ラウラ・ボーデヴィッヒだ、というお話。
デュノア夫妻との大交渉懇談会から1週間が経った。
あの日から兄弟は男装をヤメて、バリバリ女子生徒なシャルロット・デュノアとして通学している。
『男装してスパイ!?』的な感じで騒ぎになるかと思いきや、そこは流石の千冬さん。あの日のうちに、アルベールさん達と協議して、実は兄弟の男装は『生徒の危機管理能力訓練』として、元々デュノア社と協力して行われていたモノである。と無理やり収拾させてしまったのだ。
まぁアレだ、ハニートラップには気を付けよう!的な感じで触れ回ったらしい。
実際、男のフリをしていた兄弟に、ほぼ全女子がキャーキャー言ってたからな。そういう意味で説得力もアリアリだった。
そんでもって、アルベールさんとロゼンタさんと和解した兄弟はというと。
「あっ! おはよう、兄弟!」
「……ああ、おはよう。兄弟」
とても元気なのである!
色んな意味で解き放たれ、両親ともわだかまりがなくなり、兄弟はよく笑うようになった。
俺に対する『兄弟』呼びも一週間もすれば慣れたらしい。俺は全然慣れてないけど。っていうか文字表記おかしくない? 言葉だから誰もツっこんでこないけど。
しかしそう考えるとアレだな。IS適性が高い奴は順応性も高いって、はっきり分かんだね。そう言われたら、俺が未だに慣れないのも合点がいく。
言い出しっぺの俺が慣れてないとか思われるのは、普通に癪だから意地でも言い淀まんけどな!
「ヴィシュヌとのルームシェアはどうだ? 上手くやれてるか?」
兄弟が女子として生活するなら、流石に一夏とのルームシェア続行はイカンでしょ。ってな訳で次の日から、人数的に1人部屋だったヴィシュヌの部屋に移ったのである。
「うん! 最近は僕もヨガを習ってるんだぁ~」
「ソニックブゥーム」
「は?」
「気にするな」
俺たちと同じく同好会にも入ったしな。
クラスの垣根を越えて仲良くなるのは良いことである! 2人ともまだまだ日本文化が浸透しきってないし、これを機に一緒に学べい。
とかなんとか兄弟のふれあいを満喫してたら、千冬さんと山田先生が教室に入って来た。眉間にしわを寄せた千冬さんと苦笑いの山田先生が入って来た!
「諸君、おはよう」
「お、おはようございます~」
教壇に立ったら、いっそう際立つなぁ。山田先生はまだしも、千冬さんからは明らかにプンプンオーラが迸っているじゃないか。
「ええとですね、今日はですね……ま、またまた転校生を紹介したいと思います~!」
「「「 えええええっ!? 」」」
山田先生の発表にクラス中が一気にざわつく。
俺もビックリだわ、色んな意味で。いやだってこれで何回目だよ?
3回だよ3回。
鈴から始まり、兄弟が来て、そしてまた転校生ですってよ。4クラスある筈なのに、またもや1組に転校してきたらしいっすよ。
このクラスいつも転校生迎え入れてんな。
元々アレなのかな。もしかして1組は他の3クラスと比べて、人数がちょいと少なかったりするのか? それならまぁ増員的な意味で納得もするが。
今度は一体どんな奴が来たんだろうか。
鈴は元々幼馴染的存在だったが、転校してきてからは更に仲良くなっている!……と思いたいし、シャルは最初はホモだったけど、なんか気付いたら兄弟になってるし。しかし、仲が良いか悪いかと問われたら、流石に前者だと思うんだ。
考察はまだ終わらんよ。
鈴と兄弟を前例として、転校生は美人な確率が高いのだ。今のところ100%だし。
兄弟も俺が思っている以上に、きっともっと可愛い女子的存在な筈なんだ。でも悲しいかな、俺の心に『兄弟=ホモ貴公子』なる幻影が根強く残ってんだよね。俺が兄弟に惚れるのは、まぁだ時間掛かりそうですかねぇ。
まぁ兄弟は一旦置いといて。
要はこういう事なんだろう?
顔面偏差値高い転校生が、俺を惚れさせるためにやって来たって訳だ。やれやれ、惚れっぽい男はツラいぜ。
「皆さんお静かに~っ! しかも今回は2名ですよ~!」
「「「 えええええっ!? 」」」
火に油を注いでるんだよなぁ。
しかし2名とな?
どうやら1組の転校生事情は、1人だけじゃ飽き足らず倍々ゲームと化したらしい。つまり次に転校イベントが起きたら4人が来るのか、壊れるなぁ(バランス)
とか考えてたら、教室のドアが開いて一人目の登場である。
「…………………」
無言での入室、スタスタ歩きである。
鈴とも兄弟とも違う入り方をしてくるとは……いや、そんな事はどうでもいい。なんだあの見た目は…!
かつての箒を思わせる長い髪。
だが、何となく伸ばしっぱなしって感じがするな。いやそんな事より銀髪だぞ銀髪! 輝くような銀髪だぞオイ!
明らかに外国人じゃねぇか、顔も可愛いし! なんか左目に眼帯もしてるし!……なんでぇ?
え、何で眼帯してんの?
真島の兄さんリスペクトしてんの?
あ、そういや何か雰囲気もトゲトゲしいぞ。教壇の横に立ったまま何も言わんし、何かもうがっつり腕まで組んじゃってるし。心なしか席に座っている皆を見下してないかね?
転校初日からなんだアイツ態度Lすぎんだろ、身長はSのくせによォ(小者的思考)
「……挨拶をしろ、ボーデヴィッヒ」
「はい、教官!」
なんだなんだ!?
千冬さんが声かけた途端に態度がMになったぞ!? 佇まいも直して千冬さんにビシッと敬礼までしてますよ!
「私はもう教官ではないただの教師だ。ここではお前も一般生徒だし、私のことは織斑先生と呼べ」
「了解しました!」
そう答えるM女は背筋ピーンで、ぴっと伸ばした手を身体の真横につけ、足はカカトで合わせている。そして千冬さんへの『教官』呼び。
そういや千冬さんは一時ドイツで軍隊教官ってたんだっけか。
あの頃は毎日のように『(´つω・`)もうやだ、おウチ帰りたい。一夏の作ったクリームシチューを旋焚玖と3人で食べたい(´;ω;`)』ってメールが来てたっけ。そんな千冬さんを励ましつつ、クリームシチューは俺が頂いてたんだぜ。
という事は、だ。
コイツすげぇ軍人だぜ?
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
「「「…………………」」」
そして訪れる沈黙。
待てど待てども、その先の言葉は紡がれない。
「あ、あのぅ……以上、でしょうか~?」
「以上だ」
これは強い(確信)
山田先生の純粋無垢アタックもペチッと跳ね返されたでござる。ボーデヴィッヒとやらから、断固たる決意が伝わってくるぜ。千冬さん以外眼中無しって強い意志がな。
お、今度は誰かと目が合ったらしくツカツカ歩みを進めてるぞ。見たところ、目が合ったのは一夏みたいですね。
あらやだ険しい顔が更に険しくなっていますね。それでいて可愛さを損なわないとは……やはり顔面偏差値は東大クラスだったか。
「貴様が……!」
腰を捻って右腕を大きく振りかぶっていますね。手のひらはパーのままですね。おそらくあれは、一夏に思いきりビンタろうとしてますね。……なんでぇ?
【ナッパよけろーーっ!!】
【ボーデヴィッヒから放たれるであろうビンタと同じ角度同じ速さ同じ力で一夏のもう片方の頬をビンタで迎え撃てばバランスが取れるぜぇぇぇぇッ!! 一夏は真っすぐ向いたままでいられるんだぜぇぇぇぇッ!!】
転校生が来た途端にハシャぐのやめてもらえませんかね。久々の長文に比例して全く意味が不明なんですけど。
名前はともかく指示は合ってる【上】だな!
「ナッパよけろーーっ!!」
あ、一夏がこっち向いた。
「何言ってんだよ旋焚こふんっ!?」
「あ」
あ、一夏の後頭部がシバかれた。叩いた本人もちょっと面食らってんじゃないか。「あ」とか言ってるし。
ボーデヴィッヒが何を思って殴ったのかは知らんが、微妙な空気が流れちまったい。頬へのビンタならシリアス的な意味合いが伝わってくるもんだが、後頭部はイカンでしょ。ツッコミみたいな絵面になってるもん。
しかしマジで殴ったぞアイツ。
見たところ初対面っぽいのに。
普通に引くんですけど。
あれかな、一夏に前世でオイタでもされたんかな。
「……私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか…!」
「(´・ω・`)」
む……何やら意味深な発言だ。
一夏も(´・ω・`)してるし。
しかし気付いているのか、いないのか。
アイツの背後に控えている千冬さんが、羅刹鬼なるオーラを纏いつつあるのを。
いや、そらそうだろ。
強がっててもブラコンな千冬さんの前で、唐突に弟の頭ハタいたりしたら、そら怒るわ。お前『教官~♥』とか言ってる割りに全然理解してねぇじゃねーか(呆れ)
しかし、それを見過ごすのはマズいでしょ。このままだとボーデヴィッヒとやらはきっと、千冬さんからトラウマレベルの断罪を喰らうぞ。
ここは一丁カッコ良く俺が防いでやるのが吉だな。そして、その勇姿を見たボーデヴィッヒが『やだ、フツメンなのにイケメン…♥』ってなってくれると最高だな!
いいよ千冬さん来いよ!
今の俺はどんな攻撃だろうが捌けちゃうぜ!
【俺のダチに何やってるパンチ!!】
【一夏だけ殴られるのはズルいぞ!】
あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!
ちょっと欲を出したらコレですよ!
でも今のはまだ許容範囲だろぉ!? あれくらい思春期多感な男子なら誰だってするわ!(自己弁護)
ええい、勢い良く立ち上がってからの!
「一夏だけ殴られるのはズルいぞ! ずるーいずるーい!」
などと、意味不明な供述を繰り返すと共に、千冬さんへと視線を送りまくる! オラ、俺の考えた『それっぽい』意図に気付いてくれい! アンタなら余裕で理解るだろ!
「む……? いや……フッ…」(なるほどな。怒りで我を忘れそうになった私を抑制しつつ、同時にラウラが造り出した嫌な空気を吹き飛ばす為、あえて道化を演じてみせているのか。決して機を逃さぬ眼といい、即行動に移せる胆力といい……いやはや流石だ)
よし、上手く伝わったな。
サスガダァ…とか言ってるし。
これでまずは一安心だ。
1組はもう入学当初の1組じゃないからね。
1組オールメンバーを巻き込んでのデュノア夫妻との交渉は、俺が思っている以上に影響があったんだぜ。
2か月前ならまるで考えられないが、今では千冬さんが何やら納得した表情を浮かべてくれたら、それを見た1組の皆も自然と『ああ、主車くんの意味不明な言動も、もしかしたら何かしらの意図があるのかもしれない…?』くらいに深読みをしてくれるようになったんだぜ!
あの時の交渉、頑張って本当に良かった…!
残るは当然このドイツ娘だな。
俺への視線が明らかに汚物を見る眼だもん。悲しいけど、いや悲しくないけど、俺ってそういうのでは興奮できないタチなんだわ。
だからよ。
しっかりリカバリーさせてもらうぜ、流れをな。……つまりいつも通りって事じゃないですかヤダー!(ぶりっこ)
よし、切り替える。
ここからは毎度お馴染みのアドリブランド建設だ。
いったん、そうだな…………閃いた!
一夏だけ殴られるのはズルいって言っちまったモンは仕方ない。とりあえず俺も殴られる方向で進めてしまおう。
だが、ボーデヴィッヒのビンタを甘んじて受けてはいけない。ここで華麗に捌くのだ。
そんでアレだ、『お前の拳は軽い。何故ならただの暴力だからだ』とか、何となく意味深な事を言ってやれば、いつもの『それっぽい』感じの出来上がりさ。
シミュレーション完了!
よし、ミッションスタートだ!
「一夏だけ殴られんのは不公平だツってんだよ」
「いきなり何を言っているのだ貴様は……まぁ確かに筋は通っているが」
「何言ってだお前」(反射的ン抜き言葉)
「は?」
想定外の返答でうっかり心の声が出ちゃった。
コイツ……もしや只者ではない…?
千冬さんを教官って呼んでたし、もしかしたらチフユニズムを継承しているかもしれない。
「いや……そうだろう、通っているだろう?」
通ってないし、掠りもしてないんだよなぁ。
一夏を殴ったなら俺も殴ってもらわんと公平性に欠ける! なんて、どうみてもおかしいですよ。
「ブっていいのはブたれる覚悟のある奴だけだ。当然、私にはその覚悟がある! さぁ、織斑一夏! 殴り返してこい! お前の軟弱な拳など私には通用しないがな!」
「(´・ω・`)?」
そら一夏も(´・ω・`)に?マークが付加されるわ。
俺もその発想はなかった(青天の霹靂)
しかし、一夏だけ殴られるのは不公平って……ああ、なるほど。そういう意味で捉えたのか。一発殴ったんだから、一発殴られないと不公平だ、と。
確かに筋は通っている……ような気がしないでもないな、うん。
「いやいや待てって! そりゃあ、いきなり殴られてイラッとはしたけど、だからって殴り返すのは違うだろ!? というか男が女を殴れる訳ないだろ」
そらそうよ。
正論言ってるぜ、一夏よ。同性と異性はやっぱ違うんだよ。俺もボーデヴィッヒの発想に辿り着かなかった訳だわ。
「フン……とんだ腰抜けだな」
「別に何と思われてもいいよ」
話は終わりだと言わんばかりに、立ち上がっていた一夏は席に座って顔をプイッてした。一夏お前中々大人な対応してみせるじゃねぇか!……ん?
あれ?
何かもう良い感じに終着したくね?
よし、なら俺もさっさと席に戻れば万事解決だぜ!
【なら俺が殴ってやるよオラァァン!】
【なら俺を殴ってみろよオラァァン!】
あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!
シミュレーションに固執しないでよぉ!
現実ってのは想定から二転三転して当たり前なの! そこでいかに臨機応変に立ち回ってみせるかがアドリブの妙なの!
「なら俺を殴ってみろよオラァァン!」
「なんだと? というか貴様は関係ないのにさっきから何なんだ、出たがりか?」
おまっ、出たがりとか言うなよ!
なんか俺が必死に存在感アピールしてるみたいじゃないか!
くそっ、斬新な返ししてきやがって…!
コイツが野郎なら遠慮なくペチッとできるのに…!
ええい、こうなったら意地でも殴らせてやる!
「何だお前、ビビッてんのか?」
「……なに?」
おや?
おやおや?
煽るくせに煽り耐性は備えていないでござるか?
「拍子抜けだな、オイ。大人しい奴には強気で、好戦的な奴には臆すガッカリ女子だったんかよ」
「貴様……誰だか知らんが侮辱は許さんぞ…!」
「アホかお前。問答無用で一夏を殴るアホを俺が敬う訳ねぇだろアホ。わざわざドイツからアホ晒しに来てんじゃねぇぞアホ」
「せ、旋焚玖……へへっ、何だか嬉しいぜ!」
「ま、たまにはね?」
「何だよ照れてんのかぁ? ハハッ、旋焚玖は照れ屋さんだからなぁ!」
「ちょ、やめろお前座ってろお前! やーめーろって! あ、肩組んでくんなよ! 悦ばれるだろ!?」
「「「「 ああ^~ 」」」」
やっぱり悦ばれたじゃないか!(憤怒)
ん?
「私を散々侮辱した挙句、私を無視して茶番に走るとは……なら望み通り従ってやろう…!」
「あ」
ボーデヴィッヒが一歩踏み込んで来た!
一夏にはある意味不発に終わったビンタですね間違いない。
しかし、掛かったなアホが!
後は華麗に捌いて、意味深な言葉唱えたら終わりだオラァッ!! カッコ良く廻し受けを披露してやるぜ!
【一夏で受け止める】
【お口で受け止める】
【歯を食いしばる】
クソッたれぇ…!
結局俺も殴られるんじゃないか(げっそり)
バシンッ!
い~いビンタだ。
音もいい。
でも痛ひ。
頬っぺたジンジンする。
「……ほう? 避けずに喰らい、顔色一つ変えないとはな」
だって男の子だもん。
やせ我慢を貫いてこそ男よ。
でも痛ひ。
だが好機。
殴られても『お前の拳は軽い』的なセリフは言えるもんね! いやむしろ喰らって動じないからこそ、説得力も増すってなモンよ!
【泣く。(´;ω;`)な顔で】
【心の一方影技憑鬼の術で余力を引き出して、無極で余力を引き出して、エンドルフィンで余力を引き出して殴り返す】
引き出しすぎィ!!
お前そんだけ引き出したらもう100%超えてんだろ!? 120%どころかもう倍増の域だって!
ん、倍増…?
潜在能力を倍加するってお前それ……アレじゃないか?
主車旋焚玖、思いがけぬ形で界王拳を習得!
なお【選択肢】の許可が下りないと使えない模様。
そもそも引き出す引き出さないはどうでもいいんだよ。この状況で論点はそこじゃないの。
殴ったらイカンでしょ。
常識的に考えて。
だからまぁ、なんだ。
必然的に【上】を選ぶしかないんだけど……嫌だなぁ。
挑発して。
殴らせて。
そして泣く。
なんだコイツ(白目)
俺の事なんだよなぁ(げっそり)
カッコ悪すぎて涙が普通にで、出ますよ…。
「(´;ω;`)」
「!?」(なんだコイツ!? 自分から殴れとか言っておいて時間差で泣き出したぞ!?)
「お、おい、旋焚……ヒェッ…!?」
旋焚玖に駆け寄ろうとした一夏だったが、止まらざるを得なかった。
これ以上前に進めない、進んだら自分も排除されてしまう。本能が、そう強く訴えたのだ。
「…………………」
一夏を青ざめさせた羅刹鬼はユラリユラリと陽炎の如く歩み寄る。
(超えちゃいけないライン考えろよクソガキが。怒りの臨界点を超えた私の拳でドイツまで吹き飛ばしてやろうか……む?)
刹那。
千冬が瞬間的に我に返ったのは、自分以上の憤怒を扉の向こうから感じたためだった。千冬の意識に呼応するかのように、扉が開かれる。
それはもう豪快に開かれるッ!
「なに旋ちゃん泣かしてんの?」
2人目の転校生登場。
その名も――。
鳳乱音(ネタバレ)