ……」

 

 総裁室の窓際で一刀は衛北商会を設立し、服飾事業を始める切っ掛けになった出来事を思い返しながら、ひとり呟く。

 

 

 一刀が服の販売を提案した理由は以下の通りである。

 

 まず一刀にはこの時代の人々の趣味嗜好はよくわからない。そのためツボを抑えた斬新な商品を思いつくことはできないだろう。

 だから、この世界の人にとっても身近なものから考えることにした。

 

 そう思い立った時に1つ思いついたのが”服”である。

 今まで一刀が出会ってきたこの時代の人々は(衛弘も含む)みな誰もが質素な服に身を包んでいた。考えれば当然のことだが、この時代には”倉稟満ちて礼節を知り、衣食足りて栄辱を知る”という考えがある。

 

 ”倉稟満ちて礼節を知り、衣食足りて栄辱を知る”

 管子に出てくる一説だが、これの意味するところを簡単に言えば、人は食べるものが十分あれば礼儀正しくなり、着るものと食べ物があれば栄誉や恥に気が回る、ということである。

 元々は為政者の心構えを説くものであるが、人にとって欠かせないものを簡潔に示したものといえる。

 

 その為、この時代の普通の人にとって服とは食べ物と同じくらいに最低限必要なものであって、どちらかといえばぜいたく品ではなく必需品の1つという認識である。

 衛弘が一刀の言葉を聞いた際に、首を傾げたのはこの認識に基づいて、

 

「私はぜいたく品を考えろって言ったよね?こいつ人の話聞いてるのか?」という意思も込められていたりもした。

 

 だが、一刀にとってはその認識は異なっていたのだ。

 一刀が生きる現代において、服は単なる必需品ではない。高価なブランド品なども存在しており、立派な嗜好品であるのだ。

 人はみな、少なからず自分をよく見せたいという欲望がある。したがって、そのために自身を着飾るという行為は誰もが行って当然のことだ。これはどの時代でもいえることだと一刀は考えた。

 特に所得に余裕が出てきたならば、その思考はより強くなるのではないか。

 

 服を最低限の必要なものとして売るのではなく、自分をよりきれいに美しく見せるための嗜好品として売るのだ。

 

 一刀は困惑する衛弘に対して不器用ながらもその考えを伝えた。

 ちなみに、一刀が服を提案した理由の一つには目の前の衛弘ももっとお洒落したら可愛くなるんじゃないかという邪な期待も入っていたりしたがそれは口にしない。

 

 そして一刀の考えを聞いた衛弘は、

 

「なるほど、必需品ではなく嗜好品としての服か…………一刀の世界では服もそういった認識なのか。服なんて着れれば何でもいいと思ったけど、一刀の言うことにも一理……いや何理もある。世が変わっても人の欲は変わらないはずだね。なら今の洛陽になら十分受け入れられる。それに服なら、どの地方でも需要が見込めるね……ああ! 素晴らしい! 素晴らしいよ、一刀!」

 

 自身の中で一刀の考えをしばし精査した後、その考えを絶賛しこれを是とした。

 

 考えなしに言ったわけではないが、そこまで自信があったわけでもない一刀は水を得た魚のようにはしゃぐ衛弘に若干気圧されながらも、自分の考えを受け入れてくれたことがうれしく、そのあとは乗り気になって2人で方針を話し合った。

 

 ・服の意匠(デザイン)は一刀の意見を入れながら考える。

 ・生産は衛弘の人脈を駆使して農閑期の村などを中心に委託して行う

 ・販売はとりあえず、洛陽に店舗を構えてそこで行う

 

 大方の方針はこれである。

 農閑期の村は手すきになることが多く、そのころになると多くの農民は稼ぎを求め街の土木工事に出稼ぎに行ったり、家で筵を編んだりなどしているそうである。なので、そこに衛弘たちが給金を払うという形で服の裁縫を依頼する。

 元々、農村の人たちには手先の器用な人も多く、また衛弘であれば信頼に足る人たちを十分に確保できるということでこれ以上にない案であった。

 

 こうしてかなり時代を先取りした家内制手工業の体制が構築されていったが、発案者の一刀はあまり気づいてはなかったりもする。

 

 そこから先は、目まぐるしい日々であった。

 まずは衛弘が神速の速さで各地を回り、いろいろな農村で手伝ってくれる人たちをかき集めた。その間に一刀は、自分の描く可愛い服をこの時代にすでにある服を基調にして考案した。

 そうした試作を何度か繰り返して、ついに洛陽で店を開くことにした。

 

 ちなみに服の絵は意外にも衛弘には絵心があったらしく彼女が描いたりもした。

 なおその絵はこれだけでも食っていけるのではないかと思う出来栄えで、一刀は自分が描いたものと比べて大いに落ち込んだりしたが些細なことである。

 

 そしてついに事業開始を迎えたが、結果としてこの商売は大いに成功した。

 いや、むしろ成功しすぎてしまったともいえる。

 

 始まってすぐのころは自分の考えた商品が洛陽の街に広がっていくことをうれしく思い、一刀は躍起になって事業の拡大に励んだ。

 馴染みやすいように作る服は”阿蘇(あそ)”というブランド名をつけ、宣伝のために衛弘自筆のファッション誌”阿蘇阿蘇(あそあそ)”を作って大いに広めたりもした。

 

 その際にはこの時代、一般に広まったとはいえまだ安価ではなかった紙をかなり使ったりしたが、衛弘の貯えをもってすればその程度些末な出費であった。そしてこのファッション誌は各地に広がった。

 

 このころになると、事業は大きくなり既に一刀の手からも離れ始めていた。

 服の意匠の考案は拡大に伴って雇い入れた、従業員たちも参画するようになりブラジャーなどの下着まで発明されたり、江南出身という人物が水練用の着物として水着というものを生み出したりもした。

 

 このころになると、一刀も急拡大する事業に若干の不安を覚えたが、まぁいいかと持ち前の楽観さで気楽にいたが、この服が宮廷内にまで広まり、そこから各地の有力者、諸侯の目に留まり、彼らが手にするようになると次はその領地にまで広まった。

 

 機を見るに敏。

 そうした自身の商会の服が地方に広まりつつあるのを見た衛弘はすぐさま、各地に支店を出す計画を打ち出した。

 時同じくして各地で服に気を使う人がちらちらと出始めていた時に、洛陽からその大元である衛北商会の支店ができると、各地の民衆は驚喜した。

 ”阿蘇阿蘇”を通じて衛北商会の服は広く知られており、その実物が目の前に来たということで各地の店の前には日夜行列ができるほどの盛況ぶりであった。

 

 加えてここでは衛弘がその異才を大いに発揮した。

 急速に高まる需要に対しても、負けず劣らずの生産体制と流通体制を整えてみせ、必要な人手は各地で面識のあった有望な人物をその話術で誘い入れて確保して見せた。

 衛弘が連れてきた人物はどれもこれも有望なものばかりで、急速な拡大にも関わらず品質を維持するのに大いに役立ったりもした。

 

 彼女が連れてきた見込みのある子の中には、なんだか一刀も聞いたことのあるような名前がチラホラあったりもしたが、「まぁ同姓同名の別人だろう、うん。そうに違いない」と彼は現実から逃避した。

 

 かくして、一刀の何気ない提案から始まった服飾事業はもはや一刀の想像を絶するところにまで至り、この世界の光景までも変えてしまった。

 

 今や一刀と衛弘の2人で立ち上げた衛北商会の名はこの大陸に暮らすものでは知らぬ者がいないほどにまで高まり、各地方に数多の支店を設けてこの時代における服のすべてを独占するような地位になっていた。

 

 衛弘があまりにも早く展開を進め、なおかつ価格もしっかりと抑えることによって他者の参入を許さなかったことが大きい。加えて一刀のもたらす未来の感覚が他の商会が真似して作る商品とは一風変わったものであるのがさらに他の追随を許さなかったのである。

 

 こうして巨大化した衛北商会の名と共に、総裁である衛弘は勿論、服飾事業を取り仕切っている(ということになっている)北郷一刀の名も大いに大陸に広まっていった。

 

 

「確かに最初考えたのは俺だけども、ここまでやったのは燕だろ……なんで俺が”衛北商会の鬼才”、”衣服王”とか呼ばれるんだよ…………」

 

 自分以外いない、執務室でただ1人の一刀は誰にともわからない愚痴を溢すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「店長ー! 店長ー! 大変なの!!」

 

 一刀が静かに現実逃避をしていたところに慌てた様子で1人の少女が部屋に飛び込んでくる。その声で一刀は嫌が応に現実へと引き戻される。

 彼女の言う店長とは当然だが、一刀のことである。

 各地を回ることの多い衛弘に代わって、この洛陽の店舗における最高責任者は一刀ということになっている。

 その為、今の一刀の肩書は正確には「衛北商会 総裁補佐兼洛陽本店店長」というものである。

 

 

「どうしたんだ、文則? そんなに慌てて」

 

「あれ? どうしたのー店長、窓の外みて泣いたりして?」

 

 どうやら一刀は知らずに涙目になっていたようだ。まだ20歳になったばかりだというのにそこまでの道のりがあまりにも奇想天外だったこともあって一刀は年に似合わず涙脆いところがあった。

 

「ああ、気にしないでくれ。外の景色を見て少し思うところがあってな」

 

 慌ててごまかした一刀にふーん、そうなの、と返す少女の名前は于禁(うきん)、字は文則という。どうも衛北商会の服が大好きだという彼女は親しい友人と3人でこの商会を訪ねてここで働きたいと申し出てきて、今はここで店員兼用心棒として働いてもらっている。

 彼女の名前を聞いたときには一刀も大いに慌てたが、彼女はただ同姓同名の別人であり、字もたまたま一緒なだけであると自身を納得させて心の平穏を保っている。(なお、彼女の友人という2人の名前を聞いた時にも一刀は同じことを繰り返した)

 

 

「それで、文則。何が大変なんだ? 店のほうで問題でもあったのか?」

 

 泣いているところを見られた気恥ずかしさから一刀は話を切り返し、于禁に尋ねる。

 一刀のこの口調は衛弘に言われて立場に見合う話し方をするべきだよということで、若干尊大な気がして気が引けるもののその通りだと思い意識して部下と話すときはそうするようにしている。

 

 なお、当の衛弘自身は普段から誰に対しても話し方を変えることはしないが、一刀がそれを指摘した時には、「私は総裁だからだれにも指図されないのだ!」という不条理で却下された。

 

「そうなの!! 曹孟徳様とその従者様が今来店されてて、総裁は宮中に参内していると伝えたけど……そしたら店長を呼んでって言われて、こうして呼びに来たの」

 

「なに、孟徳殿が?! わかった、すぐに仕度をして向かうからお待ちいただくように伝えてくれ」

 

 どうやら感傷に浸る時間は終わりのようである。

 一刀は気持ちを引き締めて、手短に指示を出すとすぐに向かうために身支度を始める。指示を受けた于禁は「わかったのー」と間延びした返事と共に店舗のほうへと戻っていく。

 

 彼女が口にした名前は一刀の頭を悩ませる原因の一人であるが、衛弘の親友でもある彼女を待たせるわけにもいかないということで、急いで店舗のほうへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「態々お越しいただいにもかかわらずお待たせして申し訳ありません、孟徳殿」  

 

「かまわないわ、北郷。あなたも元気そうで何よりね」

 

 店舗に一刀が下りてきたところでそこに彼女はいた。

 

 決して大きくない体躯だが、相対すれば誰もが怖気づくほどの圧倒的な存在感を放つ少女。

 ”乱世の奸雄(かんゆう)”。覇王 曹操 字を孟徳。

 

 三国志を知らないものでも一度は耳にしたことであろう、この時代の英傑である。

 勿論、この時代では衛弘の例にもれず女性である。

 

「今日はどういったご用向きでしょうか?生憎のところ燕、総裁は只今宮中に参内しておりまして……」

 

「いいのよ、約束があってきたわけではないから。それに今日はあなたに用があってきたのよ」

 

「はぁ、私にですか?」

 

 衛弘と目の前の覇王は旧知の仲であり、彼女が衛弘に会いに店舗まで来ることはこれまでにも何度かあったため、今回もそうでないかとあたりをつけていた一刀だが、帰ってきた返事は予想外のもであった。

 

(それよりもよく考えれば覇王曹操に足を運ばせるなんて、燕のやつって大概すごいよな)

 

 曹操が店に来るたび一刀はそんなことも思ったが、どうやら衛弘はたびたび曹操に資金援助をしているそうで、それ故に彼女に会いに来る際は殆ど曹操自らが足を運ぶのである。

 

「ええ、燕から聞いたのだけど、この髪飾りはあなたが考案したそうじゃない?意匠も私好みだしぜひ一言お礼をと思ってね」

 

 曹操はそう言って、自身の髪を左右で束ねている髪飾りをさすった。

 そこには1対の髑髏をかたどった髪飾りがつけられていた。彼女の言う通りその髪飾りのデザインは一刀が考えたものだ。

 デザインといえば髑髏は欠かせないな! という若かかりし一刀のセンスがそうさせたものだが、どうもそれは覇王のお気に召したようだ。

 

「孟徳殿のお眼鏡に叶ったとあれば望外の喜びです。ところで孟徳殿そちらの方々は?」

 

「ええ紹介するわ。春蘭、秋蘭、名乗りなさい」

 

 一刀が一通りお礼をすると、曹操の後ろに控える2人の女性について伺う。

 

「華琳様の臣下、夏侯元譲だ」

 

「同じく、夏侯妙才だ。北郷殿お見知りおきを」

 

「孟徳殿が抱える猛将のお二方にお会いできるとは! 申し遅れましたが私はこの店を預かる北郷です」

 

 夏侯惇は簡潔に、夏侯淵は丁寧に名前を告げる。

 一目見た瞬間から只者ではないと感じていた一刀は2人の名前を聞いて少なからず驚きを覚えたが、何とかそれを見せずに名乗り返すことができた。

 

(それにしてもこの2人が夏侯惇と夏侯淵か)

 

 改めて再度、一刀は2人を見つめる。

 

 この2人は言わずと知れた曹操の覇道を支えた猛将である。確かに改めてみればどちらも武人としてただならぬ雰囲気を持っている。

 

 それにしてもまさか夏侯惇と夏侯淵も女性なのか。こうなるとほとんどの有名どころの武将は女性と思ったほうがいいのかも知れない。

 

「ふふ、さすがは”衣服王”ね。まさかあってすぐに見るだけで採寸を始めるなんて」

 

「な、貴様!?」

 

「いえ、誤解です孟徳殿。曹家の猛将でいらっしゃる御二方を前にして少々、茫然としてしまっただけです」

 

 両者をしばらく見つめてしまった一刀に曹操がからかうようにそう言うと、夏侯惇は激情したように一刀をにらみつけた。

 身の危険を感じた一刀がすぐに弁明すると、褒められて気をよくしたのか夏侯惇はすぐに、ううむ、それなら仕方ないと矛を収めてくれた。

 夏侯淵のほうはそんな夏侯惇の様子を愛らしそうに見ており、一刀の視線を特に気にした様子はなさそうである。

 

 それにしても何やら聞き逃せないことがあったが、

 

「……孟徳殿、揶揄うのは止めてください。寿命が縮まるかと思いましたよ」

 

「あら? 燕からあなたは見るだけで採寸と似合う服がわかると聞いたからそう思ったのだけど」

 

「……あれは冗談が服を着て歩いてる人なので、あまり信じないほうがいいかと」

 

「ふふ、それでも彼女は私の大事な友人よ。私は燕のことを信じるわ」

 

 一刀は自分が知らない間に、とんでもないうわさを流す困りものに苦言を言うが、曹操のほうは当主を平気で”あれ”呼ばわりする一刀を楽しそうに笑うだけであった。

 

「はぁ……燕には私からきつく言っておきます。それで、孟徳殿。今日はどうしてここに来られたのですか?」

 

「へぇ、流石に服を作るしか能のない男ではないようね。後学のために聞いてもいいかしら、どうして私がここに来た理由があなたに礼を言う為だけでないと分かったのかしら?」

 

 とりあえず、ここにいない衛弘の話は置いておき、一刀は先ほどもした質問を再度繰り返した。

 

 その言葉に曹操は小さく目を瞠ると、面白いっといった様子で問いかけてきた。

 

「いえ、別に何か深い考えがあるわけではありません。ただ孟徳殿が従者を連れてまでこの私に会いに来るわけがないことを知っているだけですよ」

 

「ふむ……過ぎた謙遜は嫌味だけども、あなたのそれは不快ではないわ。さすがに躾けられているようね」

 

「いつも怪物の相手をしていると自分のことがよく見えてくるだけですよ」

 

 その言葉を聞いた曹操は、なるほどねと小さく笑った。

 一刀が曹操の訪問の理由が別にあると確信したのは自身が言ったとおりの理由である。

 衛弘と長い間一緒にいた一刀は相手に不快感を与えずに遜るすべを身につけていた。まぁ、なんとも情けない能力ではあるが。

 

「ええ、あなたの思った通り。ここに来たのは別の理由があったの。私はこの後この洛陽を離れて陳留に戻るわ。陳留の張邈からどうも最近兗州一体で黄色い布を身に着けた民衆が集結してるとのことで、その対応に向かうの。そのことを燕に伝えて欲し……「な!?それは本当ですか!?」 あら?」

 

 曹操は一刀にここへ来た本当の理由を伝えたが、その言葉は途中で遮られた。

 曹操の話の途中で一刀が驚きの声を上げたためである。本来ならば失礼なことであるが曹操は気にした様子もなく、一刀に応える。

 

「本当よ、北郷。でもまさか、燕ではなくあなたがこのことの意味に気付くなんて…………ふふ、燕が手放しに称賛するのも頷ける。私もあなたに興味が出たわ」

 

「孟徳殿の言伝て確かに承りました。そのことを伝えていただいたこと、当主に代わって深くお礼をいたします」

 

「ええ、よろしくね。…………あなたはもう勘付いているようだけどここから大きな嵐がこの大陸に広がるわ。燕のことは任せたわよ、北郷」

 

「……身命に賭けても」

 

 かろうじて正気を取り戻した一刀は早々に伝言の件とそれに対するお礼を述べる。続く曹操の言葉に確かに目の前の少女も一刀と同じこの先を見据えているようであった。

 一刀の短くもこれ以上にないほどの決意を聞いた曹操は、従者の2人に声をかけると足早に店を去っていった。

 

 曹操が去った後、しばらくその場に立ちすくんでいた一刀のもとへこちらのやり取りを遠巻きに見ていた于禁が駆け寄ってくる。

 

「どうしたの店長? 怖い顔して? それよりも孟徳様の髪飾りを考案したのって店長なんだ!! いいなー、私も欲しいのー」

 

「ああ、悪いな文則。でもこれからしばらく忙しくなりそうだから、ちょっと作るのは無理かもしれないな」

 

 いつもと変わりない于禁の様子に幾分かの平静を取り戻した一刀は于禁のお願いにはちょっと応えられそうにないなと思いつつ返す。

 于禁はそんな一刀に、そんなぁなのーと残念がっているが、一刀の頭は先ほどの曹操の言葉を何度も考えていた。

 

 あれは間違いなくこの時代の変革を予兆するものである。

 

 この後漢の終焉を告げる鐘の音であり、同時に戦乱の幕開けを告げる音。

 

 

 ”黄巾の乱”

 

 その発生までもう時間がないということであろう。その先に待ち受ける未来を考えると、一刀の顔にはどんどん険しいものになっていった。

 

 

 

 一刀の表情はその後、しばらくの間緩まることはなかった。

 

 

 

「いやー、何侍中(か じちゅう)も意外に話がわかる御仁で助かったよ…………って一刀! 一体どうしたんだい? そんな険しい顔をして。あっ! さては……うんこでも漏らしたんだな! におう、におうよー」

 

 具体的には宮中から衛弘が返ってくるまでの間だが。

 

 

 

 




一応これで原作に突入します。

次の更新は休日になります。何とか反董卓連合終了までは年末年始のまとまった休みで書きたいです。
年末の忙しさではできないかもですが。

オリキャラ紹介

張邈 (字 孟卓)真名:今のところ考えていません
名前だけの登場。
この後ちゃんと出てくる予定です。

一応は衛弘の仕える主という設定の男性武将。
曹操と袁紹とも友人で2人の間を取り持つ苦労人。
そのうえ好き勝手する衛弘にはいつも頭を悩ませている。
最近は衛弘には何を言っても無駄だと諦め始めた。

史実では陳宮と共謀して曹操に背いた人だけどこの作品では胃痛ポジにおさまる





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