第3節 打算と誤算と理由を知った日
宿名 美琴はカルデアの医療スタッフの一人であり、治癒魔術に長けた魔術師である
あらゆる魔術に通じている訳ではないが治癒魔術に関してだけは非凡な才能を持ち、その研究の過程で得ていたという医学・薬学の知識もそうだが何より18歳という若さで独自の魔術薬を開発したという経歴をカルデアは買っていた
紛う事なき凡才の魔術師たる父親の教えと独学だけでこれだけの研究成果を挙げたのだからと今後の成長を見越しての採用であったのだが、彼女がカルデアに所属してから2年ほど経った現在、カルデアの上層部はその選択を誤ったものだと判断していた
カルデアの医療スタッフとなって以降、彼女は新たに革新的な魔術薬を生み出したということもなく、魔術師として急成長を見せたという訳でもなく、傍目にはただただ年月を過ごしているだけのようにも見えていた
勿論調べればそのようなことはなく、例えば他の魔術師の指導を受け魔術薬の改良や魔術の修得・研究を日々繰り返し、医療部門のトップであるロマニ・アーキマンの指示の下医療スタッフの一人として職員の健康管理や安全衛生に尽力していた
ただその成長や成果はカルデア上層部の望んでいたレベルには到底及ばず、この程度の才能であったならば代わりに雇用すべき優秀な魔術師や専門家は多く居たはずであった
ならば彼女を解雇して新しい人材を招けば良いかと言えば話はそう簡単なものではなく、それにはカルデアの性質が関係していた
彼女をカルデアまで移送した際に到着までの間一切の視覚・聴覚・時間感覚を奪っていたことなどカルデアという組織・あるいはその施設は所属人員・機能・位置情報に至るまで全てが機密情報の塊の様なものであり、そこに一度入った人間を追い出すと機密情報を持ち出される可能性が生じてしまうのである
古今東西、このような秘密組織は来る者を拒むことはあっても去る者を許すことはあってはならず、かと言ってこのような理由で口封じなど出来るはずもない
そしてもう一つ、カルデアには宿名 美琴を手放せない理由が存在した、それこそが彼女のカルデア追放を誰よりも早く訴えた人物であり、カルデアの所長を務めるオルガマリー・アニムスフィアがその後も彼女を目の敵にしている一番の理由であった
「いよいよこの時が来たのね・・・。」
彼女以外誰も居ない、薄明かりの広がる所長室でオルガマリーは誰に言うわけでもなく、一人ぶつぶつと呟いていた
「大丈夫、Aチームの精鋭も、彼らを含めた48人のマスターも、それを支える優秀なスタッフも用意した、大丈夫、グランドオーダーは成功するわ。」
これから始まらんとする一大事業を前に、オルガマリーは青白い顔を俯かせながら重圧ですり切れそうな心を必死で支えるように、ひたすら自らに安心の言葉を言い聞かせていた
「・・・ふぅ。」
しばらくして、ようやく若干の安堵を得たのであろうか
少しだけ血色のよくなった顔を上げ、オルガマリーは机の上の資料に目をやった
「ギリギリではあったけど、なんとか48人目の候補者が見つかって助かった・・・あの宿名 美琴なんかに頭を下げる羽目にならなくて済んで、本当に良かったわ。」
資料にはグランドオーダー発令直前に適合者発見確率ほぼゼロと言われた日本で奇跡的に発見された、100%のレイシフト適性を持つ少女・・・48人目のマスターのデータが載せられていた
遡ること1年前、マスター候補者選抜のためのデータ測定を行った結果、宿名 美琴には高いレイシフト適性およびマスター適性が有ると判明した
その結果を受け、レフ・ライノールらカルデアの上層部は宿名 美琴の医療スタッフからマスター候補者への配置転換を提案したが、これに3名が反対した
1人はカルデア所長、オルガマリー・アニムスフィア
彼女はマスターとしてレイシフトを行う上で必要となる実戦的な魔術能力が美琴に不足していることを理由に配置転換に反対した
1人はカルデア医療部門代表、ロマニ・アーキマン
彼は美琴が医療スタッフとして現場で重宝しており、医療部門の現状から人員を減らす余裕がないことを理由に配置転換に反対した
そしてもう1人は、宿名 美琴
彼女は配置転換に反対する理由を語らなかったが、所長であるオルガマリー・所属する部門のトップであるロマニ・そして本人が反対していることからこの配置転換の提案は採用されず、しかし高いレイシフト・マスター適性を持つ人員をいたずらに放置しておく余裕はカルデアにはなかったため、グランドオーダー発令までにマスター候補者が十分に集まらなかった場合の補欠要員として扱うことで決定がなされた
そのためグランドオーダー発令の予定日が近づくに連れ、あと1人マスターの数が不足していたこともあってオルガマリーの機嫌と気分はどんどんと悪くなり、時には美琴と鉢合わせしただけで癇癪を起こすこともあった
しかしそれも、期限ぎりぎりで48人目のマスターが見つかったことで杞憂に終わった、きちんとした人員が完璧に揃った以上、グランドオーダーの成功は約束されている
この時、オルガマリー・アニムスフィアは心の底からそう思っていた
そして時を同じくして、オルガマリーの悩みの種であった宿名 美琴は・・・
「ハッピバースデイ、トゥーユー♪ハッピバースデイ、トゥーユー♪」
明るい調子で歌を歌いながら、誰も居ないカルデアの食堂で一人俺はカシャカシャと軽快な音を立てて生クリームを撹拌していた
そろそろ中央管制室ではファーストミッションの説明会がされている頃合いだろう
俺の記憶が確かなら、そこでレムレムした主人公が所長に平手打ちを食らって退場、マイルームでロマニと談笑してたところでレフ教授謹製の爆弾が爆発・・・といった流れだったはずだ
さて、そこまでわかっているなら何故止めようとしないと思うかも知れないが、実際問題今の俺では能力的にも影響力的にも止めることが出来ないというのが悲しい現実である
例えば爆弾を止めてしまえば?医学薬学や魔術の知識はそれなりには有るが爆弾の解体に必要な知識なんて持ち合わせていない上、相手は魔神柱フラウロスことレフ・ライノールだ
設置した爆弾に魔術的な何かを施され、誰かがそれを見つけた瞬間爆発するなんて細工をされてた日には間違いなく俺は木っ端微塵に吹っ飛ぶ羽目になってしまう
ではレフ教授の正体や目的、背後に潜む黒幕の存在を告発してしまえば?人理焼却の話を両親にしなかったのと同じで末端の一医療スタッフに過ぎない俺がどうこう言ったところで狂人の戯れ言で流され、俺を危険視したレフ教授に裏でひっそり始末されるのが落ちだ
なので現状俺に出来ることはなく、せいぜい今後のためにできることをしておくだけ
その『できること』の一つが、今やっているコレである
「ハッピバースデイ、ハッピバースデイ♪ハッピバースデイ、トゥーユー♪」
事前に焼いていたスポンジケーキに缶詰のフルーツと生クリームを挟み、回りを生クリームでコーティングしながら表面をならす
本来なら新鮮な果物を用意したいところだったが、物資補給のタイミングと上手く合わなかったので今回はこれで我慢して貰おう
「ハッピバースデイ、トゥーユー♪ハッピバースデイ、トゥーユー♪ハッピバースデイ、ディア・・・」
ケーキの上に残りの生クリームとフルーツで飾り付けをし、最後に溶かしたチョコレートでメッセージを書く
ケーキの上のメッセージは『HAPPY BIRTHDAY MASH』、しかし今回はそこにもう一つの意味を込めて
「シールダー♪ハッピバースデイ、トゥーユー♪」
完成したマシュの誕生日ケーキ―今年のは彼女の16歳の誕生日と、デミ・サーヴァントとしての誕生を同時に祝う特別な物だ―を箱にしまうと、冷蔵庫の奥の方へとしまい込んだ
俺がカルデアの医療スタッフとして着任してしばらくした頃、マシュ・キリエライトの診察に関わらせて貰う機会があった
そこでふと、話のメインキャラクターとお近づきになっておけば後々メリットがある・・・マシュの場合ならピンチの時に守ってくれそうだと思い、Dr.ロマンにマシュの担当に加われないかと頼んでみた
一目見た瞬間かなり重度の患者だと思った、治癒魔術師の端くれとして、医学を学んだ者として力になりたいなど適当な文句を並べたら、Dr.ロマンはその言葉に感激したのかあっさりと俺を信用してくれ、そこからはマシュの診察に同行させて貰ったり、時には俺一人でマシュを診察することもあった
きっかけは打算に満ちた思いつきでも長い間接していれば自然と情というのは湧くもので、診察以外の場所でもマシュと会話をするようになり、今日のようにマシュの誕生日やAチームの首席になった時などめでたい時にはケーキを作ってあげることもあった
「流石に食堂なんかにまで爆弾はしかけてない・・・よな?せっかくのケーキが吹っ飛んじまったら倍恨むぜ、レフ教授。」
周囲に誰も居ないが故の男言葉で一人つぶやき、食堂を後にする
この後の俺の動きは決まっている、他の医療スタッフにDrを探してくると端末で伝えてから、あらかじめ確認しておいた48人目のマスター用の部屋へ向かい、そこで彼らと一緒に爆破の瞬間をやり過ごす
他のどこの区画が安全だったかがわからない以上、『100%安全だった』と言えるあの部屋以外に向かうのは危険であり、特に所長とマシュ他のマスター達が居る管制室に向かうのは明らかな自殺行為だ
「うし、連絡終わり。さて、そろそろ向かいますかね。」
メッセージを送り終えた端末を白衣のポケットにしまい、安全地帯である48人目のマスターの部屋へと向かおうとしたところで、突然先ほどしまったばかりの端末から着信音が鳴り始めた
折り返しの連絡でも来たのかと思い確認すると、そこにあった名前は『オルガマリー・アニムスフィア』
能力不足や補欠要員の件で睨まれまくっていた所長からの突然のコールに嫌な予感を募らせつつ、通話を始める
「はい、こちら宿名 美琴です。」
「宿名 美琴・・・時間が無いので端的に伝えます。48名のマスターの内1名のファーストミッション参加が見送られることとなったので、そのマスターの代替要員としてあなたのファーストミッション参加を命じます。10分後準備を整え管制室に来なさい、以上です。」
所長は不機嫌そうな声で要件だけを伝えると、俺に一切の反論もさせず返事も待たず通信を切ってしまった
俺は自分の計画がご破算になったことを悟り、同時に大量の冷や汗が湧き出てくるのを感じていた
マズい、マズいマズいマズい
所長直々の招集命令と言うことは、俺が行くまでファーストミッション・・・冬木へのレイシフトは行われないはずだ
マシュと所長以外のマスター全員がコフィンに入っていたという原作の描写から見て、おそらく爆弾が爆発したのはレイシフトのタイミングだろう
レフ教授が心変わりして別のタイミングで爆発させてくれれば助かるが、このまま命令を無視して安全地帯に逃げ込んだところで俺を捕まえに来た所長に見つかって管制室に連行され、他のマスター共々爆死させられる未来が待っている
考えろ、どうすればこの事態を逃れられるのか!
自室に向かう廊下を足早に駆けながら、必死に考えを巡らす
俺がこの世界に、前世で直前まで遊んでいたFate/Grand Orderの中の世界に生まれ変わったのは、
「・・・所長と、心中・・・?」
足を止め、ふと言葉を口にする
この世界に転生して以来、時々考えることがあった
自分は『どうして』この世界に生まれ変わったのだろうか?
この『どうして』には2つの意味がある、すなわち
このうち
生まれ変わる直前・・・そしてあのゲームをプレイしている時いつも、俺は何を考えていた?
あぁそうか、そういうことだったのか
「面白ぇ・・・やってやろうじゃねえかよ!!」
覚悟を決め、再びカルデアの廊下を走る
準備を終え、管制室に到着したのは所長の連絡からちょうど10分後のことであった
時は2015年7月30日、人理焼却およびグランドオーダー発令まで残り・・・0日
宿名 美琴、一世一代の大勝負の幕が上がる
カルデアに所属して以降、美琴は目立った活動をしていません
魔術薬の改良はマイナーチェンジ止まりだし、同僚の医療スタッフ以外で仲が良かったのもマシュくらいで他人とあまり接してはいませんでした
これには「あんまり目立つとレフに目を付けられて最悪消される」「誰が生き残るかわからない以上、必要以上に仲が良い奴を作るとそいつが死んだときしんどい」といった理由が絡んでいます
一応、水面下では色々と仕込みをやっておりましてそれらが今後出てくる予定です