私は彼がなぜそのような悲しい顔をするのか尋ねようとした。けれどそれが、嫌な気持ちから生じたものならきっと聞いたところで答えてくれないだろうなと思って、聞かないでおこうとして、そして思った。
――なんで自分はそれを聞こうとしないのか
別に聞いてもいいじゃないか。なんで、と聞いてしまえばいい。聞けばきっとスッキリする。けれど聞いたら、きっと相手が嫌な気持ちになるから、聞かないでいるべきだと、私は思ったのだ。相手が嫌な気持ちになるくらいなら、自分が嫌な気持ちを言わないでいた方がいい。
――私は、自分は嫌な気持ちを人に言わないのか
私は、人を嫌な気持ちはするのは嫌いだ。私は、人を嫌な気持ちにさせるのは嫌いだ。私は、人の気持ちをまるで理解しようとせず、人を嫌な気持ちにさせてしまう人が、嫌いだ。私は、両親みたいに、人の気持ちを嫌な気持ちにさせる人が嫌いだ。私は、両親みたいに、私の気持ちを嫌な気持ちをさせる人が嫌いだ。私は、両親みたいに、私の気持ちを嫌な気持ちにさせる私が嫌いだ。私は、私みたいに、私の気持ちを嫌な気持ちにさせる私が嫌いだ。
――私は、私が、嫌いだ
「私――」
「美緒ちゃん」
そして、そんな呪いの言葉を言いかけた私を、私でない誰かが押し留めた。
「君はそうやって過ごしてきたんだね」
「――!」
私はそうして私自身が嫌っていた私を、突き放すではなく、遠ざかるでもなく、ただ受けて止めてもらえたことが嬉しくて、いつの間にか私の目の前にいた、青常さんの胸に飛びついていた。彼はただそれを静かに受け止めてくれた。
「あ、あぅ、あぁ、ああ、うぅ、あうぅぅぅ……!」
舌が上手く回らない。言葉なんて出てこなかった。ただ熱かった。ずっと溜め込んでいたものが落ちてゆく。
「うぇ……、うぁ、ひっ、いぃん……」
みっともない嗚咽だけが溢れていく。拠り所を求めて手を伸ばして、掴んだものを握りしめると、ただそっと返してくれる存在があった。
「――わ、わたし、人が嫌な気持ちになるのを見たくなくて、そうする両親が嫌いで、あんな風になりたくなくて、でもわからないし、誰も教えてくれないから自分でがんばったけど、けど誰にも相手にされなくて、相手にされないのが嫌で、わからなくて、私、結局、私の事――」
「その先は言わなくていい」
青常さんはそして、私のその先の言葉を奪うと、漸く一言、言った。
「君はよく頑張った」
「――」
その言葉が嬉しくて、私は青常さんの胸の中でワンワンと泣いた。私はそして漸く、青常さんの手によって、まともに戻れたのだと思った。