真・恋姫†無双 北郷一刀・商人ルート 天下も金の回りもの   作:MATSUKASA

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感想評価、誤字報告くださった方本当にありがとうございます。

キャラ崩壊と化していないかが心配です。



8話 始動 過ぎたるは猶お及ばざるが如し

 

 

「みんなのお姉ちゃん、てんほーだよ! 今日はありがとうねー!」

 

 地を裂かんばかりの歓声、沸きあがる観衆。

 

「みんなの妹、ちーほうだよ! みんなー応援ありがとう!」

 

 観衆はさらに大きな声を上げ、口々に舞台上の3人に賞賛の声を浴びせる。

 

「みなさん今日は私たちのためにありがとー、また次回も来てくれるとうれしいなー!」

 

 最後の一人、末妹の人和の言葉に観衆は今日一番とも言える大声で応えた。

 舞台の上に立つ3人の目の前には広い平野を埋め尽くさんばかりの聴衆が広がっていた。

 

 この聴衆はすべて自分たちの舞台のために集まってくれた人達であり、舞台を終えた三姉妹は狂喜する彼らの熱気をす一身に受け止めていた。

 街の片隅でお客なんて誰もいない中で歌っていた自分たちが今となってはこうして、熱気と歓声の中心にいる。

 

 そのことを思うと三姉妹は自分たちの胸に言い表せないほどの喜びが湧き上がるのを感じたが、ただ今は目の前の歓声に応えるためいっぱいの笑顔で大きく手を振った。

 

 彼女たちが舞台を去った後もしばらくの間、平野に広がった熱狂は静まることはなかった。

 飛ぶ鳥をも落とす勢いで高まる三姉妹の人気、それは一国の歴史すら終わらせてしまうほどの熱気を持つまでに膨らみつつあった・・・

 

 

 

 

「いやー流石は皆様! 今日の舞台も大成功でございましたな! ささ、こちらにお茶をご用意しております故、公演で渇いたのどを潤してくだされ」

 

「あー波才さん! ありがとー!」

 

 舞台袖に降りた後、三姉妹は休憩のため用意された天幕に向かった。そこにいたのは一人の偉丈夫。

 大きな体躯と堂々とした風貌のこの男。人が見ればどこかの武官かと見間違うような人物であるが、今はその風体に似合わないほどの腰の低さで天幕に戻ってきた三姉妹を出迎えた。

 

 天和に“波才さん”と呼ばれたこの男は三姉妹たちの舞台の用意や巡業の計画、その他の雑務などを一手に引き受けるマネージャーのような仕事をしていた。

 三姉妹は衛弘と別れて、しばらくたった後にこの波才と出会った。その折に彼は、彼女たちの舞台に心を奪われた、ぜひあなた方の素晴らしさを広めるお手伝いがしたいと申し出て、そこから彼は三姉妹の巡業について周るようになった。

 

 波才はそのでかい図体に似合わず細かなところの気遣いができる男であり、最初のころは三姉妹も急に擦り寄ってきた大男を大いに警戒したが、最近では身の回りのことを彼に一任するくらいには信用するようになっていた。

 

「それにして、荊州と豫州に続いてこの冀州でも今や、御三方の名前を知らぬものはいないほどでございますな!」

 

「ちー達なら当然よ! このままの勢いで都でも盛大に舞台をやるんだからね!」

 

「うん、そしてそのときには師匠にもみてもらうんだからー」

 

「天和姉さんの言う通りね。そのためにも私たちは必ず都の舞台で成功しないといけないわ」

 

 大げさに手を広げながら三姉妹を賞賛する波才に気をよくした彼女たちも思い思いに意気込みを口にした。

 確かに今でも三姉妹の名は十分と言ってもいいほどに響き渡っているが、彼女たちはまだまだその歩みを止めるつもりはなかった。

 この大陸全土に私たちの名前を広める。そして、あの時の少女に大陸一となった自分たちの姿を見てもらうのだ。

 このことは3人が共有する夢であり、彼女たちにとってここはまだ通過点に過ぎないのである。

 

「おお! 皆様の心意気、この波才感服いたしました。非才な身ではありますが、私も皆様のお力になれるよう今後もより一層精進してまいります!」

 

 三姉妹の決意に当てられた波才は「我が天命を見つけたり」といった様子で深く感動してみせる。

 その様子になんだか大袈裟すぎるような気もするが、彼が心より三姉妹の夢を支えたいと思っているのが伝わってきて気恥ずかしそうに3人は苦笑いを浮かべた。

 

「すいません、少し興奮してしまいました。それはそうと皆様。奥の天幕に湯を用意しておきましたのでよろしければそちらで汗をお流しになってはいかがでしょうか?」

 

「さっすが波才! 気が利くじゃない!」

 

「やったー! お風呂だ♪ お風呂♪」

 

「待って、姉さん。ちゃんと着替えは持っていってね!」

 

 波才の言葉を聞いた天和と地和はすぐに奥へと駆けていった。

 すぐに奥へと駆けていった2人に後ろから人和が声をかけたが、その声が聞こえたのかどうかもわからないままである。

 

 「仕方ない、私が2人の着替えも用意しておこう」、先に行った2人の姉に呆れながらも人和もそれに続いていった。

 人和とて一舞台を終えた後のお風呂が楽しみであることは否定できない。

 

 こうして三姉妹は天幕を後にしていったのだが、先に行った2人はともかくとして最後の人和も自分の背中を真剣な表情で見つめる男の表情の変化に気づくことはなかった。

 

 この大陸に戦乱の火が起こる少し前、その中心に立つこととなる彼女たちがそのことを知る術はまだなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「波大方、張大方から連絡がありまして荊州と豫州の同志達はいつでも決起ができるとのことです」

 

 三姉妹が湯浴みに出て行った後、天幕に入ってきた男の報告を聞いて波才は満足そうに頷いた。

 

「流石は張大方、見事な手際だ。であれば後は洛陽に行ってもらった馬大方の工作の結果を待ち、三州で同時に我等は決起、そして三方向より洛陽に攻め入る!張大方には合図を待つように伝えてくれ」

 

「は、かしこまりました」

 

 波才の言葉に、伝令の男は短く返事をしてその場を後にした。

 男が去ったことにより天幕に残されたのは波才ただ一人になる。

 

「ああ、ついにこのときが来た。3人と出会ってからもう1年、機は熟した。今こそ、張三姉妹の名の下にこの腐敗した王朝に終止符を打ち、そして夢である“この大陸を獲る”時である。必ずや三姉妹の皆様にこの大陸を献上して見せよう」

 

 誰もいない天幕の中で波才は1人で上を見上げると、静かに決意を口にした。

 ことあるごとに舞台の上で3人が口にした「この大陸を獲る」という夢は、今では波才にとっての夢でもある。

 そして、ようやくその夢を現実にするだけの力を手にすることができた。

 漢王朝の打倒と三姉妹の夢の実現。波才は己がなすべきことを見据えて、小さく拳を握るのであった。

 

 洛陽に潜入した黄巾党幹部である馬元義による工作が失敗に終わったことが伝わり、“已む無し”として波才が乱の蜂起を決意する数日前の話であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ではその馬元義と名乗る男が此度の乱について自供したということでしょうか?」

 

「うむ、賊の癖になかなかに骨がある男ではあったが、余にかかれば容易いことよ」

 

 宮中の大将軍府に呼び出された衛弘は平伏した姿勢のまま、目線の先にいる女性に尋ねる。

 絢爛な装飾が施された謁見の間の中心に位置する椅子に深々と腰掛けながら愛用の鞭をなでるように触る彼女こそ、何進。字は遂高、今回の乱発生にあたり、大将軍の地位に就いた人物である。

 大将軍とはその名の通り官軍における最高位を意味するが、衛弘の前に踏ん反り返る何進は元々、このような地位に就くような人物ではなかった。

 

 彼女は以前、市井で屠殺を生業としていた。要するに肉屋である。

 しかし、自分の妹が皇帝に見初められたことによって彼女の生活は一変した。外戚となってすぐに太守に抜擢された彼女はその後、妹が皇后として宮廷内での地位を高めるのにあわせるようにどんどん出世していった。

 そして、皇帝の傍に仕える武官“侍中”となった彼女は、今回の乱の発生に際して陛下より“大将軍”の地位について平定に当たるように勅命を受けたのである。

 

 市井から大将軍にまで上り詰めた人物、それが何進という人物であった。

 これだけ聞けばまさに立身出世を体現したような人物かと思われるが、先述したとおり彼女の出世はその多くが妹、何太后に頼るところであった。

 尤も、当の何進は自身の出世をすべて己が身一つで成し遂げたと思っている節があるが、彼女は“無能ではないが平凡の域を出ない”人物である。

 

「流石は何大将軍閣下、事前に内応を防ぐだけではなくその企みまで看破されるとは、お見事にございます!」

 

 内心では、

 (たぶん拷問でもして計画を聞き出したのだろうけど、そんなので聞き出すより懐柔して、より詳細まで聞き出せばいいのに。勿体無い……)

 と思いながらも、それをおくびにも出さずに衛弘は恭しく称賛の言葉を口にする。

 普段の彼女を知るものなら、きちんと礼儀正しくする彼女の姿に何か悪いものでも食べたのかと疑う様子であるが、衛弘はいたって普通である。

 彼女とて場を弁えない考えなしの馬鹿ではない。きちんと礼儀を弁えるときにはそうするだけの分別と技量を持ち合わせていた。

 

「うむ、余の先見によりこの洛陽を下手人の手に汚されることなく済んだわけであるが……どうも今回の乱は規模も地域も、余の考えていたよりも大きいものであるようだ。陛下から大命を請け賜ったは良いが如何せんどこから手をつけたほうがいいかと思考しておるところなのだ」

 

「左様でございましたか。それでございましたら閣下、私に1つ考えがございます」

 

「進言を許す。貴様の考えを聞かせるがよい」

 

 何進が困った様子を見せたところで、今回自分がこの場に呼び出された理由を理解した衛弘。すぐさま自身に考えがあると伝え、何進の許しを得てからそれを口にした。

 

「は、それでは恐れながら申し上げます。今回の反乱は困窮に喘いだ民衆が王朝への不満を募らせて起こしたものと考えられます。彼らの不満をすぐに取り除くことは難しく、そして正面からぶつかれば官軍として少なくない被害を受けることになるでしょう」

 

「ふむ、であればどうするべきか?」

 

「ですので彼らを直接この都の軍で対処するのではなく、各地にいる諸侯を利用するべきです。古代、秦の将軍”章甘”は囚人を用いて大きな損害を出すことなく乱の平定を為したとあります。此度の乱の平定に当たっては、その地域も広範囲にあたりますので各地の諸侯に大将軍から賊徒討伐の檄を発し、その制圧に当たらせるべきかと。そして諸侯には閣下の名の下に官軍としての地位を与えれば諸侯たちが戦果を挙げるたびに、即ちその名声は閣下のものとなりましょう」

 

 一息に自身の考えを言い切った衛弘。

 彼女の意見は半分が本当であり、半分が嘘である。

 本当なのは、反乱が広範囲にわたるためその対処を官軍だけで行うのは難しいので諸侯の力利用すべきだという点。

 嘘なのは、諸侯による鎮圧が何進の名声になるという点だ。いくら大将軍の名で各地の諸侯に官軍としての地位を許したとしても、実際に反乱を鎮圧して感謝されるのは各地の諸侯たちだろう。

 

「……よい進言であったぞ衛弘よ。貴様の策をとるとしよう。すぐに我が名で各地の諸侯共に檄を飛ばし、反乱鎮圧に当たらせることにしよう」

 

 とはいえ、耳当たりのいいことを並べられた何進には衛弘が述べた考えが非常に素晴らしいものであるように思えて、それを是として受け入れた。

 

「閣下の寛大な御心に感謝申し上げます。我が商会も乱鎮圧に当たられる諸侯達の支援に全力を尽くさせていただきます」

 

 自身の思惑通りにことが運んだことに、満足しながら衛弘は再度深く頭を下げる。

 衛弘達は今、官軍の糧食や武具の仕入れをほとんど言って引き受ける立場にある。何進が宮中で発言力を高める前から衛弘と一刀は彼女に目をつけて関係を作れるように腐心してきた。

 

 その結果、今では官軍の物資のほとんどは何進の口添えを得た衛北商会が仕入れを引き受けるようになり、何進もこうして国の重大事を衛弘にすぐ知らせるくらいには彼女のことを重宝していた。

 

 そして衛弘も尊大なところはあるものの、ある意味でまっすぐとも言える何進の人柄は嫌いじゃなかった。

 むしろ、右手で握手をしながら左手で剣を刺してくるような輩ばかりの宮中において何進の人柄は好ましいくらいであった。

 

 そのため、基本的には王朝の権力者のことを嫌っている衛弘であるが目の前の何進とは互いに協力関係を結ぶことができていた。

 

「しかし衛弘よ。貴様は一介の商人にしておくには勿体無いやつだな。貴様が望むのであれば余が召抱えてやってもよいが」

 

「過分なご評価です。私如きには商いが性にあっておりますので……」

 

「貴様はいつもそれだな。まぁよいが。それで貴様はこれからどこへ向かうつもりだ?」

 

 話が纏まったところで、衛弘が辞去しようと立ち上がる。

 

「はい、すぐに店へ戻り今後のことを指示した後、曹騎都尉に此度の乱について伝えに行こうかと思っております」

 

「ああ、あの宦官の孫娘か。貴様はあやつと知己の仲であるといっていたな。まぁ他者の交友にまでとやかく口出す気はないが、宦官の血族なんぞと親しくするのはあまり感心できんな」

 

「……確かに彼女の祖父は宦官でありましたが、彼女自身は非常に才ある人物です。今回の乱に当たっても彼女であれば相応の仕事をしてくれるかと」

 

 何進は宮中において宦官と対立する派閥の最右翼に当たる人物である。その為、宦官の血族に当たる曹操についてもあまりいい感情を持っていなかった。

 それゆえの発言であったが、曹操のことを悪く言われるのは衛弘にとって看過できることではない。

 衛弘は珍しく何進の言葉にはっきりと反論した。

 

「貴様がそういうのであればよいが……では物資の確保と供給については任せたぞ」

 

「は、必ずや」

 

 衛弘のはっきりとした物言いに何進も多少の驚きを覚えたが、その程度で目くじらを立てて怒るほど彼女も狭量ではない。

 すばやく話を流すと、今後のことについて念を押してきた。

 

 衛弘はそれに短く応えると、丁寧に礼をしてから謁見の間を後にした。

 部屋に残された何進もすぐに先ほどの話を実行に移すために動き出した。そして程なくして“大将軍何遂高”の名の下に各地へ黄巾党追討の檄が発せられた。

 

 この檄を受けた各地の有力者たちは官の旗の下、大義をもって堂々と軍を興す。

 乱の発生はこうして各地の眠れる有力者たちに飛躍の機会を与え、群雄割拠の様相を深めることになっていったのである。

 

 

 

 

 

 

 そしてここ涼州の地にもこの大将軍の檄は届けられた。

 

「月、大変よ! 大将軍の何進から反乱鎮圧の檄が届けられたわ!」

 

「うん、詠ちゃん。それなら私も目にしたけど、ここ涼州ではその反乱も起きていないし私たちはどうするべきなのかな?」

 

「これは私たちにとって最大の好機よ。月の言う通り、ここ涼州では反乱の兆しはない。でもこの檄があれば、私たちは大義名分をもって軍を興して都に向かうことができる。そして、都で官軍として戦うことができるのよ!」

 

「そうだね、いくら私たちの地域は平穏とはいっても、ほかの地域で苦しんでいる人がいるのを見過ごすわけには行かないね。詠ちゃん、すぐに軍備を整えて洛陽に向かおう」

 

 自身が最も信頼する軍師の言葉を聞いた薄幸の美少女はそう告げると、決意の満ちた顔で準備をするように指示を下した。

 この後、彼女たちは一軍を率いて洛陽へと入ることになるが、この選択が将来もたらすことになる結果について知る者はまだ誰もいなかった。

 

 詠と呼ばれた少女は自身の敬愛する主君のため、そして月と呼ばれた少女は苦しむ大陸の民たちのために行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 衛弘が何進との謁見を済ませて暫く経った頃、一刀は洛陽の町の北門で商談に臨んでいた。

 

「なるほど、遠路はるばるこれだけの糧食を運んできてくださるとは、私達としても今は糧食を必要としていますので大変助かります」

 

「“衛北商会の懐刀”と名高い北郷様にそう言って頂けるとは、私も商人冥利に尽きるというものです」

 

 遠く幽州からこの洛陽にやってきたという商人は一刀の言葉に大仰に答える。

 張世平と名乗るこの商人は普段から幽州で食料や軍馬・武具を取り扱っているとのことで、衛北商会が官軍向けの軍需物資の仕入れを行っていると聞き、遠路はるばる自身の商品の売り込みに来たとのことであった。

 

 乱の兆しを見て、各地に備えるように伝えた後、一刀達は来るべき乱世に備えて、軍需物資の買い入れに奔走していた。

 各地の支店も含めて服飾事業で稼いだ豊富な資金を一斉に軍需物資の買い入れに向けたことで、今や大陸において軍需物資の流通において無視できないほどの地位を一刀達は築くようになっていた。

 

 乱が発生してからはさらに資金を投じてそれらの買い入れを強めており、目の前の商人もそれを見ての売り込みに来たのだろう。

 

「いやー私はそんな巷で評されるほどの男ではありませんよ。……ところで態々、北方よりこうして来て下さった張世平殿にこのようなことを申し上げるのは心苦しいのですが。ご存知の通り、私たちは以前から糧食などの仕入れを強めていましたが、近頃になってどうも仕入れが多すぎる状況になっておりまして……」

 

 一刀が言わんとすることを察した張世平は気づかれない程度にその顔を歪めた。

 その変化を見逃さなかった一刀はそこで言葉を切って、相手の反応を窺う。

 

「なんと、官軍の補給を一手に担っていると謂われるあなた様方をもってしてもそういった状況であるとは……いやはやいったいどれくらいの物資をお集めになられたのか、考えるだけで震えてしまいますな」

 

「私どもが食料等を買い入れを始めて以来、各地の商人の方が続々とうちに物資を持ち込んでくれておりまして……それはうれしい悲鳴ではあるのですが、どうも最近は必要分以上に物が集まってきてしまっていまして……」

 

 “お恥ずかしい限りですが”といって頭をかく一刀。

 今、一刀が言ったことは嘘ではない。仕入れを本格的に始めて以来、衛北商会と取引を持ちたいという商人がこぞって食料などの売り込みに来たことで、今となっては当初に考えていた量を大きく超える勢いで備蓄が増えてきているのだ。

 一刀はただ素直にそうした現状を述べたのであった。

 

 あまりにも実直な一刀の様子に、彼が語っていることが嘘でも駆け引きでもないことを悟った張世平はあわてて言葉をつなぐ。

 

「そうでございましたか……とはいえ私共の都合とはいえ、幽州からこうして商品を運んできた手前、そのまま持ち帰るというわけにも行かないのです」

 

 気弱そうにそう語る張世平を見て一刀は内心で小さくガッツポーズをする。

 

 一刀が先ほど語ったことは事実だ。

 各地の商会には想像以上のペースで物資が集まっており、その量は膨大になりつつある。

 だからこそ張世平は一刀たちが少しずつ買い入れを手控え始めたのかと心配し、先ほどのような発言をしたのだ。

 

 しかし、それは勘違いである。

 確かに買い入れは順調すぎる勢いで、需要を上回るペースで進められている。しかし、それは等号で今後の買い入れを控えていくことにはならない。 

  

衛弘はこの先には必ず、軍需物資が必要になる事態が続いてくると考えており、それは一刀も同じ意見であった。

 

「食べ物は いくらあっても 困らない」(北郷一刀作)

 

その考えの下、一刀達はこれからも買い入れの手を緩めることなく進めていく方針である。

しかしそんな姿勢を大胆に見せれば仕入れの段階で足元を見られることになってしまう。

そこで一刀は今回の交渉においても、できるだけ有利な条件で取引ができるように話を運んだのである。

 

 「下手だなぁ、一刀。へたっぴさ。嘘をつくのが下手」と誰かに散々言われた一刀は交渉において嘘を織り交ぜて駆け引きをすることは諦めた。

 そして、一刀は自分でもできる1つの交渉術を編み出した。

 

 交渉に際して相手にはこちらの実情を素直に伝える、しかしその時にはすべてを話さずに限定した事実を相手に伝える。そして、その事実から相手がこちらの思惑を察するように誘導していく。

 

 これが一刀流交渉術であった。

 尤も、相手に決定を委ねることになるので、相手が察してくれない場合や察しても無理やり押し切ってきた場合はあまり役に立たないのが玉に瑕である。

 

 だが、今回は上手くいったようである。

 

「ああ、張世平殿。誤解を招いたならすみません。私としてもここまで足を運んでくださった貴殿には報いたく思っておりますので、ぜひ今回はすべて買わせていただきますよ。値段はそうですね……このあたりでいかがですか?」

 

 そういって、一刀は買取の金額を提示した。

 あわや破談まであると心配していた張世平にとってこの提案は渡りに船であり、またその金額も多少は市勢価格よりは安いものの十分に許容できる範囲であった。

 

 それならばと、張世平が同意を示し取引成立かと思われた時、

 

「その取引、ちょーっと待ったぁぁ!!」

 

 彼方から聞こえてきた声によって2人の動きは止められた。

 

 

「駄目じゃないかぁ一刀! わざわざ幽州なんて遠くから来てくれた相手をこんなありきたりな金額で帰すなんて、失礼というものだよ!」

 

「そうか? 俺としては妥当な金額かと思うんだが……」

突然耳に入った聞きなれた声に思わず口調を崩して一刀が応えて、声のした方を振り返ると、案の定そこには楽しそうな顔をした衛弘がいた。

 

「えーっと、北郷様?こちらのお嬢さんは一体?」

 

「おー、ご紹介が遅れて申し訳ない! 私は衛子許さ! いやーうちの一刀がご迷惑おかけしたみたいだねー!」

 

「なな、なんと! 御当主様でいらっしゃいましたか!? こ、これはとんだご無礼を!」

 

 急に現れた衛弘に戸惑った様子の張世平が尋ねると、彼女はなんでもないように応えた。

それを聞いた彼はあわてて、頭を下げる。

 

「そんな堅苦しいのは必要ないよ、張世平さん。同じ商人同士だ仲良くしようじゃないか! それと一刀、張世平さんは聞くに幽州から来たというじゃないか! それをこんな普通の取引で返したとあっちゃうちの名折れだよ。すべて買い取るのは当然として、金額は……そうさ、これでどうかな?!」

 

 そういって衛弘は商品の品目が書かれた木簡に手早く数字を書き込むとそれをいまだに状況が飲み込めていない張世平に手渡した。

いぶかしそうに彼はその木簡に書かれた金額を見ると、どこか現実離れした様子でいた顔から一転して、驚愕したように目を見開いた。

 

「ななな、本当にこの金額でよろしいのですか??!!」

 

「私が良いといっているのだから、これ以上の許可なんてないさ! うん、うちと張世平さんの記念すべき初取引なのだから色をつけさせてもらったよ。ぜひ今後ともいいお付き合いをしようじゃないか」

 

 そこに書かれた金額は一刀が提示し、張世平も同意した最初の金額よりもはるかに高い金額が記されており、市勢価格よりも高い金額であった。

あまりにも自身にとって都合がいい提案に張世平は迷うことなく承諾し、取引は成立した。

 

 

 

 そして暫く後、何度も何度もこちらを振り返り御礼をする張世平を2人で見送り、彼の背中が見えなくなったところで一刀は衛弘に声をかけた。

 

「……よかったのか?」

 

 一刀が言っているのは当然先ほどの取引のことである。

 自分が纏めかけていた取引を横から混ぜ返されたことに対する若干の文句も含めながら短い言葉で尋ねたのだ。

 

「……ごめんね一刀、君の仕事を邪魔するようなことをして。それでも今の取引は重要なことだったんだよ」

 

 一刀の不満も理解する衛弘は素直に謝罪を口にし、その上で必要なことだったと告げる。

 いつかのことを思い出しながら、神妙な顔でこちらに謝る彼女の姿を見て、自分の中にあった負の感情が霧散してしまった一刀はこれは惚れた弱みか、と観念して彼女の説明に耳を向けた。

 

「あの張世平って商人はおそらく幽州でも指折りの商人だよ。幽州なんて田舎でも耳聡く私たちのことを知って、しかも取引に来るなんて並大抵の商才ではないよ。私の名前を聞いてすぐに反応したあたり、かなりうちのことも調べてきたのだろうね」

 

 あのわずかな会話の中にも相手への探りを入れていたという衛弘に驚きながら一刀は彼女の言葉を待つ。

 

「そんな彼だからこそ、この取引はただ利益を取ればいいものじゃない。それ以上の意味を持つと思ったのさ。ここで彼にこちらの懐大きさを見せればその話は遠からず幽州各地に広がるだろう。どこの商人も儲け話には耳聡いからね」

 

「そうすれば幽州のほかの商人たちもこぞってうちにやってくる……というわけか?」

 

「御明察の通りさ! だからここでは“品を買って、恩を売った”というわけさ。今日売った恩はこの先何倍にもなってうちの利益になるだろうね!それは目先の利益なんかよりもずっと大事なものなんだ」

 

 彼女の言いたいことを理解した一刀はなるほどと思うと同時に、やはり自分はまだこの小さな商人に敵わないなとため息をつく。

 自分なりに上手くやったつもりであったが、どうやら自分はまだまだのようである。

 

 「一刀、10の利益が取れるときに2の利益が取れない商人は無能だ。かといって10すべての利益を取るのはそれも上策とはいえない。商売ってのは相手があってできることなんだ。相手から取れるだけの利益を根こそぎ取るという傲慢さはめぐりめぐって自分に返ってきてしまうからね。だから、10の利益のうち6あるいは5の利益を取るのが最上の商人だと私は思うんだ。互いに利益が折半できたからこそ次の取引にもつながり、さらに利益を取れる。人と人の関係はその場限りじゃない。目先の利益だけを追うのではなく、その先にも脈々と続く関係を見据えた取引ができて初めて一人前の商人になれるんだ」

 

 そのあとも続く彼女なりの商人像に一刀は聞き入る。

 はるか先まで見通すような彼女の思考はこうした考えの元でできているのだろう、衛弘という人物の一端を知れたようで今日のことはうれしい出来事であり、一方で自分の及ばなさを知った恥ずかしいものにも感じた。

 

 

 

 

 

「それで、燕はここに何しに来たんだ? まさか俺に嫌がらせをするためだけに来たなんてことはないんだろ?」

 

 「……一刀も嫌みの一つくらい言うようになったね。でもその通りさ、今日は一刀に相談ごとがあって来たのだよ!」

 

 しばらくして、話が一段落したところで一刀は衛弘に話しかけた。

 そもそも今日の買い入れは一刀が担当することになっており、この場に衛弘が来る予定はなかったはずである。

 まさか、先ほどの取引を予知してきたというわけではあるまい。それであれば必然的に一刀に用があって来たと考えるの妥当である。

 一刀の問いかけはそう考えてのものであったが、どうやら正解のようだ。

 

「この前話したことについてなのだけど、覚えてる? 今回の乱の首謀者の件だよ」

 

「あー、今回の乱の発端が燕の世話した“旅芸者3人組”って言う話か……」

 

 一刀が、暫く前に聞いた驚愕の事実を思い出したかのように応えると、衛弘はそれそれ!と返事をした。

 

 黄巾の乱が発生したと知った直後、一刀達は独自で商会の持つ情報網で黄巾党の実態について情報を集めた。

 そうした結果得られた情報を統合すると、

 

・反乱の首魁は張角、張宝、張梁の3人

・3人の風貌については様々な風聞があり、曰く熊のような大男というものもあれば可愛い芸人だというものまである

・反乱の目的は漢王朝の打倒であるが、その先として“大陸を獲る”というものがある

・黄巾党の陣内では士気高揚のためか大きな舞台で演技が披露されることが多々あり、そのときの中心には見目麗しい3人の少女がいたそうである

 

ある程度、嘘か本当かもわからない情報が集まった時、衛弘と一刀は同じことを悟った。いつの日か衛弘が「そんなわけないか」と語った可能性が本当であったということを。

 

 このことを知った一刀は、まさか黄巾の乱がただのアイドルの追っかけが切欠だったなんて、と頭を抱えた。

 同時に衛弘も、何であの時あの子達を抱え込まなかったんだ……とんでもない逸材だったじゃないか、と後悔していた。

 

 その後、一刀達はこの事実が外に漏れてはまずいという認識を共有し、どう対処するのかは暫く考えるという衛弘の言葉でその場は決着をしたのである。

 

 そして今その話をここで蒸し返したということは何かしらの方針を彼女が決めたということだろう。とはいっても、自分で聞いておきながらも一刀には目の前の少女がどういう方針を取るのか十中八九予想がついていた。

 

「それで結局どうすることにしたんだ?」

 

「うん……まぁ自分でいっておいてかなり厳しいとは思うんだけど……彼女達、何とか保護してあげられないかな?って。でもその手段がなかなか思いつかなくてね……どうか一刀の知恵を貸してもらえないかな?」

 

 彼女の予想通り言葉に一刀は安心しながら、珍しく不安そうにこちらを見上げて一刀の返事を待つ彼女の力になるべく持てる限りの知識でその実現のための手段を考えるのであった。

 

 この衛弘の決断により、一刀達は大きく今回の大乱に関わっていくことになり、そしてその中で一刀はここの大陸において自身の生き方を大きく左右する人物との邂逅を果たすことになるが、それはまだ少し先の話であった。

 

 

 

 




朝廷の革命の恋姫メンバーちゃんと書けるか自信がない今日のこの頃です。
「俺の何進ちゃんはこんなキャラじゃない!」というお叱りがある方、本当にすみません。
作者の技量不足です。

張三姉妹は救出に行く方針へ。
その過程で、まだ出てきてない三国陣営の一つと絡み、それがこの章の中心になる予定です。

もう一度真恋姫やり直してキャラを再確認してから書こうと思ったので、次の更新はしばらく空くかもですが、何とか今週中には投稿できるようにします。
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