選択肢に抗えない   作:さいしん

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アルベール・デュノアも若かった、というお話。




第118話 ロゼンタ・デュノアは若かった

 

 

 あれは今から10年以上も前の事だ。

 今でこそ、気品に溢れた美貌の持ち主な社長夫人だと巷で有名な私だが、フランスの夫人会でも「奥様はお綺麗で羨ましいですわ、おほほほほ」と羨望の的な私だが。

 

 あの頃は、まだまだ気品も溢れる手前、瑞々しく見目麗しいだけの夫人だった。

 

 世界的に確固たる地位を築き上げた今でこそ、我が夫アルベールも、顎髭を生やした厳格な風貌と相まって、ダンディーやら泰然とした紳士社長などと言われているが、当時の彼はまだまだエネルギッシュで若さを隠せぬ人だった。

 

 私が話すのは、そんな若かりし頃にあった日の事。私、アルベール、そしてシャルロットにも深く関係してる話。

 

 

 

 

 その日はアルベールの様子がおかしかった。

 今朝からおかしかった。

 

「おはよう、愛しのロゼンタ」

 

「……は?」

 

「今朝も君は美しい」

 

「……は?」

 

 やっぱりおかしかった。

 何か変なモノでも食べたのだろうか。この人は滅多にそういう事は言わない筈なのだが。……私の魅力が天元突破してしまったのだろうか。

 

 その日は久方ぶりの仕事休みという事もあり、のんびり2人して家で過ごしていたのだが、やはり何かと変だった。

 

「肩こった。肩こってない?」

 

「え、別に」

 

「喉渇いた。喉渇かない?」

 

「え、別に」

 

「アイスティーしかなかったんだけど、いいかな?」

 

「だから渇いてないってば! なんなのアナタ、今日おかしくない?」

 

「そんな事ないですよ」

 

「ですよ!?」

 

 何その口調!?

 あからさまにおかしいでしょうが!

 

 何か隠し事でもあるのかしら。

 それか後ろめたい事とか…?

 

 まぁでも私からアレコレ詮索するのはヤメておきましょう。問い詰めるなんて、もってのほかよ。

 大企業の社長夫人はお淑やかにしていてナンボでしょ。いつまでも20代前半のノリではいられない立場だものね。なんたって私、社長夫人なんだし。大企業の社長夫人なんだし。ウヘヘ。

 

「あ、そうだ。おいロゼンタ」

 

「なによ唐突に」

 

 この人こんなに会話下手だっけ?

 詮索しないとは言いつつ、気になるのは気になるわね。いったい何をしでかしたのかしら。

 

「今夜は久しぶりに外で食べないか?」

 

「珍しいわね」

 

「実はもう予約してるんだ」

 

 予約?

 高級なところなのかしら。

 

「20年ほど前に映画の007の撮影に使われ、あの有名なピートルズのジョン・レノォンが泊まったというようなエピソードがあるホテルの最上階にあるレストランを予約した」

 

「長いと思った」(小並感)

 

 でもそこのホテルは私も知ってる。

 というか、世界でも有名な五つ星を超えた七つ星ホテルじゃない。そんなトコロに招待してくれるなんて、素直に嬉しいわ。同時に不安もあるけどね。隠し事の大きさ的な意味で。

 

「最上階だから夜景もよく見えるだろう」

 

「それは楽しみね」

 

「夜景が綺麗だね」

 

「何で今言った?」

 

 不安度がまた上がったんだけど。

 ホントに大丈夫なのかしら。

 

 その後も何かと挙動不審なアルベールだったが、向こうから打ち明けてくるまでは私も聞くつもりはなかった。

 

 そのまま日も暮れて、彼の言うレストランに着いたのだが……。

 いや、別にその場所自体に対しては、何も不満はなかった。むしろ年甲斐なく少しテンションも上がってしまった程だ。

 

 世界的にも有名なホテルのレストランだけあって、料理はどれも絶品ときているし、最上階から眺める夜景もとてもロマンティックな雰囲気に浸らせてくれる。対面で座る夫さえマトモな状態だったなら。

 

「肉だね」

 

「ええ、そうね」

 

「これ肉じゃない?」

 

「うん」

 

「これ軽く肉じゃない!?」

 

 私の中で何かが弾ける音がした。

 

「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!」

 

「!?」

 

「何なのよホントに何なの今朝からァ!! なにが軽くよがっつり肉よソレぇ!」

 

 もう夜景の情緒もへったくれもなかった。

 でも自分で言うのも何だけど、結構耐えた方だと思うの。

 

「も、もちつけロゼンタ」

 

「そんなフランス語ないわよ何造ってんのよ! その意味不明なノリをやめろツってんの! 情緒もへったくれもないわよ! いいこと!? 淑女な社長夫人でも我慢の限界があるの! あ・る・の!」

 

 周りのお客の視線はイタイが私は悪くない。私はいっぱい我慢したのだ。今朝から我慢していたのだ。しかし流石にもう無理だ。無理なものは無理だ。まだまだ未熟な私に、今の意味不明な夫はレベルが高すぎた。

 

 だから怒る事にした。

 そして隠し事っぽいモノを追及する事にしたのだ。

 

「もういいわ。何か私に隠し事してるんでしょう? とりあえず話して」

 

 何かもう今朝の時点で問い質してた方が良かった気がするわ。むしろ気しかしないわ。変に我慢した結果がコレだもの。

 

「し、しかし…!」

 

「しかしって言うんじゃないわよ! アナタねぇ、今から誤魔化せば誤魔化すほど後ろめたいモノを含んでいると見なすからね」

 

「むむむ」

 

「なにがむむむよ!」

 

 そういうのいらないツってんでしょ!

 そして今夜の私を誤魔化せると思わない事ね! 

 

 逆に闘志が湧いてきたわ。こうなったら何が何でも聞いてやるっていうね。アナタのその変な反応は、むしろ私の聞きたい度を増加させてるって事を理解なさいな!

 

「ほら、早く言いなさいよ」

 

「……怒らないか?」

 

「怒らないから」

 

「ホントか?」

 

「ホントよ」

 

「ホントのホントにか?」

 

「ホントのホントによ。だから話してみなさいな」

 

「う、うむ……実はな」

 

 さぁ、鬼が出るか蛇が出るか。

 ここまで引っ張って「実は吉報でした」ってのは無いでしょう。

 

 私にとっては確実に悪い報せよね。まぁでも、それさえ事前に分かっていれば耐えられるわよ。淑女を目指す私の沸点は高いしね。

 

「……できちゃった」

 

「何が?」

 

「子供が」

 

「誰の?」

 

「俺の」

 

「できてないわよ?」

 

「いや、その……君じゃなくてだな」

 

「いやアナタにもできないから。男の娘じゃあるまいし」

 

「いや、そうじゃなくてだな」(男の娘ってなんだろう)

 

「えーっと、その……あい…愛……ラ・マンにできちゃった」

 

 ブチッ。

 

「殴るわよコラァッ!!」

 

「へぶぅっ!? もう殴ってる!」

 

「何がラ・マンよ! せめて愛人って言いなさいよバカじゃないのあんたァッ!!」

 

「へぶぶぶぶぶっ!?」

 

ビンタに次ぐビンタがアルベールを襲う。

彼は選択を誤ったのだ。秘めたる隠し事を告げるのなら、ハッキリと言うべきだったのだ。しかし彼はロゼンタのプレッシャーに耐えきれず、最後の最後で言葉のチョイスを誤った。

 

「街中歩いてたら誰もが振り向く絶世の美人な妻がいて何浮気してんのよコラァッ!!」

 

「へぶぶぶぶぶっ!!」

 

「しかも子供ができたですってェ!? 浮気でゴム無しとかトチ狂ってんじゃないわよコラァッ!!」

 

「へぶぶぶぶぶっ!!……す、すまん、すまんかったから! もう十分だ、十分ビンタは堪能したよ!」

 

「何言ってんのよまだまだこれからよ! 右の頬をブたれたら左の頬を差し出しなさいよ!」

 

後悔先に立たず。

彼のラ・マンなる言葉は、淑女でありたいロゼンタの怒りの臨界点を超えさせるには、十分すぎる威力だった。

 

そして、その日のうちにロゼンタはアルベールの浮気相手、つまりシャルロットの母親の居所を物理的に吐かせ、レストランから出たその足で殴り込みに行ったのだ。顔がアンパンマンと化したアルベールを引きずって。

 

「夜分遅くにお邪魔するわよ!……へぁ?」

 

ロゼンタを迎えた女性。よりも先に、彼女はその女性が抱いている赤ん坊と目が合った。

 

「ばぶ?」

 

赤ん坊の名前は、シャルロット。

デュノア家に引き取られた時ではない。

 

二人は此処で、既に出会いを果たしていた。

 

 






ロゼンタ:もう始まってる!(育児)

アルベール:生まれてないとは言っていない(どやぁ)

シャルロット:ばぶばぶー♪

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