選択肢に抗えない   作:さいしん

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失恋はホロ苦い、というお話。




第12話 旋焚玖、またフラれたってよ

 

「……平和だ」

 

 5年生になった。

 当然だが、箒が転校しても時間は進む。友であるアイツが居なくなって寂しくないと言えば嘘になる。だが、その代わりといっちゃなんだが平穏が訪れた。

 

 パンツな挨拶をしなくて済むようになったのだ。

 これは俺にとって、地味にありがたい事だった。

 

「今日は皆さん、新しいお友達を紹介しまーす!」

 

 担任から見知らぬ少女が招かれる。

 ふむ……転校生か。

 

 何でも親の仕事の関係で、中国から日本にやって来たらしい。異国への転校は中々にキツいだろうに……そうだな、話す機会があれば優しく迎えてやろう。と思っていたら、俺の隣りの席をご指名ときた。早くもその機が訪れたか。

 

……うむ、やはり少しビクついている。不安な気持ちは分かるぜ…………あれ、いつものパターンじゃ、そろそろ【選択肢】が出る頃なんだが……ふむ、たまには自分で考えろっていう事か。

 

 まぁ、普通に歓迎の意を示してやるのが無難だろ。問題は相手が日本人じゃないってところだな。日本語が通じなきゃ意味が無い。

 

 フッ……だが俺に死角はない。なにせ前世の大学の語学で中国語を選択していたからな。しかも俺の発音は素晴らしいと、先生から太鼓判を押される程の語学スキラーさ。

 

 そうと決まれば早速。

 

「ペラペラペーラ、ペペラペラ」(『ようこそ日本へ。歓迎するぜ、凰』の意)

 

「す、すげぇぜ旋焚玖! お前、中国語も話せるのかよ!?」

 

「……フッ…」

 

 また一夏から羨望の眼差しを受けちまったぜ。普段はだいたい勝手に勘違された挙句、これまた勝手に評価が爆上がりするからな。今みたいに正当な評価をされたら俺だって普通に嬉しいぜ。 

 

「発音めちゃくちゃよ? あと、普通にあたし日本語話せるから」

 

「そ、そうか…………そうか…」

 

 別に気にしてねぇし。

 大学で習ってたって言っても、もう10年以上前の事だし。それなのに単語をちゃんと覚えていたって点を評価したいね、俺は。

 

「ご、ごめんなさい、あたし…!」

 

 おっと、いかんいかん! 

 転校生に気を遣わせるのは駄目だ、俺も慌てて手で制す。

 

「あ、あの、あたしの事は鈴でいいから!」

 

「分かった鈴。俺の名前は主車旋焚玖。好きに呼んでくれ」

 

 凰鈴音……鈴か。

 転校初日で色々気疲れもあるだろうに、それでも元気に振る舞える強い子だ。何となくコイツとは仲良くなれそうな気がする。篠ノ之とタイプは違うのに、ダブッて見えるのも仲良くなれそうだからだろう。

 

 

【ああ、あとパンツ何色?】

【ああ、あとパンツくれ】

 

 

 そこまでダブらせろとは言ってない。

 

「ええ! せんた「ああ、あとパンツくれ」……は?」

 

 そりゃあ、そんな顔にもなるわ。

 脈絡なさ過ぎて意味不明だもんよ。だが、それがいい。脈絡がないからいい。きっと鈴も聞き間違いだと思ってくれる可能性がある…!

 

 

【幻聴だと思われるのは癪なので、今一度ゆっくり言い直す】

【あえて早口で言ってみる】

 

 

 何で癪に思うんだよ!?

 聞かれたがりかお前!

 

 俺の口よ、今こそ超スピードだッ!

 廻転しろッ!!

 

「ほぐぅッ!!」

 

 早口で言っても、しっかり聞き取られてました。しかもパンチが飛んできました。暴力に訴えるところまで篠ノ之とダブってなくていいから。

 

「お、おい旋焚玖!? 大丈夫か!?」

 

 

【強がる】

【心配してくれている一夏に泣きつく、むしろ抱き付く】

 

 

 誰が抱き付くかアホ!

 強がる事が男の勲章よ!

 

「……こにょかぎりゃれた条件下で放ったパンちゅ(あ、噛んじゃった)……こうまで体重をにょせるとはにゃかにゃか…」(この限られた条件下で放ったパンチ……こうまで体重を乗せるとは中々…と言いたかった)

 

「はぁ?」

 

 いや、こっちが「はぁ?」なんだけど。

 いつまで俺のほっぺに拳メリ込ませてんの? 地味に痛いのが継続してんだけど。しゃべりにくいったらありゃしないんだけど。お前のせいで噛んだんだけど。

 

 限られた条件下で放たれたパンツとかまるで意味不明なんだけど。なにそれ、限定品ですか? ちょっと背伸びパンツなんですか?

 

「そ、そうか…! 分かったぜ、旋焚玖!」

 

 え、どんなパンツか分かったのか!?

 

「まだ緊張の解けていない転校生を怒らせた上で、敢えて殴らせる事によってリラックスさせるのが目的だったんだな!?」

 

「え、そうなの?」

 

 え、そうなの?

 いや、そうだな……それが一番無難っぽいな。いやはや流石は一夏だ、今日もフォローが冴えてるぜ。鈴も拳を引っ込めてくれたし。

 

「そうだよ」

 

 便乗する俺を見た鈴は少し訝しげだったが、とりあえずは納得してくれた。良かった良かった……いや良くはない、俺知ってるもん。どうせこれから毎朝、コイツにパンツな挨拶させられるに決まってるし。

 

 あぁ……夜な夜な雑学を仕込む作業がまたやってくるのか……ちくせぅ。

 

 これが俺と鈴との出会いだった。

 

 

.

...

......

 

 

 鈴がこの学校へ転校してきてから、もう随分と経つ。クラスの皆とも打ち解けられたようで何よりだ。俺だけいまだに名前で呼んでもらってないけど。変態呼ばわりされるのに慣れてしまった自分が嫌だ。

 

「……ん?」

 

 あれは……鈴…?

 それにアイツらは……。

 

 今は昼休み後の掃除の時間だ。あらかた掃除も終えて、不要なゴミ袋を片しに校庭を歩いていると、嫌なモンが目に入っちまった。

 

「おーい、リンリーン、リンリーン!」

 

「今日はナイト様は居ないのかぁ? ヒヒヒッ!」

 

「いないアルヨ、今日は織斑は休みアルヨ」

 

 鈴が他のクラスの男子3人におちょくられていた。この時点でデジャブである。右頬の痛みと共に、嫌な記憶が蘇ってきた。

 

 

 

 

 

 

「おーい、男女~!」

 

「今日はナイト様は居ないのかぁ? ヒヒヒッ!」

 

「いないいない、今日は織斑休みだってよ」

 

 ん……?

 あれは篠ノ之と……なんだアイツら、違うクラスの奴か…? 

 

 校庭の花壇に水をやってたら、変なところに遭遇しちまった。どう見ても仲良さげな雰囲気じゃない。

 

 ふむ……どうやら篠ノ之がアホな男子共にからかわれているみたいだな。いつもなら、こういう時どこからともなく一夏が颯爽と現れるんだが、あいにく今日はアイツが休みときている。

 

 なら、今日に限ってはその役目を俺が務めさせてもらおうか…! こんな状況の篠ノ之には悪いが、実は結構テンションが上がってしまっている。篠ノ之流柔術を習ってはいるものの、その成果を俺はまだ味わえていないんだ。

 

 師匠に修行と称してボコられ、千冬さんに手解きと称してボコられ、キ〇ガイの方の篠ノ之に気まぐれでボコられ……いつもボコられてばかりの俺。たまには俺もボコる方に回りたい。

 

 そう考えたら、いい場面じゃないか。

 篠ノ之がちょっかい出されてるっていう口実もある。しかも相手は男3人ときている。故に俺の良心も傷まない、ひゃっほい!

 

 ぐふふ、どれだけ俺が強くなれたか……実験台になってもらうぜ、モブ共…!

 

 喧嘩漫画よろしくなノリで、拳をポキポキ鳴らしながら近づいていく。

 

「しゅ、主車……!?」

 

 俺が来るとは思わなかったのだろう。

 驚く篠ノ之を庇うように前に出た。当然、モブ共は憤る。

 

「なんだお前」

 

「新しいナイト様でちゅか~?」

 

「邪魔するならお前もやっちゃうよ? やっちゃうよ~?」

 

 おぉ……おぉぉ…!

 モブの名に恥じぬ言動…! そんな素晴らしいかませっぷりを披露されちまったら、俺も俄然その気になってくるぜ…! 

 

 サンキュー、モッブ。

 お前たちはきっと、最初からかませ犬である事を強いられているんだ!

 

 

【手加減不要。両手両足バキ折って二度と歯向かえなくしてやる】

【弱者への不当な暴力は控えるべき。ここは威嚇して萎縮させるに留める】

 

 

 強いられているのは俺だった(再確認)

 殴らせろとは言ったが、そこまでは求めてねぇよ、ねぇ。極端すぎて引くわマジで。俺も引かれるわ、っていうかそんなんしたら大事になっちまうわ。

 

 たが、下の選択肢は割と好き。

 いかにも、こう……強者って感じじゃん? 別に俺も絶対に今すぐ殴りたいって訳じゃないし、拳を上げる機会だって生きてりゃまた来るだろう。

 

 迷う事なく下を選ぶ。

 

「はぁぁぁ……!」

 

 力いっぱい握りしめた拳で…!

 

「お、おい、なんだよ、やる気かテメェ!?」

 

 己の頬を穿つッ!!

 

「ぶへぁッ!?」

 

 え、痛いッ!?

 超痛いッ!?

 

「「「 何やってんの!? 」」」

 

 何やってんの!?

 

「お、おい、主車!? お前急に何して……おいっ、口から血が…!」

 

 驚いた篠ノ之が駆け寄ってくる。

 俺の方が驚いているけどな。

 

「うわっ、あんなに血がぁ…!」

 

「ああぁ……ひぃ…!」

 

「せ、先生呼んだ方がいいんじゃ…!」

 

 あぁ……威嚇ってそういう…。

 そりゃあ、コイツらまだ子供だもんな。こんな血を出されりゃ、普通にビビるわ。ん……んん…? 何か口の中がゴロゴロしてる……。

 

「(モゴモゴ……)ペッ…!」

 

 吐き出した異物の正体は奥歯だった。

 

「「「 うわぁ…!? は、歯だぁぁッ! 」」」(恐怖)

 

 うわぁ……歯だぁ…(ドン引き)

 そりゃ痛いし、血も出るわぁ……。

 

 ここで俺が引いてりゃただの殴り損……いや、殴られ損?だし、ちゃんと示しておかねぇとな。

 

「見たか、オイ…? 今度、篠ノ之に何か言ってみろ。そん時はテメェらにコレを喰らわしてやる……分かったかッ!!」

 

「「「 はいぃぃッ!! 」」」

 

「主車……」

 

 その時からだったか。

 篠ノ之が俺に向ける視線が変わったのは。

 

 

 

 

 

 

 あの時はてっきり、篠ノ之が俺のカッコ良さに惚れちまった、とか思ったモンだが、全くそんな事はなかったぜ。

 

「よぉよぉ、リンリンよぉ!」

 

「おめぇパンダみてぇな名前してんだし、笹食うんだろ?」

 

「食うアル。リンリンは笹を食うアルヨ」

 

……っと、思い出に浸ってる場合じゃねぇか。今日は一夏が休んでんだ。もしも何かあったら俺が行動を起こすしかない……けど……嫌だなぁ……。

 

 っていうか、アイツらも改心してくれよ。

 ターゲットを変えりゃいいって問題じゃねぇんだよぅ。分かってくれよぅ。

 

 俺の想いは伝わらず、1人の男が鈴の髪に手を伸ばす。だぁ、もうッ! 出るしかねぇッ!! 変な茶々入れんなよ、選択肢!

 

 

【俺のオカズに何してやがる】

【俺の女に何してやがる】

 

 

 唐突なド下ネタはマジでやめろや!

 いや、待て……まだ小5なら意味が通じない可能性も…? 

 

 ああ、ダメだ、それは希望的観測だ。この発達したネット社会でそれは望み薄だろ。現代における小学生の性知識習得率を見くびっちゃいけねぇ…! 俺たちの時代とは違うんだ…! 夜な夜な自販機でエロ本を購入するしかなかった……あの時代とは違うんだッ!!

 

 しかも鈴って耳年増っぽいし(偏見)

 

「……オイ、俺の女に何してやがる」

 

「え?」

 

 やめて!

 そんな目で俺を見ないで!

 

「「「 ゲェーッ!! せ、旋焚玖だぁッ!? 」」」

 

 分かってんじゃねぇか!

 勘違い野郎発言させやがって、テメェらのせいだぞコラァッ!!

 

「……って、誰がお前の女よ!?」

 

「気にするな」

 

 お願い、気にしないで。

 ホントごめん、キモい事言ってごめん。

 

「お、お前のダチって知らなかったんだよ!」

 

「そうだよ!」

 

「も、もうコイツはからかわないから! なっ、なっ!」

 

「ならさっさと立ち去れ…! 早くしろッ! (選択肢が出て)間に合わなくなってもしらんぞぉッ!!」 

 

 はよ!

 どっか行け!

 前回の二の舞だけは踏みたくねぇ!

 

 俺から背を向けた3人は脱兎の如く走り出す。そうだ、いいぞ! そのままひた進めいッ!

 

「ふぎゃッ!」

 

「あ、バカ!?」

 

「何やってんだお前!?」

 

 走り出した3人のうち1人が躓いてしまった。

 

 ふざけんな!

 やめろバカ!

 

 どうして俺をそんなに困らせ……―――あぁ(無情)

 

 

【2度目はない。手足折ってもまだ足りんッ!!】

【慈悲の心を持て。もう一度威力を教えてやればいいじゃないか】

 

 

 俺への慈悲は持ってくれないのか(諦め)

 左頬に拳が穿たれた。

 

 俺の左奥歯はどっかへ行ったが、鈴へのちょっかいも解消された。大きな代償と考えるな。小さな代償と考えろ。これ以上鈴が傷付けられないのなら、これほど安いモンはない……そう考えるんだぁ…………ちくせぅ。

 

 

.

...

......

 

 

 ただ、あの一件から嬉しい事もあった。鈴からあまり変態呼ばわりされなくなったんだ。それに加え、鈴が俺に送ってくる視線も変わったのだ。

 

 まぁその時点で正直デジャブを感じていたんだけど。中2の終わり際、中国への再転校を間近に控える鈴から屋上に呼ばれた時点で、それは確信に変わった。

 

「せ、旋焚玖……」

 

 夕日を背に、鈴と対面する。放課後の屋上に2人きり……普通に考えたら嫌でもテンションの上がるシチュエーションだ。普通に考えたらな。

 

 普段は快活な鈴が、今日ばかりはモジモジしていて可愛らしい。

 そんな少女とは対照的に、今から何を言われるか予想の付いている俺は、まるで緊張感の欠片もないアホみたいな顔で突っ立っている。

 

「旋焚玖……あ、あたし……あたしね…?」

 

 ハイハイ、強制的にフラれるのは初めてじゃないですよ~っと。鼻くそでもホジってやろうかマジで。そもそも強制的にフラれるって何だよ。そんな日本語ねぇよ、せめて俺の意志も尊重させてくれよ。何で俺の方から好き好き言ってるみたいな風潮になってんだよ。

 

「アンタの事……好きよ…」

 

「……ッ!?」

 

 伸びかけていた手が止まる。

 鼻くそホジホジしようとしていた手が止まるッ!

 

 え、ちょっ…マジで? マジっすか?

 いいんすか、マジで?

 

 あ、私?

 全然OKします。当たり前じゃないですか。

 

 ロリコン? 黙れ殺すぞ。小4(篠ノ之の時)と中2じゃ全然違うんだよ! 中2って言ったらもう大人なんだよ! 大人だね! 犯罪案件? 知るか、俺だってこんな可愛い奴に「しゅき♥」なんて上目遣いで言われたら嬉しいに決まってるだるるぉッ!? 嬉しくない訳ないだろ、やったー! 

 

 とうとう我が世に春が来た!

 この込み上げてくる幸せな気持ちは何だァ~?

 

 ンッン~~~♪ 歌でもひとつ歌いたいようなよォ~、新しいパンツを履いたばかりの正月元旦の朝を迎えたようなよォ~~、すげぇ爽やかな気分になってンぜぇ? 今の俺っちはよォ~?

 

「アンタの事が好き……」

 

 よせやい、2度も言うない。

 へへっ、俺もちゃんと応えねぇとな!

 

「でも……」

 

 ん?

 

「あたしにはもう好きな人がいて……旋焚玖は友達としての好きでしか見れないの……ごめん……だからアンタの気持ちには応えられないッ…!」

 

 そう言って、鈴は俺から逃げるように去っていった。

 

「……………フッ…フフフ…」

 

 鈴が出て行った扉を閉める。

 鍵も閉める。

 

 誰も居ない事を確認して、俺は大きく息を吸った。

 

「へぇぇぇぇあぁぁぁぁ~~~~ッ!! ぅぅぅぅううあぁぁぁあんまぁぁぁぁりだぁぁぁぁぁ~~~~ッ!!」

 

 俺は叫んだ。

 ここまで上げて落とされたのは本当に久しぶりだった。今まで溜まりに溜まったモノが何もかも爆発したような気がした。

 

「ぬおぉぉぉぉおおおおおんッ!!」

 

 正直鈴から「しゅき♥」って言われた瞬間、俺も速攻で好きになったのにぃぃぃぃッ!! 恋しちゃった瞬間なのにぃぃぃぃぃッ!!

 

「はぁっ……はぁっ…………はぁ……………帰ろ…」

 

 おウチへ帰ろう。

 今夜はあたたかいシチューだって、お母さんが言ってたもん。お父さんも居るもん。

 

 

 主車旋焚玖、14歳。

 割と不純な気持ちで恋した1秒後にあっさりフラれる。

 

 




次回、旋焚玖くん旅に出る。
傷心旅行かな?

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