真・恋姫†無双 北郷一刀・商人ルート 天下も金の回りもの 作:MATSUKASA
拙い作品ですが今後ともお願いします。
「私と契約して一流アイドルになってよ!!(満面の笑み)」
なお行き先は地獄の模様。
「すまない、燕。戻ったばかりだというのに時間を取らせてしまって」
宮中から戻ってきた衛弘を出迎えた一刀はそのまま「至急話したいことがある」と彼女を誘い、2人は今、二階の総裁室で向き合って座っていた。もちろん、帰宅して一番に彼女が口にした不名誉な言いがかりは即時に撤回させた。この店での一刀の渾名が“うんこ大将軍”という不名誉なものになることは何とか回避できた。
大事な商談をしてきたと語る彼女を気遣うように一刀がそう言うと、当の衛弘は全く疲れた様子もなくそれに応える。
「かまわないさ!私にとって一刀のために割く時間は他の何よりも大切だからね。相棒のためなら、どれだけ忙しくても時間を作ろうじゃないか!君に対して私の心の正門はいつでも絶賛開門中さ」
聞くほうが恥ずかしくなるような台詞であるが、それは彼女にとっては隠すことでもない本心であった。
あまりに率直な信頼に顔を赤らめる一刀に対して、衛弘は特に気にした様子もなく自然体だ。今も机の上のお茶を口に運び、あちっ、と小さく舌を出していた。・・・彼女は猫舌であった。
「うーん、外から帰ったものに出す最初のお茶は温めにするのが上策だと思うのだよ、そして2杯目、3杯目と徐々に熱いものにしていくのがいいだろうね」
今度はフーフーと入念に息を吹きかけた後、恐る恐るといった様子でお茶を口にした衛弘はどこかで聞いたことがあるかのようなことを口にしながらその後もちびちびとお茶を飲む。その仕草はまるで猫のようであり、一刀は頭をなでたい衝動に駆られるが鋼の自制心でそれを我慢した。
彼女のいつもと変わらない様子に、一刀は先ほどのともすれば告白めいた話も、彼女に他意があってのものではないのだと改めて理解した。
もう出会って数年が経つ。一刀がこの大陸で商人として名を上げる中で、目の前の少女は常に一刀の隣に立ち、その手を引いてきた。
この世界に来てからはほとんど全ての時を一刀はこの少女と共にしてきたのだ。
衛弘は基本的に、誰かに対しての好意を隠すようなことはせず、赤面することも無く相手にその好意を伝えられる人間だ。
彼女曰く、
「好意ってのはね、相手に対しての信頼とも言い換えられるんだ。そして、それを誰かに向けられてうれしく思うことはあっても、不快になるようなことはないと私は思うわけだ。なら自分の好意と信頼の気持ちを秘めておくなんて勿体ない!どんどん外に出していくべきだよ!だから一刀、君も私への好意があればそれをどんどん言葉にしてくれて構わないのだよ!」
とのことである。
常識人なら恥ずかしくて出来ないようなことでも平気でやってみせるのが衛弘クオリティー。そこに痺れも憧れもしないが、彼女の思わせぶりな口調はいつも一刀をどぎまぎさせるのである。
つい先日も、仕事終わりに一緒に呑みに行った衛弘に、「ほんとに燕はお酒が好きなんだな」と一刀が何気なくった言った際には、「別に酒精はそんなに好きじゃないよ、呑むと考えが鈍っちゃうし。ただ私はこうして一刀と一緒にお酒を飲むのが好きなだけさ」と平然と返され悶々としたことは記憶に新しい。
いちいち彼女の言葉に反応していては身が持たないことを重々承知した一刀は、今回もかろうじて理性が上回り態度を崩すことなく話を進めることができた。
そしてゆっくりと、一言一句も漏らさないように先ほど起きたことのすべてを話していったのである。
一刀がすべてのことを語り終えたとき、まず先に口を開いたのは衛弘であった。
「なるほどね、華琳ちゃんがそんなことを……。それはつまり一刀が以前語ってくれたこの時代に起こる予定の“黄巾の乱”の予兆だというわけか」
自分自身に言い聞かせるように呟く衛弘に一刀は深く頷くことで肯定の意を示した。
「別に一刀のことを疑っていたわけじゃないけどさ、本当にこうして乱が起こり、しかもその乱の特徴まで一緒となると、君のその知識は本物だと再認識させられた気分だよ。一刀、この先は特にその“天の知識”について絶対に私以外に話さないように徹底してくれないか。これは君を守るためでもあるんだ。君のその知識は、はっきり言って危険すぎる。それこそ君すらも傷つけかねないくらいにはね」
「ああ、勿論だ。俺もこのことを燕以外の誰かに話す気はない。それに今後は誰かに悟られることも無いように注意するよ」
衛弘が言ったことには一刀も同感である。
これまで一刀の知る三国志の知識はいろいろなところで正しい部分もあったが、それと同じくらいに異なっている部分も多かった。
その為、一刀自身もこの先に起こる事態はもしかしたら自分の知っている三国志とは全く違うものになるのかもしれないと思っていたところに今回の事態である、まだ実際の乱は起きていないといえども、曹操から聞いた話の内容は十中八九、一刀が知る黄巾の乱の予兆に違いないと思えた。
こうなった以上、一刀の持つ知識はやはり一定程度以上は正しいということになる。そのため、もしそれが広く周囲に知られたりしたら、あまりいい事態にはならないだろう。あるものはその知識を利用しようと近づいてくるかもしれないし、あるものは一刀を亡き者にしようと動くかもしれない。
だからこそ、衛弘もこの場で再度一刀に釘を刺したのだろう。
彼女の気遣いが伝わるからこそ、一刀も改めて自分の知識の危険性を強く再認識することができた。
「とはいえ、怪しい黄色の集団かぁ……ん?黄色の集団?……まてよ、もしかして。いやでもそれは流石に……」
「どうしたんだ、急に考え込むような顔をして?」
一刀が認識を新たにした一方で、衛弘はなにやら別のことに考えを向けた様子である。口にした言葉から察するに、どうもその懸念は先ほど話していた内容についてのようである。
「いや、君の話を聞いて少し気になることがあって……ね。でも流石に突拍子もない考えだからその可能性はないとも思うんだけど……何か引っかかってね」
「おいおい、これから大変のことが起ころうとしている時なんだ。俺たちの間で隠し事はなしだろ?それに燕が突然なのは毎度のことだろ。だからどんな小さなことでもいいから話してくれないか、今は少しでも情報がほしいときなんだ」
常ならぬ自信のなさそうな相方の様子に一刀は本心を口にする。
この先のことを考えるには情報はいくらあっても足りない、衛弘が一刀の知らないことを知っているならそれは知っておきたい。一刀とて自分の考えは包み隠さず衛弘だけには話すつもりでいるのだから。
一刀の言葉を聴いた衛弘はそうだねと同意を示した後、私の中でもまだ考えがまとあったわけではないんだけど、と弱弱しく前置きをした後に驚くべきことを口にした。
”その黄色い集団に私は心当たりがあるかもしれない”と。
彼女の言葉に一刀は驚愕を示したが、神妙な様子の姿にそれが冗談でも戯言でもないと感じた一刀は、今度は自身が聞く側となって彼女の言う”心当たり”に耳を澄ますのであった。
彼女すら自信なく語り始めたその懸念が、実のところはこの大陸でまだ誰も知らない大乱の実像を正確に捉えているということを知るのはずっと後になってからであった。
あれは衛弘が商会の拡大のために各地を奔走していた頃、兗州のある街に立ち寄ったときの話である。
「あーもう!どうして誰もちー達の歌を聞いてくれないのよ!」
「姉さん、それを嘆いても仕方ないわ、とにかく今夜の食事と宿代くらいは確保しないとまた野宿になるわ」
「えー、ご飯抜きも野宿ももういやだよー」
それほど大きな城市ではない街の中心に位置する通りの傍らで3人の見た目麗しい少女たちが悲嘆にくれていた。
彼女たちは姉妹でこの大陸を行脚し、各地でその芸を見せることで日銭を稼ぐ旅芸者をしていた。
しかし、その道のりは決して順調なものではなく日々の宿と食うものにすら困る始末であった。
今日もこの街で朝から道端で行き交う人にその芸を披露していたが、あたりが闇に包まれ通りに人影もなくなった今、彼女たちの前におかれた心付けを求める箱の中に入ったお金はわずかに2枚。
とてもじゃないが、このままでは今日もご飯は食べれそうにない。
そんな状況に耐えかねて三姉妹の次女は今日最後の公演を終えた後、空に浮かぶ月に向かって声高に不満を漏らしたのだ。
「お客さんのせいにしても始まらないわ。それに今日はこれ以上やってもなさそうだし、どこか風雨くらいは防げる場所を探しましょう」
「えー、おいしいご飯が食べたいよー」
しっかり者の三姉妹の末っ子が癇癪を起こす姉をなだめるようにそういうと、長女は悲しそうに声を上げた。
欲望をそのまま口にする彼女に、そうは言っても仕方ないじゃないかと末っ子が思った時、チャリン、と小さく金属がぶつかりあうような音がその場に響いた。
「「「え?!」」」
ありえないはずの音を聞いた3人が一斉にその音がした方向へ視線を向けると、そこには小さな少女がいた。
どうやら先ほどの音は箱の前にかがみこんだ彼女が箱の中に入れたお金によるものだと気づいた3人はじっとその少女を観察する。
下を向いている為その表情はうかがい知れないが、銀の髪に首から何か革製のものをぶら下げている彼女は黒を基調とした一目見れば上等とわかるような服に身を包み、どこかいいところのお嬢様のような様子である。
突然のことにしばらく惚けていた三人であったが、思いがけない上客(に見える少女)の登場にすぐさま気を取り直して声をかける。
「あ、ありがとー! すごく立派な着物だけどあなたはどこかの名家の人だったりするのかな?」
「いやこちらこそ、いいものを見せてもらったよ! うん本当に可愛らしい演目だったよ。それと残念ながら私はそんな大層な身分じゃない。ただ一介の流離いの商人さ」
期待交じりに尋ねた長女の言葉に、顔を上げた少女はその丸い赤の双眸を向けると笑顔でそう告げた。
「へぇー、ちー達の良さがわかるなんて、お目が高いじゃない!」
「姉さん、その言い方は失礼よ。どうもありがとうございます。私たちは旅をしながら芸をしているんですがなかなか皆さんに見てもらうこともできずに困っていたんです」
姉の言葉に続く残りの姉妹。
久しぶりのお客さんにほめてもらえだけあって、2人の表情も幾分かの明るさを取り戻していた。
やっぱり自分たちのよさに気づいてくれる人もこうしていることに、沈みかけた気持ちが上向くのを3人は確かに感じていた。
だからこそ、彼女たちは続いて少女の発した言葉には耳を疑った。
「うん、本当に君たちは可愛いね!天下の往来でまさか”その程度”の芸を自信満々に衆目にさらせるなんて!その破廉恥っぷりは一周回って愛らしいよ!捨て銭を投じてもいいくらいにはね・・・」
「「「え?」」」
先ほど同様に満面の笑みをたえながら、散々な罵倒を少女は口にしたのである。
「ちょっちょっとあんた! ちー達の舞台が”その程度”ってどういうことよ?!」
その罵倒に真っ先に食いかかったのは次女であった。
「どういうことって、言葉の通りだよ。君達の演技は可愛らしい。まるで稚児の遊戯を見ているようなものだ。でもそれだけだ。君達の演技を見ても私の心は一切感動を覚えることはない」
かっとなる次女に心底不思議そうな顔をして少女は罵倒を続ける。
「え!? え!? どういうことなの?」
「いくらお客さんとはいえその言葉は看過できません。何を持ってそこまで言うのか聞かせてください」
すこし遅れて残りの姉妹も抗議を口にする。
彼女達も今はまだ世間に認められていないとはいえ、自分達の実力にはそれなりの負うところがある。それをこうも真正面から貶されては当然、許せないといった感情がわいてくる。
「ふーん、随分いい顔ができるじゃないか。演技中の張り付いた薄っぺらな笑顔より今のほうが数倍魅力的だよ。君達の演技はね、とにかく薄いんだ。君達は何のために芸をしているんだい? 日々の路銀を稼ぐためかい? 生活が苦しいのはわかるが、そんな気持ちでする演技なら哀れみは受けても、感動する人なんていないよ」
噛み付いてきた三人の怒気に対しても少女はまったく気にした様子はなく、感心を示した後に、彼女達の演技についてのダメ出しを語った。
そこからはまさしく公開処刑であった。
「今の世の中、人は誰もが苦しい中で生きている。そんな中で、人が芸に求めるのは陰りのない希望だ。間違っても、苦労な境遇でもけなげにがんばるお涙頂戴の演技じゃない。
それにとってつけたような笑顔が人に届くなんて驕りも甚だしい! そんなものを見たって精々可愛いなと思うだけで、感動なんて覚えない」
「日銭を稼ぐため? そんな気持ちでする演技に誰がお金を出すもんかい。そんな芸に目を向けるのは私みたいな変わり者か、下心のあるものだけだね」
堰を切ったかのように話す少女の言葉は、どれも的外れといったものではない。そのことは誰よりも3人自身がわかっていた。
元々は、歌で大陸を獲ってやる!という夢を持って芸者になったにもかかわらず最近の自分達はどうだ。
日々の生活すら苦しい中で、そんな夢を忘れてただ日々を生きるために演技をしてしまっていたではないか。少女の言うとおり、そんな気持ちの演技じゃ人の心を震わせることなんでできやしないのも当然だ。
少女の激しくも、それでいて反論を許さない迫力を持った言葉に最初の気勢をそがれてしまった三姉妹はただその言葉の暴力に身を晒すことになった。
「あんたの言うことはわかったわよ。悔しいけど、確かにあんたの言うとおりなところもある……でも、だけど!だったらちー達はどうしたらいいのよ! 歌で大陸を獲るって夢だってこんな貧乏生活の中じゃできるわけないじゃない!」
それは悲鳴に近い叫びであった。
大望は自分にだってある、自分達の芸に対する気持ちは決して日銭稼ぎのものなんかじゃない。それでも今の状況がそれを自分達に強いてくるのだ。
彼女達も薄々は気づいていたのだ、日々の生活が自分達の芸に対しての希望をどんどん覆い隠していくのを。
でも、それに抗うには今の彼女達はあまりにも無力だったのだ。
気づいても気づかないようにしていた自分達の変化を目の前の少女は無遠慮に、そして激烈に自分達に叩きつけてくる。
そんなことをいうなら……助けてよ。
的を得た少女の罵倒に3人は泣きそうな気持ちであった。
「”歌で大陸を獲る”か……。なかなかにいい夢じゃないか。であるならだ! 君達にとっての芸はそのための手段であって、決して日銭稼ぎのものなんかじゃないはずだ。君達の前には今2つの選択肢がある。1つはその夢を捨てて、日銭稼ぎの旅芸者として生きていくこと。そしてもうひとつは、ここから再度夢に向かって突き進むことだ!」
親鳥に見放された雛のようにか細い彼女達に道が示される。
「もし前者を選ぶなら、さっさとこの街を出てどこへでもいって自己満足を披露し続けるといい。でも、もし後者を選ぶというなら…………この手をとるんだ、私が君達を本当の芸者にしてあげようじゃないか!」
”君達はどう生きたいのだい?”
そういってこちらに手をさし伸ばす少女を見て、三姉妹は互いに見つめあう。
確かめなくても互いの気持ちはわかる、生まれ故郷を離れて身寄りのない旅を始めたときから彼女達の気持はひとつである。
三姉妹は頷きあうと迷わずに目の前に差し出された小さな手のひらを握った。
「「「もちろん、後者を選びます!(に決まってるじゃない!)」」」
三姉妹の瞳には在りし日の希望が再度燃え上がり、気持が昂ぶるのを自覚しながら決意を口にした。
そして、自分達をこんな気持にさせた目の前の得体の知れない少女であれば、もしかしたら本当に今の自分達の境遇を変えてくれるかもしれないという期待を持ってその手を重ねたのだ。
「よし、なら契約は成立だ! 君達の進む道は茨の道だ。それでも進むというなら私はその力を君達に授けようじゃないか! そして君達には二度とその道を違えることをしないと約束してもらうよ! 訳あって今は名乗れないが、この契約は真名にかけて誓おうじゃないか!」
こうして3人の夢見る少女達と流離いの商人の間でかたい契約が交わされたのであった。
「こうして名も無き商人と彼女達の特訓の日々が始まったのであった……、あれどうしたんだい一刀? 急に頭を抱えたりして」
「……いや気にしないで続けてくれ」
こうして彼女達の特訓は幕を開けたのであった。
以下はその抜粋である。
「いいかい、取り繕った感情なんて見る人は一瞬で分かってしまうんだ!だから演技をするときは上辺じゃない、本心からやるべきなんだ!」
「口で言うことは簡単ですが、どうすればいいのでしょうか師匠?」
「いい質問だね人和ちゃん! 百聞は一見に如かずだ、いまから私が2つの泣く演技をして見せるからその違いをちゃんと見るんだよ」
そういって師匠と呼ばれた少女はこほんと小さく一度咳払いをしてから、「えーん、えーん。うぅ悲しいよぉ」と泣き真似をしてみせる。
「今のが一つ目だ、そして次のが……」
「……うわぁぁぁぁぁぁぁぁーかじゅとぉぉぉぉぉーーーーー。いやだ、いやだよぉぉぉ! ぐすっ」
そして突然大きな声で泣き始めた、目からはとめどなく涙があふれており、見ている三人もこれが演技ということを忘れてしばし呆然とした。
「ぐすん、これが2つ目だ。2つを見比べてどう感じたかな、地和ちゃん!」
「はじめのやつはなんだか嘘臭かったけど、2つ目のはやつは、なんかこう……見ているだけで心が締め付けられたわ」
一息ついた彼女は先ほどまでの泣き顔がうそのようにけろっとした顔に戻ると生徒の一人に違いを尋ねた。
「そう! その通りだよ! はじめのやつは私なりに悲しむって行為を想像して演技をした。そして次のやつは、本当に私にとって悲しくてたまらないことを想像して、本心からそれを悲しんだ!演技といってもそれは自分をただ装うのではなく、演じる感情に応じて自分にとってその感情が最も出る状態に自分を落とし込むことが大切だ。そうして出てきた赤裸々な感情、表情は真に迫った迫力を持って相手に届くんだ!だから楽しむ表情を作るときは、自分にとって心底から楽しいと思える瞬間を思い起こして、そのときの感情を引き出すことが大事なんだ!」
「「「な、なるほど!」」」
またあるときは、
「ほらほら、足を止めちゃダメだよー!」
「な、なんで私達がこんなに走らないとダメなのーー?!」
「芸者なんてのは体力商売だ! お客の前で疲れた表情を見せるなんて三流役者だよ! だから君達は無尽蔵の体力を手にしなければいけない。ほら! わかったらもう100周追加だ!」
「「「ひぇーーー」」」
またあるときは、
「よーし、じゃあこれから3人とも川にもぐって、私がいいって言うまで顔を上げちゃダメだからね。もし顔を上げちゃう子がいたらその子の上にはこの大岩が振ってくることになります」
「あんた、私達を殺す気なの!!」
「大丈夫、死ぬ前にはちゃんと許可を出すから。君達の声を何千、何万の人に届けるためにはそれを支える強靭な肺活量が必要なんだよ。ほら、さっさと潜らないとこの岩投げちゃうよ?」
「「「ひぇーーー」」」
そんなこんなで少女が示す難題に、三姉妹は文句を言いつつも自分の夢のためだと言い聞かせてそれに取り組んでいった。そして、その特訓も終わりを迎える。
「まさか誰も死なない……こほん、もとい脱落しないでやり遂げるとはね、私もうれしい限りだよ!」
「今あんた、本音が出たわよね!!」
「ほんとに死ぬかと思ったよー」
「今思っても死ななかったのが不思議なくらいです」
感慨深そうにいう少女に三姉妹は思いの丈を口にする。
本当にいつ生から脱落してもおかしくない課題ばかりだったが、どうにか自分達はそれを乗り越えここまでくることができた。
ともに死線を幾度もくぐってきたことで三姉妹の絆はより強固なものになっていた。
「全ては過ぎたことさ! さて、でも次で私が君達に課す特訓も最後になる。さぁ、今一度君達の舞台を私に見せてくれ! これが私からの最後の課題だよ!」
彼女達の文句も”過ぎたこと”の一言で片付けた少女は、大きく手を広げると最後の課題を口にした。
その課題を耳にした三姉妹は、ついに来たか!と身を硬くする。ここまでの特訓を経て、確かに自分達の演技は過日のそれとは比べ物にならないほど上達したと確信を持って言える。
しかし、それが目の前の少女の目に適うものであるかはまだ自信が持てなかったのだ。
「ふっ、そんなに緊張することはないよ。私の特訓をやり遂げた今の君達なら何も恐れることはない。ただ今の君達の全力を私に見せてくれたまえ。君達の実力を私は信じる!そして君達を信じる私を信じればいいんだ!」
3人の不安を的確に見抜いた少女は、肩の力を抜くとやさしい表情でそう語った。
ここまで言われれてしまえば、もう何も怖くない!
彼女達は今できるすべてをぶつけるように、少女に彼女達ができる最高の舞台を披露した。
”これが私達の全力だ!!!!!”
「えーっと、どうでしたか?」
舞台が終わった後しばらくの間、目の前の少女は腕を組んで天を仰ぎ見るようにしながらその瞳を固く閉ざしていた。
必然的に4人の間には不気味な静寂が広がり、それに耐え切れなくなった長女が意を決して、感想を求めたのであった。
「……まったくもって見れたものじゃないね」
天を仰ぎ見たまま少女は簡潔に感想を口にする。
その言葉は、3人の胸に深く突き刺さり絶望したような表情を各々が浮かべ、悔しそうに地べたに顔を落とした。
「まったくこんなの見れないよ。……あまりにも眩しすぎる」
そして続いた少女の言葉に3人は一斉に視線を前に向けた。
少女は静かに涙していたのである。
固く閉ざされた瞳はその涙を止めるため、天を仰ぎ見たのはその涙を地に落とさぬためであったのだ。
千の言葉よりも雄弁なその姿を見て、3人も顔を明るくする。
「あの日、君達を貶した我が身の不徳を今はただ恥じるばかりだ。嗚呼、”燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや”。大嫌いな言葉でも今は認めざるを得ないほどに、私はあの日の自分が無知な燕であったと思い知らされる気分だ。これほどの大器を前にしてはそう思わざるを得ないよ」
「「「し、師匠!!!!」」」
惜しみない賛辞に、三人は感極まって思わずその場を駆け出して少女に抱きついた。
4人が一塊となって涙を流すこのときこそ、餌を待つだけであった、3匹の雛がその姿を美しき鵠へと変えた瞬間であった。
そして契約は果たされた。この3人がもはや道を誤ることはないだろうと確信した少女は、自分の役目が終わったことを告げて、彼女達と別れることを告げた。
彼女達の飛翔に立ち会えたこと、そして最高の舞台を見せてくれたことの感謝として彼女達におそろいの衣装としばらく暮らすには不自由ないほどのお金が入った財布を残して。
3人はあまりにも上等な服と大量のお金にはじめは受け取りを渋るが、せめてものお礼だと強く進める少女に押されて最終的にはそれを受け取る。
そして、できればその服をこの場で着てみてほしいという少女の申し出に応え、3人はその服に袖を通した。
”馬子にも衣装”というが、もともと見た目麗しい三姉妹が着飾ればそれは誰もが振り返らずにはいられないほどの輝きを放って見えた。
そして少女が、「その服が君達の勝負服だ!その黄色い服が君達の象徴となってこの大陸を統べる色になるんだ」と告げると、3人はこの美しい黄色の衣装に負けない舞台をすることを固く誓ったのであった。
「本当にありがとうね!! ぜーったいまた舞台を見にきてね!」
「そのときには今日以上の張三姉妹の勇姿を見せてあげるんだから!!」
「ありがとうございました!! 私達、必ず成功して御礼にいきます!!」
「……こうして少女達の飛翔を見届けた流離いの商人は名前も告げることなく彼女達に背を向け、颯爽と去っていくのであった。めでたしめでたし」
「お前、色んなところを回ってたと思ったらそんなことをしていたのかよ……」
大団円のように、過去の出来事を話す衛弘に一刀は自分の頭が痛くなるのを感じながらそう口にした。
彼女にあった”心あたり”とはどうも彼女が指導したという芸者、いや言うならアイドル達だそうである。
彼女達に衛弘は黄色を基調とした衛北商会の服を渡したそうで、黄色の集団と聞いてなんとなくそれが気になったとのことである。
もしかしたら、彼女達の追っかけ、ファンとなった人たちではないだろうかと。
それが曹操の言っていた”怪しい集団”の正体なら、今回の情報は黄巾の乱とは関係がないものになるというのが彼女の考えであった。
確かに、単なるアイドルの追っかけが民衆蜂起には結びつかない。
もちろん、その予想とはまったく関係なく黄色い集団は本当に乱の予兆ということも十二分にありえる。
「とまぁ、私も別に確信とかがあるわけじゃないんだ。あれ以来彼女達とは会ってないし、一刀が言う乱の首謀者”張角”なんて名前とも彼女達は違ったしね。とりあえず今は原因は何であれ、今回のことを乱世の予兆として行動するべきだと思うんだ」
「なら俺達でも独自にその集団については調査してみるようにしようか。それで乱に備えるといっても具体的にはこれからどうするんだ?」
話が大分それてしまったが、衛弘は自分の懸念にひとまず結論を出すと、今後の方針について告げてきた。
「もちろん、行動を起こすといってもあまり派手に備えてはいらない疑惑を生む可能性だってある。うちは元々蜂起を知っていたなんて思われれば厄介だ。だから備えるといっても誰にもばれないように密かに、それでいて着実かつ迅速に行う必要がある」
「なんだか大変そうな話だな」
「ああ、かなりきつい仕事になるだろうね。だから一刀にも存分に働いてもらう。手始めに一刀は店のことを文則ちゃんに任せて、荊州と豫州に向かってもらう。今回は大規模な準備になる以上、私達2人だけでやるのは無理があるから、元直ちゃんと子敬ちゃんにも手伝ってもらうことにする。だから一刀の口から2人には乱の予兆とそれに備えて軍需の買い込みと服の生産と流通を少しずつ縮小していくように伝えてくれ」
荊州と豫州は衛弘の前の本拠である兗州と並んで衛北商会にとっての一大生産地でもあり消費地でもある。そのためその2州には洛陽の店舗にも匹敵するほどの店を構えて、衛弘が信頼置ける人物を責任者としておいている。
彼女の口から出た2人の名前はその責任者であり、今回は彼女達の協力が必要だと判断したのであろう。
「確かに、あまり人目につかないようにそれだけのことをするなら下手に誤解を生んではまずいし、直接伝えるほうがよさそうだな。わかった、準備をしたらすぐに出立しよう。それで燕はどうするんだ?」
「うーん、私はまずこのまま何侍中と関係を密接にして乱の発生があれば真っ先に知れるようにしなきゃいけないね。それから兗州の伯寧ちゃんに備えるように指示を伝えて、それから華琳ちゃんと孟卓様に今回の一件についていろいろと聞いてくるとするよ。こうなると今日、何侍中と顔をつなげたのは本当に僥倖だったね」
彼女もやることが多すぎると嘆きながら、するべきことを順に整理するように呟く。
分かってはいたことだが、どうやらこの時代は一刀たちを待っていてはくれないようである。時代に取り残されない為には、今できることは精一杯やらなければいけない。
「さて、一刀。これからやるべきことは山積みだ。頼りにしているよ!」
先のことを思えば数々の不安は思い浮かぶが、ただ今は目の前でこちらに笑顔を向ける衛弘のためにも少しでもできることをしようと一刀は決意するのであった。
こうして一刀たちは確かな乱世の始まりの匂いを感じて俄かに動き出した。
ちなみに、この後一刀と衛弘がこのときにあまり考えなかった可能性が真実であるとわかり、苦笑いを浮かべることになるのだが、それはすぐ先のことであった。
そのときの一刀の心情を語るとすれば、
「ありえないだろ。なんだよアイドルの追っかけが起こした黄巾の乱って…………」
色々と台無しに感じた一刀であるが、その気持を共有できるのがこの時代にはいないことだけが寂しかった。
前話の何進の称号を修正しました。
商会陣営の紹介(現時点)
総裁:衛弘(オリキャラ)
総裁補佐兼洛陽本店店主:北郷一刀
兗州責任者:満寵(オリキャラ)
荊州責任者:徐庶(オリキャラ)
豫州責任者:魯粛
洛陽店店員:楽進・于禁・李典
この章は大体このメンバー+張三姉妹で進む予定です。
残りのオリキャラの紹介は次話でかければと思います。